起詞回声 ~ウクライナ少女と作詞おじさん、農大バンドで再起する~   作:みゅう(蒼山みゆう)

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Track.03_腹ペコクローゼット

「新社会人のころはこの近所に住んでいたけれど、結構便利な場所だぞ」

 

 車に乗って向かったのは、大学生がいっぱい住んでいる町。

 そこにわたしの新しいお部屋になる場所があるらしい。 

 

 一番近い駅から歩いて15分。

 大学まで歩いて10分。

 ミコトのお家からは車で20分。

 信じられないくらい便利な場所だ。

 周りはご飯屋さんや買い物をするところも揃っているらしい。

 

 そして着いたこの建物は建ってから20年くらい。

 わたしの年齢とおんなじだ。

 

 この建物には若い女性が多く住んでいるって聞いた。

 ミコトは、男子学生ならもっと安いところ住んでご飯いっぱい食べるからだって。

 

 アパートの入り口にはオートロックが付いていて、開けるときに番号を教えてくれた。

 新しくもらったスマートフォンにメモを残す。忘れないように。

 

 3階建てで横に5つ部屋が並んでいる。

 その一番奥へミコトはわたしを案内した。

 

 ルームナンバー206。

 

「あれ……205じゃないんだね?」 

 

 わたしが尋ねると、ミコトはなぜか何度か頷きながら言った。

 

「日本特有の文化だけど、4という数字は死とも読めるんだ。だから演技が悪いから、部屋の番号なんかは4を使わないことが多いんだ。203の次は205って感じに」

「13を使わないのといっしょ?」

「あぁ、一緒だ」

「うん、4は使わない。覚えた」

「それじゃあ、はい。これが鍵だ」

 

 ミコトからそう言って鍵を渡す。そしてドアを指差した。

 開けろということだと思って、鍵を開けた。

 

「どうだ? ちょっと古いところもあるけれど」

 

 まだ、何にもない部屋だと思っていた。

 でもすぐにわたしが住めるように、全部用意してあった。

 ここからでも、鍋やフライパン、電子レンジに冷蔵庫が見える。

 

「これ、ミコトが用意してくれたの?」

「まぁな。中に入ろう」

「うん」

 

 大丈夫、覚えている。

 わたしは靴を玄関で脱いだ。

 そして並べてあったスリッパに履き替える。

 

 ガスコンロが2つ分ついた小さなキッチン。

 わたしより小さい冷蔵庫の中には、ケチャップとかの調味料が少し、そしてお水。

 パスタやライスも買ってあった。

 

 お風呂とトイレもセパレート。

 トイレットペーパーや掃除用の洗剤もあった。

 それから生理用品も買ってあった。しかも色々。

 少し恥ずかしかったけれど、昔結婚していたって言ってたし普通なのかな。

 

 そして一番奥は準備の整ったベットがあった。高級な家具はないけれど、TVや組み立て済みの小さな本棚もある。畳が8枚入るくらいの大きさだから8畳っていうんだって。日本の数え方は難しい。

 

 そしてわたしは改めて思った。

 ミコトは大金持ちではないけれど、遠慮じゃなくて多分本当にお金に困っていない。

 わたしの新しいお部屋に着いてよくわかった。

 

 お好み焼き屋でのクレジットカードも、よく見たらPLATINUMと書いてあった。

 確かブラックが一番すごいはずだから、多分その次ぐらいにすごいはず。

 ちゃんと社会から信用のある人なんだと思う。

 

 でもお金だけの問題じゃない。

 きっとこれは、すごく考えて、何日も準備をしてくれたんだ。

 それが、本当によくわかった。

 

 わたし、ミコトを信じて良かった。

 そしてこれからもどうか信じていたい。 

 

「ミコト、ありがとう。本当にありがとう」

「おぅ、どういたしまして。色々使い方教える前に、とりあえず母さんに電話するか。心配してたし……

そろそろ連絡しないと煩いし」

「うん」

 

 ミコトにお好み焼き屋で教えてもらったやり方で、先に登録しておいてもらっていたアカネ宛にLINEで通話をすることにした。さっきは文字だけ送ったけれど、できるかな。

 もう一度指さしで教えてもらいながら、アカネへの通話ボタンを押した。

 

『もしもし、リュミナちゃん無事着いたんね!』

「こんにちは、アカネ」

「おー、今リュミナの部屋ついたとこだわ」

『尊、ちゃんとご飯食べたさせたんね?』

 

 アカネの言葉は前からだけど時々まったくわからなくなる。

 熊本弁っていう、アカネの住むところ独特の言葉らしい。

 そして、今わたしがいる大阪も日本で一番独特な言葉を使う街だって聞いている。お好み焼き屋さんで聞いた周りの話は、語尾がたまにわからなくなる。最初の方の言葉でなんとなくわかるけれど。

 

 ミコトはほとんど熊本弁は話さないけれど、仕事の時以外はエセ関西弁っていうのを使うらしい。お仕事やわたしと話すときはできるだけ普通の日本語を使うようにしてくれるんだって聞いた。すごく、助かる。

 

「お好みやき1玉と追加でトンペイ焼き半分もいっとったし、食欲は大丈夫やろ。ちょい、部屋の使い方を説明したらさっさと寝せるわ」

『そうしんさいよ。リュミナちゃん、尊が変なことしたり言ったときは、すぐ電話しなさいよ。飛んでいくから。合鍵も私が持っとっけんね!』

「身内なのに信用ねえー」

「身内だからたい。気が利く振りしとるけど、たまに変なとこ抜けて、デリカシーなかけんね」

「そうなの?」

「善処……は通じにくいか。気をつけます。できるだけ努力します。はい」

 

 昔から変わっていないんだ。

 お母さんなアカネは強い。ミコトは弱い。

 

「アカネ、大丈夫だよ。ミコトすごいよ。ミコトが頑張ってくれたから、日本に来れた。お仕事もすっごく頑張ってるから、お部屋も、色々な道具も全部準備してくれた。ありがとうしかないよ」

「おう、もっと褒めたたえていいぞ。多智花家でのヒエラルキー向上のために」

『そぎゃんとこよ、尊。すぐ調子乗る』

「いいよ、アカネ……それになんかあったらミコトのお嫁さんにしてもらうよ」

 

 半分だけジョーク。けれど、もう半分は本当のつもりで言った。

 ミコトはどんな顔をするんだろう。

 ちょっとは照れたり、鼻の下を伸ばしたりするんだろうか。

 

「それ、絶対他の人の前で言うなよ。本当に困るから。俺がリュミナの支援できなくなる」

 

 どっちでもない。二日酔いみたいな顔をしていた。

 ヒーラームーンのジト目猫──クロスの目をさらに半分にした感じ。コタツから引っ張り出されるときにしている顔だ。

 

 なんか、少しだけイラっとした。半分は本気だったんだよ。

 実年齢より、多分5つくらいは若く見えるし。とっても頼りになるし。

 好きでもないけれど、嫌いな顔でもないのに。おじさんだけど。

 

『リュミナちゃん、ミコト以外も絶対言ったらだめだけんね!』

「……はい」

「小言終わらなさそうだし、やることあるし。また電話するわ。リュミナ、他言っておくことあるか?」

「ううん、大丈夫」

『じゃあまたね。何かあったらすぐ電話してええけんね』

「そんじゃ」

「バイバイ、アカネ」

 

 こうしてアカネとのお話が終わったあと、まずはライスの炊き方を実演しながら教えてもらった。それが炊けるまでの間に、お風呂の沸かし方、すでに買ってあった自転車の調整と置き場のこと、ウクライナよりずっと大変なごみを分けて捨てるルールのこと。特に「プラ」って書いてあるかどうかとか、発泡トレーだとかは分けるとかがよくわからない。でも石油製品でわからないのは燃えるごみに入れておけ、とミコトは言っていたから多分大丈夫と思う。

 

 これだけでも頭がいっぱいだけど、お部屋でやってはいけないこと、洗濯機の使い方、洗濯物の干す場所──特に下着は部屋の中に干すこと、事前に約束していない人は絶対に家に入れちゃいけないし、契約書とか来たら全部写真をミコトに送るルール。

 

 さっきまでのミコトと違って、今度はミコトがわたしにとってのアカネみたいになっていた。

 そして、炊き立てのライスでオニギリをつくってくれた。お昼寝から起きたら、空港からの帰りに買ったオカズと一緒に夜ごはんに食べるようにって。余った分はレンジで温めて朝ごはんで食べるようにと聞いた。

 ミコトは少しオニギリが冷たくなってから、冷蔵庫と冷凍庫に入れた。

 

 そしてわたしに教えることを終わったミコトは「おやすみ」と言って、車で帰っていった。多分お仕事用のスマートフォンに電話がかかってきていたみたいだし、休日なのに忙しそうだ。

 

 ミコトがいなくなってから、スーツケースから取り出した服をクローゼットに入れていく。

 でもクローゼットは埋まらなくて、まるでお腹を空かせているみたいだった。うん、全然足りないね。

 明日、服もたくさん買ってくれるとミコトは言っていた。またミコトにたくさんお金を使わせちゃって、申し訳ない気持ちになるけれど、でもちょっとだけ明日になるのが少し楽しみだ。

 

 明日が楽しみって気持ちは、いったいいつ以来だろう。

 

 ミコトが冷蔵庫に入れていったラップに包まれた真っ白なおにぎり。

 1つだけそれを取り出して、コタツからお布団をはずしたミニテーブルに乗せた。

 そして写真を1枚とる。

 

 いまはちょうど15時。日本ではオヤツの時間と前に教えてもらった。

 夜ごはんより早いけれど、なぜか今日はすごくお腹が空いている気がする。

 お昼寝をする前にどうしても出来立てを食べたかった。

 

 少し塩味が効いたオニギリは中身がなくても美味しかった。

 かみしめるほどに、しょっぱさが消えて、かわりに甘くなる。

 

 そうしてすぐに食べてしまった。

 寝る前に、お昼のお好み焼きと一緒にLinstagramへ投稿する。特にタグやコメントはつけない。

 

 今なら向こうは朝の8時くらいのはず。見てくれるかな。

 

 カーテンを閉めたわたしはクロスのぬいぐるみを抱いて、体全部を布団の中に入れる。

 

 体を丸めて、入り口を閉じて。

 光も、空気も、冷気も入らないように。

 

「────日本は、あったかいね」

 

 

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