"あなた”の為の物語 作: 燃える空の色
テンポ重視。
□レジェンダリアの首都"アムニール”
――さすがに少し、驚いた
いきなり大空の中へと放り出され、重力の洗礼を受けた"あなた”は、大空からも見えた大都市の正門の前で立ち尽くしていた。
現実と相違ない五感、完全なるリアリティを謳うだけのことはあると、あなたはほんの少しだけ感心する――自由落下による空気抵抗と、死へ向かうあの恐怖。
人によっては失禁もののそれ。
けれど、今は高揚感が僅かに優る。
チェシャと名乗ったあの可愛らしい白猫さんが言ったことが本当なら、"あなた”はどうやら、レジェンダリアの首都"アムニール”に落とされたようだった。
――せっかくのゲームだし、取り敢えず戦うか
そんな"あなた”らしい素敵な考え―――正確には、リアルの友人からの受け入れらしいけど―――で、"あなた”はアムニールに踵を返して、初期装備の剣一本を手に、正門前から続く橋の向こうにある森へ足を運ぶことにしたわ。
そして森に入って、十分ほど歩いた頃。
ついに"あなた”の前に、一体のモンスターが姿を現した。
その姿は小さな角を生やした、可愛らしい子うさぎであり、如何にも最初の村のモンスターってところかしら?
【ウィークラビット】とネームが頭の上に浮かんだその姿に、"あなた”は咄嗟に構えた剣を下ろして、ほんの少しだけ警戒を解く。
けれど、それは少しだけ尚早な選択かもしれないわ―――なんて言ったって、相手はモンスターなんだから。
「QQQ!!!」
軽くステップを刻みながら、【ウィークラビット】が稲妻軌道を描いて"あなた”に接近する。
油断していた"あなた”は、咄嗟の反応で剣を構えるけど、少し遅いわね。
剣撃の隙間を縫って、【ウィークラビット】はその鋭利な角を"あなた”の大腿目掛けて飛びかかってくる。
――クソっ……!
咄嗟に膝を上げて【ウィークラビット】を蹴り上げたけれど、それよりも僅かに早く、【ウィークラビット】の角が"あなた”の脚を掠める。
そこそこに削れたHPバーを見て、"あなた”は悪態をつきながら、宙を舞った【ウィークラビット】に続けて蹴撃を浴びせる。
吹き飛ばされて地面を転がった【ウィークラビット】が立て直す前に、"あなた”は急いで駆け寄り、剣を突き立て、その腹部に思いっきり差し込んだ。
「Q!?」
一瞬の抵抗の後に、【ウィークラビット】はポリゴンのような光の粒子となり、そのリソースは"あなた”に流れ込むことなく大地に還元されていく……もったいないわね。
―――ハァ……
まったく、こんなに小さくて弱いモンスターを倒すのに、ここまで苦労するなんて。
傷口を押えながら、"あなた”は内心、自分に呆れ返っていた。
自分の弱さを自覚した"あなた”は取り敢えず、戦闘に慣れるところから始めることにしたわ。
リスやネズミのようなモンスターは、与えられるダメージは小さかったけれどすばしっこくて存外に厄介で、狼に似たモンスターは、見た目通りにとっても強くて、危うく死んでしまうところだった。
そして、"あなた”はひとつの疑問を抱いたの。
―――ていうか、これ…レベルアップとか、しないの?
何十分も戦って初めて、"あなた”は漸く、現状の違和感に気づいた。
――もしかして…1回街に入って何かしなきゃ、ダメだったりするのか……?
そう、"あなた”がやっていたことは、いわばコップのないテーブルに水を注ぐようなもの。
器の無いものにどれだけ
もう、全く。
本当に、変な所が鈍いんだから…。
何はともあれ、"あなた”は一度街に戻ることにしたわ。
けど……
――結局、どうすればいいんだ……?
今の"あなた”は、右も左もわからない迷子の子うさぎのような状態。
そんな時にどうするべきか、"あなた”なら勿論分かるわよね?
「……ん?なんだい?……も、もしかして<マスター>か!?そ、それなら、ほらこれ」
と、いうわけで。
賢い"あなた”は、素直に人に聞くことにしたわ。
犬耳が素敵な彼は、"あなた”がマスターであると理解すると同時に、懐からカタログのようなものを取り出して手渡してくる。
「これ、【適職診断カタログ】。いやぁ、マスターってのも大変だなぁ。【ジョブ】のことも何も知らずに放り出されるなんてよぉ」
豪快に笑いながら、彼は"あなた”の背を叩く。
見た目よりも強い力で叩かれて、"あなた”はその痛みに思わず眉を顰める。
「ちょっと前にも、あんたと同じようなマスターが通ってね。その時にもこれを使ったんだ。いやぁ、滅多に使わないものを持ち歩いててよかったよかった」
どうやら彼は、見た目だけじゃなくて、中身まで素敵な人みたい。
無愛想な"あなた”にたいして、さっきから気にすることなく話しかけ続けてるだけじゃなくて、人助けもこれが初めてじゃないそう。
「お兄さんも大変そうだね。ほら、これはあげるからさ、そうだな……この先にある"抜け道”って店に行ってごらん。そしたら、彼女たちが色々教えてくれると思うから」
親切な彼は最後に、「オレはこの辺をよくうろついてるから、なんかあったらまた頼ってくれ」とだけ伝えて、"あなた”に向けて手を振って去っていった。
"あなた”の視線は彼に手渡された【適職診断カタログ】に注がれる。
なんでも、このカタログは今の自分に適した【ジョブ】を教えてくれるらしい素敵な機能がついているみたい。
――ジョブ……?
けど、今の"あなた”には宝の持ち腐れかしら。
この世界に来て直ぐの"あなた”は、未だに【ジョブ】が何なのかも分からない。
名前から想像が着く意味合いとしては、そのまま仕事……と言うよりは、
"あなた”の友人も、「RPGはそれぞれのロールをバランスよく配置して上手く活かすことが大事」って言っていたもの。
――取り敢えず、行くか
分からないことでいつまでも悩んでいても仕方がない――素直に、彼の助言の元目的地にへと向かうことにした。
教えて貰った通りの道をそのまま進んでいく。
道中、"あなた”はキョロキョロと辺りを見渡すと同時に、辺りから向けられる無数の視線に気づく。
その視線に含まれるものは、好奇心や警戒心に近しいものと……隠しきれない敵意と疑念。
ゲームの中とは思えない、明確な意志を持って向けられる視線。
世間や常識に疎い"あなた”でも、この異常性は理解できる。
――早く行こう
僅かに居心地を悪くした"あなた”は、早足で目的地にへと向かう。
10分程歩き詰めたところ、"あなた”は一軒の酒場を目にするわ。
【抜け道】と看板のかかった、ファンシーな雰囲気の素敵なお店。
ふわふわと浮かぶ看板たちが、ここが確かに目的地であることを指し示していた。
――どうしよう……?
自分が入るには、どうにも雰囲気が違いすぎるような気もする…そう思った"あなた”は、店の前でその足を止め、チラチラと窓から中を観察しようとする。
「どうちたの?」
――!?
そんな"あなた”の背中に、幼い声がかかった。
目の前のお店に集中していた"あなた”は、いつの間にか背後にいたその気配に気付かず、突如かけられた声に肩を揺らし、咄嗟に振り向く。
「わたちたちのお店に、なにかごよう?」
耳に届く声。しかし、後ろには誰もいない。
"あなた”の視界には、その声の持ち主と思われるような存在は一切見当たらなかった。
――…?
うろうろと辺りを見渡すが、依然として人影は見当たらない。
もしかして、幽霊かしら。
「わたちたちはここだよ!!」
今度は更に、ハッキリと声が聞こえてくる。
それも、下から。
"あなた”はゆっくりと視線を足元に向けた。
「はじめまちて!!アナタは……その紋章、もしかして<ますたー>さん!?」
小さな影が、可愛らしく動きを続ける。
色鮮やかな赤髪。パタパタと動く小さな翼の生えた幼い背丈。
両手で口元を抑え、全身で驚きを表現する、幼女のようなその影の視線と驚きの矛先は、"あなた”の手の甲に向けられているようだった。
――キミは……?
「わたち
不思議な一人称の彼女は、元気に名前を名乗ったあとに"あなた”の名前を尋ねる。
咄嗟に名乗ろうとして、今の自分の名前は普段とは違うことに気づく。
そして、"あなた”は今この世界における"あなた”の名前を口にした。
――オルフェウス。
好きに呼んでいいと後に続ければ、彼女はそれを素直に受け止めてくれたみたいで、嬉しそうに頬を緩めて早速独特な呼び名で"あなた”を呼んだ。
「オルフェウス…オルちゃん! 素敵なお名前ね!ねぇオルちゃん!わたちたちのお店に用があるんでしょ?さぁさぁ、入って入って!」
強引に"あなた”の手を引いて、トリヴィスのトリアスと名乗った小さな彼女は店の中へと入っていく。
幼女にしか見えない背丈と容姿。
その背中からは純白の翼のようなものが生えていて、彼女も先程の彼と同じように、所謂亜人…のようなものなのかしら。
「ただいまー!カリスちゃんカリスちゃん!<ますたー>さんが来たよー!!」
「おかえりなさい、師匠。えぇ、知っていますよ。金糸が全てを伝えてくれました」
元気に中に駆け込むトリアスが語りかける先。
陽気で幼さを孕むトリアスの声とは裏腹に、店内から聞こえてきたのは落ち着いた女性然とした、蠱惑的な美しい声色だった。
――トリアス、その人は?
「この子はカリスちゃん!あたちたちとはこの子が小さい頃からの付き合いで、よくあたちたちのお店のお手伝いをしてくれてるの!」
「初めまして、異邦からの来訪者よ。師匠の仰ったとおり、私はカリスと申します。普段はラプティスとして服飾店を営んでいるのですが、時たまこうして師匠のお手伝いをさせていただいているのです」
「カリスちゃんはとっても強いしいい子なんだよ!」
カリスと名乗った彼女は、店の奥、カウンターの向こうから"あなた”達に話しかけてきた。
美しい黄金の髪に、色褪せた翡翠のような瞳。真珠のように煌めく肌とスラッと伸びる両手脚は、彼女の荘厳さをこれでもかと引き立てる。
一目で分かるほどに高貴な雰囲気を漂わせるその女性は、"あなた”に優しくほほ笑みかける。
「来訪者よ。貴方はファイド…犬のような耳を生やした彼に言われてここに来たのでしょう。先程、彼から預かった【適職診断カタログ】を出してください」
まるで全てを知っているかのような口ぶりの彼女の言葉に、"あなた”は警戒して身構える。
もしかして、この街に入ってからずっと監視されてたのかしら?
警戒心を隠しもしない"あなた”に、彼女は柔らかな笑みを浮かべて続けた。
「安心してください、こちらに敵意はありません。"霊都”で起こる全ての事象は、金糸を辿って、この私に伝わって来るのです」
――金糸?
「ええ。私、【縫神】カリスの金糸が"、この霊都”全体に張り巡らされているのです。そのため、私は"霊都”のラプティス兼カストスとして、【妖精女王】殿下からこの都市を見守る役目を賜っているのです」
そう言って、彼女は何度か指を折る。その度にどこかで音が弾け、黄金の糸が視界の端できらりと輝きを放つ。
なんだかよく分からないけど、どうやら想像以上の大物に出会ってしまったようね。
"あなた”のお友達風に言えば、イベント発生ってとこかしら?
「それでは【カタログ】を…」
「もう、カリスちゃんったら、せっかちさんなんだから…オルちゃん、ファイちゃんから【カタログ】を貰ったんでしょ?本みたいなの!」
――これか?
"あなた”はさっき、あの素敵な彼から貰った【適職診断カタログ】をアイテムボックスから取り出し、カウンターの上に乗せる。
「ええ、それです。…それでは先ず、【ジョブ】の説明から始めましょうか。この地に到来した<マスター>の殆どが、最初に【ジョブ】について調べるところから始めているようですから」
そう言って、彼女は続け様に、次のようなことを"あなた”に教えてくれた。
「掻い摘んで説明しましょう。
主に、ジョブと呼ばれるようなものは大きく分けて三種類。
下級職、上級職、超級職。
ジョブと呼ばれるものたちは全てこの三種のいずれかに分類されます。
下級職は無職のものがまず就くジョブで、最低限度の才能さえあれば就くことができます。
これらのジョブにはレベル上限が設けられており、下級職のレベル上限は50。
上級職は下級職で実力をつけたものが就くのを前提として、複数の転職条件が設定されているジョブです。こちらのレベル上限は100。
下級職は六つまで、上級職は二つまで同時に就くことができ、合計で500レベルが上限となっています」
「そちて最後!
「超級職は基本として、その【ジョブ】を極めた者や一定の条件を満たすことで解放されます。こちらは数が限られており、先着一名だけしか着くことができず、レベル上限と言ったものは存在しません。しかし、レベルは上げる毎必要なリソースが増していきます。そのため、実際に埒外のレベルを持つ者は、かつての【覇王】を除けば殆ど居ません」
「そして超級職も、ある程度分類分けすることができます。【王】【将軍】【神】…他にも色々ありますが……中でも奇異なのは、特殊超級職と呼ばれるものでしょうか」
「私はこの中で【神】という、才能によって資格が与えられる超級職についています」
「わたちたちも超級職についてるんだよ!」
――へぇ……
唯一1人だけが辿り就くことの出来る頂き。
目の前に居るふたりは、それぞれがその玉座に腰掛けている超越者たち。
不思議と、"あなた”も高揚を覚えてきたわ。
「就いているジョブはセーブポイントと呼ばれる場所でなら自在に入れ替えや破棄することが可能です。」
「<マスター>とは無限の可能性を秘めており、どんなジョブにでもつけると聞き及んでいます。もしかすれば、貴方も超級職に辿り着くことができるかもしれませんね」
そう言って、彼女はジョブについての説明を締めくくる。
基本としての下級職。その派生や進化系である上級職。そして、それらを超越した唯一無二の超級職。
彼女たちの言う通り、【超級職】ってとっても凄いものよね。
オンリーワンを謳うこの世界に、ピッタリな特別な力。
<エンブリオ>を持たないティアンだけど、超級職に着いた彼らは下手なマスターよりずっと厄介よ。
「その【カタログ】は貴方に幾つかの問いを投げ掛け、今の貴方に適したジョブを見つけてくれる代物です。勿論、あくまで参考程度にしかならないものではありますが……一切【ジョブ】に付いていない貴方に、ピッタリなジョブを教えてくれるでしょう」
ゆったりとした動きで、黄金の彼女は【カタログ】の頁を捲る。
「さぁ、心の赴くままに答えるのです」
何はともあれ、"あなた”はその【カタログ】に手を伸ばした。
そして表示される質問に一つ一つ答えていき、五分程度の時間が過ぎる。
"あなた”がその問答に少し飽き始めたその頃、【カタログ】は漸く、答えを導き出したわ。
「……なるほど。面白い結果になりましたね」
「おお!オルちゃん、なんだか珍しいの出したね!」
【カタログ】上に表示された診断結果。
端的に書かれたそのジョブに、"あなた”だけじゃなく他2人も驚いたような反応を見せる。
――【開拓者】…?
「【開拓者】は未知を切り開く事を生業とするジョブです。一般的な汎用スキルも殆ど取得出来ますし、固有のスキルも悪くない…ですが、あまり戦闘向けとは言い難い。その分、汎用性が高いジョブと言えるでしょう」
「環境に順応したりとか得意なジョブだよー!……けど、おかしいなー」
そう言って、トリアスは頭をこてんと傾け、可愛らしい小さな手が顎を支える。
「このジョブは上級職だし、オルちゃんにはまだ早いと思うんだけど……」
「恐らく、この"霊都”に入る前に起こした何らかの行動が条件を満たしたのでしょう。このジョブの条件は、少しばかり特殊ですから」
そう口にしたカリスの口元は僅かに緩んでおり、どこか優しげな視線が"あなた”へと向けられる。
どうやら、この街に入る前の"あなた”の行動も、バッチリ見られていたみたいね。
「ふふ……では師匠。彼をジョブクリスタルまで案内してあげてください。私はまだここに残ってやるべきことが残っているので。もちろん、何かあれば、金糸を通して手助けしますが」
「はーい!カリスちゃんも、あんまり無茶はしないようにね!」
カリスに向かってそう言うと同時に、トリアスは"あなた”の手を掴む。
見た目通り…よりは、思ったよりも強い力で握った手を引いて、彼女は店の外へと足を踏み出す。
「それじゃオルちゃん、わたちたちがこの街を案内してあげる!!カリスちゃん、お店番宜しくね!」
「えぇ、お気をつけて」
ヒラヒラと手を振るカリスに見送られて、"あなた”とトリアスは駆け出したのであった。
To be continued