湾岸ミッドナイト 阪神高速湾岸編   作:にしむー

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【プロローグ 村田哲のこれまで】

 

 

大阪に

かつて自動車の設計家を目指していた青年がいた

 

彼の名は村田 哲(むらた さとし)

 

子供の頃から自動車一筋で

大阪で一番の工業高校を

トップクラスの成績で出て

 

メーカー系専門学校では少数精鋭の研究開発学科で

レーシングカーの足廻り設計を担当しながら

元F1エンジンのメカニックから技術をしごかれた

 

卒業後は晴れて

関東にある自動車メーカー系企業に就く

 

しかし

社会は予想とは裏腹に希望など何もなく

生活するために仕方なく働いている人が9割だ

 

村田の

自動車を創りたい

優れた製品を開発したい

そんな熱意は空回りばかりで

誰の心にも響かなかった────

 

それどころか

裏で陰口を言われ

会議の度に事細かに意見を言う

そんな彼を疎ましく思う者さえいた

 

彼はその陰口を

不幸にも目の前で聞いてしまった

 

自分の存在は

誰かにとって疎ましい存在だったんだ

 

そう悟った時

彼は強烈な自己嫌悪に苛まれた

 

同時期────

 

彼は自分の愛車を運転中

ホームセンターの駐車場から大通りに出る際

後続から来る高速走行車両を見落とし

接触事故を起こす

 

生き甲斐だった自動車を壊してしまい

相手の自動車も台無しにしてしまった

示談は揉め

その後1年半も続くことになる

 

そんな彼に更なる追い打ちがかかる

当時付き合っていた地元の恋人から

距離を置きたいと言われる

 

一番心の拠り所になるべき人に

一番心の拠り所が必要な時に

距離を置かれた

 

絶望感は増していくばかり

それだけでは終わらない

 

今度は地元の親友から連絡を受けた

 

親から家を追い出された

仕事も上手くいかない

お金がなくて飯も食えない

助けてくれ────

 

中学の頃から

地元で一番の親友だ

コイツとは一生親友だろうと思えるほどの仲で

中学の頃いじめにあっていた村田にとって

非常に心強い存在であり続けていた

 

そんな親友が窮地に立たされている

助けないわけにはいかない

 

村田はその親友にお金を貸した

絶望的な環境下で心の拠り所のない村田には

その選択肢しかなかった

 

その親友が仕事でトラブルに巻き込まれ

個人情報取扱いの犯人に仕立て上げられ

警察に追われた

 

こんな状況はもうごめんだ

村田は親友に

自らが住む地域に逃げてくるよう工面した

 

だが────

本当の地獄はここからだった────

 

親友は高校時代

ガソリンスタンドでバイトをしていた

その経歴から

同系列の近所のガソリンスタンドでのバイトを提案

見事合格し

そこで働いてお金を工面できるようになった

 

ところがである

 

初給料はこれまでのストレスで全て使ったと言い

村田自身がまたお金を工面せねばならない

 

そして村田は彼に

自分名義のアパートに住まわせていた

 

家賃も光熱費も滞納

職場まで電話が来る始末

 

全ての責任は村田自身に来る

彼は貯金を切り崩してでも

責任を負うしかなかった

 

そして

その親友は職場の厄介な人に気に入られ

ヤクザまがいの面倒な人と関係を持ってしまう

 

村田はこのトラブルにも巻き込まれ

当時住んでいた会社の寮に

その人物が訪ねてくる所まできていた

 

当時12時間勤務の交代勤務をしていた村田

朝7時に終業し

その人物がいつ訪ねてくるかもわからない

その恐怖で全く眠れず

また夜7時から12時間仕事

そんな日が続き

自律神経がどんどんおかしくなっていった

 

とある日

その親友の職場のガソリンスタンドから

村田に連絡が入った

時間になっても彼が出勤してこない

 

合鍵を持っていた村田は

親友も相当なストレスを抱えていたため

最悪の事態を覚悟した

 

恐る恐る親友の住むアパートに行き

合鍵で玄関の鍵を開け

真っ暗な部屋の中に入った

 

中はもぬけの殻だった

あたりはゴミが散乱し

不要な家具だけは放置され

夜逃げしていた

 

彼の車が駐車場になく

必要な家具だけその場になかった

 

最悪の事態でなかったことに多少安堵したが

夜逃げだったことに拍子抜けしたと同時に

今まで利用されていただけだったと確信した

 

村田は心身ともに疲れ果てた身体に最後のムチを打ち

虚無感に苛まれながら休日返上で

そのアパートの後始末をした

滞納させられていたお金をすべて支払い

貯金は底を尽きた────

 

後でわかったことだが

助けてくれ

お金を貸してくれ

悪者に仕立て上げられた

全て嘘だった────

 

親友の立場を利用され

絞り尽くされた

 

ただでさえ疲弊していた状況から

この親友のトラブル

 

村田は精神の病気になり

会社を休職することになった

 

そして、これが彼の出世、社会での活躍

自動車技術者となる夢

全てを奪った────

 

職場復帰してからも

会社では傷病人の扱い

どれだけ持てる力を発揮しても

どれだけ機転を利かしても

何の評価もされない立場だった

 

彼は惰性で働き続けた後

とうとう会社を辞め

地元の大阪に帰った

 

優れた知識と経験

そして才能を持ちながらも

それを社会で全く評価されることなく

自堕落な生活を送ったまま

30歳を迎えようとしていた────




まずは登場人物の、湾岸ストーリーが始まるまでの背景を描かせていただきました。
次はようやくあの「黒い怪鳥」との邂逅です。
お楽しみに!
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