今までありがとうございました。
074
「おい! ぼさっとするな、脚を動かせ! ピラミッドの上を攻撃しろ!!」
レノックス少佐の怒号が、砂塵の混じる熱風を切り裂く。
NESTの歩兵部隊、そして海岸線から駆けつけた海兵隊の生き残りたちが、一斉に主力アサルトライフルを構え、ピラミッドの頂上へと向かって猛進を開始する。
だが、人間の足ではあまりにも遠く、あまりにも遅い。
その頭上を、凄まじい衝撃波のカーテンが追い抜いていった。
『こちらリード1! ターゲット、ピラミッド頂上のエイリアン群! 本物の力を見せてやれ!』
エジプトの青空を割って、アメリカ空軍が誇る本物のF-22ラプターの編隊が、アフターバーナーの轟音も鮮やかに急降下を開始した。スタースクリームたちディセプティコンの「偽物」ではない、人類の誇る最強の航空兵器だ。
だが、ピラミッドの頂上に立つ最古の裏切り者は、その鋭い光学センサーを冷酷に明滅させた。
「虫けらどもが、調子に乗るな」
ザ・フォールンがその歪な杖を天へと掲げ、未知の重力制御能力を解放する。
ゴォォォォォォォォォォォッ!!!
大地が激しく震動し、ピラミッド周辺に転がっていた数トン、数十トンに及ぶ巨大な石材や戦車の残骸が、まるで意思を持ったかのようにふわりと宙へ浮かび上がった。
それらはザ・フォールンの頭上で、巨大な死の渦となって高速回転を始める。
「回避しろ! 回避――」
パイロットの悲鳴も虚しく、マッハを超えて突っ込んだF-22の機体が、空中で回転する巨大な石材に次々と激突、一瞬にして全機が火球となって空中分解していく。
人類の誇る航空戦力が、文字通り紙屑のように叩き潰されていく。
その破壊の狂宴の傍らで、銀色の破壊大帝が狂喜の咆哮を上げた。
「マシンの発射準備完了……!」
マトリクスのエネルギーを吸い上げ、スターハーベスターの先端から、太陽の光を強引に引き摺り下ろすための蒼白いプラズマが天へと伸びる。
ザ・フォールンは枯れ木のような両腕を広げ、不敵に笑った。
「やれ! この星は永遠に暗闇に包まれる!!」
「――そうはさせん!!」
黒煙を割って、漆黒の流星が突っ込んできた。
ジェットパワー・オプティマスだ。
彼は爆風をものともせず、空中に展開された瓦礫の防壁をその強靭な両腕で叩き割りながら、一直線にピラミッド頂上へと向かう。
「プライムを落とせ! 奴を近づけるな!」
メガトロンの号令に、レールガンで右腕を失い、全身を煤で汚した超巨大合体兵士デバステーターが、残された左腕のクレーンを振り回してオプティマスを叩き落とそうとする。
上空からは、スタースクリーム、スカイワープ、サンダークラッカーの三機が、一斉にミサイルの雨を降らせ、ブリッツウイングが放った冷凍弾がオプティマスの進路を遮った。
しかし、オプティマスは怯まない。
「邪魔だッ!」
彼はスタースクリームの顔面をすれ違いざまに蹴り飛ばし、バレルロールでサンダークラッカーの主翼を叩き折る。
迎撃に出たディセプティコンたちは、文字通り空の彼方へと追い払われた。
オプティマスはそのまま空中で身を翻しながら、右腕のキャノン砲の銃口を、眼下に迫るデバステーター、そしてスターハーベスターへと正確に向ける。
「これ以上の破壊は、私が許さん!!」
バゴォォォォォォォォォォォォンッ!!!
最大出力で放たれたエネルギー弾が、スターハーベスターの核を直撃した。
連鎖的に起こる大爆発。マトリクスから逆流したエネルゴンが暴走し、マシンを内側から木端微塵に粉砕していく。
さらに、その真下にいたデバステーターの胴体にも爆風が直撃。
巨大な重機のパーツが次々と溶け落ち、爆発する。
「ガ、ギ、ギギギギガガガァァァッ!?」
断末魔の叫びを上げるデバステーター。
オプティマス、メガトロン、そして飛びかかったザ・フォールンの三体が、凄まじい大爆発のエネルギーに巻き込まれながら、ピラミッドの急斜面を濁流のように転がり落ちていった。
「うわああああっ! 落ちてくるぞ、退避ぃッ!」
麓で追っていたレノックスたちが、慌てて左右の瓦礫の陰へと飛び込む。
オプティマスとザ・フォールンが、古代遺跡の巨大な石柱をいくつも掠め、へし折りながら、轟音と共に地上の広場へと落下した。
075
ドォォォォォンッ!!
地上の崩壊した神殿の壁に、ザ・フォールンの身体が猛烈な勢いで叩きつけられた。
枯れ木のような装甲が砕け、エネルゴンが飛び散る。
だが、ディセプティコンの真祖はすぐさま立ち上がり、その目に狂気の赤光を宿してオプティマスを睨みつけた。
「死ね! 兄弟たちのように!!」
ザ・フォールンは数千年間生きているとは考えられない程のスピードで跳躍し、杖を構えながらオプティマスに飛びかかる。
迎え撃つオプティマスは、その言葉に重厚な声を響かせた。
「お前の兄弟でもあったのだ!!」
「――俺が貴様を始末してやる!!」
上空から、爆炎を纏ったメガトロンが右腕のフュージョンカノンを構えて奇襲を仕掛ける。
三つ巴の死闘。
だが、今のオプティマスには老兵ジェットファイアの魂と、僕たちが繋いだ絆がある。
「はああぁぁぁッ!!」
オプティマスは、背後の崩落しかけた神殿の巨大な石壁を、その強靭な両腕で強引に引き倒した。
ズガァァァァァァァォンッッ!!!
「ぬおっ!?」
押し寄せた数万トンの瓦礫の山が、ザ・フォールンの身体を完全に生き埋めにし、その動きを一時的に封じ込める。
残されたのは、宿命のライバル。
破壊大帝メガトロン。
「プライムゥゥゥゥッ!!」
メガトロンが狂ったようにデスロックピンサーを振り回し、オプティマスの胸部装甲を引っ掻く。火花が飛び散り、鋭い爪が金属を削る不快な音が響く。
だが、ジェットパワーを得たオプティマスの剛腕は、メガトロンのそれを遥かに凌駕していた。
オプティマスは、メガトロンの突き出された右腕を両手でガッチリと受け止めると、己の全荷重をかけて逆方向へと強引にひねり上げた。
ギギギギギ……メキメキッ……バギィィィンッ!!!
「グガァァァァァァァッ! 」
激しい破壊音と共に、メガトロンの右腕が肘の関節からへし折れた。
漏れ出すエネルゴンのスプレー。メガトロンが苦悶に顔を歪めた瞬間、オプティマスはその右腕――フュージョンカノンが一体となったパーツを、メガトロンの顔面へと無理やり突きつけた。
オプティマスが、メガトロン自身の腕のトリガーを強引に引き絞る。
ズドォォォォォォォォォォォンッ!!!
ゼロ距離で放たれたフュージョンカノンの直撃を受け、メガトロンの顔面の右半分が、木端微塵に吹き飛んだ。
「ガハッ……、あ、が…………!」
よろめく破壊大帝。
オプティマスは容赦なく彼の胸部を蹴り飛ばすと、背中のジェットエンジンのアフターバーナーを最大出力で解放した。
ドゴォォォォォォォォォォンッッ!!!
凄まじい熱線と爆風がメガトロンの巨躯を直撃し、彼は無残にも遺跡の方向に吹き飛ばされる。
壁を突き破った満身創痍の破壊大帝はオイルを吐きつつ、一番最初に頭に浮かんだ名前を叫んだ。
「――スタースクリィィィィム……!」
076
崩れ落ちた神殿の瓦礫が、内側からの凄まじい重力波によって爆散した。
「……小癪な、末裔どもがァッ!!」
土煙を割って姿を現したザ・フォールンは、執念だけでその身を突き動かしていた。全身の至る所からエネルゴンを噴き出させながらも、ディセプティコンの真祖たる威厳と狂気は衰えていない。
だが、それを迎え撃つジェットパワー・オプティマスの光学センサーに、躊躇いの色は微塵もなかった。
オプティマスは右腕の大型キャノン砲を水平に構え、トリガーを限界まで引き絞る。
ズドォォォォォン! ズドォォォォォン! ズドォォォォォンッ!!
至近距離から放たれた高エネルギー弾が、ザ・フォールンの胸部装甲へ正確に連射された。
「ヌグオォォッ!?」
爆炎に退く真祖の隙を、オプティマスは見逃さない。瞬時に左腕から灼熱のエナジーソードを展開。
シュバァァァァァァァンッ!!!
オレンジ色の刃が、ザ・フォールンの歪な顔面へと容赦なく突き刺さった。
「ガ、アァァァァァッ!!」
絶叫するザ・フォールン。しかし、彼もまた最古のプライムの一人。その枯れ木のような剛腕が、オプティマスの背後へと伸びる。
バリィィィィィィィィィィッ!!!
凄まじい金属疲労音と共に、ザ・フォールンはオプティマスの背面に備わっていたジェットファイアの遺産――片側のアフターバーナーを強引に引き剥がした。
「不遜なる若造がぁ!!」
引き千切られた重厚なエンジンブロックが、オプティマスに容赦なく叩きつけられる。
ガゴォォォォォォォンッ!!
「くっ……!」
火花を散らし、オプティマスの巨体が砂塵へと膝を突く。
勝機と見たザ・フォールンは、残された全出力をその歪な杖へと込め、オプティマスのスパークを貫かんと一閃した。
大気を引き裂く凶刃。
だが、オプティマスは漆黒の装甲から残る全てのエネルギーを四肢へと循環させ、迫り来る杖の先端を、その両手でガッチリと掴み取った。
キィィィィィィィィィィンッ……!
金属と金属が噛み合い、凄まじい摩擦火花が二人を包み込む。
力と力が拮抗する。いや、オプティマスの、地球を、そして僕たちの未来を背負った剛腕が、徐々に真祖の力を圧倒していく。
「――選んだ星が悪かったな!」
オプティマスの重厚な声が響いた。
次の瞬間、彼は掴んだ杖の軌道を強引に変え、ザ・フォールンの懐へと滑り込みながら、その身体を反転させた。
背中合わせ。
オプティマスは己の背中の推進力を一瞬だけ逆噴射させ、その反動を利用して、ザ・フォールン自身の杖を、ザ・フォールンの胴体へと深く突き刺した。
ズグゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!
「ガ、は…………ッ!?」
真祖の動きが、完全に止まる。
己を象徴する武器によって自らの胴体を貫通されたザ・フォールンは、信じられないというように光学センサーを激しく明滅させた。
オプティマスはゆっくりと振り返り、冷酷なまでに静かな、戦士の眼差しを向けた。
「……その顔を剥いでやる!」
半年前といい、森の戦いでのグラインダーといい、さっきといい、どうやらオプティマスには顔面への並々ならぬ拘りがあるらしい。
彼の両腕が、突き刺さった杖の柄へと伸びる。
メキメキ、メキメキメキッ……バキィィィンッ!!!
凄まじい怪力によって、強固な金属製の杖が中央から二つに歪められ、歪なV字の凶器へと変形した。
オプティマスはその先端を、ザ・フォールンの顔面の隙間へと容赦なく引っ掛けた。
バリバリバリバリバリィィィィッッ!!!!
金属の引き裂かれる絶望的な音が戦場に響き渡る。
数万年の間、ディセプティコンの絶対的な恐怖の象徴であったザ・フォールンの「仮面」が、強引に剥ぎ取られた。
剥き出しになった内部の精密回路と、醜悪な素顔。
「あ……、ガ、ギ……」
言葉を失う真祖の背後から、オプティマスの鋼鉄の拳がその胸部装甲を貫いた。
ドスゥゥゥゥォンッ!!!
胸の奥深く、最も神聖で、最も邪悪な光を放つ青い核。
オプティマスはその大きな手で、ザ・フォールンのスパークをガッチリと掴みだした。
グシャァァァァァァァァッッ!!!
オプティマスの拳の中で、最古の裏切り者の命の灯火が、文字通り木端微塵に握り潰された。
「……
「ガ、ハ…………」
ザ・フォールンの光学センサーから、急速に赤光が失われていく。
口元から、行き場を失ったエネルゴンの残穢がドロリと溢れ出し、砂漠の熱い砂を汚していく。
数万年の時を生きたディセプティコンの真祖は、ただの巨大な鉄屑へと成り果て、ゆっくりと、音を立ててその場に崩れ落ちた。
神殿の壁の向こう側。
顔面の半分と右腕を失い、かろうじて生き永らえていたメガトロンは、その光景をただ呆然と見つめていた。
「……おぉ……そんな………」
絶対の神の敗北。
破壊大帝のプライドは、オプティマスの圧倒的な力の前に、完全に粉砕されていた。
そこに、煙を吐きながら這うようにして近づいてきた影があった。
スタースクリームだ。
彼は千切れた主翼を引きずりながら、メガトロンの傍らに膝を突いた。
「……あなたが、腰抜けって訳じゃ無いが……。でも時には腰抜けの方が、生き延びる……」
その卑屈で、けれど冷徹な現実主義の言葉に、メガトロンは片方が潰れかけた光学センサーをギラリと輝かせ、オプティマスの、そして僕たちのいる方角を睨みつけた。
「……これで終わりじゃないぞ……!」
メガトロンは忌々しげに吐き捨てると、最後の力を振り絞って背中のブースターを点火する。
スタースクリーム、スカイワープ、サンダークラッカー、そしてブリッツウイング。
生き延びた五体のディセプティコンは、エジプトの夕空に黒い煙の尾を引きながら、這々の体で、ゆっくりと、けれど確実に戦場から飛び去っていった。
077
砂塵がゆっくりと落ち着きを見せ、エジプトの空には再び静寂が戻りつつあった。
ピラミッドの麓。
瓦礫が積み重なる村の広場で、老倉が震える声で呟いた。
「……終わったの……? 本当に、これで全部……」
彼女の問いに応えるように、巨大な足音が響く。
黒煙と陽炎の向こう側から、スフィンクスの長い影を割って一体の巨神が姿を現した。
ジェットパワーの装甲をパージし、元の赤と青のボディを剥き出しにしたオプティマス・プライムだ。
その両腕には、自らを犠牲にして勝利を導いた老兵、ジェットファイアの残骸が、死者を悼むように丁重に抱えられていた。
「オプティマス……!」
僕は叫び、駆け寄ろうとしたが、足に力が入らずその場にへたり込んだ。
隣にいたひたぎが、僕の肩を壊れ物を扱うような手つきで、けれど力強く抱き寄せる。
「……やっと『愛してる』って言えたわね、暦」
彼女の瞳には、まだ涙の跡が残っていたけれど、そこにはいつもの不敵で、けれど深い愛情を湛えた光が戻っていた。
「……君が先さ、ひたぎ。レディーファースト、だからね。僕はそれを追いかけただけだ」
「ふん。相変わらず、口だけは達者なんだから」
ひたぎはそう言って、僕の胸に顔を埋めた。
「「お兄ちゃあああん……!」」
火憐と月火が弾丸のように突っ込んできて、僕の背中におぶさった。
「生きてて良かった、本当によかったぁ……!」
「もう、心配させすぎだよ!」
さらに、父さんと母さんが、言葉にならない安堵の表情で僕を包み込む。
瓦礫の向こうから、砂まみれのジャケットをボロボロにしたシモンズが、デバステーターの顔面の一部と思われる巨大な金属パーツをずるずると引きずりながら歩いてきた。
その後ろには、疲れ果てた表情の双子が続いている。
「いい仕事したな、シモンズ。大丈夫か?」
レノックスとエップスが歩み寄り、シモンズの肩を叩いた。
「やあ、少佐。見ての通りだ」
シモンズは誇らしげに鼻を鳴らし、僕らの方を向くとウインクした。
「……帰ろう。僕たちの街へ」
僕はひたぎの手を握りしめ、青い空の下でそう言った。
空の彼方から、迎えのブラックホークの編隊が、砂塵を巻き上げながら近づいてくる。
その巨大なローター音は、今日という長い一日の終わりを告げる凱歌のように聞こえた。
078
赤く染まり始めたエジプトの空を背に、僕たちを乗せた米軍の輸送ヘリは、紅海に浮かぶ巨大な洋上要塞へと着陸した。
原子力空母、USSジョン・C・ステニス。
その広大な飛行甲板には、激戦を生き延びたM1エイブラムスや、煤まみれのオートボットたちが整然と並んでいた。
サイドスワイプやアーシー三姉妹、アイアンハイドがラチェットとジョルトによる修理を受ける横で、レノックスの頭に衛生兵が包帯を巻いている。
勝利の余韻が残る中、タラップを降りた僕たちの前に待っていたのは、およそこの近代兵器の塊には不釣り合いな、見覚えのある姿だった。
「二度目の地球防衛お疲れ様、こよみん。誰も彼も、よくぞ生きて帰ってきてくれたね」
相変わらずオーバーサイズのシャツに、黄緑色のキャップ。
甲板のキャットウォークに腰掛け、何でも知っているという風に不敵な笑みを浮かべていたのは、専門家集団の元締め・臥煙伊豆湖だった。
その両脇には、先にヘリに乗り込んでいた影縫さんと、無表情のままアイスを齧っている斧乃木ちゃんが控えている。
「臥煙さん……!」
僕はひたぎの手を握ったまま、たまらず一歩前に出た。
「……これから僕たちはどうなるんですか……? 全世界でテロリスト扱いされて、指名手配までされて……」
僕の悲痛な問いかけに、臥煙さんはひらひらと片手を振って、事も無げに言った。
「安心したまえ、こよみん。事後処理は大人の仕事だ。すでに全世界規模で、壮大な『記憶処理』のプログラムが始まっている。メディアに流出した君らの顔写真はすべて架空のディープフェイクに置換され、指名手配されていたという事実そのものが、国家のデータベースから綺麗さっぱり消去されるよ」
「……消去って、そんなことどうやるんですか。相手は全世界の人間ですよ?」
「――『夢胡蝶』」
臥煙さんは人差し指を立て、悪戯っぽく微笑んだ。
「蝶の怪異さ。その鱗粉に触れると、まるで事実が誇張されたように、あるいは『胡蝶の夢』から目覚めたように、それまでの現実を正しく認識できなくなる。人間の脳は、辻褄が合わない記憶ほど自分で補完するからね。夢胡蝶は、その"補完"を少しだけ後押しする怪異なんだ。
「映画『メン・イン・ブラック』のニューラライザーみたいなものだね。その怪異を人工的に繁殖させた仕掛けを、すでにアメリカの自由の女神像に取り付けた」
「……随分と大がかりですね」
てっきり臥煙さんの影響範囲圏は日本国内だと思っていたけれど。
「そうだね、我が臥煙ネットワークの歴史の中でも一番の大仕事だったさ。まあ、羽川ちゃんに協力を頼んだら、驚くほどスムーズに事が進んだから良かったけれどね」
「羽川が、ですか……」
「そう。あの子は半年前のフーバーダムでアメリカ合衆国に大きな貸しを作ってくれたからね。ケラー国防長官も快諾してくれたよ。しかし、あの委員長ちゃんも大きくなったものだ。アメリカどころか、世界中に要請して『夢胡蝶』を置いてくれたんだから」
「世界中、というと自由の女神だけじゃないんですか?」
「ああ。フランスのエッフェル塔や日本の東京タワーといった世界各地の名所や電波塔に『虫籠』は設置されている」
彼女は帽子を直しながら、シュールな冗談を付け足す。
「わざわざ自由の女神を台座から歩かせて、世界中を行脚させながら鱗粉を撒かせる訳にはいかないからね。そんなことをしたら、それは『ゴーストバスターズ2』になっちゃうじゃないか」
一応付け足させてもらうなら、自由の女神が記憶処理(ニューラライザー)の役割を果たすのは『メン・イン・ブラック2』である。
世界を股に掛けた大バトルの直後だからか、彼女の中で続編映画のデータが混ざって、交じって、混交されてしまっている。
玉石混交されてしまっている。
いや、意図的なものか。
僕の目の前で不敵に笑っている女性は何から何まで計算ずくか。
僕は甲板後方のオートボット達を見る。
ふざけ合っているスキッズとマッドフラップ。
肩を貸し合っている三姉妹。
ジェットファイアの遺体を見つめるオプティマス。
「でも、トランスフォーマーの存在は……隠しきれないほど明らかになってしまいましたよね」
ひたぎが僕の隣から冷静に指摘する。
「実際にパリの街は破壊され、ここエジプトでもこれだけの『戦争』が起きた。それはどうするんですか?」
「ああ、
臥煙さんはあっけらかんと告げると、真剣な眼差しで僕らを見つめた。
「え……?」
「私達も、世界も、次のステージへ進むときが来たということさ。いつまでも怪異という闇に怯えるだけの世界じゃない。宇宙からの来訪者という『開かれた科学の驚異』を、人類は受け入れざるを得ない」
臥煙さんはそこで言葉を区切り、ぽんと手を叩いた。その軽快な音が、甲板を渡る潮風に吸い込まれていく。
彼女の視線が、僕の隣、そして僕自身の影へと向けられた。
「大人の仕事の話はここまでにして、次はルールのおさらいをしようか。こよみん。君と余接の接触禁止命令の一時解除はこれで終了だ。世界が救われた今、接触禁止も再開だよ」
「世界は救ったのに待遇だけは据え置きですか」
あまりにもあっさりと告げられた日常への帰還。世界を救った英雄に対する報酬としては、いくら何でも塩対応が過ぎるんじゃないだろうか。
僕が絶句していると、臥煙さんの脇に控えていた斧乃木ちゃんが、最後の一口のアイスを器用に口へと放り込み、木のヘラをパチンと指先で弾いた。
「だって。じゃ」
彼女は、いつもと全く変わらない無表情のまま、小さな右手をひらひらと振った。
「じゃ。じゃないだろ。感傷とか無いのかよ」
思わずツッコミを入れた僕だったけれど、すぐに自分で自分の言葉に虚しさを覚えた。
無かった。人形である彼女には感情も感傷も無いのである。
エジプトの熱砂でディセプティコンの小型暗殺部隊を相手に『
「まあ、鬼いちゃんのおかげで今もこうしてアイスが食べれるというのはありがたいね。そこだけは褒めてやろう」
「死体だけに死ぬほど上から目線だな」
僕の精一杯の皮肉にも、斧乃木ちゃんは「いぇーい」とも、かつてのように「僕はキメ顔でそう言った」とすら言わずに、ただじっと僕を見つめ返すだけだった。
「これこれ、こよみん。余接を虐めないでおくれよ」
臥煙さんがクスクスと笑う。
その足音は驚くほど静かで、まるで重力を無視しているかのようだった。
「彼女は彼女なりに、君の大切な人を守るためにベストを尽くしたんだ。それにね、接触禁止は再開だけど――これからの世界は、今まで以上に君の力を必要とすることになる。何しろ、これからは『怪異』だけじゃなく、宇宙からの金属生命体とも正式にお付き合いしていかなきゃならないんだから」
「……分かりました」
「とはいえ『彼ら』にはまだ後者だけで十分だけどね。……さて」
意味深に呟いた臥煙さんはパチンと指を鳴らし、甲板の奥で怪訝そうにこちらを見ていたレノックス少佐やエップス軍曹、そして僕の家族の方へと向き直った。
「軍人諸君? お勤めご苦労さまだったね。ちょっと、こちらで――『視力検査』の時間だ」
「」
彼女は、背後にいた影縫さんと斧乃木ちゃんを「下がっていなさい」と手で制し、奥のハンガーへと引っ込める。
軍人たちが何事かと身構え、並んだ瞬間。
――カシャリ。
臥煙さんが懐から取り出したのは、一台のコンパクトカメラだった。だが、そのレンズから放たれた通常なら考えられない程の強烈なフラッシュの光が、甲板の一角を真っ白に染め上げた。
妹達とレノックスたちが一瞬、眩しそうに目を細める。
「……今、何をしたんです?」
「さっき言った通りの記憶処理だよ、こよみん。彼らは余弦の人間離れした体術や、忍ちゃんの戦闘シーンを特等席で見てしまっているからねぇ。宇宙人は公になっても、日本の『怪異』に関しては、まだ闇に葬るべき時期なんだよ」
臥煙さんはカメラをポケットに仕舞うと、くるりと僕たちの方へ振り返った。
「さあ、こよみん。忍ちゃんを影に引っ込めなさい。……それから、育ちゃん? ちょっとこっちにおいで?」
僕たちの後ろで、神原に支えられていた老倉が、びくりと肩を揺らした。彼女は怯えたような、不安げな瞳で僕を見つめる。
「臥煙さん、まさか老倉の記憶を全部――」
「そう固くなるんじゃないよ、こよみん。大丈夫、すべての記憶を消すわけじゃないさ。彼女にはその資格があるからね」
臥煙さんは老倉の前まで歩みを進め、その痛々しいほど細い肩を優しく叩いた。
「ただ、君のキャパシティを超える『怪異』に関する記憶だけは消させてもらうよ。……君は、幼馴染で怨敵の阿良々木暦やその友人たちと一緒に、宇宙からやって来た金属生命体の激しい争いに巻き込まれた。君が命懸けで戦い、生き残ったのはその『鉄の怪物たち』の戦場だ。それだけ。ここには金髪の吸血鬼も、暴力陰陽師も、言葉を喋る死体人形もいなかった。……じゃあ、行くよ」
「あ……」
老倉が何かを言いかけるより早く、臥煙さんの細い人差し指が、老倉の額の真ん中へと、すっと突かれた。
突かれた、というよりは、記憶の引き出しにそっと触れたような、そんな静かな手応えだった。
老倉の瞼が自然と閉じ、彼女の身体から緊張の糸がすうっと抜けていく。
そして、彼女は数回、深い瞬きを繰り返した後、ゆっくりと視線を彷徨わせ、最後に僕の顔を捉えた。
「阿、良々木……? 私……ここは……? 何で海に……」
その瞳には、先ほどまでの戦火や化物への恐怖は一切消えていた。
ただ、巨大な事件に巻き込まれたという、映画の登場人物のような困惑だけが残されている。
「まあ、記憶処理の直後は頭が安定しないからね。側にいてあげるんだね、こよみん。せっかく隣の部屋に住んでいるわけだしさ。ちょっとは旧交も温まったことだろうし」
臥煙さんはキャップを被り直すと、満足そうに微笑みながら、僕の横を通り過ぎていった。
「……つまり、阿良々木先輩に老倉先輩ルートの可能性が出来たということでいいのか……?」
「神原ちょっと来なさい」
神原がそう呟くと、ひたぎが彼女の手を引いて向こうに連れて行ってしまった。
冗談じゃないから止めてくれ。
――閑話休題。
数分後。
潮風が、僕のぼさぼさの髪を容赦なくかき乱していく。
世界最大級の軍用艦の飛行甲板は、歩いても歩いても終わりがないように思えるほど広大だった。
僕は一人、キャットウォークの端にある手すりに身を預け、どこまでも、どこまでも平坦に続く紅海の藍色を見つめる。
さっきの臥煙さんの後始末説明ラッシュで処理落ちしかけた頭を少し休めたかった。
水平線の彼方、沈みゆく太陽が海面を燃えるようなオレンジ色に染め上げている。
数時間前まで、僕はあの大地が爆発し、歴史が文字通り粉砕される地獄の戦場にいた。その実感が、潮騒の音に洗われて、少しずつ現実味を失っていく。
まるで、臥煙さんの言っていた『夢胡蝶』の鱗粉が、僕自身の脳裏にも薄く降り積もっているかのように。
背後から、甲板の鉄板を軋ませる、あまりにも聞き慣れた、けれど今は信じられないほど愛おしい、重厚な駆動音が近づいてくる。
振り返らなくても分かった。
「――ありがとう、暦。命を救ってくれて」
その声は、空母の巨大な主機関の振動よりも深く、僕の鼓膜に、そして心に響いた。
オプティマス・プライム。
元の赤と青の鮮やかな装甲を取り戻した彼が、僕のすぐ隣で、海を見つめるようにしてその巨躯を微かに屈めていた。
僕はその青い光学センサーを見上げ、少しだけ照れくさそうに笑った。
「……僕こそ。信じてくれて、ありがとう」
僕は自分の額を、人差し指で小さく触れた。
あの、『キューブ』の欠片に触れてから、僕の脳裏にずっと焼き付いて離れなかった、幾何学的で、禍々しくも神聖な、サイバトロンの古代文字の群れ。
「……不思議なもんだね。オプティマス。僕の頭の中にあった『文字』、君が目覚めた時に、綺麗さっぱり消えてなくなっちゃったんだ。あれは一体、どこに行っちゃったのかな」
記憶喪失の老倉の困惑を笑えないくらい、僕の頭の中は今、静まり返っている。
暴走する知識に脳を焼かれていたあの奇妙な感覚は、もうどこにもない。
「消えてなどいない、暦」
オプティマスは、海の向こうの太陽をじっと見つめたまま、そのバリトンボイスを優しく響かせた。
「え?」
「それは、還るべき場所へ還っただけだ。……我らの『スパーク』の中に」
「……そっか」
オプティマスの胸の装甲の奥。そこに眠るマトリクス。
きっと「文字」とは、彼らの魂の歴史そのものだったのだろう。
僕の頭は、それを一時的に預かるだけの、ただの「本棚」に過ぎなかったのだ。
そう思うと、なんだかひどく納得がいった。
「暦」
背後から、僕を呼ぶ柔らかな声がした。
振り返ると、そこにはひたぎ、神原、そして少し離れたところで所在なさげに佇んでいる老倉の姿があった。
ひたぎは僕の隣へと歩み寄り、当然のようにその細い指を僕の手に絡める。
神原はいつものように快活な笑みを浮かべ、老倉はまだ少し頭を悩ませるように首を傾げながらも、僕たちの様子をじっと見守っていた。
怪異の記憶を失っても、彼女が僕の幼馴染であるという事実は変わらない。
「阿良々木……あんた、本当に死ななくて良かったわね。私の計算だと、あんたの生存確率はコンマ以下だったんだから。……ありがと。助けてくれて」
老倉の最後の一言は、潮風に消されそうなほど小さな声だったけれど。
確かに、僕の耳に届いた。
「老倉……」
「勘違いしないでよね! あんたのために言ったんじゃないんだから! 私は私の部屋に帰りたいだけ!お前なんか嫌いだ!」
「あら、老倉さん。暦が生き返った時に泣いて喜んでいたのはどこの誰だったかしら?」
ひたぎの言葉に老倉は顔を真っ赤にしてフイと後ろを向いてしまった。神原が「おやおや」と彼女の肩を叩いて、さらに老倉が怒る。
その様子を、バンブルビーがただ、静かに、愛おしそうに見守っていた。
「……賑やかな友人が増えたな」
オプティマスが、静かに言った。
「はい。……僕の、自慢の仲間です」
僕はひたぎたちの元へと歩き出す。
一歩進むと、僕の影から、金髪の幼女がひょこりと顔を覗かせた。
「お前様、儂への感謝がちと足りんのではないか? さすがに今回は最低でも一ダースはドーナツを要求するからの?」
「分かってるよ、忍。日本に帰ったら、ミスタードーナツに行こう」
「本当か、お前様!ぱないの!」
幼馴染との歪な和解。
恋人との、さらに深まった絆。
そして、宇宙からやってきた、不器用で、けれどどこまでも高潔な鋼鉄の友人たち。
僕たちはタラップに向かって歩き出す。
米軍のヘリがローターの音を響かせ、僕たちを「日常」へと連れ戻す準備を始めていた。
「――また会おう、暦」
後ろを振り返ると、オプティマス・プライムが、そして彼らの仲間たちが、夕日の中で僕たちを見送っていた。
その姿は、もう「怪異」という闇の住人ではなく、新しい時代の夜明けを告げる、光の巨神そのものだった。
僕たちの乗ったヘリが、ゆっくりと甲板を離陸する。
窓の外には、赤から紫へと移り変わる美しいグラデーションの空と。
その空を映し出す海が、どこまでも、どこまでも続いていった。
079
後日談、というか今回のオチ。
初秋の風が、曲直瀬大学のキャンパスを通り抜けていく。
エジプトの砂漠で肺を焼いたあの熱風が嘘のように、日本の風は、涼しく、そしてどこまでも平穏だった。
日本、九月十二日。
僕は大きなあくびを噛み殺しながら、一限目の講堂へと続く階段を上っていた。
第二次『宇宙戦争』に巻き込まれるという、文字通り天変地異のような経験を経た僕の身体は、いまだに時差ボケと日常のギャップに戸惑っている。
僕の頭から『キューブ』の古代文字が消え去ったことで、あの狂気じみた脳の暴走は完全に収まっていた。
エジプトからの帰国後、数日間の療養や事情聴取を終えた今の僕は、ただの「ちょっと出席日数の足りない哀れな大学生」だ。
国家の指名手配から僕たちを救ってくれた臥煙さんの『夢胡蝶』がどれほど完璧だったかは、今朝のニュースを見ればよく分かる。
画面の向こうでは、キャスターが「フランス政府、パリ復興計画の予算案を可決。宇宙生命体との共同通信網構築へ」と、ごく当たり前の日常としてトランスフォーマーの存在する世界を報道していた。
世界は本当に、新しいステージへ進んでしまったらしい。
聞く所によるとシモンズはこの機会に乗じて本を書くらしく、日本にはそのうちサイン会で来ることになるだろうと豪語していた。
その時は大人しく彼の皮肉と自慢話に付き合ってあげよう。
食飼ら陰謀論研究会の運営するサイト『超リアルスクープドットコム』は、この事態を予見していたと話題になった。
「にゃんこカレンダー&ハムスターカレンダー」の売れ行きも上々らしく、かくいう僕の部屋にも一冊置かれている。
もちろん「ハムスター」の方だが。
今回の騒動(特にプリテンダー関連)で、確実に僕の中では『猫』に対するトラウマが更新されている。
「何をとぼけた顔をして突っ立っているのかしら、暦。一限目が始まるわよ」
後ろから僕の背中を、容赦なく、けれど心地よい強さで小突く手が一つ。
ひたぎだ。
彼女はいつものように美しく、そしていつものように不敵な笑みを浮かべて僕を見上げていた。
「……ああ、分かってるよ、ひたぎ。ただ、ちょっとね」
「『夢』でも見ていたのかしら? だとしたら、その夢の続きは私の許可を取ってからにしなさい。……ほら、行くわよ。老倉さんも待っているわ」
彼女が顎で示した先。講堂の入り口で、一冊の分厚い教科書を胸に抱えた老倉育が、こちらを睨みつけていた。
怪異に関する記憶――吸血鬼や死体人形の記憶を失った彼女は、今や「巨大ロボットの地球規模の戦争に巻き込まれて生き残った女子大生」という、かなりエッジの効いたプロフィールだけを脳内に残している。
「ちょっと、阿良々木、戦場ヶ原さん! 遅いわよ!」
「相変わらず元気ね、そだっち。そんなに声を張り上げると、エジプトの砂漠で痛めた喉がまた枯れるわよ?」
ひたぎがクスクスと笑う。
「う、うるさいわね! あなたには関係ないでしょ!」
老倉は顔を真っ赤にして講堂の中へ入っていった。怪異の記憶は消えても、彼女の尖ったトゲと、僕たちとの間に生まれた不思議な距離感――歪ながらも確かな絆は、失われずにそこにあった。
一限目は、天文学の授業。
階段状に座席が並ぶ広大な大講堂は、授業に退屈そうな学生たちの私語で満ちていた。
僕とひたぎ、そして老倉の三人は、中段の席に並んで腰を下ろした。
僕を中央に挟んで、左にひたぎ、右に老倉。
奇しくも、今回の騒動に本格的に巻き込まれた五日前と同じ、奇跡的な配置だ。
チャイムの音と共に、講堂の最前線にある教卓へ、白髪混じりの小気味良い初老の男性が進み出た。
国立曲直瀬大学の天文学の権威、天乃川小蘭教授だ。
教授は手元の資料を整理し、首にかけたゴーグルの位置を直すと、ゆっくりと講堂全体を見渡した。
そして、その鋭い視線が、中段に座る僕の姿を正確に捉えた。
一瞬の静寂。
小蘭教授は、口元にいたずらっぽい、けれどどこか温かい笑みを浮かべ、マイクのスイッチを入れた。
「……おや、お久しぶりだね。我が研究室の、輝かしい『アインシュタイン教授』?」
その言葉がスピーカーを通して響いた瞬間、講堂のあちこちからドッと笑いが沸き起こった。
「その呼び名、学内で定着したんですか……」
「安心したまえ。私は気に入っている」
二度目の爆笑。
周囲の学生たちが「おい、あいつかよ」と、にやにやしながら僕を振り返る。
五日前、『文字』の暴走に任せて、宇宙の真理だの物理法則だのを黒板にぶつけていた、あの奇行は、大学内ではすっかり「ちょっと頭の良すぎる痛い学生の迷言」として処理されているらしかった。
これもきっと、専門家の仕掛けた『記憶の誇張』の仕業なのだろう。
「それよりも、この五日間は楽しかったかね?あれから私の授業に来ていなかったようだが」
僕は顔が火を噴くほど赤くなるのを感じながら、頭を掻いて苦笑いするしかなかった。
「……あはは。す、すみません、教授。ちょっと……旅行と言いますか、外せない用事で忙しかったもので。はい、本当に」
「ふむ。まあ、君のその卓越した頭脳が、星空に魅了されていたというなら、天文学者としては許さざるを得ないがね。――では、授業を始めよう」
小蘭教授はそれ以上追及することもなく、チョークを手に取った。
黒板に書き付けられていく、至って普通の、地球の天文学の数式。
それを眺めながら、僕は小さく息を吐き出す。もうあの幾何学的な古代の記号群が脳裏に明滅することはない。
僕の右と左で、老倉とひたぎが、僕を挟んで互いに視線を交わした。
二人は言葉を交わすことなく、ただ悪戯っぽく、そして心底愛おしそうに、小さく目配せをして微笑み合う。
僕の影の中で、金髪の幼女が「かかっ」と満足そうに喉を鳴らした気配がした。
世界は新しい形へと変わり続け、僕たちの物語もまた、少しだけ形を変えて動き出す。
伝説の勇者たちが守り抜いた光は、秋の柔らかな陽光となって確かに僕たちを照らしていた。
080
「我々の種族は、長い間失っていた歴史を取り戻した」
「これからは共に未来へと進む」
「私はオプティマス・プライム。このメッセージと共に我々の過去を記憶に刻みたい」
「――そしてその記憶の中に、我々は生きている」
あとがき
『復讐』なんて二文字は、動機としては便利ですし、物語を前へ進める燃料としてもすこぶる優秀です。怒りというものは、太陽ほどではないにせよ、結構な熱量を持っていますからね。
でも、現実ではおすすめしません。
復讐は大抵、自分だけでは完結しません。関係ない人まで巻き込んでしまうし、本人だって案外すっきりしないものです。
いや、まあ、一時的にはすっきりするのかもしれませんけれど――(劇中のパリ市民や阿良々木家の皆さんみたいに)巻き込まれる側にしてみれば、たまったものではありません。
ですから皆様におかれましては、決して真似をなさらないように。
まぁ、今作の主人公は「リベンジは僕が果たす」なんて声高に宣言してしまっておりましたけれど。
さて。
今回、一番変わったのは誰だったかと問われれば、たぶん老倉育です。
西尾維新先生の原作ではなかなか報われず、本人も世界も少しだけ噛み合わない少女でしたが、今回は半ば裏ヒロインのような立ち位置になってしまいました。
気づけば勝手に出番と活躍が増え、
気づけば勝手に感情移入し、
気づけば勝手に阿良々木くんの右隣にいました。
正直、作者の私にも制御しきれませんでした。
なので、生暖かい目で見守っていただければ幸いです。
もっとも。
彼女だけではありません。
世界が変われば、人も変わる。
巨大な第二次宇宙戦争を生き延び、 一度死んで帰ってきて、 互いを信じ、 互いを救った彼ら彼女らなら。
この先に待ち受ける運命も、ほんの少しくらいは原作とは違うものになるのではないでしょうか。
違わなければ、二次創作の意味がありませんから。
そして、今作の原作映画は『トランスフォーマー/リベンジ』。
世間や批評家からは色々と言われがちな作品です(脚本ストライキの影響など、裏事情も色々ありましたね)。
でも私は、この映画の勢いが好きです。
砂漠を走って、空を飛んで、巨大ロボットが殴り合い、最後は全部爆発する。
理屈より熱量。
説明より迫力。
映画館を出たあとに、あるいはテレビを消したあとに「細かいことはよく分からないけど面白かった」と笑える作品も、私は嫌いではありません。
なので今回も、その熱量を真正面から受け止めて、『物語シリーズ』という会話と心理描写の塊みたいな作品へ、もう一度、無理やり放り込んでみました。
銀色にゃんこプリテンダーにシーカーズの二機、ブリッツウイングにコンバッティコンと敵側も色々盛り込んでみましたが、意外と混ざるものですね。
それに阿良々木暦も、オプティマス・プライムも。
戦場ヶ原ひたぎも、メガトロンも。
忍野忍も、スタースクリームも。
そして愛すべき友人たちに専門家連中の皆さん、オートボットの仲間達も。
みんな同じ物語の住人として最後まで歩いてくれました。
作者としては、それだけで十分です。
というわけで、100%リベンジで書いた二次創作クロスオーバー小説『続・変物語 第続話こよみリベンジ』でした。
ちなみにタイトルにある『続・変』は『続編』のダブルミーニングだったりします。
形が変わる物語の続編であり、変わり続ける物語。
前作より少しでも面白くなっていれば幸いです。そういう意味でも『変物語』へのリベンジ達成、と言えるでしょうか。
「リベンジは駄目」だなんて、私も言えた義理ではありませんね、ははは。
最後になりますが、前作の全七十章からさらに十章伸び、全八十章という大長編となった本作に最後までお付き合い下さった皆様、本当にありがとうございました。
今回も生成AIの補助を用いて書いた作品でしたが(GeminiやChatGPTはストライキしません)、影縫さんの豪快さと斧乃木ちゃんの無表情と、老倉さんのツンデレが皆様の日常に少しでも彩りを添えられたなら幸いです。
それでは、また別の「変わり続ける」物語で会いましょう。
エジプトは随分と暑かったので、次は少し寒い国の話でも書きますかね。