姫川大輝は逆行する_が、どうにも弟が弟じゃない。   作:ある日の残り香

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 私が復讐者の女の子が好きだというのは1話で話したと思います。そのきっかけになったのは、思春期に摂取した『被虐のノエル』という作品が原因だと思います。アニメ化、まだですかね?
 
 さて、皆様ここまで一週間と少しの間ではありますが、この作品を追いかけてくださりありがとうございました。それでは最終話【運転席に座るのは】、どうぞお楽しみください。
 


最終話【運転席に座るのは】

「どこまで行くんだ?」

「ついたらわかるよ。」

 

 初心者マークがついた一台の軽自動車が、まだ暗い夜道を走り続ける。俺の横には、免許を取ってからまだ日の浅い妹が少し緊張した面持ちでハンドルを握っていた。

 ある冬の未明。俺たち以外、誰もいない。なんの音も聞こえない。まるで、世界に俺たち以外いないかのような錯覚をするほどの静寂。全てが眠って、朝を待つこの世界を俺たちはエンジンの稼働する静かな音をもって切り裂いていく。

 

 

 

 1時間ほど走り続けただろうか。アクアが駐車場を見つけ、慎重に車を止める。車を止めると、軽く伸びをしてからエアコンを消し、エンジンを止めた。

 

「多分外寒いよ、ちゃんとコート着てね。」

「ああ、もちろん。」

 

 俺は車から降りると、その場所がどこかを理解する。鼻に触る潮の匂い。反復するザザアという波の音。

 

「……なるほど、そういうことか。」

「うん。そういうこと。」

 

 アクアが俺の手を引いて歩いていく。冬の寒さのせいか、その頬は赤く染まっていた。口から漏れる息は白く、大気中にに霧散していく。アクアの身体は震えていた。それは寒さもあるだろうが__

 

「……まだ、海は怖いか?」

「__うん。でも、私はそれを克服するためにここには来たんだ。」

「この時間ってことは……」

「うん、日の出を見に来た。ちょっと早かったみたいだけど。」

 

 アクアは先の事件以来、俺が海の底へ沈んでいく夢を頻繁に見るようになった。その度にアクアは俺の元へやってくると、俺が生きていることを確認する。そして、だんだんと海への恐怖心を抱くようになったのだ。有馬が言うには、海が好きだと言っていた時期があるらしいが、それを反転させるほどの傷を俺はアクアに与えてしまったのだろう。

 

 アクアは、少しずつ海へと近づいていく。押し寄せては砕け、溶けていく波によって飛沫がわずかに皮膚に触れる。

 

「私の本名、星野愛久愛海にも海は含まれている。ひどいキラキラネームではあるけど、それでもあのアイが子供のためにって頑張って考えた名前でもあるんだ。」

「俺の名前はカミキヒカルからとった疑惑があるから、そういう綺麗な由来はちょっと羨ましいな。」

 

 なんて、自虐気味に言ってみる。アクアは笑わない。

 

「流石にもう「姫にい」なんて呼ぶ年齢じゃなくなってからは大輝とか兄さんって呼んでるけど、嫌だった?」

「いや、アクアから呼ばれるなら俺はどんな呼び方でも嬉しいさ。」

「私は好きだよ、大輝って名前。由来がどうであれ、大好き。」

「……ありがとな、アクア。」

 

 アクアが向けてくる純粋な好意が、少しくすぐったい。こいつは20歳になった今も、俺には変わらず甘えてくる。

 

「……大学はどうだ?」

「なんとかついていけてる。私はテレビの仕事もルビーほどは多くないからね。」

 

 アクアは、受験をして医学部のある大学に進学した。どうやら、俺たちが知らない間に猛勉強をしていたようだ。理由を聞けば、「もし目の前で誰かが刺されても、助けられるように」とか、「可能な限り多くの命を救いたいから」なんて優しいアクアらしい理由だった。

 

「……流石に足だけでも海に入るのはまずいかな?」

「冬だぞ、風邪ひいちまうよ。」

 

 アクアは俺といる時、精神が比較的に安定する。たとえトラウマである海を前にしても、こんなふざけたことを言えるくらいには。

 

「……ん、あかねからだ。」

 

 アクアは俺の方に駆け寄ると、横に立ってスマホのセルフィーを撮影する。

 

「どうした?」

「いや、あかねが今どこって聞くから。」

「わざわざ俺とツーショット撮る必要あるか?」

「大輝いないのに海になんていたら、あかねが心配するでしょ。だから安心させるためだよ。」

 

 アクアと黒川の関係は相変わらず良好なのだが、アクアが俺にべったりで少し心配になる。黒川は気にしていないようだが、恋人がきょうだいにべったりで……なんていうのは世のカップルでは十分破局事由になり得るのではないかと思うのだ。

 

「……どうしたの?大輝。」

「いや、なんでもない。それより、そろそろ日の出だ。」

 

 俺とアクアは横並びになって、日の出を待った。

 

 

 

 水平線の向こうから、日は昇ってきた。その光が少しずつ海を照らし、この暗闇に満ちた世界を明かしていった。黒かった世界には赤らむ空と、それを反射する青い海が現れる。

 

「大輝みたいだね、どんな時でも海(私)を暖かい光で照らしてくれる。」

「それを言うなら、茜色の空もそうだろ。お前はもっと黒川にも感謝したほうがいい。」

「あかねには普段から感謝してるもん。あと、大輝には秘密にしてるけど、ちゃんと恋人らしいことをしてるよ。」

「……そうか、ならよかった。」

 

 恋人らしいことってデートだよな?

 

「……なに見てるの?えっち」

「なんでそうなるんだよ。」

 

 それについては考えないことにした。

 

「__ちなみに私がネコね。」

「ちょっと黙ろうか、アクア。」

 

 聞きたくなかったな、そういう事情は。

 

 俺が黙っているとアクアが今更恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤に染めた。そして、気まずい静寂が流れる。

 

「……。」

「……。」

「た、大輝。なんか話そ?」

「お前が気まずい空気にしたんだろうが。」

 

 ペシっと頭をこづく。アクアは「DVだ!」などと言ってるが、これくらいは許されるだろう。

 

「……それで、海はどうだ?アクア。」

「うん。少しだけ、好きになれたかも。」

「そうか、ならよかった。」

「__でもちょっと怖いかな、やっぱり。」

 

 アクアが俺に抱きついてくる。俺はそのあからさまな態度にため息をつきつつ、その頭を優しく撫でてやった。

 

「何歳になってもブラコンだな、お前は。」

「大輝だってシスコンじゃん。」

 

 世間の俺のパブリックイメージはシスコン俳優である。大体有馬とMEMとルビー、それからアクアによるSNS投稿のせいだ。アクアが甘えてきたタイミングで甘やかすと、そこを撮られる。そしてそれをSNSに上げられる。

 バラエティなんかに出ようものなら、確実にシスコンネタでいじられる。いや、「星野アクアの出演している作品10個答えろ」とかを平気でクリアしてしまったのもそれに拍車をかけたのだが……。

 

「……大輝、大輝はいなくならないでね。」

「寿命までは生きてやるよ、だからお前らも長生きしろよ?」

「うん。約束。」

 

 

 

「ほんと、まるで夫婦みたいにお熱い兄妹だね。」

 

 そんな様子を、少し離れたところから白い髪の少女が眺めていた。

 

 

 

 俺とアクアはその後、帰路につく。帰りの車内では、思い出話に花を咲かせていた。

 

「大輝、私をはじめて見た時なんて言ったか覚えてる?」

「……いや、悪気はなかったんだ。女の子だとは思わず。」

「まあ、今も昔もぺったんこだし。大輝は女の子をおっぱいでしか見てないもんね?」

「いや、顔とケツも重要視してるぞ。」

「……事故ろっかな。」

「早まるな。」

 

 始まりは、東ブレ。アクアにとってはあそこが俺との出会いだった。俺にとっては、アクアとの再会だった。そうだ、前世の記憶があったんだ。俺には。

 

「……アクア、俺さ。」

「なに?」

「俺は前世で、アクアを失ったんだ。」

「……前言ってたね、前世とかなんだとか。まあ、私も前世には理解はあるほうだと思うよ。実感はなくとも、記憶はあるから。」

「俺の前世では、アクアは男の子だった。アイとカミキヒカルの暴露映画を撮ったんだが、カミキヒカルに殺されてしまってな。」

「……そっちの私は、そういう道を選んだんだよね。」

「俺は結局、弟……アクアの死が受け入れずに自殺しようとしたんだ。で、気づいたらあの日の朝だった。」

「そこが私たちとは違うんだよね。大輝は。私たちは、前世と地続きの世界で生まれた。ルビーは天童寺さりな、私は……いや、なんでもない。まあでもとにかく、前世の私たちはアイの出産前にどこかで亡くなって、今の私たちに魂が宿った形になるのかな。」

「……ルビーははっきりと前世から同一性を感じているようだが、アクアは違ったのか?」

「うん。一回記憶を失ったからか、どうしても他人事に思えちゃって。まるで個人撮影の映画を見たかのような感覚だった。ある人間の一生が、主観視点で再生された記録、記憶だけが確認できる感じ。正直、気まずいからあんまり思い出したくはないかな。」

「そうか。」

 

 前世にも色々あるんだな。

 

「……アイやカミキヒカルが転生することも、あるのかな?」

「__どうだろうな、そればっかりはわからない。でも。」

「うん、大輝が言いたいことはわかったよ。」

 

 せっかく生まれ変わったなら、新しい人生を楽しんでほしい。過去に引きずられず、幸せに生きてほしい。

 

「カミキヒカルは……俺たちの親父は、どうしようもない殺人鬼だった。でも、それは最初からじゃない。いくつもの歪みが、最悪の形で形成した人工の悪魔だったんだ。」

「うん。今ならわかるよ。」

「それに、人間が一生に抱えられるしがらみなんて、せいぜい人生一回分なんだ。二回分なんて抱えたら、俺やルビー、記憶を失う前のアクアみたいにどこかで狂っちまう。」

「そうだね……。」

「だから、もし神様ってのがいるんなら……転生なんて、させないでほしいよな。」

 

 ふと、心の中から漏れた本音だった。たしかに前世の記憶があったおかげでアクアを救えたことは俺にとって幸福であり、大きな魂の救済だった。それでも、俺は今幸せなはずなのに、どこかで救えなかった「弟」に負い目を感じてしまう。

 

「……大輝、難しい顔してるね。」

「ああ、ちょっとな。」

 

 アクアにも、その心の中を察されてしまった。役者だと言うのに、ポーカーフェイスが下手になったものだ。

 

「……。」

 

 アクアが、路肩に車を停める。それから、シートベルトを外すと俺を抱きしめ、頭を撫ではじめた。

 

「アクア?」

「__大輝、人生っていうのは一生分の劇場なんだよ。多くの人は、その役だけを持って舞台に上がるけど、私たちのような前世の記憶持ちは、お行儀悪くもう一つ余分な役のお面を持って舞台に上がっちゃうんだ。」

「余分な役の、お面か。」

「確かに、そのお面のおかげで輝く場面もあるかもしれない。それでも、ずっと手にお面を持っているわけにはいかないんだ。手が塞がっちゃうから。」

「……。」

「ルビーは、前世のお面で舞台に立った。私はお面を捨てて、素顔で舞台に立っている。そのおかげで私たちは一つの役だけを演じる役者になった。両手も空いた。」

「俺は……」

「大輝は、どっち?前世の大輝か、今世の大輝。これからはどちらで生きていくの?」

 

 

 

 気づけば俺は、暗い空間に立っていた。その空間には、座席が一つあり、対面する先にはもう一人の俺がいた。

 

「お前は、前世の俺か。」

「そういうお前は、妹を救った俺か。」

 

 一生分の舞台に上がれるのは人間一人につき、一人だけ。その理屈に従うならば、俺とこいつのどちらかは消える定めなのだろう。あるいは、消えなければ苦しみは消えないのだろう。

 

「俺を消せ、俺はもう疲れたんだ。弟の元へ行きたい。」

 

 前世の俺がそう吐き捨てた。

 

「お前は、俺とアクアを見ても何も変わらなかったのか?」

「変わるわけがないさ。俺は弟と向き合う時間すらなかった。記憶に残ってる限り一度だけだ、兄らしいことをできたのは。お前と俺は、違う。」

「……だが、お前の記憶があったからこそ、俺はアクアを救えたんだ。」

「それはわからないだろう、俺を買い被りすぎだ。」

「いや、断言する。俺はお前のおかげで妹を救えた。」

「でも俺は弟を救えなかったんだよっ!!」

 

 前世の俺は、叫び散らし泣き叫ぶ。

 

「俺は何も知らずに生きてきてしまった。その結果、クソ親父に俺の弟を殺された!!俺なんか、幸せになる権利はない、その幸せな世界で生きるべきじゃないんだよっ!!!」

「幸せになる権利がない奴なんて存在しない。アンタはたしかに弟を救えなかったかもしれない。だが……俺にそれと同じ轍を踏ませないようにしてくれたじゃねえか。」

 

 俺は、前世の俺の前へと歩み寄った。そして、その腕を掴んだ。

 

 

 

「__俺は、どっちも選ばない。全部俺だ。たとえ苦しくても、片手が塞がろうが……俺は、俺と俺の妹を救ってくれた恩人を舞台袖に置いて行きたくねえ。そいつの手を、掴んでいたい。」

「……そっか。」

「ありがとな。アクア。おかげで、俺は自分で決められた。」

「ううん、私は何もしてないよ。決めたのは、大輝なんだから。」

 

 アクアは、素晴らしい答えを聞いたとでもいうかのような表情で笑うと運転席へと戻り、シートベルトをつけた。

 

「それじゃ、エンジンかけるよ。」

 

 車がもう一度走り出す。世界は、目を覚ましはじめていた。

 俺の不安定な心は、手を握り合うことでついに安定した。

 

 他人より一本少ない俺の腕で、この先何を成していくのか。

 それは、これから決めていくのだ。

 この人生の中で。

 

 

 

 

 

『姫川大輝は逆行する__が、どうにも弟が弟じゃない。』 完

 




 ここまで軽い文庫本一冊程度の文量を読んでくださり、ありがとうございました。

 小説を書くのは初めての経験でしたから、読みづらいところも多々あったと思います。
 それでも、ここまで読み進め、楽しんでいただけたというのなら幸いです。

 世間がどう言おうと、私は『推しの子』という作品を、そしてキャラクターたちを愛していました。その思いを、こんな私利私欲に塗れた形ではあっても表現し、同じく『推しの子』を愛している皆様と共有できたことを、私は大変嬉しく思います。

 それでは皆さん、ごきげんよう。
 また会うことがあれば、その時はまた。
 


姫川大輝
 免停になってから、やはり車を運転する気は起きずに、再取得を行なっていない。かつての傷は癒え、今も役者として精力的に活動している。
 前世の自分も俺であり、同時に恩人でもある。彼の心が癒えるまで、最期までこの世界を共に生きていく。
 アクアやルビーとの関係は良好であるが、アクアに対しては過保護だと揶揄されることも多い。ルビーは呆れながらもアクア同担として、そして兄として信頼している。
 アクアから、芸名を「星野大輝」にしないかと提案され続けている。

星野アクア
 大学2年生。細々とではあるがマルチタレントとしても復帰。相変わらず姫川に甘えている。
 前世は前世だと割り切り、今は「星野アクア」として生きることに決めた。それはそれとして、雨宮吾郎の記憶から影響を受けて、ルビーの前世である天童寺さりなへの同情と、今アイドルとして頑張っている彼女の道程に感慨深くなっている。
 成人したので、あかねとの間で"そういうの"を解禁した。初回で逆転されて、それ以降ずっとネコ。
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