姫川大輝は逆行する_が、どうにも弟が弟じゃない。 作:ある日の残り香
過去1の難産でした。
十五話の嘘、お楽しみください。
それにしても、ちょっと楽しくなって嘘だとか冗談がエスカレートした結果、とんでもないことになることってありますよね。
嘘と冗談は適度に楽しむのが、生きる上でのコツです。
宮崎旅行から半年以上の月日が経った。アクアとルビーは2年生になり、全員が芸能界での立場を盤石なものにしていった。
アクアはバラエティへの出演などを通してマルチタレントとして活躍し、新生B小町はMVの公開によってファンの数が跳ね、黒川は主演映画の公開が迫っていた。所謂、中堅と呼ばれるレベルになったのである。
それはとても喜ばしいことであるのだが、同時にお互いが多忙になったということを意味する。復讐会議を開く暇がなくなってしまったのだ。復讐会議はその中身が中身である都合上、記録に残る媒体で行うことが難しい。通話、メールなどは論外であった。それゆえに、全員で顔を突き合わせて行うことしかできない。
これは死活問題であった。というのも、俺やアクア、黒川はまだ冷静に機を待つことができるのだが……
「姫にい、ルビーが……」
「またか……」
ルビーは、この「待ち」の時間に精神をすり減らされていた。さすがはアイドルとだけあって収録中はその兆候を見せないのだが、裏ではずっとピリピリしており、最近はメンバー間の空気が少し悪いという相談をアクアから受けていた。今はアクアセラピーによってメンバーのメンケアを行っているとは言うが……
「有馬は最近は私が何かをしなくとも元気だし、MEMには逆に甘やかされちゃうんだよね……うまくいかない……」
「俺たちも早く復讐したいのは山々なんだがな……」
「あと、もう一つ悩みがあって__」
「なんだ?」
「ルビーにもメンケアをやってるんだけど、最近の甘え方がちょっと……幼児退行気味というか、なんというか__」
アクアは困り眉で、ルビーのソレを説明し始めた。
「……姉に赤ちゃんプレイ、か。業が深いな。」
「うん……。」
「でもアクア。あの日のお前も割と幼児退行してたから、たぶん似たもの同士なんだと思うぞ。」
「私はその日の記憶ないし。」
それにしても、ルビーも復讐をしようと思っているだなんて、ルビーから申し出があるまで来た気すらしなかったなと言うことを思い出す。宮崎旅行が終わってしばらくした時、アクアと俺、黒川で復讐会議をしていると、突然どこからともなくルビーが現れて乱入してきたのである。
「……ルビー、なぜここに?」
「お姉ちゃんの後をつけてきたんだ〜。それで?話を続けていいよ。ママを殺した犯人が、なんだって?」
「ど、どこから聞いてたのかな〜?ルビ__」
「姫川さんは黙ってていいよ。」
「アクアちゃん、もうこれは話すしかないよ。ここまできたら、わたしたちの見えるところにいた方が安心でしょ?」
「……。」
今まで見たことがないような、ドス黒い星を孕んだルビーの目に怖気付いていたのは俺だけだった。アクアはしばらく考え込むと、苦しげに口を開いた。
「……あなたを、巻き込みたくなかった。今ならまだ間に合うから、何も聞かなかったことにして帰って。」
「お姉ちゃん。私の我儘さはよくわかってるでしょ?」
「……うん、知ってる。」
アクアは沈鬱な表情のまま、諦めたかのように項垂れた。それから、復讐会議のメンバーは俺たち3人から、ルビーを含んだ4人になったのである。ただしルビーにだけはまだ復讐対象……カミキヒカルの情報は与えていない。
「幸いなのは、まだルビーがカミキヒカルにたどり着いていないことね。あの子が知ったら暴走して、取り返しのつかないことになりそうで。」
「それは思う。むしろ、俺たちの中で1番強い復讐心を持ってるあの子のおかげで、俺たちは冷静さを保てている気さえしているよ。」
自分より怒っている人間がいると人は冷静になれるという話があるが、それと似たようなものである。
「次はいつ全員で集まれるんだっけ?」
「来月の……末だな。」
電話が切れると、俺はため息をついた。押し寄せる多忙は俺たちの復讐を邪魔するかのように、止まるところを知らなかった。
それからさらに半年が経過しても、復讐計画が纏まることはなかった。そして、その間に起きた事件も俺とアクアの悩みの種となった。
その事件について説明するには、アクアの出演するレギュラー番組について話す必要があるだろう。ネットテレビ番組『深掘れ☆ワンチャン!!』。鏑木さんの番組で、若者を中心に話題を集めている番組だった。その番組は、ギリギリを攻めて深掘り取材をしていくもので、アクアは出演者するにあたり、クール毒舌キャラで売っていた。最近のアクアは日常生活でこそ一人称も「私」に変わって、言動も丸くなったが、視聴者の求める偶像のアクアがソレではないことを理解している。だからこそ、視聴者の前では一人称は「俺」で男口調である。そういうギャップも含めて愛おしく思えるのは、役得だ。
話を事件に戻そう。その番組に突如、ルビーがリポーターとして出演し始めたのだ。アクアにとってはドッキリのようなものであり、鏑木さんに愚痴りに行ったところ、それがルビー発案であると知る。そこから、アクアは不審に思い、頻繁に俺と連絡を取るようになった。
それからしばらくして、番組は炎上を経験することとなった。キッカケは、コスプレに関する取材。そこでディレクターの態度などについての暴露が出演したコスプレイヤーから行われ、問題となった形だった。これについては、俺とアクアでなんとかしようと考えていたのだが……ルビーが手際よく全てを解決し、むしろ自分のことを売り込んでいったのである。
これが半年前に起きた事件であり、今ルビーが大躍進を遂げ、ついには『女性アイドルアワード』で「新星賞」を受賞するまでに至った遠因である。
新生B小町に、番組に、ADに、苺プロ……多くのものに、歪みを発生させながら。
「絶対背後に誰かいる。」
「ああ、俺もそう思う。」
「そもそも、おかしいでしょ。あの子は母の夢を追いかけてはいるけど、あそこまで急進的に……それも周囲を傷つけてでも進むなんて子じゃない。たぶん、あの躍進は目的じゃない。手段ね。母の夢よりも大きな目的の。」
「かつてのお前みたいに、手がかりを得るために駆け上がろうとしている……ってところか?"マリン"。」
「そうだね、"兄さん"。」
俺たちは喫茶店の角で、コーヒーを啜りながら囁き合う。お互い変装していて、呼び方も変えているため周囲の人間は俺たちが姫川大輝と星野アクアであることには気づかない。会話の内容も「あの子」だなんだと抽象的にすることで、つかみどころをなくしている。
黒い長髪のウィッグに、黒いキャップ。白いパーカーを羽織ってサングラスをかけたアクア。髪を全てあげ、顎につけ髭をつけて色付きのサングラスをつけた俺。「マリン」と「兄さん」である俺たちは、こうして時折二人で会っては情報交換とルビーについての対応方法を練っている。
なお、ここまでしっかり変装をするようにしているのは、昨年の週刊誌騒動で反省したからである。アクアは俺と二人で会う時は、いつもこの変装で、「マリン」として現れる。俺もそれに合わせて変装をしているが、俺の変装はアクアには不評だ。
「それで、今日はこれで解散か?」
「いや、あの子を追いかけるよ。あの子の背後の存在を暴くの。」
「……もう職質されるのは御免だぜ、マリン。」
「だったらまず、その変装を見直しなさいよ……」
職務質問を受けた時は、俺だけが身分を明かして「相手も芸能人だから追及は避けて欲しい」と伝える事で逃れている。職務質問は任意であるため、喧嘩腰にならず誠実に対応すればこのように回避が可能だからだ。俺は女遊びをしているというパブリックイメージがあるため、ダメージが少ないというのが、俺の方が身分を明かす理由だ。
公務員は「職務上知り得た秘密を口外してはならない」という法律が存在するため、余程の人間でもない限り情報は漏れないが、世の中には確実なことなんてない。アクアのことは隠し続けた。
しかし、何度も受けていると気疲れするのも事実である。今の不審者ファッションはやめた方がいいのかもしれない。
俺たちは喫茶店を出ると、スタジオからルビーを尾行し始めた。通報されないことを願いながら。やがて、ルビーは釣り堀にやってきた。
そこには、金髪のガラの悪いおっさんが釣り糸を垂らしていた。
「……まあ、大方の予想通りね。」
「知ってる人か?」
「斉藤壱護。苺プロの元社長よ。実質的な私たちの義父。」
「……アイをプロデュースした男、か。ルビーがあれだけ伸びるのには納得だ。」
ルビーが去ると、俺たちは彼にどう声をかけようかと相談を始めた。
「私に案がある。これなら動揺させて情報を吐き出しやすくするというのもあるけど……」
「けど?」
「純粋に、私怒ってるから。壱護さんには。あんなに綺麗な奥さんがいるのに、腐ってほっぽり出してどっかいって。それなのに影ではルビーをサポートしてアイの再来でも狙っているのか……ほんと身勝手な男。だから一発かましてやりたいの。」
「お、おう……」
そういえば、最近はミヤコさんも仕事が多くて大変だって話を聞いた。ルビーの躍進が彼のおかげなら、ミヤコさんの多忙は彼のせいということにもなる。サングラスを外したアクアの目には、黒い星が浮かんでいた。
「じゃ、作戦を話すね……」
俺はドン引きした。傷口に塩を塗るどころではない。これは、心を折る戦いだ。
アクアが、わざと足音を鳴らしながら壱護さんの元へ歩み寄っていく。
「……最近は客が多いな。」
「久しぶりだね〜、佐藤社長〜☆……なんか小汚くなったね、お風呂入ってる?」
今のアクアは、黒い長髪のウィッグによってアイと似た容姿になっていた。違うのは、目の色と身長くらいなものだ。
「お前……アイ……じゃ、ねえよな?誰だ。」
「フッフッフッ〜☆……忘れちゃったのかな?私のこと。」
「どこの誰かは知らねえが、これ以上猿真似続けるなら__」
アクアはウィッグとネットを取り、髪の毛を下ろすと壱護さんを見下ろした。
「残念、アクアだよ。」
「……ハッ。」
壱護さんは、そんなタチの悪いドッキリに失笑しながら続ける。
まだドッキリという名の精神攻撃が追加で控えているとは思わずに。
「どうやって調べた、アクア。」
「ルビーが休日の度に行方も言わず消えるからね。こっそり跡をつけてきた。」
「また妙なシスコンに育ったもんだ。」
それから、しばらくアクアによる追及が続く。ここで壱護社長が反省した態度を見せれば、"後半のドッキリ"はなくなる。俺も乗り気ではないので、どうか開き直らずに反省してくれと思いながら見届ける。
「そんなにミヤコさんの事を考えてるならさ、苺プロに戻った方が手っ取り早いでしょ。裏でコソコソやるより……」
「俺にはやる事がある。ミヤコを巻き込むわけにはいかない。」
ダメだ、壱護社長。選択肢間違ったよアンタ。
アクアが完全にブチギレてる。
「それってさ……復讐?」
「ああ、ブッ殺すんだよ。アイをあんな目に遭わせた奴を。」
「なんであなたが?」
「お前にとってアイは母親だったかもしれねぇけどな……俺にとっては、娘みたいなもんだったんだよ。」
「……気持ちはわかるよ、壱護さん。でもさ、それって壱護さんのやる事じゃないよね?」
「いや、俺がやるべき事だろ。」
「じゃあなんで中途半端に復讐以外のことに手を貸すの?申し訳ないとか言いつつ、ミヤコさんに負担を増やすの?あなたの手腕だからこそ回ってたんだよ、アイがいた頃の苺プロは。」
「何が言いたい。」
「あなたこのままじゃ、ミヤコさんを殺すよ。ミヤコさんしかいないのに、アイを造ったら。」
「ミヤコはそんな弱い女じゃねえよ。」
「ははっ、ここ10年くらい会ってないのによく知った口ができるね?壱護さん。あなたは、ミヤコさんのことをなんも知らない。」
「……でも、俺がやらなきゃいけない。ルビーより先に。」
「ルビーがあなたのところに知識を求めてきたのは、やっぱり復讐のためか。」
「……。」
「沈黙は肯定だよね、壱護さん。」
アクアがこちらを見る。まさか今からやるのか?!
あのドッキリって絶対今やったら壱護さん壊れるぞ!!
やめとけ、アクア。マジで。
「壱護さん。あなた復讐の才能ないよ。だってまだ、犯人に辿り着いてもいないんでしょ。」
「ああ、だがすぐに__」
「私"たち"はもう辿り着いたよ。一年前に。」
「……たち?」
気が進まない。笑えない冗談ほど、気分の良くないものはない。
実際、もう壱護さんから聞くべきことは聞いたし、十分傷をつけた上で戻らないことを選択したのだから、これ以上ドッキリという名の精神攻撃はやるのは合理的ではない。俺はアクアからのアイコンタクトに応えたくなかった。
合図を出したのに俺が出てこないことに気づくと、アクアはつまらなさそうに目を逸らした。それから、悪戯っ子のように笑う。その表情に、俺は嫌な予感がした。
「__壱護さん。私ね、好きな人がいるんだけどね。」
「……何が言いたい。」
「色々あってね。最近、生理が来ないんだよ。」
狼狽えたのは俺だった。事前の計画では、そんなセリフはなかった。
そうだ。事前の計画だとただ単に壱護さんを罵倒する内容……例えば壱護さんが復讐を企んでいた場合のプランでは「俺とアクアは現在犯人を追っている復讐の共犯者であるが、その復讐の過程で壱護さんに変な行動をとられたら邪魔で仕方ない」と言い放って、「お前は敵の味方か?」「働き者の無能が1番迷惑なんだよ!」「プロデュースの才能しかないのに舞台に上がろうとするな」などと二人で口撃を続け、最後には「無能は奥さんの尻にでも敷かれてろよ」などと言って復讐心を折り、苺プロに送り返すというものだった。
だが、今のアクアはまったくそこに繋がらない発言をしている。プランAともCとも違う。これはただただ、壱護社長の精神を削るためのものだ。そしてこれ、たぶん俺に対するドッキリ(精神攻撃)でもある。
俺が手伝わなかったから拗ねてるんだ。
「は……?お前まだ17だよな……?」
「でもアイは16歳で出産したじゃん。」
アクアは、自分のお腹を優しく撫でる。まるで愛しむように。昼に食べたパンケーキしか入ってないそのお腹を。
壱護さんは、それを見てさらに動揺する。
「いや、お前……あ、相手は……?!」
「復讐相手の息子だよ、壱護さん。」
「……は?ぇ??」
やっぱり巻き込まれてるのは俺でした。悪趣味が過ぎるぞアクア。
ミヤコさんを10年くらい放置したことに対して怒り心頭なのはわかるが、やりすぎだ。娘のように思ってるアイドルの娘……いわば孫が復讐相手の息子の子供を孕んでいるなんて聞いて正気でいられると思うかのか。
しかし俺は、今出て行くと確実にまずそうなので、物理的に巻き込まれないように隠れていた。アクアの眼には、黒い星が妖しく光り輝いていた。
「最初はさ、復讐相手を探すために、情報を得るために近づいたんだけどね……だんだん好きになっちゃって……次第にそういうことをするようになったの。」
「待て待て待て、お前何を言ってるんだ?もう一度言え、誰の息子って?」
「復讐相手の息子だよ。つまり、復讐相手は私の義父になるんだよ。殺すわけにはいかなくなっちゃった。」
「元からお前の父親だろうが!!お前わかってるのか?!母親は違えど、近親だぞ!!?」
帰りたくなってきた。壱護さんの顔から血の気が引いてるし、アクアはもはや一周回って楽しそうにしている。可愛いなぁ(現実逃避)。
「うん、そうだね。DNA鑑定もしたら異母兄だった。でもだから何?私はあの人のことを愛しちゃったんだからしょうがないよね?」
「いや、あのな……」
「私はね、壱護さん。大切な人の、大切な人を奪われたくないんだ。だからさ、邪魔しないでよ。もし、壱護さんが彼の父親を殺すなら、壱護さんが私の仇になっちゃうんだよ?」
アクアが悪魔のように笑う。内容を要約すれば「復讐をするな」ということに尽きるのだが、その説得に使った「嘘」が最悪である。俺の名誉も尊厳も潰されている。
それでもまあ、これで壱護さんも心が折れるだろう。壱護さんには可哀想だがこれで一件落着。あとは復讐が終わったタイミングでうまくこのドッキリのネタバラシをして誤解を解かなきゃならない。このままじゃ壱護さんから俺が殺されかねないのも忘れないようにしないと。
そんなふうに思っていると、壱護さんは携帯を取り出した。
俺とアクアはその行動の意味がわからず、ただぽけ〜っとそれを眺めていた。
「ミヤコ、俺だ。アクアが__」
まずい。
「わーーーー!!!!違うの壱護さん!!!!これはあの、嘘!!!!!ドッキリで!!!!!」
「そ、そうですよ!!!!第一兄妹なんですからそんなことするわけないじゃないですかぁ!!!!」
俺たちは二人で壱護さんの前に飛び出して携帯を奪い取ろうとした。が、俺たちの声がデカすぎて向こう側にも届いてしまったようだ。
「ふぅ……アクア、姫川くん。苺プロの応接室に来なさい。」
「__だ、そうだ。バカたれ。そしてなるほど、お前がアクアの……」
「あら、あなたも来なさいよ?壱護。」
「……今だ姫にい!!壱護さんを捕まえろ!!!」
「お前後で覚えとけよアクア!!!」
「どわっ!!?」
俺たちは壱護さんを苺プロに連行しつつ、(主にアクアが)今回のドッキリのネタバラシをした。なぜか俺がめちゃくちゃ壱護さんから詰められた。考えたのアクアなのに。
「ミヤコさん。罪人たちが来ましたよ。」
ルビーが冷たい目で俺とアクアを見ている。特に、俺に対して向けている目は、殺すべき対象を見定めたかのような目をしていた。
俺たちが座ると、対面に座るミヤコさんが口を開く。
「アンタたち、ついにヤったわね……」
「「誤解です。」」
「い、壱護さんがあまりにも強情だから、動揺させて苺プロに戻そうと思って……」
「アクアの悪ノリを止められませんでした。申し訳ありません。」
俺もアクアも頭を低く下げた。
「……前ならそれで信じることができたんだけどね。今は少し疑ってしまう私がいるのよ。だって、最近あなたたちよく変装してはデートしてるでしょ?MEMに探らせたのよ。」
デート……そうか、側から見たらそう見えるか。
ミヤコさんの言葉に、ルビーの目線がさらに鋭くなる。
「それは……その……」
どうすればいい。流石に復讐の話をミヤコさんに聞かせるわけにはいかない。なら、ルビーの最近の行動についての悩みを聞いていたということにしよう。実際そうだし。よし。
「ル__」
「たしかにデートはしてたよ!でも、そういうのは__」
「え?」
「あ?」
こういう時、事前に口裏合わせができてないと詰むのだということを思い出した。
「どっちが正しいのかしら。」
「お姉ちゃん、姫川大輝。説明してもらっていい?」
「お、俺はルビーの行動が最近妙だってアクアに相談されて、それで今回も壱護さんにはそれについて問い詰める予定で……」
「ふむ、道理は通ってそうね。次、アクア。」
アクアは焦っていた。もしも俺と同じ回答だったなら、ここで意見を100%変えても信憑性があっただろう。だが、流石にデートしたことを認めたところから一転して意見をひっくり返せば、嘘にしか思われない。アクアは詰んでいた。
「わた、しは……」
羞恥心からか、アクアの顔と耳は赤くなっていた。そのせいで、余計に言い訳ができなくなる。本当のことを言ってももはや信じてもらえないだろう。
それから、アクアは覚悟を決めたように口を開いた。
「……姫にいには、ルビーのことが心配だからって建前をつけてた。でも実際のところ私は、姫にいのことが好きになってたから、私目線だとたしかにデートをしてた。姫にい目線だと、姫にいが言った通りだと思う。安心して……当然、"そういう事"はしてない。壱護さんに対して言ったアレは、壱護さんの精神を痛めつけるための嘘で、手伝ってくれなかった姫にいへの当てつけ。」
「……シスコンでもあり、ブラコンでもあるのか。業が深いなアクア。」
「姫川くん、この本心を聞いてどう思った?」
これは、全てを解決できる救いの手だ。
ここで俺がアクアの恋心を否定すれば、全部更地に戻せる。
「……俺たちは兄妹だから、そういうのはあり得ないだろ。アクア。」
明確な、拒絶の言葉。
「そうだよね!あははっ……!!」
アクアの「助かった〜!」とでも言いたげな声。
全ては丸く収まった。そう思った。
__バンッ!!!
ルビーが机を叩きつけたことで、その空気は一変する。
「ふざけないでよっ!!!」
ルビーの怒声が部屋を包む。
「お姉ちゃんさ、私をダシにして姫川さんとデートしてたんだ?」
「……。」
アクアがしまったという表情で固まる。さっきのアクアは、どうやってこの状況を乗り切るか考えるあまり、先ほどの弁解を行なった。だがそれは……アクアがルビーを道具として扱ったと捉えられてもおかしくはなかった。
「嘘つき。嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき!大っ嫌い!アクアのこと、もう家族だとは思わないから。」
「ルビ__」
アクアの震えた声を無視して、ルビーはこちらを向いた。
「次に、姫川大輝。」
「な、なんだ……」
「私のことを心配してるとか言ったけど、私がどうやって成り上がろうがあなたには関係ないでしょ?」
「それは……でも、妹が……」
「私はあなたを兄と認めたことは一度もないよ、姫川大輝。だって、ママの子じゃないじゃん。他人だよ。ウチのママは処女懐胎なんだから。」
「それでも__」
「あとさ……」
ルビーの掌が、俺の頬を強く打った。
「アクアから告白されておいて、なんでフッてるの?こんなに可愛い子をフッて、哀しそうに笑わせて……ねえ、人の心とかないの?」
「え?」
え?
俺が呆然としている間に、二発目が俺の頬をもう一度強く打つ。
「アクアがどんな思いで今、心のうちを告白したのか……そんなことにすら考えずに……"俺たちは兄妹だから、そういうのはあり得ない"なんて残酷なこと、よく言えたね?」
「いや、え……っと?」
「普通は血が繋がってようが気にしないでしょ、男なら。」
俺もアクアも困惑していた。
そして三発目は拳が俺の腹にめり込んだ。
「る、ルビー……一回落ちつい__」
「黙ってアクア。嘘つきの言葉は聞かないよ。私のことが1番大事だと言ってたのに、姫川さんのことが1番大事だったんだもんね。あかねちゃんも可哀想だね〜?ねぇ〜?」
「う、ちが……」
「ルビー、お前は何が望みなんだ?」
ルビーの暴走は続く。壱護さんもその剣幕に怖気付いて腰を抜かしている。ミヤコさんも予想外の展開に頭を抱えている。
「……私の望み?そんなの決まってるじゃん。ママの無念を晴らすことだよ。」
そう、冷たく言い放ったルビーは応接室から出ていった。
「……アクア、姫川くん。あなたたちはしばらく反省してなさい。ルビーのことは、私に任せて。」
「ごめんなさい……ミヤコさん……」
「申し訳ありません……」
「……それと、私はこれから彼と"お話し合い"をしなくちゃいけないから、席を外してもらっていいかしら?」
ミヤコさんが壱護さんの方を見て指を鳴らし始めた。俺たちは、黙って頷くと応接室を出た。
応接室からは男の悲鳴と、暴力の音が聞こえた。
アクアは先ほどまでの出来事に放心し、呆然と街を歩いていた。俺はそんなアクアが心配で、後ろからついていった。
放心状態のアクアは変装なんて考える余裕すらなく、ふらふらと町を歩いていて、しばらくして立ち止まると俺のそばに寄ってくる。
「姫にい、ごめん。私があの時余計なことを言わなければ……」
「いや……こちらこそ、ごめん。俺のせいで、お前とルビーを……」
「いいよ、それは全部私のせいだし。」
アクアの声には、力がなかった。妹から発された「大嫌い」「家族じゃない」という言葉が時間差で彼女の精神を蝕んでいた。
そんな彼女の心情を表すかのように、雨が降り始めた。俺は折りたたみ傘を持っていたが、彼女は持っていなかった。だから、アクアが濡れないように傘をさした。俺の肩は雨によってびしょ濡れだが気にしない。
「それで、どうするんだ。事務所に戻らないのか?」
「少しだけ、戻りづらいかも。」
「と言ってもなぁ……」
アクアが男なら、家出先として俺の部屋に連れて行けたんだが、今のアクアは女の子で、先ほどの件もある。俺の部屋に連れ込むのは論外だ。
「……ルビーも本気で言ったわけじゃないって。お前ら、双子なんだろ。きっと分かり合えるって。」
「姫にいは優しいね、こんな私にも。」
思ったよりも、ルビーの言葉が響いているようだった。
「……オールでカラオケでもするか?気分転換にはちょうどいいと思うが。」
「姫にい、カラオケでオールできるのは18歳からだよ。」
「そうか……」
やはり、無理矢理にでも事務所に送り返すしかない。
俺はそう覚悟し、アクアの背中を押し始めた。
「……どちらにせよ、頭を冷やすにはこの雨は冷たすぎる。ゆっくり風呂にでも入って、あったかい布団で寝ろ。」
「……眠れる気がしないよ。」
今のアクアの雰囲気は、高千穂の1日目の夜に見たアクアに似ていた。すごく弱っていて、苦しそうだった。
「お前がそれだけルビーを大切に思ってるってことさ。アクア。」
「……。」
「言葉は確かに共有された形を持つ分染み入りやすいが、真の本性なんてのは行動に現れるものだ。アクアならすぐに誤解を解くこともできるだろうさ。」
「……ありがとう、姫にい。」
そうやって説得し、アクアを苺プロに送り返した。
「……アクアの精神状況、よくねえな。」
俺は黒川に連絡した。おそらく、あいつが1番アクアのことをよくわかっているから。アクアを救えるとしたら、黒川ぐらいなものだ。
……俺には、それができるとは思えない。
数分前、その男は消音カメラアプリの入ったスマホを構えていた。彼はマスコミではない。ただの"ファン"だ。
「アクア……ダメじゃないか。そんな不用心に相合傘なんかしちゃ。」
男の金髪が揺れる。その口元は歪んでいた。
「そして姫川大輝。やはり君は……僕と姫川愛梨の子だよ。どこまでも、憎たらしい。」
彼が撮影した写真を眺める。それに満足して、立ち去った。
姫川大輝
アクアの暴走を止められなかった。
ルビーからの好感度が0になった。
アクアを性的な目では見ていない。
星野アクア
壱護さんと姫川さんを揶揄っていたつもりが、とんでもない自爆をした女。楽しくなってきてついやりすぎたというが、後悔先に立たず。
自己弁護に必死で、ルビーがこれを聞いたらどう思うかということに考えが至らなかった。
姫川を抱きしめながら眠ったあの日以降、睡眠の質が向上していたが、ルビーからの拒絶を受けてまた大幅に下がる。
ルビーからの好感度が100→60になった……まだだいぶ残ってるな?
姫川を性的な目では見ていない。だが一方でなんでも頼っていい、甘えていいお兄ちゃんとして精神安定剤のように摂取しているフシはあるが、本人は無自覚。
ちなみに、生理が来てないのは本当のこと。ストレスによる生理不順である。皆には心配をかけたくないので、隠れて病院に通っている。
星野ルビー
お姉ちゃんの1番って私じゃなかったんだ。
嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き!!
あと私からお姉ちゃんを奪ったくせに、お姉ちゃんの恋心を踏み躙るあの男はなんなの?もう死んじゃえばいいのに。
アクアをアイと同じように崇拝しつつあったが、裏切られた気持ちになったため、アイに向けるほどの愛ではなくなった。口では「家族なんかとは思わない」と言ったが、口から出た言葉にひどく後悔している。そのためアクアと結婚して、新しく家族になろうかと思っている。
あーあ……復讐対象の名前、聞けなかったな。
斉藤壱護
未成年者のよくない問題については冷静に保護者へと連絡する大人の鑑。なお、その結果として事故る。
アクアの恋心云々の発言は「本物」だと思っている。この二人の関係は止めなくてはならないと思っている。
ミヤコさんにしばかれたので、明日からバイトになる。
斉藤ミヤコ
やっと捕まえた。
あと、アクアと姫川の間には「何もなかったわけがない」と思っているが、これ以上追求するつもりはない。(実際は何も起きてないのだが)
アクアの恋心云々の発言は「本物」だと思っている。この二人の関係、果たして止めるべきか迷っている。事実、姫川大輝と出会ってからアクアは以前よりも元気になったのだし。
カミキヒカル
う、うわ〜っ!娘(推し)と息子(敵)が相合傘しながら練り歩いているっ!
近親恋愛はレギュで禁止ッスよね。
殺します。
次回、「ヒビの入った心(視点:星野アクア)」