狩人は襲い来る宿り蟲妖の首に触手を巻き付け、高く空へ持ち上げた後に勢いよく眼前の大岩に叩き付け、顔面諸共首を破壊した。
だがそれで死なずが斃れるとは微塵も考えておらず、これはあくまで次なる作戦への布石に過ぎない。
その時、付近の木陰から次々と気配が現れたかと思うと、それは無数の連盟員であった。
彼らは四尺を超える氷の刀「薄氷」を手にしており、すなわちこの狩人たちは皆、脳を死なずの蟲に支配された傀儡の亡者という訳なのだろう。
傀儡の亡者達は各々が異なる装束を纏っており、それはまた、生前連盟員として活動していた時に纏っていたものに違いない。
狩人は再び動き出そうとする宿り蟲妖をしばらく足止めすべく、上空より暗黒空間を展開してその深淵の内より、かつて遺志として取り込んだ守護者の獣たる「陽星の獣」及び「月蝕の獣」を召喚した。
守護者の獣たる二対の眷属は宿り蟲妖に飛び掛かり、死闘を繰り広げ始めた。
その隙に狩人は傀儡亡者達を介錯すべく、腰の鞘より落葉を抜いて群青色の粘液を纏わせ、構えた。
彼らも元は連盟の狩人であり、死にきれぬ同胞を開放に導くのもまた、遺志継ぎの盟主たる己の責務であるのだから。
十数人にも及ぶ傀儡亡者の群れは薄氷を無造作に構え走り出し、狩人はその隙間を縫うように加速を用いて摺り抜け、首に潜む死なずの大蜈蚣だけを串刺しにして引き抜くという荒業を敢行した。
すぐさま上位者の翼を拡げ、引き抜いた大蜈蚣を纏めて捕食する。
これで不死の寄生者は失われ、彼らもまた歪な生命の輪より抜け出る事が出来ただろう。
主を失った亡者達は悶え苦しみ始め、だが赤目に光る肉体は死ぬ事を許さない。
その時であった、突如背後より襲い来た何者かに心臓を貫かれた狩人は落ち着いて相手を触手攻めにせんと背後より秘儀『エーブリエタースの呼び声』を展開し、だが避けられてしまった。
薄氷を砕いて吸収し、ふと後ろを振り返ってみると、その亡者は見覚えのある装束を纏っていた。
古狩人デュラの狩装束を纏った亡者の頸元に下げられた煤銀の飾りは、見紛うはずもない「八咫烏の狩人証」であり、すなわち彼の者は狩人の盟友たる遺志継ぎの狩人の一人『敬虔な狩人、津田』に相違ない。
狩人は目の光を閉ざして魔物の似姿と化した後、津田を除く全ての亡者を一斉に食らった後、周囲を黒霧に包んでその場の全てを悪夢へ呑み込んでいった。
だがその刹那、宿り蟲妖は山を引き裂かんばかりの金切り声を上げた後、無数の羽虫へと姿を変えて逃走してしまった。
結果として悪夢に引きずり込まれたのは、津田の亡者と悪夢の守護者たる二対の獣のみであった。
<悪夢の僻地>
やがて悪夢の僻地に姿を現した狩人は二対の守護者を取り込んだ後、第三の眼を開いて外の世界を覗き見た。
実は先程、宿り蟲妖が逃走する直前に「大爪の眷属」を三体召喚して中継の柱としており、その様子は驚く物であった。
狂った様子で山を駆け上る宿り蟲妖、そしてその周囲にもまた先程とは異なる顔触れの亡者達が遅れて走っており、やがて飛び出したのは守矢神社の参道であった。
そこに居たのは先程の柿色装束の忍びともう一人、霧の森で見た落ち武者であり、奥の本殿には魔理沙と緑髪の巫女、そして背丈の低い童たちが身を寄せ合い、だが悠然とした態度で立ち竦んでいる。
夥しい血と臓物に濡れた玉砂利はまた、そこで起きた壮絶な死闘を物語る痕の地であり、恐らく守矢神社の勢力は連盟を退ける事に成功したのであろう。
安堵した狩人は一旦視界を切断して悪夢へ視線を戻し、蟲憑きの亡者と化した津田に引導を渡し、かつての盟友である狩人に慈悲の目覚めをもたらすべく、失われた葬送刃を取り出して飛び上がった。
同時に津田も飛び上がり、次の瞬間、頸元の鎖骨を突き破って死なずの憑き蟲たる蜈蚣が大顎を開いて飛び出してきた。
蜈蚣は狩人の右足に巻き付いて毒牙を深く突き立て、大腿骨を圧し折らんと胴体を強く締め上げ始めた。
異形の神秘、その執念を垣間見た狩人は、会敵者の鼓動に応報するが如き脈動を以て上位者の翼を展開し、反対方向へ高く飛び上がりながら、件のひも状たる肉体を抜き取り始めた。
やがて、小気味良い音と共に排出された蜈蚣を津田の身体から完全に引き剝がすと、巻き付かれた右足を手刀で斬り落とし、むずと掴み取った。
そのまま腹の内に捕食器官を現出させて蜈蚣の巻き付いた足を放り込み、消化して血の遺志へと変えてしまった。
同時に再生する右足と共に、肉膜が装束を擬態して、生ぶのそれを覆い始める。
その時ふと地上へ目をやると、異形の憑蟲から解放された津田は文字通り「憑き物が落ちたような」顔付きのまま、力無い人形の如く立ち竦んでいた。
数秒後、地上へ降り立った狩人は失われた葬送刃を鎌状変形させ、棒立ちとなったかつての盟友に慈悲の死をもたらすべく獲物を大きく振り被った。
そして首元目掛けて失われた葬送刃を振り抜き、刹那、甲高い金属音と共に腕は急停止した。
赤目と化した津田の手にはかつての得物たる銃槍が握られており、血煙を吐きながら唸るその構えは、全盛であった頃の勇猛たる姿であった。
亡者となって尚、失われぬ闘争の魂を垣間見た狩人は失われた葬送刃を放り投げた後、懐よりルドウイークの長銃を取り出し、血晶弾を心臓目掛け撃ち放った。
撃ち放たれた弾丸は津田目掛け超音速で飛翔し、だが着弾の瞬間、加速により躱されてしまった。
同時に地面から飛び出した触手の大樹に銃槍を弾き飛ばされ、再び得物は虚空の闇へ喪失してしまう。
諸手を刃の型に嵌めた津田はそのまま狩人へ飛び掛かり、宙返りから繰り出される強烈な回し蹴りを以てルドウイークの長銃を腕ごと捥ぎ取ると、遥か彼方へ吹き飛ばした。
両者ともに得物を喪失し、だが彼らの眼から闘争の焔は消え去ってはいない。
すぐさま腕を再生させた狩人は津田と間合を重ね、手四つにて組み合った。
彼らの膂力は人のそれを凌駕しており、凄まじい力の籠った踏み込みは大地を深く窪ませるほどであった。
互いに一歩も引かず、時間が経過するほど、握る掌に一層力が入ってゆく。
赤目たる津田の膂力を掌に味わった狩人はかつての軍人時代の格闘戦を朧気ながらに想起させ、そして再び「術」を用いる事を決意した。
だが相手もまた、類稀なる膂力と術の持ち主であり、先の露人の如く、軽く骨子に誘導することは困難を極めた。
故に互い装束の襟に手を掛け合い、だが勝利したのは狩人であった。
狩人は裾を握らぬ方の指で肩関節の「結合点」を突いて脱臼を誘発し、その隙を突いて足払いを見舞い、天地返しを繰り出して津田を地面に打ち倒した。
上位者の膂力を以て繰り出される「業」は人の身には過ぎた代物であり、本来無傷で打ち倒されるはずの肉体は深く傷ついていた。
天地返しの衝撃で全身の骨は粉々に砕け、津田の身体からは止めどなく血と汚物と脳液が溢れ出していた。
肉人形のように緩んだその身体にもはや再生する力は残っておらず、苦しみの掠れた呻き声が狩人の耳を通り抜けてゆく。
その後、上位者の触手で放り投げた狩道具をすべて回収した狩人は失われた葬送刃を大きく振り被り、死にきれぬまま苦しみ悶える津田の首を一息に撥ね落とした。
首を撥ねる瞬間、津田の表情は苦悶のそれから穏やかな菩薩の如き相貌へと変わり、地獄の苦しみから解放された事を知らせるようでもあった。
【灰狼の狩人の首】
やがて霧と化して消滅した骸は狩人の心臓へ取り込まれ、だがそれは終焉の死ではない。
津田の魂は狩人の遺志となって永遠に生き続けるのだ。
だが、何故遺志継ぎの狩人であるはずの男が、あの蟲妖の眷属として亡者の群れに混じっていたのだろうか?
そう、考えれば奇妙な事柄は幾つもあった。
まず一つ、狩人の失踪から殆ど活動していない筈の遺志継ぎの工房に属する津田が蟲憑きと化していた事。
二つ、道順の話によれば例の験しは二月以上前の出来事であり、そのような状態にある蟲妖が、あれ程までに組織化された眷属を揃える事など、不可能に近い筈である事。
現に、暴走事件より逃げ帰った生き残りは蟲妖の操る羽虫に体を骨まで食い尽くされていたと聞いており、単体ではどう足掻いても眷属を増やす事など不可能であるのだ。
更に、連盟の技術者トルトリエの手になる狩り道具「蟲殺しの茨鞭」もまた、宿り蟲妖の舌を元に作り出されたと『新開発狩道具目録』なる冊子に記述されており、同述の「吸血の刺剣」も同様にして、実験の失敗作たる不死生物の口吻を素材に作られたとされている。
この記述には明らかな矛盾が隠されている。
一つは『新開発狩道具目録』の発行日、これは狩人が失踪してから一月と余り十日の後に刷られたばかりの新刊であるという事。
これは、例の実験体が逃亡してから二月弱が経過しての時期であり、それほど間を置いてまで、更に一度は捕らえたはずのそれらが、なにゆえ妖怪の山を我が物顔で跋扈しているのか。
二つ、失敗作たる不死生物は処分の折に口吻を採取したとすれば辻褄も合おうものだが、逃げ出した筈の宿り蟲妖の茨舌を如何にして捕らえ、そして剰え手術台に上らせたのか。
一度刃を交えた狩人は感じていたが、あれらを殺さずに捕らえるともなれば相応の腕前を持つ者、あるいはそれに匹敵する技術が産み出す兵器が必要であり、だがそのようなものは失踪より以前には数えるほどしか存在し得なかったはずである。
なれば答えは必然的に絞られてくる、道順が何か隠し事をしていて虚言を吐いたのか、あるいは、その報告を聞いた慧音、ひいては小鈴と阿求の研究員たちが秘密裏に実験体を捕獲し、そして新たな兵隊生産の為に狩人たちを無差別に利用したのか。
いずれにせよあの連中は腹の内が読めず、十全の信頼を奥には不安の残る連中であるという事は確信的であった。
だが、数多の答えがなんであれ、連盟の本部が己の同胞にまで手を掛けた事は許し置ける範囲を遥かに逸脱しており、本件の実行犯及び提案した主犯には然るべき代償を支払って貰わねばなるまい。
弔いの狩りを終えた狩人は復讐を決意し、すると眷属達より新たな知らせが飛び込んできた。
視界を覗き見ればそこは既に守矢神社より遠く離れた、六角石柱の並ぶ川沿いであり、今度こそと思い立った狩人は遠隔の捕縛霧を展開し、油断した宿り蟲妖を悪夢へと捉える事に成功した。
突如として異空間へ飛ばされた宿り蟲妖は戸惑いの鳴き声を上げて辺りを見回し始め、その身体には謎の刀傷が幾つも付いていた。
大爪の眷属を回収した狩人は記憶を読み、どうやらこの刀傷はあの柿色装束の忍びによるものであると判明した。
忍びが背負う赤い大太刀はまた、本来死なずである筈の大蜈蚣を殺す瘴気を纏っている妖刀であるらしく、それによって受けた傷は再生する事がないのだろう。
狩人は久方振りに蘇った武人としての魂に従うように「拳」の構えを取り、蟲妖に飛び掛かった。
加速により一気に彼我の距離を詰め、腰を下ろして腹の下へ潜り込んだ後、奥義『螺旋波紋正拳』を繰り出した。
葉隠流奥義の1つであるこの技は、大地力なる縮地と強い踏み込みからなる反発力を真価とする格闘術であり、文字通り螺旋を描きながら打ち込む正拳が、相手の腸を捩り、致命傷に至らせるのだ。
螺旋を描く拳が堅牢な装甲を砕き、宿り蟲妖の体内蠢く死なずの蟲達を全て巻き取ってゆく。
異形の四つ口から毒虫を含んだ冒涜的な腐臭漂わせる血飛沫が噴き出し、狩人の装束をおぞまし色に染め上げてゆく。
追い討ちと言わんばかりに回し蹴りを連続で打ち込む狩人。
宿り蟲妖は矢継ぎ早に繰り出される猛攻を止めようと刃の如き甲殻を備えた腕を伸ばすも、鋭い足技を前に黒鉄の鎧が木片の如く割れ、飛び散ってゆく。
かつて露人に「冥府の番人」と恐れられた、鬼軍曹の復活であった。
そして最後の一撃、強烈な踏み込みから繰り出された前蹴りを胸部に受けた蟲妖は大きく吹き飛び、呪いの岩に全身を強打しながらも、強靭な生命力により傷を癒し起き上がる。
同時に、先程引き摺り出したはずの死なず憑き蟲も再び体内より顔を出して威嚇し、やはり尋常の攻撃では、どれだけ高威力であっても致命傷になり得る一撃とはならず、千日手の繰り返しに過ぎないようだ。
少しばかり思案した末、狩人は魔物の似姿に躰を変えた後、宿り蟲妖目掛け躍り掛かった。
突如として眼前の小さな獲物が巨大な怪物に変貌した事に驚いた宿り蟲妖は、黒鉄の如き外翅を大きく広げ威嚇し、更に腹の内から、一際巨大な死なずの大蜈蚣を七匹飛び出させ、それはまた狐の尾の如き様相であった。
それはまた、本能が知らせる第六感による生命危機、所謂「虫の知らせ」と呼ばれる現象が引き起こした威嚇行為に過ぎない。
刹那、何かを察した狩人は魔物の肉体を脱ぎ捨てると同時に月の魔物の遺志を宿す事で一時的同伴者とし、群青色の粘液を纏わせた落葉を変形させて宿り蟲妖に躍り掛かった。
再び小さな獲物が現れた事で油断した宿り蟲妖は異形の口を開き、甲高い鳴き声を上げて威嚇を始めた。
両頬と上顎、下顎が独立して可動する四枚の口蓋の裏には赤黒く錆付いた無数の牙が生え揃い、おぞましい紋様を宿した口腔内には様々な毒虫が蠢いている。
居合の構えを取った狩人は秘儀『古狩人の一閃・流星』にて首級を縊り落とした。
【蟲妖の生き首】
すぐさま首傷より死なずの蜈蚣が顔を出し、その肉体を支配せんとする。
だがその貌は今し方縊り取ったそれと瓜二つの外見であり、先の戦闘で討ち取った実験体『槃瓠の仔』とは一味も二味も異なる相手である事を再認識させられた。
流石は蟲の妖と呼ばれるだけの事はあると感心した狩人は、懐よりトルトリエの狩り道具「吸血の刺剣」を取り出した。
対象の血を全て吸い尽くすと謳われるその狩道具ならば、再生能力を奪った上で死なずの蟲を攻略できるのではないか。
そう思案した刹那、月の魔物が勢いよく飛び出したかと思うと無貌の仮面より「滅」の光を打ち出し、宿り蟲妖の血の遺志を剥離して意識を奪った後、刃状の無数の尾で串刺しにしてしまった。
一瞬何が起こったのか分からず困惑の表情を浮かべた狩人であったが、すぐさま意図に気が付くと大きく飛び上がり、吸血の刺剣を宿り蟲妖の眉間目掛け、深々と突き立てた。
血の匂いを嗅ぎ付けた吸血の刺剣は、剥離して膜状に浮かぶ血の遺志を瞬時に吸い尽くし、後に残されたのは、もはや生命力を枯渇させ干乾びかけた、文字通り「虫の息」たる異形の妖であった。
狩人は月の魔物を取り込み撤退させた後、懐より「星の短刀」を取り出して首を斬り落とし、失われた葬送刃を大きく振り被って胴体を正中線から真二つに斬り裂いた。
【HUNTED IMMORTAL】
断末魔すら上げずに息絶えた宿り蟲妖は、狩人の腕に巻き付いた死なずの蜈蚣と共に霧と化して消滅し、それは悪夢の瘴気に取り込まれた後、上位者の力と一体化した。
数秒後、辺りを黒霧が多い包み、やがてそれは悪夢を覆い尽くして消滅した。
<狩人の夢>
その後、夢の館に戻った狩人は助言者の墓標の前に立って葉巻に火を付け、しばしの休息を取り始めた。
肉体的な疲労は既に癒えているが、幻想郷に戻ってから連戦に次ぐ連戦で獣性が高まりつつあった。
上位者になって間もない狩人は精神体の維持に慣れておらず、未だ人間であった頃のやり方で獣性と神秘を管理している為、このような現象が起こる。
ゆえに一度神秘の含まれた葉巻の煙を取り込んで精神を統一する事で獣性を抑えてから、次の戦いに臨む必要があったのだ。
世界の狭間から切り離され、ただ一つの精神世界として、もはや永遠に覚めぬ夜の満月を浮かべる狩人の悪夢。
その主たる悪夢の狩人は身体を整え、再び故郷である幻想郷へ帰還を試みた。
<遺志継ぎの工房>
突如として応接間に現れた黒霧に驚いた連盟員達は各々狩り道具を構え、だがその内より出流る者の正体に気が付くと、皆安堵した様に自らの得物を下に降ろして歓喜の声を上げ始める。
「盟主殿、良くぞお戻りになられた」
狩人の帰還を両手を上げて喜ぶのは、業の狩人フランク。
「久しいな、遺志継ぎの盟主。我も貴様も、もはや死人の如く思われていたようだが」
「こうして再びこの地で顔を合わせられた事、誠に嬉しく思うぞ」
聞き慣れた声が耳に入り、思わず後ろを振り返ると、そこには狩人が失踪する直前に幻想郷より失踪した筈の連盟員『神籬の狩人、エスビョルン』が佇んでいた。
煤けた狩人装束に身を包み、マリアの狩帽子を被った彼は遺志継ぎの連盟員の中で特筆した業を備えた一人であり、その実力は相応に高く、盟主たる悪夢の狩人に次ぐものであった。
獣狩りの曲刀を得物とし、高い身体能力と屈強な肉体から繰り出される素早い連撃に加え、速射に優れぬ貫通銃による狙撃を織り交ぜた、対極的な狩道具を用いて繰り出される異形の業を得意としていたエスビョルンはまた、技巧派と渾名される一人であり、遺志継ぎの派閥が確立するより以前には彼を慕う者も多く居たという。
だが悲しきかな、彼らの多くは血の業に魅了された末に狂い、獣と化し、そして二度とまともではいられなくなったのだ。
血に溺れ、獣の道へ凋落した連盟員を手にかけたエスビョルンは獣の血で装束を濡らし、やがて自らも恐ろしい獣の討伐を境に姿を消してしまう。
それは、神籬の二つ名が禁ずる「人喰らい」がもたらした罪の裁きであり、あるいは、慈悲を忘れた精神に突き立てられた、戒めの楔であったのだろうか。
彼の失踪は連盟本部にとっても大きな衝撃であり、今にして思えば、あの失踪が連盟崩壊の呼び水であったのやも知れない。
「我は異形の騎士に敗れた後、罪人が流れ着くという黄金の都、狭間の地に流れ着いた」
エスビョルンは一呼吸の後、狭間の地で起きた、長い戦話を紡ぎ始めた。
それはまた、悪夢の狩人が全うした長い一夜の獣狩りと酷似した戦いの物語であり、だが再び、彼は幻想郷へ舞い戻ったのだと告げる。
やがて互いに全てを話し終えた後、暫し訪れた静寂を破ったのは、谷村であった。
「・・・それは・・・!」
彼が指さすのは、狩人が腰に提げた三つの首級であり、それはまた、先の狩りで縊り取ったものである。
「盟主よ、その首級は、かつての盟友たる津田のものではないか?」
静かに首を縦に振った狩人は円卓の長椅子に腰かけ、他の同胞にも座るよう促した。
何が起きたのか分からぬ彼らは、盟主の言葉にただ従う他はなかった。
この一晩の間に、果たしてなにが起きたのかを知る必要があり、そして皆、それを心の底から欲していた為である。
そして狩人は重い口を開きながら、言葉を紡ぎ始めた。
この一晩で何が起きたのか、ただ一夜の獣狩りの仔細、その顛末を。
暫くの後、全てを聞いた連盟員たちは皆、空いた口が塞がらぬといった様子であった。
「・・・成程な、ようやく合点がいったわ」
「我々が連盟本部へ向かった折、無数に散見されたおぞましき資料の数々」
「そして、人造吸血鬼などと呼称される連盟員の成れ果てたちも、盟主の話す事柄を聞けば、納得がゆくというもの」
最初に口を開いたのは、箕嶌であった。
彼曰く、現在の連盟本部を仕切っているのは、連盟副長補佐兼研究主任であった稗田阿求及び研究室長の本居小鈴の二人であるらしく、もはやかつての面影はなく、組織体系は腐敗し切って崩壊し、狂気と死臭がおぞましい化け物たちの住まう伏魔殿を包んでいるのだと言う。
施設内を守衛しているのは肉体を継ぎ接ぎにされ、冒涜的な形貌に改造されたおぞましい八つ脚の獣たちであり、研究室にかつて存在した工房は資料室の片隅に追いやられ、埃を被っていたのだと。
新たに設立されたと見える地下の研究施設は純白の輝く廊下に無数の血痕が残り、窓の取り付けられた牢屋の如き部屋では、無数の人間たちが獣の施術を半ば強制的に執行されており、その有様は地獄と呼ぶ事すら生温い光景であったようだ。
「地下の秘密研究所を守護する警備員たちは、かつてのヴィンツェンツを彷彿とさせる黄金三角の処刑装束を纏う豪傑であった」
「我らは青い秘薬によって何とか身を隠し、情報を奪取する事に成功したが・・・」
「万が一奴らとの交戦を強いられていたならば、生きて帰る事は叶わず、異形どもの苗床となっていただろう」
「丁度、盟主が腰に下げた首級の持ち主たる津田のようにな」
それを聞いた連盟員たちは恐怖の表情を隠せなかった、ただ二人を除いては。
「遺志継ぎの盟主よ、これより我ら二人で行動を共にし、連盟本部へ乗り込まぬか?」
唐突な提案を口にしたのは、悪夢の狩人と同じく恐怖の表情を浮かべなかった連盟員、エスビョルンであった。
「我らは御誂え向きに、異世界より帰還した強者だ」
「尤も、元より処刑人ごときに後れを取る実力ではないがな」
その表情は宛ら戦鬼の形相であり、それに同調するように、周囲に二人の闘気が波動の如く広がり始めた。
そうして直ぐに作戦会議が始まり、潜入工作の立案が成され始めた。
「では、これより行われる潜入工作についての概要をお話し致します」
概要を解説し始めたフランクは、緊張の表情を浮かべると共に、半ば楽しげな声色であった。
「第一の侵入経路は、先遣隊が発見した裏口を使用・・・」
「女々しい真似は好かぬ、正面より突撃する!」
刹那、机上に踵を叩き付けて怒号を放つエスビョルン、同時に狩人も静かに頷く。
「・・・分かりました、では、もっとも警備の厳重な正面入口より通常経路を通過して地下へ潜入」
「情報を収集しながら守衛室へ突撃した後、連盟の要たる守護の血晶石を破壊」
「連盟本部に滞在する敵対勢力を一切合切悉く、血の一滴すら残さずに無力化して下さい」
「その際、稗田阿求及び本居小鈴は殺害せぬまま捕縛するよう、強くお願い致します」
無言で頷いた二人はすぐさま立ち上がり、会議室を後にして入口の石門より外へ飛び出し、夜明けの深い霧を虹色に染める森の中で、狩人は黒霧を発動した。
霧の森から人里までは数時間程度の距離にあり、なれば上位者の異能を用いた瞬間移動を用いるのが最適解であった為だ。
すぐさま地面より湧き出でる淀んだ黒い霧が二人を包み、やがてそこには虚空だけが残された。