不死終末黙示録 狩人篇   作:FROMG・E

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エピローグ4 【幻想の崩壊】

<狩人の夢>

 

そうして、再び夢の屋敷へ舞い戻った狩人は同士エスビョルンを叩き起こし、脳の瞳を開眼させる作業に取り掛かった。

 

これから実行する作戦は激しい戦闘行為を伴うのは自明の理であり、尋常の人間では継戦能力に聊かの不足があるのは否めない。

 

盟主たる狩人が帰還した以上、些細な失態で僅かな同士を失う事は好ましい事象とは言えず、同伴者たる彼を一時的に上位者と同程度の存在まで押し上げねばならぬと考え、簡易的ではあるが、神秘の施術を敢行すると決意したのだ。

 

本来の方法とは異なり、上位者の濃厚な神秘を含む生き血を直接脳に投与する事で「精神」を同調させる、聊か強引なやり方ではあるが、成功した暁には身体能力の向上や一時的神秘能力の開眼など、様々な恩恵を無条件で得られるだろう。

 

だが欠点として、施術を受ける者の精神や技量、素養などの要素が至らぬ場合は狂って獣に堕ちてしまう場合があり、故にこれは一種の賭けでもあった。

 

しかし、曲がりなりにも狭間の地を統一したエスビョルンの精神力は並のそれを遥かに凌駕しており、悪夢の狩人の神秘の血を難なく受け容れ、精神同調の施術を成功させる事が出来た。

 

体躯は巨大化し、瞳に流れる神秘の輝きは、宛ら宇宙を舞う流星群の如きである。

 

「これが、上位者の力・・・」

 

「デミゴッドの大ルーンにも劣らぬ・・・いや、それ以上か!」

 

「人間の限界を超越せし力と智慧が、我が脳の内を駆け巡る!」

 

エスビョルンは興奮していた。

 

無理もない、突然とは言え、尋常ならぬ新たな力を手にしたのだから。

 

獣性に飲まれず、理性を保ったまま半上位者化する精神力は、流石だと言えよう。

 

遺志継ぎの長たる悪夢の狩人の腹心にして、狭間の地を治める王の座に君臨した古強者なだけはある。

 

その時、狩人は眷属の死と共に、幻想郷に発生した強大な「気配」の存在を察知した。

 

大爪の眷属を狩ったのは、一人の老獪に至った白髪隻眼の侍であり、彼はまた、いくさ人の香りと共に、ヤマムラの気配を同伴させていた。

 

興味が湧いた狩人は一旦エスビョルンを狩人の夢に待機させ、一足先に幻想郷へ顕現する事を伝え、黒霧と共にその場を後にした。

 

<妖怪の山 中腹>

 

大いなる悪夢の支配者たる魔物の似姿と共に、幻想郷へ帰還する悪夢の狩人。

 

青ざめた霧を異形の体躯に纏わせ、ヤマムラを含む、守矢の一行の眼前に顕現した。

 

数々の死線を潜り抜け、数多のおぞましい惨劇を見慣れた筈の彼らでさえ、その表情を引き攣らせているのが確認出来る。

 

天狗の面を被り、甲冑武者を背負った老獪の侍は踵を浮かせたまま視線を一点に据え置き、隣の柿色装束の忍びも同様、義手に槍を嵌め、瘴気を纏わせた赤い大太刀を構えている。

 

ヤマムラは脂汗を顔全体に浮べながら鎮静剤の瓶を数本口にしているが、魔物の似姿が及ぼす精神汚染が、それほど耐えられないだろうか?

 

注連縄を背負った紫髪の女は確か、戦の神「八坂神奈子」と言っただろうか。

 

彼女は落ちぶれた足軽の如き武者と共に立ち竦んでおり、その目は濁って焦点も合わず、宛ら人形の如きである。

 

「走れ!逃げるんだ!」

 

刹那、上擦ったような、震え掠れかけた大声と共にヤマムラがおぼつかぬ足取りで叢の奥へ走り出し、同時にその場の全員も逃げるように去り始めた。

 

だが狩人は、その奥に潜む異形の存在をいち早く察知しており、彼らを救出するべく魔物の似姿を解除して一行の追跡を開始した。

 

初めて嗅ぐその匂いは、恐らく箕嶌達の報告にあった「人造吸血鬼」に相違なく、彼らの気配はまた、濃厚な血の匂いと共に、夥しいほどの獣の気を発する暴君の圧である。

 

「こっちだ、奴を見るな!狂い死ぬぞ!」

 

走り続ける先頭集団から、僅かな震え声でヤマムラの忠告の意思が耳に届く。

 

狩人は半ば心外といった感情を浮かべながらも、それを黙って聞き逃していた。

 

やがて小広く開けた草広場に出た一行は、だが次の瞬間、眼前より銃声と共に飛来する水銀弾を間一髪で斬り落とし、その正体に驚愕の表情を隠せない様子であった。

 

「貴様ら、何者だ!?」

 

一行の前に現れたのは、鱗布の装束を纏った巨躯の集団であった。

 

血走った瞳に耳まで裂けた口、獣毛に覆われた掌は人狼の如き外見であり、それはまた、人里の連盟本部より解き放たれた異形の化け物、人工吸血鬼の実験体である。

 

狼は刃を抜き、天狗は弦一郎を草陰へ安置する。

 

半兵衛も弦一郎の元へ神奈子を座らせ、刃を抜く。

 

そして一体の人狼がヤマムラへ飛び掛かろうとした刹那、一行の背後より蒼白い無数の触手が伸び、断末魔すら上げぬ間にそれは肉の絞り粕と化して消滅してしまった。

 

驚いたヤマムラは背後を振り返り、そこに居た存在に再び驚きの表情を浮かべた。

 

そこに居たのは紛いなき英雄、遺志継ぎの狩人たちの派閥の長にして最初期の連盟員の一人、悪夢の狩人であったのだから。

 

狩人は一行が驚きで動きを止めているのを見計らうと、加速を用いて化け物の集団へ飛び掛かった。

 

右腕を引き裂き、小アメンの腕を伸ばし構えた後、大爪を鞭の如き疾さで振るいながら、木々諸共前衛の化け物達を斬り伏せる。

 

間髪入れずに背部より伸ばした蒼白い触手の群れを自在に操り、中衛に立ち竦む化け物の腹を斬り裂き、臓物を引き摺り出す。

 

負けじと触手に噛み付いてきた獲物の喉へ触手を深く伸ばし、串刺しにした後、内部より膨張させ、無数の肉片に変える。

 

数十秒もせぬ内に、辺りはおぞましい腐臭と血の香りの混じった、死地の如き瘴気漂う空間へと様変わりした。

 

狼と天狗、半兵衛さえ、眼前で繰り広げられる、戦と呼べぬ蹂躙劇を、ただじつと眺める事しか出来ずにいた。

 

圧倒的な戦力差。

 

数分後、先程まで十数人は居たであろう人造吸血鬼達は肉塊へと姿を変え、残るは一人のみであった。

 

血と臓物に塗れた狩人は一度小アメンの腕を仕舞い、代わりに、小宇宙の渦より、一振りの大鎌を取り出した。

 

最後の助言者が振るった得物、失われた葬送刃。

 

刹那、人造吸血鬼は起死回生の戦術と言わんばかりに身体を霧へ変え、木々を飛び交い始めた。

 

大方、鎌を振るい、木に引っ掛かった所を仕留める腹積もりであろう。

 

獣にしては頭を使った方であるが、この様な付け焼刃が上位者たる悪夢の狩人に通用する筈も無い。

 

所詮は獣に身を落とした、心弱き狩人の成れ果てに過ぎないのか。

 

狩人はじっと動きを止め、目を瞑る。

 

油断を誘い、一先ず精神世界へ取り込もうと考えたのだ。

 

これから襲撃する人里の連盟本部には、人造吸血鬼が数え切れぬほど近衛として配置されているであろう。

 

エスビョルンに慣らしとして、この、特筆して動きの優れた個体と戦わせておくのが最適であると考えたのだ。

 

狩人が長々と思案しているうちに痺れを切らした人造吸血鬼は、加速を生かした奇襲で首元目掛け噛み付かんと飛び掛かり、次の瞬間、辺りを濃霧が包み込んだ。

 

<狩人の夢>

 

数分後、巨大な樹木の下、花咲き誇る広場に目覚めた人造吸血鬼は、先程まで居たはずの場所が消え去った事に動揺し、辺りを見渡し始めた。

 

大樹の足下には助言者の墓があり、花が供えられている。

 

また、その周囲を支えるように建てられる石碑をよく見れば、それは、風化して放置された、無数の墓石であった。

 

蔦の絡まった歪な十字架は無数の血の跡があり、この地で、如何程の死闘が繰り広げられて来たのかを物語っている。

 

如何なる色であろうか、形容し難い色に染まった空は渦巻いた雲を漂わせており、その向こうには延々と広がる空間が存在し、随所には天まで届く謎の柱が乱立している。

 

人造吸血鬼は突然の環境の変化に困惑し、その時、門扉の軋む音と共に、一人の狩人が現れた。

 

無限に広がる精神世界、あるいは夢幻境とも称される異空間の狭間に浮かぶ領域「狩人の悪夢」。

 

ここは、悪夢の狩人が月の魔物から引き継いだ悪夢の1つであり、他のあらゆる上位存在ですら、この領域を探知し、また、許可なく干渉する事は出来ない。

 

屋敷の庭であるこの広場は、助言者が狩りを終えた者を介錯する為の場であり、或いは、目覚めを拒否した者への、粛清の場所としての側面も備えている。

 

「ようこそ、狩人の夢へ」

 

人造吸血鬼の前に現れたのは、異様な雰囲気を纏う狩人、エスビョルンであった。

 

彼は悪夢の主の右腕として名を馳せた連盟員であり、その実力も折り紙付きである。

 

エスビョルンは無言で腰に手を回し、折り畳まれた獣狩りの曲刀を長く伸ばし変形させ、加速を用いて獲物へ飛び掛かった。

 

人造吸血鬼も腕で顔を覆い、身体を無数の蝙蝠へ変えてゆく。

 

長く伸びた腕、鋭利な長爪。

 

獣の如き関節を持つ、猛禽を思わせる強靭な後脚。

 

竜の如き大翼は鋭い鱗を無数に生やし、その隙間からは、淀みの蟲達が顔を覗かせている。

 

獣毛で覆われた貌、頬まで裂けた口腔内には、虎鋏の如き牙がずらりと生え揃っている。

 

僅か残された、人たる痕跡を残す装束の襟には家紋が縫い付けられ、それは幻想郷の記憶たる二つ名を持つ名家「稗田家」のものである。

 

「本戦の肩慣らしには誂え向きと見えるその実力で、我を楽しませよ!」

 

刹那、激しい火花と共に互いの得物が間合い中央で衝突し、押し合いに勝利したのはエスビョルンであった。

 

不意を突かれた人造吸血鬼は膝を崩し、隙を晒してしまう。

 

立ち上がろうとした瞬間、矢継ぎ早の連撃を真面に食らい、縦横無尽に刻まれた腹の皮の隙間から、小間切れと化した内臓たちが濁流の如く溢れ始めた。

 

純白に広がる花の絨毯は、見る見るうちに深紅の生き血で塗り替えられてゆき、だがそれもすぐに干乾び、生気の無い緑の腐敗したそれへと変わり始める。

 

長引くかと思われた勝負は、呆気なく終わりを告げようとしていた。

 

「さらば、名も知らぬ獣よ」

 

とどめの一撃を与えるべく、エスビョルンが獣狩りの曲刀を振り上げた瞬間、凄まじい暴風と共に、人工吸血鬼の身体から零れた血が蝙蝠へと姿を変え始めた。

 

突如姿を現した蝙蝠たちは、中央に蹲る吸血鬼の身体を貪り喰らい始め、全身から溶けるように朱い煙を噴き上げている。

 

赤い煙はやがて人の形を象り、それは巨大な「繭」の如き血の泡殻となった。

 

血の殻は脈動するように伸縮を繰り返しながら膨張を始め、それに伴い表面の傷は裂け目となり、少しづつ隙間を拡げてゆく。

 

やがて破裂音と共に周囲を紅い霧が包み、その内から、異形の体躯を成した吸血鬼が顕現した。

 

先程までとは性質を全く異にするその形貌は、先程の形態を嵐の吹き荒れる「獣」と例えるならば、今のそれは凪の状態にあり、満月の光を映し出す「湖」であった。

 

荒々しい獣性と血腥さは喪失し、それに代わるように、神秘の波動と、尋常ならぬ殺意の「気」を思わせる威圧感を放っている。

 

外套を思わせる褐色の翼は黒い煤状の霧に包まれており、風に靡くたび、灰銀色の鱗粉を撒き散らしている。

 

緋色に染め上げられた装束は、随所に亡者の顔を浮かべており、それらは生気を求め、おぞましい呻き声をあげている。

 

白銀の髪束に覆われた顔からは、鎌の如き鋭い二本の牙が覗いており、夥しい血錆に塗れ、赤黒く染まっている。

 

無数の命を贄に捧げ、血を介し肉体を創造するその業は、真の吸血鬼のみが持ち得る特性であり、成り損ないは今宵、神秘の呪血によすがを見出したのだ。

 

「感謝するぞ。神籬の狩人、エスビョルン」

 

その言葉を聞いて、エスビョルンは僅かに表情を変えた。

 

かつての連盟員達しか知り得ぬその名を、なにゆえ初見の吸血鬼風情が知っているのかと。

 

だが、これは連盟襲撃の前座たる手合わせでしかない。

 

一介の雑魚に手間取るようであれば、この先盟主の足を引っ張る事と同義であり、それはまた、副長の沽券に係わる。

 

盟主が観戦している御前において、そのような恥を晒す訳にはいかぬのだ。

 

そう思い直したエスビョルンはマリアの狩り帽子を深く被り直した後、獣狩りの曲刀を畳み、貫通銃を構えて臨戦態勢に入った。

 

「我が名はヴァニタス。デウス・エクス・マキーナの人形師こと『本居小鈴』様の最高傑作」

 

「貴様ら旧式の狩人に代わり、連盟に仇為す敵対者を悉く鏖殺する者なり」

 

「悪夢の狩人よ、その眼に焼き付けるがいい」

 

「貴様の腹心たる狩人が生き恥を晒しながら、無惨に散る様をな!」

 

風が吹き、大地咲く花弁が吹雪の如く舞い踊る。

 

刹那、互いの姿が霧と化して消滅したかと思うと、真空衝撃波が花畑の随所で金属音と共に発生し始めた。

 

エスビョルンの獣狩りの曲刀とヴァニタスの血の刃が、尋常ならぬ速度で衝突を繰り返しているのだ。

 

遥か後方、花畑の入り口に、彼らの死闘を傍観する者が一人。

 

悪夢の上位者、遺志継ぎの長たる悪夢の狩人であった。

 

「貴公、我が血族よ。随分と久しいものを見せてくれる」

 

「血の従者による獣狩りは、やはり美しいものだな」

 

その時、腹の底より響いたのは、全てを魅了するような甘く細い、それでいて気品と威厳に満ちた、魔性の声。

 

血の女王、アンナリーゼであった。

 

獣狩りの夜が明けた後、長らく眠りについていた女王。

 

だが、今宵の血と吸血鬼の覚醒、その胎動により目覚めたのだ。

 

「この戦い、やはり貴公の従僕が勝つであろうか?」

 

「私は、どちらが勝ってもかまわないよ」

 

「何れにしろ、貴公がいる限り、奴は・・・」

 

「あの吸血鬼は、悪夢を生きて戻れまい」

 

「フフッ・・・フフフフフ・・・」

 

アンナリーゼは不易な笑みを浮かべ、熱く臓腑を脈動させる。

 

その時狩人はふと、道順に届け物をする必要がある事を思い出した。

 

右掌を空に掲げ、暗黒宇宙より眷属を召喚しかけた所で、ふと思い留まる。

 

女王アンナリーゼはこの試合を結末まで見る事を臨んでいる、だがこの方法では視界の共有が不可能であり、結果として狩人はこの場を離れる事を許されない。

 

刹那、何を思ったのか、狩人は腰の鞘より落葉を抜き放った後、自らの首を一息に縊り落とした。

 

血飛沫と共にごろりと地面に転がる首、うつ伏せに倒れ伏す首無しの胴体。

 

数秒後、分かたれた双方の肉体は欠けた部分を補うように再生を始め、その場に二体の狩人が姿を現した。

 

既に人を捨てていた狩人は、精神世界を漂う悪夢の霧を本質とする上位者であるが故に、その肉体はあくまでも人を忘れない為の抜け殻に過ぎず、分裂した所で、何も問題はない。

 

それに、分躰とは言え戦闘能力や異能に劣化が見られる訳でも無く、その意味では、これは受肉体と呼ぶべき代物であろうか?

 

狩人は分躰に宿るアンナリーゼに一声掛け、暫く夢の世界を離れる事を伝える。

 

「ああ、そうか。私は構わないよ」

 

「貴公の身体、大事に守らせて貰おう」

 

「貴公、私は貴公が大事だ」

 

「もう、失いたくはないのだよ・・・」

 

半ば寂しげに別れの言葉を交わした後、狩人は分躰の主導権をアンナリーゼに握らせると、黒霧と共に姿を消し去った。

 

「この夢の世界に一人では広すぎる」

 

「我が伴侶たる悪夢の狩人よ、必ず帰ってきたまえよ」

 

アンナリーゼもそれを了承し、己の伴侶たる悪夢の狩人を半ば嬉しそうに手を振りながら見送るのみであった。

 

<死なずの施術牢>

 

施術室の中央に、突如黒霧が渦巻き始めた事を察知した道順は僅かに驚き、手元の大鋸を構えて臨戦態勢を取った。

 

「・・・おや、貴方は・・・」

 

その正体に気が付くと、一瞬安堵したような息遣いと共に得物を机に置き、謎の侵入者を歓迎するような手振りを見せる。

 

霧の内より姿を現したのは、悪夢の狩人であった。

 

腰には三つの首級を提げ、それは夥しい返り血と淀みの蟲に塗れている。

 

「悪夢の、狩人殿でしたか」

 

「頼んだもの・・・持ってきて、いただけたのですね」

 

道順の言葉に首を縦に振り、腰に下げたうち、二つの首級を手渡す。

 

「確と・・・お受け取りしました」

 

「これで、施術がまた一つ進む・・・・・・」

 

「・・・・・・ああ、お気になさらず、悪夢の狩人殿」

 

「役目は、必ず果たします」

 

異様な形相を浮かべた後に、慌てたように訂正と感謝の言葉、そして「役目」という意味深な言葉を残す道順。

 

新たな施術という言葉に引っ掛かりを覚えたが、それを問い詰めるには聊か材料が少な過ぎる。

 

「悪夢の狩人殿、謝礼です」

 

「なにぶん、急な事態でしたので、このような物しかございませんが・・・」

 

【龍珠の虹血晶】

 

「こちらをお納めください」

 

道順が懐から取り出したのは、放射型・三角型・欠損型・雫型・円型の形状を取った、鈍虹色の血晶石であった。

 

どれも凄まじい神秘を宿しており、狩り道具に捩り込めば、尋常ならぬ力を発揮するであろう事は想像に難くない。

 

狩人が血晶石を懐に納めている間にも、道順は静かな早口で言葉を続ける。

 

「聞けば、貴方がた狩人は、これを武器に捩じり込む事で、人ならぬ力を得られるとか」

 

「私も、人里に居た頃に験しを行いましたが、どれも十分な結果には至りませんでした」

 

「ですが、貴方ほどの力と精神力があれば、新たな境地に辿り着けるやもしれません」

 

「何か良い知らせがありましたら、また、私の元までお越しください」

 

「無論、相応の謝礼はいたします」

 

狩人は一先ず何をする事も出来ないまま、静かに頷く他はなかった。

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

「それでは、よろしく御願い申し上げます」

 

そうして道順はいそいそと、何事も無かったかのように首を抱えて施術に戻る。

 

狩人もまた、半ば急ぐように黒霧を発生させ、その場を後にした。

 

<妖怪の山 中腹>

 

悪夢への帰還の折、別件の用事を思い出した狩人は、先程人造吸血鬼の群れと遭遇した現場へ舞い戻ってきた。

 

先程の戦闘で始末した吸血鬼の成り損ないの確認、そして、ヤマムラへヴァルトールの遺言を届ける為だ。

 

どうやら既に戦闘は終了しているようであり、だが、先程とは別の獣の死骸が幾匹か積み上げられている。

 

脇を見ると、天狗面の老獪侍と柿色装束の忍びが刀の血油を拭っているのが見え、彼らがこの獣を始末したであろう事は明白であった。

 

「・・・貴公、久し振りだな」

 

不意に狩人の肩を叩き、半ば低く震える声でヤマムラが接触してきた。

 

「あの日以降、貴公を除く里の狩人は皆・・・・・・」

 

その時、何かを察知したヤマムラは千景に手を掛け、狩人から数歩飛び下がる。

 

当然である、その時の狩人は無自覚ながらに異様な雰囲気を漂わせ、また、装束には獣の血痕がべっとりと付着し、半ば腐敗したような色の臓物が垂れ下がり、それに伴うおぞましい程の死臭を漂わせていたのだから。

 

「は、話だと・・・?」

 

「ヴァルトールから・・・その話、詳しく聞かせてもらおう」

 

ヴァルトールという単語に惹かれたヤマムラは狩人に接近し、誰にも聞かれぬよう、傍耳を立てる。

 

「貴公、それは一体・・・・・・」

 

その時、狩人が囁いたのは、思わず耳を疑うような言葉の数々であった。

 

『幻想郷に月の使者が降りてくる。彼らはまた、選民思想を持った侵略者である』

 

『彼らは戦争を望んでいる。ゆえに、真っ向から彼らを叩き潰さねばならない』

 

『人里の連盟本部は何かを隠している、これから、連盟本部を叩き潰しに向かう』

 

ヤマムラは驚愕の表情を浮べながらも言葉を返そうとするも、上手く頭が回らず、舌は空回るばかり。

 

何も聞き取れなかった天狗は唖然としていたが、熟達の忍びたる狼は、その言葉を全て聞き取っていた。

 

無論、それの真意を理解出来た訳では無い。

 

情報として言葉を聞き取れた、ただそれだけの事に過ぎない。

 

やがて気が付くと、既に狩人は消滅していた。

 

辺りを見渡せば獣の死体たちも跡形もなく消え去っており、その場には初めから何も無いと感じさせるような、清々しい柔らかな山の風が漂うのみであった。

 

暫し困惑の表情を浮かべた後、頬を叩いて正気を取り戻したヤマムラは、天狗に弦一郎を、半兵衛に神奈子を運ぶようそれぞれ指示した後、再び隠れ家へ向け、道なき道を進み始めた。

 

<狩人の夢>

 

数分後、霧と共に狩人が夢の屋敷へ帰還すると、エスビョルンとヴァニタスの死闘は、既に決着の時が近づいていた。

 

対獣を想定した装備を揃え、あらゆる状況に対応する為の体術を備える柔軟な狩人と異なり、吸血鬼は専ら人を喰らう事のみを想定されており、それに伴って最低限必要な要素以外は徹底的に削ぎ落とされた、極端な調整を施されている。

 

更に、エスビョルンは人間の頃より数多の獣を狩り、かの悪夢の狩人に次ぐ実力を持っていた古強者である。

 

そのうえ、神の国と呼ばれる狭間の地で半神たるデミゴッドを狩り、その力を我が物としているのだ。

 

土壇場で真の吸血鬼に目覚めたとはいえ、聊か力不足である事は否めない。

 

その時、一際巨大な真空波が弾けると同時に土埃が舞い上がり、やがてその内より、双方の姿が露わとなった。

 

エスビョルンの獣狩りの曲刀が血の刃を砕いて頭部を真二つに裂き、貫通銃の銃口が、露出した心臓に狙いを定めていた。

 

膝を突いて息を荒げるヴァニタスの顔面は血の気を失って蒼白と化しており、もはや再生すら儘ならぬと言った有様である。

 

朦朧とした意識の中、辞世の句を唱え始めるその息は浅く、もはや死も間際であろう。

 

「・・・よもや、ここまでか」

 

「ああ、このような体たらくでは、先んじて自我を得た吸血鬼として、小鈴様に咎められよう」

 

「阿求様・・・不義理を働く事をお許しください・・・」

 

それを聞いたエスビョルンは静かに帽子を深く被り、介錯の準備に入る。

 

「フフフ・・・」

 

この状況においてアンナリーゼは僅か笑っており、やはり血族はこの類の者に、血の歓びを覚えるものなのだろう。

 

「長きに渡るこの戦いも、遂に終わる」

 

「貴様の負けだ、吸血鬼ヴァニタスよ」

 

「さあ、我が介錯に身を委ねるがよい」

 

エスビョルンはそう言うと、獣狩りの曲刀を大きく振り上げた後、朦朧としていたヴァニタスの肉体を二十等分に切り分け、核を抉り抜き、貫通銃の速射でそれを粉々に破壊した。

 

【YOU HUNTED】

 

天より降り注ぐ血と臓物の雨の中、静かに佇むエスビョルン。

 

成り損ないより進化した吸血鬼との死闘は、余りに呆気の無い結末を迎えたのだ。

 

刹那、アンナリーゼは狩人の分躰のまま、静かに庭の中央へ歩みを進め始めた。

 

「貴公、狩人の盟友よ」

 

「よくやった。さあ、穢れた吸血鬼に宿る血の遺志を、一滴残さず啜るがいい」

 

突然口調が変わった狩人を前に、エスビョルンは戸惑いを隠せない様子であった。

 

当然である、外見はそのままに、声は妖艶な血の女王のそれであるのだから。

 

「・・・貴公、盟主ではないな?何者だ!」

 

咄嗟の判断で悪夢の狩人でない事に気が付いたエスビョルンは獣狩りの曲刀を構え、臨戦態勢のまま、半歩ほど後退った。

 

「ほう、我が伴侶の盟友を名乗る者としては、いささか気づくのが遅いようだが」

 

「私はアンナリーゼ。穢れた血族、カインハーストの女王」

 

「貴公が盟主と呼ぶ者、悪夢の狩人の血族にして、ただ一人の伴侶」

 

次の瞬間、背後から現れた狩人が制止するように上位者の触手を伸ばし、肩を強く掴まんとした。

 

「貴公、唯一人の我が血族よ」

 

「よくぞ無事戻った」

 

だが、アンナリーゼはこちらの存在をいち早く察知すると静かに振り返り、触手を華麗に回避した後、処刑隊装束の手甲に接吻をして、伴侶の帰還を喜んだ。

 

「話す事は多いが、それを聞く暇もないのだろう?」

 

「全てが終わった後、私の話を聞いてもらう事にするよ」

 

「さて、私は貴公の胎内に戻る事にしよう」

 

「さあ、肉体を同化したまえ」

 

そう言ってアンナリーゼが分躰の掌を悪夢の狩人の胸に当てると、見る見るうちに肉体が融合を始めた。

 

数分もせぬうちに同化は完了し、そこには狩人ただ一人が残されるのみであった。

 

元に戻った事を確認したエスビョルンはすぐさま悪夢の狩人に接近し、先の戦闘の結果を報告する。

 

「遺志継ぎの盟主よ。先の獣は、連盟の近衛兵長と同等の戦力であると考えている」

 

「そして、目標を護衛する処刑人は、この数倍の戦力であるとも考える」

 

「総合戦力がこの百倍と見積もっても、現状の装備で十分に対処可能だ」

 

「それに我は、まだ盟主にすら明かしていない隠し玉もある」

 

「数時間以内に片が付く筈だ」

 

その言葉からは相当な余裕が見て取れ、だが僅かな慢心を感じ取った狩人は僅かに目を細め、油断は禁物であると告げる。

 

「ほう、奴らの隠し玉はこれ以上の強者であると、そう考えているか」

 

極論を言ってしまえば、現在の連盟の戦力であれば、悪夢の狩人単体で完全壊滅を敢行する事など、赤子の手を捻るよりも容易い任務である。

 

だが、今後起きるであろう動乱期の先を鑑みれば、その戦術は長期的な意味で損失を生み出す事は明白である。

 

単体戦力の依存で成り立つ組織ほど脆いモノはなく、それは悪夢の狩人自身が戦争で味わった、苦い経験でもあった。

 

故に副長たるエスビョルンにある程度の力と経験を積ませ、今後の戦力維持という重要な任務を与える必要があるのだ。

 

それほどまでに月の戦力は未知数であり、なればこそ、十二分に備えてすら不足という言葉が相応しいだろう。

 

狩人はひとまずの休息を取る事に決め、神秘の葉巻を手渡して獣性の鎮静を促した。

 

数十分後、休息を終えた二人は黒霧の底に沈み、やがて、人里の入り口前に姿を現した。

 

<人里門前>

 

人里の門を開いた狩人は、不自然な程に静まり返った大通りに奇妙な違和感を覚えていた。

 

普段であればこの時間には、多くの里の人間が往来し、屋台など活気が見えるのが常であった。

 

だが視界に映るのは薄灰色の霧に包まれた無人の里と、辺りを包み込む異形の腐臭のみである。

 

やがて連盟本部へ辿り着いた狩人とエスビョルンは、正門前に立ちはだかる二人の甲冑門番に声を掛けられた。

 

「止まれ!」

 

「その狩人証・・・貴様ら、遺志継ぎの狩人、とやらだな」

 

重く低い声色で2人をを引き留めた門番は、異様な得物を構えていた。

 

一見すると長柄の斧槍のようだが、斧となる刃は異常なまでに長く、また深い反りを伴うものであった。

 

捻れを伴う槍の付け根には仕掛け武器に施される変形機構が備わっており、斧の反りに這うように伸びている。

 

鍛え肌をよく見ればそれは尋常の鋼ではなく、また、狩人が用いる得物の隕鉄とも異なる、異形の金属であるようだ。

 

裏側には棒状の何かを填め込む窪みが彫り込まれており、恐らくはこれも一種の「仕掛け武器」であるのだろう。

 

「残念だが、早急にお引き取り願おう。これが最後の警告だ」

 

「雑兵は雑兵らしく、尻尾を巻いて逃げおおせるがいいさ」

 

「連盟の近衛兵は、貴様ら旧式の狩人とは根本から異なる存在なのだ」

 

「そして我らこそ、本居様の施術による恩寵を賜った、真なる強化人間の────」

 

言葉を紡ぎ終えようとした次の瞬間、凄まじい血飛沫と共に、眼前の門番たちは鉄屑の混じった醜い肉塊、腐臭漂う骸の山と化していた。

 

「遺志継ぎの盟主よ、貴公は少々、甘すぎるきらいがある」

 

「我々の目的は、腐敗しきった連盟を真っ向から粉砕する事」

 

「穢れた獣どもを叩いて潰し、チリの一つすら残さず、この世から抹消する事」

 

「狩りの慈悲は忘れぬ。それを失えば、血に酔う獣と変わりないからな」

 

「だが慈悲を忘れぬ事と、敵を目前にして甘さを見せ、うつつを抜かす事は違う」

 

「強者の余裕を見せるのは結構だが、それだけは努々忘れぬようにして頂こう」

 

エスビョルンはそう言って、獣狩りの曲刀にこびり付いた血と臓物片を振り払う。

 

鷹の如き眼からは冷たく鋭利な「殺意」が放たれており、その威圧感は並の狩人なら圧倒され、竦み上がるほどのものであった。

 

【臓腑抉り】

 

狩人は、静かに骸の山から狩り道具を拾い上げ懐に仕舞った後、鋼の正門を勢いよく蹴り破る。

 

轟音と共に溢れ出すは、おぞましいまでの死臭と無数の怨念に塗れた、混沌の瘴気。

 

エスビョルンはマリアの狩帽子を深く被り直した後、腰から貫通銃を抜いて構え、何処から襲い来るとも知れぬ敵に備えながら、慎重に伏魔殿へ足を踏み入れた。

 

入口は二手に分かれており、だが最後に行き着く場所は同じである。

 

「盟主よ、ここからは別行動となる。次に見えるのは資料室だ」

 

狩人は鉄兜を被り直しながら静かに頷き、次の瞬間、二つの影が神速の如き瞬歩で影の底へ溶け消えた。

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