不死終末黙示録 狩人篇   作:FROMG・E

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第十四話 【医療教会の暗部、その先触れ】

そうしてルドウイークの遺志を継いだ狩人は死体溜りを進み、すると奥には階段が続いているのが見えた。

 

階段を上ると、そこには上部の排水溝から流れ込んだ亡者の死体が山積みになっており、この部屋が市街を流れる血の河の源流でない事を明らかにさせた。

 

狩人は左奥の通路に入り、上層を目指した。

 

階段には蜘蛛の巣が無数に張られており、人が消えてかなり遠い事が伺える。

 

通路の先、階段を上った先は大量の牢を備えた廊下になっており、左には一つの牢屋が備え付けられていた。

 

恐らくはここに罪人を捕らえていたのだろう、無人と化し、既に開かれた扉からはおぞましい腐臭と共に、冷たい死臭が漂っていた。

 

足元には干乾びた死体と共に鶯色の狩装束が落ちており、それはまた、人里の連盟に所属していた頃、何度か面識のある狩人の装束であった。

 

【ヤマムラの狩帽子】

 

【鶯の羽織】

 

【古狩人の腕帯】

 

【紫黒の袴】

 

人里の連盟、その長ヴァルトールの右腕であった男「流浪の狩人、ヤマムラ」。

 

彼は血の刃たる「千景」及び、それに伴う古流剣術を用いる事で知られた優秀な狩人であり、その魅力的な剣技と血質攻撃の鋭さから彼に師事した連盟員は多く、悪夢の狩人はそれから外れた一派の長でもあった。

 

「血」に依る力を好む未熟な連盟員が多くいた一方で、実力ある一部の狩人はその行き過ぎた残虐性と、やがて獣に堕ちかねない危険性を孕んだ狩りを嫌い、ある者は技術を追求した、秩序と名誉ある葬送の遺志を宿した慈悲なる弔いの狩りを、またある者は上位者を由来とする神秘に依る狩りを求め、それはやがて大きな渦となって、連盟の秩序を二分した。

 

ヴァルトールや慧音、ヤマムラを主導とする血や獣狩りの残虐性を進んで取り込む上位会派「鏖殺の狩人」と、血と残虐な狩りを嫌い、それに依らぬ狩りを目指した悪夢の狩人を主導とする隠し会派「遺志継ぎの狩人」という、二つの派閥を生み出したのだ。

 

それぞれの派閥は連盟本部とは異なる場所、すなわち人里を外れた森の奥深くに拠点を置いてそれぞれの工房を設立しており、本部での定例会を除き、長を含む幹部以下の構成員は殆どの場合、派閥間における拠点の行き来や情報交換等、諸々の干渉を厳しく禁じられていた。

 

無論、どちらの派閥にも属していない狩人が連盟員の大半を占めていたのだが、彼らは総じて未熟な狩人であり、あるいは、強化の施術を拒んだ非力な人間たちであるというのが実状である。

 

そうした連盟員たちの訓練・指導を担っていたのもまた悪夢の狩人であり、だがそうして一定の力を得た者の多くは目先の血の力に魅了されて強化の施術を受けた後、鏖殺の狩人へ身を移していった。

 

狩人が過去の記憶に耽っていると、次の瞬間、地下から地響きを伴う轟音が鳴り響いた。

 

急ぎ足で音の方向に続く階段を下り、その最奥へと足を運ぶと、そこには衝撃の光景が広がっていた。

 

恐らくは地下牢だろうか、奥の部屋と廊下を繋ぐ扉が粉々に破壊されており、その奥には先程ルドウイークと対話していた、あの狐毛の女が悠然たる立ち姿で佇んでいた。

 

足元をよく見れば、鉄格子の破片と無数の木屑が散らばっており、先程の地響きは狐毛の女が扉を破壊した音なのだと、狩人は理解した。

 

狐毛の女は右手に月光の聖剣を携え、部屋に幽閉されたと見える、謎の人間と会話をしているようであった。

 

「狩人よ。ようやく見えたぞ」

 

「この女が先程の、ルドウイークと話していたという女だな?」

 

どうやら今は助言者にも狐毛の女が見えているようで、恐らくは実体・生身の姿なのだろう。

 

であれば、先程の幻影は如何なるものであったのだろうか?

 

そう考えているうちに、奥に潜む謎の人間が、低く淀み、嗄れたような声で言葉を紡ぎ始めた。

 

「・・・ほう、これはこれは・・・」

 

「ようこそ、寝室に、お主が初めての賓客だ」

 

どうやら奥にいるのは男であるようで、しかも芳醇な「獣血」と濃厚かつ尖った「人血」の香りを漂わせていた、恐らくは狩人なのだろう。

 

「それで、私を殺すのかね?」

 

「自らの愚かな行い、その報いを捻じ曲げるために、私を殺すのかね?」

 

「フハハハ・・・ハハッ!」

 

狂気を孕んだような、淀んだ嗄れ声で男は笑う。

 

自らの愚かな行い、その報いとは、果たしていかなるものであるのだろうか?

 

そう考えているうちに、狐毛の女が口を開いた。

 

「口を慎め。血塗れで、罪の痕を秘匿するが為に罪の上塗りを重ねた、愚蒙極まりない狂人が」

 

「如何な理由があろうと、無垢なる仙霊を狩ること、未だ資格を持たず」

 

静かで、だが冷たい殺意の籠った声であった。

 

言葉の意味を考える数秒の間も開かぬうちに、女は男の心臓目掛け月光の聖剣を突き刺しグイと持ち上げた後、右掌にあの眩い月光刃を握り、迸らせた。

 

刹那、狩人は月光波の衝撃により吹き飛ばされ、視界が戻った時には崩壊した瓦礫の下敷きとなっていた。

 

「生きているか、狩人よ?生きているならば、すぐに移動したまえ」

 

助言者の声が聞こえる、だがこのままでは身動きが取れない。

 

狩人は圧し掛かった瓦礫を小アメンの腕で叩き壊し、ゆっくりと立ち上がった。

 

かつての自分では有り得ぬほどの肉体強度を改めて目の当たりにすると、少々身震いがするものだ。

 

狩人が部屋に入ると、既に二人の姿は消え去っており、代わりに血に塗れた獣の頭皮と、歪な形の槌が置かれているのみであった。

 

まるで、今までの出来事が全て夢であったかのようであり、それを拾った後、急ぎ足で地下牢を後にした。

 

【ブラド―の徴】

 

【瀉血の槌】

 

地下牢の階段を昇ると、どこかからか鐘の音が聞こえ、それと同時に、先程はそこに居なかった、謎の亡霊がうろついていた。

 

亡霊は赤い幻影に包まれ、血みどろの装束を纏い、歪な槌を担いでおり、恐らくは狩人の類であろうか。

 

その中でも一際返り血に塗れた歪んだ角付きの獣皮はまた、今し方拾った獣の頭皮そのものであった。

 

狩人は左掌から赤黒く染まった上位者の触手を、右腕を引き裂いて小アメンの腕を展開した後、するりと加速して亡霊の背後を取り、神速の如き連撃を繰り出した。

 

亡霊は霧のように掻き消え、後には何も残さなかった。

 

牢屋の並ぶ廊下を抜け、最奥の階段を昇ると、その先には医療用の病床が置かれた空間が広がっており、その時、狩人は気が付いた。

 

一見すると医務室のように思えるこの空間の構造は、よく見れば大聖堂の広場、祈りの間と非常に酷似しており、だが恐らくは異なるのだろう。

 

なぜならばここは古い狩人達の迷い込む悪夢の中であり、現実のそれと同質のものなど、存在するはずもないのだから。

 

足元には何冊かの本が散らばっており、その内、黒い本だけは題名が擦れてはいるものの、読む事が出来た。

 

表紙には掠れた金文字で「how to pick up fair Maidens」とあり、直訳すると「美しい娘たちの選別法」となる。

 

美しい娘とは恐らく上位者に繋がる言葉であり、当時の医療教会が何らかの狂気的実験を行っていた事は明らかであった。

 

その産物が聖体の拝領と聖血の発見に繋がり、後の時代に血の医療が生まれたのだろう。

 

最奥の祭壇に近付くと、不意に病床の影より一人の狩人が躍り掛からんとし、体軸をずらしてそれを躱した。

 

黒装束の、恐らくは教会の下位狩人であろうか。

 

いつの間にか背後からも一人の狩人が迫っており、その者は白装束、つまり上位の医療狩人であるようだ。

 

背後の存在すら振り向く事なく確認した狩人は、着実に人の存在を離れつつあった。

 

白装束の狩人は仕込み杖を変形させた後、狩人に振るう。

 

同時に黒装束の狩人も教会の連装銃を構え、撃ち放つ。

 

前後より来たる同時攻撃に対し、狩人は至極落ち着いたまま対処を試みた。

 

白装束の狩人に対しては、背部より触手を伸ばして仕込み杖の鞭を絡め捕り、拮抗させ動きを封じた後、秘儀『エーブリエタースの呼び声』を展開して串刺しの刑を執行し、最後に頭を潰して始末した。

 

黒装束の狩人に対してはするりと加速して水銀弾を躱した後、獣の爪を展開して顔面に突き立てた後、一息に振り下ろして人皮をまるで果実を剥くように引き裂き、追撃に小アメンの腕を展開して首を撥ね、始末した。

 

そうして教会の医療者たちを無傷で圧倒した狩人は改めて祭壇へ足を運び、現実とは異なる、その祭壇を調べ始めた。

 

そこには首のない女神像ではなく、三人の医療者、あるいは賢者と思しき者達の像が中央の手術台を囲むように建てられており、その下からは獣が顔を覗かせていた。

 

中央の男は白い医療教会の装束と手袋を身に纏い、右の男は顔を隠すように布を巻いた装束と白手袋、そして貧金の鐘を右手に持ち、左の男は右と同じ装束だが、開いた状態の本を手にしていた。

 

中央に寝かされている干乾びた患者の遺骸には足がなく、目元に布が被せられ、頭蓋には大穴が開けられていた。

 

「狩人、患者の頭に瞳を宿したまえよ」

 

一瞬、助言者の言葉の意味を理解出来なかったが、ふと、狩人は瞳のペンダントを拾っていた事を思い出した。

 

それを頭蓋の中に入れると、カチャリという小気味好い金属音と共に、祭壇がゆっくりと上昇を始めた。

 

「今だ、祭壇から飛び降りろ!」

 

急な大声に驚いた狩人は上昇する祭壇から足を滑らせ落下し、やがて下から、あの首のない女神像とアーモンドの木を備えた祭壇が姿を現した。

 

現実世界ではローレンスの獣頭蓋が捧げられた祭壇には人間の頭蓋骨が置かれており、助言者曰く、それは「悪夢におけるローレンスの頭蓋」であると言い、それを悪夢の大聖堂に横たわる獣に捧げる事で、再び聖職者の獣たるローレンスが蘇ると言う。

 

狩人は仕掛けを動かして祭壇を呼び戻すと、再び乗り込んで上層へ向かった。

 

数十秒後、祭壇は金属摩擦音と衝撃により、上昇を止めた。

 

狩人が後ろを振り向くと、火の灯った蝋燭を繋いだ階段があり、その先には新たな空間が見えた。

 

「実験棟、教会の罪の痕の一つだ。じっくりと、その目に焼き付けたまえよ」

 

狩人は静かに、階段を上り始めた。

 

<実験棟>

 

邪悪に捻じくれた螺旋階段の基部には、冒涜的形状を象った海綿状の明かりが据えられ、陰鬱な棟内にはこの世ならざる者たちの慟哭と、おぞましく呻く獣たちの鳴き声がこだましていた。

 

狩人は、眼前に広がる螺旋階段を見て、英国の画商に見せられた一枚の絵画を思い出していた。

 

18世紀イタリアの建築家、ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージの作品の一つ『牢獄』。

 

彼の作品も、奥底におぞましい恐怖感と引き込まれそうな建築美を両立させていた。

 

結局あの日、付き添いの翻訳家はあの版画を購入していたが、彼は今、どこで何をしているのか。

 

今にして思い返せば、ヤーナム市街の下水道から見た景色も彼の画集にあるいくつかの版画と酷似していた部分があり、ヤーナムの建築様式には彼の思想も一部、取り入れられているのかもしれないと考えていた。

 

狩人は、忌まわしい獣狩りの悪夢に迷い込んだ時から断片的ではあるが、幻想郷ではついぞ呼び起せなかった、自らの過去の記憶を思い出しつつあった。

 

もとより記憶する能力に優れていた狩人は、断片的に思い出した記憶も凡夫から見れば鮮明な記憶と遜色ないものであった。

 

螺旋階段の下には銀色に輝く水溜りが揺らめいており、それは恐らく水銀、あるいは劇毒の類であろうと目測した。

 

「どうした、狩人よ。何か見つけたかね」

 

狩人が確認をすべく水溜りに入ろうとしたその瞬間、最上部の階段から、あの耳長の獣が落ちてきた。

 

落下の衝撃により飛散する水滴を、辛うじて加速交代により躱す。

 

一息つく狩人を尻目に、誤って水を飲み込んだ耳長の獣はすぐさま呼吸を乱し始め、遂には臓物を吐き出して死んでしまった。

 

「あれは、口にしてはならない劇毒だ。飲めば死ぬぞ」

 

やはりと言うべきか、狩人の予想は当たっていたようだ。

 

ふと耳長の獣に目をやると、肩辺りに残された装束の切れ端に腕章が縫い付けられており、そこには「玉兎第三小隊長 CレイセンL3」と書かれていた。

 

これが何を意味するのかは不明だが、何らかの軍隊に所属していた者であるという事だけは読み取れた。

 

その後、螺旋階段を上り始め、踊り場に辿り着いた狩人は、階段脇に奇妙な物がぶら下がっている事に気が付いた。

 

狩人が腕を伸ばしてそれを掴み取ってみると、正体は頭に血の染込んだ袋を被った、人間の死体だった。

 

「実験棟の患者だ。だが、こんな所にぶら下がっているとは・・・」

 

「恐らく、犯人はあの獣たちだ。落下の最中に引掛かり、そのまま・・・」

 

助言者曰く、この肥大した頭部の患者たちは初期のビルゲンワース、ひいては医療教会の源流に当たる組織によって施された施術により、このような異形と化した元人間たちであると言う。

 

その内容とは、脳内に水を満たし、膿の声を聞くという、狂気の産物であった。

 

医療教会初期、上位者は海と紐づけられていたという。

 

故に頭の患者は、自らを水で満たし、海の声を聞くのだと。

 

その源流は悪夢の底に沈んでいるといい、いずれ見えるとだけ告げた後、助言者は黙り込んでしまった。

 

踊り場には左右へ繋がる螺旋階段が伸びており、狩人は初めに右へ昇る事にした。

 

螺旋階段を昇り、実験棟2階に到達した狩人は、そこで衝撃の光景を目の当たりにした。

 

あの耳長の獣達が患者を襲い、片端から貪り喰らっていたのだ。

 

既に狩りは終了していたようで、生きた患者は一人も居なかったが、ここで起きた惨劇のおぞましさを、壁に張り付いた臓物が物語っていた。

 

実験棟を徘徊する耳長の獣達は、血の河に居た個体よりは小型だが、背部より無数の触手を伸ばしており、それが患者を喰らった影響である可能性は十分に有り得た。

 

狩人は小アメンの腕と大アメンの首を構え、耳長の獣達の食事場へその身を投じた。

 

瞬間、数匹の耳長の獣が狩人の心臓を纏めて貫いた後、襤褸雑巾のように肉体を引き裂き、貪り喰らい始めた。

 

上位者の実験により生まれた患者を喰らう事で強化されたのだろうか。

 

数十秒後、狩人を喰らった耳長の獣だけが体をブルブルと震わせ始め、口からおぞましく色づいた汚物を吐き出し、溶けていった。

 

生き残った耳長の獣が甲高い声で啼き叫び、散り散りに逃げ始める。

 

「なるほど、神秘に見え、だがその資格を持たざる獣であったという訳か」

 

「思わず冷や汗をかいてしまった、流石は狩人というわけだ」

 

心配する助言者をよそに、おぞましく蕩けた汚物の底から復活した狩人。

 

聞いてみれば、あれは一種の作戦行動であったという。

 

まず一つ、肉体の形状崩壊による死亡、その指数を図るためにわざと食われたのだと。

 

二つ、狩人の神秘に見えた耳長の獣は進化するのか、あるいはそれに耐えられず形状崩壊するのかを試したのだと。

 

三つ、耳長の獣には知性が残っているのか、その獣性に逆らってでも生命を守る行動を取るのかを確認したかったのだと。

 

それを聞いた助言者は納得の声を上げながらも、己の身をすら顧みない狩人の行動に、若干の恐怖さえ覚えていた。

 

その後、復活した狩人が下を覗くと、毒溜りには幾匹もの耳長の獣が落ちていた。

 

恐らくは先程、神秘に見えた仲間を見て恐怖し、そして錯乱したのだろう。

 

手摺すら破壊した跡が見え、残りの耳長の獣たちも皆、どこかへ逃げ隠れてしまったようだ。

 

狩人はふと、階数の書かれた看板の下にカレル文字「拝領」が刻まれている事に気が付いた。

 

筆記者カレルの残した文献によると、拝領とは医療教会、あるいはその医療者たちの象徴であるとされている。

 

血の医療とは、すなわち「拝領」の探究に他ならないのだと。

 

〔患者寝室 2階〕

 

患者寝室と書かれた看板は、だが獣の爪で大きく傷ついており、それ以上の文字の解読は不可能となってしまっていた。

 

そして踊場へ戻った後、左の螺旋階段を昇って実験棟3階に到着した狩人は、看板から最も近い部屋の扉を開いた。

 

〔研究室 3階〕

 

研究室と書かれた部屋の中は薬品と血の匂いで溢れかえっており、充分量の外気が取り込めていない事が伺えた。

 

部屋の片隅には蠟で蓋をされた瓶や題名の掠れきった本などが乱雑に置かれており、全て埃を厚く被っていた。

 

が部屋入口付近の左右両端には、機械仕掛けの昇降機が一基ずつ設置されていたのだが、どういう訳か、入って右側の昇降機だけは操作棒を引いても反応がなかった。

 

中央の手術台と思しき場所には、謎の医療器具や杭の様な注射器を体中に刺された患者の死体が置かれていた。

 

狩人は左の昇降機を動かして下の階へ移動し、その先はとある部屋に繋がっていた。

 

部屋の中はまたも実験室のような構造となっており、だがその匂いは消毒液のそれであり、恐らくは治療室であるのだろうか?

 

狩人が扉を開くと、先程食事場から逃げた耳長の獣が辺りを徘徊していた。

 

どうやらこの部屋は1階に繋がっていたようだ。

 

〔研究室 1階〕

 

看板には研究室と書かれており、塗料室ではないかという予想は、残念ながら外れてしまった。

 

狩人がふと上を見上げると、最上階の大扉前に、あの狐毛の女がいた。

 

女はしゃがみこむような動作の後、大扉をゆっくりと押し開けていた。

 

あの女を、急いで追い掛けねばならない。

 

なぜか心の中にそのような感情が浮かんでいた狩人は、小アメンの腕を駆使して強引に実験棟を昇り始めた。

 

道中の階層には幾匹かの耳長の獣が徘徊していたが、皆狩人を見ると、慌てふためきながら逃げ去るのみであり、あの神秘がよほど効いたと見えた。

 

その代わり、当てつけのように患者たちを虐殺しており、それこそが強者に立ち向かえぬ愚かで聡明な、獣の性であるのだろう。

 

やがて狩人が最上階大扉前に到着した時、女の姿は霧のように消え去っており、既に扉は開いていた。

 

 

 

扉の外は庭になっており、中央に巨大な向日葵に似た花が大樹の如く植わっていた。

 

助言者曰く、この植物の名は「星輪草」と呼ばれ、苗床と化した人間は、総じて星輪草の幹となるらしい。

 

狩人が庭に足を踏み入れた瞬間、地面を掘り起こすような音がした後、巨大な頭を持つ青い人型の何かが這い出してきた。

 

その外見は「星界からの使者」と酷似しており、だが指の数や頭部の形状、瞳の有無など、その詳細は相当に異なる異形であった。

 

「狩人よ、彼らは星界からの使者に至る思索に産み落とされたなりそこない。すなわち失敗作たちだ」

 

「ゆえに狩り、介錯したまえよ」

 

助言者曰く、彼らは失敗作たちと呼ばれる上位者のなりそこない、すなわち眷属であり、精霊の苗床と化した人間たちの末路であるという。

 

上位者と海を紐づけた実験は、彼らの誕生により失敗とみなされ、そして次の思索へ移ったのだという。

 

ゆえに「失敗作たち」と評された上位者の眷属は、よく見ればその星輪草の大樹の陰から無数に這い出してくるのが見え、群を成して個体とする存在であることを認識した。

 

狩人は落葉に群青色の粘液を纏わせ、失敗作たちの内、眼前の一体へ上位者の加速を用いてするりと間を詰めた後、螺旋刺突を繰り出して肉体を破壊した。

 

巻き舌のような、粘性を伴う甲高い断末魔を上げながら斃れる失敗作たちの一体。

 

そして狩人は大樹の背後へ回り、襲い来る失敗作の大振りな平手を躱した後、背後から長銃を撃ち放って怯ませ、『古狩人の一閃』にて両断した。

 

次々に襲い来る失敗作たちを斬り伏せ続け、すると彼らのうちに、とある変化が訪れだした。

 

星輪草の大樹の元へ失敗作たちが一斉に集まったかと思うと、空を見上げ祈り手を挙げながら、人ならぬ言葉で何かを唱え始めたのだ。

 

すると空一面に暗黒空間たる小宇宙が広がり、無数の隕石が降り始めた。

 

白痴の蜘蛛、ロマが行った神秘攻撃と酷似したそれは、だがこの狭い空間においてはより恐ろしい刃となって狩人を襲った。

 

狩人は上位者の加速を用いて全ての隕石を躱し、懐から一匹の輝く精霊を取り出した。

 

それは、狩人が悪夢の辺境にて星の眷属に「成った」際に生まれた大型の軟体生物「星界からの呼び声」であり、暗黒空間に呼び掛ける事で小宇宙を展開し、無数の神秘光線を打ち出す媒介となるのだ。

 

狩人は星界からの呼び声を空に掲げた後、強く握り締めた。

 

すると、掌から飛び散る粘液が狩人の頭上を覆い尽くしたかと思うと、その内から暗黒空間が展開され、無数の光線が意思を持つように、失敗作たちへ降り注ぎ始めた。

 

神秘の光の粒、その集合体である光線は失敗作たちを次々と肉塊へ変えてゆき、その際に小爆発を起こし、追撃を行った。

 

やがて両者の暗黒空間、小宇宙は渦を巻いて消滅し、互いに一人だけが残された。

 

狩人は落葉を腰に納めて居合の構えを取り、失敗作は両の爪に神秘の粘液を纏わせ、扇状に構えた。

 

するりと加速する狩人、土埃を上げ走り出した失敗作。

 

星輪樹を抉り取って衝突した彼らの攻撃。

 

斃れたのは、失敗作の方であった。

 

秘儀『古狩人の一閃』により両腕を捥がれ、縦真二つに斬り裂かれた失敗作は、腐った果実のように蕩け落ちて地面と同化し、それ以上何も這い出して来ることはなかった。

 

【YOU HUNTED】

 

「さあ、時計塔へ足を踏み入れたまえよ」

 

助言者の言葉を受け、狩人は悠然と歩き始める。

 

そして時計塔の大扉前へ到着した狩人は、そこに狐毛の女が立っているのを目撃した。

 

だが、助言者の反応を考えると、恐らくこれは次元のずれた幻影の類であり、影響はないのだろう。

 

狐毛の女は鍵を使い、時計塔の大扉に手を掛け、押し始めた。

 

すると、狩人の眼前の眼前に聳え立つ大扉が歯車を軋ませながらゆっくりと口を開き始めたのだ。

 

「・・・な、なんだ!何が起こっている?」

 

「扉がひとりでに開き始めるなど・・・狩人よ、君の眼には何か見えているのかね?」

 

助言者は何が起こっているのか分からず、やや混乱気味である。

 

やがて完全に口を開き切った時計塔の大扉は、内部空間より冷気を伴う白い煙を吐き出した。

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