…次回はラストエンディングですが、その後もう少しだけ話が続きます、引き続き読んで頂ければ幸いです。
次の瞬間、助言者は加速を用いて狩人へ接近し、月光の聖剣を袈裟懸けに振り下ろした。
すぐさま二刀の落葉を交差させ、助言者の攻撃を阻止する狩人。
互いの得物が鍔迫りに噛み合い、神秘の糸と火花が周囲に散らばってゆく。
この時、技術・膂力共に狩人が圧倒している筈であったが、圧し合いでの勝負は膠着状態となっていた。
その理屈として挙げられるのがまず一つ、互いの得物に圧倒的な重量差があったという事である。
狩人の振るう落葉は【大刀:四尺七寸本造大切先元重7分、先重5分、小刀:二尺四寸菖蒲造元重5分、先重4分】という造りであったが、刀ゆえにその総重量は狩り道具としては軽量の部類に含まれる。
対して助言者の振るう月光の聖剣は、かつて剣聖であったルドウイークの用いた怪異を狩るための大剣であり、総重量は刀のそれを大きく上回るものであったのだ。
更に向き合う体勢も同様、助言者が上、狩人が下となっており、これはまた下に居る者が通常は不利となる事は言うまでもない。
だが、この体勢からの逆転は実力差によって十分成し得る範囲にあり、それが実現しなかったのはまた、空白の意識に食らい付いた奇襲から来る狩人の精神の揺らぎ、すなわち焦りであった。
これらの事象から拮抗状態となった彼らは千日手となり、互いの得物をじりじりと組み合ったまま、刻一刻と時間だけが流れてゆく状況を強いられていた。
そこで狩人は骨子術『指搦み』を用いて一瞬の隙を作り、足蹴りを起点とする天地返しにより体勢を崩し、後方へ大きく飛び下がって間合いを離す事で戦闘の仕切り直しを試みた。
これを命のやり取りにおける死合いに用いたのは戦争以来、助言者が初めての相手であり、それを聞くだけで彼の者の技量が伺い知れよう。
あの日、互いに補給部隊との合流を目的として動いていたあの時、かの露人将校と邂逅したあの瞬間。
双方弾薬は尽きており、近接格闘によってのみ勝敗が決するという絶体絶命のあの状況に於いて、狩人と露人は銃剣格闘術による戦闘を開始した。
狩人はその折、体格差を鑑み押し合いは不利と判断してすぐさま骨子術にて露人の手首を圧し折り、天地返しにて体勢を崩した所をそのままの勢いで銃床尾を突き当て、肋骨を破壊。
呼吸困難で悶え苦しむ露人の首を腰に差した軍刀で撥ね、死者の勲章束と共に、補給部隊へ落とした”それ”を持ち帰ったのだ。
以来、狩人は軍人の間で「鬼軍曹」と恐れられるに至った。
骨子術に覚えのなかった助言者は指を圧し折られ、足蹴りによる天地返しにより体勢を崩して隙を生んでしまい、たった一度の奇襲の機会を完全に喪失してしまった。
双方の間に風が吹き、抉られた地面に散った花弁が白い布切れの形を成して空へ舞い、消えてゆく。
そして狩人は一旦落葉を鞘に納めた後、懐から爆発金槌を取り出し、点火して構えた。
爆発金槌の炉に火が灯り、先端が見る見るうちに赤熱化してゆく。
この戦いが一辺倒では決着がつかぬと判断した狩人は、様々な狩道具を互い違いに繰り出して助言者を翻弄しつつ倒すという極めて奇抜な戦術へ持ち込もうとしていた。
「なるほど、未知の格闘術を用いてあれを脱するとは」
「流石は狩人だ、一撃で葬られては戦い甲斐が無いというもの」
助言者は輸血液を打って傷を癒しながら狩人を称賛し、再び月光の聖剣に神秘の光波を纏わせ、戦闘の態勢に移行する。
一歩、また一歩と慎重に間合いを詰めてゆく二人。
やがて、双方の間合が重なった頃、先に飛び出したのは狩人であった。
狩人は爆発金槌を月光の聖剣目掛けて振り下ろし、防御の姿勢を取らせる暇も与えずに着弾させた。
それは宛ら火を巻く蛇の如きであり、助言者はこの光景を走馬灯のように捉えていた。
刹那、巨大な火花と共に広がる爆発音。
激しい爆風と同時に響き渡る甲高い金属音、助言者は大樹の麓まで吹き飛ばされ、右腕と共に月光の聖剣は無残にも打ち砕かれてしまっていた。
追撃を図るべく、狩人は加速を用いて彼我の距離を詰める。
そして懐からレイテルパラッシュを取り出し、助言者の心臓目掛けて突き立てんとした。
だが、間一髪の所で回避を許してしまい、攻撃は失敗に終わってしまった。
狩人は大樹へ当たる直前で触手を伸ばし、突撃の勢いを相殺する。
その隙に助言者は輸血液にて右腕を復元して回復し、柄だけとなった月光の聖剣を放り棄て、腰に差した千景を抜き放った。
「流石は狩人。その実力、伊達では無い」
呪われた血晶石により極限まで高められた伝説の千景と嘯くその一振りは、一太刀浴びせれば尋常の人の狩人は絶命し得るとさえ囁かれる血質攻撃の威力を誇るという。
助言者は先程までの一連の流れに冷や汗をかきながら、千景に呪われた緋色の血刃を纏わせ居合の構えを取った。
同時に狩人も体勢を立て直し、レイテルパラッシュを英国剣術「フェンシング」の構えにする。
どちらの構えも自ら突撃してゆく「攻」の構えではなく、相手の攻めに応え反撃する「守」の構えであり、間合いを重ねたまま、静寂の時が訪れた。
やがてその堰を切ったのは助言者であった。
助言者は居合の構えを解いて瞬歩からの一閃を繰り出し、先んじて飛び出した血の刃は真空斬撃波となって狩人の腹を裂き、腸を零れさせた。
その隙を逃さず、後に続いて刃を振るう助言者。
遅れた刃は狩人の右腕を斬り落として裾野に転がし、結果、腹と腕に致命的な傷を負わせる事に成功したのであった。
勢いを利用して左脚の義足を軸に方向転換する助言者、攻めの一撃を予想して再び居合の構えを取った。
狩人の身体からは滝のように血が流れ出ており、足元の白い花を赤く染めるほどであった。
同時に蝕むのは、血刃に含まれる劇毒の効果。
傷の回復を阻害するその劇毒はまた、人血に潜むおぞましい淀みの蟲を由来とするものであり、生きる意志を取り戻す輸血液では治癒の困難な代物である。
狩人は恢復剤と輸血液を同時に打ち込むと共に上位者の死血を絞り飲み、神秘を補充する事で劇毒を相殺し、より力を増しながらの回復に成功した。
刹那、回復の隙を突いて助言者は加速にて距離を詰め、首元目掛けて居合の一閃を放つ。
弾ける閃光、金属音と共に火花が散り、土煙が上がる。
やがて土煙が収まった頃、助言者の眼前に広がっていたのは、首元から生えた獣の牙に噛み付かれた、己の狩道具の姿であった。
首元の獣は大きく頸を伸ばすとすぐさま口を横に大きく振り、千景諸共助言者を遥か彼方の花畑まで放り投げてしまった。
宙を舞い、地面に叩きつけられた助言者は血を吐き、地面に倒れ伏してもがき苦しみ始めた。
やがて首の奥へ消えた獣と共に狩人は立ち上がり、懐から慈悲の刃を取り出し、変形させて構えを取る。
すぐさま加速にて彼我の距離を詰めた後、未だ立ち上がれぬ助言者の背に馬乗りとなり、両肺目掛け刃を深々と突き刺して持ち手を捻った。
更なる苦痛に悶える助言者、更に傷付いたその肺を引き摺り出され、喉を押さえて苦しみ喘ぐ。
だが、死の直前になってようやく輸血液を打ち込む事に成功し、追撃の間を掻い潜って距離を取り、体勢を立て直した。
互いに攻防を繰り返し、半ば疲れ始めていた。
距離を取った助言者は再び千景に呪われた緋色の血刃を纏わせ、刺突の構えを取った。
狩人も慈悲の刃を変形させ一振りに戻し、脚に触手を巻いて跳躍の力を溜め始める。
数瞬後、中間地点で互いの得物をぶつけ合う狩人と助言者。
鍔迫りに勝利したのは、助言者であった。
刃渡りに優位性を持つ千景の刺突は慈悲の刃を弾き飛ばし、同時にそれを持つ腕を引き裂いて通り過ぎた。
すれ違いざま、追撃と言わんばかりに助言者は腰から引き抜いたエヴェリンを狩人の頭部に押し当て、零距離で撃ち放った。
呪われた血晶石により高められた血質水銀弾は狩人の体幹を奪い、中空にて崩れた体勢はそのまま転倒の呼び水となってしまう。
間一髪で受け身を取った狩人であったが、状況は劣勢であった。
真二つに裂けた右腕からはどす黒い血が零れ出しており、だがそれは偽りの流血であった。
狩人は裂けた右腕の中から小アメンの腕を飛び出させ、そのまま傷を塞いで鞭のように振り回しながら加速して助言者に飛び掛かった。
千景の血刃と小アメンの大爪の弾き合い合戦が、ここに幕を開けた。
音速を超えた速度で衝撃波を放ちながら襲い来る小アメンの腕、その大爪の威力は凄まじいものであり、助言者は弾き返す事だけで精一杯であった。
やがて業を煮やした助言者は加速にて距離を話した後、居合の構えを取って狙いを定め、襲い来る小アメンの腕、その鞭の根源たる根元目掛けて緋色の血刃を纏いし真空斬撃波を飛ばして切断に成功し、だが同時に襲来した大爪の切っ先により、千景の刃の一部が欠けてしまった。
刃の欠けは鎬にまで及んでおり、半ば折れかけの状態である。
主を失い、狂った触手の如く跳ね回る小アメンの腕、やがて動かなくなったそれは霧と化して消滅し、狩人の元へ帰還していった。
助言者は再び襲い来る脅威に備えて再び居合の一閃を放つべく、鯉口に切先を掛ける。
衝撃により吹き飛ばされた狩人の動きはいまだ見えない、態勢を整えるのには絶好の隙であった。
次の瞬間、甲高い金属音と共に千景は粉々に砕け散ってしまった。
欠けた刃は、もはや千景の刀身が限界を迎えていたという、その兆候であったのだ。
その折、輸血液で傷を癒し態勢を整えた狩人は背部よりルドウイークの長銃を取り出し、手元の摘みを散弾に調節した後に血晶弾を込めて撃ち放った。
血晶弾は生きている様な挙動を取り、獲物たる助言者に向けて発射される。
しかし助言者は散弾型の水銀弾を目視で躱し、半ばより折れ、砕け散った千景の欠刃で血晶弾を次々と砕き斬っていった。
更に加速を用いて一気に狩人との距離を詰め、折れた千景で神速の一閃を繰り出した。
紙一重で助言者の攻撃を躱した狩人は落葉を抜き放ち、群青色の神秘の刃を纏わせた後、大きく飛び上がって居合の構えを取り、秘儀『古狩人の一閃・流星』を繰り出して助言者を斬った。
墜落の衝撃で地面が抉り取られ、花吹雪と共に土埃が旋風となり、上空へ巻き上がる。
「・・・なるほど、これがマリアを屠った狩人の奥義」
「そして悪夢の獣を打ち倒した神秘の剣技、古狩人の業か」
やがて土埃が収まった頃、不意に背後より届いたのは、助言者の声であった。
狩人がその存在に気が付いた時には既に遅かった。
助言者は折れた千景に力を溜め切っており、狩人が避ける暇もないまま、神速の一閃によって首元を斬り裂かれた。
噴水の如き鮮血が装束を濡らし、鉄兜から覗く左眼から光が失われてゆく。
助言者が勝利を確信したその刹那、狩人は懐から月の石を取り出した後、強く握り締めた。
深紅の血晶から光が漏れ出し、人の肉体が形を変えてゆく。
だが、今回はこれまでとは異なる様子であった。
月の石が掌へ吸い込まれてゆき、同時に背部より烏と蝙蝠の混じるが如き巨大な翼が飛び出した。
狩人は人の身でありながら既に悪夢を支配する上位者の赤子へと進化しており、それはまた、極めて異例の事態でもあった。
故に使用者を一時の神秘へ導く月の石は取り込まれ、それは人の身であった肉体を上位者へと完全に昇華させる、最後の触媒となったのだ。
魔物と化した狩人は人ならぬ声をあげ、助言者に飛び掛かった。
「・・・なるほど、君も何かにのまれたか。狩りか、血か、それとも悪夢か?」
人を完全に捨てた存在、悪夢の上位者「狩人の魔物」。
助言者は、最初の狩人であり助言者であった老ゲールマンの台詞を拝借しながら、魔物と化した狩人の攻撃を加速を用い全て躱してゆく。
「まあ、どれでもよい」
「そういう者を始末するのも、助言者の役目というものだ・・・」
かつて老ゲールマンを目覚めに導いた時も、今と同じ心持であった事を思い出す。
「・・・今宵、助言者の狩りを知るがいい」
そう言うと助言者は地面に腕を突き刺し、かつての地下遺跡より発掘した狩道具「異質の葬送刃」を掴み、取り出した。
かつて、最初の工房で生み出された仕掛け武器のマスターピースにして、老ゲールマンが用いたそれとは性質を異にする遺跡の聖遺物『異質の狩道具』の一つ。
狩人の悪夢より生み出される聖杯の遺跡はまた、彼らの遺志から生み出された様々な狩道具が眠る墓場でもあり、遺失の葬送刃もまた、そのうちの一つから発掘された、慈悲の遺志が産み出した遺産である。
そして助言者は踏み出した、終わりなき悪夢の、夜明けの一歩を。
魔物と化した狩人は異形の如き腕を振り回し、助言者を鷲掴みにせんとする。
その一撃はこれまでの獣や上位者とは比較にならぬほど重く、回避の度に大地は抉れ、花吹雪が舞い散る程であった。
助言者は魔物と化した狩人の大振りな連撃の隙間を瞬歩を用いて摺り抜けながら異質の葬送刃を鎌状に変形させ、痩せさらばえた巨躯の右足を刈り取った。
青ざめた血が噴き出し、地響きと共に巨体が倒れ込んで血濡れた花吹雪を散らす。
魔物と化した狩人は人ならぬ声で絶叫した後、神秘の光とおぞましく青ざめた血を一点に収束させ、右足を修復した。
先の月の魔物と狩人の戦闘を見ていた助言者は、この驚異的な回復能力に驚きを隠せなかった。
狩人の戦闘能力と恢復能力、それに上位者の異能が融合した今、もはや攻略不可能な巨塔が聳え立ったも同然であった。
だが、それでもなお助言者は狩りに諦める様子を見せなかった。
助言者は異質の葬送刃を変形させ、加速により魔物と化した狩人の随所に攻撃を開始した。
神秘の血飛沫を上げ、徐々にその肉が削ぎ落とされてゆく。
魔物と化した狩人は回復の儀式を行いながら助言者と剣戟を繰り広げ、互いの間に火花が散り始めた。
剣の如く形状を変質させた無数の尾が繰り出す大量の連撃を、まるで赤子をあやすように往なしてゆく助言者。
刹那、甲高い吼え声と共に眩い光が無貌の仮面から放出され、助言者の血の遺志を剥離させた。
魔物と化した狩人はそれを好機と見て助言者を掴み取ろうとするも、加速により躱されてしまう。
輸血液によって生きる意志を留めた助言者はエヴェリンに骨髄の灰を篭め、魔物と化した狩人の振るう左腕目掛けて撃ち放った。
極限まで高められた血質水銀弾に骨髄の灰を足したそれは、まさに狩人の用いた血晶弾に匹敵する威力の一撃であり、魔物と化した狩人は怯み頭を垂れた。
無尽蔵に思えたその回復能力も先程の戦闘によりもはや疲弊しきっており、限界が来ているのは目に見えて明らかであった。
その僅かな隙を、最後に訪れた一度きりの奇跡と考えた助言者は「星の爪」を嵌めた右掌を獣の如く突き出した後、魔物と化した狩人の頭蓋目掛けて突き立て、内部組織を引き摺り出した。
魔物と化した狩人は甲高い断末魔を上げて斃れた後、巨大な上位者の肉体を徐々に縮め始め、数分後、それは元通り人の姿となって傀儡の如く力の抜けた肉人形として、助言者の前に立ち竦んだ。
「・・・さらばだ、優秀な狩人」
助言者は狩人に最後の言葉を送り、とどめの内臓攻撃を見舞った。
凄まじい量の血の遺志と共に腸が皮膚の内より飛び出し、同時に流れる血の色が緑色に変わり、甘い腐臭を漂わせ始めた。
とどめの一撃を受けた狩人は終に膝を突き、もはや虫の息であった。
最後の一撃は、慈悲の遺志を宿した葬送刃で行う事が、遺志を継ぐ助言者、狩人の本懐である。
「かねて血を恐れたまえよ」
そう言って助言者は再び異質の葬送刃を鎌状に変形させ、眼前に跪く狩人の首を、一息に撥ねた。
首を失った狩人の傷口にはおぞましい神秘の精霊が萎びた顔を覗かせており、未だ生きようと藻掻いていた。
やがて精霊が最後の痙攣と共に枯れ落ちた瞬間、狩人の死体はおぞましい死血を噴水のように吹き出しながら臓物をばら撒いた後、霧の如く消滅した。
【HUNTED NIGHTMARE】
悪夢の上位者と化した狩人が倒れた時、月が沈んで空は白み始め、いよいよ本当の「夜明け」が訪れようとしているのが分かった。
既に火の消え、煙の燻る夢の館へ戻った助言者の前に人形が姿を現した。
人形は助言者に深々と一礼をした後、言葉を紡ぎ始めた。
「・・・狩人様」
「・・・もうじき、夜が明けます」
「お疲れ様でした。あなたの目覚めが、有意なものでありますように」
ふと辺りを見渡すと、館や花畑、はたまた人形すらもその容が蕩けるように崩壊を始めており、既に上位者の居なくなった今、狩人の夢は形を維持できずに消滅を始めているのだろう事が容易に理解できた。
やがて、視界が黒霧に包まれると同時に助言者の意識は途切れるように暗転した。
次に目を覚ましたのは、目も眩む程の眩い太陽の光差す、古都ヤーナムの枯れ井戸の傍らであった。
助言者は昇る朝日の眩しさと、冷気を湛えた冬の白い霧を浴びて意識を覚醒させ、かつて見た永い夢の事を朧気に思い出しながら、既に滅び去った街、古都ヤーナムを後にした。