起詞回声 ~ウクライナ少女と作詞おじさん、農大バンドで再起する~ 作:みゅう(蒼山みゆう)
「清ねぇ、今夜はニクドにしよー」
コイツ、昼寝し過ぎて料理当番忘れてたな。
もう時計は19:30、バイトから帰ってきた私に、悪びれもなく言った。しかも1人だけキュウリを丸かじりしながら。
「えぇけど、全部奢りやで」
「うん、ミコ先奢ってくれるってー」
「でしょうね」
今月これで2回目だ。
こういうときだけの根回しの早さは本当に尊敬する。
「それで何時集合なの?」
「いまから天王寺過ぎるから20:00過ぎとか?」
「もうちょいゆっくりしとくから、せめて寝癖なおしときなよ」
「はーい」
全く
まぁ、2人とも真顔で爪綺麗だよとか言いそうやけど。
今どきの学生街では珍しい築30年オーバーの五畳一間、そこでの女2人暮らし。
多智花さん家やリュミナの部屋と比較することすら烏滸がましいほどに、雑多で窮屈な部屋。ここにソファなんて贅沢品もあるわけなく、畳まれた布団に腰掛ける。
移動時間引いたらあと20分くらいはあるか。
スマホのブラウザから、小説サイトのマイページ画面を開き、しおり画面から続きを読む。
「またなんか最近清ねぇ楽しそう。おもろい小説見つけたん?」
「うん。作者買いしてる」
その作者が多智花さんであることは、温情で伏せておく。
ミニーにバレる=リュミナにバレるってことは問題しかない。
リアル知り合いの小説なんて初めてなので怖いもの見たさからのスタートやったけど、まぁおもしろい。
文体はこなれてるし、とくに心情描写の高低差が強い。感想よりハードルの高い推薦や捜索依頼もそれなりに出てる。アマチュアなら間違いなく上澄みで、完結作も3作。多少の固定ファンは居るのも納得感がある。
ただ、中身が癖を拗らせ過ぎて問題やった。リュミナに良からぬことを考えてそうな、ヤバい人でないかの身辺調査のつもりだったのに真逆というか斜め上すぎたので、悪い結果ではないが言うに言えず、私の中だけに留めてる状況。
主な作品だと、狂ったサイボーグ軍団と末期戦しとる世界の少女が、自分のクローンを精神憑依で使い潰しながら疲れ果て、最後には脱走する百合心中もの。
ヤンデレ魔女が幼児に逆行して、未来の恋人のために世界をノリで生贄としていたら、その相手に泣きながら殺されるメリバもの。
魔王を倒す時に勢いで世界ごと滅ぼしてしまった、女体化勇者と変態魔女の終末世界下ネタギャグもの。
カルト宗教の教祖の娘を助けるために良家のお坊ちゃんが全ての将来を捨てて救い出す青春ヒーローもの。
頭が良いのか、おかしいのか。
絶対一般受けしないけど、刺さる人には特効キマってコアなファンを作るタイプとみた。
幅は広いけど、共通事項も多い。
群像劇主体でも、基本女主人公、湿度高い、メインの誰か死ぬエンド多め。
多智花さんの心身が病んでるのか癖がおかしいのかどっちともとれない。
早苗あたりには相談したい気もするけど、あまり小説読まんしなぁ。頭が痛い。
正義感と不信感で多智花さん家の家庭訪問後に私は、韓国アイドル追っかけの要領で、料理画面、モーニィちゃんの写真と名前から、多智花さんのSNSを見つけ、投稿先のネット小説サイトを見つけた。
見つけてしまったときは、ガードが甘くてラッキーなど思っていたが見当違いすぎた。
SNSも猫と小説のアピール、主婦さんたちとの料理話、肌の基礎ケアに、時々仕事の闇────どう見ても三十歳前後のバリキャリお姉さんの趣味垢にしか見えん。
失礼かもしれないが本当は多智花さん、心は女性だったりしないのだろうか。それならリュミナに対する態度も、趣味全般や小説内容もすごくわかる。
何しろ今の連載作がファンタジー世界の男の主人格持ちの多重人格少女が、職場のイケメン上司に恋して、性自認がグチャグチャなまま恋のライバルのイケイケ女子にジェラって苦しむ話だ。
この自己否定具合の掘り下げ方とか、本人に憑依してるのかってレベル。
直接多智花さんに聞きたくても、流石にセンシティブ過ぎて聞けずモヤモヤだけが募る。
「でも、おもろいだよねぇ。分身魔法で男女人格分離しても、NLに納めずBLとGLの両取りで、ライバルっ娘と上司にアタックか」
「ねぇ、なんか外に出したらあかん顔してんで」
ひょっこり顔を出すミニーから、慌ててスマホを離す。
この劇物で性癖がねじ曲がったら責任とれん。
この作者、教育に最悪すぎる。
「アホっ、
「えー、そうやっていつもごまかすー」
「あーも、行こ行こ。多智花さん待たすのは良くない」
「ちょっ、待ってー」
◆
多智花さんの最寄り駅1つ前の駅で降り、5分ほど歩いたところにある世界的なハンバーガーショップ──ニクド前で私ら2人はスーツ姿の多智花さんと合流した。早苗は今日も実家の焼肉屋の手伝いで不在だ。
現れた多智花さんは、この前のキメキメスーツにブラウンの牛革のビジネス鞄、でもロゴとかの見えなさが逆にできる感ある。
これが、あの拗らせ作品集の作者なの、本当に?
「やっほ、ミコ先。今日はゴチでーす」
「こっちこそ付き合ってくれてサンキューな。安すぎるくらいだわ」
「なら甘えまーす。新歓ばっかでお財布カラカラだから助かるー。何食べよかなー」
「ホンマそれ。最上回生はツライわ。あ、多智花さん。いつもすみません。ご馳走になります」
「おう、ええよ。俺だけよりリュミナも喜ぶだろしな」
そう、この3週間リュミナはここでバイトとして働いている。
ミコ先も大学時代にはここで働いていたらしく、当時のメンバーもマネージャーとして一部残っていたようで口利きをしていたようだ。
ちょうど客も途切れたので、3人でリュミナの列に向かう。
「いらっしゃいませ! こちらでお召し上がりですか?」
最初の頃よりもさらに元気になって、イントネーションも大分日本に馴染んだというか、大阪にかぶれたというか。
「はい。ビッグニクドのセット、コーラで。あとニッコリ0円もー」
「ビッグニクドセットですね。ご注文承りました。ニッコリもどうぞ」
口角のしっかり上がった、満点のニッコリが返ってくる。
新歓でも誘われ放題みたいだし、鬼に金棒、美人に笑顔。
「サイズは──」
「Lで!」
「コーラのLですね。追加のサイドメニューはいかがでしょうか」
ミニーは食い気味で答えつつ、何かを期待するようにチラチラと多智花さんに目線を向ける。露骨。
「ナゲット2つのソースは両方とサラダ3つで。ドレッシングはどうする?」
サイド2種はアツい、期待値以上の助け舟。
遠慮させないように勝手に指定するあたりも私らには心情的にありがたい。
この時間でデザートまで行くとカロリーオーバー過ぎるけど、ナゲットなら量も調整できるし、ここでサラダのチョイスするあたりが多智花さんらしい。
「何あるん?」
「ごまドレッシングと和風ドレッシングがございますが、どちらにいたしますか?」
「ごま2人と────ミコ先は?」
「和風で」
私の好みを知っとるから話が早い。
私が照り焼きセット、多智花さんがBLTセットを頼んで会計をするとしばらく待つ。
リュミナは向こうでも勤めてたから、即戦力採用だったらしい。テキパキとポテトやドリンクを用意するのが様になってる。
「はい2秒ー」
リュミナの働きを見守る会なはずが、いつの間にか横では財布とハンカチでバーガーの包み方のジェスチャーをして2人で遊んでいる。
ホンマ仲いいなぁ。クラスや軽音メンバーより懐いてる。金かノリか両方か。
「多智花、そんなに恋しいならクローズ村、戻ってくるかー? あ、これPカットね」
「ギックリ気味やし無理無理。村長職はリュミナに渡すわ」
「サンキューです。うーん、わたしは“チリトリ”嫌かも」
同年代っぽいメガネで痩身の男性、黒いベストからするとマネージャーらしき人を含めて、謎の会話をしている。なんかリュミナも笑ってるし、これは知ってる顔だ。
「52番のお客様。お待たせいたしました。こちらでございます」
「サンキューです!」
「サンキューです!」
まただ。2人はリュミナに向かって、ニコド語っぽいこと言っとる。
小説とかふとした表情見る限り、多分多智花さんと私は根っこは似とる気がする。
けど、折り合いつけて、リュミナみたいに努力して、
時間が経てばそのうち──いいや、そんなイメージはあまり湧かない。
みんな、遠いよ。
「ありがとうございました。ごゆっくりお召し上がりください」
多智花さんについても、私の方が色々知っとるはずなのに、なんか置いとかれとるなぁ。
なんか余計にもっと裏を暴いてやりたくなってくるのが私の悪い癖だ。
当初の目的は果たしとるはずやけど、何とも言えん喉越しの悪さが、妙に引っかかる────欲張ってナゲット4個食べたのはやりすぎた。多智花さんが1個ずつしか食べへんから!
そのせいで油が溜まって胃が重い。
ついでにミニーの頭も重い、胃袋押さないで。
まったく。ちゃんと油変えてんの、あそこ?
────そういうことに、今はしておいた。
気に入って頂けましたら、感想、お気に入り、評価など頂けると励みになります。