066
「進めシモンズ……! 15ラウンドの勝負だ……!」
シモンズは、崩れゆく数千年前の石積みに爪を立て、己の限界に挑んでいた。
心臓が口から飛び出しそうなほどの動悸。
だが、その視線の先では、鋼鉄の巨神デバステーターがピラミッドの頂を、まるでゆで卵の殻を剥くように破壊していた。
ガゴォォォォォォォォンッ!!
巨大な口腔――ボルテックス・グラインダーが猛烈な勢いで回転し、吸引された数トンの石材が粉塵となって空へと舞い上がる。
剥き出しになっていくのは、地球外のテクノロジーによって作られた、鋭利な金属の輝き。
恒星爆破装置、スターハーベスターの本体だ。
「……っ、あれが『マシン』か! なんて不気味な形だ!」
シモンズがその真下へ辿り着いた時、頭上から奇妙な音が響いた。
カラン、カラン……。
巨大な鉄の塊がぶつかり合う、軽やかでいて、どこか滑稽な金属音。
デバステーターの股間付近で、クレーン車の二つの鉄球が振り子のように揺れ、互いに接触していた。
シモンズは顔を引き攣らせながらも、奪い取った軍用無線機のスイッチを叩き込んだ。
「敵の真下にいる! ……いいか、信じられないだろうが、奴の『タマタマ』の真下だ! 座標を修正する、よく聞け!」
紅海、洋上。
ミサイル駆逐艦USSキッド。
その艦橋では、オペレーターがシモンズの叫びを必死に書き留めていた。
『位置は海抜25.7メートル、北緯29.32! 撃て! 今すぐ撃て!』
「座標確認、目標520! 主砲旋回!」
「目標、ピラミッド頂上の巨大エイリアン! 発射準備!」
「電力充填……! 標的確認!」
『発射まで三……』
甲板に据え付けられた最高機密、
キィィィィィィィィィィンッ……!
『二……一……発射!』
砲身の周囲に青白い電磁の火花が荒れ狂い、次の瞬間、物理の限界を超えた衝撃波が大気を切り裂いた。
ドォォォォォォォォォォンッ!!!
マッハ7。
人の目では捉えきれない速度で放たれた一撃は、エジプトの空を真っ二つに割り、一直線にデバステーターの胴体を貫いた。
衝撃波が遅れてピラミッドに届く。
頂上で吠えていたデバステーターの右腕が、巨大なホイールローダーのパーツが千切れ飛んだ。
「ガ、ガ、ギ…………ッ!?」
バランスを失った超巨大合体兵士は、もんどり打ってピラミッドの斜面を転がり落ちていく。
「やった! ハッハー! ざまあみやがれ!!」
シモンズは拳を突き上げ、崩れ落ちる巨神の残骸を背に、狂喜の叫びを上げた。
067
だが、戦場はまだ終わっていない。
エジプト上空。
『B-1、JDAM標的に接近。全機、爆撃進路を固定』
『衝突まで30秒!』
村の境界線。レノックスが、僕の肩を強く叩いた。
「阿良々木! 俺が合図したら、海岸まで走れ! いいな! 絶対に離れるな、しっかり俺のケツについて来い!」
「分かってます……っ、ひたぎ、忍!」
「言われなくても、あなたの背中に針金で繋がってでもついていくわ」
ひたぎが鋭く応える。
その時、空軍のオペレーターの声が無線から漏れた。
『スナイパー1、オレンジスモーク確認! 爆撃座標を確定する!』
エップスが青ざめた顔で自分の手元と、僕たちの周囲を見比べた。
「ピンポイントで撃ってくれりゃいいが……」
「……何でだ?」
レノックスがいぶかしげに問う。
「……オレンジの煙を狙えと言ったんだ。ディセプティコンを囲むように……」
風に流されることもなく、僕たちの足元からモクモクと立ち上っているのは、鮮やかなオレンジ色の発煙筒の煙だった。
レノックスが動きを止め、無表情でエップスを見る。
「……オレンジって、これか?」
「……ちょいと、投げ損ねてな……」
僕、ひたぎ、忍、レノックス、エップス。
五人の視線が空中で交差し、そして同時に空を見上げた。
死神の鎌――B-1ランサーの翼が、太陽を遮っていた。
「「「「「……走れええええええええ!!!」」」」」
僕らの真上を、空気を引き裂く轟音と共にB-1が通過した。
『JDAM発射!!』
爆弾が切り離され、精密誘導によって僕たちの「背後」へと殺到する。
まずは先制の通常ミサイルが村の各所に降り注ぎ、建物ごとディセプティコンを粉砕し始めた。
「来るぞおおおぉぉぉ!」
エップスの絶叫が、着弾音に飲み込まれる。
「おのれぇ、人間風情がぁッ!」
ロングハウルがその巨躯を翻し、迫り来る爆風を迎え撃とうとしたが、2000ポンド爆弾の直撃には抗えなかった。
肩の巨大なタイヤが文字通り吹き飛び、緑色の装甲が内側から弾け飛んで彼は沈黙した。
「ええい、一旦退くぞ! このままでは全滅だ!」
スタースクリームが爆炎を回避しながら叫び、スカイワープとサンダークラッカーを引き連れて急速に高度を上げ、戦域から離脱していく。
「もうこれはダメです、撤退デース。皆さんごきげんようさようなら!」
三つの人格を切り替える間もなく、ブリッツウイングもジェットモードへ変形し、煙を吐きながら戦場を離脱していった。
砂塵と爆炎のカーテンを切り裂き、僕たちの横をアイアンハイドが猛スピードで並走する。
「暦、止まるな! 走り続けろ!」
彼の胸部装甲からは、ブルーティカス戦で受けたダメージによる火の手が上がっていた。
アイアンハイドは、最早弾薬の尽きた両腕の巨大なキャノンをパージする。
ひたぎが驚いたように叫ぶ。
「嘘でしょアイアンハイド、武器を……!?」
「そんなもん、また造ればいい! 今は一秒でも早く、爆心地から逃げるぞ!」
そして。
本命のJDAMが、村の広場を埋め尽くした。
ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!
視界から色が消える。
圧倒的な、暴力的なまでの光。
大地が持ち上がり、重力そのものが狂ったかのような衝撃波が、僕たちの背中を突き飛ばす。
一瞬にして村の廃墟は灰燼に帰し、立ち上る火柱は天を突く赤黒い龍となって渦巻いた。
巨大なクローを振り回していた赤い巨漢オーバーロードが天を突く爆炎に飲み込まれ、黄色のスクラッパーも押し寄せる衝撃波で重機のパーツを紙細工のように引きちぎられて大破。
周囲にいたプロトフォームたちが断末魔を上げながら粉々に吹き飛んでいった。
「ハァ、……ハァ、……ガハッ!」
肺の中に充満するのは、焦げたオイルの臭いと、砂混じりの熱風だ。
JDAMの爆撃によって作り出された炎の『壁』が、僕とレノックスたちを無情に分断していた。
「暦! どこだ! 阿良々木暦!!」
炎の向こう側でレノックスの叫びが聞こえるが、爆発による耳鳴りが酷くて方向が掴めない。
僕は、ただひたすらに、目の前にあるオプティマスの遺体を目指して足を動かした。
「……オプティ……マス……!」
「暦!そっちは駄目よ!」
ひたぎが僕の手を引こうとするが、指先の力が入りきらない。
その時、背後の黒煙が不自然に渦巻いた。
死神が、地獄の業火を纏って現れる。
「――どこまでも、往生際の悪い鼠め」
黒煙を切り裂いて現れたのは、半身を焼け爛れさせたメガトロンだった。
爆撃の直撃を受け、その銀色の装甲は黒く変色し、露出した内部機構からはエネルゴンが火花と共に噴き出している。
だが、その光学センサーに宿る殺意だけは、微塵も衰えていなかった。
メガトロンが右腕を構え――。
「プライムと共に死ね!!」
ドォォォォォォォンッ!!!
「あ…………」
回避する時間はなかった。
放たれた一撃が僕の数歩前で炸裂し、凄まじい衝撃波が僕の身体を木の葉のように宙へ舞わせた。
地面に叩きつけられる。
骨が砕ける音、内臓が押し潰される感覚。
視界が赤く染まり、抱えていた巾着が手から離れて砂の上に転がった。
「阿良々木君……!? クソっ、遅かったか!!」
廃墟の影から、弾丸のような速さで跳び出してきた影が一つ。
影縫余弦。
彼女は倒れ伏した僕の姿を目にすると、これまでに見たこともないほどの激昂をその面に浮かべた。
「おどれ、死に晒せや……おりゃあッ!!」
影縫さんが瓦礫を蹴ると、その脚力がアスファルトを粉砕し、彼女の身体はメガトロンの顔面へと一直線に突き進んだ。
「往ねッ! 鉄屑風情が主に触れるな!」
さらに、瓦礫の中から立ち上がった忍が、ボロボロの身体を奮い立たせて跳躍する。
「ヌグォッ!? 貴様らも一体何なのだ、その常人離れした力は!?」
影縫さんの拳がメガトロンの頬を歪ませ、彼を怯ませる。
続いて忍の『心渡』の峰が彼の腕を叩き折らんばかりに強打した。
半年前とはその太刀筋の威力も、込められた激情も質が違う。
人間と怪異。その規格外の暴力が、破壊大帝を翻弄していた。
「標的を確認! 主砲、撃てッ!!」
援護に駆けつけたM1エイブラムスの戦車隊が、至近距離からメガトロンへ集中砲火を浴びせる。
ドォォォォン! ドガァァァンッ!!
「ええい、鬱陶しいわ!!」
メガトロンは咆哮し、影縫さんを巨大な平手で瓦礫の壁へと叩き込んだ。
「ぐはっ……!」
「カゲヌイ!」
「……次は貴様だ、小娘!」
メガトロンは忍の半身を引きちぎる。
瞬時に再生した忍がなおも立ち向かおうとした瞬間、彼はゼロ距離でフュージョンカノンのトリガーを引いた。
ズドォォォォォォォォンッ!!!
「ッ――!」
忍の体が灼熱の爆光に飲み込まれる。
「……プライムさえ死んでいれば、勝機はこちらにある!」
メガトロンは忌々しげに吐き捨てると、エイリアンタンクへと変形。
黒煙を撒き散らしながら、彼はピラミッドの方角へと撤退していった。
静寂が訪れる。
いや、音は鳴っているはずなのに、僕には何も聞こえなかった。
視線を落とすと、自分の胸に、大きな大穴が開いているのが見えた。
フュージョンカノンの熱線が、僕の体を貫通していたのだ。
「……あ、……ぁ……」
痛みすら感じない。ただ、熱い。
抱えていた巾着から、砂がこぼれ落ちていく。
視界の端。
爆炎を抜けて、黄色のカマロが滑り込んできた。
バンブルビーだ。
その後ろから、スキッズとマッドフラップの双子も続く。
ドアが開き、中から誰かが飛び出してくる。
火憐の叫び。月火の泣き顔。
父と母が、絶望に顔を歪めて駆け寄ってくる。
神原が、老倉が、斧乃木ちゃんが、血相を変えて僕を囲む。
みんな、無事だったんだ。
良かった。……本当に、良かった。
視界が、急速に色を失っていく。
モノクロームの世界の中で、僕と『ペアリング』されている魂の鼓動が、不規則に、そして確実に弱まっていくのを感じる。
「お……前様……」
瓦礫の中で倒れている忍の声が、僕の脳内に直接響いた。
銀を含んだメガトロンの指に引き裂かれ、フュージョンカノンで滅却された忍の鼓動は酷く弱々しい。
ごめん、忍。
また、お前を道連れにしてしまう。
砂の上に投げ出された巾着の中から、砂状になったマトリクスがこぼれ落ちていた。
僕はそれを、震える指で掴もうとした。
……これさえ、あれば。
オプティマスを、救えるのに。
「暦……?」
震える声。
頬に、温かくて柔らかい感触があった。
ひたぎだ。
彼女は僕を抱きかかえ、見たこともないような絶望に満ちた瞳で、僕を見つめていた。
「嫌よ……、こんなの認めないわ……。起きなさいよ、暦……。返事をして……」
彼女の涙が、僕の頬に落ちる。
「……あ、……あ……」
言葉にならない。
ごめん、ひたぎ。
最後に見たのが、君の顔で良かった。
君が、無事で、本当に……。
僕の指から、力が抜けた。
抱えていた塵の入った巾着が、カサリと地面に落ちる。
意識が、暗い海の底へと沈んでいく。
エジプトの空が、あまりに高く、青かった。
068
「戦場ヶ原、下がれ!」
「嫌よレノックス!……暦、起きなさい!暦!」
「衛生兵!負傷者が出た、大至急で手当を頼む!」
「兄ちゃん!いつもみたいに起きろよ!」
「そうだよお兄ちゃん!」
「駄目です、お母さん!」
「離してください!お願いします、息子に会わせてください!」
「――脈が無い。蘇生措置を行う!」
「AED用意!クリア!」
「行くぞ!1.2.3!」
「急げ!もう一度だ!――1.2.3!」
「おい、俺を見ろ阿良々木!目を開けろ!」
「阿良々木君……クソっ、うちは何のために――」
「鬼いちゃん。本当は生きてるんだろう?ほら、起き上がって何か気持ち悪いこと言ってよ……」
「………何でよ……おい阿良々木……!何勝手に死んでるのよ……!」
「阿良々木先輩……!嘘だ……先輩はこんな所で死ぬ人じゃ……」
069
「……暦?聞こえる……?
「……あなたがいないと……お願い、目を覚まして暦……お願い……!
「――愛してる……!」
070
白。眩いばかりの白。
上も下も、右も左も、東西南北もありゃしない。
白々しい程の真っ白い虚無。
そうだよ。こういうのでいいんだよ。
本来、死後の世界ってこんな感じであるべきなんだよ。
一回地獄に落ちたことがある僕から言わせてもらうけどさ。
あそこは八九寺や手折正弦がいたこともあって、何処となく賑やかで「死」を感じさせない場所だったから、てっきり二回目もそうだと思ったけど違うらしい。
それとも日本の地獄とエジプトの地獄って結構違うのか?
……しかし、「人生二回目」がやたら多い旅だったな。
と、僕は思う。
人生二回目のアメリカ拉致。
人生二回目の時空間移動。
人生二回目の地球存亡の危機。
もしかしたら今後もこんな調子で三回目、四回目のデジャ・ブを経験していていくのかもしれない。
……いや、人生そのものが終わってしまった以上、三回目も四回目も無いのだけれど。
……。
…………。
………………待って、本当に僕死んだの?
「……どうやら、そのようじゃの」
僕の影からいつの間にか幼女の姿に戻っていた忍が這い出す。
おかしいな。
本来なら、お前はもっと力を取り戻しているはずじゃないか。
幼女じゃなくて、どちらかと言うと妖女の方にさ。
「それよりもお前様。……来るぞ」
忍が僕の手を引いたその時だった。
「――我々は君を見てきた。長い、長い間……」
六人の巨大な影が僕らを囲むように現れる。
それはオプティマスよりも遥かに古く、そして神々しい意匠を凝らした鋼鉄の巨人たち。
最初のプライム達だ。
その声は、鼓膜ではなく魂に直接響くような、重厚で慈悲深い響きを持っていた。
「君は我らの最後の子孫、オプティマスの為に戦った。勇敢に、犠牲も厭わず。リーダーに相応しい行いだ」
正面に立つプライムが、慈しむように僕を見下ろした。
その傍らに立つ忍が、かつてないほど神妙な面持ちで頭を垂れる。怪異の王すら平伏させる、圧倒的な存在の輝き。
「我らの秘密を君に授けよう。リーダーのマトリクスは見つけるのではない。――勝ち取るものだ」
「……オプティマスの元に戻れ。彼にマトリクスを融合させるのだ」
別のプライムが、厳かに口を開く。
「それが、君に定められた――『運命』なのだ」
六人のプライムが、一斉に僕へと向けてその巨大な腕を開いた。
次の瞬間、真っ白な虚無が、一転して爆発的な黄金の光に包まれる。
僕の胸の奥で、消えかけていた熱が、激しい鼓動と共に再び脈打ち始めた。
071
「……がはっ、……っ! げほっ、ごほっ……!」
砂を噛むような感触。焦げたオイルの臭い。
僕は激しく咳き込みながら、砂漠の大地の上で文字通り「息を吹き返した」。
「……っ!? 暦!? 暦なの!?」
最初に聞こえたのは、涙に濡れたひたぎの絶叫だった。
彼女の腕の中で、僕は震える身体を必死に起こす。視界が滲む中、老倉が、神原が、家族が、信じられないものを見るような目で僕を囲んでいた。
「馬鹿……、阿良々木の馬鹿……! 本当に、死んだと思ったんだから……!」
老倉が顔を覆って泣き崩れる。神原が言葉を失い、僕の肩を震える手で掴む。
僕は、朦朧とする意識の中で、自分を抱きかかえるひたぎの首に手を回した。
「……ひたぎ。……愛してる。愛してるよ……!」
彼女の温もり。心臓の音。生きているという実感。
その愛の言葉に応えるように、砂の上にこぼれ落ち、ただの塵と化していたマトリクスの残骸が、意志を持つかのように輝き始めた。
粒子の一つ一つが磁石に引き寄せられるように集まり、僕の手の中で、再びあの鋭利で神々しい、完全なるリーダーのマトリクスへと再構成されていく。
「暦……! その光……!」
僕は痛む身体を無理やり突き動かし、マトリクスを握りしめて立ち上がった。
「……オプティマスを……!」
ふらつく足取りで、横たわる巨大な赤と青の身体へと歩み寄る。
アイアンハイドが、ラチェットが、そしてバンブルビーが、皆が固唾を飲んで僕の背中を見守っていた。
僕は防水シートを跳ね除け、オプティマスの広大な胸部装甲の上へと這い上がる。
その中心。かつて生命の輝き――スパークが灯っていたはずの、今は冷たく暗い空洞の前に立った。
「――うわあああああッ!!!!」
僕は魂の全てを込めて、マトリクスをその胸へと叩きつけた。
それは、かつて僕が忍野メメから聞いた「吸血鬼退治」の所作にも似ていた。
だが、目的は真逆だ。
滅ぼすためではない。その心臓に、再び命の炎を灯すために。
ゴォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!
マトリクスがオプティマスの胸に沈み込んだ瞬間、青白いエネルゴンの奔流が、回路の隅々へと、血管を流れる血のごとく駆け巡る。
そして。
二つの青い光学センサーに、強烈な、揺るぎない光が宿った。
072
「……ゴホッ、……ガハッ……!」
オプティマスの巨大な胸部が大きく上下し、彼は内部に溜まっていた砂塵を咳と共に吐き出す。
覆い被さっていた防水シートが、内側からの力によって力強く引き千切られた。
「……暦……戻ってきて……くれたのか……」
彼は大きな体を揺らしながら、ゆっくりと、けれど確かな足取りで大地に立ち上がった。
「プライムが生きている……! ハハッ!こいつは信じられないね……!」
胸に大穴を開けたジェットファイアが、嬉しそうにダミ声を上げた。
だが、その復活の余韻を味わう時間は、僕らには一秒たりとも残されてはいなかった。
空が、歪んだ。
太陽の光を吸い込むような、不気味な時空間の歪み。
村の広場の中央に、音もなく「それ」は現れた。
重力を無視し、次元を跨いで降臨した、ディセプティコンの真祖。
ザ・フォールン。
プライムでありながら、同胞を裏切り、没落し、凋落し、堕落せし者。
古代エジプトの石像が動いているかのような、節くれ立った枯れ木のような装甲が砂漠の風に吹かれる。
彼がその杖を地面に突き立てた瞬間、目に見えない重力波が広場を襲った。
「ぐわああああああッ!!!」
凄まじい衝撃波。
アイアンハイドも、バンブルビーも、駆け寄ろうとしたレノックスたち人間も、まるで巨大な透明の足で踏みつけられたかのように、地面へと縫い付けられた。
「……カハッ、身体が……動かへん……!」
忍が、そして影縫さんが、砂に顔を埋めながら呻く。重力の枷が、怪異の膂力すらも封じ込めていた。
ザ・フォールンが、悠然と歩を進める。
「――虫けらが」
杖が一閃。
抗おうとしたアイアンハイドの肩を、そしてバンブルビーの胸部を、鋭い杖の先端が無慈悲に刺し貫いた。
「ガ、アアアァァッ!!」
「グハァッ……!」
火花が散り、エネルゴンが砂を濡らす。
二人は一言の悲鳴も上げられず、そのまま地面に釘付けにされた。
「……やめろ……!」
僕は動かない腕を必死に動かし、オプティマスの胸にしがみつく。
だが、ザ・フォールンが空いた左手をこちらへ向け、歪な指を曲げた。
「――俺のマトリクスだ……!」
その枯れ木のような指先が虚空を掴むと、オプティマスのスパークに融合していたはずのマトリクスが、意志を持つかのように震え、強制的に引き抜かれた。
「……っ、ああ……!」
オプティマスの胸から光が失われ、再びその巨体が砂漠へと膝を突く。
マトリクスは磁石に吸い寄せられるように、ザ・フォールンの掌の中へと収まった。
「ふん。死に損ないの末裔め」
ザ・フォールンは、力なく横たわるオプティマスを無慈悲に踏みしめると、再び時空を歪ませ、その場から掻き消えた。
目標は、ピラミッドの頂上。
「……クソっ! オプティマス、起きて! 起きてよ!!」
重力の枷が消えた瞬間、僕はオプティマスの装甲を何度も叩いた。
だが、オプティマスの動きは鈍い。
復活直後の不安定な回路に、フォールンの衝撃波とマトリクスの強奪。
彼の全身からはショートしたエネルゴンが火花となって漏れ出している。
「暦……すまない……。身体が、……思うように……」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ! 立って! アイアンハイド、ラチェット、助けてよ!」
「立て! オプティマス! 貴様がいなくては、この星は終わるんだぞ!」
アイアンハイドが、貫かれた胸を押さえ、オイルを吐きながらも叫ぶ。
「あぁ……不味い……」
ジェットファイアが不安げに空を仰いだ。
「……起きてよ、オプティマス! マシンが起動しちゃう! 太陽が消えちゃうんだよ!」
僕は叫び続けた。涙で視界がぐちゃぐちゃになりながら、それでも彼の胸を叩き続ける。
「起きて奴を止めなさいよ! 散々私たちを振り回しておいて、ここで寝過ごすなんて許さないわ!」
ひたぎも、隠しきれない焦燥を込めて吼えた。
「オプティマス!!」
ピラミッド頂上。
「ザ・フォールン! 我が主よ……!」
待ち構えていたメガトロンが、膝を突き、その主を迎え入れた。
ザ・フォールンはマトリクスを高く掲げ、スターハーベスターの核となるソケットへと、迷いなくそれを差し込んだ。
[b:ギィィィィィィィィィィィィンッ!!]
「我が兄弟たちも、俺を止めることは出来なかった……! 」
マトリクスから溢れ出す無尽蔵のエネルゴンが、古代の装置に命を吹き込む。
マシンの内部機構がゆっくりと回転し始め、ピラミッド全体がブーンと鈍い唸りを上げる。
「……ええ! 」
メガトロンが歓喜に歪んだ声で応える。
ザ・フォールンは、両腕を広げ、天を仰いだ。
その眼差しの先には、何十億年もの間、地球を照らし続けてきた母なる恒星。
「
頂上から放たれた衝撃波が、砂漠全体を震わせた。
空を、四機のディセプティコン――スタースクリーム、スカイワープ、サンダークラッカー、そしてブリッツウイングが、勝利の凱歌を上げるように旋回する。
ピラミッドの中腹では、レールガンで右腕を失いながらも、執念で再び登り始めたデバステーターが、大地を揺らすような歓喜の咆哮を上げた。
ピラミッドの頂上で、空気が重低音を響かせて震動を始めた。スターハーベスターが、数万年の眠りから覚め、その邪悪な牙を太陽へと向けたのだ。
「行けぇぇぇぇッ!」
「標的はピラミッドのてっぺんだ! 撃ちまくれ!撃ちまくれ!撃ちまくれッ!」
エップスが無線機を喉が裂けんばかりの勢いで怒鳴りつけ、座標を全軍へ叩き込んだ。
その号令に応えるように、砂丘の彼方から人類の咆哮が響き渡る。
ドォォォォォォォォォォォォォンッ!!!
M1エイブラムスとM2ブラッドレーの混合部隊が一斉に主砲を放ち、後方に展開したMLRSとHIMARSから、数十発のロケット弾が尾を引いて空を埋め尽くした。
「全弾命中させろ! 奴らを頂上から引きずり下ろせ!」
レノックスの叫びと共に、ピラミッドの斜面が爆炎に包まれる。だが、頂上に立つザ・フォールンは微動だにしない。
「メガトロン、状況は」
「発射のパワーを蓄積中……! 邪魔立てはさせん!」
メガトロンがフュージョンカノンを乱射し、飛来するミサイルを空中で迎撃する。
その時、ザ・フォールンが不気味な哄笑と共に両腕をゆっくりと天に掲げた。
「……無駄な足掻きを。重力の前には、貴様らの文明など塵に等しい」
彼の手から放たれた目に見えない重力波が、大地を鷲掴みにした。
ギギギギギギ……ッ!
信じられない光景だった。
数トンもの重量を誇るエイブラムス戦車が、そして装甲車が、まるで見えない糸で吊り上げられたかのように、ふわりと宙に浮き上がったのだ。
テレキネシス。
「うわあああぁぁッ!?」
「車体が浮いてる! 制御不能だ!」
戦車隊は空中で無様に回転しながら、ザ・フォールンの手によってピラミッドの真上、垂直に近い高さまで引き寄せられていく。
そして、フォールンがその巨大な掌を、ゴミを捨てるようにひっくり返した。
「……失せろ」
ガガガガガガガガッ!!!
重力から解放された戦車隊が、数百メートルの高さからピラミッドの急斜面を転がり落ちていく。鋼鉄の車体が岩肌に激突し、火花を散らしながら次々と爆発・炎上していった。
073
「……なんて、力だ……」
僕はその絶望的な光景を、膝を突いたまま見上げることしかできなかった。
隣ではオプティマスが、欠落したスパークの熱に呻き、火花を散らしている。
その時、僕らの背後から、ズシリ、ズシリと重い足音が近づいてきた。
「……ディセプティコンだった俺は、今まで誰の役にも立てなかった」
現れたのは、胸に致命的な大穴を開け、オイルを垂れ流したジェットファイアだった。
彼は、自らの死期を悟った老人のような、けれど戦士としての誇りに満ちた眼差しをしていた。
「オプティマス、俺のパーツを使え。未知なるパワーが手に入るはずだ」
ジェットファイアは杖を捨て、震える手で自らの胸部装甲をこじ開ける。
「ジェットファイア、待つんだ! そんなことをすれば、君は……!」
僕の叫びに、老兵は静かに首を振った。
「……いいんだ、小僧。これが俺の望みだ。使命を……全うしろ!」
ベキィィィィィィィッ!!
凄まじい火花と共に、ジェットファイアは自らの手で、命の源であるスパークを引き抜いた。
「……ぬ、お…………」
光学センサーの輝きが失われ、彼の巨躯は静かに、けれど誇らしく砂の上に崩れ落ちた。
だが悲しんでいる暇はない。
「……ジョルト、電力供給! アフターバーナーを移植しろ!」
ラチェットの指示を受け、技術兵ジョルトが飛び出した。
彼の両腕から、青い電磁スパークを放つエレクトロウィップが飛び出し、オプティマスとジェットファイアの残骸を繋ぐ。
「……うぅ……ぬぅ……!」
バチィィィィィィィィィィッ!!
超高電圧のエネルギーが流れ込み、ジェットファイアの黒い装甲パーツが、まるで意志を持つかのように分解され、オプティマスの身体へと吸い寄せられていった。
「……ああ、すごい……」
ひたぎが、そして忍が息を呑む。
オプティマスの背面に、ジェットファイアの巨大なエンジンブロックと主翼が、重厚な音を立てて合体していく。突き出された右腕には大型のキャノン砲が、足元には強力なブースターが備わり、赤と青のボディが漆黒の鋼鉄を纏っていく。
そこに立っていたのは、もはやこれまでのオプティマスではなかった。
古代の知恵と現代の力が融合した、究極の戦士。
ジェットパワー・オプティマス・プライム。
「……
オプティマスの重厚な声が響き、背後の巨大なアフターバーナーが蒼白い炎を噴き上げる。
ドォォォォォォォォォォンッ!!!
鋼鉄の勇者は、眩しい光を浴びてピラミッドへと飛び立っていった。
次回豫告
「老倉育よ」
「全く何なのかしらね。せっかく大学に入って、今度こそ平和な日々を過ごせると思ったら、阿良々木のせいで最終的にエジプトの砂漠まで連れてこられて。これだから私はあいつが嫌いなのよ」
「本当、私の人生設計もめちゃくちゃよ。カオス理論もびっくりだわ。助けてマルコム博士、てね」
「……でも。阿良々木や戦場ヶ原さん、神原さんに陰陽師?のあの二人、あとシモンズさんと一緒に旅して……私は失っていた何かを取り戻せたような気がする」
「あの青と赤の巨人――オプティマス・プライムがどんな答えを出すのかは私には分からないけれど、少なくとも阿良々木を嫌い続けることはできそうね。……良かった」
「次回、こよみリベンジ其ノ拾」
「泣いても笑っても、これが最後よ」