不死終末黙示録 狩人篇   作:FROMG・E

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エピローグ1 【遺志継ぎの狩人】

幻想郷の夜は深い闇に覆われており、それはまた、深淵を蠢く夜の一族の時を知らせる合図でもある。

 

辺りからは魑魅魍魎の気配が無数に感じ取れ、獲物の血肉を求める狩人の如き目を紅く光らせている。

 

当然だ、紅い月が登る夜は獣や妖はその淀みに潜む獣性を一層強く露出させ、無垢な餌を襲い、喰らうのだから。

 

次の瞬間、茂みの影から巨大な狼の似姿を為した妖が飛び出し、狩人に襲い掛かって来た。

 

すぐさま上位者の触手を無数に伸ばし、粉々に引き裂いて血肉の塊へと変える。

 

この程度の獣であれば、もはや狩道具を使うまでもない。

 

かつての、人であった頃の狩人であれば紅い月の夜は一層の注意力を持って獣狩りの夜を過ごしていただろう。

 

幻想郷に降り注ぐ月の光とはまた、妖にとって自らの獣性を十全に発揮する光であり、或いは、人であるなしに関わらず、見る者を狂気と本能の底なし沼に引きずり込む「穢れ」に満ちた神秘の波動でもある。

 

特に、紅い月の夜は狩りに慣れた者であっても容易な調査は避けるべきであり、未熟な者であれば尚更といえよう。

 

この様な血の夜に嬉々として狩りに出るのは獣の恐怖を知らぬ愚か者か、あるいは血と暴力による狩りを信条とする鏖殺の狩人であるか、そのどちらかが大半であり、それはまた、赤い月の光が獣性を高める魔性の光、別名「血の月光」であるという事に他ならない。

 

丁度、悪夢の獣と遭遇したあの夜も、今日と同じように紅い満月の光が煌々と闇の森を照らしていた事を思い出す。

 

その時、どこか遠くから獣の叫び声と肉を裂く、独特の金属音が夜の静寂を斬り裂いて響き渡るのを感じ取った。

 

未だどこかに、かつての同志たる連盟員がいるのだろうか?

 

狩人は一先ず自らの位置を探るべく上位者の翼を拡げ、空高くへ飛び上がった。

 

果たして先程の音の正体は、敵か味方か、それを確かめる為でもある。

 

やがて月の大きさが一回り広がった頃、徐に下を覗き見ると、広がっていたのは静寂と黒き森を湛える広大な山の全貌であった。

 

山頂には一際輝く社が見え、あれが噂に聞く「守矢神社」という建造物であろうか?

 

かつて連盟の副将であった半妖の守り人、上白沢慧音より妖怪の山を束ねる神の話を聞いた事がある。

 

天に連なる妖怪の山の頂点には神の住まう社があり、それはまた、外の世界からやって来た神であるのだと。

 

先程まで狩人が立っていたのは人里の反対に位置する山の中腹であり、すると、その付近に狼煙を上げる輝きが灯っている事に気が付いた。

 

それは間違いなく篝火の類であり、恐らくは連盟の狩人が夜の探索の拠点を立てているのだろう。

 

そうでなければ、こんな月の夜に出歩く物好きなど居ようはずがない。

 

獣盛んなこの夜に牙を持たぬ無辜の民が一歩でも闇に躯を晒せば、あっという間に血に飢えた獣たちの餌となってしまうのだから。

 

そんな事を考えながら、狩人は懐かしき連盟員の顔を一目見るべく、篝火の地点へ降下を始めた。

 

篝火を焚いている者の正体が新人の連盟員、あるいは物好きな無辜の民であれば速やかに里への帰還を促し、また、古株の連盟員であれば、話し甲斐があるというものである。

 

数分後、篝火からやや離れた地点へ降り立った狩人は息を潜めながら灯りの元へ近付き、そこに居たのは、連盟の長ヴァルトールその人であった。

 

篝火の傍に座り込む官憲隊の装束を纏いしその男はまた、象徴的防具たる鉄兜を外しているが、その雰囲気と香りは連盟の長に違いなく、初めて見る素顔はだが、妙な既視感を覚えるものであった。

 

獣にやられたと噂される右眼は瑞々しい光を湛えて碧く輝いており、くたびれたような緑がかった黄土色味の金髪には、無数の返り血がこびりついている。

 

「・・・ほう、お前、生きていたのか」

 

「二月前の狩りで失踪したと、俺はそう聞いていたが」

 

篝火の傍まで近寄った時、ヴァルトールと思しき官憲隊の男は低く、だがよく通る声で狩人に声を掛けた。

 

この装束から個人を特定できるものは数少なく、更にこのくぐもったようで透き通った、低いながらもよく通る声は連盟長の声そのものであり、ゆえに狩人はこの男をヴァルトールであると完全に断定し、足早に篝火の傍まで歩みを進めた。

 

話を聞く所によると、どうやら狩人はあの悪夢の獣の討伐任務を最後に失踪したという扱いらしく、残された遺志継ぎの狩人たちもまた、盟主を失い今は低迷しているのだという。

 

それに代わり、今や連盟の本部では、人ならぬ「血の澱」を用いた、おぞましい人体実験とその副産物による血みどろの研究が繰り返されているとも語る。

 

その主宰者は慧音ではなく、連盟発足にあたる出資者の一族「稗田阿求」及びその盟友「本居小鈴」なる人物であるらしい。

 

どうやら、狩人の失踪を境に連盟は「人造吸血鬼」や「不死の傀儡人」なる新たな生物兵器の開発を始めたらしく、現在では狩人たちは専ら使い捨ての尖兵という扱いを受けているようだ。

 

ヴァルトールやヤマムラ以下、古参の狩人たちは辛うじて非道な扱いを逃れているようだが、新米の連盟員たちの扱いはそれに該当せず、末路は皆悲惨であるという。

 

すなわち未熟な業のまま、生きて戻れぬ「牙を抜かれた狩人」として使い捨てにされるか、あるいは非人道的な人体実験の果てにおぞましい骸の傀儡人となるか、そのどちらかなのだと。

 

「・・・ほう、同士。お前、人を辞めたのか」

 

刹那、不意にヴァルトールの口から零れた何気ない「一言」が、狩人から柄に無い感情を剥き出しにさせた。

 

それは、既に無いはずの弱々しい「心臓」を鷲掴みにされたような冷たい感覚であり、ゆえに体の制御を誤り、反射的に上位者の触手を表に飛び出させてしまった。

 

「やはりな。だが、この匂いは獣じゃあない」

 

「嗅いだ事の無い香りだ。なるほど、これが噂に聞く上位者、という奴なのか」

 

流石は連盟の長、初見であるはずの上位者の存在まで嗅ぎつけてしまうとは。

 

「匂い」に言及してくる存在と言えば、これまではアンナリーゼや純狐、嫦娥と言った「上位存在」に携わる者ばかりであり、それゆえに一狩人に過ぎないヴァルトールが神秘の匂いに言及したことについて、驚きを隠せなかったのだ。

 

「・・・まあ、それはいい」

 

「同士よ。お前、悪夢から帰ってきて短いだろう」

 

「獣狩りの血の匂いが取れていない、こっちの匂いが染み付いていないのがその証拠だ」

 

「・・・まあ、今日にでも、貴様の塒に顔を出してやるといい」

 

「安心しろ。本部の手は我々や、貴様の塒にまでは入っていない」

 

「奴らの事だ。貴様の帰還に、泣いて喜ぶ事だろうよ」

 

「クックックッ・・・」

 

ヴァルトールは至極落ち着いたまま、篝火に立てかけた焼肉塊を豪快に食らい始めた。

 

その瞬間、狩人の腰に差してある古びた連盟の杖に冷たい視線を送ると、静かに、だが殺意の篭った声で言葉を紡ぎ始めた。

 

「・・・待て。その杖は、どこで手に入れた?」

 

「懐かしい獣の匂いだ。それにその兜、うんざりする森の匂いが染み付いている」

 

「悪夢に居た頃の、俺の私物だな」

 

「クックックッ・・・」

 

「向こうの俺を、殺しでもしたのか?」

 

この時、狩人は何を言われたのか、一瞬理解が出来ていなかった。

 

だがようやく彼の意図に気が付くと、ゆっくりとした口調で全てを話し始めた。

 

長い永い、ただ一夜の獣狩りの夜の話を。

 

「・・・そうか、向こうの俺は、既に死んでいたか」

 

「だが、よもやあの狩人が助言者になっていたとはな・・・クハハハッ」

 

狩人の話を聞いたヴァルトールは、特に驚いた様子もないままに現実を受け入れていた。

 

それもそのはず、人里の連盟を立ち上げた連盟員は皆、あの悪夢で死に、そして幻想入りした存在なのだから。

 

「・・・さて、ようやく俺の、最後の獲物が到着したようだ」

 

ヴァルトールの言葉と同時に訪れたのは、只ならぬ血の匂いと死臭を纏う謎の気配であった。

 

重い足音と共に、無数の木を圧し折りながら、一歩一歩、獣がこちらへ近づいてくる。

 

音が近づいてくるたびに篝火の炎が風に揺れ、やがて、その正体が露わになってゆく。

 

悪夢の上位者と化した狩人の体躯をすら遥かに凌駕する巨躯、獣の匂いと甘い神秘の香りを併せ持つ、独特の体臭。

 

巨大な木々を真っ向から薙ぎ倒すその四肢は蠢く獣毛に覆われており、それはまた、赤桃色の粘液に覆われている。

 

艶めかしい滑りを伴う皮膚の内側には岩の如く隆起した筋肉が透けており、周囲には無数の精霊が纏わり付いている。

 

獣の如き大爪を備えた指先には蒼白い神秘の粘液が滴っており、その指もまた、軟体生物を思わせる蠢きを見せている。

 

風に靡く白銀の鬣は無数の触手で構成されており、艶やかに赤い月の光を反射させている。

 

臀部より伸びた一際長い無数の尾は先端に鈍銀色の骨刃を備えており、鞭のように靭やかな動きで空を斬っている。

 

狼とも鹿とも似つかぬ細く伸びた顔には瞳が七つあり、長く伸びた耳の傍には歪んだ巨角が生えている。

 

頬は耳までばっくりと裂けており、口腔内には虎鋏の如き大牙が規則的に生え揃い、その内側を太く長い、軟体生物の如き粘液を纏った二枚の舌が互い違いに蠢いている。

 

それは幻想郷に取り残された最後の生き残りたる、悪夢の獣の残滓であった。

 

かつて狩人を悪夢へと誘った水先案内人そのものであり、因縁の相手であると同時に、欠けた身体を埋める最後の欠片でもある。

 

人ならぬ者、妖、大いなる上位者、外なる神々、その全ての精神世界たる「悪夢」を司る上位者「甘き夢を見せる者」。

 

その遺志を継ぎ、悪夢の上位者と化した狩人にとって眼前の悪夢の獣は、彷徨う醜い不死の赤子が残した最後の「遺産」であり、それを狩り、遺志を継ぐ事で全ての因果は収束し、一つに纏まる。

 

ゆえにそれを狩るのは狩人の最後の仕事であるのだ。

 

だが、それを制する者が一人、ここに存在した。

 

連盟の長、ヴァルトールである。

 

「分かっている。この獣は、お前の肉体を埋める、最後の一欠片なのだろう?」

 

「だが、それは俺も同じだ」

 

曰く、ヴァルトールはすべての仕事を終え、ヤマムラと慧音に連盟の使命を託して一度死んだ身であるのだという。

 

それでもなお、今ここに生きて立っているのは、悪夢の狩人が狩人の悪夢より帰還した事、そして悪夢の獣の残滓が生きている事が理由であると話す。

 

「俺も同じだ。この獣を狩り、そしてその遺志を同士であるお前に託す」

 

「同士。いや、悪夢の狩人よ」

 

「俺と共に、最後の仕事を果たしてもらおう」

 

だが次の瞬間、周囲より無数の足音と共に、獣の気配が増えた事を感じ取る二人。

 

この香りは、狩人が悪夢で何度も嗅いだ、あの懐かしい香りであった。

 

身体の中に宿る魔物の触媒「月の石」が胎動を始め、神秘の波動が体を駆け巡り始める。

 

刹那、背後より「匂い」の正体が狩人の頸元目掛け飛び掛かり、だがそれを触手の一撃で跳ね返す。

 

謎の獣は悶絶の声を上げながら背後の木々を薙ぎ倒して倒れ込み、それと同時に、木々の影から一斉に獣の群れが姿を現した。

 

一匹、二匹、三匹・・・・・・気が付けば狩人とヴァルトールは、七匹の「獣」にとり囲まれていた。

 

「・・・ほう。手下を引き連れての狩りとは、なかなか獣らしいじゃあないか」

 

兎と狼を合わせた外見の頭蓋骨に、異様なまでに発達した耳状の器官。

 

純白の毛皮からは、肋骨が変異したものと思しき鈍色の骨槍が飛び出しており、それは生きているように撓り、空を斬りながら蠢いている。

 

肥大化した右前腕からは歪んだ形状の尺骨に似た骨が飛び出しており、宛ら獲物の首を刈り取る死神の鎌の如き外見である。

 

鋭く伸びた鈎爪は血に染まり、強靭な後脚には蒼白い、神秘の触手が束となって巻き付いている。

 

心臓部には純白の石が埋め込まれており、それは上位者の血を吸って赫焉の如き焔を宿している。

 

一際長く伸びた尾は無数の寄生虫に汚染されており、先端には、無数の牙を生やした肉襞の花が咲いている。

 

姿形こそ異なれど、それは白銀の眷属、玉兎の獣であった。

 

玉兎の獣を従えた悪夢の獣は甲高い咆哮と共に大きく飛び上がり、眼前の獲物目掛け飛び掛かった。

 

すぐさま狩人は落葉を抜き放ち、雷光ヤスリを擦り付けて蒼き雷を纏わせたまま目を閉じ、居合の態勢に入る。

 

ヴァルトールも同時に回転ノコギリを背部より取り出し、火花を散らして刃を回転させ始めた。

 

双方が得物を構えると同時に、四方より血に飢えた玉兎の獣が一斉に襲い掛かる。

 

轟音と共に飛び散る篝火、周囲に火種がばら撒かれ、たちまち炎の柱となって檻を形作る。

 

その時、狩人は上位者の触手を無数に伸ばして玉兎の獣を全て拘束していた。

 

焔を散らした衝撃波は、その余波によるものであった。

 

そして狩人は玉兎の獣たちを上空へ高く放り投げた後、秘儀『古狩人の一閃・千重波』にて波状斬撃波を繰り出した。

 

まさに千重波の如く襲い来る斬撃波は玉兎の獣たちを成す術なく肉塊へと変えてしまい、次の瞬間、捕食器官と化した狩人の翼によって、全ての肉片は血の一滴さえ残さず喰い尽くされてしまった。

 

それはあまりに一瞬の決着であった。

 

もはや戦いとも呼べぬ一方的な蹂躙劇はその場の全ての存在に威圧感を与え、その衝撃は、悪夢の獣すら怯み後退る程であった。

 

「感謝するぞ、悪夢の狩人」

 

「だが、ここから先は俺の役目。手出しは無用だ」

 

その隙にヴァルトールは大きく飛び上がって回転ノコギリの刃を回転させ、悪夢の獣に飛び掛かった。

 

ノコギリの刃は火花を散らしながら、赤桃色の蠢く獣毛と共に血肉を細切れに削り取ってゆく。

 

悪夢の獣は苦痛に悶え、おぞまし色の血飛沫を上げる。

 

官憲の装束が見る見るうちに色を変えてゆき、同時にヴァルトールの眼の色も獣のそれへと変わってゆく。

 

次の瞬間、悪夢の獣は首元より触手を伸ばしてヴァルトールを上空へ持ち上げた後、強靭な前脚を軸に回し蹴りを繰り出して遥か彼方へ蹴り飛ばした。

 

背後の大岩に衝突し、血反吐を吐くヴァルトール。

 

隙を逃さず馬乗りとなる悪夢の獣、強靭な四肢でヴァルトールを抑え込み、巨大な口を開いて肉を喰らい始めた。

 

官憲の装束を嚙み千切り、腹の皮を引き裂いて腸を啜り喰ってゆく。

 

引き裂かれた腸から汚物が噴き出し、辺りを褐色に染め上げてゆく。

 

まさに絶体絶命であり、だがこの状況に於いても、ヴァルトールは余裕の表情を変えることはなかった。

 

やがて腸を飲み込んだ悪夢の獣は両前脚を振り上げ、肋骨をこじ開けるべく胸元に爪を突き立てた。

 

大きく口を開き、心臓を喰らう準備に入る。

 

刹那、ヴァルトールは懐より火炎瓶を取り出して悪夢の獣の口腔内へ放り込み、噛み砕かせた。

 

閃光と共に弾け飛ぶ顎の骨と頬肉、悪夢の獣は衝撃と炎に驚き叫んで飛び下がる。

 

ヴァルトールが投げた火炎瓶は通常のそれとは異なる連盟の試作品『爆発火炎瓶』であった。

 

すぐさま輸血液にて傷を癒し、加速を用いて彼我の距離を詰める。

 

そのまま悶絶する悪夢の獣の喉奥へ爆発火炎瓶を数本捩り込み、大きく飛び上がる。

 

爆発と共に口腔より黒煙を上げ、頭蓋を失った首を虚空へ向ける悪夢の獣。

 

大きく飛び上がったヴァルトールは回転ノコギリを最大出力で回転させながら降下し、悪夢の獣を真二つに引き裂いてゆく。

 

やがて心臓に刃が当たった事を確信すると同時に回転ノコギリを放り投げ、手刀による内臓攻撃を敢行。

 

悪夢の獣の心臓を引き摺り出し、脈動する赤き粘液塊を握り潰し、血の遺志を自らのものとしたのであった。

 

【YOU HUNTED】

 

核を失った悪夢の獣の肉体は緑血を流しながら甘い腐臭と共に蕩け腐り落ち、やがて霧と化して消滅した。

 

いつの間にか辺りを包んでいた焔の檻も落ち着きを取り戻し、残り火が煙を上げて燻りながら、仄かな明りを湛えていた。

 

「・・・ああ、同士。感謝する」

 

「これで、俺の使命は果たされた」

 

「介錯はお前に任せよう。俺の遺志と共に、欠片を受け取るがいい」

 

そう言うとヴァルトールは静かに正座し、頸を差し出す体勢に入った。

 

狩人は懐より助言者の狩武器『失われた葬送刃』を取り出し、鎌状変形を済ませた後、大きく振り被る。

 

「・・・ああ、同士。最後に一つ、伝えておこう」

 

「この先、ヤマムラや慧音に会う事があれば、こう伝えてくれ」

 

「月人と名乗る異様の面々が、地上を浄化殲滅にやって来る」

 

「全力を以て、これを正面から叩いて潰せ、とな・・・」

 

ヴァルトールの遺言が締め括られると同時に、失われた葬送刃の一閃が首を飛ばし、やがて吹き上がる血飛沫と共に塵と化した肉体は狩人の心臓へ吸い込まれ、遺志の力となって消滅した。

 

【ヴァルトールの官憲服】

 

【ヴァルトールの官憲手袋】

 

【ヴァルトールの官憲ズボン】

 

【回転ノコギリ】

 

【獣狩りの散弾銃】

 

狩人は古びた連盟の杖を掲げ、するとかつての連盟員たちの幻影が蒼白い霧と共に形となって列を為し始めた。

 

片目の鉄兜を被った官憲の古狩人『連盟の長、ヴァルトール』。

 

遥か遠い東国より仇の獣を追った侍『流浪の狩人、ヤマムラ』。

 

禁域の森の住人、毒蛇と人ならぬ友誼を交わした、言葉なき腑分けの双子の片割れ『マダラスの弟』。

 

かつてガスコイン神父の相棒であった静かな古強者『古狩人ヘンリック』。

 

どの連盟員も錚々たる時代を生き抜いた古強者であり、総じて連盟員の絆は深く、そして強固である。

 

狩人はかつての連盟員、その幻影たちに『連盟の誓い』を捧げ、彼らの遺志を継いだ事を表明した。

 

刹那、連盟員の幻影は蒼白い霧と化して狩人の懐へ吸い込まれるように消滅し、後には静寂と死臭だけが残された。

 

やがて夜も深まった頃、辺りは既に妖の支配する深淵立ち込める、闇の時が訪れていた。

 

無数の妖を斬り捨てながら、狩人は隠し森への道をひたすらに進んでゆく。

 

その道中、大蝦蟇の池と呼ばれる小さな泉の側を通りかかった時の事であった。

 

「ハハ―ッ!どうした!もっと俺を楽しませろ!」

 

暗闇の奥で、異形の獣の群れを相手に大立ち回りをする、一人の少女の姿が見えた。

 

深い森の中、月の光も差さぬ暗闇である事に加え、超高速で飛び回っているがゆえに装束や容姿などの仔細な情報こそ得られぬものの、それは紛いなき幻想少女であった。

 

異形の獣を相手に大立ち回りを演じる幻想少女は異形の大蜈蚣を首元に巻き付け、つるはしと大型の円匙を得物としていた。

 

首元に巻き付いた大蜈蚣が獣を締め上げ噛み付いて毒を送り込み、それに追従するように幻想少女がつるはしで首を撥ね、大型の円匙で骸と化した獣の肉体を粉々に破壊するという戦術を取っていた。

 

数分後、全ての獣は肉の山となって地面に堆く積み上がり、やがてそれを大蜈蚣が貪るように食らい始めた。

 

「旨いか?よしよし・・・こいつが餌を食い終わったら半兵衛でも探しに行くかなぁ・・・」

 

どうやら件の幻想少女は「半兵衛」なる人物を探す為に動き回っているようであり、狩人はその名前に聞き覚えがあった。

 

連盟の研究所に、そんな名前の被験体がいたような覚えがあり、だがその事は一旦後回しにと考えた狩人はその場を後にし、やがて霧の深まる森の中へ辿り着いた。

 

<霧の森>

 

昼間は深い霧で視界を失う霧の森であるが、夜は一変して視界の晴れ、だが同時に深い森ゆえに闇が包み込む、まさしく隠し森の渾名に相応しい土地である。

 

隠し森にはまた、悪夢の狩人を盟主とする『遺志継ぎの工房』の他に『鏖殺の工房』通称:連盟の隠し家と呼ばれる工房が存在し、だがそれらの工房のありかを知るものはごく少なく、連盟員の上位会派に属する狩人でさえ、両工房の位置を知るものは居ない。

 

それを知る者はまた、連盟の長たるヴァルトールを筆頭とする古参幹部の他は悪夢の狩人のみであり、それはまた、両派閥の思想の違いから勃発しかねない内部抗争を避ける為であった。

 

やがて狩人は大地に重く腰を下ろす、灰白の大樹前に辿り着いた。

 

それはまた『鏖殺の工房』の入り口を隠す虚構の大樹であり、合言葉なくしては入口すら認識できない。

 

本来用事のない場所であるのだが、先の戦闘でヴァルトールから預かっている言伝を慧音またはヤマムラに届けるべく、ここを訪問する必要があったのだ。

 

狩人は合言葉を口にして入り口を開き、刹那、奥より伸び来る痩せさらばえた腕に身を任せ、工房内部へ侵入した。

 

<連盟の隠し家>

 

数分後に目を覚ましたのは、工房内部の武器庫となる要の部屋「工房の細工室」であった。

 

壁には様々な仕掛け武器が掛けられており、その中には連盟が独自に作り出した物もいくつか存在していた。

 

狩人はひとまず壁掛けの松明に火を灯し、工房の物色を始めた。

 

それぞれの狩道具には掛金具の側に名称札が打ち込まれており、それによって未知の道具の名前さえ、判別する事が可能となっていた。

 

ふと机の上に目をやると、そこには『新開発狩道具目録』なる冊子が無造作に置かれており、その中には様々な狩道具の図解と簡単な解説、そして用途が細かに綴られているのが確認できた。

 

狩人は冊子を元に道具を一つ一つ吟味し、見知らぬ道具をそれぞれ手に取り始めた。

 

全ての狩道具はそれぞれ幾本か飾っており、一つ掠め取った所で問題はないだろう。

 

【氷血の刃】

 

使用者に尋常の出血と凍傷を強いる業を備えた狩道具『血晶の薄刃』に複雑な装飾を施した拵を取り付けた試作品であり、それにより、ある程度の負荷軽減を実現したと書かれている。

 

試しに握ってみると、確かに手元から上り来る冷気は完全に封じられており、更に使用者の血が逆流するのを防止する仕掛けも施されているようであった。

 

【薄氷】

 

剥き身の大太刀『氷結の血刃』を簡易的に再現した四尺を超える大刀であり、脳を死なずの蟲に支配された不死の亡者専用の調整を施してあるが故に、尋常の人間による運用は想定されていないと書かれている。

 

より一層に薄く形作られたその刃は、触れるだけで指を斬り落とす程の切れ味を全体に含んでおり、確かにこれは尋常の人間に扱う事は不可能であろう。

 

【断頭者の大鉈】

 

連盟の秘かな処刑人、妖狩りのヴィンツェンツの為に誂えた専用の狩道具と書かれている他には何の情報も記載されていない、奇怪な大鉈である。

 

それは鉄塊と呼ぶに相応しい代物であり、尋常の人の連盟員では振るう事すら不可能であろう事が容易に理解できた。

 

【獣狩りの大薙刀】

 

希少な隕鉄を用いた柄を備えた大薙刀であり、鍛え込まれた刃はあらゆる物を力任せに叩き斬る重厚な一品となっている。

 

説明によれば、特殊な刃文の刻まれた刀身は獲物の血を浴びるほどに緋色の刃を形作り、同時にそれは、使用者の獣性をも高める作用があると書かれている。

 

獲物の血により形作られる呪われた緋刃は使用者に無尽蔵の快楽と力をもたらし、更なる獣狩りを促すのだという。

 

極めて実践的かつ暴力に満ちた狩り道具であり、これは、おぞましいほどの怨念と、獣性と血の快楽に吞まれた狩人の遺志に塗れている。

 

開発者は細工師の狩人、トルトリエであるらしい。

 

トルトリエは極めて天才的な細工師の一人であり、狩りの腕こそ人並みに劣るものの、その細工技術は悪夢の狩人にすら引けを取らぬほどの一流技術者であった。

 

ゆえに連盟の思想が二分し、悪夢の狩人が対立の盟主となった後、トルトリエは秘かな影の任務のため、鏖殺の工房の細工師となったのだろう。

 

【吸血の刺剣】

 

トルトリエの傑作品の1つ、実験の失敗作『吸血獣』の口吻を加工して作り上げた逸品であり、刺突攻撃により、獣の血を一瞬にして吸い尽くし、血の遺志に変える狩道具であると書かれている。

 

【蟲殺しの茨鞭】

 

トルトリエの手になる狩道具の1つ、実験の不死生物『宿り蟲妖』の茨舌を加工して作り上げた鞭であり、ひとたび振るえば、獣の血の内より「淀みの蟲」を纏めて引き摺り出し、独りでに擂り潰すと同時に首を撥ねる、生きた狩道具であると書かれている。

 

やがて一通りの探索を終えた狩人は細工室を後にし、大広間へ足を運んだ。

 

<大広間>

 

「・・・誰だ!」

 

大広間に足を踏み入れた刹那、一発の銃声と共に砲弾が狩人目掛け飛来し、それを間一髪上位者の触手で受け止める。

 

「ん?お前は・・・生きていたのか!そうか、死んだと聞いていたからな、心配したぞ?」

 

火薬の煙幕が晴れる頃、遠くより聞こえたのは聞き慣れた女の声。

 

警戒する狩人をよそに奥から駆け寄って来たのは、鏖殺の狩人の盟主であると同時に連盟の副将として名高い半妖の守り人、上白沢慧音であった。

 

「まあ、こんな所で立ち話も無粋だろう」

 

「応接間で話をしよう。お前には、ここ数ヶ月で起きた事件の数々を話す必要があるからな」

 

そうして応接間へ移動した狩人は、失踪から数か月の間に起きた、数々の異変の全貌を聞く事となった。

 

ヴァルトールの死、月人の先遣隊の侵攻、連盟員の失踪、そして正体不明の勢力による本部襲撃。

 

あまりに長く、そして長い話ではあったが、狩人はそれをただ静かに聞き続けた。

 

「・・・と、まあこんな所だ。ちなみに、遺志継ぎの狩人たちについてだが・・・」

 

不意に慧音の言葉が留まり、何か言いづらい事でもあるのだろうか。

 

だが、もとよりヴァルトールからの話である程度の覚悟はしているつもりであると伝えると、せきを切ったように言葉を紡ぎ始めた。

 

「・・・なに?ヴァルトールが?その話、少し詳しく聞かせて貰おうか」

 

狩人は肩を揺さぶる慧音の手を押さえ、ヴァルトールの伝言を、はっきりとした口調で伝え始めた。

 

「・・・なるほど、そこまで予想を立てていたとは。やはり彼は聡明だったと見える」

 

「それに、その悪夢の話で幾つか納得がいった事がある」

 

連盟員たちの立て続いた失踪事件は、恐らく全てがそうとは言い切れないが、例の悪夢の獣によって引き起こされたものであると互いに結論付けていた。

 

「話は戻るが、お前の失踪以来、遺志継ぎの狩人たちが塒から出て来たという情報は聞いていない」

 

「私も連日の異変の数々で、遺志継ぎの工房に顔を出していないからな」

 

「生きているのかどうか、それすら分からないのが現状だ。済まないな」

 

だが、どのみち塒には顔を出す予定があったのだ。

 

それは構わないと伝えると、慧音は半ば安堵したような表情を浮かべて言葉を紡いだ。

 

「そうか。だが今夜はもう遅い、明日の朝まではここで休んでいくといいだろう」

 

慧音の厚意もあり、狩人は鏖殺の工房で一夜を過ごす事となった。

 

「この部屋を使うといい。私が普段使用している休憩用の寝室だ」

 

女性特有の甘い香りと獣の匂いの入り混じったその部屋は、簡素ながら清潔に保たれており、一晩休むには聊か十分過ぎるほどの設備が整えられているようだ。

 

狩人は慧音に感謝の礼をした後、一旦細工室へ戻り装束の修理や狩道具の手入れをして眠りについた。

 

本来上位者である狩人に睡眠は不要であるのだが、この時はなぜか身体がひとりでに睡眠の態勢に入ったのであった。

 

恐らくは人間であった頃の習慣が未だに抜けきらない為であろう、いずれこれも無くなるはずだ。

 

ならば人である一時を、今は静かに楽しむのが良いだろう。

 

<狩人の夢>

 

そうして狩人は静かに眠りにつき、やがて目覚めたのは夢の屋敷の花畑であった。

 

白銀の月の浮かぶ屋敷はかつての姿と相違なく、これは狩人が悪夢の上位者となった檻に再構築された、かつての夢とは似て非なる空間であった。

 

屋敷に足を運ぶと、そこにはかつての人形が再び狩人を迎えるように佇んでおり、こちらの存在に気が付くと、一礼と共に帰還を讃える言葉を紡ぎ始めた。

 

「お帰りなさい。狩人様」

 

人形は狩人が贈った氷結の薔薇細工を帽子に差しており、あの夢で邂逅した存在と同一のものである事を示す証左であった。

 

「狩人様。また会えたことを光栄に思います」

 

「私は、あなた方、人に作られた人形です」

 

「私は、あなたを愛しています」

 

狩人はその後、人形と幾つかの言葉を交わして会話を楽しんだ。

 

幻想郷の話、長い悪夢から目覚めた上位者の話、人里の連盟の話。

 

やがて狩人は再び意識を失い、気が付いた時は工房の寝具の上であった。

 

部屋を出ると慧音は既に工房を去っており、一つの書置きが残されていた。

 

【悪夢の狩人へ この書置きを呼んでいる頃には、私は既に人里へ帰っている事だろうと思う 狩人よ、今日は何か不穏な空気が幻想郷を包んでいる 自身の塒へ帰る際は、十全に気を付けたまえ 慧音より】

 

慧音の手記を懐に収めた狩人は鏖殺の工房を後にした。

 

<霧の森>

 

外へ出ると時刻は既に昼を過ぎており、同時に、何やら得体の知れぬ「瘴気」が妖怪の山を包んでいる事に気が付いた。

 

狩人は長の鉄兜を深く被り、意識を整えて遺志継ぎの工房、その塒へと足を運び始めた。

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