不死終末黙示録 狩人篇   作:FROMG・E

14 / 32
※前半部分は前回のEND1と内容がおおむね同じとなっております。ゆえに飛ばしたい方は分岐からの読書をお勧め致します。


第十三話 【輝く教会の剣】

<狩人の悪夢>

 

そうして目覚めた狩人は、初見であるはずの悪夢の建物に、とある違和感を覚えていた。

 

一見オドン教会と変わりないこの場所は、しかしよく見れば細部の装飾や石像に差異があり、助言者曰く、それは悪夢の影響ではなく、古い時代のオドン教会の姿であるからだという。

 

「良い観察眼をしているな、狩人よ」

 

「確かに、ここはオドン教会に似て、しかし元のそれとは異なるものだ」

 

地下から続く書庫に続くはずの扉は塞がれており、その柱装飾には、王冠を被り腹部に手を当てる女性の像が象られていた。

 

その他にも、様々な彫像や装飾が目に入ったが、一々考察をしていては狩りの妨げになりかねないと直感した狩人は一旦それらを無視し、先に進むため足を運んだ。

 

そして二階へ上がる為の扉を開こうとした時、向こう側から人間の気配を感じた狩人は落葉を構え、だが次の瞬間、助言者の声で静止の声がかかり、渋々刃を納める。

 

この扉の向こうには、無理に開いてはならない「何か」が存在するのだろうか?

 

「さあ、教会の外に出て、更なる神秘に見えたまえよ」

 

そんな疑問をかき消すように急かしをかける助言者に半ば疑問を残しながら悪夢のオドン教会を出た狩人は、左手の方面に黄金に輝く歪んだ何かを観測した。

 

助言者曰く、あれは黄金の月と呼ばれるものであり、神秘に関わる徴であるという。

 

不思議と黄金の月を見ていると、脳裏に黄金三角の紋様が想起され、だがその意味を知ったのはずっと先の話である。

 

そして右手へ続く坂道を上っていると、崩れた岩の向こう側から獣の悲鳴と、それを引き裂く狩道具の音が響くのが聞こえた。

 

音のする方向へ辿り着いた狩人が見た光景は、異様なものであった。

 

そこには集団墓地と思しき広場があり、その周辺には古狩人と思しき集団と、聖職者の獣に酷似した、異様に耳の長い獣が何体も徘徊しており、それぞれが死闘を繰り広げていた。

 

古狩人たちは皆、貧金の手甲を左手に嵌めており、それはまた、カインハーストの「銀が悪い血を弾く」という言い伝えを曲解したものであると言う。

 

耳長の獣は兎と狼を合わせた外見の頭蓋骨に、異様なまでに発達した耳状の器官を備え、純白の毛皮からは無数の朱い多足の蟲、いわゆる「穢れの蟲」が顔を覗かせており、一際長く伸びた尾の先には無数の触手が蠢き、中心より大振りの刃状組織が伸びていた。

 

肥大化した右前腕からは、歪んだ形状の尺骨に似た骨が飛び出しており、それはまるで機関銃の如き外見であった。

 

鋭く伸びた鈎爪は血に染まり、極端に肥大化したその後脚からは緑色の腐臭漂わせる髄液が延々と垂れ流され続けていた。

 

心臓部には純白の石が埋め込まれており、それを守るかのように、肋骨が長く飛び出していた。

 

狩人は大きく跳躍して異形の獣の背部に取り付き、獣の爪を展開して脊髄に腕を突き刺した後、先触れを展開して異形の獣の首を背骨ごと引き摺り出した。

 

そして最後に、首を失った異形の獣の腹部を落葉の二刀乱斬りで斬り裂いた後、内臓や骨、四肢の肉を回転ノコギリで細切れに引き裂いた。

 

やがて、肉塊と化した獣の肉の内より蠢き飛び出す、件の蟲達。

 

人里の連盟に居た頃に何度も潰した汚物、淀みの根源。

 

それを踏み潰した狩人は秘儀『エーブリエタースの呼び声』を展開し、辺りを徘徊する耳長の獣を古狩人ごと、一匹残らず擂り潰し、肉塊に変えてしまった。

 

その光景に、思わず息を呑む助言者。

 

徐々に人の姿を捨てつつあることは確認していたが、改めて真なる力の開放を目の当たりにすれば、興奮と恐怖の感情を出さずにはいられないと言った表情であった。

 

そうして獣の殲滅を終え、縮みゆく触手の先端には「淀みの蟲」が握られており、それらを足元に叩き付けた狩人は、親の仇の如く力を込め、それら全てを擦り踏み潰していった。

 

これこそが、誰に理解されるでもない連盟員の尽きぬ血塗れの使命であり、ゆえに連盟員たちは強く繋がりを持つのだ。

 

使命が終わり、この世に蟲の一匹さえ残らず根絶した時を確認する、その日まで。

 

そして階段を昇り、大聖堂に似た建物に辿り着いた狩人は祈りの間へ足を運び、そして驚愕した。

 

かつてローレンスの頭蓋骨が祀られていたはずの祭壇には、燃え盛る巨躯の獣が眠るように倒れ込んでおり、それは襲撃者の姿を見た瞬間、動き出すのではと考えたのだ。

 

「狩人よ、そう警戒せずともよい。今はまだ、目覚める事は無い筈だ」

 

助言者曰く、その獣は医療教会の祖であり、初めて聖職者の獣になった初代教区長「ローレンス」に相違なく、今は眠っているような状態にあり、とある遺物がなければ目覚める事はないという。

 

それを聞いた狩人は安心したようにローレンスへ接近した後、その手に握られていた瞳型のペンダントを取り、懐に仕舞いこみ、教会を後にした。

 

【瞳のペンダント】

 

そうして狩人は教会を出て左にある洞穴を抜け、複雑に縺れ、捻れたヤーナム市街の様な土地に辿り着いた。

 

最奥に聳え立つ、傾いた時計塔からは歪んだ鐘の音が鳴り響いており、その横にはまた、黄金の月が輝いていた。

 

古代文明を思わせる文様の石碑の先には、ごく小さなアメンドーズの石化した死骸が埋まっており、周囲にはバラバラに砕け散ったとみられる機関銃の部品も散らばっていた。

 

助言者曰く、この機関銃はかつて「オト工房」なる火薬庫の前身工房が作り出した狩道具の一つであると言い、それは後のガトリング砲へ繋がる萌芽になったという。

 

暫く道を進むと、かつての下水道は文字通りの血の河と化しており、その周辺には、カインハーストにも居た貴族の獣たる、血舐めの蚤が下品な音を立てながら、流れる血を舐め啜っていた。

 

河を流れる血は甘く芳醇な香りを僅かに漂わせながら、同時におぞましく腐敗に塗れた死臭も纏っていた。

 

狩人は一先ず眼前に見えた建物へ足を運び、屋内に徘徊する数多の獣達を斬り倒しながら、先へ進んだ。

 

階段を降り、奥へ進むとそこには車椅子の老人が死んでおり、その横手には、かつて連盟員の一人『偏屈な狩人、箕嶌』が用いていた狩道具である爆発金槌が立て掛けられていた。

 

箕嶌は骨炭の狩装束を身に纏い、爆発金槌と獣狩りの松明を用いた、炎一色の狩りを行う奇異な狩人であり、だがそれでいて獣には一定の敬意を払って狩りを行う、不思議な男であった。

 

すべてを焼き尽くす聖なる焔を用いて穢れた血を燃やし尽くし、魂を浄化しようとする彼なりの理念に基づいた狩りであったのだが、それを理解する者は数少なく、ゆえに彼は狂人としてしばしば嘲笑の的となっていた。

 

【爆発金槌】

 

爆発金槌は非常に癖の強い狩道具であり、そのままでは妖に対して力不足であったその狩道具に改造を施し、炉に入れる火薬を変更する事で属性や威力を変質強化できるよう調整した記憶が蘇っていた。

 

その後も、狩りの度に破損させては幾度も調整や修理、強化改造を行った記憶を、朧気ながらに思い出していた。

 

あの男は今も、連盟で狩りを続けているのだろうか?

 

そんな事を考えていると、いつの間にか建物の出口に辿り着いており、狩人は再び道を進みだした。

 

やがて階段を昇った先にいた耳長の獣を狩ると、腹の中から一つの首飾りが転がり落ち、それは古い時代の狩人証であった。

 

【撃鉄の狩人証】

 

助言者曰く、これこそが火薬庫の前身たるオト工房の発行した狩人証であるといい、その独自の発想や複雑な機構に対する哲学は、既にこの頃から静かに息づいていたようだ。

 

やがて階段を下った先、血の河に降りた狩人は、そこに転がっていた馬車の影に倒れた、奇妙な死体を発見した。

 

それは少女の死体であろうか、恐怖に歪んだ顔のまま息絶えていたその死体は丸みを帯びた防弾用の防護帽を被り、人の顔に兎の耳といった半獣半人の特徴を有しており、更に最新式の小銃に加え英国海軍の軍服にごく短いスカートといった、およそヤーナムらしからぬ異邦の装束を身に纏っていたのだ。

 

それはまさに幻想郷の妖怪に酷似した特徴であり、更に胸元を見るとあの純白の石を繋げたペンダントを提げていた。

 

どうやらこの半獣半人こそが、あの耳長の獣の根源で間違いないだろう。

 

(何だ、あの狩人は?記憶の世界に外部から干渉した?一体誰が?メンシス学派の様に悪夢の上位者と交信し、力を得た者がいるのか・・・)

 

助言者はあの少女の正体について、延々思考を巡らせつつ狩人の行う様を静かに観察し、だが質問する気を起こす事はなかった。

 

それ以上に、この先の事に気を取られていた為である。

 

そんな助言者をよそに、狩人は恐怖に歪んだその顔を撫で、瞼を閉じて眠りにつかせた後、祈りを捧げ弔いの意志を示し、再び先へ進むべく移動を始めた。

 

そうして河を下った先にて、耳長の獣を斃して血を舐め啜る貴族の獣、血舐めの蚤を発見した狩人は背後にそっと忍び寄り、回転ノコギリを用いてその薄い皮膚を荒々しく引き裂いた後、腹に溜った悪い血を全て吐き出させた。

 

数分後、血の河の終着点を目指しずっと道を進んだ先には、暗く淀んだ洞窟があった。

 

どうやらこの洞窟の最奥こそが血の河の終着点であるようで、やはり洞窟の中には耳長の獣と、その他異形達が無数に徘徊し、不気味な啼き声を上げていた。

 

血の溜った洞窟の中は先程の甘い香りはとうに消え失せ、より強まった腐敗臭と、死臭を纏った鉄の匂いが充満しており、常人であれば吐き気を催すような酷い環境であった。

 

狩人はそんな異臭にも臆する事無く、奥へ奥へと進んでいった。

 

最奥近くの開けた空間に到着すると、再び甘い香りが漂い始めた。

 

付近に悪夢の獣の存在を予知した狩人は、落葉に蒼く輝く粘液を纏わせ、慎重に周囲の異形を斬り倒しながら索敵を開始する。

 

洞窟の天井からは頻繁に淀みの蟲が落ちてきており、まさに冒涜的な洞窟と呼べる、おぞましい環境であった。

 

その後、小さな悪夢の獣を発見した狩人は秘薬を分泌して背後に忍び寄り、そのまま音を立てずに跳躍し天井に足を付け、秘儀『古狩人の一閃・流星』を放ち獣の首を取った。

 

次の瞬間、背後より謎の風切り音が襲来したかと思うと狩人の心臓に激痛が走り、脳が疼き出した。

 

上位者の神秘を阻害する穢れた劇毒を含む腐敗血を打ち込まれたのだ。

 

狩人は震える手を動かし、ビルゲンワースにて厳重に保管されていた上位者の死血を勢い良く口に押し込んだ。

 

口に広がる甘い味と、頬を突き刺すような蠢き。

 

刹那、狩人の肉体をこれまでに経験した事のない、猛烈な痛みと痙攣が襲った。

 

意識を保つべく「恢復剤」を打ち込むも効果は見えず、次の瞬間、狩人の瞳から無数の寄生虫と淀みの蟲が溢れ出た。

 

蒼白い粘液を纏った寄生虫はまた、狩人の肉体の内でエーブリエタースの交信を"仲介"する為の精霊であり、それを失った狩人は意識を失い、血の揺蕩う地面に思い切り倒れ込んでしまった。

 

生命反応を失った狩人の周囲に、次々と異形達が接近し、その肉を喰らおうと手を掛ける。

 

次の瞬間、死亡したはずの狩人の死体から一斉に赤黒く染まった触手が伸びたかと思うと、周囲に集まった獣たちを串刺しにし、肉体ごと吸収してしまった。

 

その光景に、ただ助言者は言葉を失うばかりであった。

 

星の徴を失った半上位者の狩人は、だが再び上位者の階段に手を掛けており、脳裏に上位者の秘かな瞳が芽生えつつあった。

 

星の精霊たるエーブリエタースの寄生虫と血に淀んだ蟲達は上位者たる月の血にその力を奪われ、ゆえに不要な異物とみなされた彼らは皆、狩人の肉体より追い出されたのだ。

 

数十分後、狩人は何事も無かったかのように血溜りから起き上がった。

 

だが、狩人の瞳は既に人のそれではなく、手袋と同化した指はぬめりを伴った触手状の何かに、長く伸びた鈎爪は恐ろしい獣を思わせる鋭いものへ、元々大柄であったその背丈も二回り程度伸び、超越者たることはもはや疑いなかった。

 

狩人は静かに落葉を取り出し、触手状の指で刃をなぞる。

 

ぷつりと皮膚が裂け、赤い鮮血が流れ出す。

 

その瞬間、血の奥より大量に流れ出て来た群青色の粘液が、落葉の刃をあっという間に覆い尽くした。

 

傷を塞いだ後、狩人はその粘液に塗れた落葉を構え『古狩人の一閃』を、最奥に佇む耳長の獣に放った。

 

耳長の獣は刃より放たれた粘液によって真っ二つに斬られており、血中蠢く淀みの虫は全て潰されていた。

 

それはもはや、人の所業ではないだろう。

 

僅かな興奮を抑えきれない助言者はただ、手に汗を握り狩人の行動を見守るばかりであった。

 

そうして周囲に獣の消えた後、狩人が大きく息を吐くと、指や爪は元通り人の物へ戻っていった。

 

興奮冷めやらぬ助言者は、狩人が人ならざる者へ進化する様を見て、メンシス学派の真髄、その一端を見た気がした。

 

「む、狩人よ。天井を見るがいい、何かあるはずだ」

 

やがて最奥にガトリング砲を発見した狩人は、他に何もない事を確認した狩人が立ち去ろうとした刹那、不意に助言者が声を掛けてきた。

 

【ガトリング砲】

 

今までなぜ声を掛けなかったのかを質問しようとも思ったが、先に助言に従い天井を眺め、指摘する宝を探索する。

 

思い返せばまた、ガトリング砲も懐かしい狩道具である。

 

かつて連盟直系の処刑人、常に赤目の大男の群れを率いていた狂気の狩人「妖狩りの処刑人、ヴィンツェンツ」ただ一人が携え、用いた頑強な得物であったのだから。

 

ヴィンツェンツは連盟内部においても得体の知れぬ狩人であった。

 

処刑隊装束に金のアルデオを纏い、回転ノコギリとガトリング砲を獲物として狩りを行っていたが、ただの一度として任務を同じとした事のない唯一の狩人であり、更にその存在そのものを外部へ漏らす事さえ禁じられていたのだから。

 

より恐ろしい怪異を狩るために狩人が特別な調整・改造を施したそのガトリング砲はまた、通常とは異なる「血晶弾」と呼ばれる、使用者の血を吸い出し固め、弾丸として撃ち出す機構を特別採用しており、それはまた、極端な人体改造により人を大きく超越した処刑人たるヴィンツェンツ以外には扱えぬ代物でもあった。

そのような過去に思い耽りながら探索をしていると、天井の一角に何か、奇妙な物がぶら下がっている事に気が付いた。

 

狩人がそれを触手状の指を伸ばして掴むと、まるで意思を持っているかのように容易く抜け落ち、足元の血溜りに転げ落ちた。

 

「それは小アメンの腕、狩人が悪夢の辺境にて獲得した『大アメンの首』と同じような代物だ。ゆえに貴公に相応しかろう」

 

それは、上位者アメンドーズのうち、ごく小さい個体の干乾びかけた腕の一部であった。

 

威力と癖を確かめるべく落葉を仕舞ったその瞬間、見る見るうちに狩人の腕が大きく膨らんだかと思うと、粘液を纏いながら大きく口を開き、小アメンの腕をすっかり飲み込んでしまった。

 

人智を超越した現象の数々に、もはや助言者も何も言うことはなかった。

 

狩人は元来た道を引き返し、洞窟の反対側の道を進んだ。

 

血の河を上り、階段を上って道を進んだその先はとある建物への入り口であった。

 

「狩人よ、そこは教会の裏手。開かずの扉を開いた後、すぐに戻りたまえよ」

 

どうやらこの先は、最初に狩人の悪夢へ来た際に閉ざされていた扉の咆哮であるらしく、だがその先にあった筈の人の気配は消え失せており、なぜこの扉を破壊する事を助言者が拒んだのか、その理由がますます謎のものとなってしまった。

 

疑問をいくつも抱えたまま、隠し扉を開いた狩人は再び血の河へ戻り、先程は見えなかった階段を下って上流へ足を進めた。

 

角に群がる血舐めを斬り倒し、洞穴を抜け、暫く道を進んだ先、血の河の源流付近にて、狩人はおぞましい光景を目にしてしまった。

 

耳長の獣達が、杵に獣の死骸と亡者の成れ果て達を押し込み、血の河を流れる血と共に搗いていたのだ。

 

「何だ、この獣たちは・・・?」

 

「知能があるのか、あるいは何らかの神、上位者に供物たる死肉を捧げんとしているのか?」

 

「まあ、どちらでもよい。狩人よ」

 

「早くこのおぞましい獣どもを始末してしまえ。このような忌々しい光景は、到底見るに耐えん・・・」

 

あまりにも冒涜的でおぞましく、名状し難いその光景には、流石の助言者も固唾を飲み、捨て台詞を吐く他はなかったように見える。

 

耳長の獣達は、狩人には発音不可能な音波を規則的に発しており、それが何らかの儀式である事は容易に想像できた。

 

狩人は右腕から、先程取り込んだ小アメンの腕を伸ばし、耳長の獣の首を纏めて飛ばした後、落葉に群青色の粘液を纏わせ真空斬撃波と共に発射して、獣の内に巣食う淀みの蟲たちを刻み潰した。

 

「素晴らしい、まったく素晴らしいぞ、狩人よ」

 

「その杵の中は覗かずに行きたまえ、こちらにも映るゆえ、狂気を持ち込みかねん」

 

助言者は冗談を言いながら狩人を称賛する。

 

だが確かにこの儀式はいささか妙なものであり、狩人が無視したその傍らには、白く輝く餅状の物質と共に捏ねられた肉塊があり、それは団子の形に丸められ、皿状の岩の上に並べられていた。

 

それは宛ら月見団子のような代物であり、だが狩人はそれを、助言者の視界を介する事なく確認していた。

 

第三の瞳の開眼とも取れるその進化はまた、上位者に至る、その萌芽であったのだろうか。

 

そして暫く進んだ先、血の河の源流付近まで来た時であった。

 

不意に助言者は、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めた。

 

「この先には、以前は教会の狩人、ルドウイークが居たのだが・・・」

 

「いや。もはやここまで異常が起きた悪夢に於いては分かりようがない」

 

「果たして獣がいるのか。もっと言えばルドウイークさえ、存在するものか・・・」

 

確かにこの悪夢には、外からの侵入者が多すぎるきらいがあるように思える。

 

それもあの、悪夢の獣が由来であるのかもしれない。

 

助言者が次の言葉を紡ごうと口を開いたその瞬間、狩人が突然立ち止まったかと思うと、狂ったように首を前後左右に揺らし、周囲を入念に見回し始めた。

 

その光景は明らかな焦りが見え、それはまた、見えぬ悪夢の獣の恐ろしい来襲であるかのようにも思えた。

 

「どうした、狩人・・・」

 

言葉を紡ぎかけたその時、助言者は気付いた。

 

狩人が今立っている場所が、今し方まで居たはずの、狩人の悪夢でない事に。

 

その空間は、奇妙なほど純白に磨かれた、未知の物質にて構築された「通路」であった。

 

窓一つないその狭い空間には、だが死臭と共に壁中を赤黒い血肉が塗り潰しており、その中には悪夢で見た装束の欠片や武器、そして半獣半人の兎耳、その破片さえも確認できた。

 

まるで何かに挽き潰されたような死体を辿り、やがて狩人は一つの開かれた、異形な装飾の施されし大扉の前に辿り着いた。

 

その先には下に続く階段があり、黒く錆付いた血塗れの足跡が続いている。

 

惨劇の犯人が潜むなら、間違いなくこの最奥であろう。

 

狩人は恐れる事なく階段下へ足を進め、その先には封印された玉座と、そこにたった一人佇む、謎の女性が鎮座していた。

 

女の装束は古代中国神話のそれと酷似したものであり、その顔は彫刻のように端正で美しい、まさしく「女神」と表現するに相応しい外見である。

 

「狩人、悪夢………介入………」

 

その時であった。

 

不意に助言者の声が途切れ始めたのだ。

 

何とか声の欠片を追おうとするも、数分もせぬうちに完全に掻き消え消滅し、狩人は再び、単独行動を余儀なくされてしまう。

 

「貴公、訪問者・・・」

 

「おぞましく血の滴る殺戮者。穢れを月に持ち込んだのは、貴公かね?」

 

不意に奥の女より狩人へ声が掛かった。

 

「妾の名は××。地上の名は嫦娥」

 

「月の塔に幽閉された、蓬莱の罪人。すなわち穢れた月の女神」

 

「蓬莱とは穢れ、不死となった罪人の烙印さね・・・」

 

甘く囁きかけるような、本能に語り掛ける狂熱を纏ったその声はアンナリーゼにも似て、だがその本質は穢れとは程遠いほどに透き通るものであった。

 

女は自らを、中国神話の女神と同名の『嫦娥』と名乗り、この「月の塔」に幽閉された、月の女神であるという。

 

「貴公、名は?」

 

狩人は自らの名を「悪夢の狩人」と称し、嫦娥に対し跪く。

 

「悪夢の狩人、か・・・なるほど」

 

嫦娥はしばらく黙った後、こう切り出した。

 

「貴公、月の香りの狩人よ」

 

「我ら月の民、その怨敵たる純狐を、殺したまえ」

 

月の女神より、狩りの依頼であった。

 

「貴公の人ならぬ、その力があれば、あの純化した神霊すら、容易く殺しきれよう」

 

狩人は『連盟の誓い』で敬意を表し、承認の意を示した後、踵を返して玉座の間を後にしようとした。

 

「ああ、気を付けたまえ」

 

「今やこの塔は迷宮、この私でさえ、どの扉が何処に繋がっているか、見当もつかぬものでな」

 

「フフフ・・・必ず生きて戻りたまえよ。貴公には、期待しているのだから」

 

狩人の去り際、嫦娥は怪しげに笑いながら、そう言葉を紡いだ。

 

 

(ここから分岐です)

 

 

やがて狩人は、石造りの狭い洞穴へ辿り着いており、足元には生温い血の河が流れ、強烈な死臭が辺りに充満していた。

 

「ああ、ようやく戻って来たか。狩人よ」

 

不意に背後から助言者の声が聞こえてくる。

 

どうやら、いつの間にか狩人の悪夢に戻っていたようだ。

 

洞穴を抜けた先には、一際大きな広間があった。

 

足元を見れば夥しい量の淀んだ血液と人間の遺骸が溜り、壁の排水管から止めどなく流れ出すそれは、甘く芳醇な香りと、恐ろしい獣の匂いを纏う死血であった。

 

恐らくはここが血の河の源流である事は疑いなく、すると足元に蠢く亡者を発見した狩人は落葉を構え、襲来に備えた。

 

「・・・ああ、ああ、あんた・・・助けてくれ・・・」

 

だがその亡者が発したのは助けを求める声であり、敵意がある訳ではないと見える。

 

「あいつが・・・」

 

亡者が言葉を紡ごうとしたその瞬間、死体溜りの向こう側から、地面を揺るがす程の鈍重な音が響き渡り、それと共に神秘の香りと腐臭が辺りを包み始めた。

 

「おぞましい、醜い獣がやってくる・・・」

 

狩人が音のする方向へ目をやると、そこに居たのは異形の獣であった。

 

胴体には厚い聖布を垂らしており、恐らくは元人間、ひいては医療教会に属する狩人だったのだろうか。

 

だが人間であった頃の面影はとうに消え果てており、これまでに見たどの獣よりも、ずっとおぞましい形貌であった。

 

背中には無数の小さな蹄足が生えており、触手のように蠢いている。

 

四肢の指は人の面影を僅かに匂わせつつも酷く歪み切っており、だが爪は平たい蹄のようである。

 

背中に背負っている一振りの大剣は、かつて彼が狩人であった頃に用いた狩道具のように見える。

 

首元にはもう一つの口が付いており、だがその口腔には瞳が一杯に宿っている。

 

面長な馬に似た顔は右の頬が耳元まで裂けており、左の頬皮も爛れ、腐りかけている。

 

瞳は瞳孔が蕩けており、それはまた、獣患者の特徴でもある。

 

「ああっ・・・呪われたルドウイークが・・・」

 

ルドウイークと呼ばれたその獣の名に、狩人は己の用いる長銃の、元の名を思い出していた。

 

「聖剣のルドウイーク、教会の最初の狩人だ」

 

助言者曰く、ルドウイークは教会の工房が発足した頃、ヤーナム民に狩人を募り、彼らを率いた最初の狩人であるらしく、輝く剣の狩人証はまた、彼が活躍した時代に発行された、ごく短い蜜月の時代を象徴する代物であるらしい。

 

狩人は右手を大きく裂き開いた後、小アメンの腕を展開した。

 

それと同時にルドウイークも威嚇するように大きく吠え、狩人目掛けて突進してきた。

 

重戦車の如き超突進を、紙一重で軸をずらし回避する。

 

勢いを相殺するべく、すぐさま壁を蹴って方向転換するルドウイーク。

 

その隙を狩人は逃さなかった。

 

小アメンの腕を大きく伸ばし、長く伸びた爪で体を引き裂く。

 

だが次の瞬間、狩人もルドウイークの大爪の攻撃を真面に食らい、血溜りに叩き付けられてしまった。

 

互いに一歩も譲らぬ攻防一対、まさに強者の果し合いに相応しい流れと言えよう。

 

狩人は零れる臓腑すら気に留めず、するりと加速して蹄の重打を回避した後、長銃を構え、骨髄の灰を篭めて仕掛けを回転させ、頭蓋目掛けて撃ち放つ。

 

破裂音と共に金切り声を上げ、悶え苦しむルドウイーク。

 

更に狩人は秘儀『エーブリエタースの呼び声』を展開し、杭状に伸ばした無数の触手で全身を刺し貫いた。

 

腹部が裂け、臓物が濁流の如く零れ出る。

 

今が好機と見た狩人は、ルドウイークの頭蓋に小アメンの腕を思いきり突き刺した後、内部組織を引き摺り出した。

 

力を失ったように体勢を崩し、血だまりに倒れ伏すルドウイーク。

 

狩人が止めを刺すべく落葉を抜いた、その時であった。

 

ルドウイークの背中から大剣がずるりと抜け落ちたかと思うと、彼の眼前に突き刺さった。

 

その大剣は淡い緑の光を放ち始め、それを受けたルドウイークもまた、静かに顔を擡げ目を覚ました。

 

「ああずっと、ずっと側にいてくれたのか」

 

正気を取り戻したような声を発し、ゆっくりと立ち上がり、緑の光を纏い輝き始めた大剣を地面から引き抜く。

 

「我が師」

 

「導きの月光よ・・・」

 

そしてルドウイークは輝く大剣を己の眼前に構え、左眼だけを覗かせた。

 

神秘の月光より覗く瞳はまた、獣特有の蕩けた瞳孔でない確固たる意志を持つ人間の様相であり、かつての剣聖と呼ばれたルドウイークの覇気を放つに相応しい立ち姿であった。

 

狩人はその光を放つ大剣を見て、とある事を思い出していた。

 

人里の連盟員、その直系狩人の一人「剣聖の狩人、東郷」が用いたその狩道具の名は「月光の聖剣」。

 

ついに恐ろしい獣になり、仕留められたと聞いたその狩人が用いた狩道具の源流を目の当たりにした狩人は、あの時果たせなかった約束を胸に抱え、落葉を変形させ群青色の粘液を纏わせ構えた。

 

ルドウイークは月光の聖剣を地面に突き刺し、迸る導きの光を周囲に放った。

 

狩人は地面に向け螺旋波紋正拳を放ち、血飛沫の壁を展開して間一髪、光波攻撃を退ける事に成功した。

 

そして血の壁が崩れ去ると同時にするりと加速して間合いを詰め、秘儀『加速螺旋刺突・神秘纏』を放ち、月光の聖剣と共にルドウイークの心臓を打ち貫いた。

 

聖剣の破片が宙を舞い、ルドウイークもまた、怯んだように仰け反った後、血溜りに膝を突く。

 

すぐさま獣の爪を展開した狩人は心臓目掛け内臓攻撃を見舞い、その時、同時に天井より舞い落ちて来た月光の聖剣の破片が、ルドウイークの首を斬り落とした。

 

血飛沫を上げ、打ち倒れる胴体。

 

同時に、聖剣を包んでいた神秘の光は糸となって解けてゆき、やがて空中に消え去った。

 

【YOU HUNTED】

 

「凄まじい狩業だったぞ、狩人よ」

 

助言者は狩人の豪快かつ繊細な狩業を称賛する。

 

そして、首だけとなったルドウイークに狩人が接触を試みようとした瞬間、謎の女の影が現れた。

 

「どうした、狩人よ?」

 

唐突に交信をやめた狩人に、困惑の声を上げる助言者。

 

どうやら女の影が見えているのは狩人のみであるらしい。

 

そうこうしているうちに、ルドウイークの生首がひとりでに言葉を紡ぎ始めた。

 

「・・・狩人よ、光の糸を見たことがあるかね?」

 

「とても細く、儚い。だがそれは、血と獣の香りの中で、ただ私のよすがだった」

 

「真実それが何ものかなど、決して知りたくはなかったのだよ」

 

「ヒイッ、ヒイッヒイッヒイッ・・・」

 

「狩人、ルドウイークは誰と会話しているのだ?」

 

「まさか、これが神秘に見えた者の末路では・・・」

 

突然独り言を始めたルドウイークの奇行に、助言者は戸惑っていた。

 

同時に女の影も鮮明な像を紡ぎ始め、やがてそれは狐色の長髪を腰まで伸ばし、紫焔の九尾を生やし、掌に月光の光の剣を備えた、古代中国を彷彿とさせる異邦の装束を纏いし女の姿となった。

 

「・・・教会の狩人よ、教えてくれ」

 

「君たちは、光を見ているかね?」

 

「私がかつて願ったように、君たちこそ、教会の名誉ある剣なのかね?」

 

狐毛の女は静かに息を吐いた後、ルドウイークに柔らかな言葉を紡ぎ始め、だがそれは助言者に聞こえることはないだろう。

 

『ああ、私は見たぞ。貴様の剣の中に、美しき神秘の光を』

 

『光の糸とは到底呼べぬほど大きな、それでいて美しい、月の光が流れるその瞬間を・・・』

 

すると、ルドウイークもその声を聞いたのか、何やら安堵したような声色で言葉を綴り始めた。

 

「おお、そうか・・・それは、よかった・・・」

 

「嘲りと罵倒、それでも私は成し得たのだな」

 

「ありがとう。これでゆっくりと眠れる」

 

「暗い夜に、しかし確かに、月光を見たのだと・・・」

 

その瞬間、目も眩むほどの閃光と共にルドウイークの頭は爆ぜ、思わず狩人は腕で顔を覆い隠す。

 

数十秒後、狩人が静かに目を開くと、そこには先程まで居たはずの狐毛の女は影も形もなく消え去っており、代わりに、先の戦闘で砕いたはずの月光の聖剣が、光を失った状態で血溜りに聳え立っているのみであった。

 

「何だ・・・?やはりこの悪夢は奇妙だ」

 

「狩人よ、今何が起きたのか、分かったかね?」

 

一連の会話を見聞きする事の出来なかった助言者は、ただ疑問符を頭に浮べ、訝しんだような声色で唸るばかりであった。

 

狩人はそんな助言者を無視した後、ルドウイークを導いた欺瞞の糸、英雄の光たる月光の聖剣を引き抜き、遺志を汲み取る祈りの所作の後、静かにそれを背負った。

 

【月光の聖剣】

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。