姫川大輝は逆行する_が、どうにも弟が弟じゃない。   作:ある日の残り香

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カミキヒカル「うぁぁぁ!ひ…姫川愛梨が舞台を練り歩いてる!」

 オマケ第二弾。
 逆行先でTSしてるのがアクアじゃなくて姫川さんのIF世界線。
 だいぶ本編と違うルート。
 あんまり納得がいく出来じゃない。誰か代わりに書いて欲しい。
 
 
 ハッピーエンドではない。
 
 
 


オマケ②【逆行したらお姉ちゃんだった】

第一話【姫川大輝は逆行する__が、どうにも自分は兄じゃない】

 

 俺の名前は姫川大輝。

 かつては天才俳優だなんだと持ち上げられており、成功しているように見えたが、実生活においては大切なものをほとんど奪われるだけの惨めな人生を送った男だ。

 最初に両親、そして……血の繋がった弟。その両方を同じ人間に奪われた。

 

 などと、薄暗い部屋で声には出さずに振り返る。

 あまりにもネガティブな分析ではないかと、友人たちが聞けば慰めようとするだろう。喪失感という古傷を疼かせながらも、これ以上失わないために。

 だが、今この部屋には誰もいない。それが正しい姿なのだと思う。俺は腐っても天才役者だ。どれだけ精神が壊れていようが、アレから5年も経てば、少しは取り繕う演技ができるようになった。その甲斐もあってか、不安だからとこの部屋に押しかけてくる連中も減った。不安に思われたのは、一時期の俺の言動やSNS運用のせいなのであるが。

 

 俺は今日、ここでこの人生を締めくくるつもりだ。何もない、この殺風景な部屋で。家主には、多大な迷惑をかけることにはなるだろう。せめて処理が行いやすいように一昨日から断食を行った上、床には防水マットを何重にも敷いた。

 天井からぶら下がる麻縄が、俺を待ち焦がれるかのようにゆらゆらと揺れていた。俺はそろそろかと思い、関係各所へのメールを送信すると、踏み台に登り、麻縄に手をかけた。

 

 

 

 しかし、次の瞬間には麻縄は消えていた。それどころか、俺はベッドの中にいた。混乱しつつも、辺りを見渡す。見覚えはある気がするが、見知らぬ女の部屋を視界に収めると、俺は家主を探してベッドから起き上がる。ベッドからは、いいシャンプーの匂いがした。

 しばらく歩くと、俺に似た容姿の女の子と向き合った。ほほう、髪の毛はボサボサで、部屋着もだらしなく着崩してはいるが、身長は高くスレンダーで、かなりの上物だ。磨けば舞台上に立っていても遜色ない。

 いや、そんなことはどうでもいいんだ。俺の現状を知りたかった。俺は自殺を試みようとしたが、気づけばこの部屋にいた。もしかすると、部屋で倒れていた俺を見つけてこの女の子が部屋まで運んで寝かせていてくれたのかもしれない。感謝ぐらいは伝えつつ、現状を知ろう。

 

「なあ、すまんが……」

 

 その声は俺の口からした。俺の口から出るはずのない、女声。目の前の女の子の動きは、俺とリンクしていた。寝ぼけ眼を擦り、俺は目の前の女の子に注目する。

 

 それは、鏡だった。

 

 鏡は自分を写すもの。

 

 つまりこれは__

 

〜♫

 

 電話が鳴る。走馬灯の中でも電話は鳴るのだななどとどうでもいいことを考えながら、俺は電話をとった。

 

「……。」

「もしもし?姫川?おい、無言電話か?」

「はい、姫川です。なんですか金田一さん。」

「なんですかって……今日は『東京ブレイド』のスタッフさんで顔合わせをする日だって言ったよな?!もう時間過ぎてるぞ!早く来いバカタレ!!」

 

 そう説教されながら、電話が切れた。このあたりから、俺の額には変な汗が出始めていた。通話が終わると、スマホには今日の日付が表示される。それは、まさしく『東京ブレイド』の顔合わせの日。初めて、弟と会った日付だ。まさか、本当に……いや、本当にそんなことがあり得るのか?

 俺は、逆行した。時を遡ったのだ。

 

 ……もう一度鏡を見た。女の子が写っている。

 

「……。」

 

 俺は恐る恐る、自分の陰部を確認する。

 

 __俺の人生を共にした愛刀は、この世から姿を消していた。

 

「なるほど、『東京ブレイド』の時まで時間は戻ったが、オレのブレイドはなくなってしまったってワケかい。」

 

 笑えない冗談だ。せめて愛刀をなくした分、おっぱいをもっと寄越せよ。

 

 

 

 俺は手間取りながら身支度を済ませ、家を飛び出す。どうやらこの世界で俺の名前は「上原珠輝(うえはらたまき)」、芸名は「姫川珠輝」というらしい。

 この際、逆行するなら両親が生きていた頃に飛ばしてくれなどと贅沢は言わない。どうせ、その時代に戻ったところで、托卵によって生まれた俺がいる時点であの二人の結末は変わらなかったのだ。流石に男として逆行させてくれとは苦言を呈したいところではあるが。

 いや、そんなことよりだ。今ならまだ、弟は__アクアを、救える。俺は大人で、アクアが死ぬ日もおおよそわかっている。クソ親父に殺されたが、一矢報いたあの日を。

 アイツがいつから、クソ親父の存在を知って"あの映画"という復讐を思いついたのかは知らない。だが、あの映画を製作さえさせなければ、クソ親父……カミキヒカルが俺の弟を殺す可能性は下がる。

 カミキヒカルには、いくつかの余罪があったはずだ。クソ、こうやって過去に戻れるなら、辛くとも全ての記事を読むべきだった。アクアの奴が行動を起こす前に、カミキヒカルの余罪を暴く。あるいは、奴の標的をアクアから逸らす。それが俺の目的になった。

 

 ようやく、顔合わせの場……Bスタジオに辿り着いた俺は肩で息をしながら現場入りする。もう一度会いたいと、そう願い続けた弟が、そこにいるのだと思うと涙が溢れてきた。

 

「遅いわバカモンが……ってなんで泣いてんだ?」

 

 俺のもう一人の親とも言える金田一のおっさんの説教と困惑がこだまする。スタッフたちも泣いている俺を見て混乱している。

 

「悪い、目にゴミクズが入って……」

 

 そんなふうに誤魔化しつつ、顔を上げる。弟を、アクアを探そうと見回す俺をよそに、雷田さんが俺を紹介してくれている。そういえば、前の時は俺はここで居眠りして叩き起こされたんだったな。

 

 いた。

 

 俺の弟だ。

 

 アクアが生きてる。

 

 クールな毒舌家キャラでやってはいるが、妹には激甘で、周囲に女をたくさん侍らせて、その胸のうちに抱えた闇を誰にも気づかれずに持ち続け、最後には殺されてしまった俺の弟が生きてる。

 

 アクアを見て涙を流している俺を見て、黒川が近づいてくる。

 

「姫川さん、大丈夫ですか?」

「いや……あかねの彼氏だよな、その子……アクアだったか。昔オレの飼ってたヒヨコに似ててよ……」

「ひよっ……!!?そ、そうですか。アクアくん、たしかにヒヨコに似てるかもしれないですね。」

「オイ。」

 

 これでなんとか誤魔化せただろう。

 

「ああ、悪いな。名乗ってなかった。金田一さんが紹介してくれてっけど……」

「姫川珠輝、業界では知らない人の方が少ないでしょう。よろしくお願いします。苺プロの星野アクアです。」

「ああ、よろしくなアクア。」

 

 こうして、俺は弟とのファーストコンタクトを無事に終えた。

 

 

 


 

第二話【乙女たちの牽制】

 

 本読みが始まる前、俺は台本をサラッと読み直す。俺が女になってる分、もしかすると役も変わっているかもしれないからだ。だが、どうやら何も変化はない。僅かにある胸も本番はサラシで潰して宝塚よろしく男装した俺がブレイド役をするようだ。

 俺の身長はおよそ170。体つきは適度に筋肉のついた、それでいて腰回りやケツなどに確かな女らしさを感じるスレンダー体型。なるほど、確かに2.5次元舞台でイケメン主演をやるなら悪くねえ采配だ。

 

 さて、舞台についての確認はこれでOK。次は現状を整理する番だ。俺は時を超えて過去へと逆行したが、この過去は俺が認識している過去とは異なり、俺が女として生を受けている。それ以外は特に記憶と相違なさそうだ。

 俺の目的は、アクアの復讐……映画の制作を阻止すること。その上で、カミキヒカルの余罪を暴き、弟たちに手を出される前にアイツを塀の中に放り込むことだ。

 

「あの……姫川さん。なんでそんなじっと見つめてくるんですか?」

 

 どうやら俺は思考中ずっとアクアの方を見ていたらしい。

 

「姫川さん、あなたの手ぐせの悪さは知ってますけど、流石に私の恋人を取るのだけは許しませんからね?」

「そーよ!黒川あかねに渡すのも癪だけど、ポッと出の女にはアクアは渡さないわよっ!」

 

 おぉう……黒川と有馬が俺に牽制をかけてる。二人とも可愛いな。だが、俺はブラコンホモではない。誤解は解いておかねば。

 ってか、この話の流れだとオレはどうやら非処女らしいな。ははっ、ウケる〜。おえ。

 

「生憎と、オレはこういう男には魅力を感じないな。見つめてたのは、引っかかるところがあったからだ。んでもって、オレが本当に好きなのは美女なんだよな。有馬、一晩どうだ?」

「お、お断りよっ!」

「姫川さん、かなちゃんを狙うのもやめてね。」

 

 黒川の殺意のボルテージが上がったな?こりゃ、口説く方を間違えたか。

 

「じゃあ黒川がオレの相手をしてくれるのか?」

「オイ、そこまでにしておけ。俺の彼女だぞ。」

 

 アクアが俺と黒川の間に割り込む。自然とこういうイケメンムーブができるから、女の子口説き落として回れるんだろうな。まったく、誰に似たんだか。

 

「ひ〜め〜か〜わ〜!!」

 

 次の瞬間、俺の頭部に強い衝撃が走る。金田一さんの拳骨だった。

 

「ってーな!?オレはこれでもララライの看板役者で、女の子だぞ!?」

「うるせえよ。他所の事務所の連中と彼氏持ちの女に粉かけてんじゃねえ。事務所との関係が悪化したらどうすんだ。それにこの拳骨は愛のある指導、男女平等パンチだ。」

「家庭内暴力じゃねえか!体罰反対〜!!」

 

 ったく、親父(金田一さん)はオレが女でも容赦ナシかよ!

 まあだが、女扱いされるよりは気分は悪くねえ。

 

「……大丈夫か?姫川さん。」

「ん、ああ。慣れっ子だよ。」

「__金田一さんとは親しいのか?」

「オレの親代わりさ。オレは両親と死別しててな……っと、これはお前に話すギリはないよな?」

「……そうか。」

「とはいえ、お前とは他人の気がしねえ。舞台で困ったことがあれば__」

「うぇっへん!!」

「……黒川になんでも聞け。」

「……おう。」

 

 こりゃまずいな。黒川に警戒されてる。

 いやぁ、美女に生まれるってのも厄介だな!

 

「それじゃ、お互い頑張ろうぜ。っても、今日は本読みだけどな。」

 

 アクア、お前を絶対死なせはしない。

 

 

 


 

第三話【飯】

 

 読み合わせの後、俺は有馬を食事に誘った。有馬がメルトを誘い、黒川が有馬を心配し、アクアがメルトを心配してついてきた。鴨志田は来なかった。

 

「オレの奢りだ、好きに食え。」

「じゃあ、ここからここまで。」

「遠慮というものを知らないようだな、アクア?」

「私は……みんなで食べられそうだから、フライドポテト。」

「黒川は遠慮しすぎだ。」

「ふん、いい子ちゃんぶっちゃって。私はこれを。」

「お、俺は……B定食で。」

 

 注文だけでも個性が出る。

 

「……姫川さん、大分食うんですね。」

「ん?まあな。つってもお前ほどじゃねえだろ、アクア。」

「そんな食って、どうやってその体型維持してるんですか?」

「アクア、お前それはデリカシーないんじゃねえか……??」

「いいんだよメルト、別にオレは気にしねえ。」

 

 俺の前には肉ものと油ものが並んでいる。そしてそれらをコーラで流し込む。それを見てドン引きしているアクア、そのアクアの口から出たノンデリ発言を諌めるメルト。信じられないものを見るような目をしてヘルシーなメニューを食べている有馬。

 

「それで、こっからは演技の話をしようぜ。せっかく役者が揃ってんだ。アクアやメルトはあんま慣れてねえだろ?ここで吸収できるもん吸収してけ。」

「……。」

「あと黒川、お前も有馬に負けたくねえんだろ?お前の目を見りゃわかるぜ。なんでも喰らう貪欲さがお前には必要だ。」

「なんでも喰らう、貪欲さ__」

 

 黒川の目が俺の食ってる飯とメニュー表に移った。そういう意味じゃねえ。

 

 今回の食事会は和やかに終わった。やっぱり、仲良くなるには一緒に飯食うのが1番だな。1番いいのは飲み会なんだが、生憎と俺含めまだ全員未成年。大人がいねえんじゃ無理だ。

 帰り際、会計を済ませている俺にアクアがお礼を言いにきた。

 

「姫川さん、今日はご馳走様でした。」

「ん?いいんだよ。若い奴は年上にたくさん甘えて、たくさん食えばいい。」

「……。話は変わりますけど姫川さん、さっき言ってましたよね、俺に対して"ひっかかるところがある"って。」

「ああ、言ったな?」

「何が引っかかるんですか?」

「……お前が悪巧みをやめたんなら、その時に教えてやるよ。」

「__悪巧みってなんのことですか?」

 

 アクアの目が警戒に染まる。

 

「アクア。黒川を泣かせたらお前んちの墓、暴くからな。」

「……っ!」

 

 釘を刺し続ける。その上で、アクアは俺に対する警戒心と興味を強める。俺は結局、調べても調べてもカミキヒカルに辿り着くには遠回りなトラップだ。これら一連の意味深な警告は俺に関心を集めて、アクアの復讐を頓挫させる狙いがある。

 アイについて知ってることを仄めかすのも、アクアの思考を乱すには効果的だろう。アクアたちにとって、アイのことを世間に表明するのは、亡き母を冒涜するに等しい。前世では、適切なタイミング……映画撮影の直前に公開したが、それまでに公開されてしまえば、アクアやルビーにとっては痛手でしかない。だからチラつかせる。実際にはするつもりはないのだが。

 

「ほら、行くぞ。黒川がこっちを訝しげに見てる。」

「……俺、アンタのこと嫌いだな。」

「奇遇だな、俺は好きだぜ?アクア。」

 

 可愛い弟を守るためなら、いくらでも嫌われ役を買ってやるさ。

 

 

 


 

第四話【来ちゃった】

 

 その翌日、俺は五反田監督の家まで来ていた。前世において、アクアの師匠としてアクアを育て、そして『15年の嘘』の監督を務めた人物。

 俺がここに来たのは、ある最悪の仮説を潰すためだった。

 

 アクアに復讐を吹き込んだ人物が、五反田泰志であるという仮説を。

 

 五反田監督は、アクアにとってはおそらく父親のような存在だ。アクアに対して、大きな影響を与えうる存在とも言える。子供だったアクアに、なんらかの思想を植え付けることもできただろう。それこそ、復讐を。

 

 呼び鈴を鳴らすと出てきたのはキャラの濃いおばさんだった。

 

「あら、あなたテレビで見たことあるわ!姫川珠輝ね!」

「五反田監督に用があって来ました。本人、いらっしゃいますか?」

「今呼んでくるわね!」

 

 強そうなオカン、それが彼女への第一印象だ。しばらくすると、目当ての人物が彼女に手を引かれてやってきた。

 

「初めまして、五反田監督。私は姫川珠輝です。星野アクアについて、色々と伺いたく参上しました。」

「早熟について、か。アイツとの関係は?」

「次の舞台で共演するんですよ。共演者の中で、彼だけはこれまでの芸歴があまり確認できなかったので、1番身近だったであろうあなたから色々と伺いたいなと思いまして。」

「……ほーう。だ、そうだが?」

 

 五反田監督が背後に向かって声をかけた。誰かいるのだろうか。そう思い、背後を覗き込むと。

 

「……なんでここにいるんだ。」

「や、アクア。"来ちゃった❤︎"とでも言おうか?……おぇ。」

「自分でやっといて「おえっ」とか言ってんじゃねえよ。」

 

 アクアがいた。そういえば、ここで監督の仕事を手伝ってるとか言ってたもんな。そりゃいるか。蘇我入鹿。

 

「……俺がいない時に嗅ぎ回られても面倒だ。監督が良ければ部屋にあげてやってくれ。」

「ってわけで早熟からの許可も出た。過去作のデータはあるから、見てもいいぞ。」

「ありがとうございます。」

「……あんた、敬語で話せたんだな。」

「オレのことなんだと思ってんだ?」

 

 オレは監督の部屋に上がると、アクアの過去作を見ながら当初の目的である、五反田監督への探りを入れ始めた。

 

「アクアって、同年代の男と比べると結構大人びてる印象あるんですけど、監督何か仕込みました?」

「あぁ?こいつは昔っからだよ。だから早熟って呼んでんだ。ほら、それ。『それが始まり』を観てみろ。結構気持ち悪いぞ。」

「子役に対して最低の褒め言葉だよな、それ。」

 

 アクアの言う通りだ。子役の演技に対して気持ち悪いなんて言うもんじゃない。まったく、失礼な男だ。

 

 

 

「気持ちわりー……」

「褒め言葉として受け取っておくぞ。」

 

 前言撤回だ。このアクアは"気持ち悪すぎる"。

 

「なあ、アクア。お前どんな家庭環境で育ったら幼児のくせにこんなスラスラと社会人並みに喋れるんだ?」

「……。そりゃ、両親が苺プロの社長だからな。」

「ったく、トップシークレットかよ。意味わかんねえ〜。」

 

 流石にその程度の理由だけでこうなるとは思えない。こんな幼児の段階から、精神が成熟しているなんてのは異常だ。異常には、異常な背景があるはずだ。

 

「……この映画、アイも出てるんだな。」

「へえ、アイのこと知ってんのか、姫川嬢……ってそうか。お前は当時の年齢考えると現役でテレビのアイを観てた世代だもんな。」

「まあな、ある程度の裏事情も知ってるつもりだ。」

「……裏事情。」

 

 俺は前世の知識を活かして、五反田監督を暴いていく。これはアクアへの牽制にも繋がる。

 

「風の噂で聞いた話なんだけどな、12年前くらいにアイを題材にした……旧B小町に関するドキュメンタリー映画が企画されてたって話を聞いたことがある。タイトルは、そう。『15年の嘘』だったかな?」

「……どこで聞いた。」

 

 俺たちが演じた『15年の嘘』とは別の、『15年の嘘』。アクアの復讐映画の大元となった作品企画。

 

「さて、どこだろうな。風の噂だ。」

 

 俺はニタリと笑って見せた。整えてない前髪が俺の目をうっすらと隠し、俺をより怪しく演出する。五反田監督も、アクアも俺への関心を強める。

 突いても何も出ず、真相に辿り着くことは難しい俺に注目する。本当の目標から逸らしていく。

 

「ああ、そうだな。B小町のドキュメンタリーを撮ってくれって頼まれたことがある。そいつはポシャったんだが、早熟がよォ……」

「カントク。」

「……ゴホン。」

 

 なるほど。あくまでも、あの映画を撮ろうとしているのはアクアで、監督が教唆したわけではなさそうだな。

 

「それじゃ、目当てのアクアは観れたしお暇させてもらうとするか。」

「いや待て、帰らせねえぞ。姫川さん。アンタの口からは聞きたいことがいくつかある。」

「知りたかったら自分で調べるか……演技でオレたちを負かしてみな。役者なら、な?」

「……わかった。俺と黒川で、お前と有馬に勝つ。」

「ああ、もしそうなったらなんでも一つ言うこと聞いてやるよ。」

 

 俺は知っている。演技では、アクアはもちろん俺に勝てないし、今回は有馬がその存在感を強く出して黒川に勝つ……いや、引き分けたっけか。このあたりは勝敗の甲乙をつけるのが難しい。だが、アクアの条件は両方が勝つこと、アクアが負ける以上はこの発言は空手形だ。

 

「姫川嬢よぅ、あんま年頃の女の子が"なんでも言うこと聞く"なんて言わねえ方がいいぞ。」

「「やかましいぞ、こどおじ監督」」

「おめーら息ぴったしだな。」

 

 そりゃ、兄弟……いや、姉弟だからな。

 

 

 


 

第五話【感情演技】

 

 俺はスケジュールを調整して、前世よりも稽古場に顔を出す頻度を増やした。その結果、見覚えのないシーンを目撃することとなる。

 原作者からのキラーパス台本が届いたのち、感情演技に苦労するアクアに近づく有馬。彼女はどうやら、役者の先輩としてアクアに助け舟を出すらしい。絆だな、アクア。

 俺はその光景を微笑ましく眺めていたのだが……

 

「"もしお母さんが死んじゃったらどうする?"」

 

 有馬がアクアに出した助け舟に、俺は台本を取り落としてしまった。それ自体は広く普遍的に使われる手法であるが、アクアにとってそれはトラウマの導火線に火をつけるに等しい行為。

 俺しか知り得ないそのピンチには誰も反応できず、誰にとっても予想外にもアクアは発作を起こした。この時、黒川と目が合った気がする。

 俺は駆け寄ろうとしたが、その前にアクアは稽古場からはけていき、黒川が付き添った。ああ、兄……いや姉であるとカミングアウトさえできていれば俺も同行できたというのに。

 

「有馬、何があった?」

 

 何が起きたのかは知っているが、俺はあえて聞く。

 

「……アクアが立ちくらみだって。」

 

 有馬の顔は、少し曇っていた。

 

「心配か?」

「勿論よ、私もそばで見守りたいくらい。」

「アイツは愛されてんな。有馬……ああいうタラシに惚れ込んで、苦しくないか?」

「惚れっ!?なーに言ってんのよ!!誰があんなやつっ!!」

「……素直じゃないと、失ってから初めて気づくぞ。」

「え?」

 

 俺は、葬式での一幕を思い出していた。葬式の会場で、正気を失ったかのように喚き散らし、アクアとの唯一のつながりであった約束を果たした彼女を。

 

「アクアのこと、ちゃんと見てやれ。アイツは危ういぞ。」

「……姫川、あんたアクアのなんなの?」

「んぁ〜……?まあ、後方兄貴面と言ったところか?」

「それを言うなら姉でしょ。」

 

 しばらくして、五反田監督がアクアの保護者としてやってきた。俺は軽く会釈をすると彼に近づき、黒川に聞こえない程度のボリュームで彼に問いかける。

 

「知ってたのか?」

「……ああ。詳しいことを言う気はねえけどな。」

「構わない、オレも知ってるからな。」

「……お前、ほんと何モンだよ。」

 

 俺は五反田監督から離れた。

 

「何話してたのよ。」

「さあな。」

「む……。」

 

 有馬は光の当たるところにいるべきだ。だから、事情を教えるつもりはない。そのまま光の中にいて、いつかアクアを光の中に引き込んでくれりゃあそれが1番だ。だから何も知らずに輝いていろ。

 

 俺は稽古に戻った。

 

 

 


 

第六話【前世】

 

「姫川さん、アンタが俺たちと異母姉弟なことはわかった。そっちはいつから知ってた?」

 

 アクアが突き出してきたのは、遺伝子鑑定書。これは前世よりも随分と展開が早い。

 

「前世からだな。」

 

 俺は嘘をつかず、同時に相手を煙に撒くための発言をする。流石に前世なんてオカルトなものを信じるわけがない。しかし、俺は嘘を言っていないことは、俺の声色や態度から伝わるだろうから、余計に混乱して何もわからなくなるわけだ。

 俺のそんな目論見は、ぶち壊される。

 

「そうか。だがそれはおかしい、俺と姫川さんの歳の差的に、前世の姫川さんは俺たちの誕生を知り得ない。」

「……前世の記憶なんてのは、理屈の外側にあるもんさ。」

「……俺にも前世の記憶はある。だが__」

「待て、前世の記憶?お前も、同じなのか?」

 

 俺はアクアの胸ぐらを掴む。アクアはしまったというような顔をしたが、俺は縋りつくように言葉を連ねる。

 

「お前、どこまで記憶がある?」

「……そりゃ、前世で死ぬまでだ。アンタはどうなんだ。」

「オレも前世で死ぬまでだ。お前、死因は覚えてるか?」

「勤めてた病院の外で、誰かに突き落とされた。」

「……お前、誰だ?」

 

 アクアの死因は腹部を刺された状態でカミキヒカルと揉み合いになり、海に落ちて溺死……というのが俺の記憶にはある。勤め先の病院?突き落とされた?そんなの聞いたことない。

 

「お前がアクアなら、前世の享年は18だろ。」

「はあ?前世は高千穂で医者やってたんだよ。享年も……ま、オッサンだったな。」

「お前、アクアじゃないのか。オレの弟のアクアじゃ、ないのか?」

「遺伝子的にはアンタの弟ではあるが……アンタのいう意味はわからないな。アンタの前世はなんだったんだ?」

「オレは、大体7,8年後の未来で自殺して、ここに戻ってきた。お前を死なせないために。」

 

 言っちゃった。俺はそれだけテンパっていた。

 

「……なるほどな、その理屈ならアンタが色々と知りすぎてることも納得はできる。で、そうか。俺は18歳で死ぬのか。」

「ああ、だから復讐なんかやめろ。どうしてもというなら、オレが代わりにやってやるから。」

「……。」

 

 俺はアクアに縋りつく。

 

「もう二度と、オレのことを置いていかないでくれっ……アクアっ……」

 

 項垂れた俺のメガネに、雫が落ちていく。視界がぼやけていく。俺の手は、アクアの胸ぐらを掴んだまま離さない。

 

「……落ち着いてくれ、姫川さ」

 

 ドアが開く音と、どさりと何かが落ちる音が聞こえた。

 

「アクアくん……?姫川さん……?」

「誤解だ、あかね。クソ、姫川さんもなんか言ってくれ。」

「頼むからもう、いなくならないでくれ……アクア。」

「……。」

 

 俺は入ってきた黒川などお構いなしに、アクアを説得し続けた。

 

「アクア、説明して。」

「あかね、これはだな……仕方ない。」

 

 アクアが黒川に俺とアクアのDNA鑑定の結果を見せた。

 

「……異母姉弟、ってこと?」

「そうらしい。」

「……とりあえず、離れてもらっていいですか?姫川さん。」

 

 俺はアクアから引き剥がされた。

 俺は正座させられながら眼鏡を拭いている。

 

「__話をまとめると、オレはアクアが芸能界で果たそうとしている目的を果たさせたくない。たとえオレが全てを被ろうとも。」

「アクアくんの目標……」

「あかね、姫川さんにはバレてる。コイツ相手には隠す必要はない。」

「黒川ももう知ってたのか。アクアが復讐のために役者になったってこと。」

「……うん。」

「それを聞いて、どう思った。」

「罪を背負うなら、私も一緒に背負いたい。」

「……そうか。」

 

 俺が思い出すのは、アクアが死んだ後の黒川の姿だ。目からは光が消え、オカルトに傾倒していった彼女。アクアの蘇生なんて妄執に取り憑かれた、哀れな姿を。

 まあ、今の俺も似たようなものか。

 

「アクアがお前を一緒に連れていくと思うか?」

「……。」

「アクアは徹頭徹尾、置いていく側の人間だ。だから、お前がすべきことはアクアの手綱を握ること。アクアを連れていくことじゃなく、アクアを繋ぎ止めることだ。」

「……姫川さん、余計なお世話だ。」

「余計なお世話だろうと、世話を焼きたくなるさ。お前もわかるだろう。愛する人間が逝ってしまった空虚な苦しみを……他人には味わせるのか?」

 

 俺は一呼吸おくと、アクアと黒川の目を見据えた。

 

「復讐相手は見当がついている。オレが代わりに殺してやるから、お前たちは幸せに生きろ。」

 

 胸の奥が、冷えるような感覚がした。

 

 

 


 

第七話【復讐計画】

 

 本来の予定では、カミキヒカルの余罪を暴く方針だった。だが、このペースだとアクアの復讐に先を越されてしまう。そうならないためにも、手っ取り早く俺がカミキヒカルを殺す。それだけなら俺がナイフを持って襲撃すればそれで終わり。だがそれだと俺は殺人犯になり、ララライには大きな迷惑がかかる。それはダメだ。黒川も打撃を受けるかもしれない。そうなれば、アクアの心は擦り切れるだろう。

 だから、俺はカミキヒカルと「相打ち」になることを選ぶ。刃傷沙汰の末に揉み合いになり、落下死。その動機は、「認知を求めた娘に、かつて自分を襲った女の面影を見てパニックになったカミキヒカルが、密会の場にて姫川珠輝を刺した」というものにしようか。通常、性犯罪被害者が抱える心の傷は癒えることはない。カミキヒカルがそうであろうとなかろうと、そういう筋書きに辿り着けるように素材さえ用意してしまえば、マスコミや民衆はその結論に辿り着く。

 

 俺は事前に採取しておいたカミキヒカルの頭髪を用いて、DNA鑑定を行なっていた。その結果が書かれた紙をコピーし、自室に置く。それから、元本の方を手に弁護士への相談を持ちかけた。その際、「事前に本人に連絡をして足並みを揃えておいた方が、裁判もうまく進みますよね。」と弁護士に提案し、紙媒体で書類を作成してそれを郵便局から神木プロダクションに親展で送付した。まるで、証拠を随所に残すように。

 これが、東ブレの千秋楽を終え、わずかにスケジュールが空いてきたころのことである。俺の復讐計画は、大詰めを迎えていた。

 

「……もしもし?」

「姫川さん。俺とあかねで今度、B小町のロケに同行する形で東ブレの慰安旅行を行うんですが、来ませんか?ルビーに姫川さんを紹介したくて。」

「あー……悪い、しばらく忙しくてな。」

「……そうですか。」

「どこ行くんだ?」

「宮崎の高千穂です。」

「そうか、楽しんでこいよ。アクア。」

 

 宮崎にいるとなれば、俺の復讐があいつらに妨害される可能性も薄い。このタイミングがちょうどいいだろう。

 俺は、アクアとの電話を終えた後、ある人物に電話をかけた。

 

「カミキヒカルさん、今度実際に会ってお話ししませんか?場所は__」

 

 そこは、前世においてアクアがカミキヒカルと揉み合いになったであろう場所。アクアの血痕が検出された場所。

 

 

 


 

第八話【追い立てる過去(視点:カミキヒカル)】

 

「でも忘れないでね。珠輝は貴方の子供なのよ。」

 

「私からは一生逃げられないんだからね?」

 

 

 

 僕は机の上の書類を眺めながら過去を回想していた。親展書類であるものの、赤く綺麗な字で「DNA父子鑑定結果報告書在中」なんて書かれた封筒が、ここに来るまでの間果たして何人の目に触れたのか。

 差出人の上原珠輝の名と、宛名に書かれた僕の名を、何人が目にしたのだろうか。

 

「ははっ……」

 

 乾いた笑いが出る。せっかく人生が楽しくなってきたというのに。僕とアイの子供がついに舞台に立ったというのに。

 

「本当に、どこまでも追いかけてくるんだね。」

 

 封筒の中にはDNA鑑定の結果、上原珠輝と僕が親子関係にあることを証明する書類と、近々認知を求める裁判を行う予定なので協力してもらいたい旨、それから僕への私的な手紙。

 

「天涯孤独の苦しみの中にいたが、僕という肉親が生きていることを知って救われた……ね。」

 

 本当に滑稽である。君が天涯孤独になったのも僕がきっかけだというのに。

 

 姫川珠輝は才能のある女優だ。普通なら、僕のターゲットにもなりうる存在である。だが、その顔には姫川愛梨の面影がしっかりと残っており、それを乗り越えた先にあるのは僕の面影だった。そんな人間を殺したとして、僕が感じる命の重みはどういった性格を持つのだろうか。

 

 きっと、「姫川愛梨」の存在が僕の中に蘇ってしまう。

 

 だから、見て見ぬ振りをし続けた。成長するたびに、姫川愛梨に似ていく彼女から逃げ続けたのだ。

 

 

 

「どうせいつか私のところに戻ってくる」

 

 

 

 姫川愛梨の言葉が脳内を反響する。

 

 

 


 

第九話【海に沈む】

 

 俺が約束の場所に到着すると、奴はもうそこにいた。

 

「すみません、遅くなりました。」

「いや、僕も今来たところさ。」

 

 アクアによく似た男。俺の父親であり、俺の仇。前世でアクアを殺した男。

 

「今日は来てくれてありがとうございます。」

「僕としては……」

 

 カミキヒカルは、柵に寄りかかると俺を見下しながら話し始めた。

 

「君の存在が鬱陶しくてたまらない。年齢を逆算すればわかるだろうが、君が生まれた時の僕の年齢はわかるだろう?そこからわかるはずだ、君と僕の血が繋がっていることが、何を指すのかも。」

「はい。最初知った時は母を軽蔑しましたし、今まで真相も知らずに父のことを軽蔑していたことを後悔しました。父の、上原清十郎の名を疎んでこの芸名に決めたことすらも。」

 

 俺は淡々とそれっぽい演技で受け流す。

 

「とはいえ、あの書類……親展ではあったが、中身と宛先がバレバレだったからね。僕が君を認知しなければ、僕がバッシングの対象になりかねない。だから君のことは認知することになるだろう。だが、僕は君を愛せない。家族、父親らしいことは何もできない。」

「そう、ですか。」

「……僕には、愛した人がいたんだ。」

 

 カミキヒカルは、どこか遠くを見つめるように話し始める。

 

「その愛する人に僕は結婚を申し込んだ。その時、僕がなんて言われたかわかるかい?」

「見当もつきません。」

「"無理!"」

 

 カミキヒカルは笑いながら続ける。

 

「彼女はね、君が僕と姫川愛梨の子供だと知って……そんなのは流石にキツい、背負えないって言って僕から離れた。"私は君を愛せない"って。」

「……それって、本当なんですか?」

「ああ、嘘偽りはない。事実だ。」

「つまり、オレのせいってことですよね。貴方がそんな悲しい顔をしているのは。」

 

 俺はカミキヒカルに近づくと、その手を握る。手袋越しに握りしめる。彼は意味が分からなさそうに首を傾けた。

 

「なら、復讐させてあげますよ。貴方の手で。」

 

 そしてその手にナイフを握らせ、俺の腹を突き刺した。

 

「なっ……!?」

「もう疲れただろ、親父。一緒に地獄に行こう、俺もアンタも……もうこれ以上生きていたって、壊れるだけだ。」

 

 俺はカミキヒカルに飛びかかり、二人で柵を越えた。

 

 これで、全てが終わる。

 

「おやすみ、親父。」

「……そうか。僕は。」

 

 次の瞬間、俺の身体を誰かが優しく包んだ気がした。

 

 

 


 

第十話【復讐の終わり】

 

 次に俺が目を覚ますと、そこは病院だった。金田一のオッサンが涙で顔を腫らしていた。

 

「あれ、オレ……生きてるのか?」

 

 俺は確かに、カミキヒカルと一緒に海に落ちた。あの高さから冬の海に落ちて、生きているなんておかしい。

 

「奇跡、だな。お前の体の外傷は腹の刺し傷だけ。カミキヒカルがつけたものだけだ。海に落ちたことによる骨折なんかも一切ない。本当に奇跡的な生還だ。」

 

 俺は病室のテレビを見た。ちょうどよく、俺のことが報じられている。

 

 親子関係の認知に関する言い争いか。俳優の姫川珠輝さんが芸能プロダクションの代表を務める神木ヒカル氏と刃傷沙汰の末に揉み合いとなり、両名とも海へ転落。神木ヒカル氏は全身を骨折するなどで死亡が確認され、姫川珠輝さんは腹部の刺し傷と落下の衝撃により意識不明の重体です。

 二人はここ半年ほどの間、DNA鑑定の結果と、それを元にした認知について裁判を行う方向で関わっており、その過程でトラブルになり、今回の事件に繋がったと考えられております。

 発見された凶器からは神木ヒカル氏の指紋が検出されており、警察は調べを進めていく方向です。

 

「……。」

 

 俺の目論見通りの方向に事態は転がっていたが、俺が生きていることだけは理解ができなかった。復讐は終わった。それなのに、気分は良くなかった。

 

 

 

 俺の生存が確認されるや否や、テレビは事件自体ではなく、「姫川愛梨と上原清十郎、そしてカミキヒカルの関係」について報じるようになり始めた。

 児童虐待の事実、心中の真相についての憶測、カミキヒカルは被害者だったのかなどと、故人の墓を暴いて好き勝手に「知識人」と「タレント」が喋り通している。

 結局、ララライには迷惑をかけてしまった。それを金田一さんに話すも、彼は「いや、これは俺のせいなんだ」と言うばかりだった。

 

 

 

「姫川さん、身体はもう大丈夫なんですか?」

「ん?ああ大丈夫だ、アクア。」

「……カミキヒカルが、俺たちの父親だったんですか?」

「ああ、そうだ。」

 

 その日病室を訪れたのはアクアだった。

 

「これでお前の復讐も終わり。あとは自由に生きろ。」

「姫川さんはどうするんですか。」

「そうだな……まさか生きて帰れるとは思ってなかったから。あ、間違ってもオレとお前らの関係はバレるなよ?バレたらお前らにまで飛び火して、いつかお前らの母親までバレちまうかもしれない。」

「……。」

「思ったことはある、お前らの家族として生きていられるならどれだけ幸せかって。でもそれは、オレなんかが抱いていい夢じゃなかったんだ。オレは、カミキヒカルと一緒に地獄に落ちるべきだったんだ。」

 

 俺の出生は呪われている。俺さえ生まれなければ、カミキヒカルがアイと破局することもなかっただろう。カミキヒカルが多くの人の命を奪うこともなかっただろう。

 結局、俺が生まれてしまったことが全ての原因なんだ。

 

「オレなんか、生まれてこなければ__」

「それは違う。」

 

 アクアが強い言葉で俺の思考を遮った。

 

「この世にきっと、生まれるべきじゃなかった命なんて存在しない。全ての命は、生まれるべくして生まれてきたんだ。」

「……。」

「俺は前世で生まれる時に母親を失った。家族関係もあまり良くなかった。医者になってからも、誰も救えなかった。そして転生してからも、俺はアイを救えなかった。」

 

 それでも、とアクアは続ける。

 

「それでも、俺を大事に思ってくれる人はいた。必要としてくれる人たちがいた。俺のために、命をかけてくれる人もいた。どんな出生だろうと、どんな人間だろうと……生きてるだけで価値があったんだ。その命には、重みがあるんだ。それは、姫川さんも同じだろ。」

「オレは……」

「俺も、あかねも、有馬も、メルトも、鴨志田さんも、金田一さんも……みんなアンタを心配してたぞ。それだけ、アンタが愛されてたってことだろ。」

「……。」

 

 カミキヒカルのことが、脳裏をよぎる。

 

「君の存在が鬱陶しくてたまらない。」

 

 実の親から、そんなふうに言われた俺に、本当に価値なんかあるのか?

 

 

 

「温かいな……そうか、これが……僕が本当に求めていた………」

 

 

 

 誰かの言葉が、脳裏をよぎった。

 その言葉は諦観の中にあっても、どこまでも愛情に満ちていた。

 誰が言った言葉なのかは思い出さずとも、それは俺の心に深く刺さった。

 

「オレは、愛されていたのかな……」

「少なくとも、俺たちは姫川さんを大切に思っている。」

 

 その言葉に、俺は涙を流した。

 

 

 


 

最終話【生きていく】

 

 俺は自分の部屋で目を覚ます。目覚まし時計は鳴らなかった__いや、実際には鳴っていたのだろうが、寝ぼけたまま止めてしまったらしい。

 俺はあくびをしながら伸びをして、首と肩を鳴らす。寝癖が爆発した髪が鬱陶しい。それから電話を取り出すと、電話をかける。

 

「もしもし、オレだけど。ちょっと今日体調悪くて……はい、はい。本当は寝坊っす。すんませんすぐ行きます。」

 

 言い訳が通じなかったので顔を軽く洗い、髪を少しだけ梳かし、化粧も最低限行って俺は家を出る。

 

 

 

 行きのコンビニで買ったたまごサンドを食べながら、現場に入る。

 

「ども、神木です。」

 

 俺は芸名を変えた。世間の姫川バッシングが加熱していったため、俺は芸名で姫川を使い続けることをやめた。その上で、俺がカミキヒカルの姓を芸名として取り入れることにより、俺からカミキヒカルへの殺意がなかったことを証明するためでもある。

 役者業は相変わらず続けている。俺は私生活こそだらしないが、いざ本番となれば大活躍だったので、適度に重宝されている。

 

 

 

「よう、親父。」

 

 俺は毎年必ず、カミキヒカルの墓参りをしている。確かに憎むべき敵であったが、同時に俺の父親であり、俺の母親の犠牲者でもあるからだ。

 

 彼の今際の際の行動。

 その愛は、果たして本物だったのか。

 

 その答え合わせはできないが、俺は信じようと思った。

 

「一緒に逝ってやれなくてごめんな。どうか、もうしばらく待っててくれ。オレはまだ、生きていかなくちゃならないらしい。」

 

「オレたちにとってアンタは仇であるし、アンタが奪った多くの命はアンタを恨むだろう。それでも__最後の瞬間、あの瞬間だけはアンタはオレの父親だった。」

 

 俺は、踵を返して立ち去った。

 

 

 

「……お前か。」

「どうせ、まともに飯食ってないんだろなって思ってな。」

 

 玄関を開けると、俺のものじゃない靴があった。俺が合鍵を渡しているのは、アクアと金田一さんだけ。金田一さんはよほどなことがなけりゃウチに来ることはない。だからアクアだとわかった。

 

 アクアは台所で料理を作っていた。すでにいくつかの料理がタッパーに入れられて冷蔵庫に収められている。

 

「お前はオレのオカンかよ。」

「この壊滅的な生活さえ改めてくれれば、俺が来なくてもいいんだがな。」

「それじゃあ、これからもこのままでいいか。」

「そんなんじゃ、いつまで経っても結婚できないぞ。」

「いいんだよ、オレは可愛い女の子侍らせてればそれでいい。男なんていらねえよ。」

「綺麗な顔してるくせして中身オッサンだな、マジで。」

「中身アラフィフの先生がよく言うよ。」

 

 俺が最近は飯をコンビニ弁当などだけで済ませていると聞くと、アクアは時折俺の部屋に来て料理を作り置きするようになった。

 おかげで、人の温もりを感じる美味い飯が食えている。

 

「てか、毎度毎度来てて黒川とか嫉妬しねえのか?」

「ああ。あかねは俺たちの関係を知ってるしな。」

「有馬は?」

「……アイツはアイドルだろ。関係ない。」

「はぁ……ルビーは?」

「浮気を疑われているな。」

 

 俺は冷蔵庫の中からビールを探す。

 

「あれ?オレのビールは?」

「流石に買い出しでビールまでは買わねえよ。俺は18だぞ。」

「ちぇっ……」

 

 仕方がないのでビールは諦め、ベッドに倒れ込む。

 

「……なあアクア、なんでオレなんかを気にかけてくれるんだ?」

「どうやら俺のシスコンは妹だけじゃなく、姉にもベクトルが向いてるらしい。」

「自分で言うのか、それ。」

 

 真顔で面白いことを言う弟の横顔を眺めながら、ついニヤけてしまう。

 

「で、お前最近はどうなんだよ。黒川とはヤッたのか?」

「俺はそんなに無責任じゃないし、手も早くない。するとしても、成人して……結婚してからだ。」

「はっ、堅物だな。」

 

 アクアも黒川も、若者特有の馬鹿さが足りていない。年長者としては少し焦ったい。

 

「てか、お前いつもここに来るけど……週刊誌とかはどうやって撒いてるんだ?」

「変装して、家事代行サービスのフリしてる。」

「よくそれで騙せるな。」

「俺は脇役のプロだからな。」

 

 

 

 アクアが去ってから、夜になると俺はベランダで星を眺めた。前世において、アクアの命日だった日はすでに越えた。

 変わらず、俺の人生は続いている。それなのに、その実感はまったく湧いてこなかった。

 

「オレは今度こそ弟を救えたのに、なんでこんなに虚しいんだろうな。」

 

 空に輝く一番星が、雲に隠れてしまった。

 深く暗い青が、空を満たした。




神木珠輝(上原珠輝)
 女の子になっても名前の由来はカミキヒカル。宝石(珠)のように輝いて欲しいと言う願いが込められている。
 性自認が男。たまに自分の裸体を鏡で眺めて「おぉ……」となっては、自分のブレイドが存在しないことを思い出して軽い鬱になる。
 アクアが男のままなので、アクア女の子ルートよりは大胆に動く。女になって自棄を起こしているとも言う。
 見た目はどちらかというとカミキヒカルに似ているが、髪や目の色などは姫川愛梨に似ている。男役も余裕でこなせるくらいには背が高くて美形。
 逆行後は女の子を侍らせているが、今の逆行姫川の自我になる前は、若くて綺麗な男にちょっかいをかけていた。姫川愛梨よりも倫理観はあったので、夜の相手はさせていない。
 カミキヒカルが最後に見せた父性に心を乱されている。そのため、セルフネグレクトのケがあり、元から終わってた生活力がさらに低下している。
 
 
カミキヒカル
 あんまりよくない思い出の結晶が練り歩いていて複雑。姫川珠輝を殺せば、自分の中でアイじゃなくて、姫川愛梨が重みを増しそうだったから手を出さなかった。
 自分と心中しようとした姫川珠輝を見て、自分と一緒に死んでくれることに対して、アイがステージから双子を見て「愛」を理解したように、「愛」を理解した。その結果、最後の最後で我が子を庇った。
 その最後の心の動きを論理的に解き明かすことはあまり得策ではない。所詮は狂人の気の迷い。ただそうなったという結果だけが残る。
 もしかすると、母親という存在を娘の中に見出したのかもしれない。彼のことはよくわからない。

 
星野アクア
 意味深なことを言ってははぐらかす姫川さんにイライラしていたが、事情を知ってからは、自分ではないとはいえ星野アクアによって彼女がそうせざるをえないことに責任を感じていた。
 全てが終わった後、セルフネグレクト気味になっている彼女の家に通い、家事などを手伝っている。やはりシスコンである。
 黒川あかねと破局していないし、不誠実な恋愛の末路がどうなるのかも知っているし、アイドルに男の影があることの恐ろしさも知っているので有馬ルートには入らない。本人曰く、ちゃんと有馬は「推し」である。
 カミキヒカルへのアイの本心を知っているため、複雑な心境。
 
 
黒川あかね
 将来の義姉が生活力カスだし、結婚する気もなさそうで心配。アクアと一緒に一生世話をするかと検討し始めている。


星野ルビー
 ママとせんせの仇、死んじゃった。あーあ。復讐できなかったな。もっと苦しんで死んでほしかったな。ああ、憎いな。
 姫川がそんな憎い仇の姓を継いだ(芸名とはいえ)ため、少し苦手意識がある。
 アクアの前世バレからの反動で少しずつマシになっていく。
 アクアが最近年上の生活力カスのお姉さんの家にいっては家事を手伝っているらしい。せんせ、浮気?


有馬かな
 「あんたの推しの子になってやる」とは言ったわよ?
 言ったけど……ぐぎぎ……

 
鳴嶋メルト
 今回、割と出番があった気がする。
 
 
新野冬子
 第二のカミキヒカル。まだいる。
 後に犯行を起こそうとして、あかねに抑えられる。

 
 
 
 なんか本当に納得いく出来にならなかった。
 自己採点は54点と言ったところかな。ギリギリ落単。
 
 
 アクアTSや姫アクが増えるまで、これからもぼちぼちと単話完結の番外編を書いていくと思います。しばらく自給自足だね。
 
 アクアのTSが足りない。
 ブラコンマシマシの姫川さんも足りない。
 
 そこのあなた、ペンを取りなさい。
 そもそも私はもとより読み専なんですよ。
 ……好きな作品にアクションしてこなかったのが悪い?
 そりゃ、アカウント作ったの最近ですし……。


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