姫川大輝は逆行する_が、どうにも弟が弟じゃない。   作:ある日の残り香

24 / 28
 
 ツクヨミが協力してくれなかった結果、アクアがそのまま誘拐されてしまうルート。カミキヒカル逮捕後、ようやくアクアが発見される。
 
 アクアの目に光はなく、その腹には__

 胸糞、曇らせマシマシです。完全なバッドエンドルート。
 
※本エピソードには近親●姦を仄めかす描写が描かれます。宗教上や個人の信条による理由があったり、道徳心や倫理観が真っ当な清廉潔白人間はこのエピソードは読まないことを推奨します。
※救いは割とありません。
※R15程度の性描写が含まれます。スティーブン・キングとかその辺くらいの描写です。正直どのくらいがセーフなのかわからず、綱渡りなので、運営に怒られたら修正します。
 
 


OK?


 
 


 

 
  

 
 
 
 


オマケ③【孕んだ呪い、遺した祝福(閲覧注意)】

side姫川大輝

 

 アクアが姿を消してから2ヶ月後。有馬や黒川の証言によってカミキヒカルが捜査線上に上がっていたというのに、アクアの身柄が保護されるまでにはこれだけの時間を要した。

 アクアが監禁されていた建物は、カミキヒカルに利用された彼の駒名義で契約がされており、カミキヒカルをいくら掘っても繋がりようがなく、カミキヒカルの「アクアなら、僕と話した後に帰っていきました。僕がしっかりと送ってあげればこんなことには……」なんていう嘘とよくできたアリバイ工作に、警察が翻弄されたことが、カミキヒカルの逮捕とアクアの保護が難航した原因である。

 

 アクアは事件当日、カミキヒカルに単独で接触した。本当に無謀な行いであるが、そうさせてしまったのは自分のせいである。俺が刺され、入院している状態であったことが、彼女に大きな焦りを発生させたのだ。

 結果としてアクアはカミキヒカルの罠に嵌り、そのまま誘拐・監禁された。この二ヶ月、彼女がどのような思いをしていたのか、俺たちにはとても推しはかることはできない。

 

 発見された彼女はひどく憔悴していて、軽い失語症も発症していた。目は曇り、闇に閉ざされていた。そんな彼女が、警察官と会話できるほどまでに回復したのが、保護から二ヶ月後のこと。

 その間にある事件が起きた。カミキヒカルが留置所で殺害されたのだ。犯人は、同室の星野アクアファンだった。これにより、いくつもの事実が闇の中に消えた。消えてしまった。

 

 

 

「……アクア、大丈夫か?」

「うん、大丈夫だよ。姫にい。」

 

 面会に来た俺に対して作り笑いで応じるアクアを見て、胸が痛む。アクアは監禁されていた二ヶ月の間、何をされたのかを決して口にしようとはしなかった。したくなかったのだろう。

 警察の取り調べには応じているようだが、警察からこちらは情報を漏らさないようにと頼み込んであるらしい。俺たちを心配させないために。

 アクアの傷を掘り起こすわけにはいかない。だから俺たちは、それを聞き出そうとはしなかった。聞き出すことができなかった。

 

「来月には、きっと家に帰れるよ。ルビーも心配してるかな?」

「……ああ、きっと。」

 

 ルビーの精神状況は酷いものだった。喧嘩したまま離れ離れとなり、アクアが死んでしまったかもしれない、アイを殺した存在が、自分の姉をも殺したのかもしれない。そんな恐怖が彼女を包み、彼女は憎悪を煮えたぎらせ続けていた。

 ルビーはあれ以来、有馬とは口を聞いていないらしい。有馬がアクアとカミキヒカルが相対するきっかけを作ってしまったことを知ったからだ。有馬は悪くない。だが、ルビーが彼女を恨む理由も理解はできてしまう。俺と黒川とMEMは有馬のメンタルケアにも努めた。彼女とて、大切な親友を、親しくしていた人間によって酷い目に遭わされたという、飲み込み難い状況に立たされているのだから。

 

「ほんと、みんなに心配かけちゃって申し訳ないね……」

「いいんだ……お前が無事で、よかった。」

 

 アクアは重要参考人として、療養をしつつ取り調べを受けている。警察としてはカミキヒカルが亡くなった以上、真相の解明には彼女か逃亡中の新野冬子を調べるしかないのだ。

 

「うっ……」

「どうした?」

「……いや、ちょっと吐き気がしただけ。」

 

 最近、アクアの体調がすぐれない。食欲がなかったり、吐き気を催したり。

 

「何かあったら、すぐに人を頼るんだぞ。アクア。」

「……ありがとね、姫にい。」

 

 俺はその違和感を、無視するべきではなかった。

 

 

 


 

side星野アクア

 

 暗い。

 

 痛い、気持ち悪い。

 

「やはり君はアイの娘だ。君を抱いているときは、アイのことをよく思い出すことができる。」

「……はやく終わらせて。」

 

 薄暗い部屋で、私はカミキヒカルに貪り喰われていた。抵抗していないのは、この行為が彼の殺人欲求を減衰させるからに他ならない。

 

 それは、捨て身の交渉だった。

 

「……才能のある人を殺すんじゃなくて、私を抱いてアイのことを感じればいいでしょ。そうすれば、みんなを殺さなくたって、あなたは満足できるんじゃないかな?」

「ふむ……」

 

 私の尊厳も何もかもを差し出す、文字通り捨て身の交渉。カミキヒカルは悩んだ末、それに応じた。

 結果は成功だ。たしかに、カミキヒカルはその都度満足し、殺人欲求を抑制していった。

 

 つまり私さえ我慢して、耐え続ければ……姫にいも、ルビーもあかねも、有馬も……みんなを守ることができるのだ。

 

「おや、また泣いているのかい?」

 

 カミキヒカルの手が、私の涙を拭う。幾度か繰り返された、不快な動作。私が痛みや不快感に耐えきれずに涙を流すたびに、彼は嗜虐心が刺激されたのか、悍ましい笑顔をこちらに向ける。

 

「……だって、あなたが下手くそだから。」

 

 私にできるささやかな抵抗は、効いているのかすらわからない口撃だけだった。両手は拘束されているし、たとえ解放されていたとしても、彼の体格からして、私が何をしようと力でねじ伏せられるだけだ。だから、これしか抵抗の手段は存在しない。

 

「ふふっ……でもこんな下手くそな僕でも、アイのお腹に君たちを宿すことはできたんだよ。生命ってのは素晴らしいね、アクア。」

「……本当に、気持ち悪いよ。」

 

 どうやら、私の"抱き心地"は本当にアイに近いらしい。この肉体を通して彼は私からアイを感じ、アイを思い出しているだけでなく、その上で私が泣いたり、苦しんだりする姿を見て、私という"新たな推し"も同時に摂取しているようだ。本当に気持ち悪い。

 本来、行為を行う際は前戯などを通して肉体を興奮させ、体液を分泌させることで円滑に、より快楽を得やすいように進めるのが一般的だが、私はこの男には嫌悪感だけを抱いている上、肉親であるという強い抵抗感が本能的に性欲を減退させているため、前戯を行おうと何をしようと、私の身体はそのように出来上がることはない。

 

「ふぅ……おや、また血まみれだね。アクア。」

「……終わったなら、さっさと消えて。」

 

 私は、彼が満足するまで激痛に耐えるしかなかったのだ。運が良ければ、ゴムの潤滑性によって痛みを感じないまま終わることもあるが、この男は遅漏であり、大抵は摩擦による痛みは発生する。

 彼がゴムを取って捨てるのを傍目に見て、今日もようやく解放されたと胸を撫で下ろす。それと同時に、いつまでこれが続くのだろうと絶望する。

 私が誘拐されてから、二週間が経った。警察はまだ、私を見つけてはくれない。

 

 

 

 病院に通っていたことで、最近はようやく生理がしっかりと来るようになっていたのだが、今回の件でまた周期が狂い始めたようだ。誘拐されてから一ヶ月と半分が経った今、まだ来ていない。

 

「そういえばアクア、生理が来てないようだね?」

「……ストレスで止まってるだけ。そんなのは前にもあっ__」

「ところで、知ってるかい?僕とアイは一度も生でシたことはないんだ。実際、ゴムっていうのは万能な避妊具じゃない。」

「……だから、なに?」

「それともう一つ。」

 

 カミキヒカルが私を押さえつけ、その体重を乗せると耳元で語りかけてくる。

 

「ほぼ毎回、破れてるんだよ。君の中は摩擦がすごくてね。」

「……は?」

 

 カミキヒカルが私の服の中に手を入れ、腹を触る。それから手を伸ばし、私の子宮があるあたりを指でつつく。

 

「本当に、ストレスで止まっているのかな?それとも、君にも宿ったのかな?アイと同じように……僕の子が。」

「なにを……言っ……て?」

「ふふ、そんな怯えた顔をして。可愛いなぁ、アクアは。」

 

 私は、その言葉を飲み込めなかった。むしろ、胃の中のものを吐き出してしまいそうだった。

 

「僕もね、本来はそんなつもりはなかったんだ。だって、君が妊娠したら、病院に君を連れて行くか、ここで産んでもらうかしかないじゃないか。そうなれば発覚のリスクは高まるし、最悪の場合だと君が死んでしまう。でもね、君が悪いんだよ?」

「私が、悪い……?」

「そうさ。普通なら摩擦でゴムが破けるなんてことはあまりないんだから。君がおかしいんだよ。」

「そんなことないっ!嫌いな相手……それも父親が相手なら、こうなるのも……」

 

 きっと、これは私を追い詰めるための口撃だ。まともに聞いていたら、精神がおかしくなってしまう。

 

「ふふ、姫川愛梨が僕を襲った理由が少しわかってしまったかもしれないな。君のその絶望した顔、いつも行為中に見せる苦しそうな顔、この世の誰よりも不幸そうなその顔。それが見たかったのかもね。そのために、きっと姫川大輝を産んだんだ。」

「姫にい……」

 

 姫にいの出生のことは、姫にい本人から聞いていた。その時は、カミキヒカルも被害者なのかもしれないと思ったことはあった。だが、今目の前にいるのは、姫川愛梨と同じモノに成り果てたカミキヒカルだ。彼はもはや、被害者なんて庇い方をしたくない存在になった。

 

「__さて、君に聞こうか。君のお腹に僕との命が宿っていたとしよう。君はソレを殺せるかい?」

「ころ……す……?」

「中絶するっていうのは、そういうことだろう?」

「……ぁ……?」

 

 私の脳内で、雨宮吾郎の記憶が再生される。若くして妊娠した女性や望まぬ妊娠をした女性の胎内に、ハサミのような器具を挿入し、"イノチ"になりかけていたソレを切り刻み、分解して掻き出していく。中絶の様子だ。

 

「ぅ……ぷ…………」

「おっと」

 

 私は嘔吐する。カミキヒカルは私が吐き気を催したのを見て、即座に飛び退いていた。暗い部屋に響く、びしゃびしゃと吐瀉物が地面に落ちて水が跳ねる音。

 

「はぁ……はぁ……げほっ……うっ……」

「当然、君にとってこれは望まぬ妊娠だ。中絶っていうのは、そういう襲われて望まぬ妊娠をした女性への救済措置なんだよ。アクア。」

「そう、だよ。私は……」

「でもさ、その時掻き出された命の重みを君は背負うことになる。君が殺す選択をした、その命の重みを。」

「はぁ……はぁっ……」

 

 脳内で、誰かが「そんな奴に耳を貸すな」と叫ぶ。優しそうな先生が、私を抱きしめてカミキヒカルの声を振り払おうとする。だが、カミキヒカルの言葉はナイフのようにその先生ごと私の心を切り裂いていく。

 

「君が将来、結婚したいほど愛する人と出会い、その人と子を成した時も、君は掻き出された小さな身体を思い出すことになるだろう。自分の子供が成長していく時も、いつも自分が殺した命が脳裏をよぎることになるだろう。」

「……ぃゃ、いやっ!!やめてっ!!!」

 

 耳を塞ぎたいが、私の腕は縛られているため耳を塞ぐことすらできやしない。目の前の悪魔の声が、全て心の奥底を切り刻まんと届いてくる。

 

「アクア。」

 

 カミキヒカルが、私を強く抱きしめた。

 

「君も、お母さんになるんだよ。アイと同じ。そうでなきゃ、君はアイとは違って、僕と一緒……人殺しだ。」

 

 私の精神は限界を迎え、意識を手放した。

 

 

 

 それからのことは、覚えていない。気づけば、私の前には警察官たちが立っていた。彼らは私に呼びかけていた。

 

「星野アクアさん、ですよね?」

「……ぇ、あ……ぅ……。」

 

 どうやら、カミキヒカルは逮捕されたようだ。私は警察に保護された。酷く摩耗した精神で、汚された身体で。

 監禁されていた建物を出る時、マスコミが大軍を作って待ち伏せていた。警察官の皆さんが私を頑張って隠してくれたけれど、たぶん少しは写ってしまったのだろうと思う。今の私は、どんな顔をしているのかな。

 

 

 

 私はやはり、妊娠していた。警察病院でそれが発覚すると、まだ中絶ができると説明を受けたが、私はカミキヒカルの言葉がフラッシュバックして、それを断ってしまった。医者の先生はなんとか説得をしようと試みてくれたが、私はそれでも首を縦には振らなかった。

 このことを家族に伝えると先生が言うと、私は泣いてそれを止めた。みんなに、これ以上の心配をかけたくなかったからだ。先生はしぶしぶそれを了承してくれた。私がカミキヒカルから性的暴行を受け続けたことも、裁判までは隠し通してくれると約束してくれた。

 

 軽い失語症が治った頃、ようやく問題なく会話が行えるようになった頃。カミキヒカルが殺された。獄中で、私のファンに殺されたらしい。私の背筋には、冷たいものが走った。

 

「星野さん、本当にご家族にはお伝えしないんですか?」

「……はい、たくさん心配かけたのでこれ以上は心配をかけたくないんです。」

「……中絶手術ができるのにも、限界はあります。まだ間に合いますよ。」

「嫌です。このお腹の命には、罪がないので……私は、殺したく……ないです。」

「……。中絶は、認められた権利です。それにより失われる命は、あなたの責任じゃ……」

「ダメなんです。私は、中絶をしたら自分を許せる気がしません。」

 

 私はおそらく、強迫性障害か何かを発症していたのだと思う。精神的に擦り切れていた時に刷り込まれた、極端な思想に毒されていたのだと思う。私にとって、もはや中絶なんてできるわけがなかったのだ。

 

「……ならば、私はそれを支えるまでです。あなたが無事、子供産み育てられるように。あなたの命も、秘密も守ってみせます。」

「ありがとうございます、先生。」

 

 彼の姿が、誰かと重なる。あれは__誰だっけ?

 

 

 

 私は本件の重要な参考人でありつつも、先生の患者でもあった。当然、私の妊娠のことは先生と一部の警察官以外は知らない。みんなには、殴られた後遺症が〜とか、暗所恐怖症の治療で〜とか適当なことを言って躱している。

 

「……彼のこと、憎くないんですか。星野さん。」

「とっても憎い。でも、もう死んじゃった。復讐する方法もない。だから、もう気にしないようにしたい。」

「……子供が生まれたら、きっと子供の顔を見るたびに彼を思い出すのではないですか?それはきっと、辛いことだと思います。本当に、いいんですか?」

「大丈夫だよ、だってあの人私の実の父親だもん。顔はどうせ、私に似てる。あの人のことなんか思い出さないよ。」

「え……?星野さんの父親って……」

「あっ!今のナシ!!オフレコでお願いします!!」

 

 私の精神が安定しているのは、この先生という強い味方がいてくれるからだ。この先生の前だと、安心し過ぎてしまって、つい秘密を口にしてしまうくらいには。

 

「そ、それにしても。星野さんって思ってたよりも女の子らしい人だったんですね。この二ヶ月主治医として関わって初めて知りましたけど。」

「ん?ああ、テレビのはキャラだからね……あれ?もしかして先生って私のファン?」

「……黙秘しましょうか。」

 

 先生は眼鏡をくいっと上げて目を逸らした。分かりやすすぎる。

 

 

 


 

side主治医(モブ)

 

 星野アクア誘拐事件。俺にとって、世界が滅んだかのような衝撃をもたらした事件だ。事件発覚から二ヶ月も経過したというのに、星野アクアが発見されなかったことで、世間では死亡説も囁かれ始めていた。

 

「アクアちゃん……」

「また蹲ってる……仕事中ですよ。」

「だって、俺たちのアクアちゃんが……死んじゃったかもしれないんだぞ?」

「俺たちのって……星野アクアさんは黒川あかねさんと姫川大輝のものだって言われてるじゃないですか。」

「俺たちファンの偶像でもあるんだよぉぉぉぉお……!」

 

 星野アクア。マルチタレントとして活躍する彼女は、そのクールな容姿から繰り出される毒舌と、たまに漏れるブラコンシスコンな雰囲気のギャップが可愛らしい。役者としても活躍しているほか、妹がアイドルグループB小町のメンバー、兄が人気俳優というビジュ最高の兄妹姉妹である。俺の推しだ。

 

「はぁ……アクアちゃん……」

「ロリコンなのは知っていますが、そろそろ犯罪臭がするのでやめてください。」

「うるっさいなぁ!俺はロリコンじゃない!ただ美しいものを美しいと称揚しているだけだ!!あと、アクアちゃんはもう18歳!!子供じゃない!!」

「でも推し始めたのは15歳の……今日あまの時でしょう。アラサーが推してるのは側から見たらロリコンなんですよ。」

「君は本当に俺に対して辛辣だなぁ?!」

 

 

 

 その日、警察が保護したという少女が監査のためにやってきていた。

 

「……ぁう?」

「___。」

 

 その少女こそが、俺の推し。星野アクアであった。

 彼女の目は闇に包まれ、その声は失われていた。そして、産婦人科である私の元へと連れてこられたということは……。

 

 彼女は、性的暴行を受けた可能性が高いということである。

 

 俺は警察の人を呼び出した。

 

「これって絶対に私じゃない人間が対応したほうがいいですよ。たとえば、女性の先生が……」

「1番口が固そうなのは君なんだ。だから君にしか頼めない。」

「あのね、あの子が"ここ"に連れてこられたってことは性的暴行を受けた可能性が高いってことだよね?そんな状態で男が目の前に現れたら、彼女の精神は__」

「彼女は、それが外部に発覚することを恐れている。君ならそれを漏らさないと信じているが、それ以外の先生は正直信用できない。」

「……なんで私は信用できるんですか?」

「君は、推しの味方だろ。星野アクアの秘密を漏らすわけがない。」

 

 俺は恐る恐る、アクアちゃんの元へと戻った。幸いにも、男である僕が現れても彼女はパニックを起こさなかった。

 

 

 

 その後、検査をしたところアクアちゃんには妊娠が発覚した。最悪の事態である。俺はグラつく意識をどうにか保ちながら、それを彼女に伝えた。

 

「……妊娠、してますね。」

「……ぅ。」

 

 彼女は泣き出してしまった。失語症を発症している彼女の嗚咽は、小さい子が泣きじゃくる姿に似ていた。

 

「大丈夫です。まだ、中絶手術が選択肢として残っています。今なら母体への負荷も抑えられ__」

「……ゃ!」

 

 首を大きく横に振る彼女を見て、俺は面食らった。その顔には、恐怖が浮かんでいた。俺はその後も説得を続けるも、どうもうまくいかない。

 

 誘拐犯に何か吹き込まれたのだろうか。このあと心療内科、場合によっては脳外科にも紹介状を書くべきかもしれない。

 少なくとも、今の彼女が理性的な選択ができるとはとても思わなかった。果たして、タイムリミットまでに意思表示が可能かどうか。

 少なくとも、今の彼女では意思決定ができるとは思えず、彼女の保護者に連絡をすべきだろうと判断した俺は彼女に提案をする。

 

「苺プロの斉藤社長、ご家族にこのことを連絡をします。今のアクアさんは__」

「ぃや……!」

 

 彼女が、非常に強い意志で俺の提案を退けた。俺は何度か説得を試みるも、推しの涙の前に泣く泣く敗走する。やっぱり俺以外が担当医になったほうが良かったよね?

 

「……わかりました。本件については、裁判までは我々だけが知る秘密ということにしておきましょう。」

「……!」

「今の星野さんが、家族に知られたことで精神的にさらに追い詰められる可能性も否定はできません。私は、患者の命を守ることが最優先ですからね。」

 

 アクアちゃんが私の手を握ってぶんぶん振る。推しとの握手に心から喜べるほど、今の状況を俺は楽観視していなかった。痛々しいほどに打ち砕かれた彼女の精神状態の深刻さを、深く理解したからだ。

 

 

 

「というわけで、このことはご家族にも伝えない方向で行きましょう。性的暴行を受けたことも。絶対に、マスコミなんかに握られてはいけません。もしも外部に漏れれば、彼女の精神が崩壊する恐れがある。」

「……そうかい。ならばこちらも全力で協力する。」

「助かります。」

 

 アクアちゃんの気持ちはわかる。彼女は優しく、家族思いだから家族に心配をかけることを極度に恐れているのだ。中絶を拒否する理由はわからないが、今のギリギリの精神状態では、俺たちが勝手な判断でどうこうしてしまうと、彼女の精神を破壊してしまいかねない。

 

「でも、彼女が喋れるくらいまでに回復したなら、その時にもう一度彼女の意思を確認します。」

「頼んだぞ。」

 

 俺は一体、前世で何をしたからってこんな辛い場面に立ち会うことになるのやら。

 

 回復した彼女は、相変わらず頑なだったが、退院したら斉藤社長夫妻には相談をすると約束を取り付けることはできた。

 

 

 


 

side黒川あかね

 

 アクアちゃんとの面会の時、私は強烈な違和感を覚えた。

 

「アクアちゃん、隠してることあるよね?」

「……と、突然どうしたの?あかね?」

 

 私が突くと、彼女はそれなりの反応を示す。平時の彼女なら、隠し通して取り繕えるだろうに。これは彼女の精神が弱っている証拠でもある。

 

「アクアちゃん、私たちは何があってもアクアちゃんの味方だから。だから__」

 

 私は、集中する。そして、彼女の心に寄り添うのに適切な役を__アイを降ろす。

 

「アクア、私に全部話してみてよ、大丈夫!ちゃんと全部聞くよ☆」

「……ぁかね、やめて。」

 

 これが失敗だったと気づいたのは、アクアちゃんの表情を見た瞬間だった。ひどく怯えた表情と、嫌悪感。私は、アクアちゃんの地雷を踏み抜いてしまったのだと理解した。

 

「ごめん……アクアちゃ__」

「__もう、別れよう。あかね。」

「え……?」

 

 アクアの口から紡がれる言葉を理解するのには、時間がかかった。

 

「なん……」

「私はもう、あかねのことを愛せない。」

「アクアちゃん……?」

「もうこれでおしまいにしようよ。あかねは__私と一緒にいるべきじゃない。」

 

 呆然とする私は、その後面会終了時間まで自分がどうやって呼吸をしていたのかも忘れてしまった。

 

 

 


 

side星野アクア

 

 私は、あかねの愛に救われていた。これまで、ずっと。

 最初は、助けたいという気持ちであかねには接した。次に、彼女を通して見たアイに心を乱された。そして、私を愛して支えてくれた彼女に深い安心と愛を覚えた。

 あかねのことは大好きだ。姫にいとは、また違ったベクトルで。きっと、これは恋愛感情なのだと思う。私は女の子なのに、不思議なほどに彼女に惹かれていたのだ。彼女を愛おしく思ったのだ。

 

 だからこそ、彼女をこれ以上私というモノに縛り付けておきたくない。だから、突き放すことにした。

 それに、彼女の演じるアイは……今の私にとっては劇薬だった。

 

 彼女はしばらく諦めないだろうから、中途半端な言葉では攻防は続くことになるだろう。だからこそ、可能な限り強い言葉で彼女を遠ざける。

 

 それは奇しくも、星野アイがカミキヒカルの精神にトドメを刺した発言と似通っていた。

 

「私はもう、あかねのことを愛せない。」

 

 

 


 

side姫川大輝

 

 アクアと黒川が別れたと聞いた。理由はわからなかった。アクアに直接会って聞こうかと思ったが、それは黒川に止められてしまった。

 

「アクアちゃんの意図は、今なら分かる。だからこそ、今は離れるべきなんだよ。私たちは。だから、姫川さんはアクアちゃんに私の話はしないで。」

「意図って……」

「アクアちゃんはきっと、何かがあって私をソレに巻き込まないようにしてるんだと思う。そしてそれは……」

「それは?」

「いや、これは姫川さんにも言えない。恐ろしい想像すぎるから。」

 

 黒川は青ざめた顔をしたまま俺の前を去った。それ以来、黒川は芸能活動を休止した。

 

 

 

 どこから聞きつけたのか、マスコミはアクアとの破局を嗅ぎつけ、様々な邪推をした。"黒川あかねは精神的に参っているアクアを見て逃げた"だの、"アクアがいない間に姫川大輝との関係が深まった"だの、"ストックホルム症候群になったアクアが黒川をフッた"だの。俺たちはそれを片っ端から否定して回った。

 

「クソッ!!連中、好き勝手言いやがってッ!!」

 

 俺は壱護さんと酒を飲んでいた。そうでもしなきゃ、やってられなかった。

 

「ああ、カミキヒカルの野郎……死んで尚も……クソッ……!!」

 

 壱護さんも怒り心頭だった。

 

「……壱護さん、ルビーの様子は?」

「ファンたちを心配させないようにしてんのか、ステージの上じゃちなんとアイドルをしてるさ。だが、裏側は酷いもんだ。有馬とオフじゃ一言も喋りはしねえ。有馬も有馬で責任感じてんのか、それに対して突っかかることもなく消極的だ。このままじゃ仲直りなんでできやしねえ。二人の仲を取り持とうとするMEMがこのままじゃ胃痛でぶっ倒れる。」

「……ルビー。」

「姫川、お前んところはどうだ?」

「カミキヒカルがララライに所属していたことがあるってメディアが報じてから、嫌がらせの電話が止まらない。アクアのファンが3割、野次馬が7割ってところか。黒川もアクアと別れてから表情が消えてるし、金田一さんはついにぶっ倒れた。こっちもまずい状況ってわけだな。」

「……アクアのやつ、なんで黒川あかねと別れたんだ?」

「わからないが、黒川はアクアには聞くなって。」

「クソ、話してくれなきゃ何もわからねえよ……。」

 

 アクアが帰ってくるまで残りおよそ一ヶ月。俺たちはただ、待つことしかできなかった。

 相手を傷つけないように、踏み入らないことが優しさだと信じていたから。

 

 

 


 

side星野ルビー

 

「お姉ちゃん……」

「ただいま、ルビー……あの時のこと、まだ怒ってるかな?」

「ううん……帰ってきてくれて、よかった。面会、いけなくてごめん。」

「いいんだよ、ルビーもアイドル忙しかったでしょ?」

 

 私はお姉ちゃんを抱き締める。お姉ちゃんの顔は、前に会った時よりも大人びて見えた。まるで修行を終えた僧のような、まるで戦争から帰ってきた兵隊さんのような。

 

「有馬は?」

「ん〜?今は出掛けてるんじゃないかな〜」

 

 お姉ちゃんの問いに対して、私は作り笑いをしたまま答える。お姉ちゃんは、「そっか」と少し寂しそうに答える。

 

「有馬には悪いことしちゃったな……」

「え?」

「いや、有馬を利用する形になっちゃったし、その上で失敗しちゃったから。」

「お姉ちゃん、知っててカミキヒカルに会いに行ったの?」

「……うん、復讐を早く終わらせないとって。」

「なんで私に何も言ってくれなかったの?」

「巻き込みたく……なかったから……」

 

 私の目つきに怖気付いたのか、お姉ちゃんは目を逸らして僅かに後退する。

 

「いや、怒ってないよ。大丈夫だよ。ただ、とても悲しかっただけ。お姉ちゃんにとって、私はどこまでも庇護すべき対象なんだなって。」

「うん……ごめんなさい。ルビー。」

 

 私はお姉ちゃんに抱きつく。お姉ちゃんはびっくりしたように硬直するが、すぐに柔らかな表情で私の頭を撫で始めた。

 

「ごめんね、心配かけちゃって。」

「ううん、大丈夫。ちゃんと生きて帰ってきてくれたから。」

「……うん。」

 

 お姉ちゃんが私を優しく抱きしめる。久しく感じる姉の温もりを堪能していると、頭上から姉の声がかかる。

 

「ねえ、ミヤコさんと壱護さんいるかな?ちょっと二人と話したいんだ。」

「私も一緒にいていい?」

「ごめんね、ちょっと内緒話。」

「そっかぁ……」

 

 聞き分けのいい子を演じるが、当然盗み聞きするつもりだ。私はお姉ちゃんを二人の元に送ると、部屋を出て扉に張り付いた。

 

 

 


 

side星野アクア

 

「……ただいま。」

「心配かけやがって……本当にっ……無事でっ、よがっだっ!!」

「アクア……お帰りなさい。」

 

 二人の熱い抱擁を受け、私はつい涙がこぼれる。

 

「心配かけて、ごめんなさい。」

 

 弱々しく、私は二人に謝ると、二人の背中に手を回す。

 

「……二人とも、これはルビーや他の人には話したくないんだけど、二人には話を通しておきたくて。」

「なんだ?」

 

 私は二人から離れると、深呼吸をした。怒られるんだろうなとか、また心配をかけちゃうんだろうなと自己嫌悪をしつつ、私は覚悟を決めてその言葉を口にした。

 

「私、妊娠してる。」

 

 二人の顔が凍りつく。

 

「ま、まだ堕胎も間に合うんじゃ……」

「堕すつもりは……ないよ。壱護さん。」

「どうして……?」

「私は、カミキヒカルとは違うから。人殺しじゃないから。」

 

 命の重みなんてモノ、背負いたくない。自分の選択で、罪のない誰かを殺すなんて嫌だ。

 

「ど、どこに関係があるんだよっ!」

「中絶するっていうことは、お腹の中の命を殺すってことでしょ……?私には、耐えられない。だって、カミキヒカルは悪人だけど、お腹の中の子は……罪がない。生まれることは、祝福される謂れはあれど、否定されるべきじゃないから。」

「アクア……」

「だから、産む。中絶はしない。」

 

 二人は黙り込む。たしかに、私は極端なことを言っているかもしれない。それでも……それでも私はもう、そうやって刷り込まれてしまったのだ。もう、思考を切り替えることはできない。

 

 そんな時、部屋のドアが開く。

 

「お姉ちゃん、どうして……」

「ルビー……いつから、聞いてた……の?」

「最初から、全部だよ。」

 

 私はこの時、どんな表情をしていただろう。ルビーの悲壮な表情を見るに、私は酷い顔をしていたのかもしれない。

 

「考え直そうよ、お姉ちゃん。望まぬ妊娠で、中絶をするのは認められた権利なんだよ?カミキヒカルの子なんて……」

「ルビー、私たちは誰の子?」

「……ママの、アイの子だよ。」

「そうでしょ?カミキヒカルはもう死んだ、いない。だから、私が産むのは私の子。それを殺すなんて選択は、できない。」

「その理屈はおかしいよ、理屈になってないよ。だって……」

「ルビー、生まれる命には罪がないんだよ。どんな子供だって、愛される権利があるんだ。私はその未来を摘み取るのが、怖い。」

 

 怖い。私の心の底から出た本音。殊勝さなど欠片もない弱音。その言葉が、ルビーの心を打ち付ける。

 

「……本当に、産む気なの?」

「うん。」

 

 

 

 後日、マルチタレントの星野アクアは無期限の活動休止を発表した。事務所は「誘拐によるメンタルの不調と体調不良が回復するまでの間、無期限で星野アクアは活動を休止し、療養に専念をさせる」としている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、数ヶ月が経ち……あるニュースがファンに追い打ちをかけた。

 

 [星野アクア、事務所にて急死。出血性ショックか。]

 

 彼女が19歳の時の出来事だった。

 星野アクア 享年19歳。

 

 

 


 

side姫川大輝

 

 アクアが死んだ。

 産科危機的出血とか言ってたが、何もわからない。アクアが妊娠していたことは、ある時にアクアから直接聞かされたから知っていた。

 

「私、妊娠してるんだ。アイツとの間の子を。」

「……まさか、産むつもりなのか?」

「うん。生まれてくる子には、罪がないから。出来ちゃったからには、幸せに生まれて、幸せに生きてほしい。」

「……困ったことがあれば、いくらでも頼ってくれ。俺は、お前の味方だ。アクア。」

「ありがとう、姫にい。巻き込んでごめんね……大好きだよ。」

 

 

 

 アクアの死については、事務所にいる時にコトが起きたため主治医の先生も間に合わなかったのだという。

 だが、先生の頑張りもあって赤子は無事だった。アクアやカミキヒカルと同じ、色素の薄い男の子だった。その目は、星野アイとよく似ていた。

 

 

 

 結論から言うと、その子は俺が育てることになった。アクアの身内の中で、その子を育て養う意思を示したのが俺だけだったからだ。いや、正確には斎藤夫妻は申し出たが、ルビーが拒否をしたのだ。

 ルビーにとって、この子はカミキヒカルの子でもあり、さらには愛する姉の命を奪った元凶でもあるのだ。今の彼女が受け入れられないのも、無理はない。

 だが、俺はこの子を……アクアの忘形見を失いたくなかった。だから、俺が引き取り、育てることにしたのだ。名前は「吾郎」にした。生前、アクアが候補として口にしていた名前だ。

 

 

 

「姫川さん、男手一つで育てるのは大変じゃないですか?」

「大変でもやるしかないさ。子持ちの男なんぞに近づいてくる人間なんていないからな。」

「私が籍を入れましょうか?」

「……なんのつもりだ?」

「アクアちゃんの忘形見を、アクアちゃんの分まで幸せにしたいというのは……普通のことでしょ?」

「__それも、そうか。でもいいのか、お前の人生も俺に巻き込まれることになるが。アクアはきっと、お前を巻き込まないために遠ざけたんだと思うが……」

「いいんだよ。だってアクアちゃんとの繋がりを、姫川さんだけに背負わせるわけにはいかないから。」

 

 俺と黒川は籍を入れた。お互いに愛はない。ただ、同じ人物への想いと、彼女が残した命を守り育てる上で、その方が都合が良かったからそうしたのだ。

 マスコミは俺と黒川の結婚と、出所不明の赤子、アクアの死についてしつこく嗅ぎ回ったが、斎藤夫妻や有馬、MEMや他にも大勢の苺プロの面々によって、それらはやがて沈静化していった。

 世間が、星野アクアを忘れていく。それでも、俺たちの心にはずっと彼女の存在は残り続けた。俺も、この子が……吾郎が大人になるまでは生きようと思った。生きなければならないと。

 

 

 


 

side上原吾郎

 

 僕には、本当の両親がいない。今僕を育ててくれてるのは、僕の実の親の家族と元恋人だという。僕の母親は、僕を産む時に死んでしまったらしい。そう、ルビーさんから聞いた。ルビーさんは、僕のことをひどく嫌っていたけど、時折見せる哀しい顔に、僕は彼女を憎むことなんかできなくなっていた。たぶん、ルビーさんは僕の母のことを深く愛していたんだと思う。

 僕の母親は、テレビに出る芸能人だった。今の両親二人もそうなのだが、それは置いておく。画面の中に映る母さんはとても綺麗な人だった。とてもかっこよくて、それでいて美しかった。父さんと母さんのコレクションは、どうやら母さんの出演した作品が全て揃っているらしい。CMさえも、録画した映像がDVDにダビングされている。五反田監督から、コピーしてわけてもらった子役時代の作品もそこにはあった。

 僕の父親については、誰も教えてくれない。僕のことが嫌いで、いくらでも僕の出生を悪く言うルビーさんでもだ。僕が父親について聞けば、皆気まずそうに話を逸らす。だから、自分で調べてみたことがある。どうやら、僕が生まれる直前に、僕の母親は二ヶ月の誘拐されていたらしい。下手人は「カミキヒカル」。たぶんこの人が僕の父親なんだろう。鏡に映る僕と、よく見れば確かに似ている。

 

 今の僕を育ててくれている両親のことは大好きだ。僕の一挙手一投足に一喜一憂しては笑ってくれるし、泣いてくれる。たくさん抱きしめてくれるし、悪いことをしたら叱ってくれる。変装などをしてはいろんなところに連れていってくれるし、家でも一緒に遊んでくれる。だから、父さんと母さんのことは大好きだ。でも、少し寂しいだけ。

 僕の周りには、優しい人ばかりだ。有馬さんは僕に会うたびにお菓子をくれるし、たまに内緒でお小遣いもくれる。MEMさんも「アクたんそっくりだねぇ。」と僕の見た目を褒めてくれる。その上で「姫川さんとあかねにそっくりで、いい子だねぇ。」と僕の内面まで褒めてくれる。斉藤夫妻は、僕のことを孫かひ孫のように可愛がってくれる。金田一さんも、母さんの両親も、五反田監督も。

 でも、ルビーさんだけは違う。僕の叔母。彼女だけは、僕が視界に入るたびにため息をつく。それから、すぐにどこかへ行ってしまう。テレビに映る彼女とは大違いだ。テレビに映る彼女は、誰にでも笑顔で接しては多くの人を虜にしている。そんな星のような輝きを持つ人だった。なのに、僕の前の彼女は深い闇そのもの。光なんてない宇宙の暗黒。僕のかわいさをもってしても救えない、砂漠の夜の蛇だ。

 そんな彼女が、とても可哀想に思えた。僕が彼女の大切な人を奪ってしまったのだと思うと、自分の命に重みを感じた。少しだけ居心地の悪い、重みを。

 

 5歳の誕生日を迎えた僕は、母親の……星野アクアの墓参りに来ていた。星野家の墓と彫られたその墓跡には、花がたくさん添えられていた。

 

「吾郎くんのお母さんはね、たくさんの人から愛されていたんだよ。これが、その証拠。」

「ああ……俺も、アイツが世界で一番大切だった。だから、あいつが遺したお前のことは、何にかえても幸せにしてみせるからな。」

 

 父さんと母さんにとっても、星野アクアは掛け替えのない大切な存在だった。僕は、自分の出生を呪った。

 

 

 

「父さん。僕、医大に受かったよ。」

「おお、本当か吾郎!よく頑張ったな!」

 

 18歳の僕は、外科医になろうと思っていた。理由は、好きな小説の主人公がカッコよかったからだ。

 

「吾郎くん、君は本当に優しい子だね。」

 

 __だから、そんな意図はなかったんだ。

 

「産婦人科医を目指していたなんて、初めて知ったよ。アクアちゃん……お母さんのことを想って、その道を選んだんだね?」

「え、吾郎そうなのか?」

「……うん、そうだよ。」

 

 僕は、嘘をついた。それが、恩返しになるなら。

 

 それが、償いになるならと。

 

 

 

 河川敷で、僕はサングラスをかけた不審者と横並びになって手頃な石を拾って水切りをしていた。

 

「……本当に産婦人科医を目指してるの?」

「悪いですか。」

「いや、いいことだと思うけど。本当にあなたの意思なのかなって。」

「……ルビーさんは、どう思うんですか。」

「どう思うって?」

「僕は、これが僕の母親への償いになると信じています。僕が産婦人科医になって、母のような人を救えるならと。」

「……お姉ちゃんが望んでたのは、償いなんかじゃないよ。ほんと、誰かさんに似てきたね。全く血の繋がりなんてないあの人に。生まれ変わりだって言われても、信じちゃうくらいには。」

「誰のことを話してるんですか。」

「雨宮吾郎。私の初恋の人。」

「……だから、僕の名前を聞くたびに複雑そうな顔をしていたんですか。」

「それもある。一番は……と、これを言うのは八つ当たりだよね。なんでもないよ。」

「そこまで言ったなら話してくださいよ。」

「……後悔しない?あなたの人生、壊れるかもしれないけど。」

「僕は苦しむのが仕事なので。」

「……。」

 

 拳骨が落とされる。

 

「アクアは、どんな人間にも生きる権利があるって言ってた。だから私は、アクアの出産を認めたの。なのに、今のあなたは全然幸せそうじゃない。」

「……僕は幸せだよ。たくさんの人から愛されているから。」

「それが重みに変わり始めたのは、いつから?」

「……。」

「わかっちゃうんだよね。私、これでもアイドルをしてたから。」

「関係あります?」

「あるよ。アイドルはファンの顔をよくみてなきゃいけないから、人を見るのは得意なの。」

「……重みに感じ始めたのは、およそ5歳ぐらいの頃からです。母親の死の真相を知った時、それから、調べる中で父親のことを知った時です。」

「……片方は私のせいだね。いやあ、君みたいな小さな子に八つ当たりするなんて、最悪なアイドルもいたもんだ。」

「仕方ないですよ。僕は、あなたの最愛の姉の命を奪って生まれてきたん__」

 

 僕の頬に、パシンと鋭い痛みが走る。

 

「その顔で、そんなこと言わないで。」

「……ごめんなさい。」

 

 ルビーさんの目には、黒い二つの星がおどろおどろしく煌めいていた。吹き出す怒りが、形を成すように。

 

「あなた、まだ18歳でしょ。子供なんだから、我儘言ってよ。周りの大人の顔色なんて窺わなくていいの。自分の幸せのために生きていいんだよ。」

「でも、アクアさんは19歳で……」

「今関係ないでしょ、そんなの。あなたは子供、私たちは大人。おわかり?」

「……ルビーさんって、すごく若く見えますけど、そういえばもう37ですもんね。」

「ふーっ……拳?脚?」

「すみませんでした。」

 

 ルビーさんはいつしか、僕が本音で話せる唯一の相手になっていた。かつて僕に向けていた嫌悪感や憎悪は鳴りを潜め、今は僕が幸せになることを心から願って、不器用ながらも僕が道を間違えた時は正しい方角に蹴り飛ばしてくれる。

 

「母さんに話してみるよ。本当のこと。」

「うん、あかねちゃんならきっとわかってくれるよ。」

「ありがとうございます、ルビーさん。」

「私は何もしてないよ、ただムカつくから八つ当たりしてるだけ。」

 

 ああ、そうだ。そう言うと、彼女はアクアの原文ママだと言ってから次の言葉を唱えた。

 

「"生まれる命には罪がないんだよ。どんな子供だって、愛される権利があるんだ。私はその未来を摘み取るのが怖い。"……だってさ。お姉ちゃんらしい、おめでたい優しさに満ちてるでしょ?」

 

 彼女はそう言って去っていく。その言葉が深く突き刺さる。

 伝えてくれた彼女にも、母にも……いつか恩を返したい。僕は心の底からそう思った。

 

 

 

 結局、僕は外科医になることができた。本音を話してみると、すぐに母さんは「ごめんね、早とちりしちゃって」と謝り、抱きしめてくれた。それから、僕の夢の動機を聞くと少し笑いながらも「そういう始まりも、いつかは誇れる理由になるよ。だから、いいんじゃないかな?」と背中を押してくれた。父さんも「俺は父親としてお前を支える。やれるだけやってこい。お前ならなれる。なれなくても、俺たちはお前の新たな道を応援する。だから全力で走れ。」と激励してくれた。

 僕の心は、少しだけ軽くなった。そうして、僕は未来を歩んでいける。

 

 

 

 

 

 

 

…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 星野アクアの人生に意味を与えることができるのは、きっと僕だけだ。僕のせいで失われた君の命。それによって多くの人が嘆き、悲しんだ。ルビーさんは僕の顔を見るたびに、君を思い出しては苦しむ。

 

 ああ、僕の命に……重みを感じる。

 

 そんな歪んだ本心は誰にもバレず、僕は知らず知らずのうちに"父親"に似ていった。これが矯正されずに生きていたなら、僕は化け物になっていたのかもしれない。抱えた罪禍に押しつぶされそうだった。

 

「生まれる命には罪がないんだよ。どんな子供だって、愛される権利があるんだ。私はその未来を摘み取るのが、怖い。」

 

 __それでも僕が幸せになることが、星野アクアの幸せに繋がるのなら、幸せに生きてみようじゃないか。

 

 なんせ、星野アクア(ママ)は僕の推しだから。

 初めて画面越しにみた、その時から。

 

 推しは、神様なんだから逆らうべきじゃない。




星野アクア
 故人。
 カミキヒカルに精神をぶっ壊されて、まともな判断ができない。
 奇しくも、前世の母親と同じ死因。

雨宮吾郎
 最後の力を振り絞って「星野アクア」の心を守ろうとするが、切り刻まれて消滅する。

カミキヒカル
 故人。
 相部屋の男がアクアのファンだった。
 「アクアか、親子揃っていい身体だったよ」と煽り、殴り殺された。
 手の込んだ自殺。法で裁かれたくなかったらしい。
 余罪は全て闇に消えた。

主治医
 吾郎せんせに似ている。見た目は似てない。
 アクアの死で曇る。以来、スマホの待ち受けはずっと星野アクア。
 前世とかはない。ただのモブ。一般人。

姫川大輝
 最愛の妹が死んでSAN値ピンチ。彼女の忘形見を幸せにしてみせる。

黒川あかね
 最愛の人から振られたと思ったら死なれてSAN値ピンチ。アクアちゃんの生きた証を未来に残したい。

星野ルビー
 最愛の姉が死んでSAN値ピンチ。18年を経てようやく割り切ることに成功する。
 それでも、思い詰めた顔はアクアに似てるし、何か企んでる顔はカミキヒカルに似てるので苦手。でも少し、ゴローせんせに似てるなと思っている。

上原吾郎
 アクアの息子。実母である星野アクアに倒錯した愛情を向けている。精通が実母の子役時代だったクレイジーマザコン。カミキヒカルの転生ではなく、素の異常者。何かが間違えば、第二のカミキヒカルになっていた可能性がある。
 ルビーから聞いた母の願いに救われて、少しはマシな推し活に切り替える。本人曰く、「だって、推しの願いは何よりも優先しないとダメじゃないか。」とのこと。
 後に、色々あって(病院の政略結婚)天童寺家の娘と結婚する。政略結婚かぁと思って落胆していたが、実際に一緒に過ごしてみるとすごく波長が合ったのか、とても仲良しになる。前世の母親が親戚になり、ルビーが死ぬほど複雑な表情をする。
 



 たまにはエグいのを書きたくなりました。
 可哀想は可愛い。
 後悔はありません。

 幸せなアクア女体化の小説が増えることを願います。
 その一方で、苦しむ女体化アクアも見たいのです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。