姫川大輝は逆行する_が、どうにも弟が弟じゃない。   作:ある日の残り香

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 目標は完結すること。
 こだわりすぎてエタるなんて御免だ。
 
 それにしても、ルビーと姫川さんを仲直りさせたい。
 一体どうすれば……
 まあ、明日のわたしがなんとか考えてくれるでしょう。
 


第十六話【ヒビの入った心(視点:星野アクア)】

 きっと、これは夢だ。

 私はかつてホームページで見た顔の男、カミキヒカルと対面している。波の音が聞こえるそこで、私は緊張感に晒されていた。

 私が何かを口にすると、カミキヒカルの笑みは歪んだ。私は、ナイフを取り出した。彼はそれでも余裕そうにしていた。

 だが、私が自分の腹を突き刺すと、彼の顔から余裕は消えた。そのまま、私は彼に突撃した。そして、海に溶けていく。

 

 場面が切り替わる。

 今度私はどこかの廃ビルの屋上に立っている。ここでも、波の音が聞こえた。目の前にはカミキヒカルと、意識のないルビーがいた。私の腹部からは、血が流れ続けていた。

 彼は何かを言うと、私にナイフを差し出す。私は受け取ったそのナイフを捨て、彼と共に海へと溶けていった。

 

 そんなやりとりが、シチュエーションこそ変われど繰り返し映し出される。不思議な夢だった。私は夢の中で幾百もの死を疑似体験した。幾百もの殺しを疑似体験した。

 

 海に溶けていく中で、私は最初こそ苦しみに喘いだが、気づけばその冷たさや息苦しさが心地良くなり始めていた。

 

 

 

 目を覚ます。私の部屋だ。私はベッドから起き上がると、鏡を見た。ひどい顔だ。目の下は腫れている。夢の内容も、ほとんど忘れてしまった。覚えているのは、海の心地よさだけ。

 

「疲れたな……」

 

 私の脳裏に浮かぶのは、昨日の出来事。ルビーからの拒絶だ。私の悪ノリ、軽率な嘘が原因で妹との間にあった全ての関係、絆を壊してしまった。

 ルビーはもう収録に出かけたらしい。私は、ひとりぼっちだった。心が苦しかった。海に溶けて、消えてしまいたいほど心が空虚だった。

 

 そんな私の元へ、電話がかかってくる。あかねからだった。

 

「もしもし……」

「アクアちゃん、大丈夫?」

「うん、平気。」

「……私の前では強がらなくていいんだよ、アクアちゃん。姫川さんから聞いたよ、今……辛い?」

「……うん、辛い。」

 

 涙が溢れてくる。17にもなったのに、こんなことで大泣きしている私が情けなくてたまらないが、それでも涙を止めることはできなかった。

 そんなとき、誰かの声が聞こえた気がした。

 

「泣いていれば解決するわけじゃないだろ。星野アクア。いつまで足踏みをするつもりだ。お前さえ覚悟を決めれば、復讐は完遂できるだろう。犠牲が出ないことに拘るな。」

 

 見回すと、部屋の隅に黒い影のような男が立っている。

 

「ひっ……!?」

 

 私は短く悲鳴をあげ、尻餅をつく。

 

「アクアちゃん!?大丈夫!?」

「へ、部屋に黒い男が……!!」

「それってス、ストーカー!!?逃げて、アクアちゃん……!!」

「こ、腰が抜けて……」

「今向かうから……っ!!」

 

 電話越しであかねがバタバタと慌ただしく動く音が聞こえた。それから電話が切れる。

 

「あ、あかねぇ……」

 

 心細さや恐怖から、電話が切れたことへの嘆きが漏れた。

 

「目を逸らすな。」

 

 男は動かない。ただ、私の前に立つだけだ。

 

「お前は、誰だ?お前は、なんのために生きているんだ?」

 

 それはそう問いかけ続ける。その影は、姫川さんに似ているように一瞬だけ思えたが、全くの別人だとすぐに気づいた。

 

「私は星野アクア、それ以上でも以下でもない……あなたこそ誰なの!幽霊?」

「……思い出せ。思い出すんだ。」

 

 それが言葉を発するたび、私の心の表面を何かがざらざらと這うような感覚があった。それは、心に入ったヒビの中から這い出してきているような、不快な感覚だった。

 

「思い出せって……一体何を……」

「さりなちゃんを、これ以上泣かせるな。苦しめるな。お前が、代わりに復讐を果たせ。」

 

 その影が、私に手を伸ばす。私は恐怖から目を瞑った。

 

 ちょうどそのとき、インターホンが鳴った。目を開けると、そこには誰もいなかった。

 

「なんなの……本当に……」

 

 

 

 私は玄関に向かい、ドアを開けた。そこには、あかねがいた。

 

「アクアちゃん大丈夫!?」

「う、うん。疲れて幻覚を見てたみたい。」

「すごい汗……ちょっと失礼するね。」

 

 あかねの冷たい掌が私の額に触れる。

 

「すごい熱……大丈夫じゃないよ、解熱剤はある?」

「そこの棚に……」

 

 あかねは棚から解熱剤などを取り出すと、私を部屋まで運び薬を飲ませて横にさせた。

 

「ごめん……迷惑かけて。」

「いいんだよ、私これでもほら。アクアちゃんの恋人だし。」

「……ありがとう。」

 

 私は、罪悪感で胸が苦しくなった。

 あかねの愛に、私は応えられているという自信がなくなっていたからである。宮崎に行ってから、日に日にあかねへの感情から熱を帯びたものが消え、穏やかなものへの変わり始めていたことを、私は気づいていた。恋が解けて、変わってしまったことに気づいていて、知らないふりをして、あかねと一緒にいた。

 

「あかね……私、あかねの善意にばかり甘えて……」

「……いいんだよアクアちゃん。このあと、少しでも熱が下がってきたら病院に行こうね。」

「……何から何まで、ごめんね。」

 

 だんだんと瞼が重くなってきて、私は目を閉じた。

 

 

 

 目を覚ますと、そこには変わらずあかねがいた。

 

「あれ……あかね、仕事は?」

「恋人がこんな状態じゃ、私は演技に集中できないよ。」

 

 彼女はそう言って笑った。

 

「悪いよ……私のせいで、あかねの仕事にも迷惑をかけて……」

「いいの。今、姫川さんが色々買ってきてくれてるからね。」

「姫にいも……」

 

 私は、自分の存在が疎ましいと感じた。私が体調を崩したせいで、あかねと姫にいに迷惑をかけている。その体調不良だって、元はと言えば自分の軽率さが招いたことのようにも思える。だからこそ、さらに心に堪える。

 

「あかね……あかねにとって、私って何?」

「どうしたの、急に?って、身体を壊してる時は心も不安定になるもんね。心配になっちゃったのかな。恋人だよ、大切な。可愛い可愛い私の恋人。」

「……私は、あかねのことを恋人だと最近自信を持って言えない。私ばかりが甘えていて、私ばかりが施されて、私ばっかり迷惑をかけて……あかねのことも、全然知らなくて。」

「……そっか。」

 

 あかねの手が、私の額を撫でる。

 

「大丈夫だよ、アクアちゃん。私はアクアちゃんが私を愛していなくても、アクアちゃんのことを愛し続けるから。」

「……愛しては、いると思う。」

「そう、ならよかった。」

 

 あかねは微笑みを私に向ける。私は、あかねに恋をしている自信はなかった。それでも、愛してはいた。だが、その愛もまるで……

 

「アイに向けた愛情。子が親へ抱く感情みたいだな。アクア。」

 

 また、部屋の隅に黒い影が現れた。私が呆然とそちらを見ていると、あかねもそちらを向く。だが、あかねにはそれが見えていないようで、不思議そうに首を傾けると私の方へ向き直る。

 

「大丈夫?アクアちゃん。」

「……ぁ、うん。また幻覚が見えているだけ。」

「__それって、どんな幻覚?」

 

 あかねから聞かれたから、私は応えた。真っ黒で、姫川さんに似ているけど確実に違うと言い切れる容姿。メガネをかけていて、服は白衣と思しき長い物。

 そこまで説明すると、あかねは口を開く。

 

「雨宮吾郎なのかもね。」

「雨宮吾郎……?」

 

 耳に覚えのない名前。そのはずなのに、どこか懐かしい名前だ。

 

「うん、お医者さんだよ。アクアちゃんが高千穂で赤ちゃんの頃と、前回みんなで行った時に見たっていう幽霊。17年前に亡くなったんだって。」

「そう、なんだ……私の記憶がない間に、そんなことが。」

 

 胸がざわついた。何も覚えていないのに、何もわからないのに。

 

「不思議な話だね、その人アクアちゃんに何を望んでいるのかな。もう、死体は見つかったのに。」

「……。」

 

 それからしばらくの間、幽霊は私の部屋に現れた。だがこちらを見つめるばかりで、何も言わなくなってしまった。

 私の体調悪化に伴い、復讐の計画はまた停滞に入った。

 

 

 

 精神疲労による発熱だったため、数日しっかりと休めば体調は概ね回復した。日常としては、相変わらずルビーとはすれ違ってばかりで話す機会はない。ルビーは宣言通り、私のことをもう完全に嫌いになってしまったようだ。私はこれまで通り、マルチタレントとして細々と活動を続けた。バラエティへの出演、ドラマの脇役、そのほか様々な活動。私は芸能人として仕事を続けている。

 ただ、ここ一年ほどの間はその弊害というべきか、学校で声をかけられることが多くなった。正直、ストレスである。そうしてストレスが溜まるたびに、私はあかねや姫にいに甘えた。二人がいない時は、GPSを確認しながら何も考えずに海の動画を眺め続けた。

 そうだ。発熱は治ったが、精神はいまだに回復していないのである。高校2年生。皆が青春を最も楽しむ時期、私は少しずつ、クラスから遠のいて行った。居心地が悪かったから。もっとも、芸能科ではなく普通科のため、私は仕事以外で授業を休むわけには行かなかったため、授業だけは受けていたのだが。

 

 疲れ果てて事務所のソファに腰掛けていた私の隣に有馬がやってきた。少し上機嫌に見えた彼女は、私の横で自慢げに話し始める。

 

「アクア、私ね。今度映画で主演をすることになったの。」

「おー、やっと世間が有馬の良さに気づき始めたんだね。」

「なっ……そんな素直に褒めなくても……」

「ふふっ、最近ちょっと疲れてるからさ。嬉しいニュースは大歓迎なんだ。」

「素直に褒めてくれるのは嬉しいけど……疲れてるのって、ルビーのこと?」

「うん。でも、私のせいだから。」

 

 まただ、「私のせい」が最近口癖になりかけている。

 

「呆れた、いったい何があったの?私、詳しいこと知らないからあんまり口を挟めない立場なことはわかってるけど……でも、全部が全部あんたのせいってわけじゃないでしょ?」

「……私がルビーが心配だって話をダシにして姫川さんとデートしてたことがバレたの。」

「……。」

 

 有馬がなんとも言えない顔でこちらを見ている。

 そうだ、私は恋人がいる身でありながら、妹のことをダシにして浮気をした最低な女だ。それも、相手は実兄である。

 

「それ、嘘が混じってるわね?アクア。」

「そんなわけないじゃん」

 

 おかしなことを言うものだ。私が嘘をついただろうか?

 

「あかねから聞いてるのよ。最近のアクアは、何事も自分が悪いと言う方向に認知を歪める癖があるって。」

「なにそれ、初耳なんだけど。」

 

 私にそんな癖はない。あかねの勘違いじゃないだろうか。

 

「あなたのやってるそれ、反省に見えてただの自傷行為よ。それをやってるうちは、何も好転しないわ。そもそも、実兄とデートなんて現実的じゃないでしょ。あんたのことだから、弱音を吐いたり悩みを聞いてもらったりしてただけなんじゃないの?」

「……。」

 

 そう言われてみれば、そんな気もする。アレ?

 

「__ねえ、アクア。気分転換に私の出る映画の見学に来ない?」

「そういえば、どんな映画だっけ?」

「海辺の村で、幼少期に両親を亡くして天涯孤独の身となった少女が成人を機に自分の本当の居場所を探す……って話。」

「難しそうな映画だね。」

「ロケ地の村が綺麗なところなのよ。村の最北部には切り立った崖があるんだけど、そこからは広大な海を一望できるわ。気分転換にはいいんじゃないかしら?」

 

 海。私は、その響きに惹かれた。

 

「……行く。」

 

 なぜ海に惹かれるのか、それはわからない。

 ただ、心がなんとなしに惹かれるのだ。

 

 

 

 時は先日に遡る。その男は電話越しに有馬かなへ、彼の事務所から苺プロに回した映画の仕事についての説明を行なっていた。

 

「__という作品だよ。ああ、そうだ。景色が綺麗なところだから、もしよかったら友達を見学にでも呼んだらどうかな?監督には話を通してあるよ。」

「ありがとうございます。見学、ですか。少し考えてみますね。」

 

 電話を切ると、カミキヒカルはスマホでアクアの映る番組の視聴ボタンを押した。

 

「いやぁ、まさかアクアが輝きを取り戻すとはね。嬉しい誤算だ。」

 

 彼は笑みを浮かべる。画面の中の星野アクアは、一見これまでのアクアと同じだ。だが、彼には彼女が嘘で塗り固められた存在に戻りつつあることに気づいていた。だがそれよりも彼は、アクアの変化に心を奪われつつあった。不変であるものを求めていたはずの男は、愛娘の変化を面白がっていた。

 

「ふふっ……アクア、これは僕からのプレゼントだ。どうか、美しい自然の景色で心を癒しておくれ。君の名前にもついている、海の景色で。」

 

 彼はスケジュールを確認する。そろそろだ。蒔いた種が発芽するのは。

 

「そしてアクア。きみが遠くで心を癒している間に……君の愛した男はゆっくりと死ぬんだよ。その時きみは、どんな表情を見せてくれるのかな。もし行かなければ間に合っていたかもしれないのにと嘆くんだろうか。楽しみだね、アイ。」

 

 カミキヒカルはくつくつと笑う。

 

 

 

 有馬かなの撮影に星野アクアが見学として同行する前日の夜。姫川大輝が家に帰ると、何かが郵便受けに刺さっていた。姫川大輝は不審に思ってそれを取り出す。

 

「……ファンレター、じゃあなさそうだな。」

 

 それは封筒だった。彼は自分の部屋に入るとその中身をあらためる。中には、写真が10枚と、手紙が一枚入っていた。

 

「__。」

 

 写真は全て、同じ人物が映し出されていた。それは、星野アクアだ。彼女の学校での制服姿、体操服姿、下校中の姿、オフの日の姿。全てが盗撮だ。警察に通報しようと思いスマホをとったタイミングで、彼は手紙の内容に目を通す。

 

「クローゼットは掃除しておけよ。」

 

 そういえば、あの封筒……郵便受けへの刺さり方が妙だったような気がする。たとえば、そう。内側からねじ込まれたような。

 姫川大輝は、クローゼットの方へと振り向いた。




星野アクア
 心にヒビが入ったことで、心の奥底に眠った雨宮吾郎が蘇りつつある。冒頭の夢はただの悪夢です。ただの、悪夢です。
 ルビーから嫌われたショックで自分の行動への認知が狂い始めており、すべて自分が悪い方に記憶を改竄してしまう癖がつき始めた。姫川に抱きしめられでもしない限りは回復しない。
 最近、海に惹かれる。

雨宮吾郎(悪霊)
 さりなちゃんの悲しむ声が聞こえたため、心にできたヒビから這い出してきた。地獄の底から復活。
 アクアへのリベハラ(リベンジハラスメント)を行う。

黒川あかね
 アクアの精神が良くないことになっているとは気づいているが、病院に入れることは難しいと諦めている。アクアは嘘が上手くなったから。
 原作だともうそろそろナイフ特攻の時期。まだGPSには気づいていない。

有馬かな
 アイドルとしてはやっていくことには諦観しかないが、アクアが応援してくれるうちか、少なくとも18歳のうちは頑張ろうと思っている。
 アクアの精神が弱っていることには流石に気づいており、善意で見学に連れ出そうとする。

姫川大輝
 命がピンチ。

カミキヒカル
 アクアはよく変わるから面白いなぁ〜!推せるなぁ〜!最近、昔の推してた頃の様子に戻ってきたけど、ここで姫川大輝を殺したらどんな変化が起こるんだろう!やってみなくちゃわからない、大科学実験で!!
 アイを感じるために殺すのはルビーの方に決めた。アクアはアクアでその変化を推し続けたい。

斉藤壱護
 社長業を請け負うバイト。

斉藤ミヤコ
 ルビーとアクアのマネージャーを担当することにした社長。

星野ルビー
 気まずくてアクアと仲直りできてない。
 姫川大輝は嫌いだが、それが嫉妬であることを受け入れ始めている。

MEMちょ
 有馬かなが病んでない分、原作よりはマシな精神状態であるが、胃痛はすごいし虚しさも抱えている。
 アクアセラピーの受診者。



次回「星空」


余談:実はこの章、ストーカーが多い。
・カミキヒカル(アクアの追っかけ)
・星野アクア(ルビーをストーキングして、壱護さんを確保)
・星野アクア(GPSを確認している)
・ストーカーくん(アクアを盗撮&姫川の家に潜んでいる)
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