物語シリーズ×トランスフォーマー二次創作   作:嘘烏

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エジプト決戦、開幕。


第続話 こよみリベンジ其ノ漆

043

エジプト上空、高度一万フィート。

巨大なC-17グローブマスターIIIの機内は、エンジンの重低音と、高度な電子機器の発する微かなノイズに包まれていた。

NEST部隊を乗せたこの輸送機は、表向きにはディエゴ・ガルシア基地への帰還ルートを辿っている。だが、その機首は密かにエジプトへと向けられていた。

「上層部には、燃料補給のためにルートを微調整すると報告済みだ。誰にも疑われちゃいない」

エップスが計器を確認しながら、隣のレノックスに耳打ちした。

彼の隣にいる補佐官は報告書に目を通すのに忙しく、二人の計画には気づいていない。

貨物室の後方には、厳重な固定器具に繋がれ、無機質なシートに覆われたオプティマス・プライムの遺体が鎮座している。

その巨躯は沈黙を守ったまま、砂漠での再会を待っていた。

『――こちら機長。エンジンに異常発生! 第2、第3エンジン出力低下。機体の制御が困難だ。これより緊急脱出を行う!』

「な、脱出……!? 馬鹿な、さっきまで順調だったじゃないか!」

ギャロウェイが目を剥き、座席の肘掛けにしがみつく。

レノックスは、まるで昨日から台本を読み込んでいたかのような、見事な驚きの表情を作ってみせた。

「何だって……? エンジンに……? クソッ、よし、皆パラシュートを持て! 急げ!」

その号令と共に、隊員たちが[[emphasismark:まるで示し合わせていたかのように > ・]]、一分の無駄もない手際で動き始めた。ある者はパラシュートを背負い、ある者はハッチの開放準備に入る。その動きには、墜落の恐怖に震える者の気配は微塵もなかった。

 

顔を真っ青にしたギャロウェイに、レノックスは親切そうに歩み寄った。

「パラシュートの付け方はご存知ですか、補佐官?」

「知るわけない! まともな飛行機から飛び降りたことも無いんだぞ!」

レノックスが手早くギャロウェイにハーネスを巻き付け、背中にパラシュートを固定する。

その横を、エップスがパンパンに膨らんだリュックでギャロウェイの肩を突き飛ばすようにして通り過ぎた。

「おっと、失礼。揺れが激しくてね」

「待て……。君たち、何か仕掛けただろ? これは反逆罪だぞ!」

ギャロウェイが震える声で詰問するが、レノックスは涼しい顔で答える。

「はて、私は機長の命令に従っているまでですが。……軍人は命令に従えと言ったのは、他ならぬあなたですよ?」

「……ッ、少佐、君のキャリアは終わったものと思え! 帰国したら軍法会議にかけてやる!」

その瞬間、機体が大きく左に旋回し、傾いた。

「おっと、こりゃまずいな……。遠心力が……!」

レノックスが叫ぶのと同時に、貨物室後方のハッチが重々しく開き始めた。

「ちょっと待て、何とかしてくれ!私は胃潰瘍なんだ!」

ギャロウェイの泣き言を無視するレノックスは、彼をハッチの縁まで引きずっていった。

いつでも空中に飛び出せる位置だ。

「良いですか、よく聞いてください補佐官! VIPの安全が最優先なんです! あなたをこんな危険な機内に留めておくわけにはいかない!

「右の青いレバーを引っ張るとパラシュートが開きます! 左の赤のレバーは予備です! いいですか、青を引っ張ってください! 思いっきりですよ!?」

レノックスは怒号のような風の音に負けじと、ギャロウェイの耳元で叫んだ。

ギャロウェイは吹き付ける風と轟音で、もはや正常な判断が出来ていない。

「青をか!?」

パニック状態で叫ぶと、ギャロウェイは右に付けられたレバーを引っ張った。

ボフッ!!

「ああっ! 飛行機の中で開く馬鹿がいるか!」

レノックスの絶叫が響く。

爆発的な音と共に、機内で純白のパラシュートが展開された。

一瞬にして風を孕んだ布の塊が、ギャロウェイの体をハッチの外へと引きずり出す。

「貴様、この――ッ!!」

捨て台詞さえ空気に掻き消され、ギャロウェイはエジプトの空へと、まるで不法投棄されるゴミのように吸い込まれていった。

レノックスは、遠ざかる白い点を見送ると、静かにハッチを閉めるレバーを操作した。

強風が止み、機内に静寂が戻る。

彼は平然とした足取りで、貨物室の前方で待機していたエップスの元へ戻った。

「……あいつ、さよならは?」

エップスが、飛んでいった補佐官のいた方向を指差して尋ねる。

レノックスは肩をすくめ、ホルスターの位置を直した。

「いや、言わずに行った」

機内のスピーカーから、先ほどまでの緊迫感が嘘のような、機長の落ち着いた声が流れた。

『――こちら機長。エンジンの異常が解決した。これより進路を戻し、座標地点、アカバ湾へと向かう』

 

ペンタゴン、統合参謀本部。

巨大なモニターに映し出された世界地図の上で、いくつかの光点が不穏な動きを見せていた。

「積み込み完了しました。いつでも出発できます」

部下の報告に、モーシャワー将軍は短く答えた。

「分かった」

その視線は、かつてない規模の軍事的決断を前にしても揺らぐことはない。

そこに、別の部下が将軍にメモを差し出す。

「将軍、レノックス少佐からメッセージです」

その紙には簡潔な座標が記されていた。

北緯29.5度、東経34.88度。

そしてその余白には、乱暴な筆跡でこう付け加えられている。

『雨を降らせる準備をせよ』

 

「……場所はどこからだ?」

「エジプトです。空から降下しています」

部下からの答えに、将軍は眉間にしわを寄せる。

「冗談じゃないぞ……。これは……何か、戦闘に備え、援軍を出せるように伝えておけ」

 

通路を歩くモーシャワーはメモを見つめ、その意味を咀嚼するように呟く。

「『雨を降らせよ』、か……」

軍事用語における「雨」――それは、回避不能な大規模火力の投下を意味する。

「……了解した。将軍、青年の居場所が判明しました。例の座標から150キロ先の地点です」

側にいた側近が彼にデータを渡す。

「始まるな……」

 

044

ヨルダンの岩山を、僕たちは陽炎に煽られながら一列になって進んでいた。

赤茶けた断崖絶壁が迷路のように入り組み、空は暴力的なまでの青さで僕たちの体力を削り取っていく。

「もうそろそろの筈だ……。地図と星の記憶が正しければ、この狭間の先に……」

シモンズが汗を拭い、軍用の双眼鏡を構え直した。

その足取りは重いが、瞳にはかつての捜査官としての執念が宿っている。

「……本当かしら。さっきから同じような岩場を三回は通った気がするわよ」

老倉が砂まみれの顔で恨みがましく呟くが、僕たちは最後の急斜面を這い上がるようにして登り切る。

 

その瞬間、視界が開けた。

「……っ!」

目の前に現れたのは、巨大な岩壁を精緻に彫り抜いて作られた、圧倒的な威容を誇る遺跡だった。

バラ色の砂岩が、眩いばかりの午後の光を浴びて神々しく輝いている。

「……うわぁ……」

「……こりゃたまげたなぁ」

スキッズとマッドフラップが呆然と声を漏らす。

「こいつがペトラか。映画『最後の聖戦』では聖杯があった場所じゃが、実際は何があるのやら」

忍が僕の影から顔を出し、感心したようにその彫刻を見上げた。

「聖杯があるなら、僕のこの呪われた運命も浄化してほしいよ」

「甘いのう。お前様のそれは、聖杯一杯の血を啜っても治らぬほど根が深いわい」

 

僕たちは吸い込まれるように「エル・カズネ」と呼ばれる巨大な入り口をくぐり、内部へと足を踏み入れた。

外の熱気が嘘のように、中はひんやりとした静寂に包まれている。

壁にはローマ時代のものと思われる、色彩の剥げ落ちた壁画が延々と続いていた。

「……砂と埃以外、何もないけど。大体、ここなんて考古学者があらかた探し尽くしてるでしょ? 世紀の大発見なんて、そう簡単に残ってるはずがないわ」

老倉が懐中電灯で周囲を照らしながら、冷ややかに呟く。

「ここで終わり?ここまで来て、行き止まりのデッドエンド?」

斧乃木ちゃんが、無表情に埃を被った台座を指差した。

「いや、そんな事は……。ジェットファイアの言葉が正しいなら、ここにあるはずなんだ」

僕は壁の図形と、自分の脳内にある記憶を照らし合わせようとするが、決定的な「入り口」が見当たらない。

 

「人生は甘くない!遥か、虹の果てを追いかけ、カスを掴まされることだってあるんだ!」

シモンズが絶望をドラマチックに演出するように両手を広げた。

「うるさいわよ、ママと暮らせてるくせに! あんたに……あんたに、人生の苦労の何がわかるっていうのよ! 」

老倉がヒステリックに叫び返す。

砂漠の疲労が、皆の精神を確実に削り取っていた。

「俺、もうてめぇについてくの辞めた。一体てめえが何してくれたっていうんだ? 」

双子の片割れ、マッドフラップが僕に向かって不機嫌そうに悪態をつく。

「何言ってるんだよマッドフラップ、阿良々木は前の戦いでメガトロンを殺しただろ?」

スキッズが珍しく庇うように言ったが、マッドフラップは鼻を鳴らす。

「それも失敗だろ。だって蘇っちゃったじゃん! 結局、俺たちが無駄足踏んでる事実は変わらねーんだよ!」

「んだとコラ! 双子の兄に意見するってのか!」

「うるせー! お前こそ媚び売ってんじゃねーよ!」

二人のロボットが、ガシャンガシャンと火花を散らしながら取っ組み合いの喧嘩を始めた。

狭い通路で巨大な金属塊が暴れるのは、もはや災害に近い。

「おどれら、いい加減にせんか! ギスギスしてんのは暑さのせいか、それとも元々の性格か!」

影縫さんの怒号が飛ぶが、双子のロボットは止まらない。

もつれ合いながら後退した二人が、待機していたバンブルビーに激突した。

怒ったビーが双子をそれぞれの手で掴み上げると、ゴミでも捨てるような無造作な動作で、奥の壁際へと二人を投げ飛ばした。

「どわぁぁっ!!」

「ぐべぇっ!!」

ドォォォォォン!!

双子の巨躯が奥の壁に激突し、凄まじい衝撃音が響く。

「ちょっと……! 世界遺産を何だと思ってるのよ!」

老倉が叫ぶが、その直後、奇妙な音が耳に届いた。

ピキ……ピキピキ……。

「……嫌な音が聞こえるな」

神原が壁を見つめる。

双子がぶつかった衝撃で、ローマ時代の壁画が描かれた石板に、大きく、蜘蛛の巣のようなヒビが入っていた。

貴重な遺産が潰れてしまった。

 

ガシャリ。

ひび割れた壁画の一部が剥がれ落ちる。

そして、『それ』が露わになった。

「……暦、見て」

ひたぎの声に、僕は息を呑む。

剥がれ落ちた古い石壁の奥から覗いていたのは、岩ではない。

それは、古びた青銅のような鈍い輝きを放つ巨大な金属の指だった。

数千年、あるいはもっと長い間、その壁の中に埋もれていたであろう巨大な手。

そして、その指関節のひとつひとつに、僕の頭の中に焼き付いているものと全く同じ『文字』が、精緻に、そして厳かに彫り込まれていた。

 

「……見つけた。これだ。ここに、彼らがいるんだ」

「斧乃木ちゃん、ここ、広げられる?」

僕は壁の向こう側を指差した。

「了解。……『例外のほうが多い規則(アンリミテッド・ルールブック)・小指版』」

斧乃木ちゃんが淡々と告げ、小さな右の小指を壁にかざす。

「待て待て待て、大丈夫か!?結構威力あったはずだぞ、それ!」

僕の脳裏に、以前彼女がこの技でマンションの部屋を吹き飛ばしかけた光景が蘇る。

「大丈夫。今回は計算してる。……多分」

「多分って何だ、多分って――」

遺跡ごと崩壊して全滅とか冗談じゃないぞ!?

 

ズドォォォォォォォンッ!!!

返事の代わりに、彼女の指がハンマーのように肥大化した。

金属の『指』を吹き飛ばし、その余波で衝撃波が全員に均等に襲いかかる。

指から発せられている癖して、指向性は相変わらず無いらしい。

 

「……皆、無事?」

「ええ……少なくともバラバラになってはいないわ……」

「む、砂が目に……」

「ゲホッゲホッ……何なのよその童女……もう何が来ても驚かないわよ……?」

「おい余接、やるならちゃんと手加減しろや」

「これでも抑えたほうだよ、お姉ちゃん」

砂埃が晴れる。

壁を見ると、絵が描かれていた場所には巨大な穴が出現していた。

「信じられん……」

「何だこれは……」

シモンズが呆然と呟き、神原が絶句する。

そこは、人工的な光が一切届かないはずの、広大な大空洞だった。

僕たちは、その暗い穴の奥へと足を踏み入れる。

外の喧騒が届かない、永劫の静寂に守られた聖域。

僕らの足音だけが反響し、不気味なエコーを発生させる。

その空間は、六体の、計り知れないほど巨大な機械生命体の遺骸によって構成されていた。

彼らは互いに手を取り合い、あるいは折り重なるようにして、中央の「何か」を守るための堅牢な檻……いや、『墓』そのものになっていたのだ。

数千年の時を越え、自らを封印としたプライムたちの姿。

それは、かつてジェットファイアが語った、兄弟による自己犠牲の成れの果てだった。

 

「これが……プライム達の、墓……」

声が、畏怖と共に震える。

伝説は、ただの神話ではなかった。

僕たちはついに、地球の、そして宇宙の運命を左右する「最古の王たち」の居所に辿り着いたのだ。

僕はその神々しいまでの静寂に、息をすることさえ忘れていた。

 

045

六人のプライムのマスクが僕らの頭上で円弧を成している。

空間の中央、床となっている巨大な鋼鉄の手のひら。

その中央に、埃を被っているものの、未だ鋭い光を放っている短剣状の物体が置かれていた。

「マトリクスだ……」

僕は歩み寄ると、両手でそっとそれを抱え持った。

数千年の眠りから目覚め、人類の運命を、そしてオプティマスの命を繋ぐはずの聖遺物。

しかし――。

「……っ!? なんだ、これ……!」

僕が触れた瞬間、ざらざらと音を立ててマトリクスが崩れ始めた。

伝説の鍵は、僕の指の間からさらさらと零れ落ち、無慈悲に砂漠の埃へと混じっていく。

「……長い年月で塵と化したか。神の如き力を持つ鍵とて、この星の抱く時間の重みには勝てぬということかの……」

忍が黄金の瞳でその惨状を見つめ、静かに呟いた。

「形あるものはいつか壊れる。……例えそれが、星を救うためのものであってもな」

「……そんな、こんなふうに終わるはずじゃ……」

老倉が絶望に顔を歪ませ、崩れゆく希望の残骸を見つめて立ち尽くす。

「……阿良々木君。死者蘇生っちゅうのはな、それ相応の対価を支払わなあかんのや。……スタートラインにすら立てへん事も多い」

影縫さんが静かに告げ、僕らに重い沈黙が流れ始めた。

まさか、終わったのか。

こんな、こんなにあっけなく。

こんなにあっけなく、僕らの未来は闇に呑まれるのか?

 

――その時だった。

遥か上空から、大気を切り裂くような重低音が響いてきた。

ブゥゥゥゥゥゥン!!

「……! この音は!」

シモンズが弾かれたように遺跡の入り口へと駆け出す。

「アメリカ空軍だ! C-17だ! 我らが希望、グローブマスターがやってきたぞ!」

空を見上げて歓喜の声を上げるシモンズ。

神原と斧乃木ちゃんが首を傾げながらトコトコと追いかける。

「シモンズ、C-17って何なのだ?コミケのセクター番号みたいだが」

「それとも栄養ドリンクの名前?」

「違う! 巨大な翼を持った天使だ! オプティマスを運んできたに違いない!」

しかし、墓の中に残された僕たちの空気は、それとは対照的に絶望に染まっていた。

ひたぎが僕の肩にそっと手を置く。

「暦……」

「……これじゃ、復活させるのは無理よ……!」

老倉が足元に広がった灰を見つめ、絞り出すような声で言った。

 

「……いや、違う。周りを見てみろよ!」

僕は、自分たちの周りに並ぶ古代のプライムたちの亡骸を指差した。

彼らは自らを犠牲にして、これを守り抜いた。

その結末がこれじゃ、あんまりじゃないか。

「こんな風に終わる訳ない。僕らが今までくぐり抜けてきたことには意味があるはずだ。だって僕は、彼らに……そしてこの文字に導かれたんだから」

僕の頭の中の声や文字に、意味はあるはずだ。

絶対。

 

僕は夢中で、床に散らばったマトリクスの「塵」をかき集め始めた。

「阿良々木、何を……」

シャツの袖を引き裂き、その布切れの中に必死に塵を詰め込む。

隣のひたぎも繊細な指先で丁寧に掬い上げ、中へと流し込んでいく。

「皆が僕の知識を追いかけてる……。 敵も味方も、この頭の中にある『文字』を……」

僕には分かる。

これには力がある。

 

「どうして……どうしてそんなに言い切れるのよ、根拠も証拠も無いのに」

老倉が、涙を浮かべた瞳で問い詰める。

僕とひたぎは同時に顔を上げ、即答した。

「「信じているから」」

僕らの声が重なった瞬間、まるでその言葉に呼応するように、外の世界が激しく震動した。

 

外へ飛び出すと、燃えるような陽光を浴びて、二機のC-17グローブマスターIIIが銀色の翼を輝かせて旋回していた。

その巨大な貨物室内では、拘束を解かれた戦士たちが、死地への降下を前にスパークを昂ぶらせている。

「――俺をこの飛行機から降ろせ!」

アイアンハイドが漆黒のボディを軋ませて立ち上がると、両腕のキャノンをチャージした。

その隣ではサイドスワイプがブレードを展開し、アーシーら三姉妹の小型バイク部隊がエンジンの咆哮を上げながらタイヤを空転させている。

輸送機の後部ハッチが重々しく開き、エジプトの強烈な日光が機内に差し込んだ。

アイアンハイドを先頭に、鋼鉄の巨躯が次々と空へ身を投げ出す。

青い空に、一つ、また一つと、パラシュートの白い華が咲き誇る。

オプティマス・プライムの遺体を吊り下げた巨大なシュートを中心に、オートボットとNEST部隊の精鋭たちが、砂漠の戦場へと舞い降りていく。

それは絶望を打ち砕くための、最後の反撃の合図だった。

 

046

ペトラの岩山。乾いた風が吹き抜ける断崖の上で、影縫さんが双眼鏡を覗き込みながら、口角を上げた。

「デカブツを落としはったな……。おい、阿良々木君!」

その視線の先では、巨大な三つのパラシュートが砂漠の空に白い花を咲かせ、鋼鉄の遺体を吊り下げてゆっくりと降下していた。

「……そんな魔法の砂で、生き返るとでも?」

シモンズが皮肉げに肩をすくめ、手の中の砂を忌々しげに払う。

だが、僕は止まらなかった。

巾着状にした布切れ――マトリクスの塵を詰め込んだそれを大切に抱え、彼を追い越して駆け出す。

「出来るさ……!」

 

ピラミッドから数キロ離れた、廃墟と見紛うばかりの寂れた村。

そこへ、NEST部隊とオートボットの精鋭たちが音を立てて舞い降りた。

オプティマス・プライムの巨躯を吊るした特大のパラシュートが、広場の中庭に巨大な日陰を作りながら着地する。

「急げ! オプティマスをそこの防塵シートで隠せ! 敵の衛星から目を逸らすんだ!」

着地と同時にパラシュートを切り離したレノックス少佐が、砂塵の中で怒号を飛ばす。

「屋上にスナイパー配置! 周囲にスティンガーミサイルを用意しろ! ここを絶対防衛圏にするぞ!」

部下たちが住民を遠くへ避難させ、瞬く間に村は要塞へと変貌を遂げていく。

「……十トンもある鉄の塊を砂漠に落としたのはいいが、あのガキ本当にやってくれるのか……?」

「祈ろう……」

エップスが皮肉げに呟き、レノックスは額の汗を拭った。

 

その頃、僕たちは道路を猛スピードで駆け抜けるバンブルビーの中にいた。

「……見えたわ、暦。あそこよ」

ひたぎが前方の砂煙の向こうを指差す。

 

村の監視所に陣取った兵士が、モニターを凝視して叫んだ。

「少佐、映像確認! イエローチーム、南西より接近! 距離4キロメートル!」

「よし、合図を送れ! 照明弾を撃て!」

レノックスの指示で、三発のオレンジ色のフレアが、白昼の空を焦がすように打ち上げられた。

 

砂漠の直線道路。フロントガラス越しにその光を見た僕は、ハンドルを強く握りしめる。

「……レノックスだ。あそこにオプティマスがいる」

だが、希望の光を見つけたのは、僕たちだけではなかった。

 

『――小僧を発見』

上空数万フィート。

雲を切り裂き、銀色の機体に禍々しい紋章を刻んだスタースクリームが、冷徹な電子音で告げた。

『スカイワープ、サンダークラッカー。……塵にしろ』

キィィィィィィィィン!!

三機のF-22ラプターが、太陽を背に垂直降下を開始する。

その翼の下から、白煙を引いて無数のミサイルがばらまかれた。

「来るわよ!」

老倉の悲鳴が車内に響く。

ドォォォォォォォンッ!!

着弾。

バンブルビーの数メートル横でアスファルトが爆発し、小さな欠片がフロントガラスにかかる。

「きゃあっ!?」

「ビー、左よ!!」

次々と道路に突き刺さるミサイルの弾幕。

左右で炸裂する火柱と、降り注ぐ岩の破片。

背後にはスカイワープがテレポートを繰り返し、予測不能な位置から機銃掃射を浴びせてくる。

 

「うわああああっ! 前からも来るぞ!」

僕が叫ぶのと同時に、一機の航空機が砂煙を切り裂いて、こちらへ突っ込んでくるのが見えた。

おおよそ兵器らしからぬ毒々しい紫のラインが刻まれた、サンドイエローのF-4ファントムII。

死神のような髑髏のペイントを機首に刻み、不気味なほど滑らかに大気を滑る。

『とっととくたばって下サーイ』

機体から発せられたのは、礼儀正しいのか馬鹿にしているのか判別不能な、抑揚のない冷徹な合成音声。

次の瞬間、機首の下から放たれたのは機銃でもミサイルでもなく、周囲の空気を一瞬で凍てつかせる白銀のエネルギー――冷凍弾だった。

「ビー、回避だ!」

僕の叫びと同時に、バンブルビーがタイヤを悲鳴のように軋ませてスピン気味に回避する。

直前まで僕たちがいたアスファルトは、一瞬にして極寒の氷塊へと変わり、爆発的な熱気に満ちた砂漠の中に白い霧を噴き上げた。

その隙をF-4は逃さない。

『あたし飛んでる!ブリッツウイング、トランスフォーム!』

彼は空中で複雑にパーツを組み替え、人型のロボットモードへと変形を遂げる。

だが、その変形は一度では終わらない。

ガガガギギギッ!

空中で重力に逆らうように翻った巨躯が、着地した瞬間には無骨な履帯を備え、主砲が二門に増設された「戦車」――改造レオパルト2へとその姿を変えていた。

三段変形(トリプルチェンジ)

『ガタガタ抜かしてんじゃねえぞ、ゴルァ! 脳みそブチまけて、くたばれメーン!』

さっきまでの冷徹な敬語や狂気的な叫び声はどこへやら。

今度は野卑で粗暴な叫び声が響く。

どうやら人格もトリプルチェンジャーらしい。

思考、外見、そして機能。

そのすべてを三段階に使い分ける狂気の戦士。

空陸参謀ブリッツウイング。

彼は肩に並んだ二連主砲の照準を僕達に合わせると、同時に火を吹いた。

それはもはや「砲弾」と呼べる代物ではなかった。

放たれたのは、大気を焼き尽くすほどの熱量を持った焼夷弾、あるいは凝縮された火炎放射そのもの。

オレンジ色の奔流が、極太のビームとなって一直線に僕たちを飲み込もうと迫る。

「逃げろ、ビーッ!!」

ビーは反射的にサイドブレーキを引き、時速百キロを超えたまま真横にスライディングした。

直後、僕たちがいた場所を熱線の束が通り抜け、アスファルトを一瞬にしてドロドロの溶岩へと変えた。

「暦、マトリクスを離さないで!」

ひたぎが僕の腕を掴み、叫ぶ。

「分かってる! ……だけど、あんなのが前を塞いでたら、村まで辿り着けない!」

 

「――お前様よ。そろそろ儂にも出番を寄越せ」

そう言って、忍が僕の影から這い出し、膝の上に乗った。

「忍!?でも、お前は銀毒で戦えないんじゃないのか!?」

「案ずるな、今まで影で寝込んでいた間に多少は回復したわ!腐っても元怪異の王じゃ、舐めるな!」

 

その時、バンブルビーのスピーカーが割れんばかりの音量で、影縫さんの鋭い声が響き渡った。

『――阿良々木君、聞こえるか? 今から大事なこと言うからよく聞いとけな。専門家として、おどれと旧ハートアンダーブレードの吸血を特例で許可する。血ぃ吸わせるならさっさと吸わせて、外の鉄屑転がしてこいや』

「特例……? それって……!」

僕は驚愕に目を見開く。

禁忌の解禁。

それは、僕が人であることを一時的に辞め、化け物として戦場に立つことへの免罪符である。

影縫さんの言葉を聞き、忍が凶悪なまでの笑みを浮かべた。

「……ということじゃ。よいな、お前様? 儂もこれ以上、あの下品な鉄屑に良いようにされるのは我慢ならんわ。久々に、本物の『怪異』の恐ろしさを教えてやるわい」

「……ああっ、もう、好きにしてくれ!」

僕は自分の首筋を晒す。

「ゆくぞ。……ン、……ッ」

ガブリ、と。

首筋に鋭い牙が食い込んだ。

僕の血液が忍の喉へと流れ込む。

熱い。脳天を突き抜け、この地の灼熱の太陽に灼かれるような激痛。

体中の精気が吸い取られていく感覚と同時に、忍の体が眩い光を放ち始めた。

メキメキと、骨が鳴り、肉が爆ぜる。

幼かった手足がしなやかに伸び、背丈が僕を追い越さんばかりに成長していく。

光が晴れた時、そこにいたのは十歳前後の幼女ではない。

僕の血液を燃料に、一時的ながらもかつての栄光を取り戻した、十八歳前後の、この世のものとは思えぬ美貌を湛えた吸血鬼。

キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード――の、全盛期まであと一歩という姿だった。

 

「ふむ……。不完全ではあるが、これならば鉄屑を千切るには十分よ」

大人びた声でそう告げると、忍は走行するバンブルビーのドアを蹴り開けた。

「……暦、あとのことは忍さんに任せて。あなたは前だけを見ていなさい」

助手席のひたぎが僕の腕を強く引き寄せる。

「分かった……! 行ってくれ、忍!」

 

ドォォォォォォォンッ!!!

ブリッツウイングの二連主砲が、再び火を吹いた。

「消し炭になれ、このカトンボどもメーン!」

怒声と共に放たれた熱線が迫る。

だが、その奔流が僕たちに届くことはなかった。

「――『例外のほうが多い規則(アンリミテッド・ルールブック)』」

走行中のスキッズの屋根から、二つの影が弾丸のように飛び出した。

影縫さんと斧乃木ちゃんのコンビだ。

斧乃木ちゃんは跳躍しながら、右の人差し指をブリッツウイングの巨大な砲身に向けて突き出した。

「――ぶっ飛べ」

ズドォォォォォォォォンッ!!

肥大化した指が、空気そのものを圧縮してブリッツウイングの装甲を叩く。

「ヌガッ!? 何だこのガキ! 重すぎるメーン!」

「レディに重いとか言うな。ぶっ殺すぞ」

衝撃波に煽られ、戦車の巨躯が砂の上で数メートル後退する。

破壊こそされなかったが、その正確な照準は完全に狂わされた。

三羽のF-22から放たれたミサイルを忍が『心渡』で叩き落とし、影縫さんと斧乃木ちゃんがブリッツウイングに攻撃を集中させて、僕らの進路上から強制的に退かす。

老倉が後部座席から叫んだ。

「あなた達、私が知らない所でこんな事ばっかりやってたの!?」

「……しょっちゅうね!」

これがお前の知らない物語だよ!

 

「ぐ、潰れ……」

「捕まえました。もう逃げれませン」

ロボットモードに変形したブリッツウイングが冷徹に斧乃木ちゃんを掴む。

万力のような指で、ぎりぎりと彼女の体を握り潰さんとする。

「ッ!余接!」

影縫さんが目を見開き、空陸参謀の懐に飛び込む。

「おどれの鉄臭い指でうちの式神を穢すな!」

ガキィィン!

猛烈な金属音と共に彼女の拳が、奴の顔にめり込んだ。

「痛ぁぁぁ……!」

ブリッツウイングがバランスを崩して倒れ込む。

その真正面には、腕がひしゃげつつも解放された斧乃木ちゃんが。

「――『例外のほうが多い規則(アンリミテッド・ルールブック)』」

チュドォォォォォォン………!

斧乃木ちゃんを中心に大爆発が発生し、砂塵で視界が塞がれる。

「クソっ、一時退却メーン!――『退却』って何か『たい焼き』みたいな響きでおいしそうだよね!アハハハハ――」

ブリッツウイングは再びファントムIIに変形すると、狂ったように笑いながら飛び去っていった。

 

047

「しぶとい奴じゃの!」

砂の目眩ましが効いているうちに忍は僕の膝に、影縫さんと斧乃木ちゃんはスキッズの車内に戻る。

バンブルビーはV8エンジンの咆哮を上げ、赤茶けた岩肌が剥き出しになった採石場へと突っ込んだ。

迷路のように入り組んだ巨大な重機の残骸と、積み上げられた石材が開けた視界に入る。

だが、空の死神は逃してくれない。

岩壁の向こうから、青い機体に赤いラインの入ったF-22――サンダークラッカーが、超低空飛行で突っ込んできた。

「空も飛べない虫けらどもめ!」

サンダークラッカーが空中で激しくパーツを組み替え、人型へと変形する。着地の衝撃で採石場の地面が大きく陥没した。

「轢かれる――ッ!」

「いや、行けるわ!」

ひたぎが叫ぶのと同時に、ビーはサンダークラッカーの股下をくぐり抜けた。

 

「……チョコマカと!」

サンダークラッカーは着地の慣性でバランスを崩すも、振り返りざまに腕から二発の追尾ミサイルを放つ。

「マズい……! 避けきれない!」

「暦、伏せなさい!」

ひたぎが僕の頭を力尽くで押し下げた。

ドォォォォォォォン!!

ミサイルはビーのルーフをかすめ、横の岩壁に着弾。大量の落石が後方を塞ぎ、追いかけてくるシーカーズの視界を遮断した。

 

「……撒いたか?」

神原が背後を警戒しながら尋ねる。

「いえ、まだよ。空にまだいる……」

老倉が空を凝視して告げる。

ディセプティコン達が空中で旋回し、僕らを探している。

ミサイルの爆鳴と、岩石が砕ける轟音が、採石場の空洞に反響して鼓膜を揺さぶった。

数分後。

迷路のような採石場を抜け、僕らは一時的に敵の視線が届かない岩陰の窪地へと滑り込んだ。

タイヤが砂を噛んで止まる。

ドアが開き、全員が転がるように車外へ出た。

砂漠の熱気が、僕たちの肌をチリチリと焼く。

「……ここまでだな。これ以上、この人数で動くのは目立ちすぎる」

僕は肩で息をしながら、巾着を強く握りしめた。

前方数キロ。オレンジ色のフレアが上がったあの村が見える。

あそこに、オプティマスがいる。

 

「……二手に分かれよう」

僕は全員の顔を見回して言った。

「ビー、君は囮になってディセプティコンを引きつけてほしい。奴らは僕らが君に乗っていると思って攻撃して来るはずだ」

バンブルビーが電子音で短く、だが力強く答えた。

「私もあの双子と一緒に敵を引きつける。お前は軍と合流しろ……魔法が効くといいな」

シモンズが皮肉げに、けれど信頼を込めた目で僕を見た。

「……ありがとう」

こうして、僕たちは二つのチームに分かれた。

僕、ひたぎ、忍の三人は、熱砂の海へと駆け出す。

残されたのは、シモンズ、影縫さん、斧乃木ちゃん、神原、そして老倉。

シモンズはシボレーの運転席に飛び込むと、サングラスをかけ直し、不敵に笑った。

「任せろ……。ただ一人、祖国に裏切られた男が人類最後の希望となる。このマエストロが運転してやるからな」

「待ちなさい、私も行くわよ!」

老倉が助手席のドアを強引に開けようとする。

「待てお姉やん! こっから先は勇気だけじゃ無理や! 命がいくつあっても足りん戦場やぞ!」

影縫さんが制止するが、老倉はその手を振り払った。

「黙りなさい! 私は阿良々木暦に、貸しがあるのよ! あいつが死んだら、一生文句を言い続けてやる権利が消えるじゃない!」

彼女は一歩も引かない。

「それにあなた、私が警備員を感電させた時のこと、忘れたの!? あの時の借りを、ここで返しなさいよ!」

その言葉に、影縫さんは一瞬虚を突かれたように目を見開き――次の瞬間、豪快に笑い飛ばした。

「ハッ! ええ根性や。そうやったな、ありゃおどれを試したんやが……合格や。ええわ、死なん程度に守ってやる。乗りや!」

斧乃木ちゃんと神原も無言で車体に乗り込み、双子は砂煙を上げて戦場の中央へと突っ込んでいった。

 

一方、オプティマスが安置された村。

NEST部隊の即席陣地では、緊張が極限まで高まっていた。

「……おい、少佐。あれを見てくれ」

エップスが双眼鏡を覗き込み、不快そうに顔を歪める。

一機のF-22が、ゆったりとした旋回で村に近づいてくる。

「……エイリアンのタトゥーだらけじゃねぇか。味方じゃないな」

スタースクリームだ。

彼は攻撃を仕掛ける風でもなく、村の真上を低空で通過した。

その直後、隊員たちのイヤホンから「キィィィィィィィン」という鼓膜を刺すような高周波のノイズが響き渡る。

「うわっ!? 何だ、通信妨害か!?」

「妨害電波だ! 全チャンネルが死んでる!」

レノックスが耳を押さえ、空を見上げる。

スタースクリームから放たれた強力なジャミングは、NESTの通信網を完全に遮断し、彼らを砂漠の孤島へと変えてしまった。

「……こんな砂漠で通信できなきゃ、この先ヤバいぜ……」

エップスがライフルを構え直し、陽炎の向こうを見つめた。

 

048

ペンタゴン、統合参謀本部。

緊迫した空気が流れる中、モーシャワー将軍が鳴り響く電話を取った。

「……こちらモーシャワー」

『将軍! 私だ! ギャロウェイだ!』

受話器の向こうから聞こえてきたのは、今にも泣き出しそうな、それでいて激昂した補佐官の声だった。

『レノックスが「コードを引っ張れ」と言ったんだ! そのせいで私は……!』

「……分かっています、補佐官。落ち着いてください」

モーシャワーは冷淡に応じる。

『落ち着けるか! 私は今どこにいるんだ!? 岩だらけで、砂だらけで、電波も入りにくい!』

受話器の向こうで、現地の村人らしき声が小さく響く。

『……アメリカね? ここはアメリカね?』

『違う! ここはアメリカじゃない!私がアメリカから来たんだ! 辺りには何もない、周りはロバだらけ――』

モーシャワーは、もはや会話を続ける価値はないと判断し、無言で電話を切った。

「誰からでしたか、将軍?」

部下が尋ねる。

「我々の良き友人、ギャロウェイ君からでしたよ。こちらがレノックスの部隊と何も連絡できないというのに、よくもまあ電話してこられたもんだ」

将軍はモニターの地図を指差した。

「エジプトの、砂漠の、ど真ん中から」

「……不屈の精神ですね」

モニターには部隊が展開している様子が映し出されていた。

だが、実際の光景と比べるとただ行ったり来たりしているだけで緊迫感が無い。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

大気圏外、衛星軌道。

軍事衛星に取り付いていたサウンドウェーブには、偽の映像を流すことなど容易いことだった。

彼の偽映像で司令部に状況を誤認させ、スタースクリームが妨害電波で現場との直接のやり取りを不可能にする。

この二段構えの情報工作により、人間側が現状を認識できるようになるにはかなりの時間がかかる。

さらに彼は駄目押しと言わんばかりにエジプト上空の衛星にハッキング、システムをダウンさせた。

「こちらサウンドウェーブ、情報遮断完了」

共有が不可能になったことを確認すると、サウンドウェーブはほくそ笑むように光学センサーを細めた。

 

049

村の防衛陣地。焦燥が砂塵と共に渦巻いていた。

「もっと照明弾を撃て! 数を惜しむな、阿良々木に分かるように!」

レノックスが空を指差し、部下たちに怒号を飛ばす。

「それと、広場の地面にガソリンを撒け! 火をつけて大きな『SOS』を書くんだ! 雲がなければ衛星からも見えるはずだ!」

 

一方、赤茶けた岩山の中腹。

僕は『塵』の入った巾着を、壊れ物を扱うように胸に抱いて、急斜面を駆け上がっていた。

靴底はズタボロだが、そんな事を気にしている暇は僕らには無い。

背後にはひたぎ、そしてその影から実体化した忍が、周囲を警戒しながら続く。

「……案ずるな、暦。儂がついておる。鉄屑一匹たりとも、お前様には触れさせぬわ」

忍の瞳が、不吉な予感を孕んだ空を射抜いた。

――投下地点まで、あと三キロメートル。

 

その頃、ワシントンD.C.、ペンタゴン。

冷房の効いた参謀本部内は、現場とは別の意味での熱気に包まれていた。

「レノックスの部隊は最新の暗号通信装置を装備している。誰か教えてくれないか!? なぜ通信がつながらない!? 通常の、無線通信すら!」

モーシャワー将軍がデスクを叩き、通信士たちを怒鳴りつけた。

「あらゆる周波数を使い、呼びかけを続けています」

「報告します! 当該エリアの軍事衛星が三基、同時にシステムダウン。現在復旧作業中ですが、何者かによる外部からのハッキングの痕跡があります!」

「クソッ……何かがおかしい。辻褄が合わん」

モーシャワーは冷汗を拭い、モニターを睨みつける。

「ヨルダン軍に連絡し、あの地域の戦力を聞け。それとエジプトの将軍にも連絡を取れ。エジプト領内に無人機を飛ばし、直ちに調査する許可を貰うよだ。一刻も早く現地の映像を確認させろ!」

 

『プレデター、緊急発進。ターゲット、座標29.5、34.88。ライブ映像の復旧を最優先せよ』

滑走路を蹴り、無人攻撃機MQ-1プレデターが、音もなくエジプトの空へと飛び立った。

 

「あと、一キロ半……!」

僕らは古い遺跡の列柱の間を駆け抜ける。

こんな状況じゃなければゆっくり観光したい所だったが、今はとにかく走っていた。

遺跡の見学なんて、世界を救ってからでも出来るさ。

村から立ち昇る黒煙が見えた。

「あそこだ……オプティマスは、あそこにいる!」

 

所変わって採石場。

砂塵の中を猛スピードで突っ切る二台のシボレー。

「ただ一人! ただ一人だけ!!」

ハンドルを狂ったように回しながら、シモンズが絶叫する。

「そればっかり! 壊れたレコードじゃないんだから!」

助手席でシートベルトを握りしめた老倉が、激しい横揺れに耐えながら叫び返す。

「祖国に裏切られた男が、人類最後の希望となる――」

「ああもう! 私たちもいるでしょ! 独り占めしようとしないでよ!」

シモンズは全く聞いていない。

「ビビるな。マエストロがついている!」

スキッズとマッドフラップが豪快に砂を巻き上げ、開けた場所へと飛び出した。

そこには、巨大な採石重機が放置されていた。

緑色の重厚なキャタピラー773Bダンプトラック。

そして、首を長く伸ばした黄色のコベルコ CK2500-ll クローラークレーン。

その向こうには、三つの巨大なピラミッドが圧倒的な威容でそびえ立っている。

 

「……着いたわ。もう、追いかけてこないわよね……?」

老倉が車から転がり落ちるようにして降り、荒い息をつく。

「老倉先輩、それは甘いぞ。戦場において、静寂は嵐の前の静けさに過ぎない」

神原が空を見上げた。

その瞬間、ピラミッドの頂上に、巨大な『影』が飛来する。

ギィィィィィン!!

大気を引き裂く轟音と共に、エイリアン・タンクが空中で変形。

ピラミッドの急斜面を削りながら、銀色の巨躯が着地した。

破壊大帝メガトロン。

彼はその鋼鉄の鉤爪を歴史的な石材に深く突き立て、獲物を探す猛禽のように眼下を見下ろした。

そこに、スタースクリームが背中のブースターを焦がし、頂上へと舞い降りる。

「メガトロン様、悪い知らせで申し訳ありません……。兵隊どもが、プライムの死体を運んできました……!」

メガトロンが忌々しげに唸り声を上げた。

「小僧がマトリクスを手に入れたな……。絶対にオプティマスの所に行かせてはならん!」

スタースクリームが飛び立つ。

メガトロンは右腕のフュージョンカノンを掲げ、赤く輝く光学センサーを村へと向けた。

ディセプティコン共!攻撃を開始しろ!(Decepticons! Begin our assault!)

 

050

空が、燃えていた。

エジプトの空を切り裂き、大気圏外から飛来した十三の火球が、砂漠に次々と着弾する。

ドォォォォォォンッ!!

衝撃波が村の防衛陣地まで届き、土嚢を震わせた。

村の広場で、レノックスが叫ぶ。

「向こうも総攻撃を仕掛けてくるぞ! 敵の数は!?」

「ざっと十三! ――いえ、増えています! 未確認の熱源が多数接近中!」

エップスが双眼鏡を覗き、震える声で呟いた。

「おい、不味い気味なほどの静寂が数秒。

「……、……」

僕たちは、自分たちの鼓動が外に漏れているのではないかと思うほどの緊張感の中で静止する。

だが、その静寂は、頭上から降り注いだ鉄の爪によって、無惨に引き裂かれた。

バギャァァァァァァンッ!!!

天井が、巨大な鉤爪によって紙細工のように破られる。

「隠れても無駄だ、小僧! !」

穴から顔を出したのは、真っ赤な光学センサーを輝かせたスタースクリームだった。

「走れ!」

僕はひたぎの手を引き、瓦礫が降り注ぐ部屋を飛び出して屋上へと駆け上がった。

「ここは儂が食い止める! 行け、お前様!」

忍が『心渡』を振るい、空中のスタースクリームに向かって弾丸のように跳躍する。

「忍!」

「いいから行きなさい、暦!」

ひたぎに背中を押され、僕たちは隣の建物の屋根へと飛び移った。だが、その背後に、黄色い重機のパーツを纏ったディセプティコンが立ち塞がる。

彼が振り回した鎖付きの巨大な鉄球が、僕たちが今しがた踏んでいた屋根を爆砕する。

「うわああああっ!」

僕らが飛び移ると同時に、スタースクリームが腕からミサイルを発射した。

ドォォォォォン!!

衝撃波に吹き飛ばされ、僕とひたぎは屋根から地面の砂地へと転落する。

「……痛っ……! 暦、大丈夫!?」

「ああ……走ろう! 立って!」

――投下地点まで、あと八百メートル。

 

053

僕らがスタースクリームらの追跡を掻い潜っている頃。

村の東ではコンバッティコンらがNESTを圧迫していた。

「弾幕を薄くするな! 距離を保て!」

サイドスワイプが両腕のブレードを火花散る盾に変え、ボルテックスの機銃掃射を弾き飛ばしていた。

遠方からはブラストオフの精密射撃とヘイルストームの多連装ロケットが降り注ぎ、戦場は視界を遮る黒煙と火柱に包まれている。

『虫けらどもを撃滅せよ!』

ボーンクラッシャーの同型機がパルスビームを乱射し、アーキュレートダンプから変形した赤い重機型がその巨躯でじわじわと前線を広げる。

オートボットとディセプティコン。その距離は未だ離れているが、火力戦は熾烈を極めていた。

 

「アイアンハイド、今だ!行け!」

レノックスの叫びに、漆黒のトップキック――アイアンハイドがエンジンの咆哮で応えた。

「阿良々木を迎えに行くぞ! 全員、俺に続け!」

隊員を荷台に乗せ、トップキックが猛スピードで砂丘を駆け下りる。

その周囲をアーシー、クロミア、エリータ・ワンの三姉妹が、華麗なバイクスタントのような動きで固める。

 

一方、西側の採石場付近。

ピラミッドの頂上で、メガトロンは焦燥に駆られていた。

砂漠の村を護衛する人間どもの火力が、予想以上に厚い。

「……これ以上、時間をかけるわけにはいかん。主がお見えになる前に、すべてを塵に帰せ!」

メガトロンが眼下の巨獣を見下ろし、呪わしい命令を下した。

デバステーター!全てを飲み込め!(Devastator! Devastate them!)

 

オォォォォォォォォォォン……ッ!!!

地響きが、物理的な圧力となってシモンズたちを襲う。

合体兵士デバステーターが、その数千トンの質量を揺らし、ゆっくりと歩を進め始めた。

シモンズとバンの影に隠れ、その巨体を見上げた老倉は、もはや思考を放棄したようにガタガタと震える。

「死にたくない……死にたくない死にたくない……! 何なのよ、あんなの……勝てるわけないじゃない……!」

その時、デバステーターの巨大な「顎」が展開した。

巨大な内部機構が超高速で回転を始め、周囲の空気が渦を巻く。

ゴォォォォォォォォッ!!!

強力な吸引力――ヴォルテックス・グラインダーが発動した。

砂、瓦礫、放置された車、――そして逃げ遅れた人間。

あらゆるものが空中を舞い、デバステーターの口中にある超硬合金の回転刃へと吸い込まれ、火花を散らして粉砕されていく。

「うわぁ、見ろよあの野郎――」

マッドフラップが踏ん張りながら、呆れたように叫ぶ。

「ひでぇロボットだな――」

飛んできたタイヤが頭に直撃し、スキッズが火花を散らして転がる。

「四の五の言うな! 走れ!!」

影縫さんの一喝とともに、神原が腰が抜けたシモンズとパニック状態の老倉の首根っこを左右の手で掴み上げた。

常人離れした脚力で、吸引の渦に逆らい、彼女は猛ダッシュを開始する。

「舌を噛むなよ、お二方!!」

背後で大地が吸い込まれ、崩壊していく。

人類の、そして怪異の常識を遥かに超えた「破壊」が、エジプトの地を飲み込もうとしていた。

 

「あの野郎、体内にブラックホールでもあるのか?」

斧乃木ちゃんが指先に影縫さんを乗せ、砂に足を突き刺しながら吸引に抗う。

「ぬぁッ!掴んだ!」

神原たちは既の所で地中深くに基礎を埋め込んだを掴み、九死に一生を得る。

だが双子の方はそう幸運ではなかった。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

マッドフラップがうっかり鉄骨から手を離してしまう。

「マッドフラップ!」

「嫌だ!死にたくねぇ!死にたくねぇよ、助けて!」

吸い込まれていく彼は回転刃ぎりぎりでパーツを掴み、踏ん張る。

「見ろ!掴んだ!カンフーグリップだ――」

ガキン!

しかし不運にもそのパーツ自体が外れ、マッドフラップはデバステーターに飲み込まれてしまった。

その直後に吸引が終わり、デバステーターの顔が元に戻る。

 

「マッドフラップぅぅぅッ!!」

スキッズの絶叫が、砂嵐の中に虚しく消えた。

巨大なミキサー車のドラムが火花を散らし、粉砕された鉄屑がデバステーターの背後から排気ガスと共に吐き出される。

「……嘘…………」

老倉が顔を覆い、その場に膝を突いた。シモンズもまた、手に持った双眼鏡を砂の上に落とし、口を半開きにしたまま巨神を見上げている。

「喰われちまった……う、うぅ…」

嘆き悲しむスキッズ。

あれだけ喧嘩しても、仲の良さは本物だったようだ。

だがその時、デバステーターの巨大な右顔面、その複眼の奥で、異常な火花が散った。

ガギィィィィィィィン!!

「……何だ?」

神原が目を細める。

次の瞬間、デバステーターの顔を内側から蹴破って、砂だらけで火花を散らすオレンジ色の腕が飛び出した。

「てめえ、よくも俺を食いやがったな!?その顔ぐちゃぐちゃにしてやる!」

中から這い出てきたのは、全身をオイルと火花で汚しながらも、狂犬のような目をしたマッドフラップだった。

どうやら喰われたのが吸引終了直前だったことで、粉砕を免れたようだ。

「あ、生きてる!?」

老倉が悲鳴に近い声を上げる。

「喰らいやがれ!!」

マッドフラップはデバステーターの顔面にしがみつき、至近距離からサブマシンガンを乱射する。

「やっちまえ、マッドフラップ! 兄弟の絆を見せてやれ!」

スキッズがここぞとばかりにデバステーターの左腕――巨大なクレーンのブームへと飛びついた。

二体の小型ロボットが、まるで巨人の体に群がるアリのように、合体兵士の全身を駆け巡りながら破壊の限りを尽くす。

 

「チャンスや! 奴が自分の顔のハエ叩きに夢中になっとるうちに、下を潜り抜けるで!」

影縫さんが老倉とシモンズの背中を強引に押し出した。

「死ぬ! 踏み潰されるわよ!」

「死なん! うちが支えたるわ!」

無茶苦茶な理屈で、一行はデバステーターの喉下、重機と重機が複雑に噛み合う「鉄のトンネル」へと突っ込んだ。

頭上で、山が崩れるような爆鳴が響く。デバステーターが自分に取り付いた双子を振り払おうと、全身の火器をデタラメに乱射し始めたのだ。

彼が放ったミサイルが、自らの右肩を構成するホイールローダーを掠め、巨大な金属片が一行の数センチ横に突き刺さる。

「……お姉ちゃん、ここ、意外と安全じゃないよ」

斧乃木ちゃんが淡々と告げ、頭上から降ってきた十トンはある鉄骨を、片手でピンボールのように弾き飛ばした。

 

「 行くぜ兄弟!」

「おうよ! このデカブツの脳天を、蜂の巣にしてやるぜ!」

スキッズが右腕から高強度ワイヤーを射出。

空中で放り出されかけていたマッドフラップが、そのワイヤーを間一髪で掴み取る。

スキッズは支点となるデバステーターの巨大な肩装甲に足をかけ、ワイヤーを力任せに引き絞った。

遠心力を利用して、マッドフラップが合体兵士の顔面を周回するように高速旋回する。

「ツインズ攻撃を喰らえッ!!」

デバステーターの複眼から火花が飛び散り、巨大な重機パーツの隙間に弾丸が吸い込まれていく。

それらは彼に大したダメージを与えられない。

ただ苛立たせるだけだ。

しかし、動きを一時的に止められるならそれで十分だ。

 

二体は空中で一瞬重なり、そのままデバステーターの左腕――巨大なクレーンブームに着地した。

「決まったな! ハイタッチだ!」

二体は勝利を確信して手を合わせた。

だが、その瞬間の衝撃が悪かった。

「おわっ!?」

マッドフラップの指がトリガーに引っかかり、マシンガンが予期せぬ方向へと暴発した。

ドガガガガッ!!

スキッズの横面を銃弾が掠め、火花と共に彼自慢の「金歯」が派手に吹き飛んだ。

「あ……悪い、滑った!」

「この、ドジ踏みがぁぁぁ!」

二体は空中で取っ組み合いを始め、そのまま砂漠の地面へと無様に激突した。

「てめえ、顔撃ちやがったな!?」

先ほどのフレンドリーファイアで歯が欠けたスキッズが、地面を苛立ち混じりに殴りつけた。




次回豫告
「忍野忍じゃ」

「阿良々木暦、僕だ」

「お前様よ。人間は何故、自販機に百円玉を入れてから財布を見るのじゃ?」

「それは……足りると思ったから、かな?」

「思考より希望が先にある生き物じゃな」

「それを言うなら、お前もドーナツを買う前に所持金を確認しろよ」

「儂にはお前様という財布がおる」

「「次回、こよみリベンジ其ノ捌」」

「何で僕が破産しない前提なんだよ……」

「信じておるから、じゃな」
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