キュウべえ「ボクと契約してTS魔法少女になってよ」 作:フェレーデ
『暁美ほむらが円環の理に導かれるとき、鹿目まどかの人格は失われ完全な概念になるということさ』
その言葉に、ほむらとさやかは絶句した。
思いも寄らない言葉に頭が回らない。キュウべえが発したその言葉をうまく咀嚼することができない。
「どういう、こと…?」
「そのままの意味だよ。円環の理の概念はあるべきものが一部欠けてしまっていて不完全な状態なんだ。それが、ほむらが導かれることによって欠けていたピースが嵌り、ようやく概念として完成される」
「何を言って…」
「さやか、君は円環の理の概念のことをまどかと呼んでいるね。でも、君たちの基準ではただの概念のことを人間だったころと同じ個人名で呼ぶのは不自然なんじゃないかい?」
「それは…」
「君が円環の理をまどかと呼ぶのは、鹿目まどかが人間だったころの人格を保っているからだ。僕はそう考えたんだけど、何か間違っているかい?」
「……」
「やっぱりね」
確認が取れたキュウべえは、自身の推測について語り始める。
「鹿目まどかが叶えた願いはすべての魔女を滅ぼすという宇宙の法則の誕生に関わるものだ。そんな願いが叶ってしまったのだとしたら、彼女の存在は一つ上の次元にシフトして現世からは観測できなくなると同時に、彼女の人格は消えてしまうはずだ」
「……」
「法則やシステムといったものに意識や自我は必要ないものだからね。必要のないものは切り捨てられて、鹿目まどかが鹿目まどかでいられなくなるのは至極当然のことさ。むしろ、宇宙の概念となってもなお元の人格を保てていたことの方が驚きだ」
「でも、まどかは…」
「まどかが変わらずにいられた理由が気になるかい? それは僕の推測になるけれど、円環の理という概念が不完全なものだったからだろうね」
「不完全…?」
「僕にとっても初めてのことだから根拠は何もないけれど、まどかが人格を保てていたのは概念として不完全だったから、人格が残る余地があったんだろうね。とはいえ、この事象は奇跡としか言いようのないことだけれど」
「……」
「ただ、奇跡にも必ず理由はある。法則として完成してしまえば、まどかは機械的に魔女を倒し続ける概念へとなってしまうだろう。人間でも魔法少女でもなくなったただの概念に、人格なんて残るわけがないだろう?」
数学、化学、熱力学。
あらゆる学問に宇宙の法則は関与していて、現在見つかっているものだけでも数えきれないほどの数がある。
その共通点は例外なく平等であるということ。
同じことをすれば必ず同じ結果が返ってくる。Aという行動をして、Bが返ってきたりCが返ってきたりすることはない。結果のばらつきなんて起こりようがない。
つまり、法則自体に自我はないのだ。
その時の気分で結果が変わるようなことはない。取りこぼしなく、すべてに対して平等に作用するようになっている。
意識や自我なんてものがあったらそうはいかない。何かをしたいという意思は結果にばらつきを生じさせ、平等な作用という法則の大前提を崩してしまう。
「円環の理が不完全であるということは、暁美ほむらと渡里さつき、君たちの存在が証明している。どうして君たちだけが鹿目まどかのことを覚えておくことができたか。それは、円環の理の概念そのものが致命的な欠陥を抱えていたからに他ならないんだ」
「例外なんて一つもないはずなんだ。だって、万有引力が働かない物質なんてものがあったら、大変なことになるじゃないか。それと同じことさ」
ならば、平等でない概念は不完全と言えるだろう。
理由がどうであれ、平等に作用しない法則は、もはや法則と呼べるものではない。一つの巨大意志だ。
創造主の意思によって閉じられた世界。
現実から目を逸らし、願いを反映・実現させた夢のような空間。
それはまるで──
「嘘よ…」
ふらりと、覚束ない足取りのままさやかは言葉を零す。
「ねぇ、嘘だと言ってよキュウべえ」
声は震えて瞳は揺れていた。
願うように、縋るように、嘘であってくれと懇願する。
「たちの悪い冗談なんでしょ? まどかが消えるって、そんな…」
「残念ながら事実だよ。それに、君なら僕が嘘をつかないことはよく分かっているだろう? それとも、君が知るどこかの世界で僕が一度でも嘘をついたことがあったかい?」
「……」
さやかは答えない。
否定することができればどれほど楽だったか。
いつどんな時でもキュウべえが虚偽を述べることはなかった。ありのままの事実をここぞというタイミングで突き付けて、魔法少女たちを絶望のどん底に叩き落してきた。
悪意にも似た策略はあれど、嘘つきではないのだ。
「…その話が本当だとして、ひとつ分からないことがあるわ」
「なんだいほむら?」
「どうして私が導かれたらまどかが消えてしまうの? 美樹さやかの時は問題なかったじゃない」
「ああ、それは──」
「──十中八九、このリボンが原因だろうな」
キュウべえの言葉を遮るようにさつきが言葉を発した。
その手には見覚えのある赤いリボンが握られていた。
「っ…!? それはまどかの…!」
「今はお前のものでもあるな。ほむら、お前は言ったな? これは世界が作り変えられる直前にまどかから貰ったものだと」
「…えぇ」
「だが、そうだとすれば妙な話だ。このリボンからは鹿目まどかと同じ魔力を感じる。いや、厳密にいえば、少し前までは感じていた」
「感じていた…? 今は感じないとでも言うの?」
「その通りだ。だが、魔力そのものが消えてしまったわけではない。このリボンからある場所へと魔力が移動したんだ」
「……」
「ほむら、お前のソウルジェムだよ」
さつきは私のソウルジェムを指さして言い切った。
私もそれにつられて自身のソウルジェムをのぞき込む。
「この赤いリボンは元々は鹿目まどかの魂の一部だったんだろう。完全な概念となる直前にこのリボンをお前に渡したことで、あいつは不完全な存在になった。その結果、あいつは鹿目まどかの人格を保ったまま円環の理としての使命を果たしている」
「……」
「まぁ、意図してやったことじゃないだろうけどな。あいつもこんな結果になったのは予想外だろう」
確かに、言われてみればあの時私とまどかは何も身に纏っていなかった。
世界すべてがまどかの魔力に包まれて、地面も何もない不可思議な空間で私たちは最後の会話をした。
きっとあの時は魂と魂が触れ合っていたのだろう。
その時に、本当の奇跡があると願って渡されたこのリボンが円環の理としての在り方を不完全なものとし、微かにではあるが鹿目まどかという存在を現世に留めた。
……私の武器が弓になったのも、ただの偶然じゃない。
むしろ、偶然なんてものは一つもない。
私がまどかのことを忘れずにいられたのはこのリボンがあったから。
さつきがまどかの干渉を拒否して記憶を保持できたのは、円環の理の概念が不完全で穴があったから。
まどかの家族がほんのりまどかのことを覚えていたのも同じく概念そのものが不完全で、まどかと現世との繋がりが完全に断たれていなかったから。
そう考えると、すべての辻褄が合ってしまう。
『……めちゃくちゃ夢のないことを言うが、そのリボンからは鹿目まどかの魔力を感じる。お前が弓矢を扱えるようになったのもそれが原因だろう』
『そう、夢のない話ね』
かつての何気ない会話が蘇る。
因果を感じ取れるさつきは、あの時にはもうこのことを分かっていたのかもしれない。
本当の奇跡なんてものはない。
もし今回のような、まどかのことを覚えていられたのが本当の奇跡だというのなら、それは私の魂にまどかが干渉した時点で終わりを告げる。
それはつまり、私が魔法少女として死んでしまえばまどかもまた死んでしまうということ。
概念として完成した円環の理はまどかの人格を捨て去り、ただ平等に、機械的に作用する宇宙の理のひとつに数えられるようになる。
「もちろん、この話は推測の域を出ない。円環の理の概念が不完全だというのも可能性の話に過ぎないんだ。もしかしたら、僕やキュウべえの考えているようにはならずに、鹿目まどかは鹿目まどかのままかもしれない。あるいは、ただの概念になろうとしても、鹿目まどかの自我が生き残るような奇跡が起こるかもしれない」
「……」
「でも、そんな都合のいい奇跡が起こると、お前たちは信じることはできるか?」
その言葉にさやかは反論できなかった。
奇跡と魔法を信じて何度も魔法少女になったさやかは、その数だけ都合のいい奇跡なんてないと思い知ってきたから。
円環の理に導かれてから知った他の時間軸での自分の姿。
その中に、都合よくすべてがうまくいった時間など一つたりともなかった。
何か一つがうまくいっても、必ず他の何かで破綻する。魔法を使って願いを叶えられるんだと思い込んで、知らず知らずのうちにあれもこれもと欲張って、たった一つしか願い事を叶えられないという事実に押しつぶされて絶望していった。
「鹿目まどかも例外じゃない。どれだけすごい資質を備えていたとしても魔法少女であることに変わりはない。僕たちは魔法の力で条理を覆すことはできるが、この力はそんな都合のいいものではない」
そして、ほむらも自身の過去を顧みていた。
魔法の力でまどかとの出会いをやり直すことはできたが、結局まどかをこの手で救うことはできなかった。何度も同じ時間を巡っても、都合よくあの夜を越すことはできなかった。
世界が再編されてから時折振り返った幾度ものループでの自分の姿。
その中に、都合よくすべてがうまくいった時間など一つたりともなかった。
欲張らずにまどかを救うことだけに目的を絞っても必ずどこかで破綻して、あの夜を越えられたことなんて一度もない。道標を頼りに進んだ先にあったのは、まどかの消失という死よりも恐ろしい結末だった。
奇跡を起こす魔法も夢のような時間も、長続きしないから楽しく魅力的に映る。
魔法少女はその魂を対価として願いを叶え、今この瞬間を夢のような世界に変えることができる。
でも結局は夢。
いつかは覚める時が来る。
夢が覚めて現実へと引き戻されるとき、魔法少女は絶望を感じずにはいられない。その夢が、楽しく魅力的であればあるほどに。
「魔法少女は奇跡を起こす存在。奇跡に縋っちゃダメなんだよ」
さつきが言う。
それに、私もさやかも言葉を返すことができない。
キュウべえに見出された者はその魂を対価として奇跡に縋ることが許される。
でもそれは、たった1度きりの権利。まだ魔法少女じゃない、ただの人間の少女だったからこそ許されたこと。
魔法少女へとなった者は、奇跡の体現者へとならなければならない。奇跡に縋る権利などありはしない。
「さて、もう一度聞こう。暁美ほむら」
「今までの話をすべて聞いたうえで決断してほしい。お前は、もう一度時を遡る魔法を使い、すべてをやり直す選択をするか? それとも、もう過去は振り返らずに未来へと進んでいく選択をするか?」
「何度でも言うがこれは別に脅しているわけじゃない。お前が未来へと進む選択をするのなら、今すぐにでもこの世界を終わらせてすべてを元に戻すと約束する」
「だが、一つだけ言っておくとするなら、やり直す選択を取れるのは今回が最後だ。この機会を逃せば、もう二度と過去に戻ることはできなくなる」
「さあ、どちらを選ぶ?」
「わ、私は……」
──ギィッ
「これは……空間が軋んでいる?」
まるで蜃気楼が起きたかのように世界が歪みぼやける。
切れた空間の切断面は闇よりも黒く、一切の光を通さない底なしの穴。
空間が軋むという表現は言い得て妙で、何かが引き裂かれるような音が耳の奥で響き、本能的に近づいたらまずいと思わせる不穏さがある。
「結界の制御が不安定になっているな。どうして急に…」
「どうやら他の時間軸の影響を受けているようだ」
「他の時間軸…?」
「さつきの作り出したこの世界は時間からも空間からも浮いた異空間にほむらの意思を反映させたものだ。数多の世界を渡り歩いてきた彼女の世界は、元となった世界を磁石のように引き付け、互いに影響しあうほどに接近してしまったんだろう」
因果の糸、というのは縁のようなものだ。
関係性の深いものほど強く結びつき、反対に薄まれば結びつきが弱くなる。
そういう意味で考えれば、ほむらのソウルジェムを映し出したこの世界は元となった世界を引き付けるだけの因果を持っていると言えるだろう。
それがたとえ鹿目まどかによって改変され正史ではなくなったはずの世界であったとしても、復元させて呼び起こし、引き付ける。
そういう条理を覆すような現象を魔法や奇跡と呼ぶのだ。
因果を収束させれば魔力を得られるというのなら、暁美ほむらのソウルジェムが映し出したこの世界が条理を覆すようなことを引き起こしても何ら不思議ではない。
「もしかして、まどかが魔女のことを夢に見たのは…」
「その予想は正しいよほむら。まどかが真っ先に影響を受けたのは彼女がこの世界の特異点だからだろうね。すべての魔法少女の絶望を背負った彼女は、因果の糸を惹きつけやすい存在になってしまったんだ」
予兆はあった。
不完全に蘇った魔女の世界の記憶。歴史から消えたはずの世界の記憶を、どうしてまどかが一部とはいえ取り戻すことができたのか。
それは、ほむらの歩んできた世界はそもそもまどかを中心に回っていたものだったから。
だから真っ先にまどかはその影響を受け、魔女がいた世界と夢を通じてリンクし追体験するに至ったのだ。
「そして、まどかだけに出ていた影響はついにこの世界全体に現れ始めた。今頃はマミや杏子も
時間軸の集約による記憶の統合。
さやかが円環の理に導かれ、すべての時間軸でのさやかが集約・統合され今のさやかになっているように、異なる時間軸の同一人物同士は一体化する。
人格はそのままに記憶は引き継がれ、複数の可能性を含んだ一人の人物として再構成される。
「ともあれ、これで魔女の存在は夢物語じゃないということが証明されたわけだ。希望から絶望への相転移、そこから得られる感情エネルギーは僕の試算よりずっと大きなものだったよ」
さつきは銀色の宝珠がついた魔法の杖を顕現させ、それを輝かせる。
すると、みるみるうちに空間が修復され、不安定だった世界は軋むことのない安定した世界へと戻る。
「原理は分かった。他の時間軸からの影響も対処した。……だが、侵入された」
「侵入…?」
「おそらくは、美樹さやかの同業者。円環の理から派遣された魔法少女だ」
その言葉に、みんなの視線が一斉にさやかへ向く。
「その通りだよ。あたしやなぎさが内部から結界を不安定にさせたら、力づくでもこの世界を終わらせるっていう話だったんだ。この世界をそのままにしていたら、魔獣がいる世界にも悪い影響が出ちゃうから」
それは、傍から見れば正しい事だろう。
秩序を守るために戦うその姿は、まさに正義の味方と言ってもいい。
「でも、このままじゃまどかが…。まどかが作った世界を守ることはできても、まどかが死んじゃうよ…!」
ただ、それは自己犠牲をしてまでやることなのか。
そこまでして秩序を守ることが本当に正義と呼べるのか?
「……きっと、正しいことを為し続けるやつを止めるには、悪いことをするしかないんだろうな」
そう言うと、さつきは魔法の杖の先端についた宝珠を別のものと取り換える。
それは、ソウルジェム。銀色に輝く魂の宝石。
「人間の感情って複雑で難しいから、正論だけを言われても納得なんてできない。だから、正論を言って自分を納得させて動いてる奴にも、たまにはそれは違うって言ってやって無理やりにでも止めて突っ走るのを止めさせなきゃいけない。たとえ、それが少し乱暴な方法でも」
その杖を、ほむらに手渡す。
ほむらは渡されたまま、その杖を受け取る。
「これは…」
「見ての通りだ。ほむらがこの杖に魔力を込めて時間遡行の魔法を使えば、円環の理の概念が出来上がる前の世界に戻ることができる。その際、ソウルジェムは反動で砕けてしまうが……」
「……」
「まぁ、問題はない。お前が遡った後の世界でも僕はいるだろうし。完全に死んでしまうわけじゃないから気にすることじゃない。魔法を使うのも使わないのもお前の自由だ。話すべきことはすべて話した」
「……」
「それから──」
さつきは一歩下がり2人を見た。
呆然と杖を眺めるほむらと泣き崩れて膝をつくさやか。
「──お前たちは2人とも鹿目まどかの友達だろ。あいつにどうなって欲しいか、この際しっかり話し合うことだ」
それだけ言って踵を返し歩いていく。
右手には既に、新しく顕現させた魔法の杖が握られている。
「ちょ、ちょっと……何をする気なの?」
「決まってるだろ。戦いに行くんだよ。せっかく作ったこの世界を壊そうとする正義の味方と戦いに。そうでもしないとお前ら話すこともできないだろ」
「……」
「もし、僕を止めようって言うならそのソウルジェムを叩き割ればいい。結界で保護はしているが、美樹さやかが全力で斬れば流石に砕ける」
『考察好きの皆様のために』
展開予想のコメントをしたいけどガイドライン違反になるから駄目だ、というお悩みを抱えている人のために考察の魔女の憩いの場という考察スペースを作りました。
作者自身は展開予想合戦や作品への考察も含めてその作品の面白さだと思っているので、感想欄ではできないことをやってもらえればと思います。
もし、このやり方が何らかのガイドラインで禁止されていた場合は、予告なく取り潰しする可能性があるとだけ留意しておいてください。
次話「正義の味方」