物語シリーズ×トランスフォーマー二次創作   作:嘘烏

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生暖かい目で見てください。


第続話 こよみリベンジ其ノ参

012

引っ越しというものは、物理的な疲労よりも精神的な摩耗の方が激しい。

特に、隣人が僕を宇宙規模で呪っている老倉育で、その彼女が僕の通う大学の「陰謀論サークル」の財務相を勤めているなんて事実を知った後は。

それにしても。

「……老倉も変わったもんだよな……」

高校三年生の二学期に再会した時の老倉は、僕の事を徹底的に、それこそ『徹頭徹尾、徹底敵』とでも言わんばかりに目の敵にしていた。

しかし、大学に入ってからの彼女は何というか……丸くなった。

いや、『嫌い』だの『死ね』だのが飛び出してくるのは、まだ日常茶飯時ではあるけども。

それでも彼女は丸くなった。

丸くなり、角が取れた。

円へと近似した。

母親の真相を知り、十月に町を去ってから彼女も変わったのだろうか。

僕は高校卒業直後に『鏡の世界』で目にした、ありえたかもしれない幸せな老倉育の姿を思い出す。

彼女の裏の姿を、彼女が残していった心残りを。

 

そんなふうに、僕が感傷に浸っていたその時だ。

視界の端、真っ白な壁紙の上に、「ノイズ」が走った。

最初は、飛蚊症かと思った。視界の端で、黒い糸くずのようなものが蠢いている。

しかし、よく目を凝らすと、それは意志を持った「文字」の集合体だった。

幾何学的な、それでいてどこか生物的な曲線。

地球上のどの言語にも属さない、複雑な連立方程式のような文字列。

 

「お前様!」

影の中から忍が声をかけるが、僕の耳には届かない。

僕は吸い寄せられるように、床に転がっていたボールペンを掴んだ。

手が、自分の意思とは無関係に動く。

ノートの白ページを、僕は猛然とした勢いで埋め尽くしていった。

走り書きされる幾何学模様。

脳の奥に直接、高電圧のデータが流し込まれているような感覚。

「あ、が……あ……」

口の端から熱い吐息が漏れる。書いている内容の意味はわからない。

けれど、書かなければならないという強烈な強迫観念が、僕の右手を突き動かしていた。

どれくらいの時間が経っただろうか。

不意に視界のノイズが消え、僕は我に返った。

右手の筋肉は硬直し、ノートの三ページ分が真っ黒な「異世界の暗号」で埋め尽くされていた。

「……何だ、これ」

全身に嫌な汗をかいている。

僕は気分転換のために、ゴミ出しを兼ねてアパートの階段を降りることにした。

 

「……あれ? もしかして、阿良々木君?」

心臓が跳ねた。

振り返った先に立っていたのは、灰色ロングの少し大人びた雰囲気を纏った少女。

僕の恩人であり、僕がかつて——あるいは今も——特別に思っている、羽川翼だった。

七月ぶりの再会。

彼女は猫のような足取りで僕に近づくと、僕がノートに走り書きした奇妙な文字をちらりと見たが、あえて深くは追求しなかった。

「一人暮らし、始めたんだね。おめでとう」

「ああ、ありがとう。……まあ、お隣さんにはさっき、絶交を宣言されたところだけどな。……でも、どうしてここに?」

「老倉さんに会いに来たんだ。彼女、ここに住んでるんでしょ?でも、今は阿良々木君の方が面白そうなことになってるみたいだね」

彼女はそう言って、悪戯っぽく微笑んだ。

しばらく続いた雑談は、驚くほど普通だった。

大学生活のこと、一人暮らしの大変さ。

羽川の方は地雷除去作業が一段落して、しばらく日本にいれるらしい。

借金地獄から解放されてもなお、彼女は地雷を掘り返していたらしい。

地雷除去と聞くと不本意ながら春休みに遭遇した狂戦士、ボーンクラッシャーを思い出し、僕は複雑な表情になってしまう。

そんな僕を他所に彼女の視線は時折、ノートに書かれた「文字」に熱っぽく注がれていた。

 

ブロロロロロ……

雑談の最中、静かながら存在感のあるエンジン音が聞こえてきた。

見ると駐輪場の脇に一台の車が滑り込んで来る。

鮮やかなイエローに、二本のブラックストライプ。

シボレー・カマロ。

「……ビー?」

僕は思わず声を漏らした。

バンブルビーだ。

彼は実家の方のガレージで大人しくしているはずじゃなかったのか。

カマロは僕の目の前で停車し、エンジンを切った。

「あれ? お前、向こうにいるんじゃなかったのか?」

僕の問いに、バンブルビーは答えない。

代わりに羽川が、カマロのボンネットにそっと手を置いて挨拶した。

「初めまして、羽川翼です。……結局、あの時は君に乗れなかったね。フーバーダムでは、ビーは冷凍されてたし……ね、阿良々木君?」

「……ああ、そういえばそうだったな」

僕は同意した。

確かにあの時、セクター7によってバンブルビーは拘束され、凍結されていた。

「せっかくだから、少し乗せてくれないかな? ビーも、阿良々木君とドライブしたいみたいだよ」

僕は誘われるまま、助手席に乗り込んだ。

羽川が運転席に座る。

けれど、エンジンをかけた瞬間、車内の雰囲気が一変した。

オーディオから、ノイズ混じりのラジオ音声が高速で切り替わりながら流れ出す。

『……Don't you forget!……』

『……浮気は……ダメ……絶対……!』

ラジオの選局ボタンが目まぐるしく回転し、切り貼りされた音声が車内に響き渡る。

バンブルビーなりの、全力の牽制だった。

ひたぎという彼女を持つ僕が、別の女性を乗せたことへの抗議だろう。

「……ビー、違うって。彼女は戦友なんだ」

僕が苦笑いしながらハンドルを叩くと、隣の羽川が僕の耳元に顔を寄せた。

その吐息が、妙に熱い。

「……大丈夫だよ。これは浮気じゃないから。ただの、再会のお祝い」

羽川が囁いた、その瞬間。

ガコンッ!

助手席のシート――つまり羽川が座っている方のシートの背もたれが、急に後ろに倒れる。

「うわっ!?おい、ビー!羽川に何するんだ!?」

続いてシートは前に傾き、羽川をダッシュボードに叩きつけんとする。

それだけではない。

ダッシュボードの隙間から、プシュッ!と勢いよく、何かが噴射された。

「えっ——」

「きゃっ!?」

羽川の肩口に、黒ずんだ液体が飛び散る。

それは、機械の血液とも言える潤滑油だった。

ビーが、まるで嫌がらせのように、あるいは「マーキング」でもするかのように彼女に油を浴びせたのだ。

「……あーあ、汚れちゃった。ビーってば、意外と嫉妬深いんだね」

羽川は困ったように笑い、ハンカチでオイルを拭った。

「羽川!本当、ごめん!こいつ結構気難しいところがあって――」

「ううん、気にしないで。今日はここまでにしておくよ。阿良々木君、またね。——次は、もう少し落ち着いたところで」

彼女は車を降りると、一度も振り返らずに歩き去った。

一人残された僕は呆然として、ビーに問いかけた。

「どうしたんだよ、ビー……?」

 

013

九月七日、火曜日。

一人暮らしの初夜は、最悪の寝心地だった。

目を閉じれば、脳裏に焼き付いた幾何学模様がネオンサインのように点滅し、耳の奥では昨日浴びせられた潤滑油の焼けるような匂いと、ラジオのノブが回るノイズが反響し続けていた。

早朝、まだ薄暗いワンルームの前に、一台のイエローのカマロが音もなく停車した。

僕が誘われるように外へ出ると、バンブルビーは挨拶もなしにドアを開け、僕を助手席へと押し込んだ。

「……おい、ビー。どこへ行くんだよ。一限の講義があるんだぞ」

僕の抗議を無視して、ビーは市街地を抜け、人里離れた高台にある市営墓地へと車を走らせた。

朝霧が立ち込める中、ビーは一番奥の、人目に付かない木立の影で停車した。

「……こんなところで、誰の墓参りをするんだ?」

潮風が吹き抜ける、静寂に包まれた西洋墓地の最上段。

そこに、彼は立っていた。

青と赤の鮮烈なファイヤーパターンを纏った、全高九メートルを超える鋼鉄の巨人。

朝日を背負い、静かにこちらを見下ろしているその姿は、この世の理から外れた神のようでもあり、同時に数多の戦場を潜り抜けてきた老兵のようでもあった。

「……オプティマス」

僕が車を降りると、カマロは親愛を示すように短く電子音を鳴らし、主の傍らへと控えた。

半年ぶりの再会。

ミッションシティの瓦礫の中で、ボロボロになりながらも僕の手を引いてくれた、オートボットの司令官。

オプティマス・プライムは、重厚な金属音を響かせて、こちらの方に歩いてきた。

「久しぶりだな、阿良々木暦。平穏な日々を邪魔してしまったことを、許してほしい」

「……いや、いいよ。久しぶりだけど、どうしたの? ビーの様子もおかしいし、わざわざこんなところまで」

僕の問いに、オプティマスの表情――金属のプレートが複雑に組み合わさったその顔が、重苦しく曇った。

「オールスパークの欠片が、盗まれたのだ」

「……盗まれた?ディセプティコンに?」

耳を疑った。

あの巨大な熱源と力を秘めたキューブの残骸。それを盗み出すなんてことが、この地球上で可能なのか。

 

「アメリカ政府の要請により人間に保管を任せていたのだ。臥煙伊豆湖は『トランスフォーマー達に管理を任せるべきだ』と進言してくれていたのだが。……力を貸してほしい、暦」

オプティマスは、巨大な拳を静かに握りしめた。その金属同士が擦れ合う音が、まるで彼の苦悶を代弁しているかのようだった。

「政府は我々が敵の襲来を招いたと思っている。…その通りかもしれない。……人間である君から説得してくれ。信頼関係を取り戻したい」

彼は、僕というちっぽけな存在を、真っ直ぐに、そして誠実に見つめた。

その蒼い光学センサーは、全人類の運命を左右する決断を、僕に委ねている。

僕は、墓地の向こう側に広がる街の景色を眺めた。

そこには、僕を呪う老倉がいて、陰謀論に現を抜かす食飼がいて、そしてひたぎがいる。そして昨日現れた羽川も。

「……悪いけど、それは僕の戦いじゃない」

僕は短く答え、視線を足元の砂利に落とした。

オプティマスの蒼い光学センサーが、一際強く発光する。

「今はな。だが、いずれ戦うことになる。地球を、我が星サイバトロンと同じように、滅ぼすわけにはいかないのだ」

影の中で、忍が不愉快そうに身悶えしたのが分かった。彼女も彼らの事情に深入りすることを快く思っていないのだろう。

「……分かるよ。そりゃ、助けたいのはやまやまだけどさ。でも僕はエイリアンの友好大使じゃない。アメリカをどうこうできる立場でもない。どこにでもいる普通のガキなんだよ。確かに影の中に吸血鬼を飼っているし、異常な事態には慣れている。けれど、社会において、公的な立場において、僕は『阿良々木暦』というただの一個人に過ぎない。何者でもないんだよ。それが僕なんだ」

僕は首を振り、一歩後ろに下がった。

「ごめん。……本当に」

オプティマスは反論しなかった。ただ、古びた大聖堂のような重厚な沈黙を保ったまま、僕を見下ろしていた。

「……暦。運命とは、時を選ばず訪れるものだ」

その言葉は、教訓というよりは、避けられない未来への予言のように聞こえた。

「君はオプティマスだ。僕なんかがいなくたって、きっと大丈夫だよ」

オプティマスの蒼い光学センサーが、朝露を反射して寂しげに光った。

彼は遠くを見つめ、呟く。

「……君が必要だ。君が思う以上に」

その言葉を最後に、僕はビーに急かされるように墓地を後にした。

バックミラーに映る青と赤の巨体は、朝霧の中に消えていく。

僕の右手には、昨日書き殴った文字の感触が、高電圧の残滓のようにこびりついていた。

 

014

北大西洋、午前七時十三分。

鏡のように平穏な海面を切り裂き、一隻の巨大なマンモスタンカーが進んでいた。

船体に刻まれた名は『エターナル・サマー号』。その内部は自動化され、ブリッジに人影はない。自動操縦システムが、プログラムされた航路に従い、この先に広がる軍事制限海域を回避するための緩やかな旋回を始めた、その時だった。

海中から飛び出てきた燃え盛る紅蓮の尾を引いた「隕石」が、一条の光となって甲板へ着弾した。

インド洋から渡ってきた禍々しい鋼鉄の猛獣――ラヴィッジ。

巡回する船員の目を避け、コンテナの陰に隠れる。

船上の甲板にはコンテナだけでなく、巨大な四台の重機も積載されていた。

緑色の塗装が施された巨大なダンプカー、キャタピラー773B。

黒いボディに鈍い光を宿した、2008年型マック・グラナイトのセメントミキサー車。

オレンジ色のボディが錆びた返り血のように見えるブルドーザー、キャタピラーM930。

そして、長く強靭なアームの先に巨大な油圧ペンチを装備した黄色のショベルカー、ボルボEC700C。

ミキサー車のボンネットに鎮座する、銀色のブルドッグのエンブレム。

その頭部には、地球上のどの犬種にも似ていない、鋭利なディセプティコンの紋章が刻まれている。

ショベルカーの側面にも、闇に溶け込むような黒いマークが、死神の刻印のごとく張り付いていた。

「ガァァァ……ッ!!」

ラヴィッジが喉の奥から、エネルゴンを共鳴させる咆哮を上げた。

それを合図に、機械たちが一斉に覚醒する。

ガギィィ……!

ショベルカーの油圧シリンダーが、ひとりでに咆哮を上げた。

黒い油圧ペンチが空を掴むように開閉し、アームが動き出す。

 

積載されていた四台の重機――コンストラクティコンズが、その巨躯を震わせ、物理法則を嘲笑うかのように変形を開始した。

巨大なタイヤが、無限軌道が、油圧シリンダーが、複雑に噛み合いながら巨大な四肢へと変形していく。

まず動いたのは、グリーンの巨大ダンプカー、ロングハウルだ。

数トンの土砂を運ぶための巨大な荷台が二つに割れ、強靭な外殻となって腕を覆う。

ミキサー車、ミックスマスターのドラムは四分割され、盾のように配置される。

オレンジのブルドーザー、ランページは、無限軌道のキャタピラを鞭のようにしならせ、ショベルカーのスクラップメタルは、油圧ペンチを巨大な爪へと変貌させた。

 

ドォォォォンッ!!

ザパァァァン……!!

コンストラクティコンとが次々と冷たい海へとその身を躍らせていく。

数トンの鋼鉄が海面に叩きつけられる。しかし彼らは沈むのではない。

背部に備わった高出力のハイドロ・スラスターが青白い炎を水中で噴射し、重力と浮力の法則を暴力的に書き換えながら、暗黒の深淵へと加速を開始した。

 

――同時刻。

北大西洋上を、米海軍のロサンゼルス級原子力潜水艦『トピーカ』が静かに巡航していた。

彼らの任務は、半年前葬られ、この海溝の底に沈められた「禁忌」——メガトロンの遺体を二十四時間体制で監視すること。

だが今日、そのソナー室はかつてない異常事態に凍りついていた。

「こちらソナー室、反応を探知。方位214、敵の可能性」

「プロジェクト『ディープ6』の投下位置です」

「反応を五つ確認!」

オペレーターたちの叫びが艦内に響く。

「水深千五百メートルを急速潜航中!」

ソナー画面には敵を示す五つの緑のポイントが示されていた。

「馬鹿な……。これほど速い物体は今まで見たことがない」

艦長がモニターの数値を二度見した。落下速度は魚雷を遥かに上回り、深海の凄まじい水圧など存在しないかのように加速を続けている。

「全員、戦闘配置につけ! 取り舵いっぱい、全速三分の二!」

「潜水、潜れ!」

トピーカが潜水し、迎撃体勢を整えようとするが、鋼鉄の影はすでにその横を、流星のごとき速度で通過していった。

 

――そこは、太陽の光が一度も届いたことのない、永遠の静寂と超高圧が支配する世界だった。

数万年の時をかけて降り積もったマリンスノーが、巨大な着地音と共に巻き上がる。

不気味な形をした深海魚たちが、突然現れた鋼鉄の侵入者たちに驚き、散り散りになって暗闇の中へ逃げ去っていった。

彼らに備わった強力なサーチライトが、漆黒の帳を切り裂く。

ライトがゆっくりと移動し、一体の巨人の顔を照らし出した。

浮かび上がったのは、氷のような冷たい瞳。

歪んだ牙。そして、半年間の沈黙を経てもなお衰えることのない、他者を屈服させるための暴力的な威厳。

鋼鉄の枷に縛られ、全身を凍結に近い低温の海流にさらされた、かつての破壊大帝。

そこにいたのは、NBE-1——メガトロンだった。

 

――ワシントンD.C.、統合参謀本部。

モーシャワー将軍が、早足で戦略司令室へと駆け込んできた。

「状況を説明しろ!」

「NBE-1の監視ゲートに反応あり! 海底の監視システムが何者かの侵入を伝えています!」

「水深一万七千メートルだぞ!? 人類が到達したことのない極限だ。付近に深海救助艇の姿は?」

「ありません! 友軍艦艇はトピーカ以外、数百マイル以内に存在しません!」

「そうなると不味い事態だ……!」

 

再び海底。

オレンジ色のブルドーザー、ランページが一本足で不気味に跳ねる。

「ちょっきんな……。蟹じゃないけどちょっきんな……」

その横で、ラヴィッジの胸部から這い出してきた蜘蛛のような小型の異形――医師スカルペルがメガトロンの顔の上に飛び乗った。

その多脚が鋼鉄に当たり冷たい音を響かせる。

彼はメガトロンの残骸の状態を検分すると、叫ぶ。

「パーツ足りない!……その小さいのを殺せ!」

スカルペルが、神経質な電子音を上げながら周囲を見渡した。

その冷酷な視線が、小柄なスクラップメタルに止まる。

「……や、やめろ! 貴様ら、何をする——!」

スクラップメタルの悲鳴は、ロングハウルの無慈悲な拳によって断ち切られた。

ミックスマスターが巨大なプレス機のような腕で、仲間のボディを無造作に解体していく。

生きたまま引き裂かれる、金属の断末魔。

千切れたコードから鮮血のようなオイルが噴き出し、深海を黒く染めた。

それを背景に、スカルペルがラヴィッジから受け取ったオールスパークの欠片を高く掲げた。

「欠片が、エネルゴンを作る! ブゥルルァァ!」

スカルペルが、欠片をメガトロンの胸部中央——かつてキューブによって焼き切られたスパークの核へと、力任せに突き立てた。

バチィィィィィィィ!!

暗黒の深海で、太陽のような爆発的閃光が弾けた。

青白いスパークが爆発的に走り、一万七千メートルの深海を白銀に染める。

 

「強力なソナー反応、低音発生!」

トピーカのソナー室に激震が走った。

 

海底では、スクラップメタルの残骸から引き剥がされたパーツが、磁石に吸い寄せられるようにメガトロンの欠損箇所へと吸着していった。

迸るスパークと共に失われた右腕が再生され、脚部にはキャタピラが形成される。

暗黒の底で、紅い光学センサーが猛然と点火した。

「メェガァァァ……」

メガトロンが、地獄の底から這い上がるように、その巨大な掌で海底を掴み、起き上がった。

彼は自身の出力を最大まで上げると、海底を蹴り飛ばした。

その衝撃で海溝の壁が崩落し、彼は一本の凶弾となって、水面へと向かって急速浮上を開始した。

 

「こちらソナー!探知反応が六つ、急速浮上中!」

「 衝突警報、取り舵一杯! 」

「魚雷一番から四番まで用意!」

トピーカの艦長が絶叫する。

「左舷に衝突するぞ!衝撃に備えろ――」

だが、遅すぎた。

海中を切り裂く銀色の影が、潜水艦の真横を通過する。

その凄まじい衝撃波だけで、数千トンの潜水艦が木の葉のように翻弄され、計器が火花を散らした。

ドパァァァン!!

北大西洋の海面が爆発したかのように盛り上がり、そこから銀翼の悪魔が飛び出した。

 

015

その星に名前は無い。

おそらくこれからも名付けられることはないだろう。

恒星の光も届かぬその極寒の星には、数千年前から刺さるように墜落した鋼鉄の巨大戦艦「ネメシス」が、音のない墓標として横たわっていた。

……キィィィィィィン!!

闇の彼方から静寂を引き裂き、大気を焦がす爆音と共に飛来したのは、飛行戦車(エイリアンタンク)形態に変形したメガトロンだった。

大気圏突入の熱に焼かれながらも、その機体は銀色に輝いている。

エイリアンタンクは着地と同時に、物理法則を暴力的に書き換えるような複雑な変形機構を駆動させた。

重厚なキャタピラが割れて強靭な脚部となり、主砲が右手へとスライドする。

衝撃で氷の結晶が舞い上がる中、複雑な金属音が響き渡り、銀色の破壊大帝が立ち上がった。

 

船内へと足を踏み入れると、そこには異様な光景が広がっていた。

壁という壁を、不気味に脈動する半透明の膜が覆い、その内側では無数の「卵」が青い光を放っている。

「スタースクリーム、戻ったぞ」

冷徹な声が船内に反響する。

「おお、メガトロン様……! 見事復活されたようで、何よりです」

鋼鉄の鳥人の如きフォルムのディセプティコンが、メガトロンの方に歩いて来る。

スタースクリームだった。

銀色のボディにタトゥーを施した彼はこれ以上ないほど恭しく、その巨躯を床にひれ伏させた。

だが、メガトロンの怒りは、凍てつく船内の温度をさらに下げる。

「よくも俺を置き去りにしたな。あの虫けらどもの星に……!」

「そ、それもすべては新たなる軍団を生み出すため……ザ・フォールン様の命令で……! あなた様がいない間、()()()()()()()()()()()()()()()()――」

言葉の選び方が悪かった。

スタースクリームの言い訳が続く前に、メガトロンの巨大な脚がその胸部を蹴り飛ばした。

火花が散り、スタースクリームの体が壁に激突する。メガトロンは間髪入れずにその細い首を掴み上げ、壁に押し付けた。

「お前には失望した」

「た、卵が……卵が壊れてしまう……!」

スタースクリームが怯えた視線を壁の卵に向ける。

メガトロンは残忍な笑みを浮かべ、首を絞める指に力を込めた。

「たとえ俺が死のうと、指揮官は俺一人だ。二度と忘れるな!」

その時、背後の卵の膜が音を立てて破れた。

中から這い出してきたのは、未発達な金属の四肢を震わせる幼体だ。

「ええい!」

苛立ったメガトロンが手を離すと、スタースクリームは無様に床に転がった。

「すみません……!」

他の部下であれば、今この瞬間に四肢をもぎ取られ、フュージョンカノンの餌食となっていただろう。

だが、スタースクリームは類稀なる狡猾さと空戦能力を持っている。

それにメガトロンは古くからの縁であるスタースクリームを案外気に入っていたので、生かしておいた。

 

船の最深部。

無数の太いチューブが神経系のように絡みつく、巨大な玉座。

そこに、沈黙そのものを纏った巨大な黒い影が座っていた。

長く鋭利な手足、顔を覆う禍々しい仮面。

赤く光る一対の目は、数千年の呪念を宿している。

メガトロンは先程までの傲慢さを捨て、恭しげにその周りを歩き、膝をついた。

「主よ。地球ではしくじりました。オールスパークは消滅した。あれが無くては、我が種族は滅びる」

ザ・フォールンの、錆びた鋼鉄が擦れ合うような重厚な声が響く。

『あぁ……お前は物を知らん、我が弟子よ。……「キューブ」は単なる入れ物。そのパワーや知識は消えることはない。ただ――形を変える(Transformation)だけだ……』

「本当に、そんなことが!」

『吸い取られたのだ。人間の子供に……!……我が種族を救う鍵は、その小僧の頭の中にある……』

メガトロンのメモリーに半年前にキューブを自身の胸に叩き込んできた、あの生意気な少年の顔が浮かぶ。

「では其奴の身体から、頭ごと引きちぎりましょう!」

彼の光学センサーが、憎悪を込めて赤く燃え上がった。

『やるがいい、弟子よ。じきにな……。何千年も戻るのを夢見てきた、あの忌々しい星に』

フォールンがゆっくりと拳を握る。その指先から漏れる熱気が、付着していた氷を瞬時に蒸発させた。

『あそこで俺は裏切られた。俺が「兄弟」と呼んだプライム達にな……』

彼の声に、憎悪のスパークが混じる。

『……俺を倒せるのは、プライムだけ。そして今、残るプライムはただ一人……』

「オプティマス! 奴が、阿良々木暦という名の小僧を守っています!」

メガトロンが唸る。

『小僧を使って、プライムを誘き出せ。そして、リベンジを……果たすのだ……』

「はい……」

その様子を横目で見ていたスタースクリームが、先ほど這い出てきた幼体を片手に進み出た。

「小僧を逃しはしません。既にマークしてあります。……エネルゴンが無ければ、卵は次々死んでしまう」

スタースクリームは手にしていた幼体を落とす。

幼体は既に死んでいた。

 

016

オプティマスと墓地で別れた後、ビーは僕を大学の正門前で降ろした。

彼はオプティマスとアメリカに向かうらしい。

カマロは名残惜しそうに一度だけエンジンを吹かすと、またどこかへと走り去っていった。

一限、天文学。

僕はこの講義を、以前から楽しみにしていた。

教壇に立つのは天乃河小蘭教授。

彼はこの大学でも指折りの「変わり者」として知られている。

常にボサボサの髪に、どこか時代錯誤なゴーグルを首から下げ、宇宙の神秘を語る時だけは子供のように目を輝かせる男だ。けれど、その教え方は驚くほど丁寧で、論理的。

僕ら学生は、彼の風変わりなキャラクターを愛し、その授業を熱心に受けていた。

「おかえり、諸君。再び私と宇宙の旅に出る準備は出来ているかね?」

小蘭教授の朗々とした声が教室に響く。

僕の左隣には戦場ヶ原ひたぎ。彼女は完璧な姿勢でノートを取り、その横顔からは一切の隙が感じられない。

そして右隣には老倉育。彼女は教授の言葉を一つも漏らさぬよう、獲物を狙う鷹のような鋭い視線で黒板を見つめていた。

先日の「絶交宣言」が嘘のように、彼女は学問に対して真摯だ。もっとも、僕との間に物理的な距離を数センチメートル単位で厳密に保っているあたりに、彼女の嫌悪を感じずにはいられないけれど。

「――宇宙とは巨大な演算装置だ。我々が観測している星々は、その計算結果に過ぎない……」

静謐な、学びの時間。

教科書をめくる微かな音だけが教室のBGM だった。

けれど、その平穏は唐突に、暴力的なまでの視覚異常によって塗り潰された。

視界の端に走る「ノイズ」。

昨日、自室で見たあの「異世界の文字」が、教科書の活字を侵食し始めたのだ。

最初は数行だった。

それが瞬く間にページ全体へと広がり、本来印刷されているはずの日本語を、複雑な連立方程式のような、あるいは生物の神経図のような幾何学模様が上書きしていく。

その瞬間、僕の脳内で何かが「接続」された。

ページを捲る。

通常なら数分かかる内容が、視神経を通じた瞬間に「理解」ではなく「ダウンロード」として脳の記憶領域に定着する。

意味はわからない。けれど、そこに記された「数式」の正しさが、血液の循環と同じくらい当たり前の事実として確信できるのだ。

パラ、パラパラ、パラパラパラッ。

僕の手は、無意識に教科書を高速で捲り続けていた。

隣のひたぎが怪訝そうにこちらを見た。老倉がイラついたようにペンを止めた。

けれど、僕は止まれない。

一冊分、数百ページに及ぶ天文学のデータ。

それらが全て、脳内の「ノイズ」によって別の意味に書き換えられ、僕の中に吸い込まれていく。

最後のページを捲り終えた時、視界のノイズがふっと消えた。

頭の中が熱い。オーバーヒート寸前のハードディスクのように。

その熱に浮かされるように、僕はスッと右手を高く上げた。

「――はい。阿良々木君、何か質問かな?」

小蘭教授が不思議そうに僕を見た。

老倉が「何よ、目立とうとして」と言わんばかりの冷たい視線を向けてくる。

ひたぎだけが、僕の異変に気づいたようだった。

 

「暦、やめなさい。座って」

左からひたぎが氷のような声で囁き、僕の服の裾を引いた。

「目立ちたいにしてもベクトルを間違えすぎよ。ただの異常者に見えてる自覚はある? 数学を汚さないでくれるかしら?」

右から老倉が、筆圧で僕に穴をあけんばかりの険しさで毒づいた。

しかし、僕の口は、僕の意志とは無関係に開いた。

 

「はい。一つだけ。アインシュタインは間違っています」

 

僕の口から出た言葉に、教室内が凍りついた。

ひたぎと老倉が同時にフリーズし、そして次の瞬間、見事なシンクロニシティで「私はこの男と一切の関係がありません」という「我無関係」モードへと移行した。ひたぎは窓の外の雲を数え始め、老倉は猛烈な勢いで手元の計算を解くフリを始めた。

「……ほう、アインシュタインが間違っている、と。それはなかなかに野心的な意見だ、阿良々木君」

小蘭教授がゴーグルの下で目を細めた。

僕の突拍子もない発言に、科学者としての隠しきれない好奇心を滲ませている。

「ええ、すぐにご説明します。別にアインシュタインが完全なバカだというわけではありません。たしかにエネルギーは質量かける光速度の二乗、E=mc^2 です。この次元では。しかし先生のご著書では、他の十七の次元における物理と数学について言及されていません」

 

僕は立ち上がり、吸い寄せられるように教壇へと歩き出した。

意識は霧の中にあり、視界には絶え間なくあの幾何学模様が明滅している。

「それらの次元では物理エネルギーはまったく異なる原理で働きます。なのに、いまだにだれも他の十七の次元について言及していない。これはどういうことですか?」

僕はチョークを掴んだ。

脳の奥で火花が散り、意識が遠のく。

熱で浮かされた時のように、視界が白濁していく。

「質量は、多次元的な『重み』の断面に過ぎない。十七の次元が干渉し合う結節点において、エネルギーは光速の壁を容易に踏み越える。見てください、このエネルゴンの流動係数を……!」

意識が混濁する。

自分が話しているのが日本語なのか、別の星の言語なのか判別がつかない。

カチカチ、カチカチカチカチカチッ!

恐ろしい速度でチョークが黒板を叩く。

それは昨日ノートに書いた暗号よりも、さらに洗練された、純粋なエネルギーの記述だった。

数式ですらない。

幾何学的な曲線が複雑に重なり合い、次元の壁を切り裂くような鋭い鋭角を形作っていく。

それはアインシュタインの相対性理論を解体し、宇宙の真の姿を――多次元間を移動する高エネルギー体の存在を肯定する、この星の文明には早すぎる数式だった。

 

どれくらいの時間が経ったのか。

最後の一線を書き終えた時、チョークが粉々に砕け散り、僕の意識は急速に冷え固まった。

「……はぁ、はぁ、はぁ……っ!」

我に返り、目の前を見て、僕は言葉を失った。

前には、チョークで真っ白に塗り潰された黒板。

そして、言葉を失って立ち尽くす小蘭教授と、息を呑んで僕を見つめる数百人の学生たちの姿があった。

ひたぎと老倉は、もはや顔を上げることもできず、ただ硬直している。

……待て、僕は一体何をした?

数分前の記憶が、まるで他人の夢のように曖昧だった。

 

小蘭教授は、僕が書き殴った数式の数行を、穴が開くほど見つめていた。

その表情は驚愕から、やがて何か恐ろしいものを見るような深い沈黙へと変わっていく。

教授は深く、重苦しい溜息を吐くと、少しだけ残念そうに、けれど厳格な口調で告げた。

「……阿良々木君。君の理論は実に興味深い。後でじっくり聞きたい所だが――」

教授はそこで言葉を切り、僕の後ろで凍り付いている百人以上の学生たちを指し示した。

「他の学生を巻き込まないでくれ。この教室から出ていきたまえ……即刻」

「あ、はい……すみません」

僕は逃げるように教壇を降りた。

ひたぎや老倉の方を見る勇気なんて、これっぽっちもなかった。

教室の扉を開け、廊下に出る直前。

背後から、小蘭教授のどこか乾いた声が聞こえてきた。

「――さて、他に錯乱してみたい奴はいるか?」

 

017

大学の廊下を、僕は半ば駆け足で通り抜けた。

心臓の鼓動が、バンブルビーのアイドリング音のように激しく胸の内に響いている。

自分の手が、自分の頭が、自分のものではないような感覚。

(お前様……)

影の中から忍が囁くが、その声にはいつもの尊大さはなく、困惑と警戒が混じっていた。

しばらく歩くと、図書館に行き着く。

(お前様、少し落ち着け。さっきのは、お前様の意識ではない)

忍が呆れたように声をかける。

「わかってるよ……。でも、あれが僕の頭の中にあるんだ」

僕は自分の右手を凝視した。

指先がまだ、未知の数式を刻んだ感触を覚えている。

開かれた閲覧室の窓から差し込む午後の光が、埃の粒子を照らしている。その一粒一粒さえも、あの幾何学的な「ノイズ」に見えてしまい、僕は何度も瞬きを繰り返した。

僕はふと思い立ち、歴史資料の並ぶ書架へと足を向けた。

あてはある。半年前にオートボットたちと出会った際、オプティマスから聞かされた、ある人間の名前だ。

僕は検索端末を叩き、古いマイクロフィルムと保存図書の中から、その名前を探し出した。

『アーチボルト・ウィトウィッキー』

一世紀以上前、北極探検隊を率いた探検家。

埃を被った古い本を広げると、セピア色の写真が目に飛び込んできた。氷の壁を背に、誇らしげに旗を掲げる男。

しかし、ページを捲るごとに、その記録は不穏な色彩を帯びていく。

「……あった」

僕は、当時の地方紙のアーカイブを写した古い新聞記事を見つけた。

見出しには、残酷な文字が踊っている。

『アーチボルト・ウィトウィッキー 開拓者か、それとも精神異常者か』。

『「氷の中に神を見た」――元探検家の不可解な言動、ついに閉鎖病棟へ』。

『北極の悲劇――ウィトウィッキー船長、精神に異常をきたし帰還』。

記事によれば、彼は帰還後、精神病棟に収容されたという。死ぬまで「暗黒の神」や「鋼鉄の巨人」の夢にうなされ、部屋の壁という壁に、理解不能な「幾何学模様」を彫り続けていたそうだ。

そのシンボルの写しが、小さな挿絵として載っていた。

心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。

それは、昨日僕がノートに書き殴り、ついさっき黒板を真っ白に埋め尽くした「文字」と、驚くほど酷似していた。

半年前にオプティマスから聞いた話を思い出す。

アーチボルトは北極の地下で、凍結されたメガトロンを発見した。そして不用意にメガトロンのナビゲーションシステムを起動させ、その「知識」を脳に直接焼き付けられてしまったのだ。

つまり、今の僕に起きていることは――。

「冗談じゃないよ……」

僕は乾いた声を漏らした。

 

その後、五限までの時間は、正真正銘の地獄だった。

一限の「錯乱騒動」は瞬く間に広がり、キャンパスを移動するたびに、好奇の目と嘲笑、そして明らかな嫌悪が僕を包囲した。

「ほら、あいつだよ。『アインシュタイン』君だろ?」

「チョークで黒板を真っ白にしたんだって? 完全にキマってるよな」

すれ違う学生たちの囁きが、鋭い刃となって僕の精神を削っていく。

老倉にいたっては、廊下ですれ違った瞬間に、まるで見えない汚物でも避けるかのように三メートル以上距離を取り、一切の視線を合わせずに通り過ぎていった。

ゴミを見るような目さえ向けてくれない。それは彼女なりの、最大限の「絶交」の表現だった。

ひたぎはひたぎで、僕が声をかける隙さえ与えず、鉄のカーテンのような無関心を貫いていた。

夕暮れ時。

僕は耐えきれず、震える指で携帯を操作し、ひたぎに電話をかけた。

数回のコールの後、彼女の、凛としていて、それでいて今はひどく冷淡に聞こえる声が耳に届いた。

「……もしもし。何の用かしら、多次元物理学の権威、阿良々木暦教授?」

「ひたぎ……。頼む、ふざけないでくれ。僕は、本当におかしくなりそうなんだ」

「おかしくなりそう? 暦、あなたは一限の時点で既におかしかったわ。私の隣で、まるで何かに憑りつかれたみたいにページを捲って……あんな奇怪な図形を黒板に。私はあなたの彼女であって、精神科の付き添いじゃないのよ」

「ひたぎ……。………今、どこにいるんだ?」

『女子寮へ帰るところよ。あなたと並んで歩く勇気は、今日のところは持ち合わせていなかったから』

「ごめん。……でも、聞いてくれ。笑い事じゃないんだ」

僕は図書館で見たこと、そして自分の頭の中で起きている変化を、一気に吐き出した。

「春休みにオプティマスからアーチボルトの話を聞いたろ? 北極でメガトロンを発見して、発狂して、発作で心臓が止まるまで奇妙なシンボルを書いてたって話。……それが、僕にも起きてるみたいなんだ。あのキューブの欠片を触ったせいか、あるいは……」

電話の向こうで、ひたぎが息を呑む気配がした。

『……暦。それはつまり、あなたの頭がメガトロンの『地図』になっているということ?』

「厳密には違う。オールスパークの在り処を示す『地図』じゃない。でも、止まらないんだ。知識が、僕の意識を追い越して溢れ出そうとしてる」

僕は、自分の手が再び震え始めるのを感じた。

街灯の光が、網膜の裏側で青い幾何学模様に変質し、視界をノイズで埋め尽くしていく。

 

018

『……とにかく、今すぐアパートに戻りなさい。いい? どこにも寄らず、誰とも話さず、頭の中の変な数式も絶対に口に出さないこと。わかったわね?』

電話越しのひたぎの声は、厳しい。けれど、その奥に隠しきれない動揺が混じっているのを、僕は聞き逃さなかった。

「わかった。……ひたぎ、本当にごめん。こんなことに巻き込んで」

『謝罪は後で、金銭的あるいは肉体的な対価で受け取るわ。……じゃあ、また後で』

ツー、ツー、という無機質な切断音が耳に響く。

僕は震える手で携帯をポケットにねじ込んだ。

ひたぎが来てくれる。その事実だけが、崩れかけた僕の精神を辛うじて繋ぎ止めていた。

 

その頃、ひたぎの自室——女子寮の一室では、静かな侵入が始まっていた。

彼女がベッドの縁に腰を下ろし、溜息をついたその瞬間。

クローゼットの影から、カチリ、という小さな金属音が響いた。

「……誰?」

ひたぎが鋭い視線を向ける。

這い出してきたのは、全高数十センチメートルほどの、卑屈な小型ロボットだった。

鮮烈な青い装甲に、狂気を宿した赤い光学センサー。

ディセプティコンの斥候、ホィーリー。

彼はラジコンカーに擬態して寮内に潜入し、オールスパークの反応を追ってひたぎの部屋に辿り着いたのだ。

「ギギッ……! どこだ……どこに隠した、小娘……!」

ホィーリーは、鼠のような素早さで床を駆けた。

ひたぎは反射的に立ち上がる。

「暦が言っていたのは、あなたのことかしら。ずいぶんと愛嬌のない鼠ね」

「黙れ! 欠片だ! あの小僧が持っていた、キューブの欠片はどこだ!? 出さないと、その綺麗な顔をスクラップにしてやるぞ!」

ひたぎは驚くべきことにホィーリーの問いに対して素直に答えた。

「欠片なら、そこの金庫よ。暗証番号は0655」

「どこぞの教育番組か!まぁいい、頂きだ!」

ホィーリーが床を蹴って飛び出そうとした瞬間、彼の足元で、銀色の「牙」が弾けた。

ひたぎが部屋の各所に――まるでこの事態を予見していたかのように――配置していた地雷原。

その一つ、大型のネズミ捕りが、ホィーリーの細い金属の左足を無慈悲に挟み込んだ。

続いて右足も。

「ギャッ!何しやがる!」

「あら?欠片はそこだとは言ったけども、欠片を『渡す』とは一言も言っていないわよ?」

「ギッ、グギギ……! おのれ人間め、小癪な……!」

「黙りなさい」

ひたぎは迷いなく、スカートの隠しポケットから大型のホッチキスを取り出した。

パチン!

「ギャァッ!?」

容赦のない一撃。

ホッチキスの針が、ホィーリーの右側の赤い光学センサーを、基盤ごと容赦なく綴じた。

「 目が! 俺様の高性能センサーがぁぁッ!」

「誰に命令されて、何のために、私が暦から受け取ったものを奪おうとするのか十秒以内で答えなさい」

「ヒィッ!キュ、『キューブ』の知識を探してる。ザ・フォールンの命令!」

「欠片がその知識ってことで良いのね?」

「そうだよ、欠片だよ。金庫に入ってるんだろ?欠片寄越せ、欠片が無いと俺は消されちまう!」

ひたぎは震えるホィーリーを無造作に掴んで、持ち上げる。

 

「戦乙女ワルキューレよ、落ち着け!俺はただの下っ端だ!」

「……悪夢を見せてあげる」

彼女は無視してホィーリーを部屋の隅にあった重厚なスチール製のゴミ箱へと放り込んだ。

蓋を閉めると、備え付けの頑丈なダイヤル式の南京錠を、迷いのない手つきでガチリと施錠する。

ゴミ箱の中からドンドンと激しい金属音が響き、ホィーリーの罵倒が漏れ聞こえてくる。

「出せ! 出しやがれ! ギギギ……こんな屈辱、メガトロン様に知られたら……」

「……メガトロン……ね」

ひたぎはその名前を口の中で転がすように呟くと、再びスマートフォンを手に取り、今度は別の番号を呼び出した。

「……もしもし、神原? ええ、私よ。……今すぐ、私の部屋に来てちょうだい。……理由? また暦が宇宙戦争に巻き込まれたらしいのよ」

 

019

アメリカ、ペンシルベニア州。

地平線まで続く広大なハイウェイを、猛烈な排気音と共に鋼鉄の群れが切り裂いていた。

先頭を駆けるのは、銀色に輝くコルベット・スティングレイ。その背後を、イエローのカマロと、青い電撃を纏ったようなブルーのシボレー・ボルトが固める。

さらにその後方には、オレンジと緑の小型車二台、そして重厚な威厳を放つブラック・トップキック。

最後尾には、青と赤のファイヤーパターンが刻まれたピータービルト・379がエンジンの咆哮を響かせる。

彼らの目的地は、かつてない異常事態の中心地だった。

 

同じ頃、インド洋に浮かぶ秘密軍事拠点、ディエゴ・ガルシア基地。

静寂を切り裂くサイレンの音が、基地全体に鳴り響いた。

「少佐! オートボットからSOSです!」

オペレーターが、飛び込んできたウィリアム・レノックス少佐に叫ぶ。

「状況を言え!」

「複数のディセプティコン反応を探知! 主な反応は合衆国東部付近、それに日本を移動中です! オートボットたちは既に動いています!」

「日本だと?」

レノックス少佐は、指揮所の地図に表示された極東の小さな点に目を向けた。

そこにはかつてオールスパークを巡る戦いで自分たちと共に戦った、あの少年の生活圏がある。

 

ワシントンD.C.、統合参謀本部の戦略司令室。

モーシャワー将軍が、険しい表情で巨大なスクリーンを睨みつけながら入室した。

「敵の数はどのくらいだ?」

「まだ不明です」

モーシャワーの質問に、部下が答える。

「では明らかにしろ!」

 

再びアメリカのハイウェイ。

サイドスワイプが高速で車線を変更し、その鋭いサイドミラーが陽光を反射する。バンブルビーとジョルトも、まるで一つの意志に基づいているかのように一糸乱れぬ動きで加速し、先頭集団を形成していた。

 

ディエゴ・ガルシア基地のモニターには、二つのチームに分かれて急行するオートボットのアイコンが表示されていた。

「オートボットが移動中、二チームに分かれています」

通信兵が報告を続ける。

「応答なし、NYと日本の曲直瀬市に向かっています」

「奴らの狙いは何だ……」

レノックス少佐が低く唸る。

モニター上では、二手に分かれたオートボットの信号が、それぞれの大陸で急加速していた。

「……よし、戦闘配備! 二十分後に発進! ターゲット・ロケーション、ポイント・デルタおよび極東支部エリア! 急げ!」

格納庫の巨大な扉が唸りを上げて左右に開き、熱帯特有の湿った風が流れ込む。そこには、巨大な翼を広げた数機のC-17が、巨獣のように沈座していた。

「GO! GO! GO!」

整備士たちの怒号と、ディーゼルエンジンの咆哮が混じり合う。

フル装備を纏ったNESTの兵士たちが、銃器の作動確認を行いながら、次々と輸送機の後部ハッチへと吸い込まれていく。パラシュート、弾薬箱、そして対トランスフォーマー用特殊火器。巨大な輸送機のハッチがゆっくりと閉まり、機体は滑走路へと滑り出した。

四基の巨大なエンジンがフルスロットルで回転し、夜の闇を切り裂いて離陸する。

 

020

ひたぎとの電話を切った後、僕は逃げるようにアパートの自室へと飛び込んだ。

しかし、扉を閉めた瞬間、世界は完全に色を失った。

「あ、が……っ、あああああ!」

脳漿を直接沸騰させられるような熱。網膜に焼き付いた幾何学模様が、今度は実体を持って部屋の空気を侵食し始めた。

僕は床に這いつくばりながら、手近にあった油性マジックを掴んだ。

書かなければならない。

頭の中に溢れる「文字」を、この三次元の壁へと出力しなければ、僕の脳は情報の圧力で破裂してしまう。

「お前様! 止まれ! それは――それは毒じゃ! お前様の魂を書き換える猛毒じゃぞ!」

影の中から忍が必死に叫ぶ。しかし、その声すらも今の僕には、不快なノイズの断片にしか聞こえない。

真っ白な壁紙が、僕の描く黒い「異世界の暗号」で埋め尽くされていく。

言うことを聞かない手が精密機械のような速度と正確さで、壁、天井、そして畳の上にまで、サイバトロンのシンボルを刻印し始めた。

流体数学、次元跳躍理論、そしてエネルゴンの精製プロセス。

人類が数万年かけても到達できない真理が、安アパートの六畳間に黒々と塗り込められていく。

 

その時、ノックもなしにドアが開いた。

「阿良々木君。大変そう、だね」

振り返ると、そこに立っていたのは、昨夜のカジュアルな服装とは打って変わり、どこか艶やかな空気を纏った羽川翼だった。

夕暮れの逆光を背負った彼女のシルエットは、どこか現実味を欠いていて、それでいて今の僕には救いの女神のように見えた。

「羽川……っ。悪い、今、取り込み中なんだ……」

「阿良々木君の頭の中が、宇宙の言葉で溢れちゃってること?知ってるよ。……ねえ、苦しいんでしょ? 私が楽にしてあげる」

羽川は、猫のような音のしない足取りで僕に近づくと、僕の背後に回ってそっと首筋に手を添えた。

その指先が、驚くほど熱い。

「……羽川、来るな。今の僕は、自分でも何をするかわからないんだ。頭の中が、ノイズで……」

「大丈夫。私が全部、受け止めてあげるから」

彼女は向かい合う僕の肩に手を置き、そのままゆっくりと僕を床へと押し倒した。

抗う力が、出ない。

彼女の瞳が、至近距離で僕を見つめている。

いつもは聖母のような彼女の瞳が、今は獲物を狙う肉食獣のような光を宿している。

「ねぇ、阿良々木君。その頭の中にあるものを、私に全部教えて。言葉じゃなくて……もっと、別の方法で。もっと……イイ方法で……」

彼女が耳元で囁く。その吐息が、脳内のノイズと共鳴して火花を散らす。

彼女の髪が僕の頬を撫で、僕の思考は急速に白濁していった。

「……羽川!?僕にはひたぎが……」

それに、これ全年齢向けなんだぞ!?

彼女の顔が、僕の耳元に寄る。

「いいんだよ、抗わなくて。その知識を、全部私に預けて。そうすれば、君はただの『阿良々木暦』に戻れる。……それとも、阿良々木君は私のことが嫌いになっちゃった?」

彼女の吐息が熱く、甘く、僕の理性を溶かしていく。

誘惑という言葉では生ぬるい。それは魂を直接揺さぶるような、抗いがたい引力だった。

彼女の瞳が、深淵のような熱を持って僕を射抜く。

僕は吸い寄せられるように、彼女の唇へと顔を寄せ――。

 

不意に、足元に違和感を覚えた。

絡んでいる羽川の足だけではない、もう一つの感触。

何かが、僕の脚を這い上がってくる。

柔らかい足の感触とは違った、蛇のような、あるいは植物の蔓のような、ひんやりとした感触。

「……っ!? 何だ、これ……力が……」

全身の筋肉から、急速に力が抜けていく。

不味い。この感覚は。

僕はこの感覚を知っている。

いや、身体の芯まで痺れるような、魂を凍らせる独特の感触を知っている。

忘れもしない、一年前の春休み。

僕はヴァンパイアハーフの吸血鬼ハンター、エピソードに――

影の中で、忍が悲鳴に近い声を上げた。

『お、お前様……逃げろ……!こいつは銀じゃ!……こいつはお前様の知ってる元委員長ではないッ……!』

彼女もまた、銀の感触によって影の中に釘付けにされ、消滅の危機に瀕している。

 

「――暦! 開けなさい、そこにいるんでしょ!」

ドアの外から、ひたぎの切迫した声が響いた。

続いて、ドンドンとドアを叩く重い音。

「阿良々木先輩! 大丈夫か!? 鍵を壊してでも入るぞ!」

「ちょっと戦場ヶ原さん、ここは集合住宅よ! ……阿良々木、聞こえてるの!? さっさとその『宇宙の真実』とやらを片付けて顔を出しなさい!」

ひたぎ、神原、そしてなぜか老倉の声までが混じっている。絶交とはなんだったのだろうか。

ともかく。

最悪のタイミングでの、最悪の包囲網。

しかし、今の僕は床に這いつくばり、羽川に――羽川の姿をした「何か」に組み伏せられていた。

「だめ……来るな……っ!」

僕の声は掠れ、喉の奥にへばりついて出てこない。

次の瞬間、神原の剛力によって、ドアのノブが物理的にひしゃげ、ボルトが弾け飛んだ。

バァン!! と、景気良くドアが開く。

「阿良々木先輩、助けに――」

「暦、無事な……」

室内に踏み込んだひたぎと神原が、その場で石像のように硬直した。

壁一面を埋め尽くす黒い呪文のような数式。

そして、その中央で。

半裸に近い状態で僕に跨り、濃厚なキスを交わしている「羽川翼」の姿。

いつの間にかその「尻尾」はスカートの裏側へと素早く格納され、彼女の姿は本物にしか見えない。

どう見ても事後です。本当にありがとうございました。

「……え?」

神原が、間の抜けた声を漏らす。

ひたぎの瞳から、急速に光が失われていった。

その背後から、息を切らした老倉育が顔を出す。

「――ほら、だから言ったじゃない。あなたの彼氏、正気じゃなく……」

老倉の言葉が、部屋の凄惨な光景を目にした瞬間、喉の奥で凍りついた。

阿良々木暦の狂気と、羽川翼の淫らな姿。

そのあまりに情報過多な地獄絵図に、老倉は数秒間、目を丸くしてパクパクと口を動かした後、絞り出すように言った。

「……何をしてるの? あなたたち」

重苦しい、死のような沈黙。

いや、死ぬ方が終わりがある分、幾ばくかマシだろう。

終わりが無いのが『終わり』。

そう、どっかのギャングスターも言っていた。

ひたぎは、ゆっくりと、本当にゆっくりと、手に持っていた護身用の大型カッターナイフをポケットにしまった。

その静けさが、逆に神原の背筋を凍らせる。

「老倉さん」

ひたぎが、低く、透き通った声で切り出した。

「私は基本的に、あなたの出す数学的、論理的な解に全幅の信頼を置いているのだけれど。今回ばかりは、一つ訂正させてもらうわ」

ひたぎは、僕を一瞥すらしない。

その瞳に映っているのは、もはや愛した男ではなく、処理すべき「事象」でしかなかった。

 

「『元』彼氏、よ」

バタン。

冷酷な音を立てて、ドアが閉められた。

外から鍵をかけられたような、完全な拒絶の音。

「待っ――ひたぎ! 違うんだ、これは――!」

僕は必死に声を絞り出し、外へ出ようと手を伸ばした。

だが、羽川が僕の身体を抱き締め、がんじがらめにする。

「……逃がさにゃいわ。知識は、全て持ち帰る」

彼女の口の中から、青白く光る「舌」――いや、柔軟な金属導管が飛び出した。

先端だけは「生身」の舌になっているそれは、鞭のようにしなって僕の首に幾重にも巻き付いた。

足にも尻尾が巻き付き、身動きが取れない。

「あ、が……っ!」

羽川の皮膚が、ワックスのように溶けて剥がれ落ちる。

下から現れたのは、美しくも禍々しい、銀色の機械生命体の本体。

その表面は鋭い金属光沢を放ち、継ぎ目の無い滑らかな曲線美を作り出している。

メカ化したブラック羽川みたいだと、働かない頭の何処かで僕は思った。

しかも、ご丁寧に猫耳まで付いている。

ディセプティコンの暗殺者、プリテンダー。

「……再会のお祝い、まだ終わっていにゃいもの。にゃあ、阿良々木君?」

絞められる首。遠のく意識。

ドアの向こう側からは、ひたぎ達が去っていく足音すら聞こえなかった。

 

021

「――と言うとでもと思ったのかしら?」

否。聞こえなかったのではない。

ひたぎ達はまだ去っていない。

ドアが再び、先程よりも凄まじい勢いで蹴破られた。

「ひたぎ!?」

「神原、今よ!」

「了解した!」

ひたぎの合図と共に、彼女の背後から神原駿河が砲弾のような速さで飛び込んできた。その手には、重厚なスチール製のゴミ箱――南京錠付きの鉄製ボックスが握られている。

「喰らえぇぇッ!」

神原が渾身の力で投げつけた鉄箱が、僕に跨っていた「羽川」の側頭部にクリーンヒットした。

ガギィィィン! と、生身の人間からは絶対に出ないはずの硬質な金属音が響き渡る。

「ウニャァ……ッ!?」

衝撃で体勢を崩したプリテンダーを、神原が逃さない。

「よくも……よくも私の敬愛する阿良々木先輩に破廉恥な真似を……! それは私の特権だ!」

「あなたの特権でもないわよ、神原」

神原の拳が、空気を切り裂く。

ドゴォォォォォンッ!

それはもはや格闘技の域を超えていた。

かつての「猿の左手」による怪異の力は失われているはずなのに、今の神原からは、それすらも幻視させるほどの鬼気迫るラッシュが繰り出されていた。

一撃ごとにプリテンダーから火花が散る。

 

「こともあろうに翼の姿を借りて、浮気に詐欺行為。許せない行為ね。……万死、いえ億死に値するわ」

ひたぎが冷徹な瞳で、カッターナイフの刃をカチカチと鳴らしながら部屋に入る。

彼女の怒りは僕ではなく、僕を罠に嵌め、ひたぎの地雷をトリプルコンボで踏みしめた、この「偽物」へと向けられていた。

「が、は……っ!」

首を絞めていた金属の導管が緩み、僕はようやく解放された。

激しく咳き込む僕の襟足を、背後にいた老倉育が無造作に掴み、ゴミ袋でも扱うような手つきで玄関へと引きずっていく。

「……おい、老倉、痛いって!」

「黙れ、この歩くトラブルメーカー。私にはどういう状況なのかさっぱり分からないけど、さっさと回収されないと、あの肉弾戦に巻き込まれてミンチになるわよ」

その時、神原の連撃を耐え抜いたプリテンダーが、全身から青白い放電を放った。

「人間風情が……調子に乗るにゃッ!」

「おわっ!?」

凄まじい衝撃波が放たれ、神原の体が後方の壁まで吹き飛ばされる。

プリテンダーはひしゃげた顔面を金属の皮膚で再構成しながら、怒りに光学センサーを赤く発光させた。その背中からは、さらに数本の鋭利な触手が展開される。

「……神原! 退きなさい!」

ひたぎが叫ぶ。彼女は僕たちの状況を瞬時に判断した。狭いアパートの一室で、この未知の兵器とやり合うのは分が悪い。

「図書館に逃げるわよ! 全員、走りなさい!」

「分かったけど、どうして図書館なんだ!? 」

僕は老倉に引きずられながら必死に問い返した。

ひたぎは崩れかけたドアを蹴り開け、廊下へと飛び出しながら言い放った。

「学せ……盾がたくさんあるからよ!」

「しれっととんでもない事言いやがった!」

「とにかく、死にたくなければ走りなさい!」

僕たちは、背後で咆哮を上げる銀色の悪魔を振り切るように、夜のキャンパスへと向かって全速力で駆け出した。

 




次回豫告
「あなたの後輩、忍野扇ですよ」

「……羽川翼です」

「いやはや、とんでもない事になってしまいましたねぇ。阿良々木先輩方の運命や如何にって感じです。おや、羽川先輩どうかなさったのですか?」

「……いや何でもないよ、扇ちゃん。ただ、自分そっくりの外見のロボットが阿良々木君にあんな事をしてるのを見るのは……結構複雑な気分だね」

「先輩の場合は複雑というよりかは、あんな精巧な偽物に先を越された事に対する、単純明快な嫉妬なんじゃないんですか?抑圧された聖女様も、本当はあそこまで激しく貪りたかったのだとしたら――」

「今ここで苛虎さん出そうか?」

「それはご遠慮願います。しかし私は思うのですよ。……羽川先輩も、あんなふうに阿良々木先輩に迫ればよかったんじゃないんですか?くねくね、にゃんにゃんと尻尾を振って。そうすれば、地雷除去だの海外放浪だの、そんな面倒な回り道をせずとも、彼は今頃あなたのものだったかもしれないのに。偽物に先を越されるなんて、元・委員長様も焼きが回りましたねぇ?」

「……一回表に出ようか、扇ちゃん」

「おお、怖い怖い。そんなに効いたんですか?草が生えますね。大草原ですね。うぇーいうぇーい……。……羽川先輩?」

「「……次回、こよみリベンジ其ノ肆」」

「……もう、放っといてよ」
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