妖怪の山の半ばに位置する霧の森は、昼間でも日の光を遮る程の濃霧が年中に渡り満ちており、それはまた、幻想郷の中でも特に濃密な『妖気』の充満するこの土地そのものに起因しているという。
更にこの白霧には微弱ながら「生きる力」を阻害する霊気に近いものが含まれており、この周辺には妖怪はおろか、獣や異形すら近寄らぬ特異な空間が形成されているという訳である。
ゆえにこの土地は隠れ家を作るのには最適の場所であり、なればこそ、夜に紛れて狩りを行う連盟の秘部たる上位会派が拠点を置くのには、これ以上ない好条件の土地であった事は言うまでもないだろう。
奥へ進むほど霧は濃く狩人に纏わり付き、湿り気を帯びた煙の縄が体を包み込んでゆく。
その道中、落ち武者の如き人影とすれ違い、だがその男の内に潜む気配は「異形」のそれであった。
その気配を形として言葉にするならば「不死の大蜈蚣」であり、奇しくもそれは、昨晩獣と死闘を繰り広げていた幻想少女に巻き付いていた、異形の大蜈蚣と同類のものであった。
恐らくはヴァルトールの話していた「死なずの実験」に関与する何者かであろうことが予想でき、だが今は手を出すべきではないと判断した狩人は落ち武者の影を追う事なく、自らの進むべき道を急いだ。
連盟の本部へ戻る前に、遺志継ぎの工房の安否を確認する必要があると直感していた為である。
昨晩の戦闘に異形の幻想少女、そして慧音やヴァルトールの話していた「月人の侵攻」の話題に加え、先程すれ違った異形の落ち武者の件もある。
幻想郷で何か大きな「異変」の影が迫っている事は明白であり、なればこそ、同法の安否を確認する事でいったんの安らぎを得たいという感情が心の奥底に沸き上がっていたのだ。
やがてどこからか、鍵慣れぬ薬品の匂いと共に血と死臭の混ざった形容し難い臭気が漂ってきている事に気が付いた狩人は、その匂いの根源を辿るべく道を外れて捜索を開始した。
濃霧の中、僅かな臭気の根源を辿る事は、尋常な人の狩人であれば困難を極める任務であろう。
だが、狩人の悪夢において無数の獣や上位者達の遺志を継ぎ、真なる悪夢の上位者と化した狩人にとってそのような事は造作もなく、十数分もせぬうちに大元と見られる古びた穴倉の入口へ辿り着いていた。
穴倉の周辺には無数の人骨や血の跡がこびりつき、暗く開いた闇の奥からは、一層強まった異臭が狩人を誘うように漂っていた。
意を決し、穴の底へ潜り込む。
<死なずの施術牢>
洞穴の道中には無数の蜈蚣や巨大な蟋蟀に酷似した異形の蟲が徘徊しており、薄暗い松明が照らす地面にはまた、野ざらしにされ、蛆や蠅が集り腐敗した獣の肉片や、筵に包まれ、木棚のようなものに乗せられた人間の死体等が無数に並んでいた。
そのどれもが強烈な死臭と腐敗臭を放っており、この先に到底まともな人間のいる筈もないだろう。
所々に据え置かれた壺を覗けば、そこには異様なまでに肥え太った蛆の如き「蟲」が溢れんばかりに詰められており、強い酸の匂いを放っていた。
そして、狩人が痩せさらばえた死体の傍を通り抜けた、その瞬間であった。
突如として甦るように起き上がった亡者の如き死体は背後に飛びつき、そのまま強靭な顎で首元へ噛み付き、肉を食い千切らんと襲い掛かって来た。
だが悲しきかな、狩人の肉体は既に人のそれを超越しており、生中な攻撃では傷一つ付ける事は叶わない。
逆に亡者の牙は全て砕け散ってしまい、更に背骨より生えた無数の骨槍に貫かれ、粉々に引き裂かれてしまった。
そうして無数の屍人達を屠りながら死屍累々の洞穴を進み、やがて座敷牢の入り口のようなものを発見した狩人は、陰に隠れて内部を観察し始めた。
そこには一人の白装束に身を包んだ小柄な男がおり、台に乗せた人間に対し、奇妙な施術を行っているように見えた。
狩人は意を決し、座敷牢の戸を力強く叩いて訪問を知らせた。
これまで、数多の恐ろしい獣や怪異たちを数え切れぬほど狩ってきたのだ、今更狂人の一人など、恐れるべくもない。
すると、こちらの存在に気が付いたのか、白装束の男が汚れた麻布で手を拭いながらこちらへ近付き、扉を開いて狩人へ質問を投げかけた。
「百々世殿か、半兵衛殿かと思えば」
「貴方は・・・」
「・・・・・・ああ」
「もしや、噂に名高い『悪夢の狩人』殿でしょうか」
白装束の男は暫く言葉を詰まらせた後、狩人の正体を即座に言い当て、剰え既知の人間であるかのような振る舞いを取り、挨拶としてきた。
男の質問に是の意を示すと、予想通りと言った声色で次々と言葉を紡ぎ始めた。
「やはり、そうですか」
「武勇の数々、慧音殿より伺っております」
「私は、道順」
「人里の連盟にて、死なずの施術の支度を」
「慧音殿より、任されております」
名を道順と名乗る怪しげな白装束の男は、どうやら連盟の施術師であるらしく、そう言われると、この風貌に見覚えがあると感じ始めていた。
「狩人殿が受けた施術も、私が行ったものでございます」
そう言われてみれば、確かに狩人が連盟で受けた肉体強化の施術の折、麻酔で眠る直前に見た施術師が、丁度このような相貌の男であったはずだと、狩人は朧気で鮮明な記憶を掘り起こすように思案する。
「二月ほど前より、行方を眩ませておいでだと伺っておりましたが」
「よもや、生きていらっしゃったとは」
どうやら失踪の話題は思わぬところまで波紋を広げているようであり、これでは本部に帰った後の事が思いやられると感じかけた、その時であった。
道順の眼から光が消え、まるで別人の如き人相と雰囲気へ変貌しかけた気配を感じた狩人は一瞬驚愕の感情を浮かべ、だが身体は一寸たりとも動かさずに相手の出方を伺うのみに留めた。
「ところで・・・・・・」
「連盟の上位会派の1つ、遺志継ぎの工房の盟主である狩人殿が」
「果たしてこの私に、何用でしょうか」
「この穴倉は、百々世殿と半兵衛殿以外は、誰も知らぬ秘所のはず」
話を聞けば、この穴倉は例の「連盟本部襲撃事件」より後に、死なずの源流たる侍「死なず半兵衛」及び「姫虫百々世」なる幻想少女との邂逅で秘密裏に作り上げた研究施設の類であるらしい。
敵勢力に研究を荒らされるのを防ぐべくこの隠し森を慧音より案内されたらしく、この近隣には鏖殺の狩人の工房があるとも口にした。
やはりこの森は邪で隠し事の思惑を腹に持つ存在を呼び寄せるものだと感じる狩人であった。
「そうでしたか、ヴァルトール殿の命で。何ともまあ、ご無礼をお許しください」
狩人が事情を話した途端、先程まで放っていた殺気が一息に霧散し、残るのは飄々とした不気味な人相のみであった。
そしてこの穴倉では、より完全な死なずの赤目人を作り上げるべく研究と施術を繰り返しているようであり、先程道中で見た無数の死体や亡者は、その失敗作たちであると言う。
あの場所に死体がある理由については、搬出する前に一時保管していると同時に、無用な侵入者を避ける為の柵としての役割を持たせているのだと、道順は嬉々として語った。
現在、本部の研究施設は本居小鈴と稗田阿求なる出資者たちが吸血鬼なる集団の研究に用いていると語り、それは狩人に変わる、新たな狩りの兵隊であるらしい。
「そうだ、狩人殿へ、一つご相談が」
やがて話が熟し切った頃、突如として道順は狩人に対し、とある依頼を願い始めた。
「実は、かつて人里の連盟に所属していた頃」
「慧音殿の命により、二体の幻想少女を用いて新たなる験しを進めていたのです」
「それは、狩人殿に行った強化術と、死なずの蟲に変若水の澱を併せた、まったく例のない試みでした」
「そうして無事に、新たな験しは成功しました」
「その折、当時より施術場に居られました小鈴殿と阿求殿が、それぞれの成功作に、こう名付けたのです」
「狼女を元とした者に『槃瓠の仔』」
「虫妖の女子を元とした者に『宿り蟲妖』と」
「ここまではよかったのです。そう、ここまでは・・・・・・」
これほどおぞましい話を嬉々と話す者は、やはりまともではなかった。
あの死体溜りに感じた予感は、正しかったのだ。
次の瞬間、道順は頭を抱えて呻き始め、血走った眼で一人口論を繰り広げ始めた。
「お、おやめください、道策様・・・!」
「道順よ、あ奴らは成ったのだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「道策様、いかがなされたのですか?」
「・・・・・・」
「答えろ、道策っ!」
それは、傍から見れば滑稽に見えただろう。
道策様と呼ぶその声の主は、紛れもなく道順であり、これはただの一人芝居に過ぎぬのだから。
「・・・・・・ああ、失礼いたしました」
「話を続けましょう」
次の瞬間、何も無かったかのように話を続けるその異常性に狂気の渦を感じた狩人は、ただ静かに話を聞く他はなかった。
もしここで余計な手を加えれば、有用な情報を聞き出す前に殺してしまう可能性が多分に含まれている為だ。
「やがて慧音殿より、マヨヒガと呼ばれる隠し家に住まう九尾の狐を狩れ、との達しがなされました」
「先の二匹の実験体も、その狩りに持ち出されたのです」
「ですが、そこで悲劇は起きました」
「突如暴走した二体の実験体により部隊は全滅。目標も逃走し、作戦は失敗したのです」
「唯一生き残り、帰還した連盟員の身体からは虫が湧き、腐り死んでしまいました」
「それから先、彼女らの目撃情報はありません」
「狩人殿、もしこれから先、彼女らを目撃する機会があれば」
「それを討伐し、可能であれば首級を縊り取った後、私の元へ用立てを、お願いしたいのです」
狩人はそれを了承し、彼女らの人相書きを受け取った。
【血に汚れた施術者の人相書き】
それぞれの人相書きは血で汚れ、だが異形であるという事と、大まかな様相は認識できた。
「請け負って頂ける、と。まこと、感謝の極みにございます」
「では、私はこれにて。施術の続きがございますゆえ」
道順はそう言った後に牢へ戻り閂を掛け、それ以降はこちらの声をすべて無視したまま施術を再開していた。
狩人は人相書きを懐へ仕舞い込んだ後、道中の亡者に手を合わせ、先程の非礼を詫びつつ施術場を後にして目的の地へ足を進めた。
外に出れば、先程まで高く昇っていた筈の陽は半ばまで下がっており、もうじき黄昏の時が訪れようとしていた。
<遺志継ぎの工房>
やがて目的の工房へ辿り着いた狩人は、合言葉と共に閉ざされた岩戸を開き、屋内へ足を踏み入れた。
久方振りの帰還に懐かしさを覚えながら、廊下を進んで自らの部屋へ足を運ぶ。
床の隠し扉に落葉を差し込み、時計回りに捩ると、轟音と共に地下へ続く階段が姿を現す。
ランタンを腰につけて火を灯し、階段を下った先の扉に手を掛ける。
埃を巻き上げながら開く扉、狩人は自らの部屋に電気の明かりを灯して帰還の合図を鳴らした。
壁に掛けられた銃器の数々は、かつて狩人が外の世界で軍人として活動して居た頃の遺品であり、特別に改造されたそれらはまた、獣狩りの為の調整が施されている為に水銀弾や血晶弾などを発射する事が可能となっている。
大日本帝国陸軍人となって手にした銃器の内、日露戦争開戦前まで用いていた主力小銃「十八年式村田銃」。
この銃器は単発式のボルトアクション装填を採用した初の国産小銃であり、様々な思い出が込められている。
当時、士官学校を卒業したてで、曹長の地位にはあれど現地での経験は不足している、一介の新卒兵に過ぎなかった狩人は、共に駐屯地に滞在していたマタギ出身の上官に銃剣術・射撃術のイロハを習い、才能を開花させる事となった。
上官の教えとして一貫していたのは「最初の1発で決めなければ殺される、だからこそ覚悟が決まる」という戦術思想であり、これはまた、単発式の小銃である村田銃ゆえの考えでもあるのだが、それ以外にも「余裕は人に迷いを生む、ゆえに迷いなく敵を確実に仕留める為に、一発一発の射撃が最後の一発であるという腹積もりで戦いに挑まねばならない」という、羆などの大型の獣を相手にするマタギ独自の死生観から提唱されたものでもあると強く教えられた。
やがて時がたつにつれ、持ち前の武術を生かして著しい成長を遂げていった狩人は朝鮮半島での小戦争にて駐屯地塀の中で最も優秀な軍人として才能を評価され、やがてそれが英国出兵へと繋がってゆく輝かしい未来への切欠となった。
本来の十八年式村田銃は日露戦争時に破壊された為、ここに飾っているものは慧音に依頼して「歴史の狭間」より取り寄せてもらった、だが紛れもない当時の狩人が使用していた品物であるらしい。
次に目を移したのは、日露戦争当時に破損した村田銃の代用品として支給された最新式小銃「三十年式小銃」である。
当時の前線において狩人は大尉の地位にあり、鴨緑江会戦では一個中隊を率いて露軍を撃退。
この際に撤退し損ねた露軍兵の追撃による一連の戦闘から、狩人は同胞軍人からは『鬼軍曹』の渾名を、仲間の死に恐れをなして逃げ延びた兵から言伝を得た敵の軍人からは『冥府の獄卒』の通り名を得る事となる。
その時、背後から扉を蹴破る音と共に複数の人間が飛び込んできたかと思うと、それはかつての同胞たる連盟員「蝙蝠羽の谷村」及び「調教師フランク」であった。
向こうも飛び掛かる前に正体に気が付いたようで、お互いに狩り道具を構えたまま再会の歓びを分かち合った。
「盟主殿、生きておいででしたか!」
一番に駆け寄るのは仕込み杖を用いる業の狩人、フランク。
フランクは遺志継ぎの連盟員の中でも特筆して狩人を慕っており、失踪当時は相当に絶望したと語る。
「盟主よ。再開の歓びもそうだが、貴公が消えた数か月の間に幻想郷が大きく変わった事を、話す必要がある」
「応接間へ上がるがいい、そこでじっくりと語るべくを語ろうぞ」
屈強な肉体から発される、重く、だがよく通る低い声の持ち主は『大忍び』の異名を持つ狩人、谷村であった。
谷村は狩人と対等な口調で話す壮年の連盟員であり、鋼鉄の如き頑強な肉体からは想像も出来ない程の俊敏な動きと、鉄塊を思わせる重い一撃で獣を翻弄する狩りを得意としている。
そうして応接間へ移動した狩人と谷村、及びフランクは円卓の椅子に座り、長い話を始めた。
その多くは慧音やヴァルトール、道順から聞いた話であり、特筆して目新しい情報は得られなかったが、唯一遺志継ぎの連盟員の安否については衝撃の事実を突きつけられるのであった。
「・・・という訳で、現在生き残っている同胞は私と谷村、そして今本部へ出向いているベイヴィルと箕嶌を除き、行方を眩ませています」
その時、入口の方面から石門の開く音が聞こえたかと思うと、数分後、応接の間に箕嶌とベイヴィルが入って来た。
彼らの反応も先程と同様歓喜に満ちたものであり、遺志継ぎの連盟員たちは再びの再会を喜びあった。
再び議論に戻った彼らは、本部へ出向いていた箕嶌とベイヴィルから、衝撃の事実を知らされる事となる。
「守矢神社襲撃計画だと!?」
「ああ、その通りだ。現在あの周辺に不審な鉄騎が集っているという間者の情報から、紅魔の館に続き襲撃計画を実行するつもりらしい」
重々しい口調で話すベイヴィルと、それを聞いて驚きを隠せない谷村。
「・・・・・・それで、誰が向かうと聞いている?」
その時口を開いたのは、先程まで丁寧な口調を崩さなかった、物腰も狩りの様相すらも柔らかなフランクであり、その表情はだが、鋭く冷たい『古狩人』のそれであった。
「今回襲撃計画を立てたのは稗田阿求。実行部隊は『宵闇の処刑人、イーヴォ』を筆頭に、我ら狩人と同じ施術を受けた麻痺脳の赤目男」
「本日の逢魔ヶ時より少し前に、総勢60人余りの大部隊で向かうとの事だ」
「我々が連盟の本部を出たのが明朝。もはや一刻の猶予もない」
「盟主よ、帰還早々無理難題を押し付けるようだが、彼らの侵攻を阻止してはくれまいか?」
箕嶌の重々しい土下座に応えるべく、狩人は立ち上がって肩を叩き、任務の遂行を約束した。
「感謝する、盟主殿。くれぐれも気を付けて、必ずご帰還なされますよう!」
出発の間際、フランクたち連盟員は全員『連盟の誓い』で出発の贈りの挨拶としており、狩人もまた、長のみが行う誓いの挨拶で遺志継ぎの工房を後にした。
<霧の森>
石門を潜ると、もはや空は暗闇に包まれており、侵攻が開始されているのはある種自明の理であった。
至急速足で向かわねば、守矢神社が連盟の手に堕ちてしまいかねない。
狩人は上位者の翼を拡げて大きく飛び上がり、超加速にて頂上へと急ぎ飛翔した。
数分後、山の中腹辺りで眩い閃光が放たれたのが目に入った狩人は、それが連盟の軍勢である可能性を考慮して感知されぬ地点へ急ぎ落下し、慎重な加速を用いて現場へ直行した。
<妖怪の森 中腹深部>
やがて現場へ辿り着いた狩人は大樹の裏より件の正体を覗き見、その正体に衝撃の感情を隠せなかった。
狼の如き異形の巨躯と鉄の鉤爪、赫焉の瞳に血濡れた獣毛。
それはまさに、道順より渡された人相書きの妖、狼女の実験体『槃瓠の仔』に相違ない相貌であり、周辺には彼女を長と付き従う、狼に擬態した下級の妖が群れを成して一人の人間を追い詰めていた。
その人間は白と黒のドレスを着た、とんがり帽子の幻想少女であり、かの博麗の巫女の盟友と名高い魔法使い「霧雨魔理沙」と酷似している人相であった。
ふと獣たちの脇を見れば、そこには熱戦で焼かれたような妖の死体が転がっており、恐らくは彼女の秘儀『マスタースパーク』なる光線によるものであろう。
「へッ、お前達!今日は運が悪かったな?」
「この新しい新兵器の実用試験に、ちょっとばかし付き合ってもらうんだぜ!」
そう言って魔理沙が腕に嵌めたのは、パイルハンマーの如き箱状の駆動装置であり、次の瞬間、槃瓠の仔が痺れを切らしたように大口を開いて躍り掛かった。
魔杭『エーテリウム・パイルドライバー』!
刹那、宣言と同時に凄まじい閃光と爆音が腕の装置から撃ち放たれ、辺りが一瞬昼間の如き明るさとなる程であった。
やがて煙が晴れた頃、死に傷を負ったと確信した筈の槃瓠の仔は無傷のまま佇んでおり、口には魔理沙の左腕が半ばより深く噛み咥えられていた。
魔理沙の瞳孔は開き切って左右に揺れており、恐らく閃光と爆音で耳もやられているのだろう。
全身から鮮血が噴き出しており、瀕死の重傷である事は目に見えて明らかであった。
槃瓠の仔は勝ち誇ったように雄叫びを上げ、次の瞬間、音速の勢いで首を横に振って魔理沙の腕を骨ごと食い千切り、傀儡の如き残り身体を狩人の眼前に佇む大樹へ叩き付けた。
凄まじい衝撃と共に大樹は揺れ、それと同時に狩人は木陰から身を乗り出して槃瓠の仔に飛び掛かった。
同時に配下の下級妖怪が狩人に飛び掛かるも、全て触手により貫かれ、内部より破裂させられ粉々の肉塊と成り果てた。
そして狩人は落葉を抜き放って群青色の粘液を纏わせた後中空に留まり、居合の構えの後に秘儀『古狩人の一閃・流星』を繰り出して槃瓠の仔の首を斬り落とした。
【槃瓠の獣首】
槃瓠の仔は地面に打ち倒れた後、斬り落とされた首傷から「蟲憑きの大蜈蚣」を現出させ、異形な二足を以て再び立ち上がって怖気の波動を周囲に放った。
狩人は一旦魔理沙に恢復剤と輸血液を打ち込んで欠損の回復と生命復活を試み、しかし何故か復活するはずの欠損部位は依然として再生する素振りを見せない。
だが、瞳孔の収縮や鼻孔の拡大など、複数の感覚反応を見せた魔理沙の容態を確認し、一先ずの生命維持と感覚器官の復活に成功したと見える。
狩人は掌に神秘の光を収束させて群青色の粘液塊を放出した後、ベール状の防膜を展開して隅へ追いやり、巻き添えにならぬよう戦闘区域から引き離した。
首無しとなり、死なずの憑き蟲に支配された槃瓠の仔は形容し難い緩急のついた動作を取り、狩人目掛け襲い掛かった。
加速を用いて紙一重で躱し続ける狩人、同時に上位者の触手を鞭の如く随所へ打ち当て、皮と肉を少しづつ剥ぎ取ってゆく。
だが次の瞬間、大蜈蚣が狩人の足を捕らえたかと思うと、凄まじい勢いで心臓の元まで伸び登り、大毒牙を突き立てて劇毒を注入し始めた。
思わずえづく振りをする狩人。
もはや蟲程度の毒など相手になる筈もないが、今は隙を作り肉体と蜈蚣を分離させる必要があった。
獲物の苦しむ姿に大顎を叩いて鳴らし、歓喜のうねりを見せる不死の憑き蟲たる大蜈蚣。
その隙を狙い、狩人は死なずの憑き蟲の胴体へ無数の触手を巻き付けて勢い良く飛び上がり、更に上位者の翼の上昇力も追加して超音速の加速度をもって高度を上げていった。
見る見るうちに槃瓠の仔の首より抜け出ていく死なずの憑き蟲。
数秒もしないうちにその全ては奇麗に分離され、操り糸たる寄生者を喪失した首無しの肉体は轟音と共に地面に打ち倒れ、だが首を再生させようと細胞を活性化させながら藻搔いていた。
緊急事態に感づいた狩人はすぐさま死なずの憑き蟲を上位者の翼に啜り喰わせ、地上へ加速を用いて落下した。
既に肉体を蘇らせていた槃瓠の仔はだが、明らかに先程と比較して生気を失っており、やはりあの寄生虫が相当の生命力を奪っていったのだろう。
狩人は落葉を刺突の構えに取り、秘儀『古狩人の刺突・連撃』にて心臓諸共全身に再生不能の致命傷を負わせた。
超音速の刺突波により、肉体を虫食いにされてゆく槃瓠の仔。
最後に懐から取り出した「星の短刀」で頸動脈を一斬りした後、失われた葬送刃で弱々しく蠢く首を撥ね、弔いのとどめとした。
【HUNTED IMMORTAL】
槃瓠の仔は絶命の断末魔を上げて霧と化した後に消滅し、辺りには異形の妖の粉々となった血の池と肉塊が散らばる、死臭の溜り場が残るのみであった。
狩人は魔理沙の元へ駆け寄り、神秘の粘液防膜を解除して安否を確認する。
魔理沙は全ての感覚器官を復活させており、だが傷は未だに深く、相当に放っておけば死する危険すらあるだろう。
次の瞬間、森の奥より何者かの接近を感じた狩人は一旦魔理沙を血の池に沈めて身を潜め、新たなる刺客の様相を伺う事にした。
やがて現れたのは、戦国の世に日の本を駆け回ったと残される、伝承に違わぬ柿色の装束を纏った義手の忍びであり、壮年と見える男は魔理沙に駆け寄り、何やら介抱をしているようであった。
会話を盗み聞きしていると、不意に「守矢神社」と聞こえ、狩人は忍びを追跡して神社の安否を確認する事を決定した。
数分の後、義手より鈎縄を伸ばし移動を始めた忍びの後を、悟られぬよう青い秘薬の分泌により気配を消し去り追跡を開始した。
木々を猿の如く俊敏に渡る忍びは、だが背負う魔理沙を傷つけぬよう刀で枝を斬り払いながら慎重に進んでおり、その技量の高さが伺い知れるというものであった。
<守矢神社>
やがて一行は守矢神社に辿り着き、狩人は明かりを讃える境内へ入ってゆく忍びを観察しながら話を盗み聞き始めた。
事の安否を確認すると静かに山を下り始める算段を立てていたのだ。
だが次の刹那、森の奥より「死なず憑き蟲」特有の香りを嗅ぎ取った狩人は加速にて臭いの根源へ接近し、それはまた、道順の人相書きにあった妖、虫妖の実験体『宿り蟲妖』であった。
宿り蟲妖は獲物を見つけた悦びで甲高く鳴き叫び、大きく羽を拡げ狩人に威嚇を始めた。