姫川大輝は逆行する_が、どうにも弟が弟じゃない。 作:ある日の残り香
ハッピーエンドの保証はできない。
それでもハッピーエンドを目指して進んでいる。
進んでいるはずなのだ。
朝日が窓から差していた。俺は……いや、私かな?
私は、心地よい感覚と共に目を覚ます。寝ぼけ眼をこすり、伸びをしようとしたところで、じぶんの身体がどこにあるのかという異変に気づく。
私の視界に広がるのは、男性特有の硬い胸。私の腕はそんな彼を抱きしめていた。そして何より、意識が覚醒すると同時に気になったのは……
私たちは、同じ布団で寝ていたという事実だ。私は飛び起きると、相手の顔を確認する。間違いない、姫川だ。
さまざまな想像と単語が脳裏をよぎる。一夜の過ち、禁断の関係、近親相姦__私はアイドルではないとはいえ、復讐のために俳優業を営んでいる芸能人の女性であり、それなりに男性のファンもいる。また、私には同性であるが恋人黒川あかねがいるため、もしも本当にアレをしてしまったなら、ただでさえ血縁関係者間でのソレは倫理的に終わっているのに、その上で不倫ということになる。世間からのバッシングだけでなく、あかねからナイフをお腹にプレゼントされかねない。
「どうしてこんなことに……」
なぜこんなことになったのかを思い出そうと脳をフル稼働させる。しかし、昨日の出来事をほとんど思い出せない。まさかお酒でも飲んだのだろうか。だとすれば未成年飲酒だ。
自分の呼気を簡易的に確認する。アルコールの匂いはしない。だとすれば、お酒を飲んで記憶を飛ばしてしまったわけではない。ならば何かしらの精神的ショックだろうか。あるいは物理的外傷か。
私は自分の後頭部を触ってみる。怪我はない。他も確かめてみるが、特に目立った外傷はどこにも存在しないと結論づけられた。
「……。」
「ぐがー……」
唯一話を聞けそうな姫川も寝ている。
それよりも、私は自分の汗が気持ち悪くて仕方がなかった。果たして昨夜、私は風呂に入ったのか。
一度気になり出すともうどうしようもなかった。幸い、部屋にもユニットバスはある。使わせてもらうことにした。
その間に私は最悪の想定をしながら、自分の秘部を確認する。
幸いにも、何かが垂れてくるということはなかった。つまり、もし仮に一夜の過ちがあったとしても、最低限のエチケットはあったということだ。だがあくまでも最悪を避けることができたことが確認できただけだ。もしかすると、昨夜のうちに私は純潔を失ったのかもしれない。その想像をするだけで顔から血の気が引くのを感じる。
私は芸能界に足を踏み入れた時点で、純潔を失うどころか、いくらでも身体を汚す決意はあった。だが、それとこれとは別問題である。流石に実兄とそういう行為をするというのは抵抗感が大きい。
洗髪、洗顔を済ませてから身体を洗い、シャワーで全てを流している間、私は「どうしよう」という言葉を繰り返していた。
シャワーを終え、部屋のアメニティのタオルで身体の水気を拭き取り、ドライヤーをかけ始めた。
すっぴんでも可愛いのはアイの遺伝子だろうか、それともただ単に高校生だからだろうか。そんなことを考えて現実逃避していると、姫川さんが目を覚ましたようでこちらに向かってくる。
「アクア〜、どこだ?」
「洗面台使ってる。」
「そうか。ちゃんと寝れたか?」
「……うん。」
たしかに、普段よりもぐっすり眠れた気がする。いつもより目覚めた後の身体が軽いし、どことなく、幸福感にも似た何かが溢れているし……コレってやっぱり事後なのかな。経験がないからわからないけど……いや、経験したかもしれないんだよね……ぅあぁぁぁ……。
私は乾かし終えた髪を梳かして用意していた着替えを身につけると(私の荷物が部屋にあったということは、誰かがこの部屋に荷物も運んでくれたということか)、洗面所を出て姫川と向かい合う。
「姫にい、説明してもらっていい?」
「どこから?」
「全部気になるけど、1番気になるのは……その……」
「ああ、そういうことか。」
どうやら、私の聞きたいことが伝わったらしい。頼む、何もなかったと言ってくれ。
「アクアお前、昨夜すごく泣いていたぞ。」
「すごく啼いてた?!」
「ああ、それで疲れて寝ちまったんだよ。覚えてないのか?」
「あ……あぁ……」
終わった。確実に事後だ。
「姫にい……」
「どうしたアクア?」
「責任、とってよ……!」
どうするんだ本当に。兄妹でそんなことするなんて、外部にバレたら一発でアウトなインモラル行為だぞ。しかも、私は16歳で姫川は20歳だ。これもかなり問題だ。
「責任はとるさ、お兄ちゃんだからな。」
「兄がなんで妹に手を出してんだよ!!」
「ん?」
「は?」
そして私は、自分がとんでもない誤解をしていたことに気づいて、姫川に土下座した。
姫川との間の誤解を解いたあと、俺は姫川から昨日あった出来事を大まかに聞いた。しかし、聞いても実感があまり湧かない。
「それにしてもお前……俺って一人称やめたんだな。」
「え?」
そういえば、なんか違和感があってやめたんだった。でもどうしてだろうか。思い出してみると、私の一人称は確かに俺で、もっと男の子っぽい喋り方だったはずだ。理由はわからない。
頭を捻ってうんうん唸っているが、答えは出ない。とりあえず、あかねとも情報のすり合わせをしよう。そのように次の目的を立てると、私は姫川に礼を言って部屋を出た。部屋から出る時、姫川がシャワーを浴びに行ったのが見えた。昨日は私のために、風呂に入ることを我慢したのだろう。申し訳なさが込み上げてきた。
廊下に出た私を見つけると、ルビーが走って近寄り、声をかけてきた。その顔は、とても深刻で、呼吸も不安定だった。
「お姉ちゃん、ごろーせんせが……」
「ルビー、ゴローって誰のこと?」
妹の口から出たのは、"聞き覚えのない名前"。
「え、お姉ちゃん……ごろーせんせだよ!?お姉ちゃんの、前世の同僚の……」
「前世……?ルビー何を言ってるの?」
「……お姉ちゃんは、五里さんだよね?雪宮五里だよね……?」
「大丈夫ルビー?私はアクア、愛久愛海だよ?」
ルビーの顔から血の気が引いていく。一歩、二歩と後ずさる。
「ルビー?」
「誰……?」
ルビーは、心の底から困惑したように、混乱したように私に問いかけた。私はその質問の意図が読めなかった。
「私は私だよ、ルビー。あなたのお姉ちゃんでしょ。星野アクア、そうでしょ?」
「……冗談にしてはタチが悪いよ、五里さん。」
「ルビーこそ、突然前世だなんて……ああ、なるほど。そういう時期?」
「天童寺さりな!!!さりなだよ!!!私!!!!?」
「はいはい、そうだね〜」
ルビーは16歳。まだ十分そういう設定にハマる可能性はある。記憶の中にそういうのはないけど、私も14歳くらいの時はそうなってたんじゃないかなって思う。いや、番組外でも俺っ娘をやってたのがそれなのかな。
私は微笑ましいものを見る目つきでルビーを見つめる。それから、頭を撫でようと手を伸ばすが__
「もう知らない……お姉ちゃんなんて……っ!」
ルビーはそう吐き捨てて、走り去ってしまった。ルビーがここまでの拒絶を示したことが、果たして過去にあっただろうか。私の記憶上そんな記憶は存在しない。とは言っても、今の一部の記憶にもやがかかった状態では断言できないのだが。
「……はぁ、あかねを探そう。」
あかねとルビーの宿泊している部屋に辿り着き、私はノックをしてアカネを呼び出す。あかねはひどく疲れているように見えた。
「あかね……大丈夫?」
「うん、大丈夫……とは言えないかな。ちょっと、色々なことが起こりすぎた。」
あかねの話は姫川から聞いた話と大体一致した。が、向こうは遺体発見現場にいた分、私が知りようのなかった情報も重ねて教えてくれた。
「なるほど、殺害されたのは雨宮吾郎とみられる……ね。そういや、ルビーがゴローセンセとか言ってたっけ?知り合いだったのかな……」
「いや、雨宮吾郎は警察の見立てでは16年前に亡くなっている。あり得ないよ。」
「ふーん……」
「……アクアちゃん、雰囲気変わった?」
あかねが不安そうに私に問いかける。姫川も、ルビーも私を見るなり何か驚いているように見えるけど、どうしたんだろう?
「口調を変えたこと?」
「……うん、1番はそこが気になる。」
「なんか、違和感を持ったんだよね。俺って一人称に。そういう時期だったのかなって今は思うけど。」
「そう……」
「あかねが嫌なら元に戻すけど……」
「いや、今のアクアちゃんも可愛いから好きだよ!ただ、いきなり変わったから少しびっくりしただけ。」
「そっか」
俺口調はたしか、今ガチ……あかねと出会うきっかけにもなった現場に出るために身につけたんだっけ。懐かしいなぁ。それから馴染んで、そっちのキャラで売り出し始めたんだっけ。
今ガチには……鏑木さんとの取引のために出たんだったな。結果として、あのメンバーという友達もできたし、あかねと付き合うこともできたし、私たちの父親についての情報も手に入ったから、あの時は上手く行ってたな。
「ああ、そうだ。実は一部過去の記憶が曖昧でね、昨日のこと以外にも私との思い出を話してもらっていいかな?忘れてたら思い出せるし、そうじゃなくてもあかねとの思い出を懐かしめるから。」
「……うん、任せてアクアちゃん!」
__なるほど。
「つまり私はあかねと寝たことがあって、あかねとはビジネスカップルを超えて結婚を約束してて、将来は有馬を養子に迎えるつもり……と。」
「ウン、ソウダヨー」
「あかね、私でも流石に嘘だってわかるよ。特に有馬の件とか。」
「バレちゃったかぁ☆」
「アイの真似しても無駄。」
そんなふうにあかねと話していると、ニヤニヤしながら有馬が近づいてくる。
「おはよう、いい目覚めだったかしら?アクア。」
「有馬、朝からニヤニヤしてると不気味だぞ。」
「不気味じゃないわい!」
有馬は私からの扱いに不満を訴えるが、次の瞬間には咳払いをしてさっきのようなニヤニヤとした笑みを浮かべ、スマホを取り出して何かの写真を見せてくる。
「なっ……!!?」
その写真には、泣き疲れて姫川に抱きついたまま寝た私と、困惑して助けを求める目をカメラに向けている姫川がいた。
「か、かかかかかか、かなちゃん!その写真いくら?!」
「2万円。」
「一括で。」
「おい。」
なんだこの写真、まさか昨日のか!?
姫川が言ってた泣き疲れて寝た私ってこれか!?
「有馬、その写真消してくれない?」
「だ〜め❤︎アクアが珍しく弱気になって、"お兄ちゃん"にベタベタ甘えてる姿なんてレアすぎて一生擦れるもの!」
有馬の高笑いが響く。そして、私の抗議など気にせぬとばかりにあかねは財布から諭吉を2人召喚し、有馬はそれを受け取るとスマホを操作して、ソレをあかねに送信した。
「お前ら……」
「だ、だってこんな可愛いアクアちゃんなんて滅多に撮れないし見れないじゃん!」
「ルビーも欲しがるかしら?」
「どうかな……ルビーから朝、"お姉ちゃんなんて知らない!"って拒絶されちゃったし。」
「なにしたのあんた……?」
私は知る限りのことを二人に説明した。
「前世……ルビーちゃんは雨宮吾郎に強い好意を抱いていた……」
あかねはそう呟くと、何かをメモし始める。
「……前世なんて、そんなオカルト信じたこともなかったけど、ルビーちゃんのあの発言はそうじゃないと説明がつかない。」
「あかね……?」
「あ、ごめんごめん。ちょっと私の中の"設定"の話。」
設定、か。そういえば、東ブレの稽古中に私が倒れた時、私に寄り添ってくれた時もあかねはそんなこと言ってたな……。
プロファイリングをする際に、仮定を加えることだったっけ?でもなんで今、ルビーのことを引き合いに……
「それよりアクア、そろそろ撮影だから私たちは出るわ。ルビーと仲直りしたいなら、なにかしら伝言を預かるけど?」
「ありがとう有馬。それじゃあ……"真面目に取り合ってあげられなくてごめん"って伝えておいて。」
「ん、任されたわ。」
そう言って有馬は去っていく。こういう時、なんだかんだ有馬は頼りになる。口が悪いから、何か余計なことを言わないか心配ではあるが。
「アクアちゃん、今日はこれからどうする?MV撮影の見学しにいく?」
「いや……」
忘れてはいけない、今回私があかねを呼んだのは……
「誰も犠牲にならない復讐の計画を立てよう。姫に……姫川も呼んで、三人で。」
「……わかった。」
「きっと、姫川も私たちが死ぬつもりがないと分かれば、もっとマシな計画を立てようとするはずだし。」
「そうだね、アクアちゃん。もしこれでも自爆特攻を考えたら、その時は二人で懲らしめてやろっか!」
「……死なない程度にね。」
少女たちは、姫川の元へ向かう。
星野アクア
雪宮五里の人格が、眠ると同時に前世の記憶を封印してしまった。その結果として、転生でしか得られない知識を用いたタイミングなどの"都合が悪い記憶"と、昨日の記憶が全て消えたり、靄がかかったように確認できなくなった。
姫川の胸の中で寝た結果、少しだけ元気になった。信頼できる存在から抱きしめられることと頭を撫でられることはストレスを消しとばせる魔法です。
前世の記憶である雨宮吾郎が消えたため、性自認が女性になっている。
姫川大輝
妹と最悪のアンジャッシュをした男。たぶんアクアやルビーの裸を見ても息子は元気にならない。
星野ルビー
ごろーせんせも、五里さんもいなくなっちゃった。
この後、鴉と戯れてる白い髪の幼女に出会う。
黒川あかね
昨日から、処理できない情報の洪水に晒されて脳が焼き切れそう。
ルビーちゃんが雨宮吾郎を認知し、それどころかプロポーズをした記憶まであるのは、"前世"があったから?いや、あり得ない。そんなの科学的じゃない。
でも、アクアちゃんが言っていた幽霊と、雨宮吾郎のパーソナリティは一致している……まさか、オカルトには実在するものもあるの?
だめだ、そんなことを考え始めたらなにもわからなくなる。全てが根底から覆りかねない……
脳の処理を食い続けるウィルスを喰らって弱体化している。
有馬かな
アクアへの印象が、イケメン女子から可愛い後輩に変化。
母性が芽生えそう。
MEM
疲れて寝ていた間に色々あったらしい。