「落ち着きなさい! 落ち着いて! 咲夜!!」
「舐めたこと言ってんじゃねーですわよ三下」
ナイフの準備は万全。あとはこの紫色をシバくだけです。
「待って、ほんのイタズラ心だったの、最近は異変も起きてないし暇だったからつい」
「だからといってお嬢様を泣かせて良い理由にはなりません」
「でも泣かせるだけだったら貴女も……待って待って、余計なことを言った私が悪かったわ。だから首筋にナイフを突きつけるのはやめてちょうだい」
はぁ……困った人です。お嬢様をあんな顔にさせても良いのは私だけですのに……
「にしてもあんな厄介な文章、よく書きますね。読めば読むほど普段の私とのギャップが吐き気を催します」
「レミィったら英語の読み書きはできるのにひらがなカタカナは自分の名前を書くことさえ怪しいものだから、ある程度適当なことを書いても大丈夫かしらと思って」
「え?」
お嬢様がひらがなとカタカナをあまり理解しておられない……?
「その反応、初耳だったみたいね……とは言っても美鈴から中国語は教わって漢字は少しわかるようだから、ある程度内容は把握しているでしょうけれど」
「そんなこと……!?」
そんなこと、初めて知りましたッ……!!
幼い頃から仕えてきた主の扱える言語すら把握していないだなんて、まるで従者として失格ッ……!!
「まだまだ完璧で瀟洒な従者への道は遠い、ということでしょうか……」
日々精進、ですね……
「……少し前、貴女がレミィにドッグフードを出したという話を聞いたのだけれど」
「はい。ちょうど一年程前にディナーとしてお出しした記憶がございます」
そんなに前の話を持ち出して、パチュリー様はどうしたのでしょうか。
……というより、なぜパチュリー様は私の動向を把握されていらっしゃるのでしょうか。
「貴女本当にレミィのメイドなの?」
「何を仰られているのか理解出来ません。私の忠誠心を疑うとでも?」
「いや疑うわよ。やってること本当におかしいって」
私ほど従順な従者はそうそう存在しないという自負があります。
それを貶すどころか、あまつさえ否定するだなんて……いくらお嬢様のご友人であろうとも許せません。
────ただ、ただ私は少しお嬢様の驚く姿を見たくてイタズラをしただけなのに!!
「なんというか……はぁ。こぁがこんなのじゃなくて本当に良かったわ」
「私ほどの従者が仕えるには、お嬢様ほどの器がないと務まりませんからね。そう思うのも無理はありません」
そこら辺の三下なんぞに仕えてやるつもりは毛頭ございません。特に本の虫を通りを極めすぎて思考まで虫程度にまで落ちぶれた引きこもりなどには。
「なんかすごく失礼なこと考えていない? ……やっぱり、並の妖怪よりよっぽど人間の方が怖いわね」
苦い表情を浮かべて若干引いた姿勢を見せるパチュリー様。
そこら辺の妖怪なんぞと比べられるのは少々癪に障りますね。
「……それで、貴女は何のためにここに来たの?」
「素晴らしいご思慮によりネタバラシ用の紙をしょうもない妄想にすり替えて状況を拗らせてくださった一週間ヒキニート魔女を縄で縛り付けて館内一周分引きづり回すためでございます」
「冗談よね?」
もちろん冗談です。暇ではありますが、そんなことをする気力がありませんからね。
「はい。半周で済ませるつもりです」
「半分冗談ってそういう意味じゃないのよ? ……本当にやるなんて言わないわよね?」
若干顔が青ざめているパチュリー様。喘息の発作の前触れでしょうか?
……そろそろこんな茶番はやめて本題に入るとしましょう。私がイジるのはお嬢様だけで十分です。
「本当のところを言いますと、実は妹様にもあの気色悪い怪文書を見られてしまいまして」
「あー……それは厄介なことになったわね」
一見すると純粋無垢な子どものような言動をするフラン様ですが、その実はかなり理知的。大抵の物事にはお嬢様以上の対処能力を持っていると言っても過言ではありません。
ですがそんな妹様も、極めて予測不可能な事柄には動揺し対応不可能に陥ってしまうことがあるのです。
例えば……そう、信頼する従者の辞表を見るだとか。
「あの子、結構純粋なのよね……だいたい想像はつくけど、どんな様子だったの?」
「内容を確認した後、私を一瞥してから辞表をぐしゃりと。俯いていらしたので表情は読み取れませんでしたが、血が流れるほど強く拳を握っておられましたね」
あれはなかなかに恐ろしかったです。下手に言い訳しようとしても状況は悪化するだけでしょうから、あの場を離れて正解でした。
「そんな様子になったフランなんて見たことないわ……事態はかなり悪いと言えそうね」
「元はと言えば貴女のせいですけどね。さすがはお嬢様にも役に立たない知識人と呼ばれたお方です」
そうですね。一刻も早くこの事態を打開するため、パチュリー様にはご助力を願いたいのです。
「建前と本音逆になってないかしら!? あと、レミィに言われたその文言はただの軽口で……「はい。パチュリー様の仰りたい言葉は完全に把握致しました。それで妹様への対処方法なのですが」ちょっと話を遮らないでくれない?」
気付かないうちに本音が漏れ出てしまっていたみたいですね。失敬失敬。
「私は完璧で瀟洒な従者ですから、パチュリー様の言いたいことを予想して把握することなど造作もありません」
「さっきその肩書き自分で否定していた気がするのだけれど」
「言葉の綾というものですよ。パチュリー様」
言葉の綾とはなんとも便利なものです。何でもかんでもそれっぽい感じに仕立てあげられるのですから。
……と、こんなことはさておきですね。
「あと三十秒です」
「え?」
「あと三十秒で、理性を失った妹様がこちらに全力で突撃してきます」
「…………へっ!?」
パチュリー様はしばらくの間ポカンと口を開けてフリーズしていましたが、地響きが近づいていることに気づいたのかハッと意識を取り戻します。
「恐らく妹様の狂乱は一時的なもの……一度落ち着かせてしまえばまともに話し合いをできる状態に落ち着くことでしょう」
「へぇ……それで、落ち着かせる方法というのは?」
「妹様の気が済むまで戦いを続けます」
途端にパチュリー様は能面のような顔で虚空を見つめ始めましたが、今はそんなことをしている暇はありません。ナイフを視界に入れさせることでこちら側に戻っていただきました。
「分かった! 分かったわよっ!! 暴走したフランを抑えるのはこれが初めてじゃないからきっと何とかなるはずよ。それに、戦うのは私一人じゃないでしょう?」
「ご理解ありがとうございます。私はお嬢様の様子を見に行きますので、それでは」
ようやくパチュリー様にやる気を出していただけました。
とは言っても、魔法使い一人で妹様を撃破することは不可能でしょうからあくまで時間稼ぎ程度にしかならないと思いますけれどね。
「ちょっと!? まさか最初から全部私に丸投げる予定で……咲夜ッ!! 待ちなさい!!!!」
さて、お嬢様は今どんな表情を浮かべているでしょうか?
パチュリー・ノーレッジ
レミリアの親友であり図書館に巣食う本の虫。
知識人が故に少々性格が捻くれているため、時に予想できない行動をとることがある。ネタバラシ用紙改変もこれの一環。
麻雀は特に興味がない。一人で本を読んでいた方が楽しいタイプ。
小悪魔
悪魔らしく愉悦を求める本能を兼ね備えていたものの、主君に真っ向から反抗的な態度をとるメイドを見て、「私はここまでの存在にはなりたくないです」と真面目ちゃん系を志し始めた。
麻雀は遊ぶ度に最下位であるためかなり苦手意識を持っている。ただそれはそれとしてみんなで遊べるため楽しんでいるらしい。