メリークリスマスは結局言えませんでした。
それでは皆さん良いお年を。
005
暫くは、僕らが登場しない話。
直江津町どころか日本からも遠く離れた地での話である。
当然僕は知る由もないことなので、これは臥煙さんからの又聞きの話になる。
よって実際とは少し違うのかもしれないけれど、
中東、カタール。
米軍特殊作戦基地司令部のシャープ大佐は、夕日を背に帰還するオスプレイの編隊を眺めながらコーヒーを啜った。
機体の間隔が少々狭いことに眉を顰めるも、張り詰めた表情は浮かべていない。
近年の緊迫した中東情勢からは考えられないほどに穏やかな1日だった。
多くの者は大佐のようにリラックスしていたが、オペレーターを務める空軍3等軍曹の心は穏やかなものではなかった。
なにしろコンソールに正体が確認できないデータが映っているのだ。
3等軍曹は正体不明の情報が嫌いだ。
大体が面倒な事態に発展するし、確定で大佐の機嫌が悪くなる。
しかし、そういった面倒事を報告するのが彼の仕事だった。
「大佐、基地の16km先に未確認機を探知」
軍曹の想定通り、40を過ぎた大佐の眉間に皺が寄る。
不機嫌な司令官は少し思案した後、マイクに警告を発した。
「未確認機に告げる。ここはアメリカ軍の制限区域である。確認信号を発信し、東に退去せよ」
応答無し。
すぐさま哨戒中のF-22ラプターに指令を出す。
「ラプター1,2、方位250へ向かい、インターセプトせよ。16キロ先を未確認機が飛行中」
繰り返し未確認機に警告する。
「未確認機に告ぐ。誘導に従い、基地に着陸せよ――従わない場合はこちらも非常手段に出る」
F-22は、すぐに未確認機を発見した。
大型の特殊作戦ヘリ、MH-53。
尾翼の機体番号を確認する。
――4500X。
F-22の誘導に従い、機体は基地へと向かう。
「こちらラプター、機体を確認。機体番号は4500X」
報告を受けたオペレーターは資料を参照すると、目を疑った。
「大佐、4500Xは3カ月前にアフガニスタンで撃墜されています」
眉間の皺が深くなる。
常識的に考えて、アフガニスタンからカタールまで戦火を避けて飛んでくるのはほぼ不可能だ。
「何かの間違いだろう」
「いえ、報告者の友人が乗っていたようです」
わけがわからない。
踵を返し、上階に向かう。
直接未確認機をみて確かめたくなったのだ。
遠くから、重いローター音が響いて来た。
間もなくして、管制塔から大型ヘリが夕日を背に離着陸場に着陸するのが見えた。
なかなかいい着陸だった。
パイロットの腕は相当のものだろう。
すでに精鋭部隊が待機していて、有事の際の備えは万全だった。
しかし、辻褄が合わないことが多すぎる。
長年戦場で色々なものを見てきた彼だったが、こんなことは初めてだった。
「4500X、何かがおかしい」
そう呟いたのと同時に、下の階では司令部の全コンピュータの画面が一斉にノイズ混じりの砂嵐と化す。
「おいおいおい、嘘だろ。妨害電波だ」
全てのコンソールが火花と共に暗転し、たちまち司令部は大混乱に陥った。
「出処はどこだ!?」
「あのヘリからです!」
それを受け、離着陸場では兵士達が臨戦態勢でヘリを包囲していた。
銃口を構え、ライフルに弾を込め、周りを囲む。
あちこちからライトの光が機体に次々と浴びせられる。
その際に正面付近にいた兵士は、機体に
一方、管制塔の大佐も機体を――正確にはパイロットを観察していた。
目の眩むような強烈な光を浴びて、パイロットの姿がはっきりと夜の闇に浮かび上がる。
何かがおかしい。
整えられた口髭、黄褐色のフライトスーツ、そして無表情。
そう、無表情なのだ。
普通、このような最新鋭の装備に身を包んだ部隊に囲まれたなら少しは動揺するなり、銃口を構えている兵士に中指でも立てるなり、何かするはずなのだ。
だが、このパイロットはただ座っているだけである。
まるで麻痺しているかのようだった。
しかしそんな状態でさっきのようにMH-53を華麗に着陸させる事ができるはずがない。
声を大きくし、ヘッドセットのマイクに向ける。
「MH-53ヘリに告ぐ。全エンジンを切り、直ちに投降せよ。さもなくば攻撃する」
ヘリのパイロットは命令に従う様子もなく、沈黙している。
ありとあらゆる状況を想定した訓練をしている兵士たちも、このような無反応のケースは想定外だった。
「MH-53、エンジンを切れ」
応答は無い。
包囲している兵士たちからは、パイロットがノイズ混じりの立体映像のように見えた。
しかしそれは一瞬のことだった。
なぜなら、次の瞬間パイロットの姿はまるで最初から無かったかのように掻き消えたからだ。
兵士達からどよめきの声が上がる。
こんなことは初めてだった。
回っていたメインローターが
回転軸が持ち上がり、6枚のプロペラが折り畳まれる。
唖然とする兵士たちを嘲笑うかのように、機体から外国語かノイズのような奇妙な機械音が発せられた。
次の瞬間、ヘリは複雑な金属音を立てながら変形し始める。
あらゆる部品が向きを変え、移動し、概ね人型のシルエットを形成する。
大佐は基地にいる全員の心の声を代弁して呟く。
「なんだ…これは…」
攻撃命令を待たずに軍用ハマーに備え付けられた機関銃が火を吹いた。
しかし、巨大なロボットに変形し続けているヘリは銃弾を意に介さず、立ち上がり始める。
巨大な鉄の足が大地を踏みしめ、ロボットは攻撃を開始した。
1秒に200発もの弾丸を発射する機銃の集中砲火を受けても、そのボディにはダメージが与えられた痕跡さえなく、ロボットはテイルローターを変形させたブレードで容易くハマーを搭乗員諸共斬り裂いた。
鮮血がコンクリートで舗装された地面を赤に染める。
パニックで逃げ出す兵士達にロボットはガトリングの洗礼を施す。
基地はたちまち地獄絵図と化した。
銃声と火花が飛び散り、左腕から青白く光るプラズマが地面へと発射される。
――そして、全てが光に飲み込まれた。
006
ロボットを起点に生じた爆発の衝撃波で、管制塔の窓ガラスは全て粉々に砕け散り、破片に切り裂かれた肉片が辺りに飛び散った。
警報が鳴り響く。
騒ぎを聞きつけ兵舎から出てきた兵士達が最初に見たのは、煙を上げて吹き飛ばされるオスプレイの残骸だった。
爆炎がそこかしこで上がる。
「アンテナがやられた!爆撃された!」
まだ生きている人間は、全員悲鳴を上げ逃げ惑っていた。
悲鳴を上げていない者は死体だけだった。
基地の屋根がロボットに容易く剥がされ、巨大な手が差し込まれた。
スタッフ達はパニックに陥っているか、茫然自失でロボットを見ているばかりだった。
巨大な金属の手が何かを探し求めているかのように、壁やコンソールを探り始める。
奇跡的にまだ壊れていないコンソールを探し当てたらしく、ケーブルが蛇のように動き出し、手に接続した。
耳をつんざくような機械音が基地内に響き渡る。
瓦礫から這い出してきた大佐は、目の前のコンソールがデータにアクセスして目まぐるしく画面が変わっているのに気づいた。
ファイルが次々と開かれ、画面に映し出されている。
司令官の自分でさえも閲覧権限は持っていない。
ファイルのタイトルが一瞬見えた。
「アイスマン計画――トップシークレット/SCI――〈セクター7〉のみ閲覧可」
〈セクター7〉?何だそれは。
自分でさえ聞いたことがないということは、相当の機密情報ということである。
明らかに流失してはいけないものが奪われようとしている。
「データのファイルを奪われる!接続を切れ!」
伍長に必死に呼びかけて命令する。
「奴は機密ファイルにアクセスしている!ケーブルを切断しろ!」
筋骨隆々の伍長はしばらく呆然としていたが、自分が言われたことをすぐさま理解し、消防用の斧を探した。
受け取った大佐はケーブルの束に全力で斧を振り下ろす。
火花が飛び散り、物理的に接続が断たれた。
回線が切断されたことに気づいたロボットは、手を引っ込め、基地を破壊し尽くす事に目的を変更した。
パニックになりながら逃げ惑う集団が、駐車された軍用車の列を走り抜ける。
自分の部下たちを引き連れたウィリアム・レノックス大尉もそうだった。
後に続くのは空軍二等軍曹、通信兵のロバート・エップスと、上級准尉のホルヘ・フィゲロア。
民間人の子供の避難を優先して戦闘には参加していなかった彼らは、幸運にも先程の爆発に巻き込まれること無く逃げることが出来た。
誰かが車にキーを挿しっぱなしにして逃げたことを願いながら、ジープの間を走り続ける。
しかし、M1エイブラムス戦車の列を通過した先には巨大な金属製の足が待ち構えていた。
呆然と見上げるレノックス。
彼は巨大な怪物、あるいはロボットが登場するSFアクション映画を割と見る方の人間だったが、このロボットはそのどれにも似ていない。
ロボットが足を踏みしめると地面は地震のように揺れ、停まっていたジープが空き箱のように潰れる。
映画のような光景であったが現実だった。
決してCGなどではない正真正銘のリアルだった。
映画ならロケットランチャーやら戦車砲やらで応戦するのがセオリーだが、自分たちの装備はピストルくらいだった。
それが通用しないのは分かりきっていた。
幸いにもロボットはまだ足元にいるこちらに気づいてはいない。
素早い動きで足の間をくぐり抜け、戦車の列に紛れ込む。
だが、その後を追うエップスはそこまで手際よくいかなかった。
途中で砂に足を取られてバランスを崩し、転倒する。
ロボットがエップスに気づく。
巨大な柱のような足に踏み潰されないように必死で転がるエップス。
咄嗟に持っていた赤外線暗視カメラを頭上にかざす。
こんなときにまで最新鋭のデバイスを持ってくるのはエップスらしいなと、レノックスは頭の何処かで場違いなことを考えた。
短いシャッター音が鳴る。
きちんと撮れているか確認している余裕があるはずもなく、すぐさま仲間たちを追って立ち上がる。
どうせ頭上の空間は巨大なロボットが大部分を占めていたので、どこを撮っても何かが写り込んでいるだろう。
しかし、カメラに気づいたのはレノックスだけではなかった。
エップスが撮影した際に、ロボットもカメラ越しに彼を認識した。
胸部が変形し、バルカン砲に似た形状に変化する。
照準をカメラに合わせ、兵器を発射した。
それを見たレノックスは部下たちにタックルし、地面に引き倒す。
青白いパルスが彼らの頭上を通過し、後ろにあった戦車群をスクラップに変えた。
フィゲロアが、(小口径のものではあるものの)ロケットランチャーを持ち出し、ロボット目掛けて引き金を引いた。
ランチャーから飛び出したマグネシウムと燐の炎は見事にロボットに命中した。
意外にもロボットは足を止め、数歩後退する。
その隙を見計らい、レノックスたちは走り出した。
どうやら、混乱の中心からは脱出できたようだった。
一方その頃、追跡が困難だと判断したロボットは、背中から二回りほど小さなロボットを射出した。
同じく金属と特殊合金で出来たものだったが、その姿はヘリのようなおおよそ人型のものではなく、むしろ地球の小型の生物――例えばサソリ――に近い姿だった。
爆炎と混乱に紛れて誰にも気付かれること無く、サソリ型は両前足に備えられたドリルで砂を掘り進め、追跡を開始した。
土煙が生存者の後を追っていることを確認したロボットは、屋根が引き剥がされた司令部へと向き直る。
ここからはロボットではなく、ボディに書かれてある通りにブラックアウトと呼ぶべきだろう。
思わぬ反撃を食らったが、彼の思考回路は冷静さを保っていた。
――少し誤算は生じたが、概ね計画通りである。
情報を得られなかったのは残念だが、
虫けらが持っていたあの小型電子記録装置は、Scorponokが破壊するだろう。
それよりも自らの痕跡を跡形も残らず焼き尽くさなくては。
目撃者を全て消さなければならない。
プラズマが光った。
007
話を戻そう。
読者諸君は色々と混乱しているかもしれないけれども、語り手として僕はこんな調子の、三人称ぶった語りをしなくてはならないのだけれども、ともあれ舞台は直江津町に戻るので安心してほしい。
情報整理。
場所、神原家の門前。
登場人物、僕。扇ちゃん。神原。
状況、変態暴走状態の神原に扇ちゃんが狙われてる。
結局あの後、どうするもこうするも無く神原は扇ちゃんに襲いかかった。
とてつもないスピードの助走をつけてからの跳躍。
「扇ちゃああああああん!」
「ぎゃあああああああ!!!」
(こういう事態になっていること自体が異常であるというツッコミは抜きにして)通常なら必死の形相で僕らが抵抗するはずなのだが、今回は神原と扇ちゃんの間に車のドアがあった。
それに加えて驚くべきことが起きた。
おそらく神原は扇ちゃんが出てきた瞬間にセクハラ行為をかますつもりで跳躍したのだろうが、そうはいかなかった。
扇ちゃんが出てくる前にドアが勢いよく開き、彼女をはたき落としたのである。
「扇ちゃあああああnグハァッ!!」
「「神原(先輩)!?」」
僕と扇ちゃんの声がシンクロした。
いや、彼女の正体を考えると不思議でも何でもないんだけれども。
急いで車から降りて、倒れている神原に向かう。
幸いにもその卓越した身体能力で受け身を取り、頭とかは打っていない様子だった。
「神原、大丈夫か!?」
「う、阿良々木先輩…私はもう駄目だ…戦場ヶ原先輩をよろしく頼む…」
「お前さっきバク宙して受け身取ってたろ!?」
すごかったぞ、猫みたいに一回転して着地してたんだぞ。
「私の墓には『鬼畜ギャルソン』の新刊を差し入れておいてくれ…ガクッ」
大丈夫そうだった。
それよりも。
「扇ちゃん」
「はい」
「自分が何やったか分かってる?」
「正当防衛です」
「確かにそうだけれども」
「それに私はドアを開いていません。ひとりでに開いたんです」
「…扇ちゃん、君が嘘をついているかもしれないと疑うのは嫌だよ。君が知ってることを教えてよ」
帰ってきたのは何時ぞや聞いた返事だった。
「私は何も知りませんよ。あなたが何も知らないように」
張り詰めた空気になる中、神原が復活する。
「阿良々木先輩、良いんだ。私が馬鹿だった」
すまなかった扇ちゃん、と謝る神原。
「それに阿良々木先輩、ドアを開けたのは扇ちゃんではないぞ」
え?
「私もドア越しに見たが、扇ちゃんはドアに手も足も触れていなかった」
…その、疑ってごめんね?
「良いんですよ。位置からして一番に疑われるのは私です」
「さて!今日もよろしく頼むぞ、阿良々木先輩!」
そうして神原家到着から二十分。
ようやく僕らは部屋の掃除を開始することができた。
何でドアがひとりでに開いたのかについては全員深く考えないことにした。
それから1時間後。
「毎度毎度、私の不始末に付き合わせてしまってすまないな」
すっきりした部屋で扇ちゃんの頭を撫でながら、神原が言った。
前回の清掃から2週間も経たずに、相変わらず大惨事となっている部屋であったが、今回は3人がかりなのもあってかいつもより早く掃除が終わった。
最後に僕と扇ちゃんが大量のゴミ袋を運んでいった頃には神原の部屋はすっかり片付き、本来の姿を取り戻していた。
やっぱり畳が見えるって素晴らしいね。
全員がこの後の予定が無いということだったので、神原の提案でしばらく神原家でくつろいでいくこととなった。
神原のおばあちゃんから頂いたお煎餅を食べていると、神原が、
「あ、そうだ。阿良々木先輩、実はこんな物が出てきたのだが」
「まさかセルフヌードとかじゃないよな」
「安心したまえ、それは私が肌身離さず保管してある」
「あるのかよ」
知りとうないわ、そんな情報。
神原は山のように積み重なった私物類を掻き分け、何かを取り出した。
「これなのだが」
「...眼鏡ですか」
横から出てきた扇ちゃんが言うように、古びた丸眼鏡だった。
レンズ部分にびっしりと細かな傷が付いている。
「この前、箪笥を漁っていたら入っていたのだ」
「それって――」
「まるで『猿の手』のようだろう?」
包帯の巻かれた左腕をさすりながら神原が言う。
また怪異絡みの品が神原家から見つかったのか。
そう思い、反射的に身構えてしまう。
身構えたのだが。
「まさか。そんな大層なものではない。怪異とは何の関係もないただの眼鏡だ。おばあちゃんに聞いた所によると、お父さんが若い頃にアメリカで買ったものらしいのだ」
「お父さんというと、神原駿さんのことか?」
神原駿。
今言った通り、神原駿河の父である。
ちなみに故人。
「こういった品がコレクターに人気だと聞いたのでねっとおーくしょん?とやらで売ろうと思ったのだが――」
「待て待て待て、神原。言うならばその眼鏡は駿さんの形見なんだろ?そんなものを売っちゃって良いのか?」
だって形見だよ?
「私だって気は進まないさ。でも、このまま置いていて何かの弾みで壊してしまうよりは、コレクターに適切に保管してもらった方がいいのではないかと思うのだ」
確かにこんな環境で何かの拍子に壊れかねないということを考えれば、合理的な選択ではあるのかもしれない。
合理的ではあるのかもしれないけども、なんだろう、この釈然としない気持ちは。
援護を求めようと扇ちゃんの方を見たけども、いつの間にかその姿は無かった。
「ということで相談なのだが、この眼鏡を売るのを手伝ってはくれないだろうか。どうにも私はコンピューターとの相性が最悪なようで――」
…。
どうする僕。
いやこの眼鏡の現在の持ち主は神原であるから、彼女がどうしようと問題はないんだけれども。
形見を売るってきっと駿さんも草葉の陰で泣いているんじゃないだろうか。
神原を見る。
今まで見たことがないほど、目をキラキラさせてこちらを見ている。
…。
……。
…仕方ないなあ。
008
とりあえず神原にアカウントの作り方を指南し、続きはまた今度ということにした。
眼鏡は当分の間僕が保管するということになり、今は僕のカバンの中に入っている。
神原の祖父母に挨拶してから帰る頃には、時刻は午後2時を回っていた。
穏やかな午後の陽気に包まれながら、車を走らせる。
「何か忘れてはおらんかの」
助手席に伸びる影から、ぬっと金髪幼女が出てきた。
「どうした、忍。何かあったのか?」
「どうしたもこうしたもあるまい、今朝のお詫びのミスタードーナツを買いに行くのではなかったのか」
あ。
すっかり忘れてしまっていた。
「悪い悪い、すっかり忘れてたよ。で?忍は結局何が食べたいんだっけ?」
「朝言ったろう。ゴールデンチョコレート5つじゃ。最近のお前様が出せる金額のラインはそこまでなのじゃろう?」
「!?」
慌てて急ブレーキをかける。
タイヤが地面に擦れる音が響く。
僕は驚愕した。
驚愕したというのは、つまりあの忍がドーナツに関して譲歩したということに驚いたということである。
「し、し、忍?どうした?変なものでも食べたか?」
驚きのあまり声が裏返る僕。
「何言っておるんじゃ、お前様が破産したら儂はゴールデンチョコレートにありつけないじゃろう。じゃから今後のためにセーブじゃ、セーブ」
「!?」
なんということでしょう。
あれだけ僕の金銭状況をお構いなしに、無頓着にドーナツを貪ることしか考えていなかった忍が、遂に僕の財布のことを考えた発言をしている。
不死身の怪異は成長しないみたいな話を斧乃木ちゃんから聞いたことがあるけども、しかし怪異だって成長するという事実を今目の当たりにしている。
ぱないの。
忍、ぱないの。
「お、お前様...?そんなに驚くことか...?」
横でドン引きしている忍をお構いなしに感涙にむせぶ僕。
この1年間で忍がここまで成長していたという事実はそこまでの驚きだった。
感動した。
人間に不可能はないのである。
忍はギリギリ怪異だけど。
「よし忍、今日は特別にゴールデンチョコレート10個買っていいぞ!ついでにポン・デ・リングもだ!」
「本当かお前様!ぱないの!」
ということでミスタードーナツへと急ぐ僕らであった。
目指せドーナツ。
「で、お前様よ」
15分後。
テーブルに出来たドーナツの山を前にして、ポン・デ・リングを片手に忍はそう切り出した。
「あのカマロ、どう思うかの?」
「どう思うって...普通の車――じゃないよな」
カーショップの出来事といい、さっきのドアの事といい、あのカマロがただの車だとはとても思えなかった。
「そうじゃ。購入した時にも気づいてはおったじゃろう。というか、気づいていたからこそ購入したのじゃったか。もっとも実際に支払いをしたのはお前様の両親じゃが」
「そこは触れなくていいだろ」
「かか。ともあれじゃ、お前様達が猿娘の家にいる間に調査したのじゃがの。あの車には尋常ではないエネルギーが秘められておるぞ。おおよそ普通の車ではありえないほどのエネルギーがの。あり得るとしたらバック・トゥ・ザ・フューチャーのデロリアンくらいじゃろうか」
「とてもじゃないけど僕の車は時速88マイルで走れないし、タイムスリップもしないぞ。それにしても、尋常じゃないエネルギー?」
「うむ。具体的には1.21ジゴワットくらいじゃろうか」
「だからそのネタから離れろって」
「冗談じゃ。性質としては太陽のエネルギーに近いが、絶妙に違う。儂が200年ほど前に退屈で焼身自殺しようとした時の話はお前様も知っているじゃろう?」
初耳です。
あと、そんなドーナツ齧りながら言うような話じゃないと思う。
「はて、前に話したと思ったが記憶違いじゃったか。ともあれ、その時に浴びた太陽のエネルギーとあの車から発されているエネルギーは非常によく似ているのじゃよ。あくまで微弱なものじゃがの。お前様が分かりやすいように言い換えるなら「放射線」じゃろうか」
放射線って。
それ自体は自然界に普遍的に存在する、それこそバナナとかにも含まれている物質であるが、わざわざ言うということは不自然な量ということなのだろうか。
「それって、本当に大丈夫なのか?明らかに車が放って良いものじゃないよな?」
「案ずるでない。通常よりは多いが、人体に害を及ぼすほどの量では無かろう。毎日24時間365日車内で生活した場合は別じゃがな」
「いや、そんなシチュエーション無いだろ」
もしそうなったら被爆する前に別の理由で死んでるよ。
「それよりも猿娘から預かった眼鏡があるじゃろう。少しばかり儂に貸してくれぬか」
「いいけど、どうかしたのか?」
「なんとも言い難いのじゃが、気になっての。猿娘絡みの品物は儂も確認しておきたいのじゃ」
確かに。
神原は怪異とは無関係とは言ったものの、一応念の為に忍に見てもらうことは必要だろう。
眼鏡を取り出し、渡す。
細いフレームに入る傷は長い年月が経っているのを示していた。
完全に割れてしまいそうで、やはり然るべき場所に保管するべきだと再確認させられる。
「…同じじゃ」
忍が呟く。
「え?同じって何が…」
「お前様の車から発せられている放射線がじゃよ」
「この眼鏡とお前様の車から発せられている放射能は同じ種類のものじゃ」
と、忍は静かに言った。
え?
次回豫告
「火憐だぜ!」
「月火だよ!」
「「2人合わせてファイヤーシスターズ!」」
「いやーなかなか遅い更新だったねー」
「いつの間にかクリスマスも過ぎて、もう年末だよー」
「これはバッシング不可避じゃないかな」
「というかむしろバッシングしてもらえないと、作者が罪悪感で死にそう」
「ここで豫告編クイズ!」
「クイズ!」
「年末といえば年越しそばですが?」
「そばですが?」
「年越し蕎麦が一番美味しい日はいつでしょう?」
「大晦日じゃないのか、そこは!」
「「次回、第変話こよみフォーム 其ノ参!!」」
「皆さん、良いお年を〜」