不死終末黙示録 狩人篇   作:FROMG・E

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第十七話 【戻らぬ教区長の追憶】

<悪夢の大聖堂>

 

「・・・月の香りの狩人よ。ここが夢の館なのか?」

 

突然現れたローレンスを前に、純狐は困惑していた。

 

狩人は先程助言者より受けた命を説明する。

 

初代教区長にして最初の聖職者の獣と化した男、ローレンス。

 

彼は現実においては友に討たれ、その頭蓋は聖遺物として大聖堂に祀られている。

 

だが狩人の手に納められた頭蓋骨は間違いなく人のそれであり、またこれが意味するのは血の医療の成就、獣の克服であるという。

 

それは終に守れなかった過去の誓いであり、ゆえに悪夢に眠る獣、ローレンスはこれを求め目を覚ますのだという。

 

追憶が、戻るはずもないのだけれど。

 

そして狩人は件の頭蓋骨を手に獣と化した眠れるローレンスの前へ足を運び、その瞬間は唐突に訪れた。

 

硬直した指が僅かに動いたかと思うと、掌に焔が昂り始め、ローゲリウスが目覚めた時と同じように、眼前の獣が、ゆっくりと動き始めたのだ。

 

獣と化したローレンスは目覚めるや否や小さな右手で頭を抱え、甲高い咆哮を上げた後、狩人と純狐を威嚇するように睨み付ける。

 

そして狩人の方へ頭蓋骨を求めるように肥大化し、燃え盛る左腕を伸ばしたかと思うと、炎の燻る大鈎爪で地面を削り悶え始めた。

 

「来るぞ!」

 

助言者の声と共にローレンスが大きく吼えたかと思うと、狩人目掛け顔を突き出して噛み付き攻撃を繰り出し、腸の一部を千切り取った。

 

燃え盛る装束を鎮火し、輸血液で傷を修復する。

 

「どけ、この獣は我が弾幕にて殺害せしめよう」

 

純狐はそう言って狩人を殴り飛ばした後、掌からおぞましい呪いの紋様を纏わせた月光の聖剣を伸ばし、地面に突き立てた。

 

光波は魔方陣となり、その内から瘴気と共に無数の怨霊を象った弾幕群が飛び出し、ローレンスを襲った。

 

無数の怨霊弾はローレンスに噛み付き、その身体を貪り始める。

 

見る見るうちに食い荒らされてゆくローレンス、やがて下半身は腐り始め、自らの放つ焔により溶け落ちた。

 

勝利を確信する純狐、だが次の瞬間、血溜りから吹き上がる焔の縄に捕まり、大聖堂の天井に縛り付けられてしまった。

 

「無駄な足掻きを・・・!」

 

その様を見た狩人はすぐさま回転ノコギリを構え、雷光装置を起動させてローレンスに飛び掛かった。

 

同時に落葉を変形させて触手に持たせ、群青色の粘液を纏わせた後、回転ノコギリの重打斬りと同時に、二刀回転斬りを繰り出した。

 

ローレンスの血肉が細切れに裂けてゆき、焔の血が溶岩の如く噴火を始める。

 

そして狩人は大きく飛び上がって落葉を変形させた後、秘儀『古狩人の一閃・流星』を繰り出しローレンスの両腕を斬り落とした。

 

すぐさま焔の血に溶けてゆく両腕、辺り一面が溶岩の海と化し、建築物の貧金が緩やかに溶解を始めていた。

 

狩人は右腕を裂いて小アメンの腕を展開し、ローレンスの首目掛け距離を詰めた後、左掌を獣の爪に変え、燃え盛るその頸元を掴み、力任せに千切り取った。

 

断末魔と共に焔の血が大爆発を起こしたかと思うと、ローレンスの死骸は塵となって掻き消え、それと共に焔の血も蒸気を上げながら消滅した。

 

【YOU HUNTED】

 

狩人の掌には獣皮を残したままのローレンスの獣首が残っており、その裏には熱を帯びたカレル文字「獣の抱擁」が刻まれていた。

 

【ローレンスの獣頭蓋】

 

「よくやった、狩人よ」

 

「これでローレンスも報われ、あるいは悪夢より解放されるだろう」

 

助言者は狩人を称賛し、その後、すぐに夢の館へ戻るようにとの事であった。

 

周囲を見渡せば、先程の戦闘が嘘であったかのように鎮火しており、だが溶け落ちて貧金の塊と化した偶像と煉瓦造りの床は未だ熱を帯び、死闘の様を伝えるかのようであった。

 

不意に上空より純狐が降り立ち、狩人の手を握り言葉を紡いだ。

 

「済まなかった、貴公こそが獣狩りにふさわしい狩人よ」

 

「月の香りの狩人よ、貴公に最大の感謝を」

 

どうやら純狐は、狩人の狩りを傍観していたそうだ。

 

先んじてローレンスと対峙した時、脳裏に流れ込んできた追憶に、様々なものを見たという。

 

それはまた、遂に成し得なかった友人の約束や師の警句を破った自らへの戒めの感情、そして自ら獣となった時、それを討ち果たした一人の友人に対する謝罪の念といった遺志の数々であり、それらが焔の血縄となって純狐を縛り付けたのだという。

 

純狐にもかつて成し得なかった過去があり、それはまた所以も忘れ去った怨念として紫焔の尾と化したまま、浄化される事のない呪いとして燃え続ける追憶であるのだと。

 

ゆえにこの焔は遺志を継ぐ狩人にしか消す事は叶わぬと考え、追撃を諦め静かに観戦に徹したという。

 

「これを受け取りたまえ」

 

「我が友人の隷属たる精霊の遺物だ、狩りの力となるだろう」

 

【狂熱の松明】

 

狩人に託したそれは、見た者に狂気を齎すとされる狂熱を纏う焔を灯した松明であり、かつては地獄の精霊が用いていた神器であるという。

 

狩人はそれを懐に仕舞った後「狩人の確かな徴」により、純狐と共に館へ戻った。

 

<狩人の夢>

 

「お帰りなさい、狩人様」

 

目覚めると同時に、人形が出迎えの挨拶を発してきた。

 

純狐は一礼の後、館の庭先へ消えてゆき、狩人はそれを「簡易拝謁」で返した。

 

すると、人形が奇妙な言葉を紡ぎ始めた。

 

「狩人様。おかしなことを聞いて宜しいでしょうか」

 

「・・・私は、どこか変わりましたか?」

 

「先ほど感じられたのです。私のどこかで、どこか中で、重い枷がはずれるのを」

 

その言葉に、狩人は一つ思い当たる節があった。

 

先程介錯した古狩人「時計塔のマリア」は、助言者曰く人形の元となった人物であったと言い、彼女を介錯し、遺志を継いだことで何かしら、被造物である人形にも変化が起きたのではないかと。

 

啓蒙により生きているような振る舞いを見せる人形はまた、人間以上に精密な造形美を誇っており、それゆえにマリアの魂と、何らかの繋がりを生み出した可能性も否定できない。

 

「不思議ですね。元より、私のどこにも、枷などありませんでしたのに」

 

「クスクスクスッ」

 

人形が笑うのを初めて見た狩人は僅かに驚き、そこへ、助言者が車椅子を降りて杖を突きながらやって来た。

 

「よく戻って来たな、狩人」

 

「ジュンコの事も聞きたいが、今はいい」

 

「悪夢の獣の心臓はあるか?」

 

狩人は軽く頷き、懐から、未だ熱く脈動する血管の繋がった粘液の塊を取り出した。

 

醜い不死の赤子、悪夢の獣。

 

三本目のへその緒を落としたのはつまり、件の獣が上位者の赤子たり得る決定的証左に相違なく、その事を聞いた助言者は驚きを隠せないといった表情であった。

 

「なるほど・・・」

 

「そう言えば狩人よ、以前私の関与しえない悪夢へ迷い込んだ時、儀式素材に使用した粘塊があっただろう。見せてくれ」

 

言われるままに、狩人は懐から粘塊の入った瓶を取り出した。

 

そして助言者は、狩人の血でべっとりと濡れた粘塊入りの瓶を拭い、悪夢の獣の心臓と見比べ、何かを書き留め始めた。

 

その時、不意に体内からアンナリーゼが語り掛けてきた。

 

「貴公、星の香りの狩人よ」

 

「私はあの獣に、おぞましい過去を見た。それに、彼女は未だ生きている」

 

アンナリーゼ曰く、あの赤子を生み出した母なる上位者が、悪夢のどこかに存在するという。

 

元々は上位者と繋がる血の女王であるが故、彼らの匂いには敏感であるらしい。

 

「どうした?何か思い当たる節でもあるかね、狩人よ」

 

腹をに手を当て、何者かと会話をするようにしている狩人の様子を見た助言者が訝しげに言葉を紡ぐ。

 

どうやら、助言者にもアンナリーゼの声は聞こえていないようだ。

 

「恐らくは、どこかの悪夢に封印されているに違いない」

 

「ゆえに赤子は死にきれず、心臓は未だ脈動し続ける」

 

「貴公にそれが叶うのであれば、むしろ救いというもの」

 

その言葉を最後にアンナリーゼの声は聞こえなくなり、幾ら呼び掛けても反応はなかった。

 

「・・・まあ、狩人の使命はまだ残っている」

 

「いずれ、悪夢の鍵も解けるだろう。次は・・・」

 

それと同時に助言者も何かを呟きながら、屋敷へ戻っていった。

 

暫くの休憩の後、狩人は悪夢の獣の心臓を懐へ仕舞い込み、純狐の捜索を始めた。

 

そして、狩人が屋敷の裏手へ足を運ぶと、そこには苔むし、朽ちた大樹の切り株に蠢く使者と戯れる純狐の姿があった。

 

「フフフ・・・」

 

純狐は狩人の気配に気が付くと直立姿勢になり、何事もなかったかの如き振る舞いを見せた。

 

それはまるで、使者との戯れ事を隠す様な所作であり、無理に聞き出すのも無粋かと思い静かに耳を傾け始めた。

 

「月の香りの狩人。貴公であったか」

 

「何もない。ただ、屋敷を見回っていただけだ」

 

「話は変わるが、ここが夢の屋敷か」

 

「白く輝く月、幻想の花、穢れなき赤子の如き亡者・・・」

 

狩人は純狐に「狩人の確かな徴」の予備を30枚程手渡し、屋敷の中へ案内した。

 

「・・・ん、狩人か。隣にいるのは・・・」

 

裏扉を開けて屋敷へ入ると、助言者は作業台に葬送の刃を置き、何かを削っている様子であった。

 

狩人が声を掛けると助言者はこちらを向き、少し驚いた様子で純狐の方を見つめた。

 

「我が名は純狐。貴公が、この屋敷の主か」

 

純狐は特に驚いた様子もなく、自己紹介を済ませた。

 

「そうだ、私は助言者。この、夢の屋敷の管理をしている」

 

「同時に、狩人の夢に迷い込んだ者を目覚めに導く役目も担っている」

 

「すべては、故ゲールマンの遺志を継いでの事だ」

 

「それはそうと、ジュンコと言ったか」

 

「君の事は狩人から、色々と聞いている」

 

「しばらくは、狩人と行動を共にするらしいな」

 

「狩人の事を、よろしく頼むよ」

 

そして助言者と純狐はしばらく話を続け、お互いの情報交換と共に、疑問点を解消していった。

 

「なるほど、ルドウイークやマリアの場所で狩人に姿を見せ、ブラド―を狩ったのは貴公であったのか」

 

「早速だが、次は・・・」

 

助言者が言葉を続けようとした刹那、狩人の懐から触手の如き赤い管が無数に飛び出し、棚に仕舞われた血液の瓶を全て掴んだかと思うと、その場の全員が驚いている隙に悪夢の獣の心臓が飛び出して大口を開き、全ての血を飲み干してしまった。

 

「狩人!」

 

助言者の言葉に意識を戻した狩人は、悪夢の獣が再び蘇ると感じ、心臓を握り潰すべく獣の爪を展開してそれを強く握った。

 

刹那、悪夢に沈んだ瞬間に垣間見る空間が脳裏と視界を埋め尽くした。

 

よく目を凝らすと、周囲を漂う文字は全て意味を成している言葉であり〈メンシスの悪夢〉や〈上層〉など、助言者の記憶に存在する土地の名前であった。

 

「貴公、星の香りの狩人よ」

 

その時、文字列空間の中にアンナリーゼが像を結んで浮かび上がる。

 

「これこそが夢の上位者より賜った、悪夢の獣の力」

 

「さあ、貴公の意志の赴くままに、記憶の世界へ飛び込むがいい」

 

脳内映像の狩人が手を伸ばして文字に触れると、屋敷の肉体は純狐の手を掴んで姿を消し、助言者の脳裏に映像として映り始めた。

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