物語シリーズ×トランスフォーマー二次創作   作:嘘烏

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食飼若干キャラ崩壊
物語シリーズのラッキーくじ引きたいっすね


第続話 こよみリベンジ其ノ弐

008

インド洋の碧碧とした海に浮かぶ軍事の要衝。

ディエゴ・ガルシア。

米軍とオートボットの合同対ディセプティコン部隊「NEST」の本拠地であるこの島は、今、作戦を終えて帰還した勇者たちを迎え入れる熱気に包まれていた。

滑走路の陽炎を切り裂いて、数機のC-17グローブマスターIIIが次々と着陸する。

巨大なハッチが開き、その体内から吐き出されるのは、上海の夜を駆け抜けた鋼鉄の戦士たちだ。

「よし、各自ブラボー・セクションへ移動しろ! ラチェット、損傷のチェックを優先だ!」

レノックスの鋭い号令が響く。

真っ先に降りてきたのは、ファイヤパターン鮮やかなオプティマス・プライム。

続いて、漆黒のボディを泥と煤で汚したアイアンハイドが重厚なタイヤの音を響かせて滑走路を駆ける。

その後ろからは、シルバーの輝きを取り戻したサイドスワイプ――コルベット・スティングレイが、滑らかにアスファルトを滑り降りてきた。

さらに、今回の作戦には不参加だったが、ラチェットの助手を担うシボレー・ボルトに変形したジョルトが、青いボディを煌めかせながら彼らを誘導していく。

 

『オートボットツインズ、第三格納庫へ。新たなビークルモードへの更新を許可する』

無線の指示が飛んだ瞬間、ワゴンのスピーカーから下品な歓声が上がった。

『イェーイ、ベイビー! アップグレードだぜ!』

『あんなおんぼろアイス屋とはおさらばだ! ギャハハ!』

第三格納庫の中には、ピカピカに磨き上げられた最新鋭のコンパクトカーが二台並んでいた。

鮮やかなグリーンが眩しいシボレー・ビート。

そして、力強いオレンジの塗装が施されたシボレー・トラックス。

 

「うおおおお! グリーンのベイビーは俺がいただきだ!」

マッドフラップが目を輝かせ、短い足を必死に動かしてビートの方へ突進した。

「グリーン!?ああ、ダメ!グリーンはオレが先に目をつけたんだ!」

「何言ってんだよスキッズ! 俺の方が先に触ったんだぞ!」

 

ガッシャーン!!

二人は格納庫の床で取っ組み合いを始めた。

マッドフラップがスキッズの顔面にパンチを繰り出せば、スキッズはそれを器用に避けて、マッドフラップの首根っこを掴み上げる。

「甘いんだよ、チビが!」

スキッズは力任せにマッドフラップを地面に叩きつけ、そのまま馬乗りになって鉄拳を浴びせる。

「痛ぇ! 離せ! ズルいぞお前!」

「早い者勝ちって教わらなかったか!?」

「知らねぇな!」

揉み合う金属の塊。

マッドフラップが必死に抵抗し、スキッズの脚を掴んで引き剥がそうとしたその瞬間。

スキッズは流れるような動作でマッドフラップの右腕を取り、腰を深く落とした。

見事な背負投が炸裂した。

マッドフラップの体が格納庫の床へと叩きつけられる。

「俺がグリーン!」

スキッズが鼻のパーツをこすりながら、勝ち誇ったようにビートの前に立った。

「痛てぇなオイ!」

「痛いさ、ケツ蹴ったんだから」

 

バチィィィ!

青いスパークが走る。

一秒も経たずにポンコツのアイスクリームワゴンが停車していた所には、見違えるほどスタイリッシュになった二台のコンパクトカーが並んでいた。

 

インド洋の強烈な太陽が差す中、オプティマスを先頭にしてオートボットたちは一列の編隊を組み、格納庫へと向かってゆっくりと前進を開始する。

巨大なタイヤがアスファルトを噛む音。

複雑な金属の摩擦音。

人知を超えた意志を感じさせるエンジンの鼓動。

陽光を背負い、巨大な影を滑走路に引きずりながら進むその姿は、この星の守護神としての威厳に満ちていた。

 

「全員、気をつけ!」

レノックスの鋭い号令が、熱帯の空気を切り裂く。

迷彩服に身を包んだ兵士たちが、一糸乱れぬ動作で敬礼を送る。

その視線の先では、輸送機のタラップから三つの木製の棺が、静かに、そして重々しく運び降ろされていた。

上海の夜、デモリッシャーの暴力的な一撃によって命を散らした、三人の勇敢な兵士たち。

棺の上には、それぞれの故郷を示す旗が厳かに掛けられていた。

二つの棺には、星条旗。

そしてもう一つの棺には、イギリス軍からNESTに出向していた兵士のものだろう、ユニオンジャックが。

その時。

仲間たちの棺を見つめるレノックスらの頭上を、熱帯の重苦しい空気をかき混ぜるようなローター音が通過していく。

滑走路の静寂を切り裂いて着陸したのは一機のVIP仕様のSH-60。

機体が着地し、砂塵が舞う中でハッチが開くと、戦場にはおよそ不釣り合いな高級スーツに身を包んだ男が、眉間に深い皺を刻んで降りてきた。

彼は冷徹な眼差しで周囲を見渡すと、検問所に立つ兵士の前に歩み寄り、慇懃無礼な態度で一枚の書類を突き出した。

「……国家安全保障問題担当補佐官、セオドア・ギャロウェイだ。通らせてもらおう」

兵士が端末で認証を確認し、ゲートが開く。ギャロウェイは足早に、上海から戻ったばかりのレノックス少佐の元へと歩み寄った。

「……ようこそ、ギャロウェイ補佐官。アクセス許可のある者しかご案内できないのですが」

レノックス少佐の言葉には、隠しきれない皮肉が混じっていた。

しかし、ギャロウェイはサングラスを外すと、小馬鹿にしたような笑みを浮かべてレノックスを睨みつけた。

「許可ならある。大統領命令だ。君の『宇宙のお友達』にメッセージを伝えに来た。上海で派手にやったそうだな」

レノックスは無言で顎を引き、ギャロウェイを促した。

「こちらです。案内しましょう」

レノックスは無言で歩き出し、基地の深部へと男を案内した。

巨大なクレーンが動き、最新鋭の電子機器が明滅する中、二人は一際大きなドーム状の施設へと足を踏み入れる。

「こちらで統合参謀本部と会話します。そして、ここにオートボットを格納。……彼らの休憩室のようなものです」

レノックスが紹介したその場所には、戦いの昂ぶりを鎮めるかのように、沈黙を貫く車たちが整然と並んでいた。

中央には、赤と青の鮮烈なファイヤーパターンを纏ったピータービルト。

その左右を、漆黒のトップキックと、黄緑色のハマーH2が固めている。

さらに、アップグレードを終えたばかりのライムグリーンのビートとオレンジのトラックスが、さっきまでの喧嘩が嘘のように大人しくタイヤを休めていた。

シルバーのスティングレイ・コルベットと、青いシボレー・ボルト。

そして、三台の華やかなバイク――アーシー、クロミア、エリータ・ワン。

ビークルモードとなったオートボットたちが、静かに、しかし圧倒的な圧力を伴って、訪問者を待ち構えていた。

 

オペレーターがコンソールに向かい、素早いタイピングと共に声を上げた。

「参謀本部との秘密回線、繋がりました」

その通信の奔流は、ディエゴ・ガルシアのアンテナから空へと放たれ、電離層を突き抜けて宇宙へと到達する。

だが、その見えない糸を、闇に潜む「クモ」が逃すはずもなかった。

 

――成層圏を遥かに超えた衛星軌道。

漆黒の宇宙空間に、禍々しい翼を広げた異形が漂っている。

情報参謀サウンドウェーブ。

彼は音もなく獲物――軍事衛星へと接近すると、胸部から放たれた無数の触手状のケーブルを、衛星の基盤へとダイレクトに突き刺した。

青白い電子火花が散り、米軍が誇る最高機密の通信プロトコルが、瞬時に解読されていく。

サウンドウェーブの目が不気味な紅い光を明滅させ、地球上の秘密会議をリアルタイムで盗聴し始めた。

 

ディエゴ・ガルシア、通信指令室。

高い足場に並んだ巨大なモニターに、統合参謀本部のモーシャワー将軍の厳格な顔が映し出される。

『上海の戦いは見た。ご苦労だったな。被害状況は聞いている。勇敢な三人の兵士に敬意を』

「ありがとうございます、将軍」

レノックスは居住まいを正し、言葉を継いだ。

「重要な情報を入手しました。将軍の許可をいただければ、オートボットのリーダーからのメッセージをお聞かせしたいのですが」

モーシャワーは一瞬、眉を動かしたが、すぐに深く頷いた。

『……聞こう』

 

009

中央に鎮座していた巨大なピータービルトのトレーラーが、重厚な金属音を奏で始める。

フロントグリルが二つに割れ、左右へとスライドし、その内側から、複雑に組み合わさったシリンダーと歯車が、生物のように蠢きながらせり出してきた。

フロントガラスは、強靭なフレームを伴って後方へ跳ね上がり、そのまま巨人の胸部へと収まっていく。

ガギィィィン!!

車体後部の巨大なタイヤが、油圧シリンダーの咆哮と共にシャーシごと跳ね上がった。それらは瞬時に大腿部へとスライドし、厚い装甲の下で強固な関節を形成する。

最後に、キャブの深部から蒼い光学センサーを宿した頭部が競り上がり、身長八メートルを超える鋼鉄の守護神が、立ち上がった。

降り注ぐライトを浴びて立ち尽くすその威容に、初めてトランスフォーマーを間近で見たギャロウェイは、息を呑んで一歩後ずさった。

その横で、冷静に状況を見つめていたロバート・エップス軍曹が、隣のギャロウェイにだけ聞こえるような低い声で囁いた。

「……神が人を作った。じゃあ、こいつらを作ったのは誰でしょうね」

その問いに答えることなく、オプティマス・プライムは膝をつき、モニターの中の将軍と、そして眼下の人間たちを見据えた。その声は、格納庫の壁を震わせるほど重厚だった。

「将軍。我ら同盟が食い止めたディセプティコンの襲撃は、この半年間で六回。いずれも異なる大陸でだ。敵は何かを探し回っているようだ。だが昨夜、ただならぬ言葉を聞いた」

オプティマスが自身の音声記録を再生する。

スピーカーから流れ出したのは、上海で朽ち果てたデモリッシャーの、呪詛に満ちた断末魔だった。

『「ザ・フォールン」様は蘇る……!』

ノイズと共に途切れたその音声に、モニター越しのモーシャワー将軍が険しい表情を浮かべた。

『「ザ・フォールン」? ……どういう意味だ?』

 

「その由来は不明だ。我が種族の歴史はオールスパークの中に記されていた。今は全て失われた」

オプティマスは蒼い光学センサーを細め、静かに、しかし断腸の思いを込めて答えた。

 

「ちょっといいか?」

オプティマスの足元から、補佐官が口を挟んだ。

「そのオールスパークとかいうものは、もう破壊された。敵はもう地球に用はないはずだ。何故まだ残ってるんだ?」

 

レノックスは衝動を必死に抑えながら、うんざりしたかのように上を見上げた。

「……国家安全保障担当のギャロウェイ補佐官です。大統領に派遣されました」

モニターの中のモーシャワー将軍が、不快そうに眉を寄せる。

『……そういう通達は、聞いていないがな』

 

「口を挟んで失礼、悪いね。失礼、通りますよ――」

ギャロウェイは足場をコツコツと鳴らしながら、一段ずつ階段を上がり、モニターに映るモーシャワー将軍とオプティマスの顔が見える位置まで歩いて行った。

その足取りは、自分がこの場の支配者であることを誇示するかのように傲慢だった。

「上海での被害を見て、大統領は困難を痛感されたのだ。君たちの戦いは、もはや極秘任務の範疇を超え、外交問題にまで発展している」

ギャロウェイは一度言葉を切り、オプティマスを見た。そこには、数多の戦場を潜り抜けてきた傷跡が刻まれている。

しかし、彼は敬意を払うどころか、検品でもするかのような冷めた視線を送った。

「さて。君は『エイリアン・オートボット機密協力協定』の下、我々に情報を提供することに同意した。だが、武器の提供には合意しなかった」

オプティマスの蒼い光学センサーが、低く唸るような光を宿す。

彼は補佐官を指さすと、重厚な声を響かせた。

「人間が、自ら武器を手に取り、数え切れないほどの戦争をするのを目にしてきたからだ。武器は利益よりも、さらなる被害をもたらす」

「何が最善か、決めるのは君じゃない」

ギャロウェイが即座に言い放つ。

彼の傲慢な言い草に、それまで耐えていたレノックスが前に出た。

「お言葉ですが、補佐官。我々NESTはこの六カ月間、オートボットと共に命を懸けて戦ってきました。彼らの判断を我々は信頼しています」

オプティマスの足元で、腕を組んで成り行きを見ていたエップス軍曹も、忌々しげに吐き捨てた。

「そうだ。共に血と汗を流し、弾の雨をくぐり抜けてきた!」

ギャロウェイは冷笑を浮かべ、足元を見下ろした。

「……軍人君、弾を撃ってろ。喋らんでいい。政治の話は大人に任せるんだな」

 

「……撃ちましょうか」

エップスが本気とも冗談ともつかない低い声で呟いた。

一触即発の空気が流れる中、オプティマスが静かに、しかし有無を言わせぬ威厳を持って巨大な掌を制するように動かした。

「……落ち着け」

 

ギャロウェイは冷笑を浮かべたまま、さらに追い打ちをかけるように続けた。

「それから、君たちの新しいチームメンバーについてだが……。彼らが次々とこの星に飛来したのは、君が宇宙に向けてメッセージを送ったからだな? 『地球へ来い』と招いたわけだ。ホワイトハウスの許可も無しに」

その言葉に、モニターの中のモーシャワー将軍が割って入った。

『その辺にしたまえ、ギャロウェイ君。許可はこちらで下した。私の知る限り、レノックス少佐と彼らのチームの決断は何ら咎められるものではない』

「そうだとしても将軍、国家の安全がかかる事柄を決定するのは大統領です」

ギャロウェイは一歩前に踏み出し、巨大なモニターに映る将軍を睨み返した。彼の顔が画面いっぱいにアップになる。

「他の、誰でもありません」

レノックスは胃の奥が焼けるような不快感を覚えた。この男は、現場の献身も、オートボットとの信頼関係も、すべて政治的なカードとしてしか見ていない。

(本当に嫌な奴だ……)

しかし、同時にレノックスは理解してもいた。この男が吐く毒は、彼なりの歪んだ愛国心と職務への忠実さから来ている。くそったれはくそったれでも、国益を第一に考える「職務に忠実なくそったれ」なのだ。

それが余計に質が悪かった。

「さて」

ギャロウェイは足場を歩き回り、演説でもするかのように声を張り上げた。

「今ある情報といえば、敵のリーダーはコードネーム『NBE-1』、またの名を『メガトロン』。――そいつは現在、ローレンシア海溝の底に沈んで眠っている。周囲にはソナー監視システムが張り巡らされ、潜水艦が二十四時間体制で巡回している」

 

――その音声を、成層圏のサウンドウェーブが拾い上げた。

『メガトロン』の名を聞いた瞬間、情報参謀の光学センサーが鋭く明滅する。

ハッキングした過去の記録がメモリー内を駆け巡る。

鋼鉄の巨躯が重りに縛られ、暗黒の深海へと沈められていく映像が、サウンドウェーブの回路内で再生された。

「さらに」と、ギャロウェイが言葉を重ねる。

「エイリアンの『オールスパーク』が砕け散り、唯一回収された欠片は、世界一警戒が厳重なこの海軍基地――ディエゴ・ガルシアの保管庫に厳重にしまわれている」

 

サウンドウェーブは即座に基地の監視カメラ映像、最新の間取り図、警備配置計画、そして微弱なエネルゴン反応の痕跡をすべて照合した。数千のデータが一点に収束し、地下数階に位置する高セキュリティルームの座標が確定される。

「……ディセプティコン、欠片を発見した」

真空の宇宙で、サウンドウェーブは電子の波を介して、ほくそ笑んだ。

 

地上では、ギャロウェイの尋問が続く。

「さて、この状態で敵は一体全体、何が狙いで地球に居座るんだ? オールスパークもリーダーも、我々の手の中にあるというのに」

ギャロウェイはオプティマスの目と鼻の先まで歩み寄ると、見せつけるように薄ら笑いを浮かべた。

「まあ、思い当たる理由は一つ。君だ。オートボット達だ。敵は君たちを捕らえに来たんだ。君たち以外に、地球に獲物がいるか? 『ザ・フォールン』が? 蘇る? 」

 

「また何か現れるのか?」

笑いを消したギャロウェイの瞳に、冷酷な光が宿る。

「ということは、君たちを地球に匿うのをお断りするのが……国家の安全保障上、最良の策だろう」

格納庫に沈黙が流れる。

「仮に大統領がそう決定した場合、黙ってこの星から出て行って、くれるかね?」

重苦しい空気の中、オプティマス・プライムは静かに、そして毅然と答えた。

「……君たちには自由がある。要請されればそれを尊重しよう」

満足げに頷き、背を向けようとしたギャロウェイに、オプティマスの重厚な問いかけが背後から突き刺さった。

「だが、大統領が決断を下す前に、彼にこう聞いてくれ。――『もし我々が去っても、敵が残っていたら?』」

一瞬、ギャロウェイの背中が凍りついたように止まった。

その横で、レノックスが周囲に聞こえない程度の小声でオプティマスに囁いた。

「……いい質問だ」

 

010

九月五日、日曜日。

直江津の空は、昨日の騒動を嘲笑うかのような快晴だった。

阿良々木家のキッチンはブルーシートで覆われ、焦げ臭い匂いだけが微かに風に乗っている。

家の修繕費は国の方から(国家機密の秘匿云々で)出ることになったらしいが、家族四人からの視線は僕に冷たく突き刺さる。

火憐と月火は、両親に連れられて成田空港へと向かった。

「兄ちゃん、マジで戸締まり気をつけろよ? また爆発させるなよな!」

「お兄ちゃん、私のスマホの代金、ちゃんと請求書回しとくから。じゃあね」

そんな物騒な激励を残して、ファイヤーシスターズは去っていった。

昨夜の家族会議にて、妹達にもバンブルビーの事について母さんから説明がされている。

正直言って火憐も月火も、ふとしたきっかけで秘密を漏らしてしまいそうであるが、ここは妹達を信じるのが兄というものだろう。

 

そうして僕は、予定通り一台の軽トラックに最小限の荷物を積み込み、新しい門出――一人暮らしのアパートへと向かった。

僕の部屋はアパートの二階。角部屋。

国立曲直瀬大学から自転車で十五分で築二十年の、お世辞にも豪華とは言えないが、大学生が住むには分相応なワンルームだ。

……もっとも、僕がここを選んだ理由は、単なる経済的合理性だけではないのだけれど。

 

僕は深呼吸を一つして、隣の二〇一号室のドアを見つめた。

そこには、かつての幼馴染であり、僕を世界で一番――いや、宇宙で一番憎んでいるであろう少女、老倉育が住んでいる。

 

「……挨拶くらいはしておかないとな」

僕は意を決して、部屋を出た。

手には、引っ越しの挨拶の定番である、どこにでもあるような洗剤の詰め合わせセット。

ピンポーン、と。

心臓の鼓動よりも少しだけ高い音で、チャイムを鳴らす。

しばらくの沈黙。

やがて、内側からガチャリと、幾重にもかけられたロックが外れる重苦しい音が響く。

ドアが数センチだけ開き、そこから刺すような、冷徹なまでの「拒絶」を孕んだ瞳が僕を射抜いた(彼女が大学入学後にツインテールから短くしたミディアムヘアも見える。とてもラブリー)。

「……何よ。集金ならお断りだし、宗教勧誘ならその教典の矛盾を証明してあげ――」

老倉の言葉が、僕の顔を認識した瞬間に止まった。

コンマ数秒のフリーズ。

そして廊下に積み上げられた、僕の名前が書かれた段ボール箱の山に視線が移動し――。

「……は?」

「やあ、老倉。今日から隣に越してきた阿良々木暦だ。改めてよろしく――」

ふっざけんじゃないわよ、阿良々木ィィィッ!!

他の隣人に配慮した、しかしそれでいて鼓膜が破れるかと思うほどの絶叫が、アパートの廊下に反響した。

老倉は勢いよくドアを跳ね開けると、僕の胸ぐら……というには距離があったので、僕が持っていた段ボール箱の角を掴んで激しく揺さぶった。

「何なの!? 何なのよお前は! ストーカーなの!? 粘着質な寄生虫なの!? それとも脳細胞がエントロピーの増大に耐えきれず崩壊したバカなの!?」

「いや、ちゃんと不動産屋を通した正当な――」

「うるさい! 黙れ! 円周率の最後でも探してろ! アパートの合鍵を持つに飽き足らず、隣に引っ越してくるなんて……! 戦場ヶ原さんの気持ちも考えろやこの唐変木! 彼女がどれだけ寛大だと思ってんのよ!私が彼女なら、今この瞬間にあんたの心臓をホッチキスで止めて、ついでにその無神経な脳味噌を洗濯機でグルグル回してやるわよ! 」

老倉の罵倒は、一度堰を切ると止まらない。

彼女は肩で息をしながら、指先で僕を突き刺すように固定した。その瞳には、本気か演技か判別不能な、けれど純度百パーセントの「嫌悪」が渦巻いている。

「いい? 阿良々木。私はお前を許さないし、認めないし、視界に入れることすら数学的なエラーだと思ってる!もう絶交よ、絶交!!」

老倉は最後に、顔を真っ赤にして(それが怒りなのか羞恥なのかは僕には分からないけれど)、僕の顔面に指を突きつけた。

「いい!? 二度と私の部屋の敷居を跨ぐな! ベランダ越しに話しかけるな! 同じ空気を吸っていると思うだけで私の計算精度が落ちるわ! 未来永劫、お前の因数に私を含めるんじゃないわよ!!お前なんて嫌いだ!嫌いと嫌いが嫌いで嫌いの嫌いへ嫌いな嫌いは嫌いを嫌い!!」

ゲシュタルト崩壊を起こしそうな「嫌い」の連呼。

それはもはや言葉というより、僕という存在をこの世から抹消するための呪文のようにすら聞こえた。

バンッ!!

凄まじい音を立てて、二〇一号室のドアが閉められる。

再びかけられる、重々しい錠の音。

静まり返った廊下で、僕は一人、段ボール箱を抱えたまま立ち尽くしていた。

「……まあ、予想通りの反応じゃの」

僕の影の中で忍が可笑しそうに喉を鳴らしている。

「案ずるな、お前様。嫌よ嫌よも好きのうち……と言うやつじゃ。あのジェネリック娘の場合は『嫌いよ嫌いよ』の方が適切かの」

「老倉の事をジェネリック娘だなんて言うな」

 

段ボール箱を数個運び終えた僕は、Tシャツの襟で汗を拭った。

部屋の中はまだがらんとしていて、僕の呼吸の音が不自然に反響する。

影の中に潜む忍も、新しい住処の感触を確かめるように、時折影の縁を揺らしていた。

 

翌日、九月六日。月曜日。

一人暮らし初日の朝は、目覚まし時計の無機質な電子音と、隣の部屋から聞こえてくる、計算機を叩くような規則的な生活音で始まった。

国立曲直瀬大学。

僕が進学したこの学び舎は、昨日の老倉の絶叫が嘘のように静謐な空気に包まれている。

講義棟へと向かう並木道を歩いていると、背後から遠慮のない、そして聞き覚えのある脱力系ボイスが降ってきた。

「お、暦ちゃん。おっらー」

「……おっらー」

振り返ると、そこには独特の緩い空気感を纏った少女が立っていた。

食飼命日子。

大学生になってから、僕に新しくできた数少ない――というか唯一の「友人」と呼べる存在だ。

彼女は眩しそうに目を細めると、リュックのサイドポケットから一本の緑色の缶を取り出した。

「久しぶり〜。引っ越ししたんだってね?お疲れ〜。……これ、飲む? マウンテンデュー」

「……いや、遠慮しとく。気持ちだけ受け取っておくよ」

 

僕は引き攣った笑みで固辞した。

半年前のミッションシティ。

あの逃走劇の最中、自動販売機からトランスフォームした小型ディセプティコン――通称ディスペンサーに、僕は危うくこの緑色のアルミ缶を頭に撃ち込まれそうになった経験がある。

というか、実際に撃ち込まれた。

以来、僕はあの緑色のロゴを見るだけで、後頭部に鈍い痛みを感じるという、極めて限定的なトラウマを抱えていた。

「えー、美味しいのに。暦ちゃん、たまに機械に対して過剰にビビるよね。前も学食の自動販売機に敬礼してたし」

「それは……まあ、作法だよ。機械への敬意は大事だろ?AIが発展したら、ああいうのにも自我的なものが導入されるだろうし」

「ふーん。まあ、いいけどさ」

食飼はプシュッと小気味よい音を立ててプルタブを開けるとごくごくと飲み干した。

 

彼女はこれでも、複数のサークルを掛け持ちする活動的な学生だ。その中の一つに、僕が関わりたくない筆頭候補として挙げているものがある。

「あ、そうだ。暦ちゃんも今日、部室寄ってかない? 『超リアルスクープドットコム』の会議があるんだよね」

彼女が経営(自称)するサークル、「陰謀論研究会」。

世の中の隠された真実を暴くという名目で、ネットの海に怪しげな記事を放流し続ける組織だ。

「春のアメリカでの爆発事故、あれ絶対宇宙人の仕業だよねー」なんて、核心を突きすぎて笑えない冗談を飛ばす彼女たちに近寄るのは、僕にとって精神衛生上よろしくない。

「……今日は遠慮しておくよ。レポートがあるんだ」

「冷たいなー。今度の新プロジェクト、結構自信あるんだよ。これ見て」

彼女がスマートフォンを取り出し、画面を見せてきた。

そこには、愛くるしい猫の写真に加えて、別冊付録には丸々と太ったハムスターの写真もあった。

「にゃんこカレンダー! 付属でハムスターカレンダーも!これで一儲けして、サークルのサーバー代を稼ぐ計画なんだよね〜」

「いや、捕食者と被食者をセットメニューにしちゃ駄目だろ」

思わずツッコミを入れる僕を、食飼は「暦ちゃんは心配性だなー」と笑い飛ばした。

その時、講義棟の角から、まるで見計らったようなタイミングで、もう一人の人物が現れた。

「……何よ。朝からその無神経な声を撒き散らして。大学の平均IQを下げるつもり?」

現れたのは、老倉育だった。

「あ、育ちゃん。おっらー」

「おっらー、食飼さん」

あっ、老倉もその挨拶やるんだ。

「……そして阿良々木」

老倉は僕を睨みつける。

「どうしてお前は、どこに行ってもそうやって『いかがわしいもの』と磁石のようにくっつくのかしら」

「いや、僕がくっついているんじゃなくて、向こうから――」

「言い訳は不要よ」

老倉は冷たく言い放ったが、その足は僕たちの前から立ち去ろうとはしなかった。

驚いたことに、彼女は食飼の隣に並び、溜息をつきながら自分のバッグから一冊のファイルを取り出した。

「……食飼さん。例の『カレンダー』の収支予測、修正しておいたわ。猫の撮影費を経費計上しすぎよ。これじゃあ、利益が出る前にサークルが破産するわ」

「おー! さすが育ちゃん! 頼りになるー」

僕は目を丸くした。

「……老倉、お前、そのサークルに参加してるのか?」

「……しぶしぶよ!」

老倉は顔を背け、忌々しげに言葉を絞り出した。

「生活資金を稼ぐ必要があるのよ。実家からの仕送りにも限界はあるし、奨学金だけじゃ計算が合わないの。……食飼さんのこのデタラメな経営を正す代償として、運営費の一部を私の報酬として計上させてもらっているだけ。……阿良々木。勘違いしないで。私は、お前のような不純な動機でここにいるわけじゃないわ」

「不純な動機ってなんだよ。それに、僕はまだ参加するなんて一言も――」

「そうだよ、暦ちゃん! 育ちゃんは今、サークルの『特命財務相』なんだから。あと、上海のスクープ記事の裏付けも手伝ってもらってるんだ」

 

「……特命財務相ね。老倉、お前、自分の才能をそんな怪しげなサークルの帳簿係に浪費していいのか?」

「浪費じゃないわ、投資よ。数字は嘘をつかないけれど、数字を扱う人間は平気で嘘をつく。それを正すのが私の矜持なの。……さあ食飼さん、部室へ行くわよ。午前の講義の前に、昨日のサーバー負荷の計算を終わらせたいわ」

「はーい。暦ちゃんも、社会科見学だと思っておいでよ!」

食飼に背中を押され、老倉に冷たい視線で牽制されながら、僕は大学の厚生棟の隅にある、日光の当たらない一角へと連行された。

扉には手書きで『超リアルスクープドットコム / 陰謀論研究会』と書かれた、禍々しい看板が掲げられている。

「お、命日子! 老倉ちゃん! 待ちかねたぞ!」

部室のドアを開けるなり、熱気に当てられた。

壁には「ピラミッドの真実」や「月の裏側の秘密都市」といった、およそ国立大学の知性とは思えないポスターが所狭しと貼られている。

中には、食飼の「仲間」と思われる男子学生が二人、大型のモニターにかじりついていた。

一人は眼鏡をかけた神経質そうな男、もう一人は異様に体格の良い、アメフト部崩れのような男だ。

「暦ちゃん、紹介するね。こちら、サークルのメインエンジニアの『メガネ』と、フィールドワーク担当の『ゴリ』」

「本名で呼んでやれよ」

「いいんだよ、ネットじゃハンドルネームが本名みたいなもんだからさ」

メガネと呼ばれた男が、興奮を隠しきれない様子でキーボードを叩いた。

「それより見てくれよ! 上海の件、ディープウェブからとんでもない『生』の映像が流れてきたんだ!」

部室の遮光カーテンが閉められ、大型モニターにノイズ混じりの映像が映し出される。

「なんじゃこりゃ……」

画面に映し出されたのは、手ブレの激しいスマートフォンで撮影されたと思しき映像だった。

夜の上海。

爆音と共に、巨大なコンクリートの塊が降り注ぎ、逃げ惑う群衆の悲鳴が響く。

 

「上海の半分が壊滅状態なのに、中国政府の公式発表は『大規模なガス漏れと化学薬品の流出』。……笑っちゃうよねぇ。どんなガスが、あんな巨大な車輪を形作るっていうのさ?」

食飼がニヤリと笑う。

今まで見た中で一番悪い笑顔をしている。

「うわ! 今の見たか!? 半年前の、あのアメリカのニュースのアレみたいだ!」

メガネが画面を一時停止させ、拡大する。

「ミッションシティの『大規模テロ』。あの時も、公式にはガス爆発とテロリストの仕業ってことになってたけど……この映像の巨人と、あの時映り込んだ『金属の塊』、構造的に酷似してるんだ」

コメントに困る。

困るどころか、冷や汗が止まらない。

僕はその「アレ」を間近で見たどころか、その中心でキューブを握りしめて走っていた当事者なのだ。

僕は冷や汗が背中を伝うのを感じながら、必死に動揺を押し殺した。

「……いや、これフェイクだろ? 最近のAI生成動画とか、すごい進歩してるし。誰かが注目を集めるために作った精巧な悪ふざけだよ」

 

「……暦ちゃん。ネットにあるのは真実だとまでは言わないけど、これは本物だよ。ビデオは嘘をつかないからね〜」

いささかネットリテラシーが心配になる一言を零しつつも食飼はマウスを操作し、映像をコマ送りで再生した。

隣では、老倉が冷徹な筆致でレポートを書き進めている。

「……この物体の質量移動は既知の物理法則を逸脱しているわ。けれど、映像自体に編集の痕跡はない。光学的矛盾もゼロ。……不愉快だけれど、これは『現実に起きた現象』を記録したものよ」

「でしょでしょ!? さすが育ちゃん、話がわかるー!」

食飼が老倉の肩をバシバシと叩く。

その老倉はといえば、『マジで私はここで何をやっているんだろうか』とでも言わんばかりの虚無の表情を浮かべていた。

「というか命日子、前から思ってたけどお前、こういうのにも関心あったんだな。怪しいやつには手を出さない印象あったけど」

僕は、モニターに映し出された上海の惨状から目と話を逸らすように尋ねた。

食飼命日子は、僕の問いに「心外だなー」と頬を膨らませ、マウンテンデューの二本目を開けた。

「暦ちゃん、失礼しちゃうな。私はいつだって『真実』に対して誠実だよ。怪しいから手を出さないんじゃない、怪しいからこそ、その皮の裏側を剥いでやりたくなるのが人情でしょ?」

「人情の使い方が間違ってる気がするけどな……」

「それにさ、見てよこの再生数。昨日の深夜にアップした『上海ガス漏れ事件の真実・金属生命体は実在した!?』っていう動画、もう三万再生超えてるんだから。これがサーバー代、ひいては私たちの学食代に化けるわけ」

食飼は誇らしげに、サークルの管理画面を指差した。

だが、その時。

「……あら。食飼さん、残念なお知らせよ。更新ボタンを押してみて」

老倉が、冷徹な視線をノートパソコンの画面に向けたまま告げた。

「え? 何、育ちゃん。まさかBANされた?」

食飼が慌ててリロードを繰り返す。

「……違うわ。私たちのサイトの独占情報だったはずの『上海・未公開映像』が、別の巨大サイトで、より高画質、より詳細な解説付きで公開されているわ」

食飼が「嘘!?」と叫び、検索結果のトップに表示されたページをクリックした。

そこには、僕がさっき見たのと同じ、いや、それ以上に鮮明な映像が踊っていた。

サイトのタイトルは――『ロボ・ウォリアー(ROBO-WARRIOR)』。

「あーっ!! 先を越されたぁぁぁ!!」

食飼が絶叫した。

そこには、今まさに食飼たちが公開しようとしていた上海の「生」の映像が、全く同じアングル、全く同じ文言で、堂々とトップページに掲載されていたのだ。

「ロボ・ウォリアー……? 何だよ、それ。中二病全開な名前だな」

僕が呆れ半分に尋ねると、食飼はがっくりと肩を落とし、椅子に崩れ落ちた。

「……暦ちゃん、知らないの? ネットの陰謀論界隈じゃ超有名な、正体不明のハッカー兼ジャーナリストだよ。……あいつ、いっつもうちのサイトのサーバーにハッキングして、苦労して手に入れた情報を盗んでいくんだから! 今回の上海の映像だって、メガネ君がディープウェブの底の底から釣り上げてきた一点物のはずなのに!」

「まるで泥棒よ。最低だわ」

老倉が吐き捨てるように言う。

「けれど、この『ロボ・ウォリアー』とやらの技術、異常よ。私たちの暗号化をわずか数秒で突破している。……人間業じゃないわ」

 

食飼が、恨めしそうにモニターのロゴを睨みつける。

「せっかくの独占スクープだったのに、これじゃあ『二番煎じのフェイク動画』扱いされちゃうよー」

がっかりして、まるで空気が抜けた風船のように萎んでいく食飼。

僕は彼女を慰める言葉を探したが、見つからなかった。

 

011

――地球、静止軌道。

太陽の光を背に受け、漆黒の宇宙空間に浮かぶその影は、地球という獲物を見下ろす支配者のようだった。

サウンドウェーブ。

情報の支配者たる彼は、ディエゴ・ガルシアで行われたギャロウェイ補佐官の傲慢な独白を、一語一句逃さず記録していた。

『エイリアンの「オールスパーク」が砕け散り、唯一回収された欠片は、世界一警戒が厳重なこの海軍基地――ディエゴ・ガルシアの保管庫に厳重にしまわれている』

 

「……ラヴィッジ、イジェクト。回収作戦、開始」

サウンドウェーブの胸部の中心部、青い不気味な光を放つ空洞から弾丸のごとき速度で一個の金属塊が射出された。

それは大気圏の摩擦熱をものともせず、紅い尾を引きながらインド洋へと向かって急降下を開始した。

深夜。ディエゴ・ガルシアの浅瀬。

静寂に包まれた海岸線で、突如として水柱が上がった。

シュォォォォ……ッ!

沸騰する海面から這い上がってきたのは、一頭の野獣だった。

単眼の光学センサーを不気味な赤に明滅させ、全身に鋭利なブレードのような装甲を纏った四足歩行のロボット。

ディセプティコンの追跡者、ラヴィッジ。

彼は水飛沫を払うこともせず、ジャガーのようなしなやかな動作で、米軍基地を囲む高圧電流の流れるフェンスへと肉薄した。

「ガァァァ……」

喉の奥で金属が擦れるような唸り声を上げると、ラヴィッジは物理法則を無視した跳躍を見せた。

高さ五メートルのフェンスを軽々と飛び越え、音もなく着地。

哨戒中の兵士の視線を、まるで影そのものになったかのようにすり抜けていく。

彼が向かったのは、基地の深部、厳重なセキュリティに守られた保管庫へと続く換気システムの外郭だった。

ラヴィッジは細い換気用パイプの入り口に牙を立て、それを器用に固定した。

その喉の奥から、チチチチ……と不快な電子音が漏れ出す。

次の瞬間、彼の口内から、何百、何千という微細な金属球が吐き出された。

球体たちは生き物のようにうごめきながら、狭いダクトの中を転がり落ちる。

 

しばらくして地下保管庫、エネルゴン遮断室。

通気口から、ザッー!という砂嵐のような音と共に、無数の金属球が降り注いだ。

床にぶちまけられた数千の金属球――マイクロコンが、意思を持った水銀のように一点へと収束していく。

ジャリジャリと金属が擦れ合う不快な音と共に、個々の球体が極小の四肢を伸ばし、隣り合う個体と複雑に噛み合っていった。それは合体というよりは、増殖に近い。

やがて、それらは一つの形を成した。

厚さ数マイクロミリメートルにも満たない、剃刀のように鋭利な全身。

幾重にも重なった極薄のブレードで構成された、複腕二足歩行の異形――リードマン。

最後に、その紙のように薄い「顔」の中央に、唯一立体的で禍々しい丸い赤の一つ目が、カチリと音を立てて点灯した。

リードマンは音もなく滑るように移動し、部屋の中央に鎮座する円筒状の強化ガラスケースへと近づいた。

ケースの内部には、ミッションシティで砕け散ったオールスパークの一片が、電磁拘束フィールドに浮かんでいる。

リードマンの右腕の一つが、高速回転する極小の丸鋸へと変形した。

ギィィィィィィィィィン!!

真空に近いエネルゴン遮断室内で、耳を劈くような高周波の金属音が響く。

その瞬間。

ビーッ! ビーッ! ビーッ!

基地全域に、脳を掻きむしるような赤色灯の点滅と、猛々しいサイレンの咆哮が爆発した。

『警告、レベル5の侵入! 保管庫セクターD-4! 繰り返す、保管庫セクターD-4!』

保管庫の外郭、緊急避難路の出口。

そこには既に、NEST部隊の武装ジープ数台が一糸乱れぬ陣形で立ち塞がっていた。50口径重機関銃が銃口を出口へと向け、兵士たちがレーザーサイトの紅い点を扉の隙間に集中させる。

「逃がすな! 蟻一匹通すんじゃないぞ!」

重厚な防爆扉が、内部からの手動操作でゆっくりと開く。

中から突入したのは、最新の暗視ゴーグルとタクティカルベストに身を包んだ歩兵の精鋭たちだ。彼らはスモークを焚き、一気に部屋の中央へと踏み込んだ。

「……クリア! 二時、六時、全方位クリア!」

「ターゲットはどうした!?」

小隊長が中央の台座をライトで照らす。

そこには、鋭利な刃物で抉り取られたような切断面を残した、空っぽの強化ガラスケースがあるだけだった。

「……欠片がないぞ! 消失している!」

「馬鹿な……。数秒前までセンサーに反応があったはずだ!」

兵士たちが困惑し、互いの顔を見合わせる。

その時、最後尾にいた一人の兵士が、首筋に奇妙な「冷気」を感じた。

まるで、剃刀の刃が皮膚を撫でるような感覚。

「おい、どうした?」

隣の兵士が声をかけた瞬間。

影のように薄く、紙のように平らな「何か」が、最後尾の兵士の背中を「通過」した。

物理的な質量を感じさせない、異様な浸透。

 

「あ……」

兵士の口から漏れたのは、言葉にならない空気の音だけだった。

次の瞬間、リードマンが通り抜けた後の彼の体は、まるで積み木が崩れるように、正確な幾何学模様を描いてバラバラに解体され、床へと崩れ落ちた。血飛沫が上がる暇さえない、あまりに美しく、残酷な切断だった。

パニックに陥った分隊が背後へ向けてM4カービンを乱射するが、リードマンはすでに壁の配管ダクトへとその身を躍らせ、重力に逆らって天井を駆けていた。

――地上。

ハッチが内側から吹き飛び、リードマンが銀色の弾丸となって夜の闇へ飛び出した。

 

「いたぞ! 貨物エリアに動体反応!」

包囲していたジープの兵士たちが一斉に引き金を引こうとしたその時、基地の北側、暗いジャングルの中から凄まじいパルス音と共に青白い閃光が飛来した。

ドォォォォン!!

直撃を受けた先頭のジープが、火だるまになって横転する。

「敵襲! 外周だ! 距離四百!」

闇の中から、紅い光学センサーが、野獣の眼光となって浮かび上がった。

ラヴィッジ。

彼は背中に装備された二連装パルスライフルを咆哮させ、圧倒的な速射でNESTの防衛線を蹂躙していく。

「ガァァァァッ!!」

重機関銃の掃射がラヴィッジを捉えるが、彼は重力を無視したジグザグ走行で弾丸の雨を潜り抜け、弾着の砂塵だけを残して次の地点へと跳躍する。

 

「アイアンハイド、撃て!奴を逃がすな!」

「薄汚いこそ泥め!引きずり降ろして細切れにしてやる!」

オートボットが部隊と合流し、ジョルトの電撃弾とアイアンハイドのキャノン砲がラヴィッジのいる方向に飛んでいくも避けられる。

その隙に、貨物から飛び出した銀色の「筋」――リードマンが、ラヴィッジの背中へと飛び乗った。

オールスパークの欠片をその身に宿したリードマンを乗せたまま、ラヴィッジはインド洋の荒波が打ち寄せる断崖へと向かって全速力で駆ける。

背後から放たれる無数の銃弾と、追跡を開始したオートボットたちのエンジンの咆哮を置き去りにして、月明かりの海へとダイレクトに身を投げた。

爆発音と怒号が響き渡るディエゴ・ガルシアの夜。

水飛沫が収まった時には、そこにはもう、碧い海面が静かに揺れているだけだった。

 




次回豫告
「老倉育よ。以後、よろしくお願いするわ」

「引っ越しするとなると、ウォーターサーバーの勧誘が必ずと言っていいほどついてくるわよね。あれ、どうにかならないのかしら」

「『今ならお得にいつでも美味しい水が飲める――』って、そんなに水飲まないわよ!ラクダか何かか!それに、毎月水買わないといけないし、何が『お得』だ!貧乏女子大生にそんな金があるか!」

「しかもたちが悪いことに、そういうのって大体、必要事項をとうとうと、それこそ怒濤のごとく並べた最後に聞いてくるのよね」

「こっちが『はい、はい、はい、……』ってなってる所に、仕掛けてくるから、うっかりそれも認めちゃう」

「これはある意味、阿良々木並みに警戒すべき事象ね。皆さんもお気をつけて」

「次回、こよみリベンジ其ノ参」

「本当、あの野郎どうして隣に引っ越して来やがったのかしら……」
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