会話文多めです。
「ということで、もしかしたら少しの間だけ居なくなるかもしれないのでその時はお願いしますね」
「貴女は何を言っているんですか?」
美鈴は懐疑的な目線を向けてきました。
言いたいことはわかります。なんでこんなことをいきなりだとか、そんなしょうもないイタズラに付き合わせるなとかでしょう。
────それでも、私はお嬢様に辞表を提出したい。そしてその時の反応を楽しみたい!
「貴女も元はメイド長です。少し睡眠時間を減らせば私一人が少しの間居なくなったところで業務が回らなくなることはないでしょう」
「いや、問題はそこじゃなくてですね」
「このことはパチュリー様にも共有してありますし、なんなら協力者です。何かあった場合はパチュリー様をお頼りください」
美鈴の眉が八の字になって動かなくなってしまいました。
困惑のあまり思考が停止してしまったのでしょうか。
「事情は伝えました。それでは」
一方的に仕事を押し付けるようで悪いけれど、これは決定事項。
そしてカリスマ(笑)お嬢様のあられもない姿を見るための布石……!!
「ちょっ、ちょっと! 咲夜さーん!!」
ようやく脳が再始動したのか大声で呼び止める美鈴を無視して、私はお嬢様の自室へと向かいます。
────辞表、と大きく書かれた封筒を手に持って。
「お嬢様、よろしいでしょうか」
四回のノックの後、「入っていいわよ」と聞き馴染みのある声で入室を許可されます。
「あら咲夜。何か問題でもあったのかしら?」
お嬢様は不敵な笑みを浮かべて吸血鬼の誇りを象徴する牙を出し、紅魔館の主としてあるべき高潔な態度で話を切り出しました。
────が、その口元と机の上にはつい先程まで食べていたであろうポテトチップスの欠片が残っており、常日頃からお嬢様が口にするカリスマとは程遠い状況でした。
普段ならばこの状況をそれとなくイジることが私のささやかな趣味でしたが、今回は違います。
「お嬢様、突然のことではございますがこちらの通り……」
ここで取り出したるは一通の封筒。表には大きく辞表と書かれているものの、中にはネタバラシ用の『ドッキリ大成功!!』と書かれた紙しか入っていません。
「ぇ……ぇえ?」
ガサッとお嬢様の足元から何かが落ちる音が響きました。
……どうやら、食べかけのポテトチップスの袋のようです。
「なっ、何か不満でもあったの? 妖精メイドがまともに仕事をしてくれないとか、美鈴が居眠りばっかりしているとか……あっ、最近はまともなお休みをあげられていなかったわよね。お小遣いもあげるわ、一日……いえ好きなだけ羽をのばしてきてもいいのよ。……だから。だから、辞めるなんて、言わないで…………」
瞳をうるうると涙で滲ませながら前のめりな姿勢で説得を試みるお嬢様……大変可愛らしいお姿ですね。まさにこれを見る為だけに私はこのドッキリを仕掛けたのです。
ひとまず見たいものは見られましたが……せっかくですのでお嬢様が封筒を開けてドッキリだと知るまで継続いたしましょう。
「申し訳ございません。こればかりはお譲りできません」
「うぅ……そんなこと言わないでよ……なんで辞めちゃうの? 私がこの前間違えて咲夜のプリン食べちゃったこととか、お菓子でお腹いっぱいにしちゃってご飯残しちゃうことが嫌だったの……?」
プリン……ああ、一週間前のことですね。確かに私の分のは無くなってしまいましたが、お嬢様の幸せそうな顔を見られたのでむしろ嬉しいまであります。
お残しについては、お嬢様は少食ですからお菓子云々の前にお料理を残してしまうことは想定済みです。だからといって安易に量を減らすと足りなくなってしまいそうで減らすに減らせないのですが。
「さくやぁ……さくやぁ……」
おっと、少々考え事をしていたらいつの間にかお嬢様が目の前に。
悲しみにくれた美しい紅い瞳が、上目遣いでこちらを見つめています。
この破壊力といったら言葉に言い表すことはできません。これに対抗できるのは妹様だけでしょう。
「おねがいよ……一生傍にいて……」
プロポーズまがいの発言ですね。全く、私以外にそんなことを言ってしまったら勘違いされてしまいますよ。そういうのは私だけに言って欲しいですね。
しかし困りましたね。目の前のお嬢様を抱きしめたくてなりません。
けれどもここで抱きしめてしまえばそれは私が辞表を取り消すということに繋がります。
「すみません……
さらにここでいつもと少し違う呼び方をすることで、心理的な距離を生み出します。
そうすると……ほら、みるみるうちにお嬢様の顔が涙と鼻水でぐしゃぐしゃになってきましたね。
「っ!……ひっく……ぅう……」
可愛い……可愛いですがだんだん可哀想に思えてきました。そろそろ潮時かもしれません。
「レミリア様、そちらの封筒の中身をご確認ください」
「これの……?」
私と封筒を交互に見やりながら、お嬢様は糊をつけた部分から指でペリペりと剥がし始めます。
カッターはあるのですが……吸血鬼にそのような文化がないのか、お嬢様がそのような性なのか分かりませんね。
それにしてもなぜお嬢様はチラチラと私のことを見ながら……ああ、開けている最中に私がどこかへ行かないか心配なのですね。なんと愛おしいことでしょうか。
「これ……は……っ!」
さぁさぁ気づきましたでしょうか。この劇が全て私十六夜咲夜の下で作られたドッキリであるということを!
「ごめんなさい……ごめんなさい……もう取り返しのつかないことになってしまっていたのね……お小遣い……いえ、退職金はちゃんと出すわ。今まで私に縛られていた分、のびのびと過ごしてちょうだい」
「……え?」
一体このポンコツかりちゅま幼女は何を見ているのですか?
ドッキリのネタバラシに取り返しがつかないとか、退職だとかの内容は含んでおりませんよ?
この反応はあまりにもおかしいです。ということで時を止めて、お嬢様が手に持っている私の辞表を確認してみることにしました。
『拝啓、親愛なるレミリアお嬢様へ
この度、私十六夜咲夜は吸血鬼病に罹患してしまったためお嬢様のメイドという立場を退かせていただくことにしました。
この吸血鬼病、人間が約10年吸血鬼の近くにいることで発症し内臓機能を徐々に低下させることで死に至らしめる奇病なのですが、かの博識の象徴たるパチュリー・ノーレッジ様でも治療不可という恐ろしい病なのです。
願わくばこの身朽ち果てるまでお嬢様にお仕えしたかったのですが、20にもならず病死という運命には耐えられません。
大変勝手ではございますが、私は私の人生を歩みたいのです。友人を作り、恋をして添い遂げたい。どうかこの想いを汲み取ってくださると幸いです。
今までお世話になりました。またいつかお会いしましょう。
「なんですかこれは?????????」
確かに私はこの紙に『ドッキリ大成功!!』と書きました。
こんな自分の人生を歩みたいだの恋がしたいだの馬鹿みたいなことを書いた記憶は一ミリもございません。
となればなぜ……といったところで、紙の上に一本の毛が落ちていることに気がつきました。
そこにあったのは紫色の長い長い毛……ここで私は全てを察しました。
「あのクソ紫モヤシ……ッ!! 謀ったな……ッ!!!!」
元はと言えば、このドッキリの発案者はパチュリー様でした。私がお嬢様の可愛らしいお姿を見たいという相談を持ちかけた時から、恐らく彼女の計画は立てられていたのでしょう。
なぜパチュリー様がこんなことを? という問いには、恐らく最近起こった事件が関係していると答えられるでしょう。
パチュリー様はその身一つで首謀者を撃破し事件は解決したと意気揚々と語っていたのですが、真犯人は全くもって別の人物だったということに苛立ちを覚えていたようです。
人知を超えた魔法使いの考えていることはよく分かりませんが、そんな一幕によってパチュリー様はストレスを溜め込み、発散先に飢えていた……そんな最中目の前にストレス解消に使えそうなメイドとおぜう様が目に映り────今に至ったということでしょう。そうに違いありません。
こんな八つ当たり、正直言ってため息しか出ませんが今ここで怒っても仕方のないことです。
私が今やることはただひとつ、時を再始動して今すぐこのドッキリのネタバラシをすることです。
「お嬢様、落ち着いて聞いてください。これは私が書いたものではなくてですね────」
「もっ、もしかして自分の手で文字が書けないほどに衰弱しきっているの……?」
もはや涙を隠しきることも出来ず、お嬢様は文字通り絶望を表したかのような表情を浮かべています。
今すぐにでも強く抱きしめて頭を撫で、そんなことないとアピールしたい……いえ、案外これで良いのかもしれませんね。
「さくや……?」
「ほら、私は大丈夫ですよ」
お嬢様の体小さな体をしっかりと抱き寄せ、右手で帽子の上から優しく子をあやすように頭を撫でます。
こんなにもしっかりと抱き締めて気にかける態度を取るだなんて、『吸血鬼病怖いからお嬢様に近づきたくないです~><』みたいなカスい自己保身文書いて主に送り付けるような人間がとる行動ではありません。
明らかに書いていることと行動が一致していません。このことにお嬢様が気づいてくださればまともなネタバラシを────
「すぅ……すぅ……」
「ねっ、寝てる……」
安心したのか泣き疲れたのか、どうやらお嬢様は眠ってしまったようです。……子どもなのでしょうか? いえ、子どもみたいなものでしたね。
「まさか叩き起こす訳にもいきませんからね……」
ひとまずベッドに寝かしておくことにしましょう。
────で、この間にヒキニート大図書館の処遇を考えておかねばなりませんね。
十六夜咲夜
紅魔館唯一の人間にして狂人。最近の趣味はお嬢様に変な贈り物を渡して反応を楽しむこと。
また、突発的なお嬢様の遊びに付き合わされ最近はよく麻雀をしているが、お嬢様が役満であがる直前で時を止めて手牌を入れ替え、悔し涙を流す姿を見ることに楽しみを見いだしている。
紅美鈴
紅魔館の元メイド長。咲夜が来るまで長らく傍で仕えていたため、レミリアのことは熟知している。
今でこそ門の前で居眠りなどをしているが、かつては我儘なお嬢様の行動を正してきた、厳格なメイドだったとかそうじゃないとか。
麻雀にはかなり詳しく、ルールのいろはを紅魔館の面々に教えたのは彼女である。