不死終末黙示録 狩人篇   作:FROMG・E

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第十話 【秘匿の蜘蛛】

<教室棟二階>

 

そうして狩人は、再び教室棟へ戻ってきた。

 

先程と異なる内装の部屋には、干乾びた実験動物の亡骸の入った檻籠が置かれており、だがその生物は既存のそれとは異なる、異形のそれであった。

 

恐らくは上位者に至る実験により生み出された産物、なりそこないと言った所であろうか。

 

扉を開き、先へ進むと、この場所が教室棟の二階部分である事が分かった。

 

柵の下を覗いて見ると、小さな悪夢の獣が無数に徘徊しており、その周囲には学徒の成れ果てが、無惨に斬り刻まれ、散らばっているのが確認できた。

 

本体から零れ落ちた何かが変異し、生れたと見える小さな悪夢の獣はまた、獣性のみを持ちえる極めて特異な神秘生物であり、それ故いたずらに周囲の存在を嬲り、惨殺するのだろう。

 

不死であるがゆえに食事も必要とせず、喰らうという行為もまた、好奇心によるものであると見ていい。

 

であれば、悪夢の獣とはどこで生まれ、育ったのだろうか?

 

今は分からぬそれを一旦放置し、狩人は探索を再開した。

 

「狩人よ。してやられたな・・・まあいい、今は探索に集中したまえ」

 

「新たな狩りの力も得た。知見も得た。次は行動に移すのみだ」

 

助言者の言葉を受けた狩人は、あちこちで蠢く小さな悪夢の獣を狩り始めた。

 

そうして周辺の獣を狩り尽くした時、廊下の端に一枚の手記を発見した。

 

【ウィレーム先生は正しい。情けない進化は人の堕落だ】

 

それはかつての学徒が残したと思しき手記であり、情けない進化とは恐らく、血に依る獣を介した上位者への接触、ひいては神秘の邂逅を意味するものであると考えられる。

 

果たしてこの学徒が、正しくウィレームの思索を理解出来ていたのか、それは分からない。

 

だが、この教室棟の惨劇を見るに、その説は十分に否定できるだろう。

 

堕落した進化を否定した先があの成れ果てや、瞳の瓶詰めであるならば、それは進化とは呼びえないだろう。

 

むしろ、ある種の狂気に侵された堕落、あるいは理解し得ぬ神秘の傀儡と化した獣と言って差し支えない。

 

それはまたある種の喜劇であり、まさに言葉通り、賢くも愚かな末路であろう。

 

狩人は更に探索を続け、やがてひときわ異質な研究室へ足を踏み入れた。

 

その研究室は、香りもそうだが、内装そのものが他とは一線を画す「違和感」に塗れていたのだ。

 

先程発見した檻籠の山に手記を発見した狩人は、それを拾い上げる。

 

【上位者狩り。上位者狩り】

 

上位者を狩れば血と遺志を得る事になる、血に依る進化は、ビルゲンワースにおいては堕落とされている。

 

だが、なにゆえかこの時代においては、それが上位者へ至る道として思索されていたという事に他ならないだろう。

 

あるいは、単に上位者由来の瞳を探ろうとした、愚かな学徒たちの暴走によって残された手記なのかもしれない。

 

「狩人よ、この言葉は、今は分からぬだろう。古き悪夢にてそれを探りたまえ」

 

助言者の言葉に押され、次の部屋へ向かう狩人。

 

生き残った学徒の成れ果てを狩り、辿り着いた教室には、またもや手記が置かれていた。

 

【ローレンスたちの月の魔物。「青ざめた血」】

 

【3本の3本目】

 

聖職者ローレンス、初代教区長にして初めて聖職者の獣となった、ウィレーム直系の学徒の一人。

 

三本目とは、上位者の赤子が持つ特別な器官「三本目のへその緒」なるものに違いない。

 

通常赤子とは、親たる者が居なければ生まれ得ぬ存在であり、あるいは、ローレンスの指す上位者とは、通常の上位者とは違うのかもしれない。

 

ローレンスは上位者の赤子のみが持ち得るとされる、このへその緒を用いる事によって自らが赤子となり、上位者へ至ろうとしたのだろうか?

 

先程の研究室に残された手記にあった上位者狩りと対を成す思想である。

 

だがどちらにせよ、神秘あるいは血に依って上位者に至らんとするこの思索は、ウィレームのそれと真っ向から相対する道である。

 

だからこそ、あの記憶で見た通り、ローレンスはビルゲンワースと袂を分かち、ウィレームもまた、血に依って上位者へ至ろうと暴走するローレンスに対して、警告の意を以て「かねて血を恐れたまえ」と警句を残したのかもしれない。

 

狩人が目覚めた診療所の手記に書かれた「青ざめた血」と共に書かれた謎の存在「月の魔物」。

 

恐らくは、ローレンスが求めたへその緒と何かしらの繋がりがある存在であり、同時に狩人が求めるものでもある。

 

だが今は情報が少ない以上、何も分からぬと判断した狩人は、一先ず手記を懐へ仕舞い込み、探索を再開した。

 

道中、聖堂街にて相対した巨体の亡者と遭遇したが、難なくこれを撃破。

 

やがて梯子を見つけ、それを下った狩人の眼前に現れたのは、思わぬ光景であった。

 

「学長ウィレームの部屋だな。何かしら、思索の鍵となる資料があるやもしれん」

 

記憶で見た部屋と酷似したそれは、まさしくウィレームの部屋であると助言者は言う。

 

狩人は改めて部屋の探索を始めた。

 

机上には蠟で出来た使者の像と、上位者アメンドーズを象ったと思しき像が幾つか見られ、その他には天球義や日誌など、教室棟にも見られたものがあるばかりだった。

 

別の部屋に移動しようと思い立った狩人が出口へ向かうと、扉前に黒い巨躯を持った、奇妙な人面蜘蛛が割れ窓の向こうを覗いているのが確認できた。

 

間違いない、あの人面蜘蛛だと狩人は確信する。

 

「蜘蛛のパッチ・・・そうか、奴はここを根城としていたな」

 

助言者が言葉を紡ぐよりも早く、狩人は落葉に粘液を纏わせて斬撃波を放ち、十二本ある蜘蛛の足の内、一際大きな対を一本、根元から斬り落としていた。

 

「・・・ウヒッ!?」

 

蜘蛛のパッチと呼ばれた異形は驚いたように近くの机へ身を躱し、傷を舐めるでもなく、ただ静かに狩人の方を見つめていた。

 

「き、君、どうして・・・どうして、ここに?」

 

動揺の余り、机上の標本が壊れる事すら、気にしないでいる。

 

そんな彼の視線を追って体に触れると、そこには先程討ち取ったアメンドーズの首があった。

 

狩人がここに居るのもそうだが、パッチはどうやらこれを見て、動揺の色を隠せないでいるのが大きいだろう。

 

「まさか、君がアメンドーズを・・・」

 

「・・・そんな、まさか・・・」

 

パッチは蜘蛛の前脚で命乞いの真似をし、そして気がついた。

 

狩人がもはや人でなく、上位者へと変貌しかけていた事に。

 

「・・・ん?まさか、君・・・」

 

「私を、恨んでいるのか?」

 

するとパッチは何を思ったのか、狩人に対する交渉の仕方を変えた。

 

傍から見ればそれは、何にも喩え難いほどの挑発であっただろう。

 

狩人は黙って、首を縦に振った。

 

だが左の掌からは先触れの触手を伸ばし、泰然とした佇まいで、逃がさぬ意思を見せつける。

 

無論それは本心ではなく、パッチを試す行為だった。

 

蜘蛛のパッチが安堵して馴れ馴れしくすれば斬り捨てる、それ以外なら生かすと。

 

つまりこれは、圧倒的な立場の差を生かした、理不尽な面接とも言えた。

 

「ああ、それは酷い誤解、筋違いというものだ」

 

「私は確かに秘密を教え、君は神秘に見え力を得た」

 

「それが事実だろう」

 

狩人は掌から伸ばしていた先触れをゆっくりと縮めてゆく。

 

だがその右手は落葉に掛かり、一刀のもとに斬り倒す準備は万全である。

 

「たとえ私が君に生贄を望んだとしても、それは心の中のこと」

 

「誰も与り知らぬ、ノーカウントな事象というものだよ」

 

「ウヒッヒッヒッ・・・ウヒッヒッヒッヒッヒッ・・・」

 

何を考えているのか想像も付かぬ表情を浮かべたまま、パッチは薄気味悪く笑っていた。

 

「・・・まあ、いい」

 

「細かいことはどうでもいい。今や、君は私の友だ」

 

「その証に、これを渡しておこう」

 

そう言うと、パッチは狩人に悪夢の欠片を渡してきた。

 

【悪夢の欠片 ─ ビルゲンワース ─ 】

 

「ん?疑問かね?だが友人とは・・・常に奇遇なものだろう?」

 

「ウヒッ、ヒヒヒッ・・・」

 

狩人は静かに落葉を変形させた後、短刀で机をなぞり始めた。

 

そして、わざとらしく音を立てて落葉を鞘に仕舞い込み、パッチを挑発する。

 

「・・・ああ、君か」

 

挑発に答える気も無いような、気だるげな声でパッチは言葉を紡ぎ始める。

 

「すまんが、考え事をしているんだ」

 

「そうさな、優しげな神と、その愛のひけらかしについて」

 

「ウヒッヒッ・・・ウヒッヒッヒッ・・・ッッッ!?」

 

狩人は、独り言を宣うパッチが笑い始めるその時を見計らい、右の掌より新たなる秘儀「エーブリエタースの呼び声」を展開してパッチの肢を縛って拘束した後、左手の指で机をトントンと指さした。

 

パッチが恐る恐る机を見ると、そこには流暢な筆記体でこう綴られていた。

 

"There's no next time"(次はない)と。

 

狩人は彼を殺す気でいた。

 

"蜘蛛はまた私を嵌めるだろう、その時は迷わず狩る"

 

狩人からパッチへ、最初で最後の警告であった。

 

「・・・君が、それを望むのならば」

 

苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、縦に首を振る。

 

パッチも納得したようだ、恐らく偽りなのだろうが。

 

この場に於いて、真偽はさして重要ではない。

 

身の程を弁えさせる交渉の札を切る事、脚一本と忠告文がそれにあたる。

 

悪戯心が産み出す余計な干渉を避ける事が最善手であるこの場合、むしろこの蜘蛛は使いようによっては利益を生み得る金の鵞鳥だ。

 

なればこそ、この場で手綱をつけておく事で、この先も良い関係を築く事が出来るだろう。

 

かつて軍にいた頃、英国に滞在した狩人ならではの外交術であった。

 

「ハハハッ、なかなかやるな、狩人よ。だがこの先には何もない」

 

「私に従い、二階の大扉へ足を運びたまえ」

 

そして狩人は再び二階へ上り、助言者の言葉に従いながら先へ進み、一際大きい扉をゆっくりと開け、再び悪夢の渦に呑まれた。

 

<ビルゲンワース>

 

やがて意識を取り戻した頃、狩人が立っていたのは、学長ウィレームがいた月見台であった。

 

悪夢の獣に握り潰され、教室棟に送られた事を思い出した狩人は、辺りを見回す。

 

しかしウィレームの姿も、悪夢の獣の姿さえそこにはなく、ウィレームがいた場所にはただ、赤桃色の粘液塊が落ちているのみであった。

 

ふと気が付けば助言者の声さえ消えており、狩人は再び孤独の身となっていた。

 

湖の上の満月はより巨大化し、白銀の光を煌々と照らしている。

 

狩人はウィレームが指し示した月見台から湖を見つめ、決意を固め飛び込んだ。

 

<月前の湖>

 

白い水霞の先には広大な異空間が広がっており、その先には黒い塊が蠢いていた。

 

それは接近してもこちらを襲う訳ではないようであり、狩人はその容姿をじっくりと観察する事にした。

 

瘤状に盛り上がった鎧を纏う、芋虫のような胴。

 

背中を真っ白に覆い尽くしているのは、黴の類だろうか?

 

極端に短い無数の節足は蜘蛛のそれと酷似しており、うねうねと蠢く尻尾のような触手は、アメンドーズのそれを思い起こす形状である。

 

ぽっかりと開ききった気門からは呼吸をしている様子はなく、顔と思しき器官は異質な形貌を成していた。

 

蜘蛛のパッチよりも生気の無い、青ざめた白色の顔は、蜘蛛と人を混ぜ合わせたような見た目をしており、また、額や頬には大量の瞳が無造作に生えており、そのどれもが異なる方角を見ているのか、ぎょろぎょろと蠢いていた。

 

─ビルゲンワースの蜘蛛が、あらゆる儀式を秘匿している。見えぬ我らの主も。ひどいことだ。頭の震えが止まらない─

 

オドン教会地下に置かれた手記の内容に沿って考察すれば、眼前の異形がビルゲンワースの蜘蛛で間違いないだろう。

 

儀式を秘匿しているのが蜘蛛というのならば、秘匿する事がこの異形の能力なのだろうか?

 

見えぬ我らの主とは恐らく、この蜘蛛の事ではなく、姿なき上位者オドン、あるいは隠された上位者アメンドーズだろう。

 

尤も、手記がオドン教会地下にあったと言う事を考えると、アメンドーズでなくオドンを指し示している可能性が高いが。

 

ひどいことと書かれているのは、手記の主はこの儀式の反対派だったのだろうか?

 

頭の震えとは、手記の主がまさに発狂しかけている、あるいは上位者との邂逅、それと同等の情報を脳に得たのだろう。

 

以上の情報を纏めると、この蜘蛛は上位者であり、なおかつ儀式の秘匿者かつ、秘匿を秘匿たらしめるその能力で、ヤーナム民や諸々の狩人たちに儀式を悟られぬよう認識を歪ませた、その張本人の可能性が高いという結論に至る。

 

狩人は、この蜘蛛が上位者ならば先触れの交信へ何らかの返答を返してくる可能性があると考え、触手を伸ばして蜘蛛との交信を試みた。

 

しかし、いくら待てども蜘蛛からの返事はなかった。

 

やはり上位者と言えども、互いの交信は不可能と見える。

 

そう考えた刹那、空から大量の子蜘蛛が襲来したかと思うと、一斉に狩人目掛けて襲い掛かって来た。

 

狩人はそのまま触手の薙ぎ祓いにより、子蜘蛛を一掃した。

 

「狩人!ああ、ようやく繋がった」

 

「たった今、何者かに精神干渉を受けていてな、君との交信が絶たれていたのだよ」

 

「白痴の蜘蛛、ロマか。その上位者こそがヤーナムの真実を秘匿している張本人だ。存分に狩りたまえよ」

 

どうやら狩人の考察は当たっていたようだ。

 

だがロマとは、狩人の知る限りでは「インド・アーリア人を由来とする、ヨーロッパを放浪する移動型民族の総称」の意味を持つ言葉である。

 

また、彼らの言語ではロマとは「人」を意味するらしく、であればこの蜘蛛の上位者は、元人間なのだろうか?

 

であれば、ウィレームはなにゆえに湖を指したのだろうか?

 

─あらゆる儀式を蜘蛛が隠す。露わにすることなかれ 啓蒙的真実は、誰に理解される必要もないものだ─

 

ビルゲンワースのサインが為されたこの手記には、何故か啓蒙的真実は、誰に理解される必要もないと記されている。

 

ウィレームは本来、上位者に至る事を本懐としていた筈であり、ロマが人から血に依ることなく上位者に「至った」のであるならば、本来秘匿する必要などないはずなのだ。

 

つまり、ロマは血に依って上位者へなった元人であり、それを良しとしないウィレームにより湖へと秘匿された、と推察する事が出来る。

 

だが、ロマが人から血に依って「至った」上位者であるとして、狩人の交信を拒んだ理由は何だろうか?

 

助言者に答えを問うも、分からないと返す。

 

ならばもはや四の五の考える暇はない、ロマを狩るだけだ。

 

狩人は落葉を変形させた後、居合の構えを取り、目にも止まらぬ速さを伴う剣技『古狩人の一閃』で、ロマの顔半分を削ぎ落とした。

 

吹き上がる白灰色の血飛沫、ロマは甲高い悲鳴を上げたかと思うと、体を蛇のように丸めて消えてしまった。

 

「・・・まだだ、すぐに奴は現れるぞ」

 

助言者によると、秘匿の力はあらゆるものに作用するようで、この姿隠しもまた、それに起因する現象であるらしい。

 

数秒後、背後から無数の隕石が狩人目掛けて降り注いだ。

 

「来た!後ろだ、狩人!」

 

助言者の言葉に従い、ロマの隕石をぬるりと回避する狩人。

 

最早その動きは常人のそれを遥かに凌駕しており、彼が上位者の扉に手を掛けている事は明らかであった。

 

再び現れたロマは、先程削ぎ落とされた筈の顔を復元させており、上位者としての格の違いを狩人に示しているようにも見えた。

 

しかし、狩人は一向に怯む事なく、長銃を展開した後、骨髄の灰を込めて撃ち放った。

 

しかし、大量の子蜘蛛が身代わりとなり、銃弾を弾いてしまった。

 

斬撃波で一掃しても、無尽蔵に子蜘蛛は生み出され続ける。

 

このままでは埒が明かないと判断した狩人は、一旦子蜘蛛を先触れにて殲滅した後、獣の爪を展開し、ロマの胴体を両断した。

 

くぐもった悲鳴を上げるロマ、だが狩人は攻撃の手を緩めない。

 

すぐさま狩人は右腕にアメンの首を装備した後、その中から先触れを展開した。

 

アメンドーズの下顎から蠢く先触れの触手は、宛ら大アメンの口髭であった。

 

狩人は、未だ跳ね回りながら蠢くロマの上半身にその腕を差し込んだ後、ロマの体内でアメンドーズの神秘光線を発動した。

 

神秘光線により斬り刻まれるロマの身体、体内から炸裂する攻撃に耐え切れず悲鳴を上げる。

 

最後に、とどめの一撃を打ち込むべく狩人は大きく飛び上がった後、落葉に蒼く輝く粘液を纏わせ、合体秘儀「古狩人の一閃・流星」を繰り出してロマの身体を一刀両断した。

 

上空から流れ落ちる群青色の斬撃波は、宛ら外宇宙より飛来する流星群のようであり、助言者はこれを「流星斬」と呼称した。

 

断末魔を上げ、爆発四散し倒れる上位者ロマ。

 

【YOU HUNTED】

 

(ロマとは、こんなに早く死ぬものだったか?いや、これもひとえに狩人の力ゆえか・・・)

 

助言者が思考を巡らせているその時、湖では奇妙な事が起きていた。

 

月は未だ白く輝いたままその姿を保ち、だがその中央に、謎の蠢く影を映し出していたのだ。

 

刹那、狩人の頭上に影が見えたと思うと、地面を揺るがす程の大震動と共に、一人の少女がふわりと舞い降りてきた。

 

その少女はヤーナムらしからぬ服装をしており、しかし狩人には懐かしさを感じさせるものであった。

 

【あらあら、眠らないのです? それではいつまで経っても 夢の中ですよ】

 

甘く蕩けるような声で少女が狩人に囁いた次の瞬間、助言者の声が耳元で響いた。

 

「狩人!何をぼうっとしている、主だ、悪夢の獣だぞ!」

 

狩人はハッとしたように目を見開き、意識を覚醒させる。

 

先程まで居たはずの少女は煙のように消え去っており、代わりに眼前に居たのは、肉塊と化したロマの遺骸を貪り喰らう、悪夢の獣であった。

 

すぐさま狩人は戦闘態勢に入った。

 

落葉に蒼く輝く粘液を纏わせ、加速螺旋刺突を繰り出した。

 

神秘を纏ったそれは、粘液を螺旋の槍と化して対象を砕く業となる。

 

そのまま間を置かず居合の構えを取り、秘儀「古狩人の一閃」を打ち放った。

 

だが、その刃にはまるで手応えがなく、まるで霞でも斬ったような感触であった。

 

「狩人よ、どこを狙っている?そこに獣はいないぞ」

 

助演者の言葉を受け、周囲を見渡すと、狩人は悪夢の獣のはるか西へ移動していた。

 

どうやら悪夢の獣は、ロマを喰らい、取り込んだ事により秘匿の力、認識阻害能力を継承したようだ。

 

厄介な事になったと、助言者は軽く舌打ちをする。

 

直後、狩人は己の瞳に落葉を突き刺した。

 

「何をして・・・」

 

困惑する助言者をよそに、狩人は目の見えぬまま居合の構えを取った。

 

じっとしたまま動かない狩人へ、悪夢の獣がゆっくりと近づいていく。

 

「狩人!」

 

助言者が大声で危機を知らせるも、動きは見られない。

 

そして、悪夢の獣がそのおぞましい粘液に塗れた舌を伸ばした、その瞬間。

 

しゅぱっ

 

「・・・?」

 

先程はその姿を捕える事さえ叶わなかった筈の狩人が、悪夢の獣の舌を閃光の如き一閃で両断したのだ。

 

助言者は狩人の瞳を確認する。

 

先程と同様、やはり潰れたままだ。

 

では、どうやって?

 

その時、助言者は気が付いた。

 

狩人の掌に、黒い肉片と汁がこびり付いている事に。

 

「なるほど。神秘に依って・・・か、理に適った行動だな」

 

助言者は納得し、この戦いの見届け人となるべく、再び首を引っ込めた。

 

狩人は見えぬ瞳を閉じたまま、的確に悪夢の獣を切り裂いていく。

 

アメンドーズの腕が水面に落下し、水の撥ねる音が響き渡る。

 

眷属の、甲高い悲鳴が響き渡る。

 

刹那、悪夢の獣はその翼を大きく広げ、灰白色の空へ羽搏いた。

 

「何の足掻きだ?狩人よ、そろそろとどめを刺した方がいいやもしれん」

 

助言者の言葉を聞き、輸血液にて視界を再生させる狩人。

 

再び落葉の刃に蒼く輝く粘液を纏わせ、上空へ飛び上がる。

 

すると悪夢の獣は、腹から飛び出したアメンドーズの腕を再生した後、空に掲げ小宇宙の集合空間を頭上に展開した。

 

その瞬間、先程まで灰白色だった筈の空は青ざめ、月は紅い光を放ちながら、確実に狩人へ近づいていた。

 

「秘匿が破られた・・・」

 

【今は眠りなさい 貴方の槐安は今作られる】

 

甘く蕩ける、幻影少女の声が辺りに響いた瞬間、狩人は意識を失い、再び夢の館にて目を覚ました。

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