姫川大輝は逆行する_が、どうにも弟が弟じゃない。 作:ある日の残り香
理想を高くし過ぎると、完結できなくなる。私はそう確信している。私は『推しの子』が好きだが、内容についてしっかり理解できているとは胸を張って言えない。最終話付近は特に私の頭では難解に思えた。
私は、気に入った概念の二次創作がエタるのを何度も見てきた。エタった作品の亡霊は、どこへ行くのか。
せめて、私は読み始めてくれた数人の同士を彷徨う亡霊になどさせないために、完結を目指す。たとえ60点の作品になろうとも。
それでは本編どうぞ。
「なあアクア……俺の母親、処女懐胎なんだ。」
「……は?」
『東京ブレイド』の舞台が始まり、しばらく経った頃。スタッフ全員が参加する飲み会があったが、その直後のことだ。金田一さんに余計なことを話されたら困るので早いところ潰して、アクアの情報収集を封じつつ、ついにDNA鑑定の結果が出たので、俺はアクアとその結果を確認していた。場所は移って俺の部屋。
「姫川さん、ふざけてる?飲みすぎたか?」
「いや、真面目も真面目。大真面目よ。」
結論から言うと、俺には上手い嘘が思いつかなかった。車は事故る、「防人」も読めない、本も読まない俺にそんな器用な真似ができるわけがなかったのだ。結果として、そもそも父親という存在を消し去ることで事なきを得ようとした。
「俺の母親はな、父親と……いや男とそういうことをしたことがなかった。少なくとも、幼少期に母親が言う限りではそうだった。」
「じゃあ誰がアンタの母親を孕ませたんだよ。絶対母親の嘘だろ。」
「アクア、女の子なんだからそんな直接的な表現はやめとけ。」
たしかにそうだ。父親がいなければ通常子供ができるなんてあり得ない。そもそも、俺とアクアの血が繋がってる時点で父親という同一個体がいることはアクアにとっても明白なんだ。誤魔化すにしても、限度というものがある。
だが、俺にとってここでアクアを誤解させることは、アクアの死という未来を避けるためには最重要な任務である。下手くそなりにでも、嘘はつき続けなければならない。
俺は真相を知らない風を装って、アクアを真相から遠いところに導く必要があった。そのために使えるものは何かないだろうか。前回の人生における浮いた駒を手探りで探し始める。
「……姫川さん、何を隠してるんですか。」
「いやマジだって。俺の母親は処女懐胎なんだよ。」
「ウチの妹も幼少期はそんなこと言ってましたけど……」
天啓だった。そうかルビー、俺がアクアを救うための鍵をくれたのは君だったのか。
「なら、お前らの母親も処女懐胎なんだろう。俺もお前らも、父親は存在しないか……あるいは、超常的な存在なんだろう。」
「ふざけたことを……本当に酔ってるなら水飲んでください。」
「たとえばだ、俺には少しばかり前世の記憶がある。これも神とかそういう超常的な存在の子供という証左なのかもしれないだろ。俺の場合はそれが前世の記憶だったが、お前らの目に星が宿っているのもきっと同じようなものだろう。」
その時、アクアの表情が変わっていたことに俺は気づかなかった。
「……姫川さん、酔ってるにしてもスピリチュアルすぎますよ。」
「いやいや、酔ってないって。心配ありがとな、アクア。こんな可愛い妹に心配されて俺は幸せ者だよ。」
「うざ。」
実際俺は酔っていない。お酒は3杯程度しか飲んでいないし、しっかりと水を合間合間で飲んでいた。度数の高いものも回避していた。思考は正常に近い。
「……まあでも、そこまでいうなら姫川さんの前世ってやつが気になるな。創作だとしても、演劇やってる人の考える物語っていうのには興味があるし。」
「と言っても、俺の前世の記憶なんて断片的なものだ。俺には可愛い弟と妹がいたが、弟が暴露映画を撮った結果逆恨みで殺され、喪失に心を痛めた俺は自殺した。そんくらいの曖昧なものだ。もしかすると、ただの夢かなんかで、前世なんかじゃないのかもしれないが……俺は前世だと思ってる。俺の心の中の喪失感が、そう言っている。」
それらしい演技をしつつ、俺はこの"設定"を開示する。と言っても、前回の人生における俺の後悔を、具体名などを避けつつそのままお出ししたものであるため、自分で考えた部分なんてものはほとんどないのだが。
「俺は今世でも両親を失った。家族を失う運命にあるのかもしれない。だがな、俺にはまだお前たちがいる。だからどうか、お前たちだけでも長生きしてくれ。アクア。」
「約束は出来ないけど、善処しよう。」
そういえば、前回の人生では照れ隠しに「俺のこと兄さんとか呼ぶなよ」とは言ったが……正直、後悔していた。まさかすぐに死別することになるなんて思っていなかったからだ。
もっと、俺が兄として頼りになる姿を見せていれば、アクアも一人で抱え込んだら無謀なことをしたり済んだかもしれない。その始まり、キッカケとして、兄であるということを意識してもらうのは大事だったのではないだろうか。
「なあ、アクア。俺のこと、これからは兄さんって呼んでもいいからな。兄として、頼りにしてくれていい。」
「……絶対呼ばねー。」
「ははっ」
前回の人生におけるここでの笑いは、満たされた笑いだった。今の笑いは、哀しみの笑いだった。娘に「パパはイヤ!」と言われる父親の気持ちが少しわかった気がする。
さて、これで父親の話も無事に逸らせただろ__
「姫川さん。本当に父親のこと知らないんですか。」
ダメだった。まだ諦めてなかった。
「……ああ、そうだな。正直、知ろうとも思わない。アクアは、どうしても知りたいのか?」
「知らなきゃいけない。だって、ソイツはきっと……。」
アクアは口をつぐむ。これ以上のことは、どうしてもアイについて言及しなければならなくなるからだろう。
……俺もこれ以上気の利いた嘘は思いつかない。処女懐胎で押し通せるほど、アクアは馬鹿じゃない。だからこそ、俺はアクアを死なせないために、最後の手段とも言えるプランに移行した。
「__ソイツがアイを死に追いやった。合ってるか?」
「……っ!」
「おそらく、俺の両親も同じだ。心中した理由はおそらく、姫川愛梨の不貞。そしてそれを密告した奴がいる。それこそが、おそらく俺たちの本当の父親だ。そしてその反応を見るからに……」
アクアは激しく動揺する。ただでさえ白い肌が、青白く血色を失っていく。
俺は呼吸を整える。俺に存在する、前回の人生というアドバンテージ。これを生かすべき時はここだろう。
「星野姉妹の本当の母親は、アイ。違うか?」
「なん、で……」
「お前について少し調べた。あのアイドルのアイに子供がいるなんてのは信じたくなかったが、どうやら俺の推理は当たったらしいな。」
当然推理なんかしていない。実際、正攻法ではどうやってたどり着けというのだろうか。いずれにせよ、アクアにとって不都合な事実を知っている男として、俺は立ちはだかる。アクアが復讐の道を進めば、すぐにこの情報をばら撒けるのだということを示せば、アクアは下手な行動を起こせない。アイドルとして活動する妹にも、事務所にも迷惑がかかり、さらにはアイの名誉まで失うことを天秤にかければ、アクアも俺には逆らえなくなる。
正直、これは禁じ手だとは思っていた。使わずに済むならそうしたかった。あのゴミ箱の前での会話から少しずつ積み上げてきたアクアからの好感度や信頼を全て失うことになるだろう。二度と、心の底から兄として慕ってもらうことはできなくなるだろう。
そういえば、前回はなんでそれほどの情報をあんな容易く公開したのだろうか。非常に不思議である。復讐の目処が立ち、映画の用意が整ったからだろうか。
「アクア。俺にはわかる。お前は父親に復讐をしたいと思っているんだろう?」
「……だとしたらなんだ。」
「ここまでの話からわかったはずだ。相手は狡猾で、残忍だ。お前なんかじゃどうしようもない。」
「その言い方だと、姫川さんは父親を知ってるんですか。さっきまで知らないと言い続けていたのに。」
「お前が父親の存在に近づいてほしくなかったからな。お前が素直に俺の嘘で引き下がってくれれば、それが1番だった。」
「何故……!」
「死んでほしくないんだよ!お前には!!」
ドン、と机を叩く。アクアの身体がビクりと跳ねて強張る。
「お前は……俺の前世の弟にそっくりだ。お前の復讐の手段はわからないが、俺はお前が弟と同じ末路を辿る確信がある。これ以上、俺に家族を失わさないでくれ。」
「勝手なことを言うな。俺はアンタのその"弟"なんかじゃない。妹ではあるかもしれないけど、血は繋がってても今まで一緒に暮らしてきたわけでもない……他人だろ。」
「ならば百歩譲って俺のことはいい。だが、お前の妹……ルビーはどうなる?お前が死んだとして、前世の俺の二の舞にならない自信があるか?」
「俺が死ぬ前提で話を進めないでもらっていいか、姫川さん。認めるよ、俺が死ねば悲しむ人はいるし、ルビーもどうなるかわからない。だけど、元から死ぬつもりは毛頭ない。」
「そうは言っても、相手に目をつけられて殺しに来たらどうしようもないだろ。」
平行線だ。当然である。俺の主張はどれもこれも前回の人生を下敷きにしているため、アクアにとっては理解しようもない。納得する要素はどこにもない。
「アクア、お前がまだ復讐を諦めないのなら、俺はお前たちの母親がアイであることを週刊誌にリークする。」
「なっ……!?」
「俺は本気だ、アクア。お前は復讐なんかしなくていい。黒川や有馬、ルビーと幸せに生きてくれればそれでいい。クソ親父のことは、俺に任せてくれないか。長男として、俺が全て責任を取るから。」
俺は土下座をする。見事な土下座だった。一世一代の告白。アクアに対する懇願。アクアを生かすための、禁じ手であり最大の奥の手。情報開示による、説得力と覚悟の底上げ。
果たして、それが通じたのか__
「……姫川さん、顔あげてください。」
アクアから声がかかった。ついにわかってくれたか、そう思い、俺は顔を上げた。
「アク__」
バシャッ!と顔に何かが掛かる。冷たい。アクアが手に持った空のコップを見て、それがただの水であるとわかった。よくファミレスなどで喧嘩を拗らせたカップルがやるやつである。
「……一旦冷静になれバカ兄貴。」
「……。」
「鏡を見ろ、今の顔……酷いぞ。」
アクアがコンパクトミラーを投げ渡す。鏡に映った俺の顔は、あの日、自殺する日の朝に見た俺の顔にそっくりだった。
「姫川さん、俺にすべてを抱えてほしくないのはわかった。でもだからってなんでアンタが全てを抱える必要があるんだ。」
「……俺が、お前の兄貴だからだ。」
「関係ないだろ、歳も3つか4つしか変わらない。社会一般から見たら、両方ガキだ。」
「マクロ視点で見るなよ。ミクロ視点で見たら……兄妹なら、割とデカい歳の差だろ。」
「もうこの際、歳のことはどうでもいい。姫川さん、いや……兄さん。お願いだから話してくれ。父親のことを。」
勝てない。
アクアの意思が強いのもそうだが、前回の人生では一度も呼ばれることのなかった「兄さん」呼びで、俺の情緒は少しおかしくなり始めていた。
「嫌だ、話したら……アクアは……」
「俺は死なない。死にたくないからだ。でも、アイの無念を自分の手で晴らさずに生きるなんてことも……俺にはできない。」
「……すまない、時間をくれ。しばらく、考えたい。」
絞り出すような声だった。危うく、情報を吐いてしまいそうだった。アクアの必死な眼差しに、負けてしまうことからだった。
「必ず、結論は出す。話すか、話さないか。覚悟ができたら、連絡する。」
「……ありがとうございます、姫__兄さん。」
「姫にいって呼んでくれたら話すかも。」
「__ヒメニイ、オシエテ(棒読み)」
「話すかもとは言ったが、話すとは言ってないぞアクア。」
「うざ。」
気づけば空も白み始めていた。兄妹喧嘩も、ここでお開きとなる。去り際、アクアがポツリと呟く。
「姫川さん、あなたは家族を失うことに対して強いトラウマがあり、それによって強迫障害を発症している可能性がある。一度医師に見てもらった方がいい。」
「まるでお医者さんみたいだな。考えておくよ。」
「……姫川さん、今回のことは精神病の発作だとして見逃してやるが__」
アクアの眼が、凍てついた氷のように鋭いものに変わる。
「二度と、アイを使って俺を制御しようとするな。次やったら、もう二度とアンタとは会わない。」
「……自分でもあれはどうかと思った。すまなかった。もうしない。」
アクアが去っていく。俺は、アクアがひとまずは今回の俺の態度については不問としてくれたことに、少しばかりの安心してしまう自分がいることに嫌気がさした。情けなく思った。
この時、俺もアクアも忘れていたことがあった。俺たちは、よそから見れば"芸能人の男女"であり、俺に関しては月9の主演などもしたことがある注目の若手である。アクアもまた、今ガチ初の同性カップルとして、ネット上では注目されていたのもまた事実。
「すみません、星野アクアさんですよね。少しいいですか?」
「……誰ですか?」
こんなこと、予想できたはずだったのに。
「私、週刊芸能実話の記者なのですが__姫川大輝さんとの関係についてお伺いしても?」
「ぇ、あ。」
姫川大輝
兄さん呼びがクセになりそう。姫にい呼びも中々……
アクアから強迫障害を患っていることを見抜かれた。本人は無自覚だった。しばらく頭を冷やそうなどと考えていたところ、その日のうちに苺プロから呼び出される。
星野アクア
姫川さんのことを信頼し始めていた矢先に豹変したため、信頼をなくしそうになったが、冷静に分析すると強迫障害の発作であると推測でき、その上で情状酌量の余地があったので今回は多少の不満はありながらも不問とした。
ただし、もしもまたアイをダシに自分を操ろうとしたら、その時は容赦しないし、許さない。
有馬かなの代わりにスキャンダル編(大幅繰上げ)のターゲットになってしまった女。
星野ルビー
お姉ちゃんが帰ってこない……あかねちゃんのところにいるのかな。いやでも、もしも変な男に持ち帰られていたら……そう思うと不安で一睡もできない。
あかねちゃんに連絡を取ったけど、お姉ちゃんと一緒じゃないみたい。どこに行っちゃったの??
黒川あかね
アクアちゃん、既読つかないな。まさか、金田一さんか姫川さんが……??
もしもアクアちゃんに何かあったら、気が狂いそう。
(包丁を研ぎ始める)
有馬かな
スキャンダル編回避?
次回、「責任取るって言ったじゃん」