姫川大輝は逆行する_が、どうにも弟が弟じゃない。 作:ある日の残り香
「せんせ❤︎」
アクアが雪宮五里などという人格を作ることなく、雨宮吾郎が悪霊化することなく残り続けた世界。
はたして、雨宮吾郎は最後まで「男」でいられるのか。
ぶつ切り方式の文章がツギハギされてる感じなので、読みづらいと思います。
カミキヒカルめっちゃ絡んできます。
難産でした。なんとか書き切ることに意識を向けてようやく完成したので、ガバガバです。
3行で説明しよう。
推しが妊娠してた。
死んだ。
推しの子供になった。
一見すれば地獄煉獄天国のダンテ・アリギエーリもびっくりの神曲地獄めぐりだ。いや、アイは永遠の淑女ベアトリーチェよりも美しいが。
だが、神というものは天国だろうと試練を与えるらしい。
僕は女の子になった。
僕の妹も僕と同じ転生者だ。
彼女は重度の厄介ヲタクだった。
僕の尊厳の死は約束されていた。
「え、キモーっ!!!?無理無理無理!!実姉が前世男だったとか無理ーっ!!」
「こっちだって好きで女の子に生まれたわけじゃない……それに、僕だって……アイには普通の子供を産ませてやりたかった。」
「……ん?産ませてやりたかった……って、まさか私たちの遺伝子学上の父親だったりする?禁忌を犯した罪人?処す?」
「違う。担当医だよ、産婦人科の。」
「へぇ……」
「アイの出産予定日に死んでしまってな……必ず駆けつけるって約束を破ってしまった。」
「産婦人科医かぁ……」
「なんだその顔。」
「ちょっと前世のこと思い出しただけ!まだ私、アクアのこと認めてないから!」
妹から兄と認められる日は果たして訪れるのだろうか。
成長するたびに、鏡に映る僕の姿を見て憂鬱になる。まだ幼少期だからそこまで性差はないものの、大人になるにつれて僕の心と身体の性は大きく乖離していくのだろう。その苦しみを抱えて生きていくことになる。
きっと、僕はこれからアイ譲りの可愛らしい女の子に育つのだろう。はたからみれば勝ち組の人生だ。素晴らしい容姿、経済的に苦労しない家庭、若く美しい母親。だが、僕は雨宮吾郎の自我がある。ノーマルなおっさんが美少女として生きていくのは、ハードルが高い。
もしかすると、大人になるにつれて精神が肉体に引っ張られていくのだろうか。そうなると、いつか僕は男の人と恋愛をする可能性も__
「うっぷ……」
「アクア〜!!????」
血相を変えて飛んでくるアイに抱えられ、僕はトイレで吐いた。そして決意した。僕は、男として生きてやると。可愛い女の子を恋人にして、幸せに生きてやる。
それから、色々なことがあった。五反田ってカントクとの縁ができて映画に出演したり、その映画で共演した役者を泣かせちゃったり、演技って少し楽しいかもなって思ったり、ルビーがお遊戯会を経て元気になったのを見て、さりなちゃんを思い出した涙しそうになったり。
そして__
ドームライブの当日、アイがストーカーに刺され、目の前で死んでしまったり。
犯人を見つけ出して、必ず復讐を果たす。
前言撤回だ。僕の幸せなんて、もういらない。
それからの日々は、特段取り上げるべき事柄もない。カントクの元で演技やら裏方やらについて学びつつ、日常生活を送った。ルビーに悪い虫が付けば、追い払った。アイの携帯に残された手がかりをもとに、復讐の道筋を探していた。
ああ、そこまで特筆するべきことではないんだが、僕は少しだけ悩み……いや、悩んでなんかいないが、問題を一つ抱えていた。
「カントク、アレってどこ?」
「アレか。アレは右から三番目のフォルダの中にある「音声素材24」のフォルダの中だ。」
「はいよ。あんがとさん。」
「……なぁ、早熟。お前ずっとここに来るけどよ、友達とか作らなくていいのか?中学なんて遊んでなんぼだろ?」
「いいんだ。それに、同年代の子とは……話が合わない。」
「で……俺だけが話し相手、と。勿体ねえな。」
「別に、青春なんて僕にはいらないし。」
「はぁ、そうですかい。」
僕は友達ができなかった。
「お姉ちゃんって高嶺の花みたいに扱われてるけど、実際はコミュ障なだけだよね。」
「高嶺の花みたいに扱われてるってのが初耳だ。だがわかるだろ、自分より遥かに年下の女の子たちと同性の友達として接することができるか?中学生男子のノリに、この美少女の肉体でついていこうとすればどんな事故が起こるかわかるか?」
「うん、初恋泥棒待ったなしだね。」
「僕の中身はずっと男のままなんだ。男から好意を寄せられるなんて、考えるだけでサブイボが立つ。」
「難儀だね、お姉ちゃん。はい、これ。」
「……ん?なんだこれ。」
「クラスの友達からラブレター預かってきた。ゲボ吐く?」
「……」
当然破り捨てた。
高校受験の季節になると、僕はルビーと同じ学校を受けることにした。勘違いしないで欲しいのは、僕が勉強をおろそかにして馬鹿になったとかではないということだ。ただ、ルビーという妹が心配で心配でたまらず、そばで見守るためについていくだけなのだ。
「お姉ちゃん、一緒にアイドルやらない?」
「__お前、狂ったのか?」
「狂ってないよ!いいじゃん、天真爛漫美少女とおっさん系美少女の双子系アイドル!!」
「やだね。僕はアイドルは推し専だ。」
「私はアイドルになりたい、お姉ちゃんは私んそばで見守りたい。この利害関係は一致するよ?」
「ふざけるな。僕は男だぞ。アイドルなんてやりたくない。」
「でも〜!私、全然アイドル事務所に受からないんだもん!!このままじゃアイドルになれないよ〜!!」
「……はぁ。」
ルビーが受からないのは、すべて僕が手を回しているからだ。僕はルビーを絶対に、アイと同じ目に合わせたくない。だから、彼女の夢を踏み躙ってでも、僕はルビーがアイドルになれないように手を回し続けた。
「……そもそも、ルビーはなぜアイドルになりたいんだ?」
「前世からの夢だよ。それに……」
「それに?」
「アイドルになれば、せんせが見つけてくれるから。」
「……。」
「あ、せんせっていうのはね……」
え、ルビーってもしかして……いや、そうじゃないかと思ったことはあったけど、そんなの僕の妄想だと思っていたけど……まさか。
「雨宮吾郎……だったり、しないよな?」
「な、なんで知ってるの?ど、同僚だった?」
「いや……ちょ、ちょっと一つ聞いてもいいか?」
「う、うん、いいよ。私もまさかとは思うけど、多分同じことを思ってる。」
「すぅ……」
お互い、緊張した面持ちで見つめ合う。
「さりなちゃん?」
「せんせ、なの?」
「あはは、15年間もずっとそばにいてくれたんだね。ゴローせんせ!」
「……初対面の時に君が僕に言った言葉、忘れてないよな?」
「ア……せ、せんせなら問題ないよ!!大丈夫!!」
「はぁ……まったく。でも、生まれ変わったとはいえ、君がこんなに元気に成長することができたのは純粋に嬉しいよ。」
「えへへ……」
ルビー……いや、さりなちゃんは運命の再会に対して夢心地になっていたのか、しばらく僕を抱きしめて離れなかった。しかし、しばらくすると、ハッとした顔で深刻そうに喋り出した。
「待って、せんせがアクアに転生したってことはせんせは死んじゃってるんだよね?」
「そうだな。まだ遺体も見つかってない。」
「今度探しに行こうね。で、次に私たちって姉妹になっちゃったんだよね?」
「うん、そうだな。」
「姉妹って結婚できなくない?」
「そうだよ?」
「せんせ、16歳になったら結婚してくれるって言ったよね?」
「……「考えてやる」だった気がするが、もしもさりなちゃんが生きていて告白されたなら受け入れただろうな。」
「私、せんせと結婚できない?」
「……姉に生まれて、ごめん。」
「うぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ……」
ルビーは頭を抱える。1時間ほど唸っていたが、その果てに彼女は長く息を吐くと、割り切ることができたようだ。
「まあ、でも……せんせとは家族になれたし、戸籍が一緒なら実質結婚だよね!」
「ポジティブで何よりだな。」
「だからお姉ちゃん、結婚なんてしないでね。」
「僕は男だぞ。男と恋愛なんかしてたまるか。」
「なら、私と一緒にアイドルやろう。恋愛禁止が保障されるから。」
「謹んで辞退いたします。」
その後、ミヤコさんを説得してルビーにはうちでアイドルをやらせることになった。しかしメンバーが半年以内に集まらなかった場合、僕が所属するという条件を抱えたまま。
メンバーの件は、高校で再会した有馬かなを口説き落としてなんとかなった。すまんな、有馬。
ある時、僕はルビーの前で正座させられていた。
「これ、何?」
「恋愛リアリティショーですね。」
「なんで?」
「諸事情ありまして。」
「諸事情って、何?」
「鏑木プロデューサーと、縁を作りたくて……」
「は?」
「あのオッサンはほら、色んなところにコネがあるからルビーの芸能活動にも役立つかなぁ……って?」
「ふぅ……せんせ。番組内だろうと浮気したら殺すからね。」
「ひぇ……。」
「また特殊なプレイしてるわね、アンタたち。」
「有馬、助けてくれ。」
「先輩は口出し無用だよ。」
「まあ、アクアなら演者の男に告白されてもフるだろうし大丈夫じゃないの?」
「先輩、お姉ちゃんって性自認が男で恋愛対象は女の子なの。だから警戒すべきは……」
「……そういうことね。」
有馬は、ルビーの味方になってしまった。まったく、二人とも心配しすぎである。
僕が年若い女の子なんかに惹かれるわけが__
「てへ☆」
「ミ゜」
黒川あかねがアイを憑依させた回が放映された日、僕は事務所に帰るや否や取り押さえられ、椅子に縛り付けられた。
「はい、家族会議です。」
「ゲストの有馬かなです。」
「誤解だ、ルビー。」
「あれ、どう見ても恋する乙女の顔だったよね?先輩。」
「間違いないわ。それも、よりによって黒川あかねに……。」
「ちが……あのな!僕がルビー以外に好意を向けると思うか!?」
「おう目の前にいる私の顔見て言えや。」
「アクアが女の子を誑かすのは、先輩で証明済みなんだよね。先輩はノーマルだったから、お姉ちゃんが女の子って知ってからは落ち着いたけど。」
「……あー。弁護士はいないのか?ミヤコさんは?」
「みやえもんには、日帰りの温泉旅行のチケットを渡しておいたから今日はいないよ。」
「……。」
黒川あかねに見たのは、アイの面影。僕の心が、それによって掻き乱されているのは事実だ。だが、僕はこれでも通算でアラフィフも近い男だ。女子高生をそういう目で見るわけがない。
「大丈夫だ。あの番組は基本的に男から女への告白になる。僕とあかねがくっつくことはない。」
そうだ、心配しすぎなんだよ二人とも。
__黒川あかねは使える。
目隠しをされ、手足を縛られた僕の頭のすぐ横に何かが振り下ろされる音が聞こえた。おそらく木刀だろう。
「せんせ。」
「ち、違うんださりなちゃん!!これは、その……!!」
「命乞いは聞きたくないよ、せんせ。いくらママに……アイに似てるからってあんなにコロッと……」
「……ぐぅ!!」
ルビーを復讐に巻き込むわけにはいかない。だが、ここでルビーに殺されてしまっては元も子もない。
「覚悟__」
「あなたたち何やってるの!?」
部屋の扉が開くと共にミヤコさんの困惑混じりの悲鳴がこだまする。
「あっ!?ミヤコさんこれは違くて……」
「助けてくださぁい……妹に襲われてまぁす……」
「とりあえず、その木刀は没収ね。」
こうして僕は一命を取り留めた。
「……で、家出してきたと。」
「うん。」
「早熟、悪いことは言わないから帰れ。こんな暗い時間に女の子が子供部屋に寄生してるおっさんがいる家を頼るもんじゃねえよ。」
「女の子扱いすんな。ってか、帰ったらルビーに殺されるんだよ。」
「はぁ……お前、同性の友達とか知り合いとかいないの?」
「……一人だけ、苺プロ以外の子がいる。」
「そんじゃ、そいつを頼れ。お前は今注目されてんだ。変なスキャンダルとか御免だろ。」
「……アンタは俺のパパかよ。」
「似たようなもんだろ。」
ルビーから逃げて家出した僕は、最初カントクの家に上がらせてもらおうと思ったが、追い返されてしまった。僕のことを心配してのことらしいが、女の子扱いされたのは心外だ。
あてもなく歩くわけにもいかないが、あかねの家にはあかねの家族がいるだろう。迷惑をかけるわけにもいかない。それに、現役のJKの家に泊まるなんてのは精神的にまずい気がする。
ひとまず、公園のベンチに座って今後のことを考える。今の持ち物は急いで飛び出してきたため、財布とハンカチとティッシュだけ。着替えもなければ飯もない。財布の中にはキャッシュカードと現金が10万ほど。
「ネカフェ使おうにも、今の僕は未成年だしな……」
今の僕は未成年。社会的には弱い立場だ。
「ホテルとかって、保護者のアレコレなしに泊まれたっけか。」
とりあえず寝床は確保せねばならない。野宿をしようにも、この身体じゃ最悪の場合は変質者に襲われかねない。
「あー……僕が男なら家出しても余裕だったのに。」
「なにかお困りですか〜?」
声のした方へと振り向けば、男が一人立っていた。
「……誰ですか?」
「通りがかりの者です。ああ、名刺をどうぞ。」
「__神木プロダクション。芸能事務所ですか?」
「はい、そうです。」
「……勧誘なら諦めてください。僕はすでに事務所所属のタレントなので。」
「おや、となると……あなたはやはり星野アクアさんですか?苺プロダクションの。」
「気づいてたんですか。」
「確証はありませんでしたが、今日あまや今ガチで見た姿にそっくりでしたので。」
「そうですか。」
男は20代後半だろうか。いや、意外と30代……まさかアラフォーまで行ってるのだろうか。ミヤコさんとはまた違った若さを醸し出すその男は、綺麗な顔をしていた。
カミキヒカル。名刺には、そう書かれている。
彼は僕の隣に腰を下ろすと、先ほどまでの敬語を崩して、ゆったりとした親しみ深い口調で喋り始めた。
「それで、困っているなら相談に乗ろうか?僕はこれでも事務所の代表だから、所属タレントの相談に乗る機会も多いんだよ。何か力になれるかもしれない。」
「……妹と喧嘩して家出したんですが、今更になってこの年の女が家出をするのは無茶だったなと後悔してます。」
「喧嘩、か。何があったんだい?」
「今ガチを観てたならわかると思いますが、僕は最終回でカップル成立しました。それを観た妹が浮気だなんだと言って。」
「あはは、つまりは嫉妬かな。可愛い妹さんだね。たしかルビーさんだったかな、同じく苺プロの。」
「……知ってるんですか。」
「うん、君のファンだから調べたんだ。ちょっと前にね。」
「僕のファンなんて珍しい。今まで脇役ぐらいしかやってないのに。」
ファンだと言われて悪い気はしない。それと、精神的に年齢が近いからだろうか、彼とは落ち着いて話ができる。
「家出の件だけど、帰るしかないと思うよ。」
「いやでも、帰ったら妹に殺されるかもしれないんですって。」
「はははっ。」
カミキさんは笑うと、急に立ち上がって僕の両腕を押さえてくる。その力は少なくとも僕よりは強く、僕は肉食動物に首筋を噛み付かれた野うさぎのように身動きができない。僕はただ、ひゅっと声にならない声を出すことしかできなかった。
「__これから夜になると、こんなふうに不審者に襲われる可能性も上がるんだよ。そうなった時、君は自分の身を自分で守ることができない。それに未成年だから、宿泊場所も限られる。そんな危険な世界と、妹。どちらの方がマシかを考えてから行動しなさい。」
彼は声を低くして、僕に警告するとすぐに手を離す。僕の心臓は早鐘を打っていた。数秒の間、呼吸の仕方を忘れていたかのような錯覚を覚えた。
「悪かったね。推しがあまりにも無計画に、危険な行動をしていたからつい説教したくなってしまった。ああ……もしも不快に思ったのなら、警察に連絡しても構わないよ。」
「い、いえ……今回に関しては、僕が悪かったので。それに、カミキさんも本気で襲うつもりはなかったでしょうし……善意として受け取っておきます。」
「カミキさんなんて堅苦しいし、ミキさんでいいよ。所属タレントの皆さんはそう呼ぶから。」
「……わかりました。ミキさん、すみません。軽率でした。ちゃんと家に帰ってルビー……妹と話し合います。」
「うん、それがいい。それじゃあね、アクアさん。これからも君の活躍を願ってる。」
会釈をして、僕は事務所に帰った。
その数秒の出来事が、転生してから初めて否応なく自分が女になったのだと理解させられた瞬間だった。
「ははっ……ちびるかと思った……。」
だが、あそこまで僕のことを親身になって心配してくれるファンがいるというのは、少しだけ嬉しかった。
「ミキさん、また会えるかな。今度は酒でも……って、今の僕はまだ未成年だった。」
あの人の雰囲気は、とても柔らかかった。父親のような、親友のようなそんな空気を纏っていた。もしも雨宮吾郎の時に会えていたら、いい飲み友達になれていたかもしれない。
「もう!!心配したんだからっ!!!」
「ごめんって……ごめん……」
事務所に戻ると、予想に反してルビーには抱きつかれた。殺されるものだと思っていたから、面食らったが、目を腫らした彼女を見て僕がすべきことを全て理解した。
「……悪かった。都合が悪くなった途端逃げたりして。」
「……許さない。」
「どうしたら許してくれる?」
「……一緒にお風呂入って。それから一緒に寝て。」
「エ」
「じゃないと許さない。」
僕の尊厳が、死ぬ音がした。
「なんで目を隠してるの?」
「さりなちゃんの裸とか、犯罪臭がすごくて見れない……」
「今は姉妹なんだからなんの問題もないでしょ!」
「__わっ!!」
僕は目を掌で覆って隠していたのだが、いとも容易くその腕はどかされてしまった。
そして視界に飛び込んできたのはさりなちゃんの……ルビーの裸体だった。ほぼ僕と同じだ。胸がルビーの方が大きいだけで。
「……。」
「ね、なんの問題もないでしょ?」
「そうだね……。」
肉親だからなのか、相手が女の子だからなのかわからないが、僕は思ったよりも取り乱すことはなかった。前者ならばまだいいが、後者だとしたら僕の精神はもうだいぶ肉体に引っ張られてしまっているのかもしれない。
「……あれ、せんせ。腕、どうしたの?」
「う、腕がなんだって……!?」
僕は先ほどのことを思い出し、なんとか誤魔化さなければと思考を巡らせ始める。しかし、何も案が浮かんでこない。
「ほら、痕がついてる。強く握られたような痕。大きさからして……男の人?」
「あー……」
「もしかして……襲われた?」
「んー……襲われては、ない。けど、脅かされた?」
「警察にいこ?」
「えー……大丈夫だよ。」
「お姉ちゃんレ●プされかけたんだよ!?警察行かなきゃ!!」
「早とちりだ。」
「ぐぇ。」
ルビーの早とちりが危うい方向に行きかけたのを察知し、僕はコツンとルビーの頭を叩く。
「むしろ、その人が叱ってくれたからここにちゃんと帰って来れたんだよ。別に酷いこともされてない。さりなちゃんと仲直りしろって叱ってくれたんだ。」
「じゃあその人は悪い人じゃないのかな……?でも、腕に痕が残るくらいの力で握るなんて……」
「力加減を間違えたんだろ、たぶん。」
そのあと、僕はルビーと一緒に風呂に入って一緒のベッドで寝た。翌日、僕は布団から投げ出され、床の上で目を覚ました。
ルビーたち新生B小町の晴れ舞台を見に行った僕は、偶然にもミキさんと再会した。
「あ、ミキさん。」
「おや、アクアさん。君は関係者席じゃないのかい?」
「僕は今日はファンとして来てるんです。ミキさんは?」
「ルビーを観にきたんだ。あれからルビーたちのチャンネルを見ていく中で心を奪われてね。実は今では彼女が一推しなんだ。もちろん、アクアさんもその次に推しているけどね。」
「……まあ、僕よりもルビーを推すのは当然のことですよね。あの子はいつか、いつかのB小町のアイに並ぶ……いや、超えるアイドルになる子ですから。」
「……ああ、それは楽しみだ。」
ミキさんは一本の赤いサイリウムを振る。僕は3色のサイリウムをそれぞれ構え、ヲタ芸を打つ。
「……すごいな、君。」
「ミキさんも練習してくださいよ。ルビーを応援するつもりなら、これくらいはしないと。」
「はは、善処しよう。」
ライブの最中、ステージ上の有馬と目が合った気がする。心臓を撃ち抜かれたかのような錯覚を覚えた。
ミキさんとは別れ際、個人的な連絡先も交換した。今世で初めての家族以外のヲタ友だ。おそらく歳が近い分、話しやすくて心地よい。
その日の夜、有馬やルビーを労っていると、有馬が口を開く。
「そういえば、アンタの隣にいた人誰?」
「ん、ミキさんか。僕のヲタ友だよ。ルビー推しなんだ。」
「ふぅん……」
「意外、お姉ちゃんって私に関しては同担拒否かと思ってた。」
「そんなわけないだろ。」
僕とルビーがギャーギャー言ってる側で、有馬が頭を捻っていたが、僕は何も気づかなかった。
東ブレの舞台のスタッフ顔合わせは、奇妙に満ち溢れていた。
「なあ、あかね。姫川さんって普段からあんな変な人なのか?」
「……いや、違う。絶対違うよ。なんかおかしい。」
「僕に関心がありそうだったけど……まさかロリコンとかじゃねえよな?」
「……いや、姫川さんは大人のお姉さんの方が好きなはずだよ。」
演者の一人、姫川大輝。彼の奇行が僕を混乱に誘い込んでいく。僕の方を見て泣き出したり、僕とあかねが付き合ってることに対して困惑したり、僕の容姿に違和感がある旨の発言をしたり。
なんか、怪しいんだよな。早いうちにサンプルを確保しておこう。
色々あって、脚本が大幅に変更された。だから有馬に感情演技についてのアドバイスをもらいに行った。色々省略するが、有馬のアドバイスの一節がちょっと僕にはあっていなくて問題が起きてしまった。
「もしもお母さんが死んじゃったらどうする?」
思い出すのは、母のこと。僕を産むときに死んでしまった母のこと。僕という存在への嫌悪感以外湧いてこない。
だが、僕にはもう一人の母がいる。そう、アイだ。目の前で殺されたアイ。無力にも救えなかった自分への絶望。生暖かい血液と、冷めていくアイの身体。その全てがまるでその場にいた時の記憶が再生されるように五感に幻覚を伴って思い出される。
「__。」
あ、まずい。発作が起きる。
ここには、僕の発作を知る人間はいない。
「私が一緒に殺してあげる。」
僕はあかねのその発言を聞いて、気持ちが揺らいでいた。僕はたしかにあかねを利用するつもりで復讐に引き込んだ。だが、無垢な少女にこれはどの業を背負わせていいのだろうか。
彼女に甘えている今の自分の感情は依存であり、不健全なのではないだろうか。
「……ごめん。あかね。僕は最初、君を利用するつもりだった。でも、もういい。君のその気持ちだけで十分だ。」
僕は大人だ。自分より一回りも二回りも幼い少女を復讐に利用しようとしていたのが間違いだった。たとえルビー……さりなちゃんをアイ殺しの人間の魔の手から逸らすために、根本を断とうとしているとしても、無関係の少女を巻き込んだ時点で、僕もそいつと同族だ。
あかねのプロファイリングはたしかに利用価値があった。だが、彼女自身の精神が、僕のためにその身を滅ぼすというのなら、彼女を復讐に利用するわけにはいかない。
「ここまで不義理を働いた詫びに、何か君の望むことをしてあげたい。なんでも言ってくれ。」
何故かあかねはこの問いかけに赤面したが、数回咳払いをしてから少し葛藤した後に、有馬と姫川に演技で勝つために協力してほしいという願いを吐き出した。
あかねを復讐に巻き込まないとはいえ、復讐をやめるわけにはいかない。そのためには、父親への手がかりを集めなくてはならない。だからこそ、挙不審者……姫川大輝のDNAサンプルを確保しようとコソコソと動いているのだが、これがなかなか手に入らない。
だが今日、ようやく彼の鼻をかんだティッシュを採取することができた。僕はこれを袋に入れ……
「あ、アクア……?何してるんだ……?」
「誤解だ。」
現行犯で見つかってしまった。それも、本人に。
だが、驚くことに姫川は僕のこの奇行を見逃した。それどころか、DNA鑑定の費用を折半してくれるらしい。どうにも、彼も僕と彼が血縁関係にあると疑っているようだ。
「君の父親って、どんな人だ?」
「それについては、本当に兄妹だった時に話そう。」
肝心なことは誤魔化されてしまったが。
「おや、悩み事かい?」
「ミキさん、こんなところで奇遇ですね。」
休日、僕は海を見渡せる高台で黄昏ていた。
「随分と思い悩んでいる顔をしているね。何かあったのかい?」
「いや……そうです、ね。なんといいますか、気になる人がいて。」
「き、ききき、気になる人!?」
「ああ、いえ。そっち方面の話じゃないです。」
気になる人__上原清十郎のことだ。姫川についてはあの後調べた。姫川の父、上原清十郎は遥か昔に心中事件を起こして亡くなっている。死体が喋ることはないから、アイの住所を知りようがない。
それなのに、姫川と僕のDNAは一致した。これは一体どういうことなのか。考えればすぐにわかる、托卵だ。
「……ミキさんって、芸能界にはいつから?」
「小学生の時にはもういたね。」
「そうですか。」
当時の芸能界を知る人なら、なにか知っているかもしれない。復讐についてはぼかしつつ、色々聞いてみようか。
「姫川愛梨って知ってます?昔の役者なんですけど。」
「……突然だね?」
「その反応、もしかしてなんかの関係者ですか?」
意外なことに、ミキさんはこの話題に対して僅かに狼狽えた。何かを聞ける可能性が高まった。
「……僕は昔、ララライに所属していてね。彼女とは知り合いだったんだ。上原さんとも親しくしていたよ。親戚の叔父叔母のような存在だった。だからこそ……大輝くんを遺して心中したと聞いた時は辛かった。」
「……そうですか。」
ダメだ、この空気で突っ込む気にはなれない。気まずすぎる。それにしても、ミキさんはララライに所属していたのか。意外だ、昔は演技をやっていたなんて。
「こほん……にしても、ミキさんって昔は演技をやってたんですね!観てみたいなぁ……なにか、映像とかってどっかに残ってますか?」
僕はこの気まずい空気をなんとかするために、話題を切り替える。
「さあね……僕はあまり映像作品には出演していないからなぁ。才能もあるとは言えなかったし。」
「そうですか……」
「……まあでも、ララライの非公開資料か何かには映像が残ってるかもね。金田一さんあたりなら頼めば見せてくれるかもしれない。」
今度、時間があったら見てみるか。
「と、話し込んでしまいましたね。これからも僕とルビーのこと、応援してくださいね。」
「ああ、言われなくとも。君たちがさらに輝くことを願っている。」
そうして、その日はミキさんと別れた。
ある日の打ち上げ。僕は姫川に血縁関係を知らせるため、それから金田一さんに接触してアイと……ついでに興味本位でミキさんについての話を聞こうとしていた。
「ひ、姫川さん?飲ませすぎでは?」
「いいんだよ。おら、おっさん。飲め飲め。」
「アルハラ……」
姫川は金田一さんにお酒を注ぎ続けていた。このままじゃ、話を聞かなくなってしまう。
「ちょっとストップ、姫川さん。金田一さんには聞きたいことがあるんだ。」
「しらん。」
「姫川さん。」
「……はい。」
圧をかけたら姫川のワンコ酒は止まった。
「なんだ、星野……」
いきなりアイのことを聞いても答えてはくれないだろう。だから、ここはアイスブレイクにミキさんのことでも聞いてみるか。
「カミキヒカルって人について__」
「ブフォッ!?!」
僕がそう切り出すと、姫川が盛大に飲んでたものをぶちまけた。それはほぼほとんどが対面にいた僕の顔にかかった。
「……。」
「わ、悪いアクア……。」
「僕はあなたのことが嫌いになりそうだ。」
結局、この一連の流れの中で金田一さんは寝てしまった。姫川の妨害によって、僕のララライ潜入は結果だけ見れば大失敗に終わったということになる。
まあ、義理としてこれは伝えておくか。
「これ、家帰ってから確認してくれ。例のブツだ。」
「ほうほう……ウチで一緒に確認しないか?」
「しません。」
僕は彼が兄だとはわかっているが、向こうは女好きの売れっ子俳優の姫川大輝。彼の家に上がり込んだところを週刊誌なんかに撮られたらオシマイだ。今の僕は、身体だけは美少女なのだから。
「確認後、電話をかけてくれ。ソレについて、聞けることを聞きたい。」
「……ああ。だがその前にいいか?」
「なんだ?」
「お前、カミキヒカルをいつから知ってる?」
「……友達だけど、何か?」
そういえば、ミキさんは姫川夫妻とは親しかったようだし、もしかすると姫川は彼とは知り合いなのか。
「いや、それなら……い……いや、よくない。」
「はい?」
「今すぐに縁を切ったほうがいい。」
「ええ?」
こいつも酒って結構飲んでたっけ?
「まさか……僕とミキさんが男女問題を起こしそうだとか思ってる?歳の差とか考えてほしいな。とても心外なんだが……」
「違うっ!ああ……それは想像するだけで気分が悪くなる。」
「……じゃあなんなんですか。僕の友人関係にまで口を出すなんて。」
「__カミキヒカルは、人殺しだ。」
姫川は、声を低く落として僕にそう告げた。
「人殺し……?」
「ああ、厳密には殺人教唆……にも問うのが難しいような犯行だ。人を言葉巧みに操り、殺させる。」
「……証拠はあるんですか?」
「ない。が、俺の両親はそうやって心中させられた。」
「ミキさんは、そんな人には見えなかった。」
「そりゃ、アイツも役者(うそつき)だからな。」
僕は情報を飲み込めずにいた。今世で初めてできた(精神)年齢が近い友人が、人殺しだなんて信じられるわけがない。しかも、話してるのは目の前の狂人。信用材料はどこにもない。
「アイツと一緒にいれば、お前はいつか殺されるか……あるいは、鉄砲玉になる。」
「そんなわけ……」
「特に、危ないのはお前の妹だろうな。」
「ルビーが?」
突如上がったルビーの名前に、僕の心臓が早鐘を打つ。さりなちゃんに危険が及ぶ?そんなこと、あってはならない。だが、ミキさんは……
「お前はもうカミキヒカルと関わるな。奴のことは俺がなんとかする。お前はもっと楽しく生きろ。」
「……。」
「あと、人を見る目を養え。そのうち詐欺師に引っかかるぞ。」
僕は、震えていた。これは友人を悪く言われたことに対する怒りか、友人が得体の知れない存在かもしれないことへの恐怖か、目の前の狂人な譫言に対する嫌悪感なのか……わからなかった。
僕は眠れなかった。気づけば、時計の針は5時を指している。まだ空は暗いが、鳥が鳴き始めている。
「僕は、信じない。」
姫川も言っていた。証拠はない、と。あの優しそうなミキさんが人殺しなんて、そんなわけがない。
僕はベッドから出て、神木プロダクションのホームページを閲覧する。それから代表紹介に飛んで、彼の年齢を把握する。
姫川大輝が生まれた時、まだ彼は小学生か中学生。そんな子供が、人を死に追いやれるだろうか?不可能だろう。転生者でもない限り。
「……ララライか。」
僕の頭には、最悪の想像が浮かんでいた。
アイはララライで僕らの父親と出会った可能性が高い。そしてそれは上原清十郎ではなく、なおかつ姫川大輝の父親でもある。
ララライの関係者はそのほとんどが遺伝子的に僕とは親子関係がなかった。姫川だけが、異母兄妹として判定された。
カミキヒカルは、ララライに所属した過去がある。
姫川大輝のカミキヒカルへの異常なまでの憎悪。
カミキヒカルとアイは年齢が極めて近い。
姫川の証言を信じるならば、カミキヒカルには人を操り、人を殺させるだけの演技力がある。
「ありえない……妄想だ。」
僕はそう吐き捨てる。だが、次に彼と会う時……サンプルを入手して調べるくらいはするべきだろう。
「せっかくできた友人なんだぞ……そんなことがあってたまるか。」
「……やあ、アクア。暗い顔してるね。」
「ミキさん……そんな酷い顔してますかね、僕。」
「何か思い詰めたような顔をしてるよ、僕にまた話してみるかい?」
「いや……これについては僕がなんとかしないといけないことですからお気にならさらず。」
僕はまたしても、オフの日にミキさんと密会していた。今回は真昼間に約束して街中で会うということもあり、芸能人として流石に変装をしている。
僕は今、限りなく「アイ」に似せた姿をしている。アイなら、オフの日にどんな格好で出かけるかを考え、黒髪のウィッグを装着してパーカーにキャップを被り、サングラスをかけて彼の前に現れた。
もしもミキさんが僕の最悪の想定通り、父親ならアイの姿に狼狽えるだろうと思ったが故のトラップだ。だが、ミキさんはそれよりも僕の顔色の悪さを優先した。やっぱりシロなのかもしれない。
「ところで、どうです?この格好。うまく変装できたと思いませんか?」
「ああ、可愛いよ。まるで、そう……アイみたいだ。B小町の……ああ、昔の方の話ね。」
「アイはもっと可愛いですよ。」
「うん、知ってる。僕の最推しだった。」
ミキさんは、悲しげに笑う。だが、気まずくなってしまった空気を変えようと咳払いをすると、すぐに話題を切り替えた。
「……そういえば、舞台素晴らしかったよ。アクア。」
「ありがとうございます。あの演技は大変でしたよ。」
「ふふ、そうなのかい?」
穏やかな時間。
「千秋楽も観に行くよ、頑張ってね。」
「はい、頑張ります!」
「ママ?」
背後から聞こえた声に、ふと振り返る。
「えっと……人違いかな〜?」
「って、お姉ちゃんじゃん!こんなところで、何……」
ルビーの視線が、僕の隣……ミキさんの方へと向かう。
「ルビー、違うよ。浮気じゃない。僕の恋愛対象は女の子だから。君が一番だから。」
「いや、それはわかってるよ。でも……」
「なにかな?星野ルビー。」
ルビーとミキさんの視線が交差する。
「もしかして、私たちの……お父さん?」
「そんなわけ……」
「バレてしまったか、流石はアイの子だ。勘が鋭いね。」
「え。」
つまり、ミキさんは__
「ママは処女懐胎だと思ってたんだけど、いたんだね。父親。」
「あいにくと、アイは正常な手段を踏んで君たちを産んでいる。」
「えっ、えっ……?」
「……ルビー、アクアが混乱しているし、ここでは目立つかもしれない。どこか店に入ろう。そこで話す。」
「いや、遠慮させてもらうね。いこ、お姉ちゃん。」
僕は力無くルビーに手を引かれてその場を離れた。
去り際に、ミキさんと目が合った。
「___。」
笑っていた。
僕は苺プロに戻ってからもしばらく、呆然としていた。
「……お姉ちゃーん、そろそろ着替えよ?」
「ただい……!?ア、アイさ__アクアね……もう、びっくりさせないで。」
ミヤコさんは僕の変装を見て一瞬びっくりしていた。
「もう、お姉ちゃんしっかりして!今のお姉ちゃん、知ってる人が見たら血縁がバレるレベルでそっくりに変装できてるから、MEMちょとか来る前に早く着替え__」
「こん__」
「「あ」」
僕はまだ呆然としていた。
「いい加減シャキッとして。」
「ルビーは気づけたのに、僕はなんで気づけなかったんだろう……いや
気づきたくなかったのかな……」
「あんな奴のことは忘れてよ、アクア。ママの葬儀にも来なかったような男だよ。私たち双子の存在も知ってたのに、養育費も出さなければ、親として会いに来ることもなかった。あんなの、父親じゃない。」
「……。」
僕は、アイの仇と仲良くしていたというのか。
「せんせ。せんせならわかるでしょ、ああいう父親がいまになって娘の前に姿を現す心理くらい。」
「……娘の知名度や稼ぎにあやかるか、あるいは美しく育った娘の親権を主張するためか。でも、ミキさんはそのどちらでもないように感じた。」
「ミキさんって……愛称で呼ぶくらい仲良かったんだ?ショックが大きいでしょ、そんな人が私たちを見捨てた父親だったなんて。」
「……うん。」
僕は、ミキさんを殺さなくてはならないのだろうか。
心ここに在らずのまま、僕は日々を過ごした。
きっと、僕はカミキヒカルから父性を感じていたのだと思う。僕には、父親なんていたことがないから。無自覚のうちに、甘えてしまっていたのだと思う。年の近い友人がなんだといっていたが、実際のところはきっと精神が気付かぬうちに肉体に引っ張られ、娘としての本能が、父親の温もりに触れようとしたのかもしれない。
「だがもう終わりだ、彼は復讐対象だから。」
もう二度と、彼に心の底から甘えることはできない。
僕のパパは、五反田カントクだけで十分だ。
もう戻れない。この道を進むしかない。
「……でもまだ足りない。『15年の嘘』を作るには、立場も、コネも、資金も……全てが足りない。」
なら、どうするか。
「カミキヒカル、僕らの父親。アイ殺しの黒幕。お前だけは必ず殺してやる。だから、僕は……もうなりふり構ってやるもんか。」
駆け上がるしかない。この芸能界を。
両目に、黒い星が瞬いた。
「誰かと思えば……」
「壱護さん、探したよ。」
探偵に金を積んで、まずは斎藤壱護を見つけた。彼は今の僕にとって必要な存在だ。なぜなら、彼はアイを見出し、B小町をドームライブ手前まで押し上げた存在でもある。彼をブレーンとすれば、僕が芸能界を駆け上がるのも現実的になるだろう。
「まず最初に。事務所に戻る気はあるか?」
「ないな。俺にはやることがある。」
「そう、なら次。僕に手を貸して。報酬は、僕がアイの仇の首を獲ってくること。」
ガタと音を立てて、壱護さんがこちらを振り向く。
「訂正させろ、アイの仇の首を獲るのは俺だ。お前の手は汚させない。」
「……勘違いしないで欲しいのは、僕は彼のために手を汚すつもりはない。彼には、死んでもらうつもりだ。」
「どうやって……」
「僕が芸能界を上り詰めた後、アイと僕らの関係をカミングアウトし……その上で彼の暴露映画を撮る。彼を社会的に殺すんだ。」
「……アイの墓に泥を塗ることになるぞ。」
「そうでもしなきゃ、奴を追い込むことはできない。」
「……俺は何をすればいい。」
「僕をプロデュースしてよ。この芸能界をかけ上がれるように。」
僕と壱護さんは密約を交わした。
「お姉ちゃん。」
「どうした、ルビー?」
「少し、仕事を抑えて。」
「無理な相談だよ、だって今頑張らないと……」
「ミヤコさんが、死んじゃう。」
「……。」
あれから一年。カミキヒカルと姫川大輝の連絡先をブロックし、あかねをこれ以上巻き込まないために別れた僕は役者として、バラエティの出演者として、時にはB小町にゲスト参加してアイドルとして……マルチタレントとして多大なる成果を残し、芸能界における影響力を高めていった。
だが僕は、この計画の大きな欠点に気づいていなかった。
「ごめんなさい……。」
「いいのよ、アクア。私がもっと頑張らないと……って言える状況でもないわね。人手が足りないわ。」
今の事務所を切り盛りしてるのは、ミヤコさんである。ミヤコさんは現場人間であり、社長業務は本業ではなかった。そんな中でもこの苺プロを潰さずに育ててきたのだから、才覚はある。だが、酷使しすぎたのだ。
僕は計画を一部見直すことにした。
その日のうちに、僕は壱護さんの元へと訪れた。
「なんだって、アクア?」
「苺プロに、戻ってきて欲しい。」
「悪いが俺には……」
「このままだとミヤコさんが、死んじゃうかもしれない。」
「ミヤコはそんなヤワな女じゃない。」
「……ミヤコさんも、人間だ。限界はある。頼む、壱護さん。」
僕はコンクリートに額をつけて土下座をする。
「やめろアクア、うちの大事なタレントの顔に傷をつけるような真似をするな。顔を上げろ。」
「壱護さんが帰るというまで、顔は上げないぞ。」
「……だぁ〜、クソ。誰に似たんだか。」
結果として、壱護さんは折れた。
僕は壱護さんを連れて苺プロに戻ったのだが、ミヤコさんに壱護さんがボコボコにされる姿を見ることになった。
多少当時の計画とはズレたが、まだ問題ない範囲だった。あとは適切なタイミングでアイのことをカミングアウトすれば……
「……おや、久しぶりですね。姫川さん。」
「お前を止めに来た。アクア。」
カントクの元へ向かう途中、姫川が立ちはだかった。
「ストーカーか?」
「単刀直入に言う。『15年の嘘』を作るつもりだな?」
「……まだカントクと僕しか知らないはずなんだけどな?」
姫川大輝がなぜ知っているのか。カントクが口を割るわけがない。あの人はああ見えてプロだ。外部に情報を漏らすなんてあり得ない。
「その映画を作れば、お前はカミキヒカルに殺される。」
「それは願ったり叶ったりだ。」
「は?」
「僕はカミキヒカルに殺されるためにこの映画を撮るんだから。」
僕はカミキヒカルを殺すつもりでこの映画を撮っている。あくまで、最悪手段ではあるが、カミキヒカルが完成した映画を見ても反省の兆しが見えなかったり、罪を重ねた場合はこの映画を「動機」としてカミキヒカルが僕を殺したように装うつもりだった。
一番いいのは、彼が改心して自首してくれることだが。
「命を捨てるのか、アクア。お前の大切な推しから貰った命じゃねえのかよ。」
「……一度聞こうと思ってたんだ。」
僕は大股で姫川に近づく。そして、威圧感を全開にして睨みつけた。
「お前は、どこまで……何を知っている?」
「俺には前世の記憶がある。星野アクアが死ぬまでの記憶が。」
「……どういうことだ?」
「俺は二週目だ、アクア。」
二週目。その言葉が意味する言葉を理解するのに、数秒を要した。
「……お前の前世と、今の世界は現段階でどの程度異なっている?」
「だいぶ違うな。前世だとこの時期はルビーが芸能界を駆け上がっていて、お前との間ですれ違いが起きていたはずだ。あと、俺は呑気にお前を海に誘ったりしていた、お前の抱えているものに気づかずにな。」
「そうか。」
「あと、前世だと星野アクアは男だった。」
「は?」
羨ましい。
「お前の葬式は、今でも脳裏にこびりついて離れない。お前と知り合った人間全員が、死んだツラしてお前を見ていた。有馬に関しては、お前の死体にビンタかまして泣き喚くくらいだった。」
「有馬がそんな非常識なことするわけないだろ。」
「お前、前世だと女誑し男だったんだよ。そのくせ、責任取らねえから……溜め込んだものが爆発した形になるな。」
「うわマジかよ、星野アクア最低だな。」
「俺の弟は最低じゃねえ。」
「ごめんなさい。」
まあ、まとめると前世の俺は復讐を完遂する(向こう目線からすると、逆恨みで殺されて可哀想だったらしい)が、周囲全員が絶望の底に沈むし、目の前のこいつに関しては自殺するほどまでに追い込まれるということだ。
「ミキさんは、更正の余地がないのか。」
「ない。アイツは、どこまでいっても人殺しだ。」
なら、殺すしかないか。
「うん、余計に映画を撮りたくなった。手、離してくれないか?」
「悪いがそれは聞けない。お前は復讐を降りろ、俺が代わりに奴を豚箱にぶち込んでやるから。」
「無理だろ、あんたには。」
姫川が僕の腕を握る力は強く、抵抗してもびくともしない。女の子の身体はこういう時とても不便だ。
「……最後の警告だ、姫川さん。離せ。さもなければ、あんたをここで社会的に殺す。」
「お前を死なせないためなら、俺は命も惜しくはない。」
うん、僕のために人が死ぬのは嫌なんだよ。
しばらく、邪魔できないように退場願おうか。
「すぅ……」
僕は深呼吸すると、姫川の腕を僕の胸に押し当てた。
姫川が「マジかよ」って顔をした。
「きゃーっ!!!!!!」
痴漢冤罪はこうして生まれる。安全な豚箱で休んでいてくれ、姫川。
警察で事情聴取を受けたが、秒で僕の嘘はバレた。「そういう特殊なプレイは他所に迷惑がかかるからやめなさい」と怒られた。
帰り際、警察署が騒がしいことに気づいた僕らは、無意識のうちに耳を澄ませていた。
「芸能事務所の社長が」
「白い花束」
肝心なところは聞こえない。だが、それらのワードに僕は嫌な想像が駆り立てられた。
帰宅後、ニュースでは神木プロダクションの社長、カミキヒカルが何者かに殺害されたというニュースが流れていた。
「……どう、して?」
僕の頭には困惑が満ちていた。それから、喪失感。
アイ殺しの仇が死んだのに、浮かんでくるのはミキさんの穏やかな声と笑顔ばかりだった。
犯人は、"一切の証拠も残さず"に、カミキヒカルを殺害した。
一体誰が、どうやって。
僕には、それを知る手段はなかった。
そして、ミキさんが死んだことに悲しんでいる自分がいることに気づき、自嘲した。流石に復讐を望むほどでは、ないけれど。
星野アクアは新たな仕事の受付を停止し、今受けている仕事を最後に無期限の活動休止を発表した。もはや、芸能活動を続ける意味もあまりない。少なくとも、この喪失感が埋まるまでは演技を楽しめるとも思えなかった。
「せんせ。」
「どうした、さりなちゃん。」
僕の部屋にルビーがやってくる。彼女は僕の部屋に来ると、特に何をするでもなく、あまりベッドから動かない僕のそばに座り、取り止めもない話をして去っていく。
「そうだ、今度ね。B小町のツアーやるんだ。せんせ……来てくれる?」
「……うん、行こうか。」
この喪失感を埋められるのは、きっと彼女だけだ。残された唯一の肉親であり、前世から僕の最推しのさりなちゃんだけだ。
ん?
唯一の肉親……?
「久しぶり。」
「アクア!お前、大丈夫なのか!?」
忘れていた、僕には兄がいたことを。
ミキさんの血が流れている兄がいることを。
「__生きてますかー?」
「君は……アクアの……」
「可哀想に、警察は呼びましたけど……この傷じゃ助からないですね。」
「ふふ……なるほど、それもまた愛か。」
「さようなら、カミキヒカル。」
あの日の真相を知る者は、誰もいない。
星野アクア♀(雨宮吾郎)
この肉体のことは美少女だと思ってるし、アイの子供だから復讐のためとはいえ身体を売るのだけはダメだと思っている。
カミキヒカルの父性に絆される。二連続父親なし人生の人間はどのツラパパでも効く。
姫川への印象が終始悪い。女遊びしているところや、自分に似ているところに同族嫌悪。その上で、奇行が多いので余計に印象ダウン。最後には、ミキさんの忘形見として大切にするようになった。
生涯未婚。さりなちゃんと一緒に生きる。
敗因:JKにGPSをつけるという発想がなかった。
星野ルビー
せんせ❤︎せんせ❤︎せんせ❤︎せんせ❤︎せんせ❤︎せんせ❤︎せんせ❤︎せんせ❤︎せんせ❤︎せんせ❤︎せんせ❤︎せんせ❤︎せんせ❤︎せんせ❤︎せんせ❤︎せんせ❤︎せんせ❤︎せんせ❤︎せんせ❤︎せんせ❤︎せんせ❤︎
葬式にも来ないし、子供見捨てた父親を父親とは呼びたくないよね。
ドームライブを達成するまでにかなりの時間を要する。
カミキヒカル
アクアの第一印象は「アイの子供なのに地味だな……」だった。ある程度役者として成長しきってから殺すか、ルビーを殺すための鉄砲玉として育て上げるか迷っていたが、懐かれてしまったので保留に。
ある日アクアと突然連絡がつかなくなるが(ブロックされたため)、それとほぼ同時期にアクアが覚醒する。それを見て殺したくてたまらなくなり、アクア殺害の計画を立て始めたところ、K.A(仮称)氏に完全犯罪されて死亡する。
姫川大輝
不審者扱いされる。
前世のアドバンテージが通じないどころか、妹がカミキヒカルと接触してるという詰み仕様。
最終的にはアクルビとは良好な関係を築くに至る。
黒川あかね
アクアと破局する。
それでも、アクアちゃんは私が幸せにします。
有馬かな
あのミキさんって人、アクアに似てるわよね……親子じゃない?
20歳でアイドルを卒業、女優に専念する。
鳴嶋メルト
今回も画面外で脳を焼かれている。
MEMちょ
事務所に入ったら今は亡き推しがいた。
そろそろオマケを全部バッドエンドかビターエンドにすることで、本編を相対的にハッピーエンドにしようとしているという姑息な策がバレ始めているかもしれない。
ところで、アクア女体化……全然増えないですね。
出して。