不死終末黙示録 狩人篇   作:FROMG・E

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第六話 【夢の残滓】

<聖堂街>

 

聖堂街へ戻った狩人は、上層にあるとされる大聖堂を目指し、探索を始めた。

 

助言者曰く、教会の狩人、その長たる証がなければ大聖堂への道には至れないというが、あの悪夢の獣が迷い込んだ影響で歪みの生じたこの記憶では、それも定かでないと言う。

 

やがて狩人は、何者かの手によって歪み、引き裂かれた鉄門を発見する。

 

その傍らにはあの、赤桃色の粘液が付着しており、悪夢の獣がそれを破壊した事は、ある種当然の論理的帰結であった。

 

「この階段の上に大聖堂があるのだが・・・・・また奴が暴れているのだろうな。気を引き締めろ、狩人よ」

 

助言者の言葉に従い階段を上ると、やがて狩人の眼前に、大聖堂がその姿を現した。

 

だが彼らの想像とは裏腹に荒らされた形跡はなく、だがそれが一層の不気味さを醸し出していた。

 

血の匂いも、腐臭の混じった死臭さえも漂わぬその空間は、ある種の清々しさと共に、おぞましいまでの圧を心に押し付けてくる。

 

そうして狩人は、豪華な装飾を施された真鍮造りの正門を開き、聖堂内へ足を踏み入れた。

 

いかなる獣や怪異が現れようとも、それを狩らねば道は開けぬのだから。

 

聖堂内部は薄暗く、壁の両端には細い蝋燭の炎と共に、ヤハグルで見受けられたアメンドーズ像と酷似した石像が連なるように配置されており、だがその全てに触手状の口髭があった。

 

そして更に奇妙な事に、全ての像の腕には巨大な銛が掲げられていた。

 

それは果たして、何かを狩るための武器であるのか、あるいは神の儀式に用いられる道具であるのか?

 

ヤハグルと聖堂街では、崇拝するアメンドーズに差があるのだろうか?

 

あるいは、この像はアメンドーズと酷似した、別の神を象った像なのか?

 

謎は一層深まるばかりである。

 

ふと段差の上に目をやると、蝋燭の横に一枚の手記が落ちており、流暢な筆記体で文章が刻まれている。

 

【血の秘儀を継ぐ者、血の施しの主たる者よ 祭壇の聖蓋に触れ、師ローレンスの警句をその身に刻みたまえ】

 

どうやら大聖堂の祭壇には、聖職者ローレンスの聖蓋なるモノが祀られており、それに触れる事で啓蒙を得られるようだ。

 

聊か妙な話ではあるが、狩人はそれを懐に仕舞い込むと、先を急ぐべく足を進めた。

 

果たしてこの大聖堂には、いかなる秘密が隠されているのか、上位者アメンドーズとの関係性はいかばかりであるのか。

 

そんな疑問を抱きながら忍び足で狩人が階段を昇りきると、礼拝の間にて祭壇に祈りを捧げる、一人の聖女が居るのが見えた。

 

祭壇の上部には扁桃の木が生えており、主たる神を奉っているそれである事が容易に想像できた。

 

耳を澄ますと、彼女が唱える、謎の言葉が聞こえてくる。

 

「聖血を得よ」

「祝福を望み、よく祈るのなら」

「拝領は与えられん」

「拝領は与えられん」

 

「密かなる聖血が」

「血の渇きだけが我らを満たし、また我らを鎮める。聖血を得よ」

 

「だが、人々は注意せよ」

「君たちは弱く、また幼い」

「冒涜の獣は蜜を囁き、深みから誘うだろう」

 

「だから、人々は注意せよ」

「君たちは弱く、また幼い」

「恐れをなくせば、誰一人君を嘆くことはない」

 

果たして彼女はまともな人間であるのだろうか?

 

そうであれば、上位者の秘匿を暴く啓蒙を得ねばなるまい。

 

一旦の結論を出した狩人が足を踏み出した、その刹那であった。

 

突如聖女が苦しみ悶え始めたかと思うと、装束が異様なまでに盛り上がり、それは徐々に獣の形貌へと異形たるを成し始めたのだ。

 

苦しみの呻き声は濁り、獣の金切りに似た唸り声へ、膨張に耐え切れぬ人の皮は弾け、深紅の血が祭壇の像に纏わり付く。

 

華奢な手足は大きく伸びて獣の四肢へ、細くしなやかな体躯は骨張り、痩せさらばえた獣の巨躯となる。

 

信仰の果て、ついに恐ろしい獣へと「成った」聖女が、くるりと首を曲げて狩人を見据えた。

 

白銀の獣毛に覆われた聖女の顔はだが、目隠しの包帯を巻き付けられており、明らかに狩人を認識できよう筈もない。

 

異様なまでに肥大化した右手、細く伸びた鹿のような顔、狼を想起させる鋭い牙。

 

聖職者の獣と似通った特徴を持つ聖女の獣はだが、狩人の目には別のそれとして映っていた。

 

「獣狩指南之書」その六項に記された獣「尼僧の獣」。

 

仏に仕える女の聖職者が成ったとされるその獣は、先の聖職者の獣、あるいは「僧侶の獣」と対をなす存在でもある。

 

生態こそ研究されてはいないものの、僧侶の獣は総じて左腕が、尼僧の獣は総じて右腕が肥大化する傾向にあった。

 

「教区長エミーリアだ、狩人よ。先の聖職者の獣と同系統の存在だが、悪夢の獣の存在が気にかかる」

 

「気を付けて狩りに臨みたまえ」

 

助言者の言葉を皮切りに、双方は間合いを重ねる。

 

初動に出たのは、エミーリアであった。

 

歪み、異形と化した大爪で狩人を引き裂かんと、右腕を大きく振るう。

 

狩人は落葉を変形させ、それを華麗に受け流す。

 

勢い余ったエミーリアの腕が聖堂の柱に突き刺さり、堅牢な大理石が豆腐のように崩れ去る。

 

その隙を好機と見た狩人は袈裟斬りにて、肥大化した右腕を根元から断ち斬った。

 

窓を揺るがす咆哮を上げ、悶え苦しむエミーリア。

 

その時、大聖堂の大窓が割れ、外から一本の腕が伸びてきた。

 

それはまさしく、悪夢の獣であった。

 

「やはり来たか!気を付けろ、あの形、先程とは何かが・・・・・・避けろ!」

 

助言者の怒号を受け、加速で後方に避けた狩人。

 

次の瞬間、エミーリアが狩人の視界から消えたかと思うと、超加速の突進によって、悪夢の獣を窓枠ごと押し出してしまった。

 

助言者の怒号がなければ、今頃狩人は下層へ真っ逆さま、あるいは獣に挟まれ、押し潰されていただろう。

 

思わぬ攻撃に体勢を崩した悪夢の獣は、千切れた腕と共に下層へ落ちてゆく。

 

数秒後、地響きと共にあの金切り声が響き渡り、その甲高い振動により、大聖堂の窓が全て弾け割れた。

 

思わず耳を塞ぐ狩人に、助言者は恐る恐る口を開く。

 

「何だ・・・エミーリアは何を・・・まさか、聖体を守ろうとしたとでも?」

 

エミーリアは傷付きながらも追撃をする事なく、互いの間合いの、僅か外へ身を置いた。

 

そうして双方に、静かな「間」が訪れる。

 

エミーリアは隻腕の体で「祈り」を、狩人は鉛の秘薬を飲み、比重を上げる。

 

互いに相手の隙を伺い、そして同時に飛び掛かった。

 

狩人は落葉を再び変形させ、発火ヤスリを刀身に擦り付ける。

 

炎を纏った落葉で刺突の構えを取り、エミーリアの爪を掻い潜り、頭頂目掛け加速螺旋刺突を繰り出した。

 

数々の死闘によって洗練されたその刺突はエミーリアの頭蓋骨を貫き、なお勢い衰えぬまま突き進む。

 

脊髄を削り取りながら刳り貫き、衝撃は背を裂き、切先は心臓を貫き、螺旋によって巻き取られた数多の臓器と共に、狩人は尾骶より体外へ突き抜けた。

 

断末魔すら上げずに打ち倒れるエミーリア、切り開かれた傷口より、血飛沫が吹き上がる。

 

数秒の後、狩人は落葉から引き抜いた心臓を握り潰し、その遺志を自らの糧とした。

 

【YOU HUNTED】

 

「狩人よ、よくやったと言いたい所だが、一応窓の下を確認したまえ。奴が登って来ないとも限らん」

 

助言者の言葉に従い、先の獣同士の衝突により崩れた窓から下層を覗く。

 

下層には先程の貧民街が広がっており、だがそこには崩壊した建物の残骸を除き、何者も存在していなかった。

 

その後、エミーリアの死血の海から輝くペンダントを拾い上げた狩人は、その裏に何者かの名前が刻まれている事に気が付く。

 

助言者曰く、それは代々教区長に受け継がれた聖職者のペンダントであるらしく、それそのものが警句の象徴でもあると言う。

 

だが何故か、エミーリアの名前だけは、どこにも彫り込まれていなかった。

 

【金のペンダント】

 

そのまま数分間ほど礼拝の間を警戒しながら探索していた狩人は、祭壇の上に異形の骸骨が置かれている事に気が付いた。

 

恐らくこれが先の手記にあった、聖職者ローレンスの聖蓋に間違いないだろう。

 

「その頭蓋骨は、初代教区長ローレンスの物だ」

 

「彼もまた、最後には獣へとその身を堕とした。教会の狩人の宿命だ」

 

神秘の光が宿るローレンスの頭蓋に手を伸ばす狩人。

 

先程の手記が正しければ、何かしらの警句、すなわち啓蒙が得られるはずなのだ。

 

そして、狩人が頭蓋に触れたその瞬間、狩人の意識は吸い込まれ、気が付くと、見慣れぬ部屋に辿り着いていた。

 

薄暗く、何処からか水の滴る音が聞こえる、暗く湿った空間。

 

『ウィレーム先生、別れの挨拶をしにきました』

 

どこかから、人の声が聞こえる。

 

『ああ、知っている』

 

更に聞こえたのは、先程の声とは違う、しわがれた老人のような声。

 

ウィレーム先生と呼ばれた老人は、だが悲しげで失望に満ちた声を発する。

 

『君も、裏切るのだろう?』

 

徐々に目が慣れてきた狩人の眼前に映ったのは、揺れる杖であった。

 

すぐさま視界が暗転し、ウィレームと思しき者の背後に視点が移る。

 

ウィレームはロッキングチェアを静かに揺らし、杖を縦に振っている。

 

『…変わらず、頑なですね』

 

その時、背後から若い声が聞こえ、狩人は思わず振り向こうとするも、視界が動かない事に気が付く。

 

幾分か若いようなその声は、ウィレームに話しかけているようであった。

 

『でも、警句は忘れません』

 

警句、それを聞いた狩人はハッとした。

 

おそらく、この若い声の主はローレンスであると直感したのだ。

 

『…我ら血によって生まれ、人となり、また人を失う』

 

再び視界が暗転し、ウィレームの口元へ移る。

 

触れようと思っても触れられ得ぬそれを、狩人は記憶の光景であると感じた。

 

根拠があった訳ではない、ただふと、そうであると確信しただけの事である。

 

『知らぬ者よ』

 

恐らくはローレンスに話しかけたであろうその声に、狩人は無意識に反応してしまう。

 

所詮ここは記憶の中、ウィレームが己を認識し、あまつさえ話しかけて来る事など、あろう筈もないのに。

 

『かねて血を恐れたまえ』

 

刹那、ローレンスと思しき若者とウィレームの声が重なる。

 

再び視界が暗転し、若者の声が闇に響き渡る。

 

『お世話になりました』

 

やがて若者の足音は去ってゆき、扉の閉まる音と共に上から覗く視点に移り変わる。

 

『恐れたまえよ、ローレンス』

 

ウィレームが若者に放った言葉で、改めて狩人は彼をローレンスであると確信する。

 

これは警句であると書いていたが、血を恐れよとはいかなる意味だろうか?

 

ウィレームはまた椅子を揺らしながら、眠りにつく。

 

その瞬間、狩人は唐突に骸骨の前へと戻って来たのだった。

 

刹那、上層より鳴り響いた時報の鐘の音と共に、狩人は再び倒れ、眠りにつく。

 

そして目が覚めた時には、狩人は夢の屋敷へ戻って来たのであった。

 

<狩人の夢>

 

「ああ、お帰りなさい、狩人様」

 

人形が優しい声で迎えてくれる。

 

狩人は先程、捨てられた古工房で拾った小さな髪飾りを人形へ手渡した。

 

恐らくは、老ゲールマンが人形のモデルとなったであろう人物に送ったと見られるこの髪飾り。

 

なれば今は、その傀儡たる人形の元へ帰すのが、せめてもの手向けというものだ。

 

「これは…なんでしょうか?」

 

困惑する人形は、静かに言葉を紡ぎ続ける。

 

「私、私には何もありません、分からない、分からないのですが」

 

球状の関節を鳴らしながら、その手をぎゅっと優しく包み込む。

 

「・・・暖かさを感じます・・・こんなことは、はじめてです・・・」

 

人形は、流れる筈も無い涙を拭う仕草をし、狩人に問いかけた。

 

「私は、おかしいのでしょうか?」

 

これはまさしく、小さな髪飾りの遺志が、魂なき人形に流れ込んでいる、その証左であろうか?

 

「ああ…」

 

僅かに声を震わせながらも、人形は言葉を紡ぐ。

 

「でも、狩人様。これは、やはり喜びなのでしょうか」

 

「ああ…」

 

人形は一頻り狩人と会話を済ませた後、白く輝く涙色の石を手渡してきた。

 

【涙石】

 

それはまさしく得体の知れぬ代物である、被造物たる人形に、血も涙もあろうはずはないのだから。

 

そこへ、助言者が車椅子から降り、杖を突きながら狩人の元へ近づいてきた。

 

「狩人よ、少し話がある。こちらへ来たまえ」

 

そういって助言者が連れて来たのは、故ゲールマンの墓前であった。

 

「狩人よ、これまで集めた狩人証を見せてくれ」

 

助言者の言葉に従い、狩人は懐から5つの狩人証を取り出し、助言者に手渡した。

 

ノコギリ・火薬・剣・輝く剣・雷光の5つである。

 

「知っての通り、狩人証は古狩人の意志が籠っている」

 

「それを持ち歩くという行為は、彼らの記憶と力・・・・・・すなわち遺志を継ぐという事に他ならない」

 

助言者はいつの間にかロッキングチェアに座り変え、椅子をギィギィと鳴らして揺れながら、雷光の狩人証の石を指で弄繰り回しながらそう呟く。

 

「時に狩人よ、一つ見て貰いたいものがある」

 

そういって助言者は、ロッキングチェアの横から赤桃色の塊を取り出し、狩人に手渡した。

 

「貴公がローレンスの警句に触れている間、人形がこれを私の元へ持って来たのだ」

 

それは、日の本言葉で「夢魂の残滓」と記されたラベルの張られた瓶であり、中にはあの赤桃色の粘液の、一際大きな塊が詰められていた。

 

「このラベルは、私や人形が貼ったものではない」

 

「文字も、古い異邦の文字で・・・・なに、これが読めるのか?」

 

「夢魂の残滓、か・・・・まさしく上位者に由来する異物の名称に相応しいと見える」

 

狩人は読み方を教えた後、この粘液塊の名称、そして持ち主に微かな覚えがある事を告白した。

 

「ほう、それは一体、どこの誰かね?」

 

狩人はその人物について思い出そうとするが、まるで霧がかかったようにその人物の名前と顔が思い出せなくなっていた。

 

「フム、思い出せない・・・か。まあいい」

 

「これを聖杯に捧げてみてくれ、ひょっとすると、君の記憶を埋める手掛かりになるやもしれん」

 

夢魂の残滓なる代物の出自について、明確な答えを得られなかった二人であったが、恐らくこれが、新たな悪夢へ誘う儀式の素材である事、その認識だけは一致していた。

 

数分の沈黙の後、唐突に何かを思いついた狩人は屋敷の中へ入ると、机に置かれていた工房道具を手に取って何かを加工し始めた。

 

数時間後、狩人は完成した品物を手に館の外へ駆けて行き、それを人形へ手渡した。

 

「狩人様…これは何でしょうか?」

 

【氷血の薔薇細工】

 

狩人が人形へ手渡した物、それは薔薇細工の帽子飾りであった。

 

人里の連盟が産み出した呪われし狩道具、氷結の血刃。

 

氷精「チルノ」の核を削り出したその大太刀は、常人には扱えぬ禁忌の道具であった。

 

ゆえに死蔵されたその狩道具は、だが狩人の失踪した後、人知れず里の賊へ流れ着いたと言う。

 

彼らの末路は、語るべくもないだろう。

 

狩人はその一部を加工して帽子飾りにし、人形に手渡したのだ。

 

「ありがとうございます。狩人様」

 

「ひんやりとしているのに、どこか温かい・・・不思議な気分です」

 

恐らく人形が感じているそれは、贄となった氷精が持っていた純粋無垢な感情の残滓、あるいは遺志であろう。

 

ふと足元を見ると、使者が何かを持って此方に近寄って来ている事に気が付いた。

 

【「血に酔った狩人の瞳」は、狩人の悪夢に導くものです オドン教会の外、異形の存在があなたを攫うでしょう】

 

そう言って、使者は狩人に瞳孔の崩れ、蕩けた狩人の瞳を手渡してきた。

 

【血に酔った狩人の瞳】

 

その後、狩人は再び助言者の元を訪れ、行き先の助言を請うた。

 

「血に酔った狩人の瞳か・・・確かに、それもいいだろう」

 

「だが、まずは聖杯に夢魂の残滓を捧げて、悪夢の獣の正体を少しでも掴む事、これを先決としよう」

 

そうして狩人は、夢塊の残滓を少しと狩人の生き血、そして氷精の冷気を注ぎ込んだ後、凍気を纏った聖杯を祭壇へ捧げ、祈る手をかざした。

 

刹那、狩人の意識は吸い込まれ、気が付くと、名状し難い外観の異次元空間に辿り着いていた。

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