<悪夢の僻地>
狩人が目覚めたのは、まさしく「悪夢」であった。
歪み、崩れ、均一な形を成さないそれは、およそ現実のそれを大きく逸脱していると言っても過言ではなく、これまでの記憶とは一線を画すものであった。
鈍色の空には赫く蠢く月と白く這い回る太陽が同時に浮かんでおり、だが弓形に歪み、靄の揺らめくそれは到底星と呼ぶべきものに非ず、まるで生きているかのように脈動していた。
周囲を見渡してみれば、あちこちに骨と肉で建てられた冒涜的な建造物が立ち並んでおり、玄関と思しき場所には無数の歯が並んだ、異形の頭蓋が埋め尽くしている。
道端には小さな悪夢の獣が幾匹も徘徊しており、悲鳴と血の滴る音が、吹き荒ぶ風切り音のように流れていた。
助言者の声を探すも、あの甲高い耳鳴りに搔き消されたのか、感じ取ることが出来ない。
狩人は単独の攻略を余儀なくされていた。
<狩人の夢>
「・・・おかしい、狩人の記憶に入れない・・・」
狩人が一人悪夢を攻略する中、助言者も同じように困惑していた。
これまで悪夢に入れぬ事など、ただの一度としてなかったからだ。
狩人の動向も、あの聖遺物の正体も分からぬまま、振り出しに戻された。
そう表現するのが最適であるかのような状況であった。
助言者は、どうにかしてこの状況を打破する方法を模索する必要があった。
「・・・まさか、私の記憶から外れた世界へ行ったのか?」
助言者の嫌な予感は、当たらずと雖も遠からず。
だがその真相を知るのは、ずっと先の話である。
<悪夢の僻地>
一方その頃、狩人は悪夢の僻地にて、ただひたすらに獣を狩っていた。
落葉の刀身には血と臓物がこびりついており、吐く息も血煙色をしていた。
それでもなお、狩人の意志は混濁する事を知らず、人として、ただひたすらに獣を狩り続けた。
悪夢の僻地は、人を狂わせる。
獣のカレルに飲まれぬ程の精神力を誇る狩人でさえ、獣の狂気を前にして、気を張らねば危うく人を捨てかけない。
それほどの瘴気が渦巻いていた。
蒼い死血が止めどなく零れだす地面はまた、歪んでいるようで平たく、水辺には銀色の血と赤黒い鱗を持つ異形が這い回っており、建物はドロドロに固まった灰色の固形物で構成されている。
小さな悪夢の獣は皆、単一の形で存在しており、その姿は人と上位者の中間と言った処である。
頭にとんがり帽子のような器官と大きな触手を伸ばした瞳を持ち、神秘の光で獲物を切り刻む。
瞳の無い顔は口が異様に発達しており、がくがくと不気味に顎を振動させて、灰色の血を滴らせている。
腕はべっとりと粘液に塗れていて、触れた物を青く腐らせる。
全体のシルエットこそ人のそれだが、中身は紛れもない化け物である。
その時、蒼い血の池の底から黒い影の怪物が唐突に姿を現した。
悪夢の獣とも異なるその化け物は腕を刃の形に変え、ゆっくりと狩人へ近づいた。
ぎょっとした狩人だが、己の背後に悪夢の獣が近寄っている事に気が付くと、急いで長銃を展開し、骨髄の灰を詰めて撃ち放った。
眼前の影が何をしてくるか予想が出来ぬ以上、初手で粉砕するのは狩りの基本である。
だが狩人の予想に反し、眼前の黒い影は悲鳴一つ上げずに、呆気なく掻き消えてしまった。
悪夢の獣とも、恐ろしい妖の異形とも異なるその感覚は、明らかに先程までとは何かが違った。
だが、今はいつまでも考察に浸っている暇はない。
狩人は背後へ向き直り、迫り来る小さな悪夢の獣と対峙するべく落葉を抜き放ち、螺旋の構えを取った。
刹那、金属音と共に、眼前の獣は斬り刻まれ、断末魔すら上げずに消え去ってしまった。
赤桃色の、甘く濃厚な死臭を含んだ血煙が、狩人の周囲を包み込む。
血煙が薄らいだ頃、眼前に佇む謎の人影が見えた。
「あんた、危ない所だったね。もう少しで獣に喰われていたよ」
姿を現したのは、鴉羽の装束を着た古狩人であった。
狩人はその装束に見覚えがあった。
鴉羽の装束、ペスト医師を彷彿とさせるマスクにとんがり帽子、そして両手の狩道具、慈悲の刃。
確定ではないが、助言者の言っていた古狩人、狩人狩りのアイリーンに酷似した古狩人であった。
「・・・なんだい、あんた狩人かい・・・それに、外からきたんだろう?」
妙齢を過ぎた声で語り始めたその女狩人は、首には狩人狩りの証たる「鴉の狩人証」をぶら下げており、その装束には無数の臓物と血がこびりついていた。
「因果なことに巻き込まれちまったね。特に今夜は、ひどいものさ」
「突然、あの奇妙な化け物が私を喰い殺したかと思えば」
「こうして今、生きているんだから。まさか、また狩人の夢を見るなんてね‥‥」
詳しく話を聞いていると、やはり名前はアイリーンで間違いないという。
ヤーナム市街で獣を狩っている最中、あの悪夢の獣に喰い殺され、気が付いた時にはこの悪夢の辺境に立っていたという。
「あんた、気を付けるんだよ。ここらには正気を失った、かつての古狩人の亡霊がうろついてる」
アイリーンが次の言葉を口走ろうとしたその刹那であった。
狩人の背後から、一発の銃声が鳴り響いたのだ。
「ヘンリック・・・あんたも、こっちに来ていたのかい」
ヘンリックと呼ばれた者の姿を見るべく背後へ向き直ると、そこに居たのは、一人の古狩人であった。
だが、その瞳は正気を失った獣患者の如く蕩け切っており、体臭も獣に近い香りを放っていた。
「手を出すんじゃあないよ、こいつは、私の獲物さね!」
そう言ってアイリーンは慈悲の刃を構え、古狩人ヘンリックへ飛び掛かった。
既に正気を失った形相の古狩人ヘンリックは、アイリーンの慈悲の刃をノコギリ鉈で叩き落とし、短銃で胸を撃ち貫く。
手を出すなと言われたが、正気の狩人を見過ごす訳にもいかない。
狩人は長銃に骨髄の灰を篭め、仕掛けを回して威力を最大限まで高めた後、ヘンリックの脳天目掛け弾丸を撃ち放った。
撃ち放たれた弾丸はヘンリックの脳中を貫き、頭蓋骨ごとそれを弾けさせた。
ヘンリックはよろめきながら後退り、頸元からは緑色の死血が、噴水の如く溢れ出していた。
アイリーンは輸血液を打ち込み、何とか息を整えんとしている。
弾丸の余波を受けたせいか、装束の所々が焼け焦げていた。
その時であった。
歪んだ地面から、突如としておぞましい形状の蟲が次々と這い出して来たかと思うと、ヘンリックの死血と肉片に群がり、貪り始めたのだ。
喉肉を食い破り、次々と体内へ侵入してゆくおぞましき蟲達。
次の瞬間、ヘンリックの死体は煙の様に爆散して消え去り、それを合図に蟲達もどこかへ消え去ってしまった。
狩人は疲弊したアイリーンの元へ駆け寄ろうとし、だがその時、迫る背後からの存在に気が付いた。
振り返った先に居たのは、官憲隊の装束に身を包み、様々な狩武器を構えた狂気の狩人たちであった。
どこか懐かしい香りを身に纏っているが、狩人に彼らのような知り合いは存在しない。
「はあ・・・はあ・・・はあ・・・」
「まだ、いるのかい・・・しようのない輩どもだね・・・」
輸血液を打ち、回復を図るアイリーン。
その隙を逃さぬかのように、狂気の狩人達が襲い掛かる。
狩人は落葉に雷光ヤスリを擦り付け、狂気の狩人達に斬撃波を放つ。
「居合斬道」を極めた狩人の業の一つ、真空斬撃波。
刃を振るう事により、それを包む空気は飛ぶ斬撃となって相手を斬り伏せる。
雷光を纏った斬撃波は、致命傷を与えると共に、狂気の狩人達を一時的麻痺に導いた。
その隙を狙い、狩人は加速を用いてそれぞれの首を、一撃で全て斬り落としてしまった。
全ての死体が、再び霧と化して消滅する。
小気味よい金属音と共に、複数枚の狩人証が地面に落下した事に気が付いた狩人は、それらを拾い上げ、僅かに驚きの表情を浮かべる。
【淀みの狩人証】
それは紛れもない、かつて狩人が所属していた幻想郷の工房「人里の連盟」たる一員の証であったのだ。
懐かしい香りがしたのも当然の事、彼らは皆、狩人の同胞であるのだから。
彼らもまた狩人と同様に、何かしらの方法で悪夢へ導かれ、そして知らずの内に狂気に侵されたのだろう。
血錆び一つない真っ新な狩人証はまた、組織に入って間もない、未熟さの証である。
未熟さ故に危険を知らず、そして皆、纏めて殺されたのだろう。
高い志を持ちながら組織に貢献さえ出来ず、あまつさえ狂気に堕ちたその屈辱。
それは決して計り知れぬ感情であり、同時に罪ともなり得る代物だ。
狩人は淀みの狩人証を全て拾い集めた後、懐に仕舞い込んで弔いとした。
その遺志が、また狩人を強くするのだ。
その後、周囲を見渡して敵の消滅を確認した狩人は、落葉に纏わり付いた血を払った後、アイリーンの元へ駆け寄り、安否を確認する。
「・・・あんた、余計な助太刀だね・・・」
「でもまあ、感謝するよ」
アイリーンは皮肉交じりに、狩人へ感謝の念を伝える。
「お互い生きていてよかった。あんたもやるもんだね」
「それに・・・さっきの狩人達を狩った剣捌き、あんた、相当の手練れだろう?」
老いても腐っても歴戦の狩人、その眼は「本物」足るを見分ける確かな代物である。
「まあいい、あいつは正気をなくしていた・・・自己防衛だったんだろうが・・・」
「あんまり、手を汚すんじゃあないよ」
「あんたは狩人。獣を狩ればいいんだ」
「狩人狩りなど、あたしに任せておけばいいのさ・・・」
「クククククッ」
「これは後輩に、餞別だよ」
アイリーンは狩人に忠告を伝え、数枚の呪符を手渡してきた。
【 狩人の確かな徴】
だが次の瞬間、二人の足元から血の池が沸き出したかと思うと、魚とも蛇ともつかぬ異形の獣が地面より飛び出し、アイリーンの半身を食い千切った。
駆け寄ろうとした狩人を制止するように立ちはだかる獣。
その眼は尋常ではなく、悪夢の獣のそれであった。
やはりこの場所は、何かが狂っている。
狩人は落葉を構え、加速螺旋刺突を繰り出し、何を考えたのか、悪夢の獣の口腔へ自ら飛び込んでいった。
獲物が来たと喜んだ悪夢の獣は、大きく口を開いて狩人を誘う。
そしてそのまま、ばくりと音を立て、狩人を飲み込んだ。
一方その頃、半身を食い千切られた古狩人アイリーンは、辛うじて生存していた。
輸血液を打ち、意識を保った彼女が見た光景は、恐ろしいものであった。
あの狩人が、呆気無く獣に喰われたのだから。
だが次の瞬間、悪夢の獣は突如として狂ったようにのたうち始めた。
全身を覆う灰色の羽毛から緑の血が溢れ出し始め、瞳が小気味よい音を立てて弾け散る。
何が起こったというのか、アイリーンは朦朧とした意識の中で、悪夢の獣を見据える。
悪夢の獣は大きく口を開け、異物を吐き出そうとえづくも、飛び出すのは腐敗した肉塊と、自身の斬り刻まれた臓物片のみであった。
その匂いに釣られるように、地面から次々と虫たちが沸き出で、のたうち苦しむ、瀕死の悪夢の獣に群がり喰らい始める。
やがて、全ての内臓組織を刻み尽くした狩人が獣皮を破り、体外へ飛び出て来た。
やはりあの狩人は尋常の存在ではない、そう感じたアイリーンであった。
一方狩人は、傷一つない体で件の遺骸の眼前に佇んでいた。
そこには既に事切れた悪夢の獣の遺骸と、それに群がる幾千万もの蟲たちが、我先にと肉塊を貪り喰らう光景が広がっていた。
それを尻目に、アイリーンの元へ駆け寄る狩人。
「 あたしとしたことが、しくじっちまってね。なあに、血は入れたんだ。ババアだって、なんとかなろうさ」
彼女は下半身を失い、もはや僅かばかりの血で生き永らえる瀕死の身、まさに虫の息であった。
「・・・あたしはもう夢を見ない。死んだらそれきりのはずだったのさ」
「だのにこうして、また夢を見ている」
「・・・でも、あたしももう、潮時かもしれないねえ・・・」
呼吸がどんどん弱まり、血の色が赤から緑へと、変色を始めている。
「最近、よく昔を思い出すんだ・・・」
「・・・」
狩人は何とか命を繋ごうと、ありったけの輸血液と共に、恢復剤を一瓶喉に押し込む。
この恢復剤は、狩人が連盟にいた頃に独自開発した秘薬であり、生きる力、その感覚と引き換えに、欠損した肉体をすら瞬時に復元するという、画期的な代物である。
狩人のように、輸血液のみで欠損を復元させられる程に適合した強化人間はごく少なく、故にこの秘薬は、連盟員の必需品となったのだ。
恢復剤の効果により、失われた半身はすっかり元通りになるも、彼女の呼吸はますます浅くなるばかり。
もはや万事休すかと戸惑う狩人に、アイリーンは静かに声を掛ける。
「なあ、あんた」
「これを、渡しておくよ」
【鴉の狩人証】
それは、代々秘かに狩人狩りに受け継がれるという、鴉の狩人証であった。
アイリーンはもはや、自身の命が尽きかけている事を悟っているのだろう。
肉体の損傷ではなく、魂が燃え尽きているのだ。
生きる意志の弱まったそれは、もはやただの肉塊を動かす力もなく、やがて火は消えるのみ。
「それは狩人の業さ。けれど、あんたが背負うものでもない」
「どうしようと、あんたの自由さね・・・」
アイリーンはそう言って、静かに腕をたたむ。
弱々しく燃える命の炎が、もはや消えようとしているのだ。
その時であった、不意にアイリーンが狩人の肩を力強く掴んだかと思うと、再び弱々しくも、口を開いたのだ。
命の灯が消える前の、最後の輝きである。
「あんた、まだ夢を見るんだろう?」
「・・・人形のお嬢ちゃんに、ババアがよろしくってね・・・」
かつて、狩人の夢を見たと語るアイリーンは、あの人形に、遺言を残そうとしていた。
自らが生きた証たる記憶を残す為、狩人に力を、遺志を渡す為に。
「・・・ああ、なんだか眠くなってきたよ・・・」
「すまないけど、少し眠らせてもらうよ・・・」
そう言って、アイリーンは狩人から手を離し、胸の中央に掌を降ろす。
静かに瞳を閉じた後、最後に、たった一言、掠れ声でこう呟いた。
「少しだけね・・・」
そうして永遠の眠り、あるいは悪夢の目覚めに旅立ったアイリーンは霧となって掻き消え、狩人は彼女の遺志と共に、その場を後にした。
やがて、悪夢の僻地を奥へ奥へと進んでゆくと、おかしな挙動をする獣が増えてきた事に気が付いた。
空から落ちて地を泳ぎ、虹色の水の上を、まるで普通の床の様に這いずり回る、瞳を宿した蛞蝓と魚を合わせた形貌の、青ざめた異形。
地の底から滾々と湧き出る、穢れた血の滝は、豊潤で甘い香りを漂わせ、狩人を惑わさんとしている。
「貴公、卑怯者が!なるほど、人狩りに相応しい男だったか!ならばよい、躊躇も不要というものよ!獣の糧となるがよい!」
その時、遠くの方から年老いた男のくぐもった怒声が響き渡る。
狩人が走り出した刹那、続いて響いたのは連装銃特有の銃声。
悪夢に迷った古狩人の存在を察知した狩人は、急ぎ現場へ向かうべく加速した。
「・・・貴公、よい狩人だな」
「狩りに優れ、無慈悲で、血に酔っている。よい狩人だ」
やがて、件の場所と思しき洞穴に足を踏み入れた狩人は、奥から先程と同様の、年老いた男の声を耳にする。
更に奥へ進み入った狩人は、異様な光景を目の当たりにした。
少し開けた広場の奥、おぞましい呪岩の前で、二人の古狩人がお互いの得物をぶつけ、火花を散らして戦っていた。
「だからこそ、私は貴公を狩らねばならん!」
そう言って、灰色の装束に身を包んだ初老の狩人は右手の狩道具を振るう。
それは、パイルハンマーと呼ばれる特殊な狩道具であり、火薬の力で杭を打ち出し、獣を撃ち砕く、常人には扱えぬ代物であった。
狩人が連盟にいた頃、それを用いて狩りをしていた盟友「蝙蝠羽の谷村」が居たが、彼もまた、卓越した技術と力を持ち、またそれに劣らぬ体躯を誇る強者であった。
彼はまた、古狩人たちが用いたとされる装束を纏い、パイルハンマーと獣狩りの松明を用いて狩りをしていた、優しくも強い狩人であった。
対する古狩人は騎士の装束を纏った上に鴉羽のマントを羽織り、狩人の「落葉」と対を成す血刀「千景」を振るっていた。
腰に刺さっている銃は恐らく「教会の連装銃」であり、血に酔った古狩人であるという事は容易に想像できた。
血を纏った千景とパイルハンマーが衝突し、激しい金属音と共に飛び散った火花が、周囲を明るく照らす。
その光景は、まるで狩人の悪夢そのものであり、死してなお、狩りの運命からは逃れられぬとでも言うのだろうか。
アイリーンの発言から鑑みるに、恐らくこの狩人達も悪夢の獣に殺され、迷い込んだと推察される。
その果てに悪夢の瘴気に酔い、狂気を纏ってあらゆる存在を狩る悪鬼、獣と化したのだと。
だが灰装束の古狩人は未だ正気を保っているように見えた狩人は、加勢するべく落葉を抜き放ち、鴉騎士の古狩人に飛び掛かる構えを取る。
その刹那、灰狩人のパイルハンマーが鴉騎士の千景に噛み込まれ、互いの摩擦力で金属の擦れ合う嫌な音が響き渡る。
そして、小気味良い破裂音と共に、千景の刃が半ばから真っ二つに折れた。
戸惑う鴉騎士を見て、これを好機と直感した灰狩人はパイルハンマーを引き戻し、火薬の力を籠め始める。
そして、鴉騎士が教会の連装銃を腰から抜き放ったその瞬間、激しい爆発音と共に杭を打ち放った。
騎士の装束は塵と化し、身体は挽肉状に砕け散り、辺り一面に古狩人の肉片と血の波が飛び散る。
その甘い香りに寄せられ、蟲達がどこかから現れ、肉塊と化した古狩人の死骸を貪り始めた。
「これが、狩人の運命、か・・・・皮肉なものだ」
灰色の狩人は葉巻に火を付け、休憩を取り始める。
まともな人間であると直感した狩人は、男に対話を試みた。
「・・・ほう、貴公。その懐かしき装束、貴公も囚われたという訳か、この忌まわしき狩人の悪夢に」
「ならば精々気をつけたまえ、悪夢に囚われた狩人は皆、血に酔い痴れている」
男は名をデュラと名乗り、旧市街で拾った狩人証を手渡すと、少し驚いた様子で話を続けた。
「なるほど、貴公もあの獣にやられたのか。だが、その狩人証は既に貴公のものだ」
「・・・律儀だな、だが、構わんよ」
「それは、後輩への餞別さ。何れにしろ、私にはもう不要なものだからな」
デュラは続ける。
「夢見るはずのない私が、こうして夢に立っている」
「狩人狩りなど、忌まわしいばかりだ。あやつも、血に酔った狩人だったのだろうが・・・・・」
「ただ、覚えておいてくれ」
「貴公は獣など狩っていない。あれは・・・やはり人だよ」
「貴公もいつか思い知る・・・」
かつてビルゲンワースが犯した罪は、後の狩人らへ"血の呪い"として受け継がれていったと、そして狩人の悪夢とはそれを苗床とした、終わりなき夢の狭間にあると。
「・・・さあ、もう行きたまえ」
「夢見るは一夜だ。悔いのないようにな」
「貴公に、有意な目覚めのあらん事を」
そう言うとデュラは、煙のように消えてしまった。
まるで初めから、そこには誰も居なかったかのように。
狩人が洞穴を抜けると、そこには狩人が元居た幻想郷とよく似た、だが酷く血と憎悪に塗れた、おぞましき外観の集落があった。
歪んだ建物と道の間にはまた、悪夢の獣たちが無数に徘徊しており、その傍らで、狩人達の死体が吊り下げられている。
四肢を断ち斬られ、十字架に磔にされ、臓物と共に飾り付けられた若狩人の頭蓋には、かつて人里の連盟において「禁忌」とされた仕掛け武器「血晶の薄刃」が突き刺さっており、何を感じたのか、狩人はそれを引き抜いて懐に仕舞い込んだ。
【血晶の薄刃】
ふと空を見上げると、先程まで浮かんでいた月と太陽が、次元の狭間を超えて、この地上へゆっくりとにじり寄って来ていた。
白く這い回る太陽は金色の霊獣へと姿を変え、赫く蠢く月は白銀のベールを纏った異形の海棲生物に似た何かへと、その形を変えてゆく。
狩人は落葉を変形させて構え、獣の襲来に備える。
だが次の瞬間、足元の石畳が急速に崩壊を始めたかと思うと、狩人はそのまま一直線に落ちて行ってしまった。
地底に叩き付けられた狩人は、全身を砕かれながらも生きていた。
乳白色の地底には何も存在しておらず、息が詰まりそうな程の濃霧に覆われていた。
刹那、再び落下を始めた狩人は数十秒の後、最下層に叩きつけられて意識を失い、夢の屋敷の前にて目覚めたのであった。
<狩人の夢>
「おかえりなさい。狩人様」
狩人は人形にお辞儀を返すと、助言者の元へ向かい、事の顛末を話した。
「狩人!よく生きて帰って来た・・・・・・・・・ほう、古狩人に会った?」
助言者は一通り聞いた狩人の話から、一つの結論を出した。
「これは推論だが、悪夢の獣の能力は、殺した者を自らの夢に引き込むのやも知れん」
「貴公は幻想郷なる土地からこの悪夢へ、古狩人たちは悪夢から奴の本拠地とも呼べる悪夢へ飛ばされたのだろう」
そして狩人は屋敷へ戻り、血の瓶を取る。
〔ビルゲンワースの記憶〕
ビルゲンワース、上位者の秘匿が隠された土地の名前だ。
狩人は僅かに好奇心を胸に抱きながら聖杯に血を注ぎ込み、祭壇へ捧げ、再び記憶の底へ足を踏み入れた。