寝台特急「サンライズ出雲」出雲・松江殺人事件   作:新庄雄太郎

3 / 8
いよいよ、歩夢たちは出雲市へ。


第3章 出雲へ

「この殺害された、伊藤さんは何処へ行くとも告げずに行方を晦ましていたそうです。」

 

と、松本は言った。

 

「ほう、なるほど夜に出雲へ行く途中で何者かに殺害された。」

 

「被害者が所持していた乗車券からは出雲市へ向かう途中で殺害したと。」

 

「それで、手掛かりは?。」

 

「ええ、実は寝台特急「サンライズ出雲」と特急「やくも」と新幹線の乗車券がありました。」

 

「ん、何だこれは。」

 

と、高山はメモを見つけた。

 

「ああ、これは玉造温泉の電話番号ですね。」

 

「早速、旅館に問い合わせたところ明日の夜に予約を入れていたそうだ。」

 

「でも、何で彼が出雲へ行こうとしたんでしょうか?。」

 

「被害者は今夜、出雲へ行くつもりだったんだよ家族で内緒でね。」

 

「という事は、被害者は一昨日の夜に寝台特急「サンライズ出雲」に乗り、帰りは「やくも」と「ひかり」か「のぞみ」に乗って出雲へ行くつもりだったんだよ。」

 

「なるほどね。」

 

「あれっ、何か書いてあるよ。」

 

「どれどれ、10月11日に出雲へ来い、深夜0時にはあなたの命をいただく。」

 

「これはどう言う事なんでしょうか。」

 

と、小海は言った。

 

「そう言えば、歩夢ちゃん出雲へ行くとか言っていたな。」

 

「それは本当なのか。」

 

「ええ、昨日の夜に出発して出雲へ向かったと思われます。」

 

「確か22時頃の寝台特急「サンライズ出雲」に乗るとか言っていたな。」

 

「うわー、これは凄いよ。」

 

と、達仁は言った。

 

9時59分、歩夢とシオンとしずく達が乗った寝台特急「サンライズ出雲」は出雲市駅に到着した。

 

出雲大社

 

「本当だわ、神田神宮よりすごく広いよ。」

 

「うん。」

 

「私、これは凄いと感激しました。」

 

と、しずくは言った。

 

出雲大社はいわゆる神話における国譲りの事情のもとで創建された神社である。867年(貞観9年)には正二位に叙せられ熊野大社とは別に出雲国一宮と称せられるようになった。中世には12郷7浦を領したが、豊臣秀吉により減じられ5郷2浦となった。1871年(明治4年)に官幣大社に列格の後、大正時代に勅祭社となった。古代より杵築大社(きずきたいしゃ)と呼ばれていたが、1871年(明治4年)に出雲大社と改称した。出雲大社サイトには「いづもおおやしろ」、出雲大社東京分祠サイトには「いずもおおやしろ」とある(前者は現代仮名遣いと歴史的仮名遣いが混在、後者は現代仮名遣い)。歴史的仮名遣いでは「いづもおほやしろ」となる。一般的には「いずもたいしゃ」と読まれており、複数の辞書・事典でも見出しの読みを「いずもたいしゃ」としている。島根県大百科事典編集委員会『島根県大百科事典』では出雲大社の項目を「いずもおおやしろ」として掲載する一方、出雲大社本殿(いずもたいしゃほんでん)など登録文化財の項目については登録名に従った読みで掲載している。わらべ歌「一番はじめは一の宮」では「おおやしろ」読みになっている。

 

「へぇー。」

 

「なるほどね。」

 

「でも、その被害者は出雲へ行くって言っていたからやはり寝台特急に乗って行ったの?。」

 

と、高山は南達に言った。

 

「ええ、関警部の話だと彼は22時発の寝台特急「サンライズ出雲」に乗って出雲へ向かう予定だったんだよ、そして玉造温泉で1泊する予定だったそうだ。」

 

「結構、歴史があるんだな。」

 

「ええ。」

 

「そう言えば、学芸会で私としずくちゃんは出雲神話の劇をするんだったわね。」

 

「ああ、それも兼ねて見物しようか。」

 

「ええ。」

 




そして、歩夢たちは出雲で堪能した。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。