不死終末黙示録 狩人篇   作:FROMG・E

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第五話 【黒き獣】

<オドン教会>

 

そして狩人はオドン教会へ戻り、改めて屋内の探索を始めた。

 

最初に入った時は気が付かなかったが、辺り一面に置かれた壺の中には、得体の知れぬ臭気を放つ液体がなみなみと詰められており、これが獣除けの香であるようだ。

 

「上部階層へ行く為の昇降機がある。場所は・・・」

 

助言者の言葉に従い、狩人は昇降機へ乗り込み、教会上部を目指す。

 

教会上部へ辿り着いた狩人は、破壊された車椅子と無数の鉄屑に飛び乗り、人間の血肉を貪る小さな悪夢の獣に遭遇した。

 

隣の宝箱も無残に砕かれ、その残骸にはまた、あの赤桃色の粘液がべっとりとこびり付いていた。

 

「…まあ、予想はしていたが…これ程とはな、貴公」

 

不意に狩人は懐から謎の蟲を取り出し、小さな悪夢の獣目掛け殴り掛かる。

 

すると次の瞬間、狩人の掌より蒼白い粘液を纏った触手の束が伸び、小さな悪夢の獣をバラバラに引き裂いてしまった。

 

これは医療教会上層の秘儀、上位者との交信を促す軟体生物の一種「エーブリエタースの先触れ」。

 

狩人が人里にいた頃、最後の任務へ赴く直前に人里の連盟、その研究資料室からひっそりと持ち出した「道具」である。

 

その当時、人里の連盟では新たな研究として「上位者との交信」が行われており、それに際して取り寄せられた実験資物の一つにあったのが「エーブリエタースの先触れ」であったのだ。

 

甲高い断末魔を上げ、煙の様に掻き消える小さな悪夢の獣。

 

足元には鋸の形をしたペンダントが落ちており、これを拾い上げた狩人は道に沿って進み始めた。

 

【ノコギリの狩人証】

 

先へ進むとそこは別塔へ移る為に用いられたであろう柵の付いた梁であり、その先には一際高い塔と、奥に向かって続く建築物が無数に聳え立っていた。

 

そうして狩人が別塔へ足を踏み入れたその瞬間、上空より腐臭を放つ肉塊が脚元目掛け落下してきた。

 

間一髪でそれを避けた狩人は警戒しながら長銃を構え、上階へ目を向ける。

 

視界に飛び込んできたのは、破壊され、外側へねじ曲がった柵と、まるで干し肉を作るように腹を捌かれ、臓物を引き摺り出された状態で引っ掛けられた、サーベルや松明を持った罹患者の死体であった。

 

雫のように垂れる茶色い液体は、おぞましく腐敗した肉汁であろうか。

 

よくよく辺りを見渡すと、塔一面に小さな悪夢の獣が張り付いており、皆せっせと壁から皮や肉を剥ぎ取り、貪り喰らっている。

 

狩人は落葉に発火ヤスリを擦りつけ炎を纏わせた後、加速を用いて屋内へ侵入した。

 

<医療教会の工房>

 

屋内は外壁に比べれば幾らか落ち着いた様子であり、だがその代わり、赤桃色の粘液が足跡のように、上階へ続いていた。

 

まるで何かを引き摺ったような痕跡であり、それは未だに滑りを残しつつも、縁は鋭い刃のように固まっている。

 

驚く事に、塔の内にはあの獣達や罹患者の死体さえも存在せず、その夥しい血痕だけが外へ、黒い足跡を残すのみであった。

 

「狩人よ、ここは少々通路が複雑だ。私が指揮を執る、その通りに進みたまえよ」

 

そう言うと助言者は、狩人を目標の道へ導いた。

 

塔の構造は極めて複雑であり、狩人単独では、確実に迷っていた事は疑いない。

 

道中に居座る小さな悪夢の獣達を斬り捨てながら、狩人は順調に道を進んでゆく。

 

雑魚になど、今更構っていられようものか。

 

そうしている内に、とある一室の端に置かれた宝箱の残骸の中から一筋の光を感じ取った狩人は、重要な物ではないかとの思いでそれを拾い上げた。

 

【輝く剣の狩人証】

 

それは、最初に対峙した聖職者の獣が所持していた【剣の狩人証】と酷似した代物であり、だがずっと古い質感と、純白に輝くその外見から、狩人はこれを上位の聖職者の狩人証、あるいはより古い時代の遺物ではないかと考察し、その場を後にした。

 

後の助言者の話によると、それは教会最初の狩人、剣聖ルドウイークの直系たるを示した、ごく古い医療教会の狩人が所持していた狩人証であり、それはまた、唯一狩人が英雄たり得た時代の名残であると言う。

 

もうずっと昔の話だ、それがどちらであろうと構わない。

 

かつての持ち主たる古狩人の遺志を継ぐ事には変わりないのだから。

 

その後、一枚の手記を見つけた狩人だったが、これが何を意味するのかまでは、この時には判らなかった。

 

【宇宙は空にある。「聖歌隊」】

 

宇宙が空にあるのは至極当然の事実であり、わざわざ手記に残す程の事でもないだろう。

 

その意味を知るのは、ずっと先の話だ…。

 

その後、再び助言者の導きによって崩れた塔を降り、更に先へ進んだ塔内部の足場を飛び降りた狩人は、眼前に扉がある事に気が付いた。

 

その扉は地下墓から続くオドン教会の扉そっくりの装飾を施されたモノであり、だがその老朽具合は相当であった。

 

扉を壊さぬよう、慎重に、だが力強く押し開ける。

 

埃が眼前に吹き上がり、やがて開いた扉の先には階段が続いていた。

 

慎重に階段を下りた狩人の眼前に広がっていたのは、狩人の夢で見た館そっくりの光景であった。

 

<捨てられた古工房>

 

「驚いたかね、狩人よ。ここは紛れもない、夢の館の元となった古工房だよ」

 

助言者曰く、この古工房を立ち上げたのは最初の狩人ゲールマンであるらしく、全ての狩人の歴史はここから始まったと言っても過言ではないと言う。

 

ゲールマンの生み出した狩工房と仕掛け武器はまた、歪でおぞましい獣狩りの歴史を肯定する荒々しいそれとは趣を異とする、寧ろもっと優しげな、弔いの意を持つ葬送の狩りを主体としていたらしい。

 

「信じられないかね?だが私はそんなゲールマンの遺志を受け継ぎ、助言者となったのだよ」

 

「今は信じずともよい、いずれ全てを話す時もあろう」

 

半ば疑問を残したまま、狩人は古工房の探索を優先するべく足を進めた。

 

狩人の夢では使者の水盆が置かれている筈の場所には、古びた宝箱が置かれており、中にはあの、人形の装束が一式納められていた。

 

【人形の帽子】

 

【人形の服】

 

【人形の手袋】

 

【人形のスカート】

 

古い時代に織られ、もはや人の手を離れて久しいはずのそれはまた、だが十分な手入れを施されていたのか、綻びや傷一つ無いままに折り畳まれ、奇麗に保管されていた。

 

狩人はそれを人形に渡すつもりで懐に収めた後、裏口から館へ足を踏み入れる。

 

薄暗く、埃を被った館の中には、かつての古狩人たちが残した資料などがあちらこちらに散らばっており、壁には錆付き、朽ちかけた仕掛け武器たちが、役目を終えたように休んでいる。

 

棚を探っていると、奥の方から、一つの小さな髪飾りが白紙に包まれた状態で見つかった。

 

それは決して宝石などが付いている訳でもなければ、金銀白金などの貴金属で出来ている訳でもない、ごく質素な髪飾りであった。

 

だがしかし、人の手を離れて久しいはずのそれはまた、錆朽ちを一切感じさせぬほど美しいまま保管されており、よく手入れのされた良品である事が見て取れた。

 

おそらくは灰のような銀の髪を持つ、あの人形にこそ静かに映えるだろう。

 

そう考えた狩人はそれをそっと壊さぬように、懐へ仕舞い込んだ。

 

【小さな髪飾り】

 

ふと机の上に目をやると、そこには黒く渦巻いた、無数の瞳を思わせる粒の付いた肉のひもが置かれており、何故か狩人はそれを真っ先に懐に仕舞い込んでしまった。

 

【三本目のへその緒】

 

後の助言者の言葉によると、それは上位者の赤子が持つ特別な器官「三本目のへその緒」なるものらしく、上位者の正体を暴くためには必要不可欠なものの一つであるようだ。

 

その影、棚の角奥にはあの人形が捨て置かれており、だが何故かぴくりとも動かない。

 

狩人が人形の手に触れてみると、わずかな温かさを感じ取る事が出来た。

 

それは偏執にも似て、だが僅かな愛情も含まれている。

 

奇妙な感情を心に宿した狩人は足早に館を去り、やがて穴の底、下層の広場に到着した。

 

甘い血の香り漂うその広場には、奇妙な獣が一匹鎮座していた。

 

助言者曰く「獣憑き」と呼ばれるその獣は、炎を操る異端であるらしく、だがその背中には桃色の触手が蠢いている。

 

狩人はまたも、奇妙な既視感を抱く。

 

この蒼黒い毛並みと、大振りの爪は「獣狩指南之書」その三項に記された獣「狩人狩りの獣」であろうか。

 

最初期の連盟員のうち、最も若く、技術の低かった一人の男が初めて己の眼前で「成った」獣。

 

その後も何人かの未熟な連盟員が堕ちたその獣は、獣のカレルを宿した狩人が血に酔い、変異した姿である。

 

獣の内に蟲を見出し、潰すという狩りの性質上、連盟員の多くは獣のカレルを脳裏に焼き付けており、狩人もその例外ではなかった。

 

獣の膂力と神秘の力に加え、狩人の業を備える狩人狩りの獣はまた、尋常の連盟員には常に荷が重い存在であり、かつては右腕たる相棒と共に、獣に堕ちた連盟員らを幾人も介錯したものだ。

 

彼らの狩人証は一枚残らず狩人の懐に眠っており、その断末魔さえ明瞭に思い出せる程、印象の深い獣であった。

 

ゆえにその獣は、狩人にとって因縁浅からぬ相手であり、狩人はその対処法に十全の自信を持っている。

 

例え悪夢の獣の力を取り込んだとて、根本は変わりようがないのだから。

 

「待て狩人、こいつは普通の獣憑きでは無いやもしれん。慎重に対処するんだ」

 

狩人は長銃に骨髄の灰を篭め、頸元目掛け撃ち放つと同時にそれを放り投げ、落葉を構えた後に加速螺旋斬りを繰り出し、獣憑きを一瞬で肉塊に変えてしまった。

 

僅か抵抗するように蠢く肉塊だったが、エーブリエタースの先触れの一撃で挽肉になるまで捏ね回された獣憑きは遂に死亡したようで、血飛沫と共に弾けた。

 

「相も変わらず強い事だな、狩人よ」

 

助言者の褒め言葉を無視した狩人は、その先にある豪華な装飾の施された扉をゆっくりと押し開けた。

 

キリキリと軋む音を上げて開いた扉の先には、貧民街のような光景が広がっていた。

 

旧市街の、更に下層に位置するこの街からはおぞましい唸り声と、甘い血の香りが何処からか漂っており、これまでとは一線を画す雰囲気を醸し出している。

 

「ここはヤーナムの最下層、と言った所か。気を付けろ、何が飛び出てくるか判らんぞ」

 

助言者の言葉と被さるように飛び出してきたのは、謎の袋を担いだ大男であった。

 

痩せ細り長く伸びた指、異様に長い腕、フードのように見える黒く汚れたぼろ布からは、酷い死臭が垂れ流されている。

 

狩人は加速を用いて懐へ潜った後、貫手を大男の心臓目掛け突き刺した。

 

だが次の瞬間、謎の秘術で狩人の首根っこを掌に吸い寄せたかと思うと、そのまま内臓が零れるのも厭わず、藻掻きも空しいままに頭陀袋に放り込まれ、何処かへ連れ去られてしまった。

 

<隠し街ヤハグル>

 

やがて目を覚ました時、狩人は牢に囚われていた。

 

「やられたな、狩人よ。今のはヤハグルの人攫い、勝てぬ相手でも無かったろうに、油断したか?」

 

薄暗く、灰の降る牢など、一刻も早く抜け出さねばならない。

 

歪んだ格子を思い切り蹴破ると、そこには一枚の手記が落ちていた。

 

【狂人ども、奴らの儀式が月を呼び、そしてそれは隠されている 秘匿を破るしかない】

 

詳しい考察は狩人の夢ですればよい、そう考えた狩人はそれを拾い上げた後、脱出路を探すべく牢を後にした。

 

すると、牢扉の前に奇妙な骸が椅子に座っているのを発見した。

 

頭に檻を被ったこの骸は、拷問されたのだろうか、苦悶の表情を浮かべたまま死んでいる。

 

椅子に手を括り付けられ、逃げる事も出来ずに死んでいったのだろう。

 

干乾び、枯れ果てた骸の風化具合が、悲惨さを物語っている。

 

「そうか、メンシス学派が・・・・・」

 

助言者の独り言を無視し、狩人は出口を探す。

 

そして上階まで足を運んだ狩人は、とある石像を発見した。

 

それはまさしく、オドン教会の裏手で狩人を握り潰した、アメンドーズの石像であった。

 

だが、狩人は一つの違和感・差異に気が付いていた。

 

石像のアメンドーズには、あの触手の如き口髭が生えていない。

 

口髭状の触手は個体差なのか、あるいは石像にされたこのアメンドーズが特別な個体なのか?

 

多くの疑問を残した狩人が足元へ視線を移すと、そこにはまた、檻を被った死体が椅子に腰かけていた。

 

その近くに、また手記が落ちていた。

 

【悪夢の儀式は、赤子と共にある 赤子を探せ。あの鳴き声をとめてくれ】

 

どうやら儀式には赤子が関わっているようだ。

 

そしてそれは恐らく、上位者が求めるものでもあるのだろう。

 

狩人は下へ降りた先の人攫いを臓物と血で装飾し、その場を後にした。

 

やがて、同じような牢を発見した狩人は、突如陰から現れた小人に背後から抱き着かれたと思うと、呻き声を上げる暇すら無いままに、両目を刳り貫かれてしまった。

 

小人の首根っこを手探りで捉え、エーブリエタースの先触れで貫いた後、地面に叩きつけ肉塊に変える。

 

輸血液で両目を急ぎ修復させ、周囲の状況を把握する。

 

狩人の眼球を抉り取ったのは、ぼろ布を纏った小柄なせむしの老婆であった。

 

落葉を抜き放った後、変形させ真空斬撃波で残りの老婆達を、肉片になるまで斬り刻む。

 

慈悲を感じさせぬ、冷たい狩り。

 

狩人は新たな技術の開花と共に、徐々に人ならぬ者の世界へ足を踏み入れていた。

 

「此処は見通しの悪い地形が数多くある。慎重に進みたまえ」

 

先へ進むと、先程の人攫いどもがうろついているのを発見した。

 

すぐさま狩人は長銃を構え、骨髄の灰を篭めて一人目の頭蓋骨を撃ち砕く。

 

続けて二人目がこちらに気付いた瞬間、落葉を構え加速螺旋刺突で心臓を貫いた後、大男の身体を真二つに斬り裂いて打ち倒した。

 

先程の礼と言わんばかりの、情け容赦ない狩り業であった。

 

そうしている内に、狩人は壁に空いた大穴を見つけた。

 

人間が辛うじて一人出られる規模のそれは、恐らく人為的に開けられたものであり、どうやら外へ繋がっているようだった。

 

穴を抜け、段差を降りた先には靄の沈んだ深い広場があり、その中央には、黒い毛皮を纏った、骸骨の獣が眠るように横たわっていた。

 

「黒獣パールだ、今の貴公には少し役不足かもしれんが、精々足元をすくわれぬよう戦いたまえ」

 

助言者が黒獣パールと呼ぶその獣は、狩人が連盟に居た頃に狩った、とある獣とまたもや酷似していた。

 

「獣狩指南之書」その五項に記された獣「雷獣・黒套髑髏」。

 

黒き外套に蒼き雷を纏う、骸骨の獣。

 

その名に恥じぬ瞬発力と雷を纏った一撃は多くの連盟員を屠り、狩人さえ初見時は大いに苦戦した獣である。

 

連盟の調査報告書には、得体の知れぬ吸血鬼の館が産み出した魔法生物であると記されていたが、眼前の黒獣パールとやらが、果たして同一種の獣であるのか。

 

そんな事を考えながら狩人はパールに接近してゆき、互いの間合いが触れた刹那、それは唐突に現れた。

 

「避けろ!」

 

助言者の怒号に驚いた狩人は急いで後方へ下がる。

 

何事が起きるのか。

 

思考を巡らせる数瞬の間の後、先程まで狩人がいた場所から巨大な蛇が飛び出してきた。

 

「マダラスの毒蛇だ!どこから、何を嗅ぎ付けた・・・・?」

 

マダラスの毒蛇。

 

物言わぬ双子マダラスと、人ならぬ友誼を交わしたとされる、巨大な毒蛇。

 

狩人は落葉に炎を纏わせたが、何やら毒蛇の様子がおかしい。

 

ビクビクと悶える様はまるで、体内で何かが蠢いているような‥‥。

 

狩人が飛び掛かる姿勢をとったその瞬間、毒蛇の身体を引き裂いて、悪夢の獣が姿を現した。

 

それは蛇のようであり、それでいてウミウシの様な派手さを抱えた後ろ足を持つ、上位者の獣。

 

瞳の触手は健在であり、更に、背部には血に渇いた獣を切り裂いた刃状の触手と、異形の捕食器官を生やしていた。

 

肌は虹色の光沢を放つぬらぬらとした粘液に包まれており、だがそのすぐ後、悪夢の獣は二枚目の皮を脱ぎ捨てた。

 

虹色の粘液を纏った皮はマダラスの毒蛇と共に溶けて消え去り、後には毒蛇の牙と血に渇いた獣の皮切れが残るばかりであった。

 

脱皮をした悪夢の獣、その肌はぬらぬらと蒼白く輝き、頭部はもはや獣のそれを大きく逸脱した形貌へ成り果てていた。

 

粘液に塗れた鱗状の皮、触手のようにうねうねと蠢く牙には無数の寄生虫が付着しており、噛まれようものならばひとたまりもないだろう。

 

舌は赤桃色の粘液を垂らした分厚い一枚が無数に枝分かれして蠢いており、眼孔からは瞳が出入りを繰り返している。

 

「悪夢の獣‥‥判らん、これまでの上位者とも違う、姿を変えて幾度も襲い来る獣など、私は見た事がない」

 

助言者は困惑して使い物にならない。

 

その時、今まで静かに眠っていた黒獣が目を覚ました。

 

瞬く間に全身を蒼い雷光が巡り、体外へ迸り始める。

 

前身の骨を鳴らしながら立ち上がった黒獣パールは、上空に雷の息吹を吐き出しながら大きく吠え盛った。

 

悪夢の獣と黒獣パールは、互いに狩人を無視して睨み合う。

 

「黒獣パール・・・・あのまま悪夢の獣と殴り合ってくれるなら良いが」

 

だが、助言者の希望空しく、それは実現することはない。

 

二匹の獣は狩人へ視線を定めた後、同時に襲い掛かって来た。

 

黒獣は前腕を振り下ろし、雷光の槍を狩人の脚部目掛け撃ち込む。

 

「狩人!」

 

悪夢の獣に気を取られていた狩人は感電し、一瞬動きを鈍らせる。

 

その隙を突いた悪夢の獣が、鎌状の触手を伸ばし襲い掛かる。

 

一撃目は何とか弾き返した狩人であったが、続く触手は雷光の痺れによって反応が追い付かず、まともに食らってしまう。

 

両肺、心臓、胃を抉り抜き、右足・左腕が斬り落とされる。

 

追い討ちをかけるように黒獣が狩人の回復を妨害し、とどめの一撃とばかりに飛び掛かり馬乗りになる。

 

黒獣から溢れ出す雷が直接狩人の肉体を焼き焦がし、全身から油が滲み出す。

 

狩人を逃さぬよう、四肢に力を込めていた黒獣はだが次の瞬間、油に足を滑らせ、悪夢の獣を巻き込む形で転んでしまった。

 

雷光の余波を真面に食らい、悶え苦しむ悪夢の獣。

 

済んでの所で黒獣の拘束から脱出した狩人は輸血液を打ち込み、欠損の回復を図る。

 

乱れた呼吸を整え、落葉を持ち直し、加速を用いて未だ絡まり合う二頭の獣へ駆けて行った。

 

何とか立ち上がった黒獣が前足を地面に叩きつけ、指向性の雷光を狩人目掛け走らせる。

 

「狩人、避け・・・・・・!」

 

助言者は再びの連撃を予感し、回避の指示を出す。

 

だが何を思ったのか、狩人は避けずに地面へ落葉を突き刺し、なんと逆に刀身へ雷光を纏わせた。

 

雷光を纏った落葉を変形させ、短刀の一振りを黒獣の額目掛け思い切り突き立てる。

 

頭蓋骨に罅が入ると同時に、雷光を維持できず倒れ込む黒獣。

 

好機を逃さない狩人は、電光石火の加速で悪夢の獣の懐へ飛び込んだ後、そのまま核を守る無数の触手を斬撃波で全て斬り落とした。

 

「何と…やはり貴公、普通の狩人とは違う…」

 

雷光により弱体化した悪夢の獣は更に悶え苦しみ、思わず地面に膝を突く。

 

粘液により滑らかだった肌は焼け爛れ、所々に骨が見えている。

 

黒獣の雷光を二度も受けた悪夢の獣は、もはや満身創痍であった。

 

残った太刀側の落葉を鞘に納め、居合の構えを取る狩人。

 

狩人の腕に雷の光が這い上り、それは螺旋の力と融合する。

 

次の瞬間、一筋の斬撃波と共に、悪夢の獣に雷の柱が撃ち込まれた。

 

雷光を纏った螺旋居合の一閃が呼び水となり、天より真なる稲妻を呼び寄せたのだ。

 

獣の雷と螺旋の斬撃と神の雷の三連撃、それは悪夢の獣の粘液を焦がし、滑った触手を焼き切り、全身より噴水の如き赤い血を噴き出させた。

 

血はすぐさま煙となり、甘い香りを漂わせる。

 

追い討ちをかける様に、狩人は螺旋刺突により悪夢の獣の心臓を貫き、そのまま引き摺り出した。

 

赤桃色の粘液と共に、心臓に絡み付いた血の管が千切れ、煙状の血を排出する。

 

力を失ったように倒れる悪夢の獣。

 

狩人の右手の落葉には、呪われたように熱く脈動する、赤桃色の粘ついた心臓が突き刺さっていた。

 

心臓は未だ主を求めるように蠢きながら、だが落葉の雷光にその身を焦がし縮まってゆく。

 

黒獣はふらつきながらも、回復を終わらせつつあった。

 

悪夢の獣との決着を、急がねばなるまい。

 

狩人は落葉から心臓を抜き取った後、全力を籠めてそれを握り潰し、核を砕いた。

 

水風船のように破裂する心臓、粘液塊と血煙が、狩人の装束をべっとりと色づける。

 

悪夢の獣の核を潰すこの行為は、後の狩人に大きな邂逅を齎す儀式であるが、それを知る者は誰も居ない。

 

そして狩人は再び背後を向き、傷を癒した黒獣へ向き直る。

 

ここからが、本当の獣狩りだ。

 

雷光を迸らせて襲い来る黒獣の連撃を掻い潜り、骸と化した脳天に突き立てた落葉を、力任せに押し込んだ。

 

黒獣の弱点、それは雷の核を持つ頭頂である。

 

ここを砕けば、どれだけ余力を残していようとも、一撃で黒獣を葬り去る事が可能なのだ。

 

乾いた音を立て、罅割れ崩壊を始める黒獣の頭蓋骨。

 

予想通り、耳を引き裂かんばかりの断末魔と共に黒獣は砕け散った。

 

同時に、黒獣が体内に溜めていた雷の衝撃波が周囲へ広がり、背後の枯れ木に炎が上がる。

 

狩人は再び落葉に雷を纏わせそれを回避した後、上空へ刃を振るい、斬撃波と共に大気中に残電を放出させた。

 

【YOU HUNTED】

 

「いやはや、一時はどうなるかと思ったぞ。良くやったな、狩人よ」

 

助言者が称賛の言葉を贈るが、狩人はそれを無視する。

 

本来手に入る筈の、悪夢の欠片が、どこにも落ちていないのだ。

 

先の事例を思い出した狩人は警戒心を最大限にまで引き上げ、暫しの間、周囲を入念に探索する。

 

一時間後、改めて安全を確保したと確信した狩人は、黒獣の遺骨の散らばる中に輝く、蒼き石のペンダントを拾い上げた。

 

【雷光の狩人証】

 

助言者曰く、それは教会の変人「アーチボルド」によって無断に発行された狩人証であるらしい。

 

黒獣の雷光に魅入られたアーチボルドは、その生涯を雷光の再現に費やし、遂にそれは叶ったと言う。

 

それはトニトルスなる狩武器として、ごく一部の狩人にのみ広まったようだ。

 

狩人は腰を上げ、黒獣が守っていたと思われる、木製の大扉をゆっくりと開けてゆく。

 

石畳を削る音と、蝶番の軋む金属音を奏でながら、扉は口を開いた。

 

<旧市街>

 

やがて狩人は、旧市街の裏手、デュラの居たとされる時計塔の裏、梯子の前に到着していた。

 

「ハハハ、驚いたかね?」

 

どうやら旧市街というのは様々な場所に通じていたようだ。

 

ヤーナムという土地の入り組み具合に半ば感心しながら、狩人は旧市街を抜け、再び聖堂街へ歩みを進めた。

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