起詞回声 ~ウクライナ少女と作詞おじさん、農大バンドで再起する~ 作:みゅう(蒼山みゆう)
「おはよう、リュミナ」
「おはよう、ミコト」
次の日の朝の約束の時間。リュミナのアパートの下に車を停めて待っていると、彼女はやって来た。
「昨日より、顔色がいいみたいだな?」
「えっ、わたしって顔の色が昨日変だったの?」
「ごめん、わかりにくい言い方をした。昨日よりも元気そうに見える、って意味だよ」
「元気だよ。いっぱい寝れた」
「それならよかった。さぁ乗って」
「うん」
それにしてもたった一日で見違えた。適当に用意しておいたよさげな椿油入りコンディショナーが効いたのか、睡眠のおかげなのか、昨日より断然髪艶がいい。
そんなシンデレラをマイカーへリュミナを案内する。安さと広さ重視で買った、ぱっとしない地味なカーキ色の我がミニバンは、ゴルフの相乗りのときにくらいしかそのポテンシャルを生かす場面は普段中々ない。
だが今日は気合入れてくれよカボチャ号。今日はお姫様のエスコートとたっぷりの荷物運びの使命が待っているのだ。いつもは車検の度に軽にしておけばと思うけれど、まぁ、こんなとき便利なんだよな。
「ミコト」
「どうした?」
「おにぎり美味しかったよ。それとインスタントスープも用意していてくれてありがとう」
シートベルトを締めながら彼女は言った。ちょっと手抜きな部分もあったから若干不安だったが。
「それは良かった。どういたしまして。でも量は足りた?」
「ゆで卵をね、作ってみたよ。マヨネーズと卵、買っていてくれたでしょ。でもねびっくりしたの」
「何かあったのか?」
「えっとね」
火傷なんかをしている雰囲気ではなかったけれど。とりあえずキーを回し、近くのショッピングモール──ホームセンターとスーパーとアパレル店が揃うところへ向かって車を進める。
「マヨネーズ、日本の、酸っぱいね。お好み焼きのときはわからなかった。でもわたし、酸っぱい味の食べ物好きだよ」
「ウクライナのはどんな味?」
「もっと油が多いのかな。それから白いよ」
なるほどオイリーな全卵系の類と見た。あまり食文化は細かく抑えてなかったな。あとで詳細はググっておくか。
「いつものマヨネーズと比べたら今日のマヨネーズはどうだ? 多分いつものに少し似ているマヨネーズも紹介できるぞ。今のやつ俺が持って帰ってもいいし」
「うーん、ちょっと待って……日本ではサワークリームっていうの? それがないなら日本のマヨネーズが好き。あるならウクライナのが好き」
「そうか、ウクライナではサワークリームをよく食べるんだったよな。あとで買っとくか。でもいつも買うには多分結構高いぞ。クリスマスぐらいでしか使わんから今の相場もわからんし、ウクライナでの値段も知らんけど」
「嘘、高いのは……少し困る、かも」
前職は食品小売業だったけれど、離れて長いし、相場がマジでわからん。今はフランスパンに塗る明太子クリーム専用と化しているぐらいだしな。漫画で見た食べ方が美味しかったから定期的に続けているが普段はまず使う場面思いつかない。
あっ、そういえば。あとは居酒屋のいぶりがっこに和えてクラッカーに塗るやつ。だがこれもあまりにも邪道すぎて、リュミナの価値観を破壊してしまうかもしれん。どっちも癖強い匂いするしな。ここは黙っておこう。
「まず値段見てみるか」
「うん」
それにしてもリュミナは、昨日よりずいぶん言葉が滑らかになっている気がする。理解力というより、昨日の言葉に詰まったような感じは体力と精神的な問題のほうが大きかったのかもしれない。いい傾向だ。
そんなこんなで他愛もない会話から文化や認識、好みのすり合わせを試みる。やっててよかった営業マン。昔の俺ならアニメとゲームと音楽以外は何しゃべっていいかわからず、多分お通夜モードで撃沈していた。
前職も現職も同僚との仲以外はカスな職場だけど、少しは感謝してやろう。
◆
「というわけで、まずはここに書いてある数の服は絶対買ってくること。荷物が多くなってきたときか1時間後か、買うときはLINEすること。OK?」
「OK」
「じゃ、いってら」
ショッピングモールの2階、世界トップの格安アパレルショップへ連れてきた俺は、リュミナにメモ紙を渡す。ざっくり10日分程度になりそうな分の各想定数量は書いておいたから、これでなんとか1シーズンは最低限乗り切れるだろう。おしゃれ着とかは自分で買わせる。選べんし、上を見たらキリがない。それにどうせという言い方は失礼だが農学部通いになるしな。いいのを買っても汚れるわ、臭うわ、破れるわの3点セットが目に見えてる。
ジャージやジーパン、簡単な雨よけになるウィンドブレーカーなど、そちらの方が重要だ。それから靴下も数を揃えるのが地味に大事。
メインの下着類は別の店の目の前まで連れていくことは言ってあるし、抑えるべきポイントは大丈夫だと思うがまぁ時間あるし、とりあえずガンガン買わせよう。
ある程度近い歳ならこれまでの経験上、お買い物もしっかりエスコートできるけど、何しろリュミナは若いし、文化圏が違うからサイズ感や色彩感覚がまったく予想できない。
なので自立を促す体を装いつつギブアップをした俺は、自分用に買い物を始める。
ちなみに俺はウニクロのヘビーユーザー、おおよそ8割はこの系列店で済ませるほどのため、アプリのクーポンは確認済み。
リュミナがきょろきょろとしながらも、実際に服を取り選び始めたのも確認できた。さてと、俺も首元がよれてきた無地のTシャツのコーナーへと向かいますかね。
俺はとりあえずお目当てのクーポンが使えそうなグレーと紺の丸首Tシャツをカゴに入れ、仕事用と普段着用の靴下もそれぞれ3点セットずつ入れておく。
ゴルフのアンダーウェアに使えそうなものがなさそうか、スポーツ系のコーナーに向かうとリュミナがいた。
「リュミナ」
「あっ、ミコト」
「カゴがいっぱいに、なったら連絡しろって行ったろ。ほら持っとくから選びな」
「あ、ありがとう」
カゴの8割くらいは埋まっている。もう少し迷うものだと思っていたが意外と早いな。別に俺が払う分には構わないがいくつかタグを見ると、廉価帯なものやセット割りのものが多めな感じだ。遠慮しているのか、普段から堅実なタイプなのか。もう少し様子見だな。
「リュミナはジャージ……いや、トラックスーツか。自分でメモ書いたのに忘れてた」
「ジャージ、わかるよ。クラブやスポーツの授業で着るんだよね。アニメでよく見るし」
「なら、ジャージって呼ぶわ。トラックスーツだと若作りしているみたいだし」
「作らなくてもミコト若いよ」
「おぅ、ありがとう。おっさんには染みるわ。あった、ジャージはこの辺だな。色違いは実質2択か」
どシンプルな単色かつストレートなカットのジャージと、白のラインがさりげなく腕や胸元に入ったスリム目なカットのジャージ。リュミナに選んでもらうならこっちか? 凝ってる分高いが、千円差なら誤差の範囲だろう。
「こっちの方がおしゃれで良さそうだな。リュミナは何色が好きか?」
「えっとね。少し迷うけど……青、かな。国旗くらいって言えば、わかる?」
「なるほど、すごくわかるわ。でもこっちは青売り切れてるな。Sはあるけどリュミナには小さいだろ」
「こっちのならサイズも色もあるよ」
そう言って、自分の服に単色のジャージをあてて問いかけるリュミナ。
「似合ってるよ」
というか、素材が良すぎるわ。ブランドもののジャージとかと違って、チープ感のせいで芋っぽくなるのも、味があっていい。逆に何なら似合わないのか問いたい。
「上ならここで着れるけど、下は試せないしな。フィッティングルーム行ってきたらどうだ? このカゴの中のも試してないだろ?」
「大丈夫、人いっぱい並んでいるから。パンツが入らない、はないよ」
「ならえぇけど」
何か、へんな勘違いしそうになるわ。おっさんは普段ズボンとしか言わないからな。サクッと背中側にあった黒のアンダーシャツをカゴに突っ込む。これからの灼熱のラウンドに備えて冷感タイプだ。
「もうちょっと見るだろ、先にこっちの分会計済ませて隣の店見てるから。買うときと、何かあったらLINEしろよ」
「えっ、でも多いよ」
「遠慮するなって」
「……わかった。ありがとう」
気遣い、とかではなく実際暇だしな。ずっと付きっきりも気まずいだろ。2つ分カゴを持って俺はセルフレジへと向かった。
結果、俺は先ほどの浅はかな提案を後悔する。リュミナが妙に遠慮していたのはこのせいだったのかもしれない。
紙袋に服を詰めていく。カゴの底にリュミナが隠していた下着類、まぁタンクトップやスポーツブラ、キャミ系なのでギリギリセーフの可能性もワンチャンあるかもしれんが──客観的に見てアウトすぎるわ。キモっ。
『ミコト、気持ち悪い』
脳内のリュミナがボソリと呟く声が反響する。アカン、合流したらすぐ謝ろう。そんなことを考え、最終精算時に謝罪してみたところ、当の本人は首を傾げて「気にしないよ」と言う。
無理している感じもないし、リュミナ個人がラフなのか、それともお国柄なのか、あとでこっそりGougle先生に尋ねよう。
それから一度車に服を詰めてから、文房具関係、通学用のショルダーバックを買った。
そしてリュミナに書かせておいた「足りないものメモ」を、元にホームセンターや100均で色々と買い足していく。特にコームや手鏡の安さには驚いていた。
お昼はフードコートが通りすがりに気になったようだったので、セルフ系の讃岐うどん屋に、連れて行くと目に見えて喜んでいた。
ここでわかったのは山盛りの天ぷらから察せられる意外と食いしん坊な部分と、昔より上達し日本での食事には全く困らなさそうなレベルの箸使い。これなら普段学食に通わせても大丈夫そうだ。
サワークリームが思っていた5倍くらいの値段で、ショックを受け、バイトへの闘志を燃やすリュミナだったが、今度バイト先を紹介すると言うと目に見えて喜んでいた。
「サワークリームは人生だよ」ということらしい。どっかのアニメオタみたいなセリフだな。なんか、段々と俺の中でのリュミナ像が固まってきた気がする。
生鮮食品も3日分ほど買い込み、外へ出ようとするとき、リュミナの目線があるところで止まったのがわかった。
「おっ、ヒーラームーンじゃん。ほら、クロスもいるぞ」
「本当だ」
キーホルダーのガチャガチャ。1回300円か。400円ならあるから1回分。
「オジョーも居るし、俺やるわ」
「えっ、オジョー好きなの?」
「オジョーっていうか、ウチの猫。かなり似てるんだよな。このペチャ鼻とこの毛並み。柄は違うけど。ほれ」
スマホから愛猫の写真を見せる。三毛猫特有の柄とペルシヤ系の胴長短足な体型と毛並みに△なお口。5歳の温和だけど不機嫌っぽい顔つき、ツヤツヤ長毛なメス猫。
「これがウチの天使、モーニィたんだ」
「ちょっとだけ似てる、かな? わかるかも。顔はオジョーだね」
クロスと共にヒーラームーンのマスコット枠を務めるシルバーペルシャの銀華、ファンによる通常はオジョー。
高飛車ながらも典型的なツンデレお嬢様で、作中キャラや作外のファンからクロスへの一方的な想いをイジられ赤面する扱いを受けているキャラだ。
そしていつも高らかに自慢している毛並みに対して、ペチャンコな顔にはひっそりとコンプレックスを抱えている複雑なキャラでもある。
「さっ、来いよ。オジョーっと」
「頑張れミコト」
リュミナに見守られながらガチャガチャを回すと出てきたのは、多分ちらりと見える色的にはオジョーではなかった。
「……クロスの大人版だな」
茶トラ猫のクロスが、魔法により大人になった逞しい姿で、牙をむき出しにしている生首キーホルダーが出てきた。見た目は完全に茶色成分多めな虎。
リュミナは好きかしらんけど、これはこれで使えるのか? アニメを知らない人から見ても、この大阪では悪目立ちはしないと思う。
「ブレイクモードの方だけど、いる?」
「────ちょっと、待って」
そう言ってリュミナは自分も財布から百円玉を取り出し回し始めた。
「やった! オジョーだよ。クロスと交換して」
「あぁ」
「よかったね、ミコト」
「うん、ありがとうな」
多分リュミナは大人版、ブレイクモードのクロスはそんなに好きではなかったはず。昔は顔が怖いと言っていたっけ。
だが、オジョーを渡すリュミナは少し誇らしげな感じだった。その気持ちは素直に受け取るべきだろう。
早速リュミナは家の鍵にキーホルダーを付けて、俺に見せる。
「さ、帰るぞ。今夜はカレーだ。作りだめするぞ」
「うん、手伝う。わたしがライスを炊くよ!」
「そりゃ楽しみだ。ま、その前に少し昼寝しとけ。結構ら歩いたし時差にまだ慣れてないだろ。俺は車で仕事の電話とかあるから。コンフィデンシャルで、他の人には聞かせられないしな」
「わかった。そうする」
お留守番で不貞腐れているモーニィちゃんには悪いが、あとで缶詰でご機嫌をとることにして、もうしばらくはリュミナとの時間を優先することにしよう。
次の日の下(次次回)から、主要キャラも増え物語が大きく動き出します。