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“――お前さんの名前は宇宙でもよーく知られてるってこった。夜露死苦”
大学1年生2月。トランスフォーマーの存在が公になる一方で、『妖魔令』の騒動を乗り越え復縁を果たした阿良々木暦と戦場ヶ原ひたぎ。
ようやく平穏な日常が戻ってきたかに思えたが、ディセプティコンの残党達は地球の各地で再び暗躍し始めていた!
どうやら彼らは『ある存在』を探しているようで……?
物語は衝撃波と共に、変形を続ける――
これぞ現代の[怪異!][怪異!][怪異!]
青春は、君の眠りを揺り起こす。
[100%爆発で書かれた小説です]
Pixivにも上げてます。
https://www.pixiv.net/novel/series/15922942
第轟話 こよみウェーブ其ノ壱
001
「この宇宙には、決して解き明かせない謎がある」
「何処から来て、何処に向かうのかも不明なその不条理は、長く我々の種族を悩ませて来た」
「その中で、ある者は確固たる契約を求めて宇宙に旅立ち、ある者は科学を追求し、深い闇に論理を求めた」
「――後に自身がその『非論理』の一つになる事も知らずに」
――1908年。
6月30日、午前7時1分。
ロシア、中央シベリア。
ポドカメンナヤ・ツングースカ川の上流に広がるタイガの森は、凍てつく大地の底から這い上がってきたような、重苦しい朝の静寂に包まれていた。
農夫キリルは、粗末な農具を手に、泥混じりの凍土と格闘していた。
夜明けと共に始まった農作業。一年の大半を雪と氷に閉ざされるこの未開の大地において、短い夏の間に生きるための糧を植え付ける作業は、まさに時間との戦いだった。息を吐き出すたび、白い、薄い霧のような気体が宙に消えていく。
その時だった。
「……ん?」
キリルは、背中を丸めていた姿勢を不自然に起こした。
周囲の針葉樹林の葉が一斉に、ざわざわと狂ったように震え始めたのだ。風はない。それどころか、大気が奇妙に熱を帯び、肌がピリピリと粟立つような不快な静電気が走る。
次の瞬間、彼の視界は真っ白に灼けた。
太陽が二つに割れたかのような、あるいは天の天井が焼け落ちたかのような、強烈な閃光。
遅れてやってきたのは、人間の鼓膜を内側から破壊せんばかりの大爆音だった。
バゴォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!
「ウ、ウアアアァァッッ!?」
音というよりは、巨大な鉄槌そのものと化した大気の壁――マッハを遥かに超える猛烈な衝撃波が、キリルの細い身体を木の葉のように吹き飛ばした。
地面に激しく叩きつけられ、耳鳴りだけが頭蓋骨の裏側で耳障りに鳴り響く。
彼の視界の端で、何十キロメートルにもわたって連なる針葉樹の巨木たちが、まるでドミノ倒しのように、一斉に、綺麗に、外側へと向かってなぎ倒されていくのが見えた。
大地が、まるで生き物のように激しく身震いしている。
キリルは肺に溜まった泥水を吐き出しながら、震える手で地面を這い、どうにか上体を起こした。
上空では雲が不気味に輝いている。
彼は爆発の起きた地平線の向こうを目指して歩き出した。
だが、歩いても歩いても、彼の視界に広がるのは更地だけだ。
数万、数百万という木々が根こそぎへし折られた、地獄のような大平原。
数十分後、その中心に彼はようやく辿り着く。
立ち上る白煙と、蒸発した凍土の水蒸気が渦巻く、直径数百メートルに及ぶ巨大なクレーターの底。
「……神様、御仏様、主様……」
キリルは十字を切ることも忘れ、ただその光景に視線を釘付けにされた。
そこにあったのは、隕石ではなかった。
煤まみれになりながらも、鈍い銀色と禍々しい紫色の光沢を放つ物体。
それは、幾何学的でありながら有機的、鋭利でありながらどこか生物的な不気味さを湛えた、全長数十メートルに及ぶ巨大な金属の塊だった。
融解した土壌の熱に抗うように、その表面から、青白く光る不気味な液体がまるで血のように滴り落ち、シベリアの土を汚していく。
「な、何だこれは……」
彼は呆然と呟く。
プシューーーーーーーーッ!
刹那。
その金属塊の裂け目、継ぎ目のような部分から猛烈な勢いで白い気体が噴き出した。
「う、うわぁぁぁ!」
恐怖に駆られ、役人を呼びに走るキリル。
もう彼にとってはこの謎の物体の正体よりも、今日を生き延び、領主に税を納められるかどうかの方が大事だった。
せっかく東の島国との戦争から生きて帰ってこれたのに、このような不可思議なことに首を突っ込んで死ぬような気は、元々彼には無い。
その後ろで金属塊の衝突により、大地が悲鳴を上げていた。
その重みに地面が耐えきれないのだ。
凄まじい音を立てながら凍土を引き裂き、3分の1を地上に残してずぶずぶと沈んでいく。
少なくともキリルは自分が連れてきた役人に狂人扱いされることは無いだろう。
しかしこのまま沈下が進めば、金属塊は完全に埋まり、痕跡は消滅するだろう。
これこそが、後に人類史に残る未解決事件として、世界中の科学者の頭を悩ませる事になる非論理――『ツングースカ大爆発』の真実だった。
002
改めて僕、阿良々木暦が如何にして超ロボット金属生命体、トランスフォーマーの戦いに巻き込まれたかについて、語る必要があると思う。
語り、回想し、追憶する必要があると思う。
前作である『変物語』、『続・変物語』からここまでついて来てくれた、熟練の読者諸君にはいささか冗長、悪い冗談のような話ではあるけども、わざわざネットの海を漂う幾多の二次創作小説の中から、はるばる本作を読みに来てくれた新規読者諸君に全20話、約340,000文字(それ以上あるかもしれない)を読ませるわけには行かないのである。
なるべく簡潔に語らせてもらおう。
といっても、もうこの時点でだいぶ長々と語っているような気がするけど。
待って、ブラウザバックしないで。
今から始めるから。
ちなみに、一作目は重要につき、詳細にいきたいのでご了承いただきたい。
……著作権で訴えられないといいけど。
閑話休題。
以下、回想。
私立直江津高校卒業後の春休み。
2007年3月26日、僕が忍と出会ってから1周年という日。
僕という変わり者、彼らという変わり物たちの物語はここから始まる。
その日、僕は両親と卒業&大学入学祝いで車を買いに来ていた。
運命に導かれ、僕が選んだ車は輝かしいニュービートル――のはずだった。
『運命』とか『はずだった』というのは、どうにも扇ちゃんによると本来僕が大学で乗り回すべき車は、そのニュービートルだったらしい。
ルートが変わってしまっている。
高校生活最後の夏休みの経験によるならば、そのニュービートルを買ったルートを『ルートA』とすると、どうにもこの世界は『ルートT』とでも言うべきルートに分岐してしまったらしいのだ。
もちろんTとは『
とにかく。
その時、僕が出遭ったのは――古びたカマロだった。
何処となく怪しく、異なるカマロ。
そこから紆余曲折あり、ニュービートルと悩んだ末、結局カマロを購入したのだが、その頃世界の裏側では大変なことが起こっていた。
中東カタールの米軍基地に、空飛ぶホワイトハウスことエアフォースワンに、謎のロボットが侵入し、破壊の限りを尽くした挙句、軍の極秘情報を抜き取ろうとしたのだ。
彼らはとある物を求め、覇権国であるアメリカを中心に活動していた。
一方、僕はといえばカマロが勝手に走り出したり、警察のお世話になったりと結構散々な目にあっていた。
だが、それらはまだ生温かった事をすぐに僕は思い知る。
訳あって助けを求めたパトカーが巨大な殺意マシマシの殺人ロボットに変形し、僕と神原に襲いかかってきたのだ。
カマロと、偶然通りかかった戦場ヶ原ひたぎに助けられるも、そこからは情報の暴力だった。
なんと僕が買ったカマロは、宇宙からやってきた正義(あまりこういう言い方はしたくないが、人類の味方という意味で)のロボット『オートボット』に属する、バンブルビーという名の兵士だったのだ。
やがて空からオートボットの本隊も合流する。
総司令官オプティマス・プライム。
副官ジャズ。
武器のスペシャリストのアイアンハイド。
軍医ラチェット。
彼らは故郷であるサイバトロン星を蘇らせる為に『オールスパーク』と呼ばれる強大な力を持ったキューブ型の物体を探していた。
そしてその在り処を示す座標が印された『眼鏡』を。
意外にもそれは僕らのすぐ近くにあった。
僕の後輩、神原駿河。
彼女の父親、神原駿の形見であるアンティーク眼鏡こそが、彼らの求める『ウィトウィッキーの眼鏡』だったのだ。
そこから秘密機関『セクター7』によるアメリカ拉致、オールスパーク発見&縮小と怒濤の展開の末、ミッションシティでの決戦が始まる。
僕らの前に立ち塞がるのは、『圧政による平和』を掲げる宇宙帝国ディセプティコンの面々だ。
狂気の小型諜報員フレンジー。
悪徳警官バリケード。
地雷除去車の狂戦士ボーンクラッシャー。
改造戦車ブロウル。
電磁破壊兵ブラックアウト。
航空参謀スタースクリーム。
そして、破壊大帝メガトロン。
名前だけ見るとメタルバンドみたいな奴らである。
激戦の末、僕はオプティマスを助けるために、オールスパークをメガトロンの胸に押し込んで破壊した。
スタースクリームは宇宙に逃げ去り、オートボット達は地球に滞在することになった。
かくして奇っ怪な機械達による春休みの「戦争」は終わりを告げ、僕らは平和な日常に戻った。
以上、第一次おさらい終わり。
だが、そうは問屋が卸さない。
運命は時を選ばず訪れ、物語は変わり続ける。
はい、第二次おさらいGO!
春休みの「戦争」から半年後。
九月にして一人暮らしに向けて引っ越し準備を進める僕は、キューブの『欠片』を見つけた。
何を血迷ったのか、素手で触った瞬間。
阿良々木暦に電流走る。
より正確に言うならば、僕の脳内にサイバトロンの古代言語が、それこそ許容値を遥かに超えて詰め込まれたのだ。
一方、オートボット達は地球人と同盟を組み、秘密攻撃部隊『NEST』の一員として、ディセプティコン残当の掃討任務に就いていた。
そんなある日、上海の作戦にて残党の1人が『ザ・フォールンが蘇る』との言葉を遺し、それを皮切りにディセプティコン達の『リベンジ』が始まった。
情報参謀サウンドウェーブ(とその部下)が、ミッションシティにて回収された『欠片』を奪取し、メガトロンが復活。
メガトロンの師であるザ・フォールンは遥か昔からの悲願、『マシン』ことスターハーベスターによる太陽の破壊を達成すべく、オプティマスを彼に殺害させ、地球に降り立つ。
一方その頃、僕はひたぎ、神原、それから老倉育と、ディセプティコンの手によって再びアメリカに拉致されていた。
ザ・フォールンによる全世界指名手配、そしてオプティマスの死によって沈む僕。
扇くんとビーの励ましで何とか体勢を立て直し、『文字』の事を知っている可能性が高い人物に会いに行くも、そこに待っていたのは驚きの人物だった。
陰険中年シーモア・シモンズ。
元セクター7(僕らの騒動によって潰れてしまったらしい。合掌)の捜査官の彼の導きにより、事情を知る老兵がスミソニアンに眠っていることが判明する。
そこからはまたもや息もつかせぬ超高速展開だ。
老兵ジェットファイアの目覚め、エジプトへの瞬間移動、そしてオプティマス復活の手がかり。
『マシン』を起動するためのキー、リーダーのマトリクス。
そのエネルギーを使ってオプティマスを蘇らせるのだ。
ジェットファイアの暗号に従い、僕らはマトリクスを(塵になってしまったが)見つけ出す。
しかし、新たな脅威が僕らに立ちはだかった。
次々に現れるディセプティコンの増援。
空陸参謀ブリッツウイングの猛威。
災害そのものの超巨大建設合体兵、デバステーター。
砂塵舞い、3秒に1回爆発が起きてるような戦場を通り抜け、僕が一時死ぬという綱渡りではあったものの、オプティマスが復活。
メガトロンを敗走に追い込み、マシンを破壊し、ザ・フォールンを名前通り地に『堕とす』ことに成功する。
かくして僕らの未来は、地球の未来は守られた。
臥煙さんの計らいで全世界指名手配の記録も完全抹消され、僕らは再び日常に戻ることができた――はずだった。
だが忘れないでもらいたい。
Don't you forgetである。
ルート変われど、カマロ買われど、ここは物語シリーズの世界だ。
――怪異がうろちょろしてる世界である。
003
本日は2008年2月11日。天気は晴朗、波も多分高い。
第二次トランスフォーマー大戦から、約半年が経った。
臥煙さんが言っていたようにトランスフォーマーが公になり、社会は大きく変わりつつある。
といっても、いきなり乗用車が空を飛び始めたりとかそんな事は無く、なんやかんやでいつも通りの日常であった。
……いや、いつも通りじゃないな。
少なくとも今の僕にとっては。
あの後、ひたぎ、老倉、神原と楽しく年を越して、いざ良い一年にしようと思った矢先に、『馴染み深い方の』とんでもない事に巻き込まれてしまった。
都市伝説。街談巷説。道聴塗説。
トランスフォーマーという『光』が強くなれば強くなるほど、怪異が潜む『闇』もより暗くなっていく。
詳しくは『扇物語』を読んでもらいたいが、何というか……今年の正月直後にひたぎと別れた。
いやいやいや、もちろん安心してほしい。
彼女が僕に別れを切り出したのは、『妖魔令』という強制謝罪の怪異現象、怪異の法のようなものの影響を受けてしまったことが原因であり(ちなみに老倉の方も影響を受けていた。凄いことになってた)、その一件が終了すると何事も無かったかのように復縁してくれたので、別に絶縁とか羽川みたいに滅多に会えなくなったとか、そういうのでは無いので繰り返し言うが安心してほしい。
ただ問題は、僕の隣の愛すべき幼馴染の方である。
老倉育。
共に9月の怪異とトランスフォーマーが入り混じる戦いを生き延び、日常に帰還した彼女だったが、僕たちと決定的に違う点が1つだけあった。
彼女には『怪異』の記憶が無いのである。
いやまあ、そもそも彼女のその不幸な来歴は人間の悪意に起因する物で、怪異とは全く縁のない人生を送ってはいたのだけれども。
どうにも宇宙の変形金属生命体が絡む事態になると、僕らの人生も変形――トランスフォームするらしい。
今回のエジプトの件で、忍やら影縫さんやら斧乃木ちゃんが跳梁跋扈した際に、彼女は怪異という存在を初めて目の当たりにし、怪異に縁のある時間を一瞬だけ過ごした。
あの時は道中で神原が、『駿河のパーフェクトあらすじ教室』なる解説パートを彼女に開いてくれたおかげで、パニックになることなく着いて来てくれたが(というか、トランスフォーマーの時点でもう十分パニックが飽和していた)、それも事後処理の過程で臥煙さんが老倉の記憶をピンポイントで削除する形で隠蔽されてしまった。
だから、今の彼女にあるのは『阿良々木暦や戦場ヶ原さん、神原さんと一緒に、宇宙からやって来た金属生命体の戦争に巻き込まれた』という記憶だけである。
そこだけでも残しておいてくれたのは臥煙さんの優しさ、と思っておくべきなのだろう。
事実、老倉の僕に対する態度は柔らかくなった。
相変わらず僕のことを嫌ってはいるみたいであるけども。
しかし、今までの感じを考えると、劇的ビフォーアフターも真っ青の変わり具合と言っても過言では無いのではないだろうか。
過去の例で例えてみるならば、高校三年生の夏にひたぎが詐欺師との対峙を経て、更生した時並みの変化と言っても過言では……あるか。
さすがにそこまでではなかった。
まあ、僕がひたぎ、神原と開いた年越しパーティーに参加してくれるくらいには関係性が改善されていたという事が分かってもらえればありがたい。
そのせっかく距離が縮まったラブリーエンジェルな訳だが、僕らが破局した際に、
『あれだけ一生添い遂げる〜みたいに抜かして、目の前で散々イチャイチャしておいて、あっさり別れるってどういうことよ!?しかも、別れるの2回目でしょ!?阿良々木も戦場ヶ原さんもちょっとは頭冷やしなさいよ!』
と、彼女に激怒されてからというものの、この1ヶ月間どうにも雰囲気が気まずい。
気まずく、状況的にも不味い。
絶縁とまでは行ってないけど、露骨に口数が減っている。
どうするべきか。
……。
……そうだ。
こういう追い詰められた時にはぴったりの人間、いや怪異の女の子がいるじゃあないか。
いやー。こんな盲点をどうして今まで忘れていたのだろうか。
全く灯台下暗しだぜ、本当。
「……よし、実家に帰ろう。実家に帰って、扇ちゃんに癒されに行こう」
「よしじゃないが」
速攻で忍が影からすっ飛んできた。
「いやいやいや、駄目じゃろ。そんな、幼馴染の破局に本気で怒ってくれる超絶出来た奴と向き合わなくてどうするのじゃ」
影からぬるりと這い出てきた忍は、椅子に腰掛け、呆れたように小さく息を吐き出した。
金髪の髪を揺らしながら、同じく金色をしたその瞳で僕をじっと見据えてくる。
「お前様は本当に、放っておくとすぐに安易な逃避に走るの。それもよりによって、あの暗黒娘のところへ癒やされに行こうなどと、正気を疑うわ」
「いや、だってさ、忍。老倉の怒りには一理も二理もあるっていうか、むしろ正論の弾道ミサイル、フュージョンカノンなんだよ。あいつから見れば、僕とひたぎはただの『超絶迷惑なバカップル』だからさ」
宇宙規模の修羅場をくぐり抜けておいて、帰国したと思ったら怪異のせいで一瞬で破局して、また一瞬で元通りなんて、まともな人間の神経じゃ理解できなくて当然だろう。
なんなら、今語ってる僕からしても正気を疑う状況である。
一体何なんだ、その情緒不安定カップルは。
昼ドラでもそんな奇っ怪な展開しないぞ。
「それはそうじゃが、そこで怪異を頼るのはお門違いというものじゃ。大体、あのジェネリック娘――オイクラじゃったか、が怒っておるのは、お前様たちを呆れ果てて見捨てたからではない。それほどまでに案じ、本気で向き合おうとしておるからこその憤怒じゃろう」
「いや、まあそうなんだけどさ。扇ちゃんに相談して、何か事態を好転させることができないかなって」
僕は頭の後ろで両手を組み、天井を見上げながらため息をついた。
「ほら、扇ちゃんってああ見えて僕のことを『先輩』として立ててくれるし、何より物事の構造を客観的に見るのが得意じゃないか。僕と老倉の、このこじれにこじれた人間関係の糸を、あの子なら綺麗に解きほぐす数式でも提示してくれるかもしれないと思って」
僕のその呑気な言葉に、忍は不快感を隠そうともせず、鼻を鳴らした。
彼女は直江津高校の怪異として、すでにあの場所に根付いてしまっている。
高校を卒業して、僕たちが曲直瀬大学に進学した今でも、忍野扇という存在は直江津高校の闇そのものとして、あるいは僕の青春の『影』として、あそこに留まり続けているのだ。
「あやつにアドバイスを貰ってもロクなことにならん気がするがの。今の暗黒娘は猿娘の裏側の要素が強い」
忍は小さな唇を尖らせ、椅子の背もたれに深く体重を預けた。
「神原の『裏』、か……」
「そうじゃ。あの神原の娘が持つ『若さゆえの暴走』や『歪んだ愛情』の、さらに澱んだ部分を煮詰めたような存在が、今のあの暗黒娘の本質じゃて。お前様が数学娘との関係に悩んでおる時に、あやつを近づけてみろ。事態を好転させるどころか、さらに状況を引っかき回して、取り返しのつかない破滅へと誘導されるのがオチじゃぞ?」
「う……それは、否定できないかも……」
確かに、忍の言う通りだ。
扇ちゃんは僕の味方のような顔をして、その実、僕が一番痛い目を見るような選択肢を、さも当然の正論のように差し出してくる天才である。
特に今の扇ちゃんは、直江津高校の件を経て神原の怪異的側面と深く結びついている。
神原駿河といえば、老倉のこともよく知っているし、僕たちのエジプト行きの際にも同行した、いわば「すべてを知る当事者」の一人だ。その裏の存在である扇ちゃんに相談するのは、ガソリンを持って火事に飛び込むようなものかもしれない。
「というか、今あの町には暗黒娘よりも適任のカウンセラーがおるではないか。迷える子羊を導く小学5年生が」
結局、忍は呆れたように呟くと影の中に戻ってしまった。
アパートの部屋に1人残される僕。
……えーと。
じゃあ、帰りますか。直江津に。
004
アメリカ、ワシントンD.C.。
深夜のホワイトハウス近郊に位置する、重厚な連邦政府ビルの最高階。
ギャロウェイ国家安全保障補佐官は、デスクに広げられた膨大な極秘資料の山を前に、一人苦虫を噛み潰したような表情で額を揉みほぐしていた。
半年前、エジプトの燃えるような砂漠で彼が目撃したものは、これまでの官僚人生で培ってきた常識を根底から覆すに十分な「地獄」だった。
空を覆い尽くす鉄の怪物、大地を割って現れた超巨大な合体兵器、そして――自らの身体を兵器へと変え、それらと真っ向から渡り合った、日本の超常的な「人間たち」。
「……エイリアンどもめ。我が国の防衛体制を何だと思っている」
ギャロウェイは忌々しげに毒づき、ペンをデスクに叩きつけた。
彼がNESTの解体を叫び、オートボットの地球退去を頑なに主張し続けているのは、決して単なる官僚的な縄張り争いや、臆病さからくるものではなかった。
彼はただの無能な悪役ではない。彼なりに、この合衆国を、ひいては人類の主権を守ろうと死に物狂いで動く、一人の傲慢な愛国者であった。
……ただのカカシではあるかもしれないが。
それでもエジプトの惨劇を経て、彼もまた現実を見ていた。
オートボットが地球を、少なくともアメリカを守るために戦っているという事実は、嫌というほど思い知らされた。
だが、彼らがこの星に留まり続ける限り、それを狙うディセプティコンという名の「災厄」が宇宙から無限に降り注ぐ。その因果の鎖を断ち切らねば、この国に真の平和は訪れない。
「大統領への進言書は……これ以上の妥協を許さん内容にせねばな。今は受け入れても良いかもしれんが、せめて、ディセプティコンを根絶した後には出ていってもらわなければ」
疲弊した声で呟いたその時、オフィスの重厚な木製ドアが静かにノックされた。
時計の針は午前二時を回っている。
「入りたまえ」
ギャロウェイが声をかけると、音もなくドアが開き、一人の女性秘書が入室してきた。
体線に完璧にフィットした黒のパンツスーツに、知的な印象を与える細フレームの眼鏡。夜会巻きにされた艶やかな黒髪には、特徴的な白いメッシュが綺麗に一筋流れている。
その外見は、『現代のジャンヌ・ダルク』として全世界を飛び回っている日本人の少女に似ているようにも思えた。
「補佐官、コーヒーをお持ちいたしました。少し根を詰めすぎですわ」
彼女はトレイをデスクに置き、コーヒーカップをギャロウェイの前に差し出した。
湯気と共に、香ばしい、けれどどこか微かに「甘すぎる」独特の香りが部屋に広がる。
「ああ、ありがとう。助かるよ、アリス」
ギャロウェイがカップに手を伸ばそうとした、その瞬間だった。
――カシャ、チチチチチチッ。
アリスと呼ばれた秘書の背後、黒いスーツのジャケットの裾から、人間の解剖学的には絶対に存在し得ない構造が、滑り出るようにして姿を現した。
それは、細く、鋭利で、幾何学的な節を持った、鈍い銀色に光る金属製の『尻尾』だった。
「――え?」
ギャロウェイがその異常な音に反応し、顔を上げた時には、すでに手遅れだった。
鞭のようにしなった金属の尾が、目にも留まらぬ速度で大気を引き裂き、彼の喉元へと肉薄する。
一閃。
「ガ、あ…………!?」
悲鳴すら許されなかった。
アリスの手から離れたコーヒーカップが床に落ち、絨毯に黒い染みを作っていく。
「ふふ……あはは。人間って本当に壊れやすいのね。ちょっと首の皮1枚破っただけで静かになって」
先ほどまでの事務的で理知的な声は、跡形もなく消え去っていた。
アリスは眼鏡を指先でクイと上げると、その可愛らしい唇の端を、人間の限界を超えた角度まで吊り上げて、妖艶に、そして残虐に微笑んだ。
痙攣するギャロウェイの身体から、急速に生気が失われていく。
「……オートボットをこの星から追い出してくれるのは、私たちにとっても好都合で、とっても良い仕事なんだけど。……でも、そのついでに私たちディセプティコンまでまとめてお掃除されちゃうのは、ちょっと嫌だにゃあ」
アリスは首をコテンと横に傾け、まるで猫が戯れるかのような仕草で、愉しそうに呟いた。
彼女の頭部、黒髪を内側からかき分けるようにして、猫の耳を模したような、鈍い銀色のセンサーがシャキンと飛び出る。
人間の皮を被った、ディセプティコンの擬態暗殺兵――プリテンダー。
彼女の美しい瞳から人間の色彩が消え、冷徹な機械の赤光が怪しく明滅した。
アリスはぐったりとデスクに突っ伏したギャロウェイを一瞥もせず、自身の通信回路を開く。
『こちらプリテンダー・アリス。国家安全保障障壁を排除。メインサーバーへのハッキング完了。データの書き換えも全てこちらの望み通りに完了』
その無線通信を受信したのは、地球の大気圏外――。
漆黒の宇宙空間、無数の人工衛星が飛び交う衛星軌道上に静かに浮遊する、異形のエイリアンサテライトだった。
ディセプティコンの情報参謀、サウンドウェーブ。
「サウンドウェーブ、了解。……こちらも向かう」
その声音は、一切の感情を排した冷徹な重低音。
サウンドウェーブは即座に、自身の胸部に接続し、これまで地球上のあらゆる通信を傍受・改ざんするために利用していた米軍の軍事衛星を切り離した。
用済みとなった鉄屑が宇宙の闇へと漂い出す。
次の瞬間、彼の巨躯が微かに変形を始めた。大気圏突入時の猛烈な摩擦熱に耐えうるよう、その装甲の鋭角を内側へと折り畳み、外見を流線型のシャトル状へと最適化していく。
青白いスラスターの火が吹き荒れ、情報参謀はアメリカの夜空へと一筋の凶星となって降下し始めた。
ワシントンD.C.の郊外。うっそうとした木々に囲まれた見通しの悪い道路で、プリテンダーは一人、夜空を見上げていた。
上空から、激しい大気との摩擦で青白く輝く光の塊が、凄まじい速度で迫ってくる。
大気を焦がす風切り音が、耳を劈く爆音へと変わる。
地上数十メートルの位置まで肉薄した瞬間、その青い流星は空中で爆発的な変形を遂げた。
複雑に噛み合う金属の歯車、反転する装甲。
着地の衝撃を完全に殺しながら、鋭利で、そしてあまりにも威圧的なロボットモードへと姿を変えたサウンドウェーブが、アスファルトの地面を微かに凹ませて降り立った。
片腕には黒い猛禽のような影が留まり、死神のような翼を広げ、赤い光学センサーをギラギラと光らせている。
「よくやった、アリス」
その重厚な音声が、裏路地の壁に反響する。
サウンドウェーブは、彼の足元に歩み寄ってきた、人間の少女の姿をした暗殺兵を見下ろした。
アリスが彼の脚に抱きついて甘えるように見上げると、彼はその巨大な、鋭利な指先で、彼女の顎をそっと、猫をあやすかのように優しく撫でた。
腕に留まる影が妬ましそうに唸り声を上げる。
「落ち着け、レーザービーク。――ディセプティコンの復活には、まだいくつかの『ピース』が足りない。地球の『怪異』、そして、あの少年……阿良々木暦の周囲を探る必要がある」
「お安い御用よ。あの男の子にゃら、私がたっぷりトラウマを植え付けてあげたから、今でも猫の鳴き声を聞くだけで震え上がるはずだわ」
アリスはクスクスと、鈴を転がすような声で笑った。
サウンドウェーブの視線が、裏路地の片隅に停められていた、頑強な銀色のピックアップトラック――シボレー・シルバラードへと向けられる。
瞬時に、彼の光学センサーから幾何学的なスキャンレーザーが放たれた。
キン、ガガッカンッ!
光の点滅と共に、サウンドウェーブの巨躯が、そのシボレー・シルバラードと寸分違わぬ姿へと、一瞬にして変形を完了する。
運転席のドアが滑らかに開き、アリスが慣れた手つきで滑り込んだ。
ブロロロロロ……ッ!
重厚なV8エンジンの排気音を響かせながら、銀色のトラックは走り出し、夜の闇に消えていった。
005
「帰る前に、少し付き合いなさい、暦」
アパートの階段を下りきったところで、待ち構えていたかのようなタイミングで声をかけられた。
声の主は、戦場ヶ原ひたぎ。
初春の、まだ肌を刺すような冷たい風に長い髪を揺らしながら、彼女は街灯の薄明かりの中に佇んでいた。
その手には、コンビニの袋が一つ。中からは缶コーヒーの温かそうな蒸気が、わずかに袋の隙間から漏れ出している。
「ひたぎ……どうしてここに?」
「恋人のアパートの前で待ち伏せするくらい、彼女の特権の範疇よ。はい、これ」
差し出された缶コーヒーを受け取ると、手のひらからじんわりと温かさが広がっていった。
かつての彼女なら、ここでカッターナイフの刃を突きつけたり、あるいは僕の口内に文房具を滑り込ませたりするような冷徹な歓迎をしてくれたものだけれど、今の彼女は随分と穏やかなものだ。
エジプトでの死闘、そしてあの『妖魔令』による一時の破局と復縁を経て、彼女の棘は、僕に対する深い信頼という名の鞘に収まっている。
「ありがと。……で、話って?」
「散歩しながらにしましょう。今のあなたは、どうせまた安易な逃避行に走ろうとしていたのでしょうから」
「う……」
図星だった。僕が直江津高校の扇ちゃんを頼ろうとしていたことを見透かされている。
僕たちは並んで歩き出した。夜の曲直瀬の街は静かで、時折、大通りを走る乗用車――トランスフォーマーではない、ただの普通の車――の排気音が遠くで響くだけだった。
「老倉さんのことよ」
ひたぎは前を向いたまま、静かに切り出した。その声には嫉妬や怒りといった刺々しい感情は含まれておらず、どこまでも冷静で、だからこそ少しだけ僕の背筋を正させるような響きがあった。
「老倉のこと、か。やっぱり怒ってるよな。僕とひたぎがまたあっさり復縁したこと……」
「いいえ、それはただの表面的な理由よ。彼女が怒るのも当然だし、私たちに非があるのは認めざるを得ないわ。私が言いたいのは、その後のこと。……暦、あなた最近、少し彼女との距離が近すぎやしないかしら?」
「え?」
僕は歩みを止めそうになり、慌ててひたぎの歩調に合わせた。
「距離が近いって……そんなことないよ。むしろこの一ヶ月、気まずくて露骨に避けられてるっていうか、口数も減ってるし……」
「それが『距離が近い』ということなのよ、暦」
ひたぎは立ち止まり、僕の方を振り返った。その瞳には、かつての凍りつくような冷たさはなく、むしろ迷子を諭すような、どこか柔らかい光が宿っている。
「本当に、怪異のことに関しては天才的なのに、人間の機微に関しては救いようのないポンコツね。老倉育という女性が、どうしてそんなに怒っているのか、どうしてあなたに対してそんな態度を取るのか、本当に分からないの?」
「それは……僕たちのバカップルぶりに呆れてるからじゃ……」
「呆れて見捨てるなら、そもそも口数を減らして気まずそうにする必要すらないわ。ただ無視して、あなたの存在を視界から消去すればいいだけ。彼女がそうしないのは、それだけあなたの日常に、彼女自身の心が踏み込んできているからよ」
ひたぎは缶コーヒーを両手で包み込みながら、小さく息を吐いた。白い息が夜の闇に溶けていく。
「エジプトで、彼女は怪異の記憶を失った。でも、あなたと一緒に巨大な鉄の怪物たちと戦い、生き延びたという『強烈な経験』は残っている。今の彼女にとって、阿良々木暦という存在は、単なる『過去の嫌悪すべき幼馴染』から、『命懸けの戦場を共にした特別な戦友』にシフトしてしまっているのよ」
「戦友、か……」
確かに、忍の言っていた「本気で向き合おうとしているからこその憤怒」という言葉と、ひたぎの指摘は完全に一致していた。怪異の記憶がない老倉にとって、あのエジプトでの地獄こそが、僕との関係を再構築する唯一の、そして最大の楔になってしまっているのだ。
「私はね、暦。今の老倉さんを憎いとは思わないし、彼女があなたに向ける感情を不当だとも思わない。今の私は、あなたを信じているから、昔のようにヒステリックに嫉妬の炎を燃やすつもりもないわ」
ひたぎはふっと、悪戯っぽく微笑んだ。その表情は、僕の心を芯から救ってくれる、世界で一番美しい恋人のものだった。
「ただ、あなたが無自覚に彼女の心の傷に触れて、これ以上距離感を狂わせるのは見ていられないの。彼女はとても繊細で、壊れやすいガラス細工のような人だから。だから、一度頭を冷やしに行きなさい」
「ひたぎ……」
「直江津に帰るのでしょう? ちょうどいいわ。羽川さんはいなくても、あの町にはまだ、あなたの歪んだ青春の残滓が残っているはずよ。そこで少し、自分の立ち位置というものを数式みたいに整理してきなさい。……これは、私の許可よ」
ひたぎは僕の胸元に、ぽんと優しく拳を当てた。
「分かった。……行ってくるよ、ひたぎ」
「ええ。お土産はミスタードーナツのポン・デ・リングでいいわ。もちろん、影に潜んでいるあの子の分も含めて、ね」
すべてをお見通し、という風に、ひたぎは綺麗に微笑んだ。
恋人の優しい、けれど確かな「送り出し」を得て、僕は翌朝、曲直瀬から直江津へと向かう電車に揺られていた。
頭を冷やすための、短い帰郷。
しかし、その時の僕はまだ知らなかった。
僕が日常を整理するために向かう直江津の町へ、すでにディセプティコンの亡霊が、確実にその牙を向けつつあることを。
006
インド洋に浮かぶ孤島、ディエゴ・ガルシア。
米軍とオートボットが共同で運営する秘密防衛拠点『NEST』のメイン滑走路は、いつになく緊張感に満ちた熱気に包まれていた。
かつてエジプトで死線を共にしたレノックス少佐(現在は中佐への昇進が内定している)が、煤けたタクティカルベストの襟を正しながら、無線機を耳に当てる。
「こちらレノックス。管制、例の『大物』の軌道は捕捉できているか?」
『――少佐、信じられん。大気圏を減速しながら、信じられないほど巨大な熱源がこちらの直上へ降下中。いつもの隕石じゃない……こいつは宇宙船だ!』
滑走路の端では、オプティマス・プライムが、アイアンハイドやラチェット、そしてバンブルビーらを従えて、紺碧の空を厳かに見上げていた。
半年前の激戦を経て、オプティマスが宇宙の同志たちへ発信し続けたメッセージ。
「周囲に被害をもたらす流星形態ではなく、正規の宇宙船で地球へアプローチせよ」という彼の要請を、忠実に守った同胞たちが今、約束の地へと到達しようとしていたのだ。
キィィィィィィィィィン……!
空気を切り裂く重低音が、巨大な影と共に着陸場を覆う。
雲を割り、その圧倒的な威容を現したのは、サイバトロンの宇宙船『ザンティウム』だった。
鈍い銀色の装甲に無数の対空砲座を備えたその巨躯は、まるで空飛ぶ鉄の要塞。垂直離着陸用の大型スラスターから強烈な熱波を噴き出しながら、ザンティウムはNEST基地の広大な敷地へと、奇跡的な精密さで軟着陸を果たした。
ズゥゥゥゥン……!
大地が心地よく震え、砂埃が舞う。
「……信じられん。あんなデカい代物を、これっぽっちの衝撃で着陸させるなんてな」
エップス軍曹が唖然と呟く横で、ザンティウムの巨大なハッチが轟音を立てながら白煙を上げて開放された。
「よくここまで来てくれた。感謝する、我が同胞たちよ」
オプティマスのバリトンボイスが響く中、ハッチの奥から、新たなるオートボットの戦士たちが次々と姿を現した。
先頭を切って降りてきたのは、頭部の両脇に青白く光る集積回路を露出させ、どこか偏屈な老科学者を思わせる風貌の男。
「いやはや、オプティマス! 地球の重力は大気成分の割にちょいと重いねぇ。だが、素晴らしい設備だ!」
技術主任、ホイルジャックだ。
そのすぐ後ろから、全身を剃刀のように鋭利な赤い装甲で包み、両腕に仕込まれたブレードを輝かせながら、流麗な足取りで歩み出てくる戦士。
「悪くない所だな。陽の光も良い」
イタリア訛りの電子音を響かせる、型破りなプロフェッショナル、ディーノ。
さらに、背中に鮮やかな主翼を背負い、まるで日本の歌舞伎役者のような意匠のフェイスプレートを持つ美しき空中戦士、ウインドブレードが軽やかに舞い降りる。
「ウインドブレード。呼びかけに応じ、ただいま参上いたしました」
「よう、バンブルビー!元気してたか?」
続いて、小柄ながらも厚い装甲を持ち、血気盛んに拳を打ち鳴らす赤い戦士、クリフジャンパー。
「……美しい海だ」
最後には、陸上での歩行をどこか煩わしそうにしながらも、重厚な紺色のボディを揺らす海上防衛のスペシャリスト、デプスチャージが滑走路へ降り立った。
その時、まだ閉まりきっていない宇宙船の内部から、ガタガタと工具を投げ出すような騒がしい破壊音と、野太い怒鳴り声が響いてきた。
『おい先に行っててくれ! 俺たちは船の調整を終えてから行く! このロケットブースターがまたイカれちまってよぉ!』
『ロードバスター、お前が叩くからだろ!』
レッカーズと呼ばれる職人集団の声に、ホイルジャックが苦笑しながら肩をすくめる。
オプティマスは深く頷くと、新参の戦士たちに告げた。
「これより、君たちにこの星での『擬態』のための姿を与えよう。NESTが用意した最新のビークルをスキャンしてくれ」
用意されていたのは、世界中から集められた一線級のビークルたちだ。
新戦士たちの光学センサーから、一斉にスキャンレーザーが照射される。
ガガ、ギゴガゴゴ……!
ホイルジャックの身体が複雑に折り畳まれ、落ち着きのある知的で洗練された高級車、メルセデスベンツE550セダンへと姿を変える。
ディーノの赤い装甲は、まるで生き物のように艶やかな曲面を描き、地を這うようなスーパーカー、フェラーリ・458イタリアへと瞬時に変形を完了した。エンジンが雄叫びを上げる。
クリフジャンパーが選んだのは、バンブルビーへの対抗心からか、同じカマロ。
しかしそれは、真っ赤なボディのフロントグリルに、猛々しいブルホーンのパーツをあしらった、彼らしい攻撃的なカスタムカマロだった。
ウインドブレードは、その身軽さを最大限に活かすべく、滑走路に並んでいた赤い
そしてデプスチャージは、陸上用の車輌には目もくれず、ディエゴ・ガルシアの美しい海へと視線を向けた。彼の巨躯が変形し、海中を音もなく滑走する異形のエイ型潜水艦へと姿を変え、そのまま水中へと滑らかにダイブしていった。
「どうだオプティマス?」
「素晴らしい」
レノックスの問いかけに、オプティマスは地球の技術と融合した新たな戦士たちの姿を見つめ、満足げに頷いた。
「ディセプティコンの残党は未だ闇に潜んでいる。だが、これで我らの防衛線はさらに強固となった」
「そうか。それは良かった。これなら、ギャロウェイがいくら本国で書類の山を並べ立てようが、物理的な抑止力としてはお釣りが来る」
レノックス少佐は、艶やかな赤い塗装を輝かせるフェラーリ――ディーノの車体を軽く叩き、安堵の息を吐き出した。
だが、その安らぎは長続きしなかった。
滑走路の脇から、一人の通信兵が息を切らせて駆け寄ってきたのだ。
「――少佐。少々お時間を。ホワイトハウスのNEST専用回線から、先ほど暗号化された緊急通知が入りました」
「ギャロウェイからか? 奴の小言なら後にしてくれ」
「いえ、それが……」
通信兵の顔は、驚くほど蒼白だった。
「ギャロウェイ補佐官が、本日未明、ワシントンD.C.のオフィスにて遺体で発見されました。死因は……頸動脈の切断。それと現場のメインサーバーから、NEST関連の機密データが、外部へ大量に不正流出した形跡があるとのことです」
「何だと……!?」
レノックスの表情が一瞬で強張る。傲慢な官僚ではあったが、あの大統領補佐官が、ホワイトハウスの膝元で暗殺されたという事実は、あまりにも異常だった。
その横で、ずっと沈黙を保っていたオプティマス・プライムが、怪訝そうにその青い光学センサーを細めた。
007
中央アメリカ。
鬱蒼と茂る熱帯雨林の奥深く、数千年の歴史を誇る古代マヤの遺跡群。
その巨大な石造りのピラミッドを強引に削り取り、不気味な赤と紫の電磁光を放つアンテナやプレハブ状の軍事施設が、癌細胞のように増殖していた。
臨時のディセプティコン基地である。
現在、航空参謀スタースクリーム、そしてスカイワープとサンダークラッカーの『シーカーズ』の幹部たちは、アフリカの不毛の地で、傷ついたメガトロンの付き添い(という名の、スタースクリームのゴマすり)に回っている。
そのため、この中央アメリカの拠点が、現時点におけるディセプティコン残党の『頭脳』だった。
「おい、サウンドウェーブの奴はまだ帰ってこないのかメーン。これ以上この湿気たジャングルにいたら、俺の自慢の戦車ボディが錆びちまうメーン!」
基地の指揮権を任された空陸参謀のブリッツウイングが、地響きを立てて歩き回っていた。
彼はF-4ファントムIIとレオパルト2に三段変形するトリプルチェンジャーだが、人格の方も同じく冷徹、熱血、狂気の3つに分裂している多重人格者であった。
「静かにしろ、ブリッツウイング。彼の計画に抜かりはない」
ウェスタンスター4900sf大型レッカー車へと変形する緑の巨漢、戦術参謀オンスロートが腕を組み、彼を冷ややかに嗜める。
その横では、MLRSM270へと変形するヘイルストームが、肩のミサイルポッドを退屈そうに弄び、兵器商人であるスィンドルが、遺跡から剥ぎ取った古代の貴金属を鑑定していた。
さらには、この半年間の間に合流していた双子の大型戦士ドレッドウイングとスカイクエイクが、まるで門番のように遺跡の入り口に佇み、周囲を警戒している。
「ん?兄坊、何か来ますぜ」
「……敵ではないな」
そこへ、重厚な駆動音を引き連れて、一台の銀色のピックアップトラックが遺跡の広場へと滑り込んできた。
キィィィッ! とタイヤを鳴らして停車すると、助手席から人間の少女の姿をしたプリテンダー・アリスが軽やかに飛び降りる。
続いて、トラックの車体が複雑怪奇に変形し、あの冷徹なる情報参謀サウンドウェーブが姿を現した。
その腕には、鋭い爪を持つレーザービークが静かに留まっている。
「おお、やっと来たか!それで、収穫は?」
スィンドルが、光学センサーを明滅させながら擦り寄る。
サウンドウェーブは無言で、自身の胸部のプロジェクターから、青白い光線を石壁へと照射した。
そこに映し出されたのは、ギャロウェイのオフィスから強奪した、阿良々木暦と怪異の専門家たちに関する極秘データの数々だった。
「標的のロケーションが確定。日本の『直江津』。そこには、地球の超常エネルギーである『怪異』の残滓が集中している」
「素晴らしい! ちょうど仕込みのタイミングもバッチリだ!」
スィンドルが基地の中央に設置された巨大な電波送信アンテナへと駆け寄った。
「このハッキングデータから抽出した『通信プロトコル』を逆用する。これで、大気圏外で様子を伺っていた連中を、米軍の目を盗んで一気に呼び寄せられるぞ!」
スィンドルが操作盤のレバーを力強く押し下げる。
キュィィィィィィィィィン……ッ!
アンテナから宇宙へと向けて、不可視の強力な誘導信号が放たれた。
数分後。
青い昼空を引き裂き、天空から無数の「火球」が、凄まじい音を立ててジャングルへと降り注ぎ始めた。
極彩色の鳥達が怯えて次々と飛び去っていく。
ドゴォォォォォォォォォンッ!!!
大地を揺るがす衝撃と共に、噴き上がる土砂と爆煙の中から、新たなるディセプティコンの軍勢がその姿を現した。
「ふむ……随分と有機物の臭いに満ちた星だな。生命体も多い」
冷徹なる軍師、スラストが、灰色のベースに不気味な緑色のラインを走らせた最新鋭ステルス戦闘機の装甲をギチギチと変形させながら降り立つ。
その横には青と黒のボディを持ち、不気味な電子音で周囲を威嚇するダージ。
「メガトロン様が敗れたと聞いて駆けつけてみれば、ずいぶんと寂れたアジトじゃあないか」
白黒ジェットのラムジェットが、嘘にまみれた歪な声を上げる。
彼は息を吐くように嘘をつく虚言癖の持ち主だ。
この三人の『新シーカーズ』は、頭部の後ろに、まるで交通整理用の三角コーンか、あるいはこの地域の近海にも生息している軟体動物の胴体先端のような円錐形の機体パーツを、フードのように展開しているのが特徴だった。
「――やっと呼んだわね、スィンドル。イカトンボ3人の世話に飽き飽きしてたところよ。……そこのモノマネ芸人の頭についたそれは何?」
さらに、紫色の妖艶な装甲を持つ女性型シーカーズ、スリップストリームが、冷酷な視線でアリスを一瞥する。
「おお……メガトロン様偉い!メガトロン様強い! このラグナッツ、命を賭して、あなた様の役に立つッツ!」
その横ではメガトロンの狂信者にして超巨大な重爆撃兵、ラグナッツが、その肥大化した拳を打ち鳴らした。
「お前達の補給計画はどうなっているんだ!?遠い所からわざわざエネルゴンキューブを運ばせやがって!まあいい、ここをアストロトレインの輸送本部にする!」
最後には、輸送参謀のアストロトレインが、地割れを起こしながら18メートルの巨躯を直立させる。
彼はブリッツウイングと同じくトリプルチェンジャーである。
「素晴らしい……! これだけの戦力が揃えば、オートボットどもを磨り潰すなど造作もない!」
その光景に、MQ-9無人攻撃機に変形するコンバッティコンの精密狙撃兵、ブラストオフが満足げに拳を握った。
「――スィンドル。あの賞金稼ぎとの『契約』の最終確認を進めろメーン!」
ブリッツウイングが怒鳴る中、スィンドルが腕に接続されたデータ端末を弄りながらぼやく。
「データは送信したがね。だが、あの傭兵に一体何をくれてやるんだ? 『それ相応の対価』と契約内容にはあるが……。言っておくが、奴はひねくれた『専門家』である以前に、目の肥えた『トロフィーハンター』だ。俺が裏ルートで仕入れた最新のプラズマキャノンにも、サイバトロン星の超合金にも、これっぽっちも目もくれんぞ。金や兵器じゃ動かんタチだ」
「――商売人が形のない『情報』の価値を忘れてもらっては困りマス」
ブリッツウイングの人格が『冷徹』なそれへとカチリと切り替わった。彼の音声プロセッサから、ドイツ訛りの凍りつくような声が漏れる。
トリプルチェンジャーは、一歩前へ踏み出し、サウンドウェーブの映し出す少年のホログラムを指差した。
「簡単なことデス。――『世にも珍しい、伝説の吸血鬼の居場所を知っている』とでも言っておいてクダサイ。いるじゃあないですか、この星には。前の戦いで、散々私たちの邪魔をした、あの不愉快な金髪の小娘が――」
次回豫告
「火憐だぜ!」
「月火だよ!」
「「2人合わせてファイヤーシスターズ!!」」
「いやー3作目も始まったねー」
「あれ?3作目なら月の話じゃないの?」
「月?何だそりゃ、月火ちゃんの話か?」
「あっ、そういう感じね」
「というか月火ちゃんの話なら、西尾維新先生の原作で今年の9月に発売される『鳥物語』でやるだろうが!」
「露骨な宣伝!」
「まあ、月火ちゃんの話はまた今度ってことで。今回は『第轟話 こよみウェーブ』の話だぜ!」
「切り替えてこー!」
「それにしても、この『第轟話』を見て思ったんだけどさ。『轟』って漢字って、見てくれからしてうるさいよな」
「といいますと?」
「だって車が3台も並んでるんだぜ?エンジン音も3倍になっちゃうぜ」
「そいつは聞き捨てならないね!とんだ近所迷惑だよ!プラチナむかつく!」
「正義の味方の名にかけて、私達もその名を轟かせていこうぜ!」
「「次回、第轟話 こよみウェーブ其ノ弐!!」」
「そこで私達が轟いたら、意味が無い気がするけどね」