不死終末黙示録 狩人篇   作:FROMG・E

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第一話【最後の獣狩り】

男は目覚めた。

 

その男は幻想郷において、人里を仕切る組織【連盟】の狩人であった。

 

男は獣と妖を狩る〈淀み〉の狩人でありながらただ一人、血に酔う事を嫌っていた。

 

狩人はごく優秀であった。

 

連盟の狩人において彼に並ぶ者はごく少なく、故に疎まれ、時に妬まれ、しばしば狩人は単独での狩りを強いられていた。

 

数少ない盟友たちも皆、実力ゆえに疎まれた者ばかりであり、そんな彼らに与えられる任務が尋常である筈もない。

 

一般の連盟員では太刀打ちできぬような危険な獣の討伐や、表沙汰に出来ぬ実験生物の廃棄処理など、所謂汚れ仕事が過半数を占めていた。

 

とある紅い月の夜、不幸にも狩人は人里離れた妖怪の山にて、得体の知れない異形の獣に喰われ、命を落としてしまう。

 

まどろむ意識の中、狩人が最後に見たものは、深紅に輝く満月とぱっくりと口開く獣の、異形たる二枚舌であった。

 

やがて狩人はうすぼんやりとした靄に包まれる中、己の見知らぬ満月の見える洋館の前にて、目を覚ましたのだった。

 

「・・・貴方が、最後の狩人様ですね」

 

不意に頭上より声をかけられた狩人は、驚きながらも起き上がる。

 

そこに立っていたのは、己よりも一回り以上ほどもある大柄の女性であった。

 

彼女は人ならぬ美貌と、異質な程に整った顔立ちをしており、宛ら人形の如きであった。

 

「私は人形。この夢で、あなたのお世話をするものです」

 

話を聞いてみると、彼女は本当に人でなく、ある種の被造物・人形であるらしい。

 

確かにその形貌は、じっと見なければ判らぬほど精巧に出来てはいるものの、その瞳に温かな心は無く、球体状の関節は無機質で温もりの無い、作り物のそれである。

 

「私は、古狩人ゲールマン様の手によって作り出されました」

 

「ゲールマン様は最初の助言者であり、そして狩人たちに、業と狩りの術を伝えました」

 

作り手の名はゲールマン、かつてはこの夢に迷い込む狩人たちの、助言者としての使命を果たしていたと人形は語った。

 

この夢の館も、元はゲールマンが立ち上げた「工房」と呼ばれる狩人の一派が用いた隠れ家であるという。

 

だが今やその隠れ家も、今や通う者は誰一人として居らず、文字通りの秘境として、歴史の深淵に沈み消えてしまったのだと。

 

「ですが今はもう、ゲールマン様はここにいらっしゃいません」

 

「夜明けの介錯と共に、悪夢より目覚めたのです」

 

そうして狩人の源流に立ったゲールマンも老いさらばえ、晩年は助言者として、この夢の館に迷い込む狩人を目覚めに導いていたのだと語る。

 

そして、最後の狩人を迎えたあの夜。

 

古狩人ゲールマンは、死闘の果てに介錯と共に、自らを縛り付けたこの悪夢から覚めたと言う。

 

己の使命を彼の者に託して。

 

「ゲールマン様を介錯した狩人様はその後、狩人の悪夢に囚われたのです」

 

「あの方はごく優秀な狩人でありました」

 

「そして今は、ゲールマン様の遺志を継いだ、狩人たちの助言者として、この悪夢の枷を務めています」

 

その時であった。

 

足元に奇妙な小人が湧き出でてきたかと思うと、狩人に挨拶のような呻き声を上げ、消えていった。

 

「ああ、小さな彼らは、この夢の住人です」

 

「あなたのような狩人様を見つけ、慕い、従う・・・」

 

「言葉は分かりませんが、かわいらしいものですね」

 

夢の使者とでも呼ぼうか、彼らの住処へ挨拶を勧められた狩人は庭をぐるりと散策した後、使者の集う水盆を見つけた。

 

使者たちは亡者の如き見た目をしていたが、その反面、感情豊かな身振りで男の来訪を歓迎しているようであり、狩人もそれに倣って『連盟の誓い』で敬意を表し、その場を後にした。

 

「ああ、狩人様。上の屋敷で、助言者様がお待ちです」

 

数分後、使者の水盆より戻った狩人へ、人形が徐に話しかけてきた。

 

「あの方は、最後の助言者として、狩人様に狩りの業、その全てを継承されるおつもりです」

 

「・・・それが、あの方のお役目ですから・・・」

 

人形が言葉を言い終わるが早いか、館の入り口より、一台の車椅子がギィギィと乾いた音を立てながらこちらへやって来た。

 

階段を一段ずつ慎重にゴト、ゴト、と器用に降りて来たのは、連盟の制服と草臥れたトップハットに身を包み、左眼に深い傷を持つ男であった。

 

「ようこそ。君が、最後の狩人かね」

 

「ここは、狩人の夢。ただ一時とて、ここが君の家となる」

 

「私は助言者、かつては君と同じ『狩人』だった者だ」

 

助言者と名乗るその男は幾分かやつれているものの、その瞳の奥には未だ消えぬ、狩人の牙が見て取れる。

 

ふと足元に目をやると、助言者の左足は義足である事が確認できた。

 

恐らくは狩りの折、獣に喰われ失ったのであろうと考えたが、今は余計な詮索をするのは止めにした。

 

「ここにあるものは自由にして構わない。君が望むなら、手合わせもやぶさかではない」

 

助言者は乾いた笑い声を上げ、車椅子の手摺をなぞる。

 

車椅子の側には美麗な装飾の施された銃と、灰銀色の杖が取り付けられており、だが狩人はそれを一目で狩道具であると看破した。

 

その銃は連盟の狩人が好んで用いた血族の逸品「エヴェリン」であり、もう一方の杖は、かつての相棒たる狩人の振るった、ある種の様式美を貴ぶ仕掛け武器「仕込み杖」であったのだから。

 

「彼女は人形。この、狩人の夢を管理する者とでも思ってくれればいい。今の所はね・・・」

 

狩人は助言者の不敵な笑みに違和感を覚え、だがそれを表に出す事はしなかった。

 

いずれにせよ、この悪夢より覚めたくば、助言者の言葉に従うほかは無いのだから。

 

「最後の狩人よ。貴公には、幾つか話さねばならない事がある。心して聞いてくれ」

 

そうして助言者はぽつぽつと話し始めた。

 

狩人の悪夢の歴史、終わりなきただ一夜の、獣狩りの物語を。

 

助言者はかつて、ただ一人の狩人に過ぎなかった。

 

彼が悪夢に迷い込んだ時、彼を導いた助言者がいた。

 

助言者の名はゲールマン、最初期の狩人の一人であり、獣狩りの源流たるその人でもあった。

 

ゲールマンはまた、狩りを弔いになぞらえており、それは彼の用いる一振りの大鎌「葬送の刃」が物語っている。

 

葬送とは葬り・送る意を示す言葉であり、死者の魂を現世より切り離し、魂の世界へ送り返すというスタイルは、ある種の儀式めいた獣狩りの象徴として、後の狩人の工房の源流となった。

 

やがて、ゲールマンの元へ一人の狩人が迷い込んだ。

 

それこそが現在の助言者であり、狩人は獣狩りの夜を完遂した後、ゲールマンを介錯した。

 

長きに渡る助言者の役目を終え、安らかな目覚めのあるようにという願いを込めて。

 

そうして、己が助言者となった後も、獣狩りの夜は幾度も訪れ、その度に狩人を導き続けたという。

 

ここまでは、先程人形が搔い摘んで話してくれた内容と同じである。

 

そこで話は終わりかと思った狩人であったが、助言者の口は一呼吸の後、再び言葉を紡ぎ始めた。

 

やがて、幾人もの狩人を目覚めに導き、数え切れぬほどの夜が明けた頃、夕暮れに訪れ続けていた狩人の来訪が、ぴたりと止んだと言うのだ。

 

遂に真の夜明けが訪れるのだと、助言者は考えた。

 

だが、それは淡い幻想に過ぎなかった。

 

夜は明け暮れを繰り返すも、なにゆえか悪夢は覚めない。

 

それは明らかな異変であった。

 

「狩人よ。最後の獣は何処に居ると思うね?」

 

不意に助言者が狩人へ問い掛ける、まるで何かを試すかのように。

 

無論、今し方夢に目覚めたばかりの狩人には、何も判る筈が無い。

 

助言者がひたすら探し続けた挙句、見つけられなかった物をどうして見つけることが出来ようか。

 

だが────己の意思とは裏腹に、狩人の指は助言者の頭を指し示していた。

 

まるでこの指には初めから、その場所が分かっていたかのように。

 

「・・・ハハハッ、そうだ、良く分かったな」

 

「最後の獣は、この私の記憶の内に潜んでいるのだよ」

 

狩人は困惑した、記憶の内とは?理解が追い付かず、視線が僅かながら左右にぶれる。

 

「・・・まあ、言葉で説明しても分かるまい」

 

「さあ、私に付いてきたまえ」

 

「霞がかったその頭に、古くも新しい啓蒙を授けてくれようぞ」

 

助言者はそう言って車椅子を降りた後、仕込み杖を突きながら狩人を館へ連れ行き、一つの戸棚を開いた。

 

〔ヤーナム市街の記憶〕

 

飛び込んできた一つのそれに、狩人は思わず目を奪われた。

 

埃と蜘蛛の巣を深く被った戸棚の中に並べられた大量の赤黒い瓶、その中身は血液であろうか。

 

丁寧に張られたラベルには異国語の文字列が綴られており、だがその中で一つだけ、言葉の意味を認識出来る瓶があったのだ。

 

「その文字が読めるか。やはり、君が最後の狩人で間違いないようだな」

 

狩人は、焔に向かう蛾のようにゆっくりと棚に手を伸ばし「ヤーナムの記憶」と綴られた瓶を手に取った。

 

【助言者の血】

 

長らく棚に置かれた筈の瓶は未だ温かく、奇妙な脈動すら掌に感じさせていた。

 

それが尋常の血ではない事を、狩人は強く実感する他は無かった。

 

「では説明しよう。狩人よ、そこの盃を取りたまえ」

 

助言者が指差すその先には、なるほど一つの薄汚れ、僅か血痕がこびりついた、儀式用の盃が置かれていた。

 

【狩人の悪夢の聖杯】

 

「これは『聖杯』だ。聖杯とは血の記憶を介し、悪夢と繋がる扉を作り出す為の、ある種の媒体だ」

 

助言者が言うには、この聖杯に先程の血を注ぎ、それを祭壇へ捧げる事により、助言者の記憶へと侵入する事が可能だという。

 

にわかには信じがたい話だが、冗談とも思えない。

 

狩人は脈動する血の瓶を懐へ納めた後、盃を手に取り、戸棚を後にした。

 

「ついて来たまえ、祭壇は外にある」

 

そして助言者と狩人は裏口を抜け、階段の先に並ぶ、無数の墓石のような祭壇へと足を運んだ。

 

「狩人よ、これを持っていくがいい。獣狩りの夜に欠かせないものだ」

 

不意に助言者は懐より、半ば焼け落ちたような呪符の束を取り出し、狩人へと手渡した。

 

それは「狩人の確かな徴」と呼ばれるものであり、これにより、血の遺志を捨てず、狩人は目覚めをやり直せるという。

 

すべてのできごとが、まるで悪夢であったかのように。

 

狩人は呪符を懐へ仕舞い込み、やがて眼前に件の祭壇が姿を現した。

 

いくつかの祭壇は汚れ、血に塗れ、長い時が過ぎた事を感じさせるものばかりであったが、その中に一つだけ、奇妙なほど真新しい祭壇が立っている事に気が付いた。

 

「それこそが『狩人の記憶』へ至る為の祭壇だ。狩人よ、聖杯に血を注ぎ、捧げたまえよ」

 

狩人は言われるまま、聖杯に血を注ぎ込む。

 

薄虹色に輝く水面に、無数の獣が映り込んでは消えてゆく。

 

そのどれもが幻想郷のそれとは比較にならぬほどの血と臓物に塗れ、恐ろしい瘴気を纏っているような印象を受ける。

 

思わず身震いし、だが同時に狩人は笑っていた。

 

それは、恐怖を打ち消す為の武者震いだろうか。

 

はたまた、淀みの狩人の定めたる獣性の目覚めなのか。

 

あるいはどちらでもよいだろう、今はただ、獣を狩ればよいのだから。

 

「狩人よ。今夜は長く、そして深いようだ。心した方がよいだろう…」

 

祈る手をかざした狩人は、次の瞬間、聖杯の底に意識を奪われ、気を失った。

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