不死終末黙示録 狩人篇   作:FROMG・E

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第四話 【煤けた街】

〈狩人の夢〉

 

「おかえりなさい。狩人様」

 

目覚めた狩人に届いたのは、人形の声であった。

 

久方振りに聞いたその声は、狩人を安らぎへ導いた。

 

狩人は先程の戦闘で負った傷が全て消えている事に驚きつつ、すかさず助言者の元へ駆けて行った。

 

先程の戦闘で、一体何が起きたのか。

 

助言者は顔を曇らせて、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

 

「私も訳が分からぬうちだった。なにしろ奇襲を仕掛けたはずの貴公がいつの間にか悪夢の獣に蹂躙され、一瞬で殺されたのだから」

 

助言者曰く悪夢の獣は狩人の行動を学習し、そして予測して動いていたのだと言う。

 

ゆえに地面から飛び出した狩人の迎撃が、あれほど華麗に成功したのだろうと。

 

「アレは、私も見た事がない獣だ・・・・いや、もはや上位者の眷属と言っても過言ではない」

 

「いいか、狩人よ。この世界には、我々の認識の及ばない存在、上位者という化け物がいる」

 

古より神にそれを目で見た者は数少なく、ゆえに助言者は困惑していたのだ。

 

己の知り得ぬ、新たな上位者の存在に。

 

狩人は、次の記憶へ向かう為に棚を漁り、読む事の出来る瓶を取り出した。

 

〔聖堂街の記憶〕

 

そして狩人は聖杯へ血を捧げ、記憶の底へ堕ちてゆく…

 

〈地下墓地〉

 

狩人が目覚めた場所、それは先程ガスコインと戦った墓所の上部であった。

 

先程までの死闘が嘘のように静まり返った墓地は、再び死者の安寧がもたらされていた。

 

「…そこの下、何か落ちているぞ」

 

助言者の言葉に従い、薄明りを湛えた街灯の下、柵の切れた足元を覗くと、そこには乾き黒ずんだ血飛沫と共に、漆黒のドレスを着た、金髪の女の死体が転がっているのが確認できた。

 

その女は体に大きな裂傷を負っており、その胸元には、赤く光るブローチが引っ掛かっていた。

 

「彼女は、今し方貴公が戦った古狩人、ガスコインの妻だよ」

 

名をヴィオラというその女は、獣狩りの夜に立った夫、ガスコインへ言伝をするべく、家を出たという。

 

だが不運にも彼女は獣に殺されてしまい、ガスコインがそれを知っていたのかは定かでない。

 

もっとも、知っていた所で失った命が、戻る筈もないのだが。

 

狩人はヴィオラに手を合わせ、ブローチを回収する。

 

【真っ赤なブローチ】

 

失われた魂の遺志を継ぐそれはまた、獣狩りの夜には不可欠のものだ。

 

そして狩人は、ガスコインから手に入れた地下墓の鍵を使い、錆付いた門扉を開く。

 

軋みを上げて開いたその先には、棺桶が無数に捨て置かれており、やはりそこにも、あの赤桃色の粘液がへばりついていた。

 

へばりついた粘液を頼りに道を進むと、やがて水を湛えた地下室に辿り着いた。

 

右端には明りの松明と、鉄の梯子が据え置かれており、その上からは、如何ともし難い死臭が漂っている。

 

梯子を上った先は、小規模ながら装飾にあふれた書庫であった。

 

机の上には天球儀が置かれており、天体、ひいては宇宙の研究をしていた事が伺える。

 

助言者曰く、宇宙と上位者には密接な繋がりがあるようで、恐らく彼らは上位者に関する何らかの研究していたのだと推察出来る。

 

宇宙と上位者の詳細な関係については不明だが、何れそれも分かるはずだ。

 

狩人は先程の、悪夢の獣の正体に繋がる資料が無いかと本棚の書物を片端から読み漁り、するとその内の一冊から、一枚の手記がはらりと零れ落ちた。

 

【ビルゲンワースの蜘蛛が、あらゆる儀式を秘匿している。見えぬ我らの主も。ひどいことだ。頭の震えが止まらない】

 

「ビルゲンワースとは、上位者研究のための組織だ。そのうち訪れる事になる。今はまだ気にすることはない」

 

助言者の意味深な発言を無視し、狩人は本棚を漁り続ける。

 

数時間後、全ての本を読み終わった狩人だったが、どれもヤーナムの調査記録や日誌であり、直接上位者のヒントになる資料は何一つとして見つからなかった。

 

無駄骨を折ってしまったと焦りを感じた狩人は次へ進もうと出口へ足を運び、すると、端に一つの宝箱がある事に気が付いた。

 

簡素ながら緻密な意匠を施された宝箱にはなぜか鍵がかかっておらず、開いてみるとその中には無数の資料と共に、とある器具が入っていた。

 

狩人はそれを知っていた。

 

かつて人里の連盟本部で狩道具の修理室に置いてあった、強化の血晶石を道具に捩りこむ為の器具「血晶石の工房道具」。

 

まるで生きているかのように、どの狩道具にも自在に嵌まる血石の結晶「血晶石」は、未熟な狩人たちには必需の品であり、なにを隠そう自身の落葉にも血晶石が嵌め込んである。

 

更に血晶石も最高品質のそれを使用しており、尋常の獣程度であれば、一刀のもとに斬り伏せられるだろう。

 

通常、最高品質の血晶石には「呪い」と呼ばれる特性が備わっているのだが、狩人はそれを幻想郷由来の封印術で無効化するという快挙を成し遂げていた。

 

だが反面、その技術には落とし穴が潜んでいた。

 

血晶石の呪いを無効化し、尚且つ狩道具と血晶の力を最大限発揮・維持する為には高い技術の他に、尋常ならぬ精神力を備える必要があったのだ。

 

皮肉にも、反動の呪いが判明したのは狩人が幻想郷を離れて幾月か後の頃であり、彼がそれを知る事はない。

 

狩人はそれを懐に仕舞った後、階段を上り、豪華な意匠の扉をゆっくりと押し開けた。

 

<オドン教会>

 

重い扉を開けた先に姿を現したのは、しんと静まり返った、がらんどうの教会であった。

 

何処かから聞こえる鐘の音、柱や天井に取り付けられたシャンデリアには、未だ蝋燭の焔が弱々しく灯っており、随所には異形の神、恐らくは上位者のそれを象ったと思しき石像が散見される。

 

空気は淀み、カビと不思議なお香に似た臭気が辺りを包み込んでいる。

 

窓にかかる破れた旗のような垂れ幕はまた、狩人の装束にかかる聖布のそれと酷似した紋様を備えており、医療教会と密接な関係にある建物である事が容易に想像できた。

 

獣や人の気配は一切感じられず、それが一層の異様さを醸し出していた。

 

ふと足元に目をやると、そこには古ぼけ色褪せた赤い敷物があり、触れてみると僅かに温かく、今し方まで人が居たかのようであった。

 

【生存者を集めよ。ここは安全だ、獣除けの香も焚いてある…】

 

【姿なき上位者オドン。オドンは赤子を求めている、苗床を探せ】

 

隣には二枚の手記が落ちており、だがその筆跡や内容から、同一人物が残したものでない事が推察できた。

 

姿なき上位者オドンとは恐らく、石像のモデルになった上位者の名前だろう。

 

だが、仮にそうだとすれば姿なきの一文が引っ掛かる。

 

狩人がそのような考えに耽っていると、不意に助言者が語り掛けてきた。

 

「狩人よ、考察に耽るのは結構だが、少し私の話を聞いてくれ」

 

「一枚目の手記、それは元々ここに居た赤ローブの男、オドン教会の住人が私に伝えたセリフそのものだ。これが何を意味するか、分かるな?」

 

助言者は続けて言う、これは上位者が残したものだと。

 

だがその主はオドンでは無いという。

 

狩人は多くの疑念を抱きながらも、灯りに火を点した。

 

<聖堂街>

 

教会の横手から外に出ると、大男が二人、井戸の周りをのそのそと歩いていた。

 

大男は蒼白くこけた頬に落ち窪んだ目、白い装束に身を包み、左手にランタン、右手に大きな杖を携えており、だがその杖は血に塗れている。

 

視線も定まらず、まさに亡者の如き相貌である。

 

柵の傍には血と臓物に塗れた、古狩人のものと思しき狩装束が落ちており、彼の末路は想像に難くない。

 

狩人は落葉を変形させた後、一人を加速螺旋斬りにて正中線から真二つに、もう一人は長銃で頭蓋骨を撃ち砕いた後、螺旋手刀にて心臓を抉り抜いて始末した。

 

「素晴らしい業だ、十全と言っても過言ではない。だが油断するな、この辺りにはアメンドーズが・・・」

 

助言者が何かを言いかけた刹那、狩人は突如、上空に現れた奇怪な化け物に体をむんずと掴まれ、そのまま果実を絞るように絞り潰された。

 

死亡したかに思われた狩人であったが、気が付くと井戸の近くの階段に移動していた。

 

「いいか・・・・奴こそが上位者の一角、アメンドーズだ」

 

助言者曰く、アメンドーズとは六本の指に三対の腕、網目状の楕円形状をした頭に無数の目を持ち、触手状の口髭を備える上位者の一角であると言う。

 

その名前は偏桃体の名称そのままであり、恐らくは何らかの共通点があるのだろう。

 

だが偏桃とはアーモンドの和名であり、あめんどうとはアーモンドの別名。

 

偏桃体は恐怖や不安を司る脳器官の一つ、あめんどう、アメンドーズ、偏桃体…。

 

その時、狩人はあめんどうについて、旧約聖書の一節を思い出した。

 

【主の言葉がまたわたしに臨んで言う、「エレミヤよ、あなたは何を見るか」。わたしは答えた、「あめんどうの枝を見ます」。 主はわたしに言われた、「あなたの見たとおりだ。わたしは自分の言葉を行おうとして見張っているのだ」。】

 

エレミヤ書第11節から第12節にて、主はエレミヤを、エレミヤはあめんどうの枝を見ていると記されている。

 

旧約聖書の原語たるヘブライ語ではアーモンドをシャーケードと呼び、それはまた、目覚めの意味を持つとされている。

 

これを狩人の状況に置き換えると、エレミヤは狩人、あめんどうの枝はアメンドーズ、主は上位者という事になる。

 

上位者は狩人を見張り、狩人は目覚めの枝を見る。

 

だがこの考察を是とするならば、上位者アメンドーズもまた大樹の一端、すなわち枝にすぎず、主たる上位者がまた存在するという事になり‥‥

 

考え込んでも仕方がない、先へ進まねばと狩人は考察を中断、足を進めた。

 

狩人は柱の根元にあった血石の欠片をひろい、その時、下の階段から一際巨大な亡者が姿を現した。

 

先程の教会の狩人の亡者と同じく人型でこそあるが、その装束は汚れ、破れ、聖布のようなターバンで顔を覆っており、手には大型の両手斧を備えていた。

 

狩人は居合の一閃にて両足を両断した後大きく飛び上がり、頭頂から尾骶目掛け、奥義「螺旋刺突」を繰り出し、亡者狩人を殺害した。

 

狩人がこれまで極めた武術を基に考案した狩業を記した秘伝の書「狩業乃伝書」

 

そこに記された奥義の一つであるそれはまた、「居合斬道」を極めた狩人の業と「葉隠防衛術乃秘伝書」に残された一つ「螺旋波紋正拳」を組み合わせ編み出した、最初の狩業でもある。

 

壮絶な鍛錬の末に会得可能なその業は、獣に対し圧倒的な効果を持ち、故に狩人は最初期の連盟員にして筆頭という地位を与えられ、連盟の長に信頼された一人となった。

 

その他様々な業を用い、幻想郷で恐ろしい獣や妖狩りに明け暮れていた狩人にとって、今更尋常の獣や亡者など、無傷で殺す事など造作もなかったのだ。

 

やがて階段を下りた先、夕日の見える広場に出た狩人は、橋の前に佇む巨漢亡者を一刀のもとに斬り伏せた後、橋の袂で単眼式の遠眼鏡を拾った。

 

【遠眼鏡】

 

橋跡の中央は岩塊が落ちて来たかの如き大穴が開いており、何処かへ繋がるべき道も、既に崩れ去っていた。

 

崩れた橋から眺めるヤーナム市街は凄惨で、だが美しい光景であった。

 

狩人はここで暫し景色を堪能しようかとも思ったが、それは別の機会にと散策に戻った。

 

暫く探索していた狩人は、とある事に気が付いた。

 

ヤーナム市街に広がった死屍累々に加え、その傍らにあった赤桃色の粘液が全く見当たらないのだ。

 

ひょっとすると、あの悪夢の獣は、ここには居ないのかも知れない。

 

そんな事を考えながら狩りと探索を続けていると、広場の先に、納骨堂を発見した。

 

「狩人よ、ここは仕掛けを動かす必要がある。レバーを探したまえ」

 

助言者の言葉に従い、建物の周囲を探索しながらレバーを探す狩人。

 

やがて、納骨堂の二階に出た狩人はレバーを見つけ、仕掛けを動かす。

 

すると、一階から物音がしたかと思うと、棺がゆっくりと動き、地下への道が口を開いた。

 

階段を下り、先へ進むとそこには、罹患者の獣が闇に融け込んで息を潜めていた。

 

狩人は長銃を構え、骨髄の灰を篭めた後、獣の呼吸を静かに見極め、背骨が垂直になった瞬間に引き金を引いた。

 

脳天から尾まで突き抜けた弾丸は、同時に衝撃波で獣を肉塊に変えた。

 

狩人の並外れた動体視力と、それを実行する技術に感嘆しながら、助言者は次の道を示す。

 

闇を抜け、梯子を下り、灯りを過ぎ、やがて狩人は一枚の張り紙をされた、木造の大扉前に辿り着いた。

 

【これより棄てられた街。獣狩り不要、引き返せ】

 

「問題ない、そのまま開きたまえ、狩人よ」

 

狩人は警告を無視し、大扉に力を込め、張り紙が破れるのも気にせず道を開いた。

 

<旧市街>

 

大扉が口を開いた先は、血と煤煙の臭いに包まれた、煤色の廃墟が広がる市街地であった。

 

助言者曰く、ここは旧市街と言われており、かつて獣の病が蔓延した際に焼き払われた、その街であると言う。

 

その時、狩人はヤーナム市街で拾った一枚の手記の内容を思い出した。

 

───獣狩りの夜、聖堂街への大橋は封鎖された 医療教会は俺たちを見捨てるつもりだ あの月の夜、旧市街を焼き捨てたように───

 

あの日の夜、焼き捨てられた旧市街とは、まさしくここを指す言葉であった。

 

納得したように首を振る狩人に、助言者が独り言の混じった言葉を発する。

 

「そうか。デュラが居ない旧市街とは・・・狩人よ、もしかするとこの街にまだ、奴の盟友がいるかもしれん」

 

古狩人デュラ、工房の異端「火薬庫」との交わりで知られていた古狩人の一人であり、ごく優しく、そして愚かな男だったという。

 

ゆえに彼は、旧市街の惨劇を前に絶望し、狩人であることを止めたのだと。

 

その後の彼は守護者として旧市街を根城とし、あの張り紙で人を避け、侵入してきた無礼な輩には相応の防衛行動を取ったという。

 

「あの時計塔が見えるか?デュラはあの上から、据え付けの機関砲で侵入者を追い払い、しばしば殺害さえしたのだよ。全てはこの旧市街の獣、元は住人であった彼らを守る為にな」

 

助言者の導きに従い、狩人は階段を下り、旧市街の道を進み始めた。

 

確かに旧市街は、あちこちに焼き払われた痕跡が見受けられる。

 

磔にされ、焼き討ちされた罹患者の獣。

 

煤を被った石像、火災で弱り、崩壊した階段跡。

 

映り込む惨劇の痕が、狩人にかつての人災の全てを、つい今し方の出来事かのように伝える。

 

道なき道を辿り、やがて狩人は古い教会と思われる場所に辿り着いた。

 

内部は匂い立つ死臭と燻り燃えた気の香りが充満しており、更にはあちこちに焔の燻ったような黒い痕跡が散見される。

 

最下階に降りると、そこには広い空間があった。

 

最奥部には儀式を執り行う祭壇が見え、中央にはシャンデリアに吊り下げられ、皮を剥がされた獣が磔になって死んでいた。

 

祭壇には紐の付いた瞳が捧げられるように安置されており、狩人はそれを懐に仕舞い込んだ後、教会を後にした。

 

【病める落とし子の触腕】

 

そして教会を出た狩人は、暫くの探索の後、燻った煙の立ち込める広場に足を踏み入れた。

 

すると、煙の向こうから走り来る謎の人影が見え、それはまさしく狩人であった。

 

助言者曰く、彼はかつてデュラの盟友として名を馳せた古狩人であるらしく、だが今や狂った狩人へ堕ちてしまったのだと。

 

狂った男は右手のノコギリ槍を伸ばし変形させ、狩人に襲い掛かる。

 

最小限の動きで槍の突きを躱した狩人は落葉を構え、加速螺旋刺突を繰り出した。

 

一瞬の出来事であった、狩人の落葉は狂った男の心臓を串刺しにし、あろうことか、勢い余って体外へ打ち貫いていたのだ。

 

口から血の泡を吹き、力なく斃れる男。

 

狩人はデュラの盟友に冥福の祈りを捧げ、その場を後にした。

 

やがて時計塔に辿り着いた狩人は、塔の上に登って街を一望しようと考え、梯子を上り始める。

 

なるほど、確かに助言者の言葉通り、最上部には据え置きの機関砲が設置されており、その脇には火薬の狩人証が落ちていた。

 

【火薬の狩人証】

 

古い時代、火薬庫と呼ばれる工房の異端が発行していたとされる、瓶に黒色火薬を詰めた狩人証。

 

彼らの生み出した狩道具は、まさしく大鑑巨砲と例えるのが相応しい、威力に重きを置いたモノばかりであったと言う。

 

狩人は高台から旧市街を見渡し、道を確認すると、梯子を下りて先へ進み始めた。

 

やがて視界に入ったもの、それは獣を喰らう獣の姿であった。

 

一匹や二匹ではない、優に十匹は下らない数の、悪夢の形貌を成した獣達が、肉塊と化した獣に群がり、血肉を貪っている。

 

異形の獣達はこちらの気配に気が付くと、狂ったように襲い掛かってきた。

 

狩人は複数の油壷を投げた後、火炎瓶で火の壁を作り、獣達を分断した。

 

そうして孤軍と化した獣達を、一刀のもとに両断してゆく。

 

そうして狩人が勝利を確信したその時、最後に残った獣が背後の影から飛び掛かり、うつ伏せになる形で覆い被さって来た。

 

異形の獣は勝ち誇ったように、あの耳を劈く程の咆哮を上げる。

 

「狩人よ、こいつは悪夢の獣だ!掠れたような金切り声は、間違いない!」

 

それを聞いた狩人はすかさずうつ伏せの態勢から背後に腕を伸ばし、悪夢の獣の首根っこを掴み、前方に投げ飛ばした。

 

突如の事に驚き、仰向けのまま起き上がれない悪夢の獣。

 

狩人は長銃に骨髄の灰を篭め、心臓に銃口を押し当て撃ち放ち、悪夢の獣を肉塊へと変えた。

 

最後に落葉を抜き放ち、未だ息をする悪夢の獣の首を撥ねる。

 

「危なかったな、狩人よ。今後は不測の事態にも気を付けねばならんぞ」

 

やがて建物の中に入った狩人は、壊れかけた棺桶の奥に光る何かを見つけた。

 

棺桶の蓋をどかしてみると、それは、かつて人里の連盟員であった盟友の一人「敬虔な狩人、津田」が所持していた狩道具『銃槍』であった。

 

彼は灰の狩装束を身に纏い、神秘属性の水銀弾を撃ち放つ機構を組み込んだ銃槍と獣狩りの散弾銃を用いて、血に依らぬ狩りを積極的に行っていた狩人の一人でもあった。

 

【銃槍】

 

盟友は狩人の同期であり、だがとある任務の日から、行方知れずとなった。

 

奇しくもその任務が、狩人を悪夢へと誘った獣の討伐依頼であったのは、何かの縁であろうか?

 

階段を上った先、その突き当りには、先人の書き残したと思しき一枚の手記が落ちていた。

 

【赤い月は近く、この街は獣ばかりだ。きりがない もう何もかも手遅れ、すべてを焼くしかないのか】

 

奥には死体と煤けた狩装束が落ちており、恐らくこの死体こそが、先程の手記の主であると見ていいだろう。

 

赤い月とは何だろうか、またもや思考の種が増えた狩人は時間を節約する為、先を急ぐ。

 

やがて道を降り、最下層へ到着した狩人は、焼け落ちて既に廃墟と化した教会を見つけた。

 

辺りには未だ残り火が燻っており、旧市街を焼いた炎の恐ろしさが見て取れた。

 

廃墟と化した教会の奥に居たのは、頭から背中の皮が、まるで引き裂かれたように捲れ上がっている異形の獣であった。

 

狩人はその獣を見て、一匹の獣を思い出していた。

 

「獣狩指南之書」その四項に記された獣「毒血の赫獣」であった。

 

痩せさらばえた躰、生皮を剥がされたかのような形貌、振り撒く灰色の血には恐らく猛毒が含まれているはずだ。

 

毒血の赫獣には炎が最も効果が高く、特に皮の剥がれた部位が弱点である。

 

「狩人よ、奴の名は血に渇いた獣だ。奴には特に炎が・・・・いや、何でもない。狩りを続けたまえ」

 

助言者の言葉を受けた狩人は毒血の赫獣改め血に渇いた獣を見据え、落葉を変形させ、発火ヤスリを刀身に擦り付ける。

 

瞬時に炎に包まれる落葉、狩人は油壷を投げつけた後、血に渇いた獣に飛び掛かり、二刀を用いた回転斬りを見舞う。

 

辺りはあっという間に炎に包まれ、だが、血に渇いた獣は狩人を完全に無視していた。

 

その動きはまるで、この部屋に潜む別の何かを警戒しているようにも見える。

 

「…狩人よ、先程の件もある。悪夢の獣がどこかに居るかもしれん。気を抜くなよ」

 

助言者の言葉を聞き、狩人が長銃を構えた刹那であった。

 

突如として、何もない空間から触手が伸び、血に渇いた獣の皮が引き剝がされた。

 

苦痛に悶え苦しむ血に渇いた獣、剥ぎ取られゆく傷口より、灰血が吹き上がり、撒き散らされる。

 

血に渇いた獣の背後から突如として現れたのは、幾本もの鎌状触手を振り回す、悪夢の獣であった。

 

そして悪夢の獣は、腹部より禍々しい形状の捕食器官を伸ばし、血に渇いた獣の血肉を貪り喰らい始めた。

 

敗血の猛毒すら気にも留めず、骨の砕ける音を立てながら肉を喰らう。

 

「何て奴だ…獣を食い潰す気か‼」

 

狩人は長銃を仕舞い、落葉を抜き放ち、加速を用いて悪夢の獣の懐に潜り込む。

 

悪夢の獣が反応する暇すら与えず、露出した肋骨の奥にある核を螺旋刺突にて貫き、食い散らかされている血に渇いた獣ごと、上半身を真二つに斬り裂いた。

 

【YOU HUNTED】

 

赤桃色の粘液と共に緑の血飛沫を上げ、悪夢の獣は意外にもあっさりと打ち倒れ、消滅する。

 

【悪夢の欠片ー 旧市街 ー】

 

悪夢の欠片を拾った狩人であったが、その表情は緊迫感に満ち満ちていた。

 

地下墓地の惨劇が脳裏に焼き付いて離れないのだ。

 

油断は禁物、狩人は落葉を握る指をぎゅっと締めた。

 

「油断するな、先の件もある事だ。未だどこに潜んでいるか分からんぞ」

 

数十分ほど辺りを集中して探索し、悪夢の獣の消滅を確信した狩人と助言者。

 

そのまま最奥の祭壇へと足を運ぶと、そこには古びた一つの聖杯が祀られていた。

 

【トゥメルの聖杯】

 

狩人はそれを懐に収め、旧市街を後にした。

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