不死終末黙示録 狩人篇   作:FROMG・E

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第十一話 【血族の城跡】

〈狩人の夢〉

 

「おかえりなさい、狩人様」

 

いつも通り、人形が狩人の帰還を優しく出迎える。

 

すぐさま狩人は速足で助言者の元へ向かい、状況の説明を求めた。

 

既に燃え尽き、火の消えた葉巻を手にしたまま、助言者は苦悶の表情で話し始める。

 

「あの獣は、恐らく上位者達を取り込み、神秘の力を継承している」

 

「ロマを捕食し、暫くの戦闘を経て、不自然な時間差で秘匿が破れた時・・・改めて確信した」

 

助言者の意見はつまりこうだ。

 

あの悪夢の獣は狩人達同様、遺志を得る事で力を増しているという。

 

唯一つ違う所があるとすれば、その遺骸を喰らう事で特徴たる業、ひいてはその似姿すらも得ているという点にある事だと。

 

ここで助言者は、禁域の森で見立てた仮説を狩人に話した。

 

「だが、一つだけ言える事がある。あの獣は間違いなく余所者だ」

 

「それに加え、元が人間だったかどうかも怪しい」

 

狩人はその言葉に覚えがあった。

 

悪夢の獣が舞い降りた時に見えたあの姿は、間違いなく幻想少女そのものであったからだ。

 

「だが今はその情報が少ない。今はただ、狩りを進めるしかないだろう」

 

「時に狩人よ、血族に興味はあるか?」

 

その時、助言者が狩人へ妙な質問をしてきた。

 

聞けば、狩人が初めて目を覚ましたヨセフカ診療所の奥には奥に続く部屋があるらしく、そこには狩りの助けになる物があるらしい。

 

そしてそれは同時に、血の穢れを用いる呪われた狩道具「千景」などを生み出した禁忌の一族、カインハーストの血族に繋がる代物でもあると言う。

 

無論、狩人はそれを了承し、助言者は狩人を既知の記憶へ誘った。

 

血族の用いる武器に興味はないが、何故だか無償に行かねばならない、そんな気が秘かに心の底に起きていたのだ。

 

後に狩人は、自身の纏う処刑隊の装束に残った遺志が引き起こしたものであったのやも知れないと考える事になるが、それはまた後の話だ。

 

<ヨセフカの診療所門前>

 

そうして狩人は、初めに狩り道具を拾った広場にて目覚めた。

 

最初にここを訪れた際には閉じていた筈の鉄格子門は口を開いており、全てを受け入れるかのような、おぞましい空気を放っていた。

 

足を踏み入れてすぐ目に入ったのは、無数の墓であった。

 

どうやらここは、患者を埋葬する為の墓地であったようであり、それぞれの墓石には名前と死因たる病名、そして「R.I.P」の文字が刻まれていた。

 

墓地の奥右に続く道を下り、広場に蠢く小さな悪夢の獣を一太刀で葬った後、梯子を昇り始めた。

 

梯子を上った先、助言者の言葉に従い屋根伝いに先へ進むと、やがてとある建物の入り口に辿り着いた。

 

<ヨセフカの診療所>

 

ランタンを付け、人の気配の感じられぬ廃墟の探索を始める。

 

「ヨセフカの診療所に到着したな、狩人よ」

 

「上位者の研究も同時に行われていたここには、神秘に関わる様々な資料があるだろう、よく注意しておく事だ」

 

助言者の言葉の通り、この廃墟には様々な医薬品等が転がっており、診療所であったという事は疑いないだろう。

 

左へ向かった狩人はやがて、診察室と思しき場所に辿り着き、古びた診察台の上には、星界からの使者と酷似した死体が転がっており、だがその四肢末端はなぜか人間のそれであった。

 

やはり彼らも蒼き血の実験体と同じく、元は人間であったのだろう事が伺える。

 

更に探索を進めていくうちに、口を閉じた扉にぶつかった狩人は、螺旋波紋正拳で扉を破壊した後、先へ進んだ。

 

扉の向こうには診察室、そして一匹の星界からの使者が食い散らかされた状態で倒れており、診察台の上には血に汚れ、蝋の封を開けられた一通の招待状が置かれていた。

 

【カインハーストの招待状】

 

招待状の中にはこのような言葉が綴られていた。

 

【親愛なる悪夢の狩人  貴公をカインハーストの城へ招待しよう。ヘムウィックの辻で、迎えの馬車に乗りたまえ  血族の女王、アンナリーゼ】

 

「狩人、招待状は見つかったか?」

 

どうやら助言者の求めていた"何か"とはこの招待状の事だったようだ。

 

<狩人の夢>

 

刹那、夢に戻ってきた狩人の前には助言者が出迎える形で待っていた。

 

「少し、棚を覗いて来てみたまえ」

 

狩人は屋敷へ戻り、瓶の入った棚を開くと、二つの瓶の文字が読み取れた。

 

〔ヘムウィック墓地街の記憶〕

 

〔廃城カインハーストの記憶〕

 

その二つの瓶を手に取った狩人は助言者の元へ戻り、それを聖杯に注ぎ込む。

 

薄虹色に輝く水面が二つに割れ、それぞれに異なる光景が映り始めた。

 

そして狩人は、溢れんばかりの血に満たされた聖杯を祭壇に捧げ、記憶の底へ堕ちた。

 

<聖堂街>

 

狩人が目覚めたのは、岩と茂みに覆われた広場であった。

 

辺りをよくよく見渡してみると、あちこちに倒壊した墓が点在しており、元々は墓地であった事が伺える。

 

狩人は道の続くまま、下へ降りて行った。

 

広場の先に開けられた粗末な洞窟の上には「Hemwick」と綴られた、風化した木製看板があり、ヘムウィックとはこれに違いないだろう。

 

Hemとは医療用語で「血」をあらわし、wickとは英語で「村・集落」を意味する言葉である。

 

詰まる所、ヘムウィックとは「血の集落」を意味する名前であり、じつにヤーナムらしい、おぞましく血濡れた名前だと狩人は感じていた。

 

洞窟を抜けた先には雑木林が広がっており、一面に赤桃色の乾いた粘液塊と、小さな悪夢の獣たちが死肉を貪っている姿が確認できた。

 

狩人は大きく息を吐き出した後、加速螺旋刺突を繰り返しながら、小さな悪夢の獣たちを次々に仕留めていった。

 

人ならぬ速度で獣を狩る様はまさしく上位者のそれであり、同時に狩人自身もそれを自覚しつつあった。

 

だが心では人の箍が外れる事を恐れており、ゆえに人の時代に編み出した、技量のみがものをいう技で獣を一心不乱に狩り続けるしかなかった。

 

ただそれだけが、狩人を人たらしめんとするよすが、人らしさを求める様式美であり、あるいは美であり正義であり、神秘に飲まれまいとする確固たる意志の表れなのだから。

 

やがて処刑隊の装束が桃色に染まる頃、ようやく獣たちは全滅したようであり、狩人は静かに先へ進むべく足を運んだ。

 

そうしていると、突如目の前に蔦に覆われ、最早開いた者が長く存在しなかったであろう木製扉が姿を現した。

 

狩人は両の手を扉に押し当て、錆付いた鉄枠がギリギリ軋む音と共に、先へ続く道を切り開いた。

 

<ヘムウィックの墓地街>

 

扉を開けた瞬間、鴉の鳴き声が狩人を歓迎した。

 

暫く進んだ先には薄い霧が立ち込めており、石碑の周りを小さな悪夢の獣たちが骸を掲げ、叫びながら徘徊していた。

 

狩人は長銃と落葉を手に、小さな悪夢の獣たちと正面戦闘を繰り広げ始めた。

 

原点回帰、内臓攻撃を己が戦術より排除した、圧倒的技量勝負。

 

先程よりも洗練されたその動きはまさに、かつての血を嫌った狩人の様式であり、獣に身を落とすより、ただ人としてあろうと藻掻いた、清くあろうとしたあの日の姿であった。

 

上位者の力を用いず、ただ数多の武術と狩道具の特性のみを生かした、人としての狩り。

 

小さな悪夢の獣たちは次々と急所を切り裂かれ、首を落とされて死んでゆく。

 

血に塗れる事無く狩りをするその姿は、宛ら忍びの様式でもあった。

 

数分後、全ての獣を狩った狩人は先へ進むべく走り出した。

 

駆け抜ける道中には、小さな悪夢の獣と、焼き鏝を持った女たちが共倒れしている光景がしばしば見え、恐らくはヘムウィックの住民達と悪夢の獣が、そこかしこで争った形跡である事が伺えた。

 

やがて狩人は、先の招待状にあったヘムウィックの辻と思しき四つ辻、すなわち十字路に辿り着いた。

 

貴族との対面に相応しくすべく、装束の血を払う。

 

身なりを整える行為は世界共通の貴族たちの嗜みであり、それこそが社交界の、いわゆるマナーと呼ばれるものである。

 

狩人は、当時軍人として英国へ出張した時の事を、朧気ながらに思い出していた。

 

「ここがヘムウィックの辻だ。迎えの馬車を待ちたまえよ」

 

うつつを抜かしていた狩人の耳に助言者の声が響いた次の瞬間、どこからともなく蹄が石畳を蹴り、車輪が地面を叩き揺れる音が聞こえてきた。

 

「さあ、穢れた貴族の迎えの馬車が来たぞ」

 

そうして現れたのは、おぞましい死臭を纏った、英国様式の貴族用馬車であった。

 

助言者曰く、それはカインハーストより参上した、客人を迎えるための馬車であるらしい。

 

車両前面に取り付けられた灯りは薄緑色にぼやけ、蜘蛛の巣が所々に張り付き、扉や背面など、随所には狼の紋様が象られている。

 

馬の顔は半ば腐りかけ、馬車の中も冷たい血の匂いに包まれている。

 

狩人はそのまま馬車へ乗り込んだ。

 

古びた足掛けが僅かに軋み、静まり返った空気に乾いた音を響かせる。

 

狩人が色褪せた皮の座席に腰を掛けると、馬車の扉が一人でに音を立てながら閉まった。

 

そうして、客人たる狩人を乗せた馬車は、ガタ、ゴト、と上下に揺れながら、カインハーストへ向けて走り出した。

 

どれ程時間が過ぎただろうか。

 

すっかり眠り込んでしまった狩人が窓の外を覗き見ると、気づけば辺りは激しい雪嵐が吹き荒び、ヤーナムではない場所へ導かれているのだと思い知らされた。

 

白銀色に染まる道、薄暗い夜の帳を彩る吹雪の遥か向こうには、ぽつりぽつりと明かりを灯した、巨大な廃城が見えていた。

 

狩人は改めて狩装束の襟を正し、来たる貴族との邂逅に備えた。

 

<廃城カインハースト>

 

やがて足音が小さくなった頃、馬が嘶いたと同時に馬車が揺れ、停止した事が伝わって来た。

 

すぐさま扉が開き、びゅうと入ってくる白い吹雪に視界を歪めながらも、狩人はゆっくりと馬車から降りた。

 

目の前に広がっていたのは、既に人が消えて遠いであろう、手入れの行き届いていない屋敷の外壁であった。

 

一面に氷柱を伸ばし、白く凍り付いた城壁は汚れたままであり、正門も固く口を閉ざしたままだ。

 

だが、それでも尚この城は威厳を失ってはおらず、背後に覗く月に照らされて、未だかつての栄光を見せつけるかの如く、明かりだけが煌々と照らされていた。

 

呆気に取られた狩人がふと後ろを振り返ると、生存していた筈の馬は既に死んでおり、地面に倒れたまま、真っ白に凍り付いていた。

 

馬車も氷柱に覆われ、先の瞬間まで動いていたとは到底思えぬ有様であった。

 

カインハーストとヤーナムを繋ぐ石橋もまた、遠い昔に崩落したと見られる有様であり、この馬車がどうやってここまで移動してきたのか、思案しようにも判らぬ状況であった。

 

悪夢の出来事とは、さりとて奇妙なり。

 

疑問を残しながら、狩人は城の階段をゆっくりと上り始める。

 

何故か助言者は言葉を発さない。

 

話しては消えてしまう楽しみでもあるのだろうか?

 

刹那、城の正門が金属の擦れ合うような冷たく鋭い音を奏でながら、ゆっくりと、狩人を歓迎しているようにその口を開いていった。

 

「さあ、入場したまえ。君は招かれた客人なのだから」

 

助言者の言葉に従い、狩人は城の中へ足を踏み入れた。

 

辺りには、中世ヨーロッパを彷彿とさせる彫像が方々周辺に建っており、これらはまた、ヤーナムとは異なる建築様式、時代風景を象徴しているのだと感じさせた。

 

カインハーストのハーストとは恐らく、「丘小」と(特に砂の丘小)あるいは「林、森林の卓越した場所」を指す英語であると考えられ、その語源は古英語のhyrst「森のある小高い丘」「~通り」「~の地」から派生した、原始ゲルマン語のhursti-に由来すると学んだ記憶があり、その単語は主に地名に用いられるとも聞いている。

 

更に時代が過ぎた後、小高い丘などには屋敷や城郭などが建てられるようになった事から「城・屋敷」という意味をも含むようになったのだと、あの軍人は語っていた。

 

ゆえに英国においては、もっぱら貴族の屋敷に付けられる様式名としての意味で定着しており、この考察が正しいとするならば、カインハーストとは「カイン城」あるいは「カインの屋敷」という意味を持つ事になる。

 

暫く周囲を探索していると、何か、水に似た液体を舐め啜る音が聞こえてきた。

 

音源を探りながら散策していると、見つけたのは異形の群れであった。

 

棘の生えた節足動物特有の脚、肥大した腹部、それはまるで、巨大化した蚤を彷彿とされる形貌であった。

 

その異形の蚤には長く美しい銀髪が生えており、僅かながら人の名残があるようにも見えた。

 

助言者曰く、この蚤は「血舐め」と呼ばれる特別な血族の成れ果てであり、穢れた血に呑まれた者は皆、獣としてこの姿になるのだと言う。

 

そしてその特別な血とは、呪われた古代遺跡トゥメルの人ならぬ禁断の一族のものであり、ゆえにそれをビルゲンワースから持ち出したカインハーストの血族は教会から処刑対象とみなされ、皆殺されたのだと言う。

 

狩人はぬるりと加速した後、落葉に粘液を纏わせ、三匹の蚤を頭から真二つに切り分けた。

 

そうして周辺を徘徊しながら庭に蔓延る血舐めたちを一掃して城の入り口に向かう狩人。

 

城の入り口に到着すると、またもや扉がひとりでに、だがほんの僅かながら口を開いた。

 

一人分程の扉の隙間を摺り抜けた狩人は驚き、そして身震いした。

 

あの露西亜より暖かいとは言えど、長く人の居ないカインハースト城はこれ以上無い程冷え切っていた。

 

狩人はランタンを取り出して腰にぶら下げると、それを灯り兼暖代わりとした。

 

よく磨き上げられた大理石の床には狩人の顔がはっきりと映り込み、床に敷かれた紅の絨毯は血族の高貴さを象徴する様でもあった。

 

天井を見上げてみれば、一際巨大なシャンデリアが複数個ぶら下がっており、だが既に火は落ちていた。

 

刹那、背後に鋭い痛みを感じた狩人が振り返ると、そこには貴族のドレスを身に纏った、亡霊のような存在霊がおり、手には小さな短剣が握られていた。

 

一瞬顔を歪めたが、すぐに触手を伸ばして亡霊を包み、握り潰す。

 

傷の位置を確認するべく背中をさするも、指には何も感じ取ることが出来ない。

 

触手に潰され、霧と化して消えたあの亡霊はまた、狩人の装束に怨念を見出し現出したかつての貴族、その幻であったのだろうか?

 

「流石だな、狩人」

 

流石の助言者も、神秘の先触れを前に飽きない様子だった。

 

隅に置かれていた宝箱を慎重に開けると、そこには一本の銃剣が入っていた。

 

【レイテルパラッシュ】

 

「レイテルパラッシュか。それは血族の狩道具の一つ、刺突型の銃剣だ」

 

「火薬庫の銃槍は、これを模したと言われている」

 

血族の武器の一つ、レイテルパラッシュ。

 

それはまた、かつての連盟員の一人、慧音の近衛騎士であった女狩人『血濡れ騎士、ハイデマリー』が好んで用いた細身の仕掛け武器であり、変形により銃となるその機構はまた、狩人の改造によってより強力な威力を発揮する特殊弾「血質水銀弾」を発射可能としていた。

 

彼女はカインの美麗な騎士装束を纏い、レイテルパラッシュとエヴェリンを用いて狩りをする、典型的な血質信者的狩人であった記憶が強い。

 

狩人はそれを腰にぶら下げ、探索を再開した。

 

階段を上り、踊り場を左へ向かうと、そこには料理の並んだ長机、それと歴代の血族の長と思しき者達の絵画が飾られた部屋があった。

 

貴族の屋敷特有の、謎の石像が等間隔で壁に並んでおり、これはまた、自身の財力やその権威を示す為の代物であると、かつて訪れた屋敷の英国貴族は語っていた。

 

そして外の通路を歩き始める狩人。

 

凍り付いた空気が長の仮面を冷やし、思わず顔が強張る。

 

神秘の先触れを展開すれば寒さは解消されるが、あえて狩人はそれを避けた。

 

これ以上、人ならぬ者の道を歩むべきではないと、そう考えたのだ。

 

避けられぬ上位者への道。

 

ならば今だけは、せめて人のままいよう、人の形を保てる限りは。

 

階段を抜けた先にて、狩人は異変に気が付いた。

 

石像の並んだ踊り場のどこかから、鮮血の匂いがしたのだ。

 

狩人が注意深く周囲を観察していると、一体だけおかしな石像がある事に気が付いた。

 

西洋の悪魔を模した形をしたそれは、僅かな生命反応と共に、夥しい死臭を放っていた。

 

狩人は長銃を構え、骨髄の灰を使用した後仕掛けを回し、悪魔の石像目掛けて撃ち放った。

 

刹那、砕け散る肉塊の音と断末魔が響き渡り、悪魔の異形は大きく仰け反り悶え始める。

 

どうやら当たりのようだ。

 

石像は人ならぬ翼、丁度、翼竜を思わせる造形の翼を羽搏かせ、大きく口を開いて飛び掛かって来た。

 

狩人に噛み付いた異形は、突如何かを察したような声を上げ、急いで空へ飛び上がった。

 

「あの獣、狩人の人ならぬ血に気が付いたようだ、だがもう遅い」

 

助言者がそう言った瞬間、突如として異形は悶え苦しみ、揚力を失って地面に叩きつけられた。

 

「神秘の粘液をまともに吸えばああなる。狩人、介錯をしてやりたまえ」

 

狩人は、腰にぶら下げたレイテルパラッシュを貴族の様に空に掲げ、悪魔の異形の脳天に勢いよく突き刺し、水銀弾を撃ち放った。

 

異形の頭は風船のように爆ぜ、肉片が鉄兜に張り付いた。

 

その後、狩人は再び屋内へ戻ってきた。

 

カインハーストの旗に描かれた獣の図は、血を嗜んだが故、獣性の隣人となってしまった血族としての象徴だろうか?

 

階段を昇った先、廊下の奥にはカインの騎士が一人佇み、侵入者を待ち構えているような様相であった。

 

いや、恐らくは騎士ですらないだろう。

 

みすぼらしいその装束は奴隷に用いるそれであり、狩人は待ち構えるその男を一刀のもとに斬り倒した後、先へ進んだ。

 

やがて外壁の通路に出た狩人は、異形の傍に処刑隊の遺体を発見した。

 

すぐさま異形を斬り捨て、処刑隊の遺体に駆け寄る。

 

首を撥ねられたと見えるその死体はまた、掌におぞましく蠢く血の塊を握り締めており、それはまた、血族の根幹に当たる呪いの一つであるという。

 

その時、狩人はようやく気が付いた。

 

先程封印したはずの上位者の力を惜しげもなく使うのは、処刑隊の装束から沸き出す、途方もない憎悪の念、あるいは強固な遺志によるものなのだと。

 

既にこの装束を纏って長い狩人をこうも操るとは、それほど深く根付いているのだろう。

 

それはきっと、いくら汚れを洗い落としても落ち消えぬ、半ば呪いの如き恒久の、不退転たる遺志なのだ。

 

助言者の話と処刑隊の死体の意志からそう推察した狩人は、殉職したその男に敬礼をした後、先へ進んだ。

 

そして屋内へ進んだ先、大きな書庫に入った狩人は、異様な空気が周囲を包んでいる事に気が付いた。

 

おぞましい血と死臭に包まれた、無数の亡霊がすすり泣いていたのだ。

 

助言者曰く、彼女らは血族であり、処刑隊によって擂り潰された肉塊の魂だという。

 

狩人は隅にあった宝箱を開き、そこには無数の雑品と共に、一冊の赤革装丁を施された本が納められていた。

 

【血族名鑑】

 

血族名鑑と題されたその書物には、血族の女王アンナリーゼの血判と共に、無数の名前が血のサインで書きこまれており、かつてこの城にどれほど多くの血族が居たのかという事を想起させるようであった。

 

刹那、血族名鑑に気を取られていた狩人は、背後より近付く亡霊の吹き矢を首に受けてしまった。

 

すると、先程まで棒立ちですすり泣いていた亡霊達が一斉に狩人の方を向き、大振りのナイフを手に狩人へ襲い掛かって来た。

 

シャンデリアが揺れ、書庫の本が雪崩の如く落ちて来るほどの声量で叫ぶ血族の怨霊に、思わず耳を塞いだ。

 

それを見計らったかのように、一斉に狩人を滅多刺しにする怨霊達。

 

狩人は秘儀「エーブリエタースの呼び声」を展開し、襲い来る無数の亡霊を纏めて薙ぎ倒した後、階段を上り、先へ進み始めた。

 

上位者に片足を踏み入れた狩人に尋常の武器は効果を持たず、滅多刺しにされた程度では死ぬ事すらままならないのだ。

 

かの上位者狩りを目的とした狩道具でなくば、もはや死に切れないのだろう。

 

人の真似事をしたとて、その肉体は人のそれではないのだから。

 

狩人はもう一つの宝箱を開き、その中には血質銃の異名を持つ狩道具「エヴェリン」が仕舞われていた。

 

エヴェリンは特に連盟員が多く用いていた血質を重視する重機であり、特にヴァルトール、ヤマムラ、慧音の取り巻きの連中たちはこれを好む傾向にあった記憶が強い。

 

【エヴェリン】

 

書庫二階にも亡霊達がちらほらと彷徨っていたが、青い秘薬を分泌してそれをやり過ごし、本棚に仕舞われていた日誌を漁り始めた。

 

狩人は、かつてカインハーストを襲った悲劇の日、処刑隊による虐殺の記録を探していたのだ。

 

数分後、歪んだサインの綴られた日誌を発見した。

 

迫り来る処刑隊によって殺された血族の断末魔、飛び散る臓腑、こだまする笑い声、もはや死の間際で、半ば狂っていたであろう筆記者の遺志が汲み取れる日誌であった。

 

その他の日誌にもちらほらと綴られる、処刑隊ローゲリウスの名。

 

助言者曰く、この男は処刑隊の長であり、同時に、最も多くの血族を擂り潰した殺戮者でもあったという。

 

ゆえにこの男が振るう得物は血と臓物に塗れ、彼はそれを、穢れた血と呼んでいたという。

 

狩人は日誌を閉じ、先を急いだ。

 

ここに仕舞われた、痛ましい過去の記憶。

 

好奇心に暴かれたそれは、血族の末裔にこそ、知る資格を得られるのだろう。

 

割れ窓から一度外に出た狩人は、再び襲来する異形を叩き潰し、下階の書庫へ足を踏み入れた。

 

再び青い秘薬を分泌し、亡霊たちから姿を隠す。

 

手前の宝箱には血族が好んだと思しき品物が仕舞われていた。

 

日記に綴られていた秘宝、血と憎悪に塗れた手袋とはこれの事だろう。

 

【処刑人の手袋】

 

助言者曰く、処刑人とは限られた家系のみが執り行う事の出来る、選ばれた職業であるという。

 

この手袋の主もまた、処刑者の家系、その末裔の持ち物であり、血族達はこの手袋に染込んだおぞましい怨霊を自身の血液を触媒として召喚し、乱舞するさまを楽しんだという。

 

「カインハーストの血族は懐古主義的で、大袈裟だ」

 

「故に彼らは、ありふれた獣の処理を血に塗れた退廃芸術とし、忌まわしい血と憎悪を、美と名誉で彩ったのだ」

 

狩人はしばらく書庫を探索した後、屋根伝いに続く道と、その脇にある窓のような入り口を見つけ、侵入した。

 

どうやらここは本棚で塞がれた書庫の一角であり、仕舞われた本の大半は、遺跡より持ち帰った聖血の研究結果を纏めた物であるようだった。

 

しかし、本を開いてみれば、殆どのページは破り捨てられ、あるいは赤黒い染みに塗れ、文字を認識する事が不可能となっていた。

 

「処刑隊の仕業だな。彼ら以外に、聖血の情報を秘匿する必要も、その理由も無い」

 

処刑隊はどうやら、この城に残されていた聖血に関する情報のほぼ全てを抹消したようだ。

 

狩人はレバーを引いて仕掛けを動かし、書庫二階へ上がった。

 

二階には、頭に奇妙な兜を被ったまま息絶えた処刑隊と思しき者の死体が本棚の隅に倒れており、手にはおぞましく血と肉片に塗れた車輪が握られていた。

 

助言者曰く、この金色三角の兜こそが処刑隊の象徴であり、それはまた、穢れに対する不退転の覚悟、黄金の意思を見せつけるものであったという。

 

狩人は同じ装束を纏う者に弔いの礼をし、その場を後にした。

 

書庫の螺旋階段を上り、屋上に辿り着いた狩人は、そこで小さな悪夢の獣たちが異形を喰らうさまを目にした。

 

神秘の加速を用い、背部より「エーブリエタースの先触れ」を螺旋波紋正拳にて槍状として貫いた後、触手を開いて八つ裂きにする。

 

力と業で強引に狩りを遂行する狩人の様はもはや、悪夢の獣の残滓たる小さな悪夢の獣に、慈悲の欠片すら持ってはいないように見えた。

 

だがそれは大きな間違いであり、これが狩人なりの「獣性の忌み子」たる小さな悪夢の獣に対する弔いであったのだ。

 

獣の暴力しか知り得ぬ、生まれる事すら望まれなかった小さな悪夢の獣達。

 

彼らを救うのは、神秘と業と力による、一撃必殺を以て執り行う処刑であり、その装束は最も相応しい正装と言えよう。

 

やがて、カインハースト騎士の遺品たる銀の装飾髪を拾った狩人は、凍り付いた死体に礼をした後、道を探すべく先へ進んだ。

 

【騎士の一房】

 

狩人にとって、血族に対する恨みや処刑隊の正義は分からない。

 

だが、それら全ての遺志を背負い、業とする事は出来る。

 

それこそが慈悲であり、葬送の意志であり、また狩人の有り様である。

 

すなわち血の遺志を継ぐ者だ。

 

狩人は屋根を渡って隣の棟へ飛び降り、梯子を上って最上階へ向かった。

 

華美な装飾の施された手摺にさえ肉片は飛び散っており、それは室外の吹雪によって、血石の如く凍り付いていた。

 

当時の処刑隊の行なった処刑の惨たらしさ、その凄惨な遺志が狩人の身体に罪としてのしかかる。

 

処刑隊の装束を纏うとは、得てして血族の怨念を背負う事と同義であり、だが狩人はその怨嗟をも力と変え、慈悲により業とし足を踏み出した。

 

「狩人よ、この先にかつての処刑隊を率いた影の古狩人の長、ローゲリウスが待ち構えている」

 

「処刑隊の装束を纏う者として、気を引き締めたまえよ」

 

助言者の言葉を聞いた狩人は輸血液を打ち込み、生きる意志を強めて先を急ぐ。

 

アーチを抜けた先には椅子があり、その上には、華美な装飾の施された王冠を被った白骨の亡者が座り込んでいた。

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