起詞回声 ~ウクライナ少女と作詞おじさん、農大バンドで再起する~   作:みゅう(蒼山みゆう)

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いよいよ農大生活開始です


Track.08_流れ、根付いた 向日葵の丘で

 日本に来てからは初めて作ったお味噌汁は、ちゃんとお祖母ちゃんが教えてくれた味がした。

 大阪に来てから何度かお味噌汁を飲んだけれど、それよりも柔らかくて甘い味がする。

 

 多智花家のお味噌汁には麦から作ったお味噌を使う。大阪で普段使っているような豆やお米を混ぜて作ったお味噌は味が全く違うらしい。飲み比べてその違いをわたしは初めて理解した。

 

 今日使ったお味噌はお醤油と一緒にアカネがいつもミコトに送ってくれるものを、分けてもらった。

 お祖母ちゃんが癌で死んじゃった後もお爺ちゃんがお祖母ちゃんこだわりのお味噌を買って来て、わたしにお味噌汁に作らせていた。

 

 昨晩に投稿したLinstagramの画面を見る。日本のお菓子と黒ビールが映った写真にはハートが1つだけ。Talegramの方も見たけれど、誰からも連絡はない。

 

 お米とキュウリのサラダ、ネギとほうれん草のお味噌汁。美味しくできたからこそ、一人ぼっちの食卓はなんだか悔しい。この静かさに耐えられなくて、テレビをつけると、ちょうどウクライナでのニュースが映っていた。

 

『────首都への包囲進んでおりますが、市民もバリケードの設置するなど、軍への積極的な支援を行っております。また、女性や未成年の学生たちが戦車の侵攻に備えて火炎瓶の製造をするなど、士気も高く都内は徹底抗戦の構えが続いているようです。このような動きはそれぞれの家庭の庭先だけではなく、コーラ工場やビール工場も稼働を停め、市民一丸となった動きとなっております』

 

 家庭から集められた瓶、ビール工場の物流倉庫、それに細切れにした布を詰め込んでいく人たち。

 この戦争が始まってから数日目くらいから、こんなことは始まっていたけれどわたしはなんで忘れてしまっていたんだろう。

 

 軽薄、浅はか────日本語には、そんな言葉があったと思う。

 

 たった3日で家を出て、西へ逃げ出したわたしは自分1人だけ安全なところに来て、安心できる人たちに囲まれて、金銭的な不安さえなく生きていくことができている。

 

 無事に生きていることを友達や、家族に伝えたかった。

 でも妬まれたりするのが怖くて、何も言えず写真しか投稿できないわたしはとても卑怯で、愚かだ。

 

 黒ビールや日本のお菓子が写った写真を消して、代わりに桜の写真を投稿する。

 

「……っ?!」

 

 舌を間違って噛んでしまった。

 頬張ったお米に血の味がしみ込んでいく。

 

 むせそうになって、残りのお味噌汁で流し込もうとした。でもそれは余計だった。 

 胃袋の底から、喉へ、そして口元へと湧き上がってきた。

 

 あぁ、まただ。

 

 わたしは急いでトイレへと駆け込む。

 

 

 

 

 これはきっと、懺悔の儀式なのだ。

 

【神様 どうかこの愚かなわたしを お赦しください】

 

【同胞たちを見捨てた臆病なわたしが 生きることをお赦しください】

 

【わたしは忘れません 自分の罪を忘れません】

 

【同胞たちの苦しみを 決して忘れません】

 

【わたしは もう救われました】

 

【だからどうかその分も 同胞たちを 家族をお救いください】

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

『リュミナ』

 

 10回分繰り返し、わたしの名前を書く。

 四角い白のマグネット、ネームプレートが完成した。

 

「上手やん。雑な時の清ねぇよりずっと綺麗。たまに借りたノート解読でけへんしね」

 

 ミニーちゃんは教え上手で、とても褒め上手だ。

 手のひらの動きに合わせて、わたしは少しだけしゃがむ。

 なんか変な感じもするけど、きっとわたしは嬉しいんだと思う。

 

 研究室でお手伝いが始まった1日目。

 安芸山先生に頼まれたミニーちゃんが、研究室のことを教えてくれることになった。

 

「大体みんな自分の研究しとる植物は世話してるんやけど、今みたいにお休みのときとかは、この当番表にこう貼んねん!」

 

 ホワイトボードには『チャンバーA』『チャンバーB』『ガラス温室 熱帯』『露地 花卉』『ビニールハウスA』色々な場所の名前が書いてあって、曜日で区切られた表の中にネームプレートが貼られている。名前の人が水やりなどするらしい。

 

「3日前でも埋まっとらんかったら、できるだけリュミナちゃんにしてほしいってアッキー先生言ってたから頼むで」

「はい! お水あげに行きます!」

「おーっ。気合入っとる。ジャージも似合っとるし、えぇやん」

「ミニーちゃんのジャージ、ええやん? 今日は一緒」

 

 青色のわたしと赤色のミニーちゃん。

 関西弁を頑張って使ってみた。イントネーションが難しい言葉みたいだけど、おかしくなかったかな? 

 

「その調子やで。リュミナちゃんもこれで大阪弁白帯やね」

「シロオビって?」

「=ホワイトベルト。ジュードー オア カラテ、ファーストグレード、ビギナー、オーケー?」

「オーケー。それでミニーちゃんはどのくらい?」

「黒帯、ブラックベルトやで。大阪弁マスターや」 

「大阪弁マスター、わたしも目指すよ」

「ふふっ、2年はかかるで。大阪弁の勉強しながら農場行こか」

「はい」

 

 わたしが頷くとミニーちゃんが手を差し出してきて、わたしも手を出す。

 力強く握られたミニーちゃんの手は、ギターのフレットを抑えるのも大変なくらいに小さい。

 けれど、ほんのりと暖かい。

 

 ミコトと違う種類のとっても優しい人────まるで、お日様みたいだ。

 怒ってばかりの清音がどうしてミニーちゃんのことが大好きなのか、そして一緒に住んでいるのかがよくわかる。きっと、こんな人になりたいんだ。清音もわたしも。

 

 

 農場につくと、まず物置用の小屋へ案内してくれた。

 まず教わるのは水耕栽培の基本である、肥料入りのお水づくり。

 1回目はミニーちゃんがお手本を見せてくれた後、わたしも同じようにチャレンジする。

 

「このバケツにこっちの肥料、1号を3回と、2号を4回分入れてくれる?」

「こっちが3回、こっちが4回だね?」

「そうだよ」

 

 20㎏ほどあるビニール製の袋の結び目を開けると、白くて透明な結晶、大きな岩塩のようなものが入っていた。

 マグカップほどの取っ手付き計量カップを差し込んですくってみる。思ったより重い。

 水色の大きなバケツに入れるが湿っているせいか、少し粉が縁に残っている。

 ミニーちゃんが手伝ってくれて、バケツになんどがぶつければいいとわかった。

 

 3回と、4回すくい終わったけれど、意外と時間がかかった。

 

「オッケー、そうしたらここの水道使って、内側のこのラインまでお水を入れて────ストップ!」

「できました」

「あとはこの棒でぐるぐる回したら完成。だいたい10回くらい? 粉が見えなくなるまでね」

 

 塩水を作る時のように、だんだんと溶けていくのがわかる。8回くらいで見えなくなったが10回まわした。

 

「えぇやん。これでもうプロやね。それじゃ小屋の奥のこっちの扉までバケツを持っていこう。1人1個ずつね。20Lくらいあって重いから気を付けて。両手だよ!」

「ん、重い。けれど大丈夫」

 

 持ち上げたときにちょっと揺れてジャージの足首に少しだけバケツの水がかかってしまった。さっそく肥料で汚れてしまったので、ジャージを2つ買っておけと言っていたミコトは正しかったんだなと思う。

 

 わたしの部屋が丸々入りそうな白い大きな平屋の建物が小屋の中にあって、マクドナルドでバイトしていたときに見た業務用の広い冷蔵庫室の扉のような頑丈なロックが入り口には付いていた。

 わたしたちは一旦、扉の前でバケツをそれぞれ置く。

 

「これはね、チャンバーって言って、大きな冷蔵庫みたいになったお部屋なんよ。温度が一定だから、熱くなり過ぎないし、育てやすくて、中で実験もしやすいからウチの研究室はこのチャンバーを一番メインで使ってる。隣にもう一つあるのは設定とレイアウトが違うから植物を分けている感じ。あとで言うね」

 

 わたしが業務用冷蔵庫室を思い出したのは正しかったみたい。

 

「そしてこれは覚えて欲しいからよく聞いてね。入ったら冷気が出ていかないように扉を閉めることと、入り口でスリッパに履き替えること、スマホは絶対持って、閉じ込められたときに電話できるようにすること。これが絶対守らなきゃアカンルール。覚えた?」

「扉をすぐしめる。スリッパに履き替える。スマホは持っていく」

 

 ミニーちゃんのように、わたしは指を折りながら思い出して答える。

 

「ばっちりやん。ここにも張り紙しとるけど、最初のうちは毎回見てなー」

「はい」

「それじゃ入ろ」

 

 中は二重扉になっていて、1回目のところでスリッパに履き替え、1つだけバケツを中に持ち込む。

 

 真っ白な壁に、たくさんの蛍光灯、ところどころ赤と青のLEDランプも光ってる。中にはサニーレタス、キュウリとトマトの差し木苗、あと奥に見えるのは多分麦類の何か。

 

 ウクライナでも農学を勉強していたけれど、全部露地植えかビニールハウスだったから初めての光景だ。

 

「植物工場みたい」

「せやね。実際ほぼ植物工場やで。ここの研究室は宇宙開拓用とか砂漠化向けとか結構幅広いことしとるけど、アキ先生やミコ先は植物の安定生産のための植物反応を研究してんねん」

「宇宙に、砂漠化も? スケールが広いって言うのかな? びっくりしちゃった。わたしもウクライナで農業の勉強していたけれど、そんなこと考えたことなかったよ」

「やんね。アタシもそう」

 

 3段のアルミラックには段ごとに蛍光灯やLEDが設置されており、高さ10㎝未満の白いトレーにはどれも発泡スチロールの板が水の中に浮いていた。トレーの大きさはだいたい食堂のお盆くらい。

 そこに空いた穴にはロックウール────ガラス状の繊維でできた無機質の土台が埋められており、その上にそれぞれの植物の根や茎が固定されている。

 

 白と緑で覆われた世界。無機質なのにどこか落ち着くような雰囲気がある。

 気温も8℃で設定されていて、外よりずっと涼しい。

 少しウクライナに帰ったみたいで嬉しかった。

 

 

 非常時の扉の開け方を教わったあと実際の作業に移っていく。

 

「この線まで柄杓でお水をあげてくんよ。あとキュウリの実も実験には使わんし邪魔やから研究室の冷蔵庫まで持って帰って、みんなで分けんねん」

「お水あげよっか」

「柄杓ちょうど二つあるし、アタシが右から、リュミナちゃんは左からやろー」

 

 どんどんお水を上げていくと、30cmほどの高さの麦がある。

 

 この葉っぱの細さ、それにピンと立ってる。節の詰まり方からすると……

 

「ミニーちゃん、これってもしかしてライ麦?」

「えーっ、なんでわかんの? リュミナちゃんすっごーい!」

「何度も大学で見たからわかるよ」

「そうなんや。それでもすごいわ。絶対アタシだったら麦の種類までは見分けれんし。あとこれなー、温暖化になっても育てられる苗を隣のバイオ学科が掛け合わせて作ってて、苗の最初のところだけウチが管理任されて預かってんよ。大きくなったらこの部屋の高さだとギリギリやし、そのまま露地植えだと最初ダメになりやすいしね。去年と一緒ならバイオ科が組んでる業者が、秋の農迎祭で5月くらいに収穫できた分からビールかパンにして売りにくると思うよ」

「そうなんだ。農迎祭、すごく楽しみ」

「琢間先生は宇宙でもビール飲みたいから、バイオ科にもっと背丈低くしてと言ってるけどウケへん?」

「何それ。変な人。でもちょっと羨ましいかな」

 

 琢間先生には昨日会えなかったので、今日に挨拶する予定だったけれど、急遽西表島まで1週間ほど旅立ったので会えなくなった。すごく自由な人だと思う。

 

 それにしてもまたライ麦がここで見れるなんて思っていなかった。湿度や風の条件で日本、特にこの大阪での栽培は難しいと思うけれども、どんな育て方をしているんだろう。

 その方法を教えてもらえたり、共同研究できたらウクライナに戻った時に役に立つかもしれない。

 

「……戻れたら。ううん、きっと戻れないよ」

 

 ダメだ。

 

 何かが、わたしの中からあふれ出しそう。

 

 最下段の棚に水やりをしていたのでかがんでいたわたしは、そのまま膝の力が抜けて座り込んでしまう。

 

「リュミナちゃん? 大丈夫?」

「ごめんね。わたしは大丈夫だよ」

「立てる?」

「……うん」

「なら、ちょっとこっちに付いてきてくれる? 水やりの残りは後でえぇから」

 

 そう言ってミニーちゃんは強く手を握って、床に座り込んでいたわたしを立たせてくれた。

 

 連れていかれたのは隣にあるもう1つのチャンバー。

 そこは先ほどと設備はほとんど一緒だったけれど、ミニーちゃんがわたしを連れてきた理由がすぐにわかった。

 

「ちっちゃいけど、ちゃんと向日葵やろ?」

 

 お盆3個分ほどのスペースに咲いた小さな花畑。

 背丈も広さも全然違うけれども、確かに故郷の風景がこの小さな部屋の片隅に広がっていた。

 

「高カロリーで油も取れる。保存性も抜群から琢間先生が宇宙ステーションで育てられるようにしたいんやて。小さくてたくさん実をつける品種はバイオ科が作ってくれたから、アキ先生が育て方でもっとたくさん効率よく育つようにしてるんよ────」

「これ、わたしが育てたい」

「ええよ」

「……え? いいの?」

 

 意を決して、言ってみたつもりだったけれど、すぐにOKをもらった。1秒もなかった。

 

「っていうか、アキ先生とミコ先が元々そのつもりって言っとったんよ」

「そう、だったんだ」

 

 そこまで2人は考えてくれていたんだ。わたしは、論文などの細かい研究内容まではしっかりと目を通せていなかったのに。本当にこの2人には助けられてばかりだ。

 

「そんでな。じゃじゃーん、っと」

 

 そう言ってジャージの上着から取り出したのは爪楊枝と紙で作られた小さな旗。

 

「ここをウクライナとするー」

 

 マジックで少しまだらに塗られた黄と青の見慣れた国旗が、向日葵の育つ発泡スチロールに立てられた。

 

「『木曜そうでしょ』のパクリとか言ったらアカンで。でも、お子様ランチみたいでかわいない?」

「『木曜?』は何のことかよくわからないけど、お子様ランチならわかる。昔に日本に来た時にたべた。日本の国旗が乗ってるよね。これもかわいいよ」

「ならよかったわ。アタシは褒めて伸びるタイプなので、しっかり覚えといてな。今日の最重要ポイントやで」

「偉いで。ミニーちゃん」

「そー、そんな感じ!」

 

 逃げてきた事実も、恵まれている事実も変わらない。

 でも忘れないでいることくらいはできる。

 

 この花なら、みんないつか喜んでくれるだろうか。

 

 そうなればいいなと、小さな国旗と一緒に写る花を、わたしはLinstagramへ投稿した。

 




次回はミコト宅訪問回です
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