"あなた”の為の物語 作: 燃える空の色
「はーい、ようこそいらっしゃいましたー」
間延びした声が、"あなた”の耳を打つ。
木造洋館の書斎のような空間。目の前には、見知らぬ白い猫が作りの良さそうな木製の椅子に腰掛け、話しかけてきた。
「はじめましてー、ここは<Infinite Dendrogram>の入口みたいなところだよー。僕は管理AI13号のチェシャ。まぁ、チュートリアル役みたいな感じかなー。僕も初めての仕事で緊張してるんだけどねー……うんうん、挨拶ができる人は好みだよー」
緊張しているという言葉とは裏腹に、チェシャと名乗ったあの可愛らしい白猫は、手間取る様子もなく話を続ける。
「よーしー、それじゃあまずは諸々の設定から始めようかー……はい、じゃあ描画設定ねー。サンプル映像が流れるからそれから選んでー。…はーい、リアル描画ねー。じゃあ次はプレイヤーネームを設定しもらうねー。ゲーム中の名前は何にするー?」
チェシャの問いかけに、"あなた”は一瞬悩んだような素振りをして……。
―――オルフェウス
それは、自らの才能と努力によってせっかく掴んだチャンスを手放してしまった、愚かな男の名。
―――自分には、ピッタリの名前だ
才能に満ち溢れた、優しい"あなた”に、悲しいくらいピッタリな名前。
「……オッケー。じゃあ、次は容姿の設定を……え、そのままー?ほんとにそれでいいのー?……まぁ、ダメって訳ではないけどねー。流石に髪色くらい変えたらー?…オススメ?僕に言われてもなー……それじゃあ取り敢えず白髪金目にしとくねー」
突如現れたマネキンが、"あなた”の姿を象る。
髪と目の色が変わっただけだけれど、印象は随分と変わったように見えた。
「じゃあ、他の一般配布アイテムを渡しちゃうねー。はい、これキミの――オルフェウスの収納カバン。所謂アイテムボックスだよ。ついでにオルフェウスの持ち物しか入らないよー。まぁ、盗む手段はいっぱいあるんだけどねー。……それじゃあ、初期装備一式を選んでねー…オッケー。とりゃー」
気の抜けるような可愛らしい掛け声とともに、"あなた”の体を淡い光が包み込む。
それは物語の主人公にはぴったりな衣装―――けど、ワタシに言わせてみれば、ちょっと物足りないかしら。
「それじゃあいよいよ、<エンブリオ>を移植するねー。説明はいる…っていうか、ほとんど情報は出回ってないだろうし、説明するねー。エンブリオは全プレイヤーがスタート時に手渡されるけれど、同じ形なのは最初の第0形態だけー。第一形態以降は持ち主に合わせて全く違う変化を遂げるよー。千差万別だけど、一応カテゴリーはあるよー」
「大まかなカテゴリーで言うとー。
プレイヤーが装備する武器や防具、道具型のTYPE:アームズ
プレイヤーを護衛するモンスター型のTYPE:ガードナー
プレイヤーが搭乗する乗り物型のTYPE:チャリオッツ
プレイヤーが居住できる建物型のTYPE:キャッスル
プレイヤーが展開する結界型のTYPE:テリトリー
かなー」
「ちなみにこれらのカテゴリー以外にレアカテゴリーや、<エンブリオ>が進化すると成れる上位カテゴリーもあるからー。オンリーワンカテゴリーもあるしー。成れたらいいねー」
オンリーワン、なんて素敵な響きなのかしら。
けど、それならみんな、オンリーワンを求めてやり直しちゃうんじゃないかしら?
「あぁ、それは大丈夫だよー。このゲーム、キャラの作り直しできないからー」
"あなた”の疑問に答えが返ってくる。
なら安心――とはいきそうにないけれど。
脳波を読み取るなんて、なんだか少し怖いわね。
でも、もし"あなた”が何度やり直したとしても、きっとワタシたちはまた出会えるわ。
何度でも、何度でも。
たとえ何度繰り返しても、きっと、それだけは変えられないもの。
「でー、話しながらだけど<エンブリオ>移植完了ねー。……驚かないねー?びっくりすると思ったんだけどなー……その紋章が<エンブリオ>だよー。まだ第0形態だからそんなふうにくっついてるだけなのだけどー、孵化して第一形態になったら基本的に外れるからー」
いつの間にか、"あなた”の手の甲には素敵なマークが着いていた。
"あなた”だけの<エンブリオ>。あるいは、誰かの残した卵のひとつ。
無防備に手に着いているだけの卵だなんて、ついうっかり壊れちゃったりしないのかしら。
"あなた”はそう思って、チェシャに思い切って尋ねてみることにしたわ。
「しないよー。第0形態で<エンブリオ>に当たるダメージは全部プレイヤーに行くからー」
「孵化後の第一形態からは普通に傷ついたり壊れたりするけどねー。それも時間掛けて自己修復するけどー」
「ちなみに卵のくっついている場所は第一形態になると紋章の刺青になるよー。それがこの世界でのプレイヤーの証明書みたいなものだからー。じゃないとプレイヤーとの見分けつかないからねー」
本当、この世界のティアンは、人間と区別つかないものね―――でも、決定的に違うものはある。
ワタシたちにとっては、決定的な違いが。
「あと紋章には<エンブリオ>を格納する効果もあるよー。用事がないときは左手にしまっておくのー。このゲームをプレイする限りはずっと一緒ですのでー。大事に扱ってくださいねー」
そうそう、なんてったって、大切な自分の半身だもの。
<エンブリオ>は、大事に扱わなきゃ―――でも、そうね。
"あなた”には、少し難しい話かしらね。
「じゃあ最後に、所属する国を選択してねー」
そう言って、チェシャは書斎の机の上に地図を広げる。
それは古びたスクロール型の地図だったけれど、広げ終えると変化が起きた。
地図上の七箇所から光の柱が立ち上り、その柱の中に街々の様子が映し出されている。
「この光の柱が立ち上っている国が初期に所属可能な国ですねー。柱から見えているのはそれぞれの国の首都の様子ですー」
光の柱と、柱から浮かぶいくつかの映像に、"あなた”はほんの少しだけ高揚を覚えた。
白亜の城を中心として栄える騎士の国。
桜舞う中で和風の城郭を中心に木造の建造物が並ぶ刃の国。
見渡す限りの広大な砂漠が続くオアシスと商業の国。
灰色の街並みと工場が続く機械の国。
大海原に浮かぶ巨大な大型船が連結してできた船の国。
深い深い森の中、幻想的な世界が広がり、世界樹の麓に作られた妖精たちの国。
ワタシなら、この中だったら……。
「それじゃあ、どこの国に行きたいー?」
――レジェンダリア
「はいはいおっけー。ちなみに、軽いアンケートだけど選んだ理由を聞いてもいいかなー?」
―――恋人が、好きそうだったから
「……素敵な理由だねー。一応、所属国家は後で変えられるイベントもあるからー。
……じゃあ、レジェンダリアの首都アムニールに飛ばすよー…って、なになにー?質問ならなんでも答えるよー」
―――このゲームで、何をすればいい
「何でもー。英雄になるのも魔王になるのも、王になるのも奴隷になるのも、善人になるのも悪人になるのも、何かするのも何もしないのも、<Infinite Dendrogram>に居ても、<Infinite Dendrogram>を去っても、何でも自由だよ。出来るなら何をしたっていい」
「君の手にある<エンブリオ>と同じ。これから始まるのは無限の可能性」
「<Infinite Dendrogram>へようこそ。“僕ら”は君の来訪を歓迎する」
瞬間、"あなた”の視界が切り替わり、チェシャの姿と書斎の代わりに大空が"あなた”を歓迎する。
眼下には見覚えのある世界の形。
さっきまで見ていた、とっても素敵な世界が―――地図と同じ形の大陸が、"あなた”の視線の先に広がっている。
そして"あなた”は、やがて吸い込まれるようにして大陸の一点、天を突くような大樹が聳えるレジェンダリアに向かって、高速で落下していった。
――こうして、
To be continued
これが、最初の一ページ。