キュウべえ「ボクと契約してTS魔法少女になってよ」 作:フェレーデ
まさかこんなに読んでいただけるとは感謝感激ティロフィナーレ。
翌日、学校でちょっとした騒ぎが起こった。
授業中に巴マミがぶっ倒れた。模範生とも言えるような彼女が倒れたというニュースは、学年の違う俺たちのクラスへも『上級生の一人が体調不良で倒れたらしい』と曖昧に伝わってきた。
それを受けて俺の心に浮かんだのは、やっぱりかと思う妙な納得感。
なにせ、昨日はあんなフラフラの状態で夜間のパトロールをやっていたのだ。魔法少女の身体でそんな状態になっているのは極めて異常。相当精神に負荷がかかっていたのは疑いようもない。
どこか虚ろな表情をしていたのも、いつもの余裕が感じられなかったのも、彼女が無理にそうしていたからだろう。予想ではあるが、彼女は色々と背負い過ぎていたのだと思う。魔法少女という存在そのものに、どうしようもない程。
ただ、それに対して俺が何かするかと言えば、何もしない。
というか、できないと言った方が正しいかもしれない。
励ますのが正解だということは分かっている。
だが、巴マミのことを殆ど何も知らない俺が一体どうやって励ますのかという話だ。何と声をかけていいかも分からないし、気持ちを肩代わりしてやることもできない。
むしろ、声掛けを間違えてしまえば二度と立ち直れなくなってしまうリスクさえある。そんな役割を担える自信はない。
そして、何よりも懸念しているのは俺が男で巴マミが女だということ。
男女の精神構造や思考パターンに違いがあるということは脳医学の研究で立証されている。世界が変わっても、この事実は恐らく変わらないだろう。
励ましに大事なのは建設的な意見ではなく、共感。
相手の抱えている悩みを上手く吐き出させて、それに心から寄り添ってあげることが何よりも大事。
俺では無理な役回りだ。
巴マミに心から共感できる自信がないし、そもそも俺と彼女の親交はそこまで深くない。共感して寄り添うことは困難を極める。
もし、適任がいるとしたら…。
それは、巴マミと深くかかわっていた人物。鹿目まどかと美樹さやかの2人しかいないだろう。
「2人にお願いしたいことがある」
誰にも見られてないことを確認してから物陰で魔法少女の姿へと変身し、屋上を訪れた。
その時の2人の驚きようと言ったらもう…。尻もちをついて倒れるほどだったので、今度からテレポートを使ってすぐに会話をするのは気を付けようと思う。
「えっと、その……お願いって何ですか?」
「巴マミのことについてだ」
おずおずといった様子で鹿目まどかが尋ねてくるが、巴マミという名前を出すと2人の顔つきが変わった。
「魔法少女の身体は普通の人間とは比べ物にならないくらい頑丈だ。体調を崩すことは有り得ない。それでも不調をきたすということは、昨日のことがよほどトラウマになってるからだろう。2人にはそれを支えてやって欲しい」
「何であたしたちに…」
「お前たちにしか頼めないことだからだよ。僕も彼女も、魔法少女だから」
そう言うと、2人の表情は曇る。
「魔法少女同士はいがみ合うようになっている。グリーフシードがなければソウルジェムを浄化することができないから」
「……知ってます」
「知ってるなら話が早いな。だったら、グリーフシードを巡って争いが起こることも簡単に想像できるはずだ。巴マミは長く魔法少女を務めている。そうした場面に遭遇したのも一度や二度じゃないだろう」
「それは…」
これが、魔法少女の現実。
俺だってあの時、巴マミと佐倉杏子という魔法少女にそのことを教えて貰えてなかったら、他の魔法少女とトラブルになっていた可能性が高い。
限りある食料を取り合うように。
魔法少女は争い合う宿命を背負っている。
「だから、僕は行けないんだよ。行ったら警戒してしまうから。巴マミからしたら、弱っているところを狙って縄張りを荒らしに来た魔法少女にしか映らないんだ」
「そ、そんなことないです!」
思わず声を荒げたのは鹿目まどか。
彼女の瞳には怒り………いや、これは悲しみか。どうしてそんなことを言うんだという深い悲しみの色が見える。
「マミさんはそんなこと絶対に思いません! 命を助けてもらったのに、そんなの…!」
「……そうかもな。お前の言う通り、巴マミはそんなことを思わないかもしれない。彼女は理想の魔法少女であろうとした。あり続けようとした。彼女にとって魔女と戦うことは、生きるためというより強迫観念に似た義務感だったんだろうな。魔女に殺されかけた日の夜であろうとパトロールをするほどに、巴マミは魔法少女であり続けようとしている」
「そんな…」
「それにストップをかけられるのは、さっきから言っている通りお前たち2人だけだ。僕が見滝原の街を代わりに守ることはできるが、巴マミを止めることはできない。……跳ね除けることはできてもな」
「……」
「お願いだ。見舞いに行くついでに少し話を聞いてやって欲しい」
その言葉に、美樹さやかはピクリと跳ねた。
「見舞い…?」
「そうだよ。そんなにおかしな表現か?」
「いや、その…」
「さやかちゃん…」
しどろもどろになる美樹さやかを意味ありげに見つめる鹿目まどか。
2人の間で通じることがあるのだろう。そう割り切って話を先に進めることにする。
「とにかく、巴マミのことは任せた。あいつが復帰するまでは、代わりに見滝原の街を守ってやるから」
「ちょっと待ってよ!」
そう言って立ち去ろうとすると引き留められた。
引き留め主は美樹さやかだ。
「まだ何かあるのか?」
「あんたは見舞いに行かないの? 本当はあんたも行きたいんじゃないの?」
「はぁ? 行けない理由はさっき言った通りだ。話がこじれるのが嫌だから行かないんだよ」
「だったら何でマミさんを助けたのさ? ……見捨てることもできたはずだよね」
「さやかちゃん!?」
さやかの言動1つ1つにまどかは驚き止めようとしていた。
しかし、残念なことに内気な彼女は一歩を踏み出せない。その場の雰囲気に気圧されて、おろおろとするばかり。
それでいてやると決めたら突き進む心も持ち合わせているのだが、本人はそのことに気付いていないので自己嫌悪に陥るばかりである。
「そうだな。見捨てることもできた」
「じゃあ何で…」
「それでも助けたのは、僕が魔法少女に選ばれたからだよ」
「選ばれた…」
「そう。僕はキュウべえに選ばれた。特別な才能があると言われてスカウトされた。だから、魔法少女をやるんだよ。見返りも喝采も要らない。ただ、魔女を倒して人を助ける。……同じ志を持った人を助けたいと思ったから助けたんだ」
◆
「もう、さやかちゃん。どうしてあんなに酷いこと言っちゃうの? 見捨てるなんて……あんまりだよ」
「たははー、ごめんね。心配かけちゃったよね? 見舞いに行けないって言ってるのを聞いたら、ちょっと考えちゃってさ。本当にごめん」
「さやかちゃん…」
「あたしさ、すごく悲しいことだなって思ったんだよ。マミさんももう一回お礼を言いたいって言ってたし、あのさつきって人もマミさんのことを悪く思ってない。それなのに、こんなになっちゃうなんて」
魔法少女同士は相容れないというのは本当。
グリーフシードを求めて争いが起きるというのも本当。
だから、そもそも接触をしないように立ちまわるというのは、確かに賢い選択なのだろう。
しかし、それ故に会わない選択をするというのは、両者の事情を知るまどかとさやかにとって、もどかしくてたまらない。
「それで、さ。少しだけ不安になったんだよね。恭介はあたしがお見舞いに行くのをどう思ってるのかなって。……もしかしたら、心の中では快く思ってないんじゃないかって」
「そんなことないよ。さやかちゃんが一生懸命選んだCDは喜んでくれたんでしょ」
「あ、あはは、照れるなーまどか。……でも、うん。きっとそうだね」
感極まったさやかはぐっと背伸びをすると、頭一つ分くらい小さいまどかをぎゅーっと抱きしめた。「やっぱりまどかは私の嫁だー」と良い笑顔で言うさやかに、まどかは驚き慌てふためいて「やめてよーさやかちゃん」と顔を赤くして笑っていた。
そうしてその日の放課後。
まどかとさやかの2人は同じ道を歩いていた。
上条君の見舞いには行かなくてよかったのかと尋ねるまどかに、マミさんの方が心配だからとさやかは返答する。
「それに、マミさんに聞きたいこともあるからね」
「えっ、それって…」
「ふふ、まどかには内緒」
「えー酷いよぉ」
そんなことを話している内に2人は巴マミの家まで辿り着いた。
先ほどまでとは一転、2人とも無言。ドアの前に立ち深く深呼吸をしてからインターフォンを押した。どきどきと緊張して待っていると、ゆっくりとドアが開く。
そこには、どこか浮かない表情を浮かべる巴マミの姿があった。
「あなたたち…」
「マミさん。お見舞いに来ました」
「2人には謝らないといけないわ。魔女との戦いが危険だってことは分かってたのに、私は2人を連れ回して…。本当に許されないことをしたわ、ごめんなさい」
「頭を上げてくださいマミさん! 私たちは付いて行きたくて付いていったんですから!」
「そうですよう! マミさんが悪いわけじゃないです!」
部屋に入ってマミが発した言葉は謝罪だった。
その言葉に、まどかとさやかはそれは違うと反対する。しかし、マミの表情はさらに曇っていくばかり。
「でも、あのとき私がやられてたら、2人は魔法少女にならないといけなかったかもしれない。……暁美さんの言う通りだったわ。一般人を魔女退治に連れていくべきじゃなかった。これじゃあ魔法少女失格だわ……」
意気消沈、という言葉がふさわしかった。
明るくて前向きな巴マミしか見たことのなかったまどかとさやかは、そんなマミの姿を見て胸の奥がじくりと痛む。
「そんなこと、ないです…」
言葉を発したのはさやかだった。
消え入るような声───しかし、その声は巴マミの心に届く。
「魔法少女のマミさんは最高にカッコよかったです。正義感が強くて優しくて、私の憧れです」
「そう……でも、失望しちゃったでしょ? あんなのを見ちゃったら…」
「失望なんてしません! そんなに自分のことを悪く言わないでください」
2人はまっすぐに思いをぶつける。
しかし、それは巴マミの心の曇天を晴らすには至らない。
巴マミは魔法少女としてずっと生きてきた。
家族揃って交通事故に遭ったあの時から、助けてと懇願して魔法少女になったあの日から。彼女は、魔法少女として生きる道しかなかった。
そんな彼女がここまで魔法少女として大成したのは、あの時自分だけ助かったのだから頑張らなければならないという
模範的な魔法少女になれば、あの時私だけ助かったのにも意味がある。むしろ、そうでなければ自分だけが助かった意味がない。
そうした想いは確かに彼女を強く優しい人物へと押し上げたが、その心は繊細で脆く不安定なまま。
「マミさん。あたしマミさんに聞きたいことがあるんです」
「なに…?」
「マミさんは魔法少女になってよかったですか?」
「……そうね、よかったと思うわ。あの時は選択肢なんかなかったし、魔女との戦いも大変。一緒に戦ってくれる仲間もいなくて、一人ぼっちなのは寂しい。でも、それでも嫌じゃないって思えるから」
「そうですか…」
さやかはマミの言葉を受け止める。
魔法少女になることは良い事ばかりじゃない。短い期間だったけれど、そのことは今まで見てきてよく分かっている。
だが、その言葉を聞いてさやかの決心は固まった。
「──マミさん。あたし、魔法少女になります」
「えっ…」
「さやかちゃん!?」
まさかの言葉にそれを聞いた2人は驚きを隠せない。
「美樹さん、急にどうして……」
「あたしマミさんに憧れてたんです。強くてカッコいい正義の味方になりたいって思って。……キュウべえが見えるってことは、あたしもキュウべえに選ばれたってことですよね」
「それは…」
キュウべえに選ばれた。
かつて自身が使ったフレーズを聞いてマミは言葉が出ない。
「さやかちゃん、それなら私も…」
「まどかは無理しなくてもいいよ。まだ願い事も決めてないんでしょ? ……あたしは1つあるからさ」
「美樹さん、それってもしかして……」
マミの視線にさやかは苦笑する。
以前マミと話した会話。他人のために願い事を使うということなのだと、2人の間で通じ合った。
「……美樹さん。悪いことは言わないけど──」
「──分かってます。魔法少女がどれだけ大変なことなのかってことも、良い事ばかりじゃないってことも。それでもあたしは…」
「だったら、もう一度彼の話を聞いてからになさい。私は美樹さんに後悔して欲しくないの、お願い」
祈るように懇願されさやかも押し黙る。
ふと隣を見るとまどかもマミさんと同じような表情を浮かべていた。自分のことを心配して引き留めようとしてくれている。
さやかは人の心情に聡い。相手が本気で言っているかどうか直感的に分かるタイプだ。だからこそ、マミとまどかの2人が本気で心配していることが分かって、胸が苦しくなる。
「……分かりました。もう1回考えてみます」
その返答を聞いたマミは心の中で安堵する。
魔法少女は安易に勧めていいものじゃない、そのことは今回で身に染みて分かった。確かに一人は寂しいけれど、失ってしまう方がよっぽど悲しい。
そうしてそこまで思考を巡らせてあることに気付いた。
心に巣食っていた重苦しい気持ちがいくらか発散されていることに。
今までずっと寂しかった。苦しくて涙を堪えるほどに、”魔法少女”としてあろうとするのは大変だった。昨日の一件でそれが限界に達して、それからは心が重くて苦しくて堪らなかった。
身体の調子が悪いのを無視して学校に行って、無理が祟ってクラスの中で気を失って…。家に帰ってからはストックしていたグリーフシードで、かつてないほどに黒く染まったソウルジェムをなんとか浄化して……。
そんなときに2人が話し相手になってくれて、魔法少女としての私を肯定してくれた。嬉しくないわけがない。
曇った空に光が差すように、いつの間にか少しだけ晴れやかな気分になった。
「さあ2人とも。せっかく来てくれたし、一緒にケーキでも食べましょうか」