キュウべえ「ボクと契約してTS魔法少女になってよ」 作:フェレーデ
さて、少しだけ俺こと渡里さつきの魔法少女としての戦い方について話そうと思う。
固有魔法は結界。
それを応用した異空間の生成とテレポート、障壁の設置。
性質は魔女結界に酷似しているが、結界の中身には何も入っていないので真っ暗な空間が広がっているだけ。理論上は魔女結界を作ることもできるが、創造性の欠如のためにあのファンシーでグロテスクな結界を作ることはできそうもない。
キュウべえにも魔法少女としての才能があると言われただけあって魔力量は多く、不自由を感じたことはない。
魔法少女の姿を維持し続けるのは常に魔力を消費するが、1週間くらいなら維持し続けるのも余裕だ。魔女と戦って精神的な疲れを感じたことはあるものの肉体的な疲れを感じたことはなく、ソウルジェムの黒ずみも少ないためグリーフシードが余っているのが現状である。
では、その戦闘スタイルはと言えば魔力量と固有魔法にモノを言わせたゴリ押し。
魔力をたくさん込めればそれだけ身体能力が上がるし、強い力で殴れば魔女を退治することはできる。相手の攻撃は防御しなくとも異空間に転送すれば効かないし、ヤバい攻撃が飛んで来たらテレポートで逃げればいい。
正直、魔法少女としては落第も良いところ。
巴マミとは正反対の、華やかさの欠片もない立ち回りであった。
そんな俺が、今まさに巴マミがやられそうな現場を目撃したらどうするか。
決まっている、攻撃を肩代わりすればいい。
この能力の真価が発揮されるのは防御力だ。
相手の攻撃を回避する必要がない、防御する必要もない。そうなってしまえば、戦い方が素人であろうと魔女を倒すことは可能だ。
この防御を崩すには瞬間的な超火力で叩き割るしかないが、そんなことができる魔女や魔法少女はいったいどれだけいるか。
案の定、魔女の攻撃は俺に通じない。
牙は俺の身体に食い込むことはなく空を切る。しっかり噛んだはずなのに何の感触もない。そんな後味の悪さだけが魔女には残っているはずだ。
「立てるか?」
「…っ!」
巴マミは答えない。いや、答えられる状況じゃないと言った方が正しいか。
パニック発作。
彼女の瞳孔は大きく見開いて焦点が合わず、その身体は小刻みに震えていた。
仕方ないだろう。絶命直前まで追いやられ、避けられないその攻撃に死をも覚悟していたはずだ。もしかしたら、走馬灯さえ見たかもしれない。
死とはとても恐ろしいものだ。
人生という長い時間をかけて受容していくもの。
中学生である彼女に、そんな覚悟などあるはずもない。
「仕方ない、一人でやるか」
もちろん、それは俺自身も同じこと。
死にたくはない。まだ生きていたい。やりたいことだって残っている。
それでも立ち向かえるのは、心の底から負けないと思っているからだ。
◆
「よーし、終わった」
魔女の身体が崩れていく。
それに伴って魔女結界が崩壊していく。
これでもう大丈夫だと言おうと思い振り返ると、そこには巴マミと鹿目まどか、美樹さやかの3人が身を寄せ合っている姿があった。なんで?
「もう大丈夫だぞ。魔女は倒した……から」
そして、俺が声を掛けたら鹿目まどかと美樹さやかの2人は全身をびくりと震わせた。
右側と左側の両サイドから巴マミに擦り寄り抱き合っている。
よくよく見れば3人とも目元が潤んでいた。
魔女はもう倒したというのに身体はまだ震えているように見えて、その表情に浮かぶのは安堵の色ではなく”恐怖”。
何に怯えているか……そんなのは明白であった。
「……」
端的に言おう。
その反応に俺の心は傷ついた。
女の子が泣いていたら、まともな感性を持った男の子は動揺する。それが自分のせいとなれば凄まじいまでの自責の念に駆られるのは言うまでもなく、精神が受けるダメージは計り知れない。
魔法少女になってからというもの、ダメージを受けたことはなかった。
鉄壁の防御はいつだって俺の身を守ってくれたし、いつでもテレポートで緊急離脱できるというのは多大な安心感をもたらした。
ただ、これだけは防御できない。
罪悪感のような恐怖は鉄壁の防御を貫通してダメージを与えてくる。
「あなた、かなり乱暴な戦い方をするのね。もっと器用に戦うのかと思ってたわ」
「………」
いつの間にか視界に現れた暁美ほむらがそんなことを言ってくる。
言ってることは事実だけど、間が悪いって分からないかな? ちょうど今、そのことを気にしてセンシティブになっていたというのに。
俺の戦い方は、傍から見たら粗暴に見える。
一方的に魔女に暴力を振るうのは、中学生である彼女らにとって恐怖にしか映らない。
魔女を攻撃しても血は流れないとはいえ、暴力は暴力。殴り合いの喧嘩をしたことのない現代っ子にとっては応えるだろう。
巴マミのように、華やかさがあればそれも中和できる。
暁美ほむらのように爆弾でも使えば、爆発で覆い隠すこともできる。
しかし、俺にはそれがない。
「……別にいーよ。魔法少女失格なのは初めから分かってたことだし」
「大丈夫? 急に変なこと言って」
「………大丈夫大丈夫。ちょっと致命傷を受けただけだから」
「…? 怪我してるようには見えないけど?」
そうじゃないよ。
もしかしてこの子天然なのかな? 突っ込みづらいから首を傾げないで欲しい。
なんとなくほむらとの会話が気まずくなった俺は、もう帰ろうかなと思い、テレポートを使おうとしたところで
「待って!」
巴マミに呼び止められた。
何の用だろうかと思い振り返ると彼女は立ち上がって
「さ、さっきは助けてくれてありがとう。わ、わたし、魔女と戦ってるときに別のことを考えてて、油断して、いざ魔女にやられそうになったら怖くって……それで…」
目尻には涙が浮かんでいた。
途切れ途切れに発されるその言葉は、感謝ではなく懺悔に思えた。
「いいよ別に。怖いと思うことは悪い事じゃない。魔女との戦いなんて怖がって然るべきことなのに、何度も繰り返すうちに僕たちは慣れてしまっているんだ。最初に戦った時はそうじゃなかったはずだ。僕だって、最初は何回も逃げ出しながら戦った」
すると、意外ですと言わんばかりに目を見開き驚く巴マミと暁美ほむら。
おいなんだその反応は。お前たちは俺のことを何だと思ってるんだ。お前たち険悪な仲だっただろうに、何でこういうところで同じ反応をするんだ。
「意外ね。あなたでもそんな時期があったのね。今の強さからは想像もできないわ」
「お前は僕のことを何だと思ってるんだ」
「初めて会った時は、同じ魔法少女とはとても思えなかったわ」
「……」
その通りだよ、なんて冗談でも言えない。
「はぁ、今度こそ帰ろうかな。なんか色々と疲れたし。家に帰ってご飯でも食べれば少しはこの疲れも………あっ」
そこで、俺は思い出した。
ダッシュでここまで走ってきたから買い物のレジ袋を置いてきてしまっていること。そして、魔女結界の中に取り残されたものは結界の崩壊とともに消えてしまうこと。
「……」
しかし、あの場には暁美ほむら もいた。
俺は一縷の望みをかけてほむらに尋ねようと視線を向けると──次の瞬間、気まずそうにふいっと視線を逸らされた。
俺は、何も言わずにスーパーへダッシュした。
◆
夕飯を紛失してスーパーに駆けこんだらろくなものが売ってなくてしょぼくれている不運な銀髪僕っ子魔法少女は誰でしょう、そうさつきです。
夕方のスーパーというのはやはり人気なもので目ぼしいものは売り切れ。
妥協して買い物をするのは嫌で何件かスーパーを巡り、ようやく及第点の夕食を見つけることができて夜道を歩いているところだ。
テレポートで帰れるところを歩いて帰っているのはただの気分。夜風に当たって散歩をしたい、そんな気分だった。
魔法少女になったことでもしかしたら食事をせずとも魔力だけを補給していれば死ぬことはないのかもしれないが、俺の場合は契約前よりも食欲はあるように思う。
キュウべえが言うには、魔法少女になってからの魔法は契約前に交わす祈り次第で変わるのと同じように、モノの考え方や欲求も祈りの影響を受ける可能性が高いとのこと。思い返してみれば、俺が契約を交わしたのは空腹で生き倒れそうになっていたときだった。つまりは、そういうことだ。
お腹が空いた、腹を満たしたい。そういう思いが魔法少女の契約に少なからず作用したということだろう。
契約をするとき、死にたくない、そんな思いを俺は抱いていた。
3日も食べていなかったことも相まって、空腹の絶頂だったのを今でも覚えている。
小心者の俺は通りすがりの人に助けを求めることはできなくて、それなのに頭は良い方だからここが元の世界とは別物だとすぐに理解することができて。もう帰れないんだという気持ちと、これからどうしようという思いが同居していた。
そんなときに再び俺の前に現れたのがキュウべえだった。
最初に出会った時は男の俺に魔法少女になってとお願いしてくる変な奴だと思ってあしらっていたが、異世界だと気づき帰る家がないと分かってからはそんな軽口も叩けない。
断る理由もなく、死にたくなかった俺は了承した。魔法少女でも何でもやるからこの世界で生きていけるようになるようにしてくれ、と。そんな祈りを捧げて魔法少女の契約を交わした。
契約する時に感じていた気持ちは”怯え”。
本当に一人で生きていけるのかとか、魔女と戦うことはできるのかとか、そんなことばかり考えていた。
だから固有魔法は結界になったのだろうと思う。
自分の身を守るための最強の防御。どんな攻撃からも逃げられるテレポート。小心者な自分にぴったりな魔法だとつくづく思う。
契約の際の願いというのは、口にした祈り以外にも心の中で無意識に思っていることも反映されるのではないかというのが俺の予想。キュウべえは『ボクは感情が分からないから』と言って答えてくれなかったが、きっとそうなんだと半ば確信している。
「あら?」
そんなことを考えていると前方から見知った人が歩いてくる。
螺旋状に巻いた黄色いツインテールが特徴の少女、巴マミその人だった。その姿は制服ではなく、何故か魔法少女の姿に変身している。
「その制服、あなた見滝原中の生徒ね。こんな時間に人気のない場所を歩いてたら危ないわ」
数時間前に彼女とは魔女結界の中で出会っているが、今の俺は変身を解いているので、巴マミは俺のことが誰か分かっていない。
普段の俺は男子中学生だ。変身をすれば
衣装だけを変える変身より少しだけ魔力の消費も増えるが、俺にとっては微々たる差。”魔法少女”というものを守るためにも必要なことだと思っている。
「ごめんなさい。買い物に夢中になってたらつい…」
変身をしていないときは巴マミと関わる気はない。
バレる可能性があるからだ。魔力を感じ取られたら最後、すぐに俺の正体は露呈してしまうだろう。
さっさと家に帰ろう。
そう思って彼女の横を通り過ぎようとして───その瞬間、ふらりと彼女の身体が揺れた。
「……っと!」
反射的に支えられたのは運が良かった。
変身していない今では、力も弱いし動体視力も鈍い。近くにいなければ支えることはできなかった。
「立てますか?」
「っ! え、えぇ……大丈夫、大丈夫よ…。支えてくれてありがとう」
巴マミの瞳は揺れていた。
笑顔もぎこちなくて、いつもの余裕が感じられない。
先ほどの魔女との戦いが原因なのは明白だった。死ぬ直前まで追い込まれた経験が、彼女を追いこんでいる。
それでもなお魔法少女の姿で夜の街を歩くのは彼女の矜持故か。あるいは……いや、それを考えるには俺は彼女のことを知らなすぎる。今は止めておこう。
「体調が悪いなら家に帰った方がいいですよ。ご飯を食べてよく眠れば大体のことは治ります」
「家に帰る……そうね、そうさせてもらうわ」
そう言って、ふらりと立ち去る巴マミ。
その足取りはどこかふわふわしていて、危なっかしく思えた。
(重症だなこれは…)
そう思わずにはいられない。
何か変なことでもしなければいいが、と少し不安に思う。
「そういえば、あなたって姉か妹がいたりする?」
「……いません」