物語シリーズ×トランスフォーマー二次創作   作:嘘烏

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ForestBattle。
そのうちトランスフォーマー一覧表とか作ろうかなぁ。


第続話 こよみリベンジ其ノ肆

022

夜の大学図書館は、試験前でもない時期のせいか、パラパラと利用者が残っている程度の静謐さを保っていた。

その静寂を、肩で息をする僕ら四人の乱入が引き裂く。

「あそこよ、開架図書の一番奥。死角が多いわ」

ひたぎの指揮で、僕たちは歴史資料の大型書架の陰へと滑り込んだ。

埃と古書の匂いに包まれ、ようやく一息ついた途端、彼女の瞳から温度が完全に消失した。

「さて、私達が来るまでの間に随分と『お愉しみ』のようだったじゃない、暦。あのまま、あの『猫』とずうっっっと合体しているつもりだったのかしら?」

「誤解だって! さっきのは本当に僕の意志じゃない。気づいたら押し倒されてて、頭の中は数式でショートしてて、何が何だか……!」

「何が何だか分からないからって、あんなに深く舌を入れることはないでしょ!?というかそもそもお前、羽川さんとあんな事――ッ!」

老倉が顔を真っ赤にして、それでいて汚物を見るような潔癖な叫びを上げた。

「常識的に考えてありえないわ。物理的に接触して、生理的に反応して、論理的に破綻してる! あんなの、ただの交尾じゃない!」

「老倉、それは流石に表現が露骨……」

「黙りなさい、この肉欲の権化!阿良々木暦!不幸の卸売業者!」

老倉の罵倒が止まらない。

「あれは向こうが勝手に! そもそもあれはロボットなんだよ!」

「確かに翼の肉体は、同性から見ても嫉妬を覚えるほど素晴らしいけれども。それに溺れて私の存在を忘却の彼方に追いやっているとなると、話は別よ」

「だから、お前は羽川のなんなんだよ……守護神か何かなのか?」

「それよりも匂いとかで分からなかったのか、阿良々木先輩…?鉄の匂いとかディーゼルの匂いとか!?」

失望した顔で神原が呟く。

「いい匂いしかしなかったよ!」

三人にぶっ飛ばされた。

「というか! さっきのあれは何なのよ。あれがエイリアン? 嘘でしょ、ありえないわ。金属があんなに滑らかに生物の皮膚を模倣するなんて!」

老倉がパニックを抑え込むように早口でまくしたてる。

「話せば長くなるんだ。簡単に言えば、半年前に僕が一悶着あった奴らの敵で、僕の頭の中にある『文字』を狙ってるんだ!」

僕は脂汗を拭いながら説明した。

「ところで暦、頭の調子はどうかしら? その『文字』はまだあるの?」

ひたぎが僕の顔を覗き込み、容赦のない速度で核心を突いてきた。

「……今は、はっきりしてる。まだ残ってはいるけど、あの脳を焼かれるようなノイズは引いたよ」

「さっきの『猫』に、吸い出さ……搾り取られたからだろうな」

神原が腕を組み、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

なぜ言い直したし。

「事実だろう? 先輩のことを羽川先輩の姿をしたロボットが全身全霊で求めていたのは」

「やめて! 思い出させないで! 吐き気がするわ!」

老倉が耳を塞いで絶叫する。

その時、ひたぎが僕の肩をガシッと掴んだ。

「……そう。スッキリしたのね。それは良かったわ」

「ひ、ひたぎさん?」

「良かった……本当に良かったわね。……暦?」

ミシミシ、という音が僕の肩から響いた。

彼女の指先が、僕の肩甲骨を物理的に砕かんばかりの力で食い込んでいる。

「脳内のゴミは消去できても、私の心に刻まれた浮気現場の記憶までは、消去できないわよ?」

「ひっ……!」

「後で、ゆっくり、じっくり、それこそ次元の果てまで追い詰めてあげるから。覚悟しておきなさい」

ひたぎの瞳には、プリテンダーの光学センサーよりも遥かに高温で、それでいて絶対零度よりも冷徹な殺意が宿っている。

 

その時だった。

「どしたん、暦ちゃん? 育ちゃんに彼女さんも。そこの子は高校の後輩かな?」

背後から、妙にのんびりとした、しかし今の僕らには死神の宣告よりも心臓に悪い声がした。

振り向くと、そこには食飼が、ニヤニヤしながら立っていた。

「聞くところによれば、一限の天文学の授業で派手にラリったらしいじゃん。アインシュタインに喧嘩売ったって? 陰謀論者としても、そこまで尖るのは感心しないなぁ」

僕ら四人の間に、一瞬で疑心暗鬼の霧が立ち込める。

敵の擬人化によって、こっちの精神状態は絶賛疑人化中だ。

この食飼も、皮を被ったロボットではないのか?

「……食飼さん、あなた、本物? 証拠は?」

ひたぎがカッターの先を彼女に向ける。

「本物〜?本物以外に何があるってのさ〜。あ、もしかして、暦ちゃんが黒板に書いた現代アートの独占取材、断られちゃう感じ?」

食飼がスマホの録音機能をチラつかせる。

僕は立ち上がり、彼女の前に立った。

「命日子。ちょっと握手をしよう」

「へ?握手?いきなり、どしたの暦ちゃん。私との友情の再確認?」

「いいから」

僕は彼女の手を握る。

力は――抜けない。

本人だ。

「握ったけど、これがどうしたのさ。……何か言ってよ」

「……命日子、僕から言えることは一つだ。今すぐその陰謀論サイトを閉鎖して、にゃんこカレンダーだけ売ってろ! 命が惜しければ逃げろ!」

僕が叫んだ、その瞬間だった。

——ズガァァァァァァン!!

図書館の重厚なレンガ壁が、内側から爆発したかのように弾け飛んだ。

静謐を誇っていた閲覧室に、暴力的なまでの金属音と、悲鳴が響き渡る。

舞い上がる粉塵の向こう側から、月光を反射して銀色に輝く「猫」が、ゆっくりと、しかし確実にその肢体を現した。

プリテンダー。

「……見ーつけた。阿良々木君、追いかけっこは、もう終わりにしにゃいか?」

粉々に砕けた書架と、宙を舞う学術書。

その惨状の中心で、偽りの少女が、赤く濁った光学センサーを僕に向けて歪に微笑んだ。

 

「爆弾よ! テロよ、逃げなさい!!」

ひたぎの悲鳴に近い怒号が、静まり返っていた図書館に響き渡った。

「爆弾!?」

「逃げろ!」

彼女の声に弾かれたように、呆然としていた食飼や数人の学生たちが、蜘蛛の子を散らすように出口へと殺到する。

「ちょっと暦ちゃん、今の録画させて……ぎゃああああ!?」

食飼がスマホを構えようとした瞬間、プリテンダーの触手が彼女のすぐ横のデスクを真っ二つに叩き割った。彼女は悲鳴を上げながら、全力で脱兎のごとく逃げ出した。

 

爆煙と埃が舞う図書館の閲覧室。

「神原、老倉、走るわよ!」

「了解だ、戦場ヶ原先輩!」

「言われなくても走ってるわよ、この歩くスカッドミサイル!」

「どちらかと言えば、魚雷ガールと呼ばれたいわね」

「ハジケるのも大概にしなさいよ!」

ひたぎの後に従い、僕らは粉砕された書架の間を縫うように走った。

背後からは、アスファルトを爪で引っ掻くような不快な金属音と、にゃあにゃあという狂った猫の鳴き声が追いかけてくる。

振り返ると、先ほどまで銀色の機械生命体の姿を晒していた怪物の姿が、歩きながら急速に「羽川翼」の姿へと再構成されていた。

剥き出しの回路が白い肌に覆われ、鋭利な爪が柔らかな指先へと戻る。

「阿良々木先輩! 足が止まっているぞ!」

「分かってる! 分かってるけど、まだ平衡感覚が……!」

僕は神原に半分引きずられるようにして、図書館の裏手へと飛び出した。

「ひ、ひたぎ! どこへ行くんだ!」

「駐車場よ! 近くに車を停めてあるわ!」

 

駐車場に滑り込む。

ひたぎがポケットからキーを取り出し、一台の白いコンパクトカーのロックを解除した。

「乗りなさい! 早く!」

僕が助手席に、後部座席に神原と老倉が飛び込む。

ひたぎが運転席でキーを回す。

キュルキュルキュル……。

「なっ……!?」

キュルキュル……。

「嘘でしょ、このタイミングでかからないの!?」

僕の心臓が口から飛び出しそうになる。フロントガラスの向こう、闇の中から「羽川」がゆっくりと歩いてくる。

彼女の皮膚が再びドロドロと溶け、下から鈍い銀色のフレームが剥き出しになっていく。

擬態を解除しながら、彼女は車のボンネットに音もなく飛び乗った。

メキメキッ、と嫌な音がしてボンネットが凹む。

プリテンダーは、ひしゃげた顔面でフロントガラスを覗き込むと、鋭利な指先でガラスを突き破った。

「ひ、ひぃぃっ!?」

穴の開いたガラスから、あの青白く光る金属の「舌」が、蛇のような機動で車内へと侵入してくる。

それは迷うことなく僕の顔を狙い、頬をねっとりと這い上がった。

「あ、が……っ! やめろ、離せ!!」

「暦に触るなと言っているのが、まだわからないのかしら……!」

ひたぎの瞳に、極低温の殺意が宿った。

拳でダッシュボードを殴りつける。

その瞬間、エンジンがようやく爆音を上げて目を覚ました。

「この手に限るわ。舌を噛み切らないようにしなさい、暦! 出すわよ!!」

「えっ、ちょっ——うわあああああ!!」

ひたぎがアクセルを床まで踏み抜いた。

急発進のGで僕の体はシートに押し付けられ、首に巻き付こうとしていた金属の舌が強引に引き剥がされる。

「フシャア!!」

ボンネットに踏ん張るプリテンダーが、爪を深く車体に食い込ませる。彼女は剥き出しの牙を剥き、ガラスの破片を撒き散らしながら車内に手を伸ばしてきた。

「とんだ色ボケ猫ね。これでも喰らいなさい」

ひたぎはハンドルを思い切り左へ切った。

標的は、歩道に設置された頑丈な鉄製の街灯。

「戦場ヶ原さん、ぶつかる! ぶつかるわよ!!」

老倉の絶叫。

ドンッ!! という鈍い衝撃。

車体の左前方が街灯に激突し、その反動でボンネットの上のプリテンダーが慣性の法則に従って前方に投げ出された。

「ウニャァァァァッ!?」

振り回された彼女の頭部が、ひしゃげたフロントガラスの縁に猛烈な勢いで叩きつけられる。

機能停止に近いノックアウト状態。

プリテンダーは力の抜けた人形のように、ひび割れたフロントガラスの上にダラリと突っ伏した。

「……ふん。ゴミの収集日にはまだ早いわよ」

ひたぎは冷たく吐き捨てると、即座にギアをバックに入れ、一度車を後退させる。

そして、地面に転げ落ち、再起動を図る銀色の悪魔を――。

「…待っ、止め……」

「死になさい。二度、三度とね」

迷いなくアクセルを踏み、その身体をタイヤで豪快に踏み潰す。

僕たちは、もがきながら立ち上がろうとするプリテンダーをバックミラーの彼方へと置き去りにし、タイヤから白煙を上げながら夜の街へと猛スピードで脱出した。

「……暦。後で修理代はきっちり請求させてもらうわよ」

ハンドルを握るひたぎの横顔は、ディセプティコンよりもよっぽど恐ろしかった。

 

023

「……ひたぎ!頼むから、もう少し手心というか、こう……マイルドな運転はできないのか!?」

僕は、ひしゃげたダッシュボードを必死に掴みながら叫んだ。

逃走経路。深夜の市街地。

時速六十キロで直角コーナーを曲がるたびに、タイヤが悲鳴を上げ、僕の三半規管が「もう辞職したい」と訴えかけてくる。

けれど、運転席のひたぎは、まるでお気に入りのレコードを聴いているかのような涼しい顔でハンドルを捌いていた。その瞳には、バックミラー越しに後方を警戒する鋭利な理性が宿っている。

「あら、これでもかなり手加減しているつもりよ、暦。あなたの命の価値を考えれば、遠心力による多少の臓器のズレなんて誤差の範囲内でしょ?」

「誤差で片付けられたら僕の肝臓が浮かばれないよ!」

いや、実際に浮かばれると困るから言ってるのだけれども!

「「うるさいわよ(ぞ)、阿良々木(先輩)!」」

老倉と神原が完璧なシンクロで突っ込んだ。

こんな時にだけ団結力を発揮してどうするよ。

 

「……さて、話してもらおうかしら!私をこんなことに巻き込んで、他にも話してないこと山ほどあるんでしょ!?」

後部座席で、老倉育が僕の座席の背もたれにしがみつきながら叫ぶ。

Gの負荷に耐えながら、彼女の瞳は恐怖よりも僕への憎悪――あるいは「説明責任を果たせ」という数学的欲求に燃えていた。

「あんなのまだ小さいほうだ!地雷除去車から変形してバスをティッシュみたいに真っ二つにする奴とか、違法改造された戦車に変形して砲弾をばら撒く奴とか、バリエーションは豊富なんだよ!」

「そんな地獄みたいなバリエーションなんて求めてないわよ! 私はもっと平坦で、平穏で、お前をなじり倒すだけの平和な日常を求めてるの!」

老倉の絶叫を、運転席のひたぎがバックミラー越しの視線で一蹴した。

「後で説明するわよ。それまで生きていれば、の話だけど」

 

「――戦場ヶ原先輩、前から来てるぞ!何かデカいのが!」

神原が身を乗り出して前方を指差す。

それと同時に、街灯の光を遮って、空から巨大な影が降ってきた。

——CH-53E スーパースタリオン。

灰色の巨躯を震わせ、三基のエンジンが唸り、七枚のブレードが空気を刻む重低音が鼓膜を直接揺らす。

春休み、ミッションシティへ向かうハイウェイで絶望そのものとして立ち塞がったMH-53――ブラックアウトを彷彿とさせる光景だが、目の前のそれは、記憶にあるものよりもさらに一回り大きく、禍々しい。

「うわあああああああッ!?」

「嘘でしょ、ヘリ!?なんで街中に軍用ヘリがいるのよ!!」

僕と老倉の絶叫が重なる。

スーパースタリオンは地上数メートルまで急降下すると、その機体下部から巨大な鋼鉄のフックを展開した。それは獲物を狙う猛禽の爪のように、正確に僕たちの車の屋根を捉える。

ギィィィィィィィィン!!

天井を突き破り、強引に食い込む四本の鉤爪。

「なんなのよ!今日は厄日だわ!最悪! 最低! 確率統計学的に見て、今日の私はとっくに死んでなきゃおかしいレベルの不運よ!」

ひしゃげた天井の隙間から見える巨大な機体を見上げて、老倉が絶叫した。もう絶叫祭りである。

 

次の瞬間、空気が胃の底から吸い出されるような浮遊感が僕を襲った。

スタリオンが僕たちの車を文字通り、力任せに車ごと持ち上げたのだ。

「っ、ひたぎ、アクセルを……!」

「やってるけど、無理よ!」

ひたぎの抵抗虚しく、僕たちのコンパクトカーはスタリオンの巨大な爪に釣り上げられ、無慈悲に地上から引き剥がされる。

空転するタイヤ。

だが、悲劇はそれだけでは終わらなかった。

地上数メートル、中宙に浮いた僕たちの車に、対向車線からブレーキが間に合わなかった一台のセダンが、弾丸のような速度で突っ込んできたのだ。

低空飛行するヘリの巨躯と、そこに吊るされた僕たちの車。逃げ場のない衝突。

ドォォォォォォォンッ!!

「ぐ、はぁっ!?」

車の左側面に爆発的な衝撃。

ヘリに吊り下げられたまま、車体は独楽のように、猛烈な勢いで回転を開始した。

物理法則の暴力が、僕たちの三半規管をシェイクする。

激しい回転と遠心力。

ひしゃげた車体が悲鳴を上げ、金属疲労が限界に達した。

そして、運命の悪戯か、あるいはディセプティコンの計算通りか。

 

バキィッ!

硬質な破壊音と共に、僕がしがみついていた助手席側のドアが、蝶番ごと弾け飛んだ。

「え——」

僕の視界から、車内と車外の「境界」が消えた。

シートベルトを締める暇もなかった僕の体は、遠心力と重力に翻弄され、開いたドアから夜の空へと放り出される。

かろうじてフレームしがみついたが、ずっと掴んでいるなんて無理だ。

「お前様ッ!!」

影の中から、忍が僕を繋ぎ止めようとまだ震えている腕を必死に伸ばすのが分かった。

けれど、それよりも早く。

「暦!」

「阿良々木!!」

ひたぎと老倉が、ほとんど同時に叫び、後部座席と運転席から身を乗り出した。

一世紀にも、一秒にも思えるスローモーションの中、僕の視界はぐるぐる回る夜景と、自分を引き上げる鋼鉄のヘリの腹を交互に映し出した。

下を見る。そこには、つい数秒前まで僕たちがいたアスファルトが、みるみるうちに遠ざかっていく光景があった。

街灯が、信号機が、逃げ惑う食飼たちの姿が、ミニチュアのように小さくなっていく。

高度十メートル、二十メートル……。

「暦! 手を貸しなさい、今すぐ!!」

運転席から身を乗り出したひたぎが、必死に手を伸ばす。

その隣で、老倉もまた、座席から身を乗り出し、恐怖に顔を歪めながらも右手を限界まで伸ばしていた。

「掴んで! さっさと掴みなさいよ、このマヌケな浮気男! 死ぬなら私の目の前で、私の言葉責めで絶望しながら死ね! こんな鉄の塊から落ちて死ぬなんて、計算が合わないのよ!!」

「老倉……!」

「くたばれ! ……じゃなかった、踏ん張れ!! 死んでも死にきれないような不条理を、今ここで味わいなさいよ!!」

「言ってる場合か!! 励まし方が過激すぎるだろ!!」

僕は風圧に目を細めながら、彼女たちの指先に手を伸ばした。

上空には、死神の羽音のようなローター音が鳴り響き、足元には夜の街が暗黒の深淵のように広がっている。

鉄の爪に掴まれた箱舟の中で、僕たちは絶望的な高度へと引きずり上げられていった。

 

「……掴、んだっ!!」

指先が、生温かい人間の皮膚に触れる。

運転席から身を乗り出したひたぎの左手と、後部座席から伸ばされた老倉の右手。

僕はその両方を、生への執着だけで掴み取った。

「阿良々木、手を離したら末代まで呪ってやるから! わかったわね!?」

老倉が絶叫した。

「末代までって、僕がここで死んだらその時点で僕の家系は断絶するんじゃないのか!?」

僕も絶叫し返した。

この極限状態で、なぜ僕たちはいつも通り不毛な口論をしているんだ。

「妹達忘れてんじゃないわよ! 彼女たちが嫁いで産んだ子供たちに、お前のマヌケな最期を語り継いで、一族の恥として永遠に記録させてやるわ!!」

「そうよ、暦。こんな所で死なれては困るわ」

「勘弁してくれ……っ!」

老倉とひたぎが歯を食いしばり、細い腕に青筋を立てて僕を引き上げる。神原が後ろから二人の腰をガッチリと固定し、テコの原理で僕の体を車内へと強引に引き戻した。

ズサァッ! と、ガラスの破片が散らばるシートに倒れ込む。

「……はぁ、はぁ……助かっ、た……」

「安心するのは早いわよ、暦。状況は一ミリも好転していないわ」

ひたぎが前方を指差す。

夜の帳を切り裂き、下層から二つの巨大な火の玉が猛烈な勢いで急上昇してくるのが見えた。

——F-22 ラプター。

世界最強の戦闘機が、不自然なほど静かに、そして鋭利に高度を上げてくる。

「……っ!? 阿良々木先輩、奴だ!」

神原が叫ぶ。

「スタースクリームか!?」

僕は、かつてミッションシティで自分たちを翻弄した最悪の空の覇者を想起して身構える。

だが、近づいてくるその機体は、僕の記憶にあるスタースクリームの銀色の迷彩塗装とは異なっていた。

一機は、闇に溶け込むような不気味な黒に、毒々しい紫のライン。

もう一機は、空を象徴する鮮やかな青に、返り血のような赤のラインが走っている。

『ターゲット確保完了、これより転送を開始する』

頭上のスーパースタリオンから、感情の欠落したノイズ混じりの音声が響いた。

「転送? 何を――」

その直後、紫色のF-22が空中であり得ない挙動を見せ、物理法則を嘲笑うように複雑な金属音を立てて変形した。

「なっ――!?」

巨大な鋼鉄の手が、スーパースタリオンのフックごと、僕たちの乗る車をガシッと掴み取る。

「ひぎゃあああああ!?」

老倉の悲鳴。

バチバチッ! と、車体全体に青白いスパークが迸った。

視界が真っ白に染まる。

次の瞬間、世界が反転した。

「――っ! まぶ、しいっ……!」

あまりに強烈な陽光が、網膜を暴力的に刺し貫いた。

つい数秒前まで深夜の日本にいたはずの僕らの視界に飛び込んできたのは、目が眩むほど青い空と、キラキラと輝く広大な水面。

「な、何よこれ……どういうこと? 数学的に説明が……説明がつかないわよ……!」

老倉の震える声。

「嘘……でしょ……?」

ひたぎが唖然としてフロントガラスを見つめる。

そこには、テレビや映画でしか見たことのない、鉄筋とガラスの摩天楼が林立していた。

ハドソン川、そしてその向こうにそびえ立つエンパイア・ステート・ビル。

遠景には自由の女神が小さく見え、イエローキャブが豆粒のように動いているのが分かる。

東海岸に輝くビッグアップル、ニューヨーク。

かくして、僕らは今年二回目のアメリカ渡航を果たした。

……なんて言ってる場合ではないけど。

「……理解できないわ。経度、緯度、太陽の高度……数千マイルの距離を、一瞬で? 物理学への冒涜よ、こんなの収支が合わなすぎるわ……」

老倉が壊れた計算機のように呟き、彼女は震える指でひしゃげた窓の外を指差した。

 

024

ヘリによる空中輸送は、止まることなく続いていた。

やがてビル街を過ぎ、街外れへとヘリは向かっていく。

眼下には、かつて鉄鋼の街として栄えた頃の面影を微かに残す、ニューヨーク郊外の広大な廃工場が口を開けて待っている。

そして。

 

ジャキン!

スタリオンの鉤爪が車を放した。

「——っ!?」

浮遊感の後、僕たちを襲ったのは絶望的な自由落下だった。

「戦場ヶ原先輩! 舌を噛まないように!」

神原が絶叫し、僕と老倉の頭を抱え込むようにして後部座席で丸まった。

「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ! こんな所で死にたくないわよおぉぉぉ!!」

ドォォォォォォンッ!!

激しい衝撃と共に、僕たちの車は工場の老朽化したスレート屋根をフロントからぶち破った。

火花と埃、そして数十年分の煤が舞い上がる中、鉄骨をへし折りながら落下を続ける。

 

「が、はっ……!」

激突。

パンッ! という爆発音と共に、目の前が真っ白なナイロンの壁に覆われた。

エアバッグ。

衝突の衝撃で展開されたそれは、僕の顔面を強かに打ち据えたが、同時にフロントガラスの破片から僕を保護した。

けれど、物理法則の暴走はまだ止まらない。

フロントから垂直に近い角度で地面に叩きつけられた車体は、その勢いのまま前方にのめり込み、巨大な鉄の塊が宙を舞うようにして——。

「ひっ——うわあああああ!!」

世界が、一回転した。

グシャリ、という、この世の終わりを告げるような金属の潰れる音が響き、車は完全にひっくり返った状態で地面に静止した。

 

逆さまになった視界。

ガソリンと焼けたゴム、そして古い油の匂いが鼻を突く。

エアバッグの萎んでいく情けない音と、エンジンルームから漏れ出す冷却水の頼りない滴り。

「あ、が……っ……みんな、生きて、るか……?」

僕の問いかけに、返ってきたのは、呻き声と絶望的な沈黙だった。

「……死んでは……いないわ、暦。けれど、自分の体がまだ左右対称に繋がっているのか自信がないわね」

逆さ吊りの状態で、ひたぎが呻く。

「私は……私は……今すぐこの現実に『キャンセルボタン』を連打したいわ……」

老倉が、もはや怒鳴る気力も失ったように虚ろな声で呟いた。

その時だった。

——ギュィィィィィィィィン!!

耳を劈くような高周波の駆動音。

次の瞬間、僕らの上(実際には車底だけど)に、巨大な円盤のような影が走った。

ガガギギギギッ!!

火花が、血飛沫のように車内に飛び散る。

「いやあああああああッ!!」

老倉が、自分の足元を数センチの差で通り過ぎる銀色の刃を見て絶叫する。

暴力的なまでの火花が散り、強固な鋼鉄のシャーシが、まるでバターをナイフで切るように、いとも容易く左右に両断された。

「ひっ——!?」

真っ二つになった車体が左右に倒れ込み、僕たちは地面に投げ出される。

ひっくり返った座席から這い出すこともできず、ただ埃まみれの床にへばりつく僕らの前に、奴ははいた。

 

巨大な、あまりにも巨大な鋼鉄の巨神。

F-22ラプターのパーツを歪に組み替えたようなその姿——。

スタースクリーム。

春休みの時と違い、その銀色のボディにはタトゥーが施されている。

と言っても、ピンナップガールなどではなく、僕の頭の中にある「文字」と似たような複雑な図形だが。

彼は、鳥の足のような細く鋭利な脚部を曲げ、低く姿勢を保ちながら、地面にドスンと両手をついた。

その複雑に重なり合った金属の口角からは、潤滑油のような黒い「涎」が滴り落ち、地面のコンクリートを汚している。

「ギュルルル……随分プリテンダーとよろしくやっていたみたいじゃあないか、小僧……!」

彼が喉を鳴らし唸る。

その風圧だけで、僕の髪が激しくなびいた。

威嚇。

一度、ゆっくりと上半身を起こし、その圧倒的な全高で僕らを見下ろしたかと思うと、再び「ドンッ!」と地面に両手をついて顔を寄せてくる。

その風圧だけで、老倉と神原が悲鳴を上げて身を縮めた。

恐怖で指一本動かせない。

戦場ヶ原ひたぎでさえ、いつもの余裕はなく、ただ僕の腕を固く掴んで震えている。

上からはさっきの三機が旋回しながら風を切る音が聞こえる。

「――ご苦労。グラインダーにスカイワープ、サンダークラッカー」

背後から響いたのは、重戦車の履帯が砂利を噛み砕くような、低く重厚な声。

僕らは、さながら人形師に繰られる操り人形のようにゆっくりと、背後を振り返った。

ここは廃工場の二階部分にあたる場所だった。

その吹き抜けの向こう——。

一階のフロアに、直立不動で立っている「それ」がいた。

巨大だった。

スタースクリームさえもが縮こまって見えるほどの、圧倒的な殺気。

ジェット機と戦車を歪に融合させたような、尖った銀色の装甲。

そして、赤く冷徹に燃える一対の光学センサー。

その顔は、もはや「顔」というよりも、破壊と殺戮を司るための神殿のようだった。

かつて北極の氷の中で眠り、ミッションシティを火の海に変えた、ディセプティコンの破壊大帝。

メガトロン。

かつて僕を押し潰そうとし、僕の手で(正確にはオールスパークで)消滅したはずの王が、より禍々しい傷跡をその身に刻んで蘇っていた。

 

「来い、小僧!!」

重厚な低音が、床のコンクリートを伝って僕の心臓を直接揺さぶる。その声は、命令であり、宣告だった。

ひたぎが僕の腕を掴む指が、白くなるほど強まった。老倉はもはや声も出せず、神原は僕を庇うように前に出ようとしたが、その巨体から発せられる威圧感に足が竦んでいる。

「……阿良々木、先輩……」

神原が僕の服の裾を掴む。彼女の指は、恐怖で小刻みに震えていた。

「暦、行っちゃダメよ……。こんなの、話が通じる相手じゃないわ」

ひたぎが掠れた声で止めるが、僕はゆっくりとその手を解く。

行かなければ、ここで全員がスタースクリームの回転刃の餌食になるだけだ。

僕はひたぎの手をそっと解き、ふらつく足取りで階段へと向かった。

一歩、また一歩。

鉄の階段を下りていく僕の足音が、静まり返った廃工場に乾いた音を響かせる。

 

「近くへ。……覚えているだろうな? 俺の事を……」

メガトロンの言葉は、大気を震わせる物理的な振動となって僕の肺を圧迫した。

「……言うとおりにしただろ。手荒な真似は——」

僕が階段の中ほどまで差し掛かり、交渉の言葉を口にしようとした、その時だった。

「黙れ!」

メガトロンの怒号が、物理的な衝撃波となって僕を襲った。

次の瞬間、世界が、そして重力が消失した。

「あ、が……っ!?」

階段の途中にいた僕の体は、メガトロンが振るった巨大な剛腕によって、まるで羽虫でも払うかのような無造作さで攫われた。

浮遊感。

視界が急激に旋回し、肋骨が悲鳴を上げる。

ズガァァァァァンッ!!

背中から冷たいコンクリートと鉄の塊に叩きつけられ、肺の中の空気が一気に押し出される。

僕が吹き飛ばされた先は、工場の奥にある錆びついた大型の作業台——まるで巨人のための解剖台のような場所だった。

視界がチカチカと火花を散らす中、意識を繋ぎ止めるのが精一杯だった。

「こ、よみ……!」

遠く二階の吹き抜けから、ひたぎの悲鳴が聞こえる。

 

だが、逃げる隙など与えられない。

痛みを自覚する間もなく、メガトロンの巨大な指が、標本を固定するように僕の体を床に押し付けた。

その一本一本が、精密で冷酷なペンチのように変形していく。

「よし、よぉしよし……貴様の肉を掴むのは気分がいい」

メガトロンは、獲物をじっくりと観察する捕食者のような悦びに満ちた声を漏らした。

僕の両手首、両足首が、冷たい鋼鉄の指によって万力のような力で固定される。

逃げられない。

「貴様らのような存在について調べさせてもらった。阿良々木暦……『吸血鬼』と言ったか。貴様らは他の虫けらどもよりは多少力が強いようだが、特定の金属に弱いそうだな。実に滑稽だ」

その言葉に、僕は背筋が凍るのを感じた。

特定の金属。銀。

影の中に潜んでいた忍が、先ほどから一言も発していない。

いつもなら、僕の危機に「お前様!」と飛び出してくるはずの彼女が。

……そうだ。

プリテンダーとの接触、そして今、メガトロンという銀色の巨人と接触していることで、彼女は極限の「銀毒」に晒されている。

思えば春休みの時も、彼女は「心渡」越しに戦闘し、直にディセプティコンと触れることはほとんど無かった。

おそらく、彼らのボディの構成要素には銀、もしくはそれに近い性質を持つ金属が含まれているのだろう。

だから忍は影の中でぐったりと横たわり、意識を保つことすらできていないのだ。

そして忍の無力化は、僕が吸血鬼もどきから、文字通り「ただの人間」に戻る事を意味する。

 

「……貴様を殺してやる。じわじわと苦しめてな。だがその前に、手のかかる大事な仕事を済ませなければ」

メガトロンが、僕を押さえつけていない方の手を握り締め、宣告する。

彼は僕の手首を掴む指に力を込めた。メキメキと嫌な音がして、僕の骨が悲鳴を上げる。

「貴様の手足を一本ずつへし折ってやろうか。――ドクター! このエイリアンの体を調べろ!」

メガトロンが呼びかけると、フロアの隅に置かれていた旧式の顕微鏡が、ガチガチと音を立てて身悶えを始めた。

それは瞬く間にパーツを組み替え、多脚の蟹のような、あるいは不気味な昆虫のような小型ロボットへと変貌した。

「やめろ……っ、来るな! 離せ!!」

作業台に固定された僕は、もがき、抗った。吸血鬼の端くれとしての怪力を持ってしても、メガトロンの鋼鉄の指は一ミリも動かない。それどころか、暴れれば暴れるほど、万力のような関節が僕の肉に食い込み、骨が軋む音を立てる。

 

「俺を見ろ!さぁ、寄越せ!情報を!」

そうドクターが喚き散らし、僕の頬を斬りつける。

その声は、耳障りな金属摩擦音の混じった英語――だが、それは不気味なドイツ語のアクセントが混ざり合った、冒涜的な響きを持っていた。

 

奴は僕の鼻の穴をのぞき込み、精密な医療器具のような指先で執拗に検分すると、満足げにパチンと指を鳴らす。

すると、天井の暗がりに潜んでいた飛行型の小型ディセプティコンが、一匹の「何か」を運んで廃工場の光の下へと降りてきた。

「……っ!? 何よ、あれ……!」

二階からそれを見ていた老倉が、悲鳴を上げる気力も失ったように絶句した。

それは、生物学的にも機械工学的にも、この世に存在してはならない代物だった。

細かく枝分かれした何本もの触手。

ひっくり返したイカの触腕と、肥大化した蛆虫を無理やりハイブリッドさせたような、冒涜的な外見。

その体表からは、腐った油のようなヌルヌルとした液体が滴り、空気に触れるたびに鼻を突く悪臭を放っている。

ドクターがその「イカ蛆虫」を手に取り、僕の口元へと運んできた。

「楽になるか!?苦しむか!?」

「んんんーッ! んっ、んんーーッ!!」

僕は必死に歯を食いしばるが、メガトロンが僕の喉仏を軽く圧迫しただけで、強制的に顎が開かれる。

「……入れ」

ドクターの冷酷な言葉と共に、ヌルヌルとした感触が僕の唇を割り、舌の上を滑った。

ひんやりとした金属の質感と、内臓を直接撫でられるような、得体の知れない生々しい拍動。

そいつは僕の喉を通り、食道ではなく、鼻腔の奥から頭蓋の裏側へと、逆流するように這い上がってくる。

「……あ、あ、が、がががが……ッ!!」

人生で、一番。

これまで何度も死にかけ、怪異に身体をバラバラにされ、地獄をくぐってきた僕だけれど。

これほどまでに「気持ち悪い」と感じた体験は、後にも先にも存在しなかった。

脳味噌を直接、汚れた雑巾で洗われているような。

思考の海に、生暖かい反吐かヘドロを流し込まれているような。

阿良々木暦という個人の境界線が、その「冒涜的な何か」によって、内側から食い荒らされていく感覚。

 

二階では、その光景を直視してしまった老倉が、ついに崩れ落ちて嗚咽を漏らしていた。

ひたぎの、爪が手のひらに食い込むほど握り締められた拳が、小刻みに震えている。

「……ッ、げ、ほっ、ぉぉ……っ!!」

今すぐにでも、胃袋ごと全てをぶちまけたいという激越な拒絶感が、僕の喉をせり上がってくる。

けれど、メガトロンの鋼鉄の指に喉を圧迫されたままでは、吐き出すことすら叶わない。

鼻腔の奥、頭蓋の裏側に張り付いたあの「アシスタント」の蠢きが、僕の脳の皺を一本一本なぞるように這い回っている。

意識が遠のき、世界が白黒のノイズに侵食されていく。

どのくらいの時間が経っただろうか。

不意に、喉の奥に熱い塊が逆流してきた。

それは嘔吐反応によるものではない。

調査を終え、その役割を果たした「それ」が、自発的に僕の体内から這い出してきたのだ。

そもそも探査対象は喉から遥かに上なのだ。

 

ドクターが歓喜の声を上げ、僕の口から這い出てきたヌルヌルと光る触手状の物体を、ピンセットのような指先でひっ掴んだ。

僕は激しく咳き込み、肺に溜まった空気を吐き出す。

「はぁっ、はぁ……っ、ごほっ……!」

ドクターは僕のことなど目にもくれず、手にした「アシスタント」を、自身の頸部に接続した。

次の瞬間、工場の汚れた空気の中に、青白いホログラムが浮かび上がる。

それは、僕の記憶の断片を高速でコラージュした、不気味な万華鏡。

薄暗い廃工場に僕が過ごしてきた十八年間、特に高校3年生以降の記憶が、映画館のスクリーンに映されるように流れていく。

それらの記憶を無造作にスクロールするように、ドクターがデータを高速で解析していく。

やがて、数多の記憶の底から、金色の光を放つ『文字』が次々とピックアップされ、空中に固定された。

幾何学的な、それでいて生物的な曲線。

僕の脳を焼き、ノートを埋め尽くした、あの『文字』。

それらが、僕の脳内から抽出されていく。

 

「おお。これだ……このマークがエネルゴンへの道しるべだ」

メガトロンが、地鳴りのような満足げな声を漏らした。

赤く燃える彼の光学センサーに、投影された金色の数式が反射する。

かつて失われたオールスパークの英知。その断片が、今、ディセプティコンの王の眼前に晒されていた。

 

用済みとなった「アシスタント」を、ドクターはゴミでも捨てるように床へ放り捨てた。

ピチピチと跳ねるその不快な物体を、スタースクリームが嘲笑うように足で踏み潰す。

「こいつの脳味噌を取り出し、テーブルに乗せろ! ちゃっちゃと!」

「脳味噌……!? 脳味噌をどうするんだよ、おい!!」

僕は叫んだ。

今、このロボットはなんて言った? 取り出す? どこを?

「取り出す」という言葉の、あまりに即物的な暴力性に、僕の思考は一瞬でフリーズした。

「貴様の頭の中にあるものが欲しいのだ」

メガトロンが冷酷に言い放つ。

「ちょっと待って、怒ってるんだろ?」

喉の圧迫が僅かに緩んだ隙に、僕は命懸けの軽口を叩いた。

メガトロンの巨顔が、ギチギチと金属音を立てて僕の鼻先数センチまで近づく。その赤く燃える光学センサーには、煮え滾るような憎悪と、それ以上に深い「侮蔑」が宿っていた。

「気づいたか」

地鳴りのような声。その一言だけで、僕の肺にある残りの酸素が全て絞り出されそうになる。

「……気づくさ。これだけ熱烈に固定されたら、嫌でもね。……いや、分かるよ。春休み、ミッションシティで僕は君を殺そうとした。というか、一度殺しちゃったわけだし。ムカついて当然だと思う」

「暦! 何を言ってるのよ!!」

二階の吹き抜けからひたぎの悲鳴が聞こえるが、僕は止めない。ここで黙れば、次は本当に脳漿をぶちまける番だ。

「でも、この機会にさ……僕たち、もう一度、新しく関係を築き直さない? ほら、雨降って地固まるとか昨日の敵は今日の友とか、そういう素晴らしい言葉が東洋にはあって——」

その最中にも、ドクターは僕の説得など一切耳に貸さず、精密な極小の多脚で僕の鼻の穴や唇を無理やり引っ張り、穴を広げようとしていた。

「ね? お互い分かり合おう? 人間とトランスフォーマー、手を取り合って——」

ドクターは僕の叫びなど無視して、自身の右腕の一本をカチカチと組み替えた。

パーツが高速回転を始め、瞬く間に、自身の頭ほどの大きさがある銀色の回転鋸へと変貌する。

火花を散らすこともなく、ただ空気を切り裂く高周波の駆動音だけが「死」を予感させた。

ギュィィィィィィィィン!!

鼓膜を突き破らんばかりの高周波。回転する刃が僕の額の、ほんの数センチ上まで迫る。火花が散りそうなほどの回転。

「ちょっ、だから、このドクターどけて? ちょっと落ち着いて話しあ――」

鋸が、僕の額の数センチ上まで迫った。

回転する刃が巻き起こす風が、前髪を激しく揺らす。

吸血鬼の治癒能力は期待できない。

終わった。

このまま果物をカットするみたいに、頭蓋骨を裁断されて僕は終わる。

回転鋸の刃が、僕の額の皮膚を数ミリ掠める。

死の風圧が脳漿を凍らせようとした、その瞬間――。

 

――ズガァァァァァァン!!

廃工場の、重厚なコンクリートの天井が隕石でも直撃したかのように砕け散った。

 

025

降り注ぐコンクリートの豪雨と、眩いばかりの陽光。

その光の柱の中を、鮮やかな赤と青の重厚な巨躯が、燃え盛る彗星となって降下してくる。

正義の鉄槌。

巨大なイオンブラスターを構えたオプティマス・プライムが、着地の衝撃で地面を粉砕しながらメガトロンの懐へと飛び込んだ。

ブラスターから放たれた高エネルギー弾がメガトロンの胸部に炸裂し、僕を固定していた鋼鉄の指が、その衝撃で弾け飛ぶ。

「がはっ……!」

自由になる僕。だが、休んでいる暇はない。

同時に、工場の外壁が、内側からの爆破ではなく「突進」によって紙細工のようにぶち破られた。

バンブルビーだ。

彼は突入と同時に右腕をプラズマキャノンへと換装し、正確無比な射撃を周囲に展開した。

スタースクリームが「ギルルルッ!」と喉を鳴らし、ガトリングガンを乱射して迎撃を開始する。

廃工場は一瞬にして、火線と薬莢が飛び交う戦場へと変貌した。

「暦!!」

二階から、ひたぎの悲鳴のような叫びが響く。

彼女たちは、混乱に乗じて吹き抜けの階段を駆け下りてきていた。

「阿良々木先輩、伏せろッ!」

神原が叫び、老倉を半分引きずるようにして、硝煙渦巻く一階フロアへと突進してくる。

「なっ……何よあれ! また増えたじゃない! 今度は何なのよ!?」

老倉が、目の前で繰り広げられる巨大ロボット同士のプロレスに、正気をかなぐり捨てた絶叫を上げる。

「あなたの新しい友達よ! 仲良くしなさい!」

ひたぎが、飛んできた瓦礫を避けながら、デタラメな返答を返した。

「友達の定義を書き換えなさいよ、この魚雷ガール!!」

その時、僕の鼻先で鋸を回していたドクターが、忌々しげに僕を睨みつけた。

「ギギィッ! まだだ、まだデータが——」

だが、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。

ズドン!!

至近距離で放たれた一撃が、ドクターの醜悪な体を火花とともに消し飛ばした。

「危な……っ!」

僕は横転しながら、解剖台から地面へと転げ落ちた。

全身の関節が悲鳴を上げているが、死ぬよりはマシだ。

 

オプティマスの挙動は、その巨大な質量からはおよそ想像もつかないほどに洗練され、かつ苛烈だった。

オプティマスの巨躯がバネのように跳ね上がる。

重戦車が宙を舞うような、物理法則を無視した跳躍。

彼は空中で鮮やかにバク宙を決めながら、右腕のイオンブラスターを連射する。

青白いプラズマの弾丸が正確にメガトロンの足元を穿ち、その巨大な退路を断つようにコンクリートを爆砕した。

さらにオプティマスの背中に装備されたタンク部分が機械音を立てて展開され、もう一挺の大型ブラスターがその手に握られる。

「プライム……! しぶとい奴め!」

メガトロンが唸り、背中の推進装置を点火して二階へと飛び上がった。

だが、オプティマスの追撃は止まらない。

「ディセプティコンよ、今日こそ決着をつける!」

二挺の銃口が、ディセプティコンの両雄――メガトロンとスタースクリームを交互に捉える。

一方、二階へと陣取ったメガトロンと、滞空しながら旋回するスタースクリームは、オプティマスを挟み撃ちにする形で無慈悲な集中砲火を開始した。

青白いパルスビームと、焼夷弾が交差する死の十字路。

「死ね、プライム!!」

スタースクリームが嘲笑いながら、オプティマスの背後へと回り込もうと加速する。

その時だった。

オプティマスのセンサーが、音もなく背後の殺意を捉えた。

「甘い!」

振り向きざまに、オプティマスは腰を軸に上体を半回転させながら、ブラスターの銃口を向けた。

ズドン! ズドン! ズドン! ズドン! ズドン!!

五発、全弾命中。

寸分の狂いもない正確な連射が、スタースクリームの胸部と翼に直撃した。

逆三角の体は当たり判定が非常に大きい。

「ギャァァァァァッ!?」

スタースクリームの悲鳴。

銀色の巨躯が火花を散らしながら、紙切れのように廃工場の壁面を突き破り、屋外へと吹き飛ばされた。

オプティマスは間髪入れず、ブラスターを二階のメガトロンへと向けた。

トリガーが引かれる。

放たれた弾丸は、螺旋を描きながら空気を切り裂き、回避しようとしたメガトロンの胸部正面に吸い込まれるように着弾した。

ドォォォォォォンッ!!

「ぐ、おぉぉぉッ!?」

衝撃波が吹き抜けのフロアを揺らし、ディセプティコンの破壊大帝の巨体が豪快に吹き飛ばされた。

 

僕らが廃工場の外へと飛び出すと、そこには既に黄色いシボレー・カマロ――バンブルビーが、タイヤを激しくスピンさせながら待っていた。

「バンブルビー! 老倉先輩と戦場ヶ原先輩をお願いする!」

神原が叫び、老倉の背中を強引に後部座席へと押し込む。「神原、あなたも乗りなさい!」

「私は阿良々木先輩を……!」

「いいから乗りなさい! 足手まといよ!」

ひたぎが神原の襟首を掴み、強引に助手席へと引きずり込んだ。

「ちょっと待ちなさいよ! この車、さっきから勝手にハンドルが動いて――ひぎゃああああ!?」

老倉の悲鳴と共に、バンブルビーはドアをバタンと閉めると、アスファルトに黒い焦げ跡を残して急発進しようとする。

その直後だった。

――ドォォォォォォォンッ!!

工場の壁を突き破り、メガトロンの銀色の巨体が、バンブルビーの背後数メートルの地点に叩きつけられた。

凄まじい衝撃波。

だが、破壊大帝は止まらない。

彼は地面に激突した反動を利用するようにして、空中でその四肢を奇怪な音と共に組み替えた。

脚部が重厚な装甲へと折り畳まれ、両腕が巨大な砲身へと融合する。

――エイリアンタンク。

一瞬にして、彼は蹂躙と破壊を司る鋼鉄の要塞へと変貌した。

 

「暦、こっちだ!」

頭上から響く、重厚で慈悲深い声。

見上げると、オプティマス・プライムが巨大な右手を僕の目の前に差し出していた。

「……っ、分かった!」

僕はその掌に飛び乗る。冷たい金属の感触。

オプティマスは僕を優しく、しかし迅速に自らの胸元へと抱え込むと、走りながら変形を開始した。

ガガギギギギッ!

巨大なパーツが僕を包み込むように移動し、視界が複雑に入れ替わる。

気づけば僕は、赤と青のフレイムパターンが鮮やかな、ピータービルト・379トレーラーヘッドの運転席に座っていた。

逃走経路は、鬱蒼と生い茂る白樺の森を貫く一本道。

バックミラーを覗き込んだ僕は、心臓が凍りつくのを見た。

森の木々を、まるで雑草をなぎ倒すかのように粉砕しながら、銀色の影が猛追してくる。

「っ、来るぞ!」

エイリアンタンクと化したメガトロンが、地表数センチを滑空しながら、主砲からプラズマ弾を放つ。

ドォォォン! と、オプティマスのすぐ横の斜面が爆発し、土砂がフロントガラスを叩く。

森が開けた広場に出た瞬間、メガトロンがエンジンを限界まで吹かし、オプティマスめがけて飛びかかってきた。

空中で変形を解除し、剥き出しの爪を突き立てる破壊大帝。

「ぐわあああっ!?」

激しい衝撃。

トラックの形態を維持できなくなったオプティマスが、横転しながら変形し、その反動で助手席にいた僕はドアから森の草むらへと投げ出された。

「がはっ……!」

地面を数メートル転がり、必死に頭を抱える。

土と草の匂い。視界を上げると、そこには見上げるような巨神たちの格闘が繰り広げられていた。

 

「隠れろ、暦! 隠れろ!」

オプティマスが地響きのような声で僕に命じる。

彼は立ち上がりざま、飛びかかってきたメガトロンの首根っこを掴み、渾身の力でその顔面を殴りつけた。

――ガギィィィィィィィィン!!

甲高い、耳を劈くような金属摩擦音が、静かな昼の白樺の森に響き渡った。

白樺の枝葉が、巨大な鋼鉄の激突による衝撃波で、秋の木の葉のように無造作に散っていく。

立ち上がろうとしたオプティマスの正面から、メガトロンがその野獣のような四肢をバネにして跳躍し、覆いかぶさった。

「逃さんぞ、プライム!!」

「ぐ、おおっ……!」

オプティマスの重厚なボディが、メガトロンの質量と勢いに抗えず、湿った土を深く抉りながら地面へと叩きつけられた。

地響きが、伏せている僕の腹にまで直接伝わってくる。

「オプティマスッ!」

叫ぶ僕のすぐ横を、メガトロンが振り回した腕によってへし折られた巨木が、凄まじい風圧とともに通り過ぎていく。

だが、正義のリーダーは屈しない。

オプティマスは地面に背をつけた状態から、メガトロンの胸部装甲を両足で蹴り上げ、その拘束を強引に引き剥がした。

彼は立ち上がりざま、足元に転がっていた樹齢百年を越えるであろう倒木を、まるで棍棒のようにひっ掴んだ。

「……弱いぞ!」

オプティマスが、地鳴りのような声で言い放つ。

そして、体勢を立て直そうとするメガトロンの側頭部めがけて、全力でそれを叩きつけた。

バキィィィィィィィンッ!!

硬質な木材が鋼鉄の装甲に激突し、爆散する。

火花と木片、そして巻き上げられた大量の土塊が、弾丸のような速度でこっちへと飛んでくる。

僕は必死に頭を抱えて縮こまった。

死ぬ。吸血鬼の再生能力があっても、あの質量の塊に踏まれれば一瞬で肉塊の押し花だ。

「うわっ!?」

僕は腕で顔を覆い、飛来する土の礫に耐えた。

吸血鬼の動体視力を持ってしても、彼らの動きは速すぎる。重戦車同士がボクシングをしているような、物理法則の限界に挑む暴力の応酬。

「役立たず! メタルの屑め!」

オプティマスは吐き捨てると、メガトロンの背中を突き破らん勢いで殴りつける。

そのまま、大型ダンプが衝突するような勢いで、メガトロンを前方へと殴り飛ばす。

罵倒の語彙が月火とまんま同じである。

たたらを踏み、白樺の林をなぎ倒しながら後退するメガトロン。

 

オプティマスの右腕から、機械音とともに高エネルギーの刃が生成される。

――エナジーソード。

オレンジ色に熱く発光するその刃が、森の湿った空気をジリジリと焼き、陽炎を揺らす。

オプティマスは一気に間合いを詰めると、咆哮とともにその刃を振り下ろした。

「ガラクタの、スクラップめ! この!!」

ドシュッ!! という、金属を灼熱の熱量で断つ嫌な音が響いた。

オプティマスのエナジーソードが、メガトロンの左腕の付け根、装甲の隙間に存在する複雑な回路の束へと、深く、無慈悲に突き立てられた。

間髪入れず、メガトロンの顔面を集中的に殴り飛ばす。

オプティマスは容赦なかった。

「ギュアァァァァァッ!!」

破壊大帝の口から、苦悶のノイズが迸る。

傷口から青白い火花と黒い潤滑油が噴き出し、メガトロンの巨体が森の地面に片膝を突いた。

だが、メガトロンもまた、地獄の底から這い上がってきた執念の王だった。

「……ディセプティコン!」

メガトロンが叫ぶ。

その瞬間、空を切り裂く轟音が森に降り注いだ。

上空から巨大な影――スーパースタリオン、グラインダーが、変形の慣性を殺さぬまま猛烈な速度で降下してきた。

巨大なローターの回転が、森に擬似的な台風を巻き起こす。

 

さらにもう一機。

森の木々を、まるで雑草をなぎ倒すかのようにへし折りながら、F-22ラプターが超低空飛行で突っ込んでくる。

スタースクリームだ。

彼は機銃を乱射し、木々を撃ち抜くと、空中で反転しながら不気味な金属音と共に変形した。

残っていた木も掴んでへし折り、彼はうずうずして堪らないかのように腕を蠢かせ、ガトリングガンを展開する。

「さぁ来い、小僧……!」

 

026

僕は土を蹴って、駆け出した。

その背後を三体の巨大ロボットが追いかけて来る。

メガトロン、スタースクリーム、グラインダー。

誰に捕まっても死が待っている。

メガトロンの手が僕に届きそうになった瞬間、オプティマスが、横から弾丸のような速度で飛びついた。

その勢いのままメガトロンの左足を力任せに殴りつけ、その巨体を無理やり膝つかせる。

さらにオプティマスは、背後から突っ込んできたスタースクリームの攻撃をいなすと、振り返りざまに彼の頭をガシッと掴み取った。

「よせ! 何をする!」

スタースクリームが悲鳴を上げる。

オプティマスは、その銀色の体を、まるでお手玉でもするように軽々と持ち上げた。

スタースクリームが暴れ、右腕のガトリングガンをデタラメに乱射した。

ドガガガガガガッ!!

「うわああああっ!?」

弾丸が僕の足元の地面を次々と爆砕する。

土煙と爆風。僕は衝撃で空中に放り出され、地面をごろごろと転がった。

背後では、オプティマスがスタースクリームを逆さまに持ち替え、その頭部をサッカーボールでも蹴るかのような無造作な一撃で蹴り飛ばしていた。

「ギャァァッ! 首が、首が回らな――ッ!」

無様に森の奥へと吹き飛んでいくスタースクリーム。

 

(お前様ッ! 逃げるのじゃ!立ち止まるな!!)

影の中から、極限の銀毒に耐える忍の、震える叱咤が僕の脳裏に響いた。

僕は肺が焼け付くような痛みを感じながら、白樺の林をがむしゃらに駆けた。背後では、巨大な鋼鉄の激突音と、木々がマッチ棒のようにへし折られる絶望的な音が響き続けている。

 

少し離れた山道ではバンブルビーがそのタイヤを限界まで回転させ、急行していた。

後ろにアイアンハイド、サイドスワイプも続く。

しかし、彼らの前に二機のF-22が上空から急降下し、立ち塞った。

ミサイルが道路を砕き、瞬く間に熾烈な攻防が開始される。

――間に合わない。

 

「阿良々木暦……貴様を逃がしはせんッ!」

背後から、メガトロンの怒号が森を震わせる。

「エネルゴンの源がもう一つこの星に隠されている! その小僧が『道しるべ』だ!」

彼の咆哮は、僕を単なる知識の器ではなく、彼らの文明を再興させるための「生きた鍵」として定義していた。

「エネルゴンの源?何の話だ!」

僕の叫びは、もはや誰の攻撃によるものか分からない爆発音によって遮られる。

オプティマスは強かった。

けれど、目の前に展開されているのは騎士道精神の欠片もない、集団による凄惨なリンチだった。

多勢に無勢。メガトロンを渾身の右ストレートで殴り飛ばしても、死角からグラインダーの巨大なテイルローターが死神の鎌のように迫る。

キィィィィィィィン!!

「ぐ、おおぉっ!!」

オプティマスの左肩の装甲が火花を上げて切り裂かれ、内部の回路が断裂する。

すかさず、復帰したスタースクリームの右腕に装備された丸鋸が、オプティマスの背中の装甲を、まるで肉を削ぐように残酷に刻みつけた。

青白いエレクトロンが傷口から噴き出し、オプティマスが苦悶の声を上げながら片膝を突いた。

オプティマスは間違いなく、劣勢に追い込まれていた。

「やめろ……やめろぉぉぉッ!!」

僕は立ち上がり、無意識に森の中を駆け出していた。

助けなきゃ。僕のために、僕の脳内にある情報のせいで、彼は今、なぶり殺しにされている。

けれど、僕に何ができる? 怪異の力? 吸血鬼の身体能力?

そんなもの、数十トンの鋼鉄の塊の前では、踏み潰されるのを数秒遅らせる程度の意味しかない。

「逃げろ、暦! 振り返るな!!」

その瞬間、メガトロンがオプティマスの顔面を戦車並みの質量を乗せた回し蹴りで打ち抜いた。

「オプティマァァァスッ!!」

僕は喉がちぎれるほど叫んだ。

膝をつくオプティマス。

その背中に、滞空するスタースクリームのミサイルが雨あられと降り注ぎ、ガトリングの弾丸が装甲を抉る。

トドメと言わんばかりに、メガトロンが右腕のフュージョンカノンを構える。

――ドォォォォォォォンッ!!

零距離射撃。

爆風が森の木々を放射状にへし折り、オプティマスの巨体が木の葉のように数十メートル吹き飛ばされた。

彼の巨体が僕の頭上を通過していく。

激突した巨木が粉々に砕け散り、オプティマスは口からマスクの欠片を吐き出した。

「……我が種族の未来よりも、人間一人の命の方が大事だと言うのか!?」

メガトロンが悠然と歩み寄る。

その右腕には、鈍く光る巨大な銃剣が展開されていた。

デスロック・ピンサー。

「……っ、起て! 起きろ、オプティマス!」

僕は、自分を殺そうとしている奴らを前にして、ただ一人に縋るように叫んでいた。

こんなところで、僕のせいで、正義がスクラップにされるなんて。

そんな計算、老倉じゃなくても認められない。

オプティマス・プライムがディセプティコンを背にし、軋む関節を震わせて立ち上がった。

その光学センサーには、消えることのない不屈の炎が宿っている。

お前は一人殺すだけでは済まない。(You'll never stop at one!)……片をつけてやる!(I'll take you all on!)

ジャキィィィィン!!

オプティマスの両手から、灼熱のエナジーソードが展開された。

オレンジ色の輝きが、森の空気を焼き焦がす。

彼は信じられない程の瞬発力で敵の懐へと飛び込んだ。

 

「プラァイム!」

グラインダーがブレードを、バタフライナイフのように振り回す。

だが、オプティマスの動きは先ほどまでとは一線を画していた。

グラインダーの突進をかわすと、すれ違いざま、右のエナジーソードを近くにいたスタースクリームの胸部装甲に深く突き立てる。

「ギャアアアアッ!?」

「離さん!」

オプティマスは、突き刺したスタースクリームを豪快に振り回した。

すれ違いざまにもう片方のエナジーソードを叩き込み、グラインダーの背負っていたブレードの先端を切断。

さらに流れるような一撃で、テイルローターを形成していた彼の左腕を肘から斬り落とした。

「ギィィィィッ!?」

切り飛ばされた鋼鉄の腕が、回転しながら僕の頭上をかすめ、メガトロンの顔面へと飛んでいく。

「邪魔だ、この役立たずが!」

メガトロンが反射的にその腕を払い落とした瞬間、彼のフュージョンカノンの照準が僅かに狂った。

放たれた爆光が、僕の頭上数メートルで空を焦がす。

「ぬぅ!」

オプティマスは双剣で三体を牽制しながら、スタースクリームの攻撃を背中合わせでいなす。

スタースクリームが放ったミサイルとガトリングの弾幕。

オプティマスはそれを自らの装甲で最小限に防ぎつつ、強引に腕を掴んでその射線を――横から向かって来たグラインダーへと向け直した。

「なっ、やめろプライム! 離せッ!」

スタースクリームの攻撃がグラインダーに誤爆する。

ガガガガガガッ!!

至近距離で弾丸を浴び、グラインダーの背中にあったメインローターが、火花を散らして無残に吹き飛ぶ。

追い打ちをかけるようにオプティマスはエナジーソードをグラインダーの脚部へと投げつけた。

彼の苦悶の声が響く。

 

「覚悟しろ、メガトロン!」

オプティマスが地を蹴った。

その巨躯が弾丸のごとき加速でメガトロンの懐へと潜り込む。

破壊大帝がフュージョンカノンを零距離で向けようとした瞬間、オプティマスの右腕のエナジーソードが、閃光となって走った。

標的は胸部ではない。メガトロンの巨体を支える根幹――左足の膝関節だ。

ドシュッ!!

「ギュアァァァァッ!?」

メガトロンの悲鳴。オレンジ色の刃が、鋼鉄の装甲を熱したナイフでバターを切るように貫き、その深部にある駆動系を焼き切った。膝から黒い潤滑油が噴き出し、メガトロンの巨体がガクリと崩れる。

だが、プライムの追撃は呼吸すら許さない。

流れるような動作で、今度は脇腹の装甲の隙間へと、同じ左手の剣を無慈悲に突き立てた。

火花が散り、メガトロンの排気ダクトから苦悶の白煙が吹き上がる。

オプティマスは刺した剣を引き抜きざま、メガトロンの左腕の継ぎ目を斬り裂き、空いた右拳に全エネルギーを集中させた。

ガギィン!!

「――ッ!!」

オプティマスの右ストレートが、メガトロンの顔面を真正面から捉えた。

破壊大帝の頭部が跳ね上がり、衝撃で光学センサーのカバーが砕け散る。

よろめくメガトロン。

そこへ、オプティマスはエナジーソードの柄を握り直し、剣というよりは鈍器のような質量を持って、メガトロンの喉元を強打した。

「……ッ、ガハッ……!」

鋼鉄の喉を潰されたメガトロンの巨体が、その衝撃だけで地面から浮き上がり、数十メートル後方の白樺林へと、爆風とともに吹き飛ばされる。

何本もの木々をなぎ倒し、土煙を上げて倒れ伏す破壊大帝。

 

オプティマスの快進撃は終わらない。

彼は近くにいたスタースクリームの右腕を掴み取ると、手刀を一閃する。

――ドシュッ!!

「腕がァ! !」

断面から火花を噴き上げ、スタースクリームの右腕が肩から切断される。

オプティマスはその千切れたばかりの鋼鉄の腕を、野球バットのようにひっ掴んだ。

「返してやる!!」

――ガキィィィィン!!

自身の右腕で顔面を強打されたスタースクリームは、独楽のように回転しながら森の地面へと叩きつけられ、無様にのたうち回った。

 

その背後、足に刺さったエナジーソードを、激痛に耐えながら引き抜いたグラインダーが怒りに狂い、サイバトロン語で吼える。

メインローターを失いながらも、グラインダーはその巨躯を活かしてオプティマスへ圧殺せんばかりのタックルを仕掛ける。

だが、オプティマスの動きは既にその先を読んでいた。

両腕から、剣に代わって一対のエネルゴンフックが展開。

彼は正面から突っ込んでくるグラインダーの肩を足場にするように跳躍すると、その背中へと軽やかに飛び乗った。

「なっ……!? 降りろ! 降りろプライム!!」

グラインダーが激しく身悶えし、オプティマスを振り落とそうとする。

しかし、オプティマスはエネルゴンフックを彼のボディに深く突き立て、固定。

逃げ場はない。

オプティマスは、グラインダーの頭部を両側からエネルゴンフックでガッチリと挟み込んだ。

そして、その強大な出力を全開にする。

メキ、メキメキ……。

オプティマスは左右のフックをグラインダーの頭部の左右に突き立てると、全身のサーボモーターを逆回転させ、力任せに左右へと引き絞った。

メキメキ……メキメキメキッ!!

「ギャ、ア、ア、ガ、アアアアアアアッ!!」

断末魔。

鋼鉄が引き千切られる絶望的な音と共に、グラインダーの顔面が、中心から真っ二つに左右へと剥がれ落ちた。

剥き出しになる内部回路。飛び散るオイルと光学センサー。「ガラクタめが……!」

オプティマスは機能停止した巨体から軽やかに飛び降り、背後で崩れ落ちる残骸を振り返ることもなく吐き捨てた。

 

静寂。

森の中で立っているのは、ボロボロになりながらも不屈の光を放つオプティマス・プライムただ一人。

「暦!? どこだ!? 返事をしろ!!」

オプティマスが、僕を探して一歩踏み出した、その時だった。

――ドシュッ!!

彼の胸部、ちょうどスパークが格納されている中枢部分から、背後を貫通した銀色の凶悪な剣先が突き出した。

「……っ、く、そぉ……!」

オプティマスの光学センサーが、激しいノイズと共に明滅する。

「暦、逃げ……っ……」

「貴様も、もうおしまいだ……!!」

オプティマスの背後にいたのは、深手を負いながらも最後の一撃を狙っていたメガトロンだった。

彼はフュージョンカノンを零距離で固定し、トリガーを引く。

ドォォォォォォォンッ!!

ぬぉああああああああ!!

凄まじい爆風がオプティマスの体内を駆け抜け、胸部の火花が空を焦がす。

メガトロンが血も涙もない手つきで、その剣を引き抜いた。

「……オプティ……マス……?」

僕の喉から、掠れた声が漏れる。

信じられない。信じたくない。

正義の象徴が、僕を守り抜いた巨神が、動かなくなった。

赤と青の英雄は、その巨大な四肢から力が失われていくのを感じさせる、重々しい沈黙を伴って――。

ゆっくりと、力なく、森の地面へと倒れ伏した。

 

その瞬間。

ディセプティコンの超巨大母艦『ネメシス』。

数千年の間、静止した石像のように玉座に座していた「それ」が、カチリ、と音を立てて光学センサーを点灯させた。

「…………!」

枯れ木のような指が動き、全身を繋いでいた生命維持用のチューブを、煩わしげに引きちぎる。

塵と錆を撒き散らしながら、古代の神を思わせる禍々しい影が立ち上がった。

「……最後の、プライムが、死んだか……!」

その声は、重力の波となって艦内を震わせた。

ザ・フォールン。

メガトロンの師、ディセプティコンの真祖が、ついに完全なる覚醒を果たした。

 

027

森の静寂が、焦げた鉄の匂いとともに戻ってくる。

倒れ伏したオプティマスの光学センサーが、弱々しく瞬き、僕を捉えた。

「……暦……逃げろ。逃げろ……」

それが、彼の最期の言葉だった。

パチリ、と。

青い光が完全に消え、正義のリーダーは、ただの静かな鋼鉄の彫像へと変わった。

「……オプティマス……?」

僕の呼びかけに、応える声はもうなかった。

「……ッ、あああああ!!」

僕は、ただ駆け出した。

駆け出すしかなかった。

遠くで何かが爆発する音、金属がぶつかり合う音。

オートボット、攻撃!

バンブルビー!みんなを逃がせ!

ようやく合流したオートボットたちの叫び声が聞こえるが、僕の三半規管はショックで死に体となり、全ての音が水中にいるように籠って聞こえた。

ラチェットの機銃、アイアンハイドのキャノン砲、サイドスワイプのマフラー砲が、メガトロンとスタースクリームを牽制するように周囲を爆砕していく。

傷ついたメガトロンは、スタースクリームと共に空へと飛び去っていった。

 

目の前に、黄色いカマロが滑り込んでくる。バンブルビー。

彼はライトを悲しみと怒りに潤ませ、電子音で激しく僕に促した。

僕は、物言わぬ鉄の塊となったオプティマスから目を逸らすようにして、ビーの後部座席へと飛び込んだ。

「阿良々木先輩……オプティマスは?」

僕は何も言えなかった。

口を開き、声を出そうとしても、出てくるのは嗚咽だけだった。

「……嘘」

戦場ヶ原ひたぎも、老倉育も、神原駿河も、誰もが言葉を失う。

加速するバンブルビー。

後ろでは静まり返った森の中で、二度と動かない司令官の残骸が遠ざかりつつあった。

 




次回豫告
「千石撫子です」

「老倉育よ…げほっ」

「育お姉ちゃん、大丈夫?」

「……大丈夫よ撫子ちゃん。最近ちょっと喉を痛めちゃって。……主にあの男のせいで」

「暦さんに――何かされたの?」

「心配してくれて嬉しいけど、その心配は無用よ。あのクソボケに撫子ちゃんが想像してる様な事をする蛮勇は無いし、その前に私は舌を噛み切って死んでやるから」

「大丈夫ならいいけど……喉が痛いのには蜂蜜が効くって何かで見たよ。はい、これ」

「そうなのかしら。ありがとね、撫子ちゃん」

「別にお礼とかいいよ。……前に月火ちゃんが『老倉が喉を痛めてたら渡してくれ、ってお兄ちゃんが』ってくれたものだから」

「……あの野郎」

「「次回、こよみリベンジ 其ノ伍」」

「………意外と美味しい」
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