どうか安らかにお眠りください。
015
地球の裏側、中央アメリカの鬱蒼としたジャングルに深く隠された、ディセプティコンの臨時要塞基地。
湿った熱気と重油の臭いが立ち込める広大なハンガーに、凄まじい地響きが鳴り響いた。
大気圏外から急降下してきた巨大なスペースシャトル――輸送参謀アストロトレインが、轟音と共に豪快に不時着したのだ。広大な格納庫から捕らえられた八九寺真宵を乗せたカプセルが引きずり出され、彼はその巨躯をロボットモードに変形させた。
時を同じくして、アフリカの砂漠から帰還したF-22戦闘機の一団が金属音を響かせて着陸し、次々と異形の兵士たちへと姿を変えていく。航空参謀スタースクリームを筆頭とする、ディセプティコンの本隊だ。
さらに、エジプトでの大敗北以降、世界各地の建設現場や鉱山に潜伏していた
「――それで? メガトロン様の容体はどうなのだ」
集結した兵士たちの前へ、オンスロートが重々しい足音と共に進み出た。その冷酷な光学センサーの奥で、焦燥の光が明滅する。
問いかけに応じたのは、漆黒と紫のボディを持つ航空兵、スカイワープだった。彼は不気味に低く響く駆動音を漏らしながら、首を左右に振る。
「損傷が激しい。……この前のエジプト戦、そしてプライムとの一騎打ちによるダメージが、未だに回路を焼き続けている。……このままでは、最悪の事態も考えられるかもしれない」
彼の隣にいた、青いボディのサンダークラッカーが言葉を引き継ぐ。
「地球の最新鋭の重工業兵器でも新しくスキャンし直せば、あるいは再生の可能性もあるだろうが……」
だが、彼の言葉にアストロトレインとブリッツウイングが口を挟む。
「しかし、メガトロン様のプライドがそれを許すのかね。再生なんて言っているが、ありゃ無理だろ」
「だったら次のリーダー、ニューリーダーを決めるべきじゃなーい!?アタシみたいな!」
「……滅多なことを言うな、トリプルチェンジャー共」
彼らの軽率な言葉をたしなめるように、しかし、隠しきれない期待にその光学センサーをギラギラと輝かせながら、スタースクリームがにじみ出るような卑屈さを装って一歩前に出た。彼はわざとらしく自身の翼を震わせ、周囲の視線を集める。
「メガトロン様の容態が深刻なのは、実に、実に胸が痛む悲劇だ。だが、軍団がバラバラになってはオートボットどもの思う壺。……それなら、ディセプティコンのNo.2たるこの私がニューリーダーになるというのはどうだろう?
「私にはメガトロン様がご不在の時に指揮を執っていたという実績がある!異論を挟む余地など、どこにもないはずだがねぇ!」
「ちょっと待て! 何がニューリーダーだ、この野郎!」
コンストラクティコンの生き残りを率いる化学兵ミックスマスターが、その鋭いミキサードラムのパーツを激しく揺らしながら怒号を上げた。
「エジプトで大敗したお前らにこれ以上従えるか!それよりも、 再編された俺たちコンストラクティコン師団が合体し、あのデバステーターになれば無敵だ! 次期リーダーは、力こそがすべての俺たちよ!」
その言葉が響いた瞬間、基地の壁面に佇んでいた情報参謀サウンドウェーブが前に出る。
「この私、サウンドウェーブの方が頭が良い。コンストラクティコンは皆、馬鹿ばかり……!」
銀色のシルバラードから変形する彼の口から、地を這うような合成音声が、しかし珍しい事に感情の籠もった音声が、吐き捨てられた。
「何だと!? おい、てめぇ、もういっぺん言ってみろ!」
黄色いコマツD575Aブルドーザーから変形し、一本足のジャックハンマー機構を持つ破壊兵スキップジャックが、その場で飛び跳ねるようにして叫んだ。
「俺たちの合体パワーを馬鹿にしやがって! 上から目線でデータばっかり食ってる電子機器が偉そうにするんじゃねえ!」
「そうだ! てめぇみたいなゴマすりのクズ野郎に、誰が従うかよ!」
その後ろから黄色い重厚なキャタピラー773Bダンプカーの装甲を揺らしながらペイロードがドスドスと足を踏み鳴らし、クレーンを背負った異形の個体のフックが小さな指でサウンドウェーブを指さす。
その侮辱に、彼の配下たちが瞬時に反応した。
「――サウンドウェーブの悪口を言う奴にゃあ、私たちが相手よ!」
普段は人間の少女――羽川翼に擬態している擬態暗殺員、アリスが激昂し、その美しい皮膚を引き裂いて背中から何本もの鋭利な触手を、加えて銀色の尾を展開してコンストラクティコンたちを威嚇した。
さらに、サウンドウェーブの胸部から射出された偵察兵レーザービークが、彼の頭上で2門のライフルをガチリと構える。
「ああ! かかって来な、このポンコツのサビ野郎!」
「うるさい、サウンドウェーブの愛玩動物共が! 力の差を思い知らせてやる! コンストラクティコン、合体!!」
ミックスマスターの号令の元、周囲にいた建設師団の残党たちが一斉に跳躍し、空中でパーツを激しく噛み合わせ始めた。
彼らの巨躯が組み合わさり、かつてピラミッドを破壊したあの超巨大合体建設兵デバステーターの姿を形作ろうとする。
……しかし。
「……おい、何だこれは!? 腕のパーツが足りねえぞ!」
「脚部の接続回路がエラーを起こしてやがる!」
世界各地でNESTに狩られ、主要な構成員を欠いた現在のコンストラクティコンでは、不完全な合体しか行えなかった。組み上がったデバステーターには、腰部を担当するアーティキュレートダンプのパーツが無く、油圧ショベルのフロストドレッジが無理やり胴体全体を担当する。
右腕にあたるホイールローダーのパーツは丸ごと欠け、左腕も手首から先が存在しない。
今あるパーツからも火花を散らし、デバステーターは上半身にケーブルで無理やり脚部を接続した、酷く不格好で歪な姿へと収まってしまった。
もはや『デバステーター』ではなく、『デバスター』である。
「ガ、ガァァァァ……! 殺してやる!」
「はっはー! 随分と頭でっかちなデバステーターじゃねえかメーン! 粗大ゴミの山がお似合いだメーン!」
人格を狂気から熱血に切り替えた空陸参謀が背中の2連砲塔から火炎放射を放つ。
その乱戦の渦中に、一際巨大な怪力兵ラグナッツが、その巨大な拳を地面に叩きつけながら乱入してきた。
彼はメガトロンへの異常なまでの忠誠心で知られる狂信者だ。
「メガトロン様が死ぬわけないだろォォォォォッ!!」
ラグナッツはすべての光学センサーを激怒に染め上げ、狂ったように叫ぶ。
「メガトロン様強い! メガトロン様偉い! 次期リーダーなどと口にするこの不届き者どもめ、俺っちがまとめて粛清してやるッツ!」
「止めろ、このラグナスのボケナス野郎! こんな所で暴れたら基地が崩壊するだろ!」
隣にいたブラストオフが、ラグナッツの無差別な突撃に巻き込まれそうになり、片手のレーザーライフルを乱射して応戦する。
その向こうではアリスがスタースクリームに飛びかかり、レーザービークの銃撃がブリッツウイングの翼を掠め、デバスターの拳がヘイルストームとスィンドルを吹き飛ばしていた。
「私たちは退くわよ、イカトンボ。こんなのに付き合っていられるか!」
「そんなこと分かってる!あと私の名前はスラストだ!」
スリップストリーム、名前を間違えられたスラストら新シーカーズ、ドレッドウイング兄弟といったまともな思考が出来る個体は上空へと撤退し、難を逃れた。
だが、地上では。
ドガガガガガガガァンッ!!!
ブリッツウイングの氷弾、ヘイルストームのミサイル、そしてデバスターの怪力が狭いドック内で激突する。
誰が敵で、誰が味方かも分からない。
欲望、忠誠、野心、保身――それぞれが己の感情のままに兵器をぶつけ合う、最悪の内ゲバ、乱戦の地獄絵図がそこに完成していた。
「ニューリーダーは俺だ!」
「いや俺たちだ!」
「メガトロン様万歳!」
火花と硝煙がドックを満たし、壁面の装甲が次々と剥がれ落ちていく。
誰もが己の勝利を信じて疑わない。
――その、最悪の混乱の最中。
ズドォォォォォォォォンッッ!!!
何処からともなく、すべてを圧殺するような破壊の光弾が放たれた。
凄絶なエネルギーを帯びたフュージョンカノンの光が、乱戦の真っ只中へと直撃する。
「ぎゃあああああッッ!?」
「うわあぁぁっ!」
合体しかけていたデバステーターが文字通り粉々に吹き飛び、強制的に合体を解除させられる。
ブリッツウイングやラグナッツ、サウンドウェーブら面々も、凄まじい衝撃波によってハンガーの壁際へと一斉に吹き飛ばされた。火煙が激しく立ち込める。
「――どいつもこいつも、裏切り者ばかりだ……!」
地獄の底から響くような、怨念と圧倒的な威圧感を孕んだ、錆びついた声音。
立ち込める煙の向こうから、ゆっくりと、しかし確実な殺気を放ちながら歩み出てきたのは、ディセプティコンの絶対的支配者――破壊大帝メガトロンだった。
その顔面は半分が崩壊し、片側の光学センサーが辛うじて見える程度の、見るも無残な状態だ。
くすんだ銀色のボディも、右腕に鎮座するフュージョンカノンも、オプティマスのブレードによって深く切り裂かれ、内部の配線が剥き出しになり、火花と黒いオイルが絶えず滴り落ちている。
スカイワープの言葉通り、その損傷は目を覆うほど激しく、全盛期の輝きは失われていた。
だがそれでも、フュージョンカノンの砲口は未だ赤く熱を帯び、彼の紅蓮の光学センサーは、集まった兵士たちを容易に溶解させるほどの狂気を宿してギラギラと燃え盛っている。
「ディセプティコンのリーダーはこの俺様だけだ……! 貴様らにはその資格などない!分かったか!!」
メガトロンが吼えると同時に、要塞全体の電子機器が恐怖で悲鳴を上げるように放電した。
さっきまでリーダーの座を奪い合っていた兵士たちが、その圧倒的な覇気に一瞬で蛇に睨まれた蛙のように硬直する。
「お、おお、メガトロン様……!」
さっきまでの傲慢な態度を消し飛ばし、真っ先に床へ這いつくばってすり寄ったのは、他でもないスタースクリームだった。彼は自身の翼を極限まで縮め、媚びへつらう笑みを浮かべる。
「申し訳ありませんメガトロン様! 私が目を離した隙に、このコンストラクティコンのゴロツキどもや、トリプルチェンジャーといった不届き者らが、次期リーダーを決めるなどと反乱を起こそうとしておりまして――私は必死に、彼らを止めようと――」
「貴様もだろうが、この愚か者めがァッ!!」
「ぶふぇっ!?」
メガトロンの、容赦のない鉄の蹴りがスタースクリームの顔面を捉えた。凄まじい音を立ててスタースクリームの巨体がハンガーの床を滑り、壁に激突して火花を散らす。
不快そうに首の関節を鳴らしたメガトロンが周囲を一瞥すると、広大な基地には静寂だけが残り、ディセプティコンの不穏な内乱は、恐怖という名の絶対的な力によって一瞬にして鎮められた。
016
「……状況報告を」
ハンガーの片隅に急造されていた玉座に腰掛けたメガトロンは、半分崩壊した顔面から黒いオイルを滴らせながら、低く、しかし逆らう者を容易にねじ伏せる重圧を伴った声を響かせた。
戦術参謀、前線指揮官たるオンスロートは、内ゲバの無様な様子を少しでも払拭しようと、直立不動の姿勢で迅速に報告を済ませる。
「はっ!現在、アストロトレインと賞金稼ぎが『エネルギー資源』を確保いたしました!」
続いてサウンドウェーブも冷徹に前へ出る。
「ショックウェーブの凍結場所も座標を特定。既に解凍・修復部隊を向かわせています。我々の合流準備も完了」
「よろしい。俺様も同行する」
メガトロンのその一言に、壁際で顔をさすっていたスタースクリームが、慌てて前に這い出てきた。
「メガトロン様、畏れ多いですが、御身体に支障が……。あの忌々しいプライムに刻まれた傷の修復が先決かと……!」
「黙れ。我が忠実な部下の復活に立ち会わない奴がどこにいる!」
凄まじい怒号と共に、メガトロンの不気味に赤く輝く目がスタースクリームを射抜く。ニューリーダーの野望を挫かれた航空参謀は、ひぃ、と短い悲鳴を上げて再び縮こまった。
その時、要塞のハッチ付近で警戒に当たっていた大柄な戦士が、重厚な足音を響かせて駆け込んできた。
「メガトロン様!賞金稼ぎが到着しました!」
基地を警護していたドレッドウイングだ。彼の報告と同時に、ハンガーの天井部が大きく開かれ、鬱蒼としたジャングルの湿った夜空から、あの漆黒のステルス宇宙船が滑り込んできた。
「……来たか」
メガトロンがフュージョンカノンを構えたまま見上げる中、宇宙船から放たれたトラクタービームに乗って、滑るように地表へ降り立つ影があった。
ランボルギーニア・ヴェンタドールから変形する賞金稼ぎ、ロックダウンだ。
その後ろには、暗殺兵エアラクニッドと、漆黒の兵士シャドウレイダーズたちが一糸乱れぬ動きで控えている。
メガトロンは歪んだ口元に冷酷な笑みを浮かべ、五つの目を光らせるアストロトレインの横を通り過ぎて一歩前に出た。
彼は、満身創痍の巨躯でありながらも絶対的な王者の威風を崩さず、賞金稼ぎを迎え入れる。
「よく来た、賞金稼ぎ。聞くにオートボットを一匹殺したらしいな。実に頼もしい事だ」
続けて、メガトロンは不敵な笑みを浮かべ、五本の鉄の指を広げてみせる。
「ある者はこう言う。『敵の敵は味方』と」
しかしロックダウンは、周囲を取り囲むディセプティコンの大軍勢を一瞥だにせず、ただ冷淡なバリトンボイスで返した。
「だが俺はこう言う。――『そんなものはクソ喰らえだ』」
その刹那、ハンガー内の空気が完全に凍りついた。
「てめぇ……っ!」
「メガトロン様を侮辱するか!」
先ほどまで醜い内ゲバを繰り広げていたディセプティコン達が、今度は一斉にロックダウンへとその凶悪な銃口を向けた。
ブリッツウイングの二連主砲が、シーカーズのブラスターが、ラグナッツの巨大なハンマーが、アストロトレインのイオンライフルが、賞金稼ぎの一派を包囲する。
だが、ロックダウンは眉一つ動かさず、背後のエアラクニッドたちも微動だにしない。
その一触即発の緊迫した状況を、メガトロンが片手を上げて制した。
「……今の発言は大目に見てやろう。ビジネスに個人的な感情は不要だからな」
メガトロンは地響きのような声で兵士たちを下がらせると、ロックダウンを睨み据えた。
「その代わり、貴様が手に入れた、あの忌々しい吸血鬼の心臓を寄越せ。一時的だが、ショックウェーブの蘇生の足しにさせてもらう」
ロックダウンは暫し沈黙していたが、やがて無言で自身の胸部装甲を展開した。そこから取り出されたのは、サイバー・ネットのエネルギーに縛られながらも、未だドクドクと不気味に脈打つ、忍野忍の心臓だった。
「分かった、しばらく貸してやろう。但し、事が済んだら返してもらう。万が一、傷つけた場合はお前のフュージョンカノンを貰うからな」
ロックダウンは心臓が収められた特殊カプセルをアストロトレインへと放り投げると、興味を失ったように身を翻した。
「北の地で待つ。そっちの部下で飛べない奴がいるなら俺の船のハッチに入れさせる。準備させておけ」
そう言い残し、ロックダウン一派は再び漆黒の宇宙船へと戻っていった。
「……メガトロン様、やはり奴らは信用できません!忠誠心ではなく損得勘定で動くなど……!」
彼らの姿が見えなくなったのを確認すると、冷徹軍師スラストが不服そうに進言する。
メガトロンは疼く右顔面を押さえながら、忌々しげに唸った。
「……この計画に奴らは必要不可欠だ。今この場で引き裂く事は許さん」
「しかし……!」
「だが」
と、食い下がるスラストを制するメガトロン。
「だが、計画が完了すれば、奴らはもう用済みだ。どう始末するかはお前達に任せよう」
メガトロンはカプセルの中で妖しく光る怪異の核を冷たく見下ろすと、ハンガーに集結した全軍に向けて、吼えるように命じた。
「ディセプティコン共、賞金稼ぎの船とアストロトレインに乗り込み、約束の地へ向かえ! 凍てつくシベリアの底で、我らが偉大なる頭脳を目覚めさせるのだ!」
「「「オゥゥゥッ!!」」」
破壊大帝の号令の元、兵士たちが次々とその異形の肉体を爆音と共に変形させていく。
最初にエンジンを点火させたのは新シーカーズの面々だった。
スラストが灰色の機体に緑のラインが走るMiG-35戦闘機へ、ダージが深みのある青と黒の禍々しいMiG-35へ、ラムジェットはオフホワイトにマットブラックが混ざった不気味なMiG-35へと、一斉に鋭利な金属音を立てて姿を変える。
その隣では、スリップストリームが美しい紫とターコイズブルーのコントラストを持つSu-47前進翼戦闘機へと鮮やかに姿を変え、風切り音を鳴らす。
ラグナッツは「メガトロン様のためにィ!」と叫びながら、その巨躯を武骨で巨大なB-29爆撃機へと変形させ、重厚なプロペラ音を響かせた。
さらに、基地を護衛していたドレッドウイングが紺色の、その弟であるスカイクエイクが深い緑色のAC-130ガンシップ対地攻撃機へとそれぞれ変形し、ガトリング砲の砲口を鋭く光らせる。
「おい、俺たちも行くぞ!」
先ほどの乱戦で合体を解除され、不格好に火花を散らしていたミックスマスターらコンストラクティコンや、オンスロート達のようなコンバッティコンの面々は、自力での長距離飛行が困難なため、ロックダウンのステルス宇宙船の巨大な下部ハッチへと、ぞろぞろと這いずるようにして乗り込んでいった。
コンバッティコンで唯一飛行可能なブラストオフは漆黒にカスタムされた無人攻撃機、MQ-9リーパーに変形。
スタースクリームら3機のF-22と共に飛び立つ。
最後にはアストロトレインがその巨体を爆発的に展開させると、灰色とダークパープルの禍々しいカラーリングを持つ巨大なスペースシャトルの
格納庫内にサウンドウェーブらと、エイリアンタンクに変形したメガトロンが音もなく収まり、推進器が猛烈な白煙を吹き上げる。
ゴオオオオオオオォォォ……!
夜のジャングルを、数々の爆音と衝撃波が蹂躙する。
ディセプティコンの本隊と賞金稼ぎの混成艦隊は、大気を引き裂きながら、遥か北の凍てつく大地――ロシア・シベリアの永久凍土を目指し、一斉に軌道上へと飛び去っていった。
017
鉛色の空から、みぞれ混じりの冷たい突風が吹きつける。
僕たちが辿り着いたのは、日本の北の果て――北海道の寂れた倉庫街だった。
直江津から僕を乗せて走り続けてくれたバンブルビーは、泥と塩分にまみれた黄色いカマロのボディを軋ませ、人気のない巨大な倉庫の影で静かにエンジンを切った。
「……暦、着いたよ。皆が中で待っている」
カーオーディオから響く彼の合成音声が、極寒の北の大地に溶けていく。
「ありがとう、ビー。無理をさせてごめん」
僕は、車外に出ると同時に身震いした。
防寒着を着込んでなお、冷たい風が肌を刺す。
だがそれ以上に、僕の胸を締め付けているのは、僕の影で眠る忍の弱々しい生命の灯火だった。
残り時間は、もう7日も無い。
「さあ、行きましょう暦。臥煙さんが用意した『助っ人』とやらが、どれほど大層なものか拝ませてもらうわ」
助手席から降りたひたぎは、マフラーに顔を埋めながらも、いつもの凛とした鋭い瞳で倉庫の重い鉄扉を見つめていた。彼女の肩の上では、ホィーリーとブレインズが寒さに歯を鳴らしながら「おいおい、凍え死んじまうぜ!」と愚痴をこぼしている。
ギィィィィィィィ……
僕が錆びついた鉄扉を押し開けると、広大な倉庫の内骨格が剥き出しになった空間に、場違いなほどの熱気と、鉄の匂い、そして――圧倒的な巨大生命体の『気配』が満ち満ちていた。
赤と青の鮮やかなピータービルト379から変形した、オートボットの総司令官オプティマス・プライム。
黒いトップキックの重戦士アイアンハイド、ハマーH2救急車から変形する軍医ラチェット。
さらに、エレクトロウィップをバチバチと明滅させる青い技術兵ジョルトに、三姉妹の女性型TFであるアーシー、クロミア、エリータ・ワンのバイク部隊が周囲を警戒している。
NESTの公式なバックアップを受けられないこの極秘任務に、彼らは「個人」として、僕たちのために駆けつけてくれたのだ。
だが、それだけではなかった。
オプティマスの背後には、僕がこれまでの戦いでも見たことのない、新しいオートボットたちの姿があった。
「ホイルジャック、それ全部持っていけるのか?」
「舐めたらあかんでよ、ジョルト」
工具やガジェットを全身に纏った、いかにも技術者風の風貌をした青いボディのホイルジャック。
背中に一対の赤い翼を背負い、どこか東洋の鎧武者を思わせる美しい姿の女性戦士ウインドブレード。
そして、両腕に鋭利なブレードを装備した、鮮烈なイタリアンレッドのスタイリッシュなスポーツカーから変形した戦士――。
「よく無事で戻ったな、阿良々木暦」
赤いスポーツカーから変形したその戦士――ディーノは、金属のリッププレートを滑らかに動かし、信じられないほどに渋く、洗練された大人の声音で僕たちに語りかけてきた。
そのあまりの色気に、助手席から降りたひたぎが、ジト目のままその赤いトランスフォーマーを見上げる。
「……随分とダンディな声ね。車種はフェラーリかしら? 暦、ちょっとあの人を私の新しい自家用車として拉致してもいい?」
「ひたぎ、冗談でもそんな物騒なこと言わないで!? 彼は僕たちの新しい仲間だ!」
僕が慌てて突っ込みを入れる中、オプティマスが重厚な足音と共に僕の前へと進み出た。
「暦。君の友人達、そしてクリフジャンパーのことは……本当に悔やまれる。だが、うつむいている暇はない。ディセプティコンはショックウェーブを蘇らせるため、すでにシベリアへと向かった。サイドスワイプやマッドフラップ、スキッズらツインズは基地の守衛として残したが、ここには我々の精鋭が揃っている」
「オプティマス……ありがとう」
胸が熱くなる。公式に動けないはずの彼らが、リスクを冒してまでここにいてくれる。
しかし、臥煙さんが用意した「助っ人」は、異星の戦士たちだけではなかった。
「――やあ、阿良々木くん。久しぶりだね」
暗がりの奥から、白い防寒コートのフードを深く被った小柄な女性が、いつものあの、すべてを包み込むような聖母の微笑みを浮かべて歩み寄ってきた。
「羽川……!」
僕は、息を呑んだ。
フーバーダムでの通信サポートや、エジプト決戦後の隠蔽工作に協力してくれて、現在は海外放浪の旅に出ていたはずの僕の恩人――羽川翼が、そこに立っていた。
しかし、彼女の姿を見た瞬間、僕の脳裏を過ったのは、あのエジプトの戦いの前に起きた、悍ましくも奇妙な『あの事件』の記憶だった。
僕の大学生活のアパートに突如現れた、羽川の姿をした金属生命体――ディセプティコンのプリテンダー。彼女にオールスパークの『文字』を求められ、組み伏せられ、文字通りエネルギーを搾り取られかけたあのトラウマ。
……本物の羽川だって分かってる。
分かってるんだけど。
どうしても身体が強張る。
そんな僕の気まずさを察してか知らずか、羽川は小さく首を傾げ、いたずらっぽく微笑んでみせた。
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ、阿良々木君。私は金属製じゃないし、舌を伸ばして首を絞めたりもしないからね?」
「シ、シーッ! 滅多なこと言うなよ羽川!」
僕が慌てて周囲を警戒すると、僕の腕を掴むひたぎの指先に、ギュッと力が籠もる。ひたぎは極めて冷徹な、けれどどこか楽しげな小声で、僕の耳元に囁いた。
「……ねえ暦。羽川さんの姿をした宇宙人の偽者にハニートラップを仕掛けられた挙句、今度はその本人と極寒の地で鉢合わせるなんて、これほど気まずい事って人類の歴史上に存在しなくないかしら?」
「シーッ! ひたぎ、本当にお願いだから静かにして!」
「ははっ! 相変わらず賑やかでいいじゃん。なんか知んないけど、ダチがエイリアンに攫われたんだって? 超ウケる」
緊張感の欠片もない、軽薄な笑い声が倉庫の天井に響いた。
影から姿を現したのは、白ランを着た金髪の少年だ。その背中には、彼自身の身長ほどの巨大な銀製の十字架が不気味に鎮座している。
ヴァンパイアハーフの専門家――エピソード。
「よせ、エピソード。愛する者を、大切な友を失う事ほど、この世で辛いことはない」
そのエピソードの頭を、大きな、あまりにも巨大な手のひらが、コツンと軽く小突いた。
地響きのような足音と共に現れたのは、身長が3メートルもある、もはや人間という枠組みを完全に超越した岩石のような大男。
全身を黒いトレンチコートで包んだ、同族殺しの吸血鬼ハンター。
ドラマツルギーだ。
「臥煙さんからの公式な依頼だからね」
羽川が二人の怪異ハンターを後ろに従え、凛とした声で言った。
「ロシアのシベリアは、霊的にも物理的にも、人間が生きていける環境じゃない。だから、戦闘と環境適応に長けた彼らの力が必要だったの」
「まあ、要するに臥煙さんに高い報酬で雇われたってことさ」とエピソードが身も蓋もないことを付け足す。
それに苦笑しながら、ドラマツルギーがその巨大な、鉄板のような手を僕の肩にそっと置いた。
「阿良々木暦。かつて我らは刃を交えたが、今は事情が違う。怪異の核を奪い、世界のバランスを崩さんとする鉄の軍勢……奴らの暴挙は、我ら吸血鬼としても見過ごせぬ。何より、お前が旧ハートアンダーブレードのために命を懸けるというのなら、私達はその盾となろう」
オプティマス・プライムがその青い光学センサーを光らせ、シベリアの空を指差す。
「準備は整った。これより、我々は臥煙伊豆湖の手配した隠密ルートを使い、ロシア・シベリアの秘密研究所へと潜入する。目的は2つ。ショックウェーブの完全覚醒の阻止。そして――奪われた仲間と、心臓の奪還だ」
「ディセプティコンめ……クリフジャンパーの敵を取ってやる!」
エジプトにて両腕のキャノン砲を失っていたアイアンハイドが新しい得物、ヘビーアイアン1.0をガチリと鳴らした。
吸血鬼ハンター、かつての同級生、そして宇宙から来た鋼鉄の戦士たち。
これ以上ないほどに歪で、これ以上ないほどに心強い、人類と異星人の「非公式混成部隊」が、ここに結成された。
018
グォォォォォォォン……!
マフラーに顔を埋めたひたぎの吐き出す白い息が、窓の外の光に照らされては消えていく。
北海道の夜、どこまでも続く暗い直線道路を、数台のヘッドライトが切り裂いていた。
僕とひたぎ、そして羽川の三人は、黄色いカマロ――バンブルビーのシートに身を沈めていた。
NESTの公式なバックアップがない以上、僕たちは一般の交通網を使うわけにはいかない。
バックミラーを見れば、僕たちの後ろを、エピソードとドラマツルギーを乗せたアイアンハイドが、その黒く重厚なボディを静かに揺らしながら、まるで闇に潜むプレデターのように追従してきている。
「静か、ね」
助手席のひたぎが、窓の外の凍てつく景色を見つめたまま、ぽつりと言った。
「ええ。何だか、本当にこれから世界の命運を懸けた戦場に向かうなんて、実感が湧かないくらい」
後部座席の羽川が、防寒着の襟を正しながら同意する。
しかし、そんな平穏は、ひたぎの細い指先がフロントガラスの向こうを指し示した瞬間に、霧散した。
「……暦、見て」
「え?」
僕と羽川が同時に身を乗り出し、ひたぎの指す方向――真上の夜空を見上げた。
「……え?」
羽川の眼鏡の奥の瞳が、驚愕で丸くなる。
――シュッシュッシュッシュッ………!
夜空を、走っていた。
線路などどこにもない。地面さえもない。
ただの虚空を、車輪から激しい火花と、煙突から濃密な黒煙をモクモクと噴き上げながら、一頭の黒い鉄の怪物が猛烈なスピードで激走しているのだ。
国鉄D51形蒸気機関車――通称『デゴイチ』。
しかも、その後ろには一両の禍々しい客車まで牽引している。
それは物理法則を完全に無視し、まるで意思を持つ生き物のように、バンブルビーと全く同じ速度で、上空をぴったりと並走していた。
「……な、何だ、あれ……!? 汽車……? 幽霊電車、四次元列車か何か!?」
混乱する僕の横で、ひたぎはしばらくの間、その異様な光景をじっと見つめていたが、やがて呆れたように息を吐いた。
「……銀河鉄道の夜みたいでロマンチック、ということにしておこうかしら」
「……ひたぎちゃん、宮沢賢治さんに全力で謝ったほうがいいと思うよ?」
羽川がすかさず、こめかみを押さえながら至極真っ当な突っ込みを入れる。
次の瞬間、ビーのダッシュボードのインジケーターが、突如として真っ赤な警告灯を点滅させ、車内に緊迫した電子音が鳴り響いた。
『……暦! 違う、あれは怪異じゃない! 奴はディセプティコンだ! それも、極めて危険な……!』
「――っ!?」
ビーの叫びと同時に、上空を飛んでいたD51が、大きく車体を傾けて旋回した。
ポォォォォォォォォォォッ!
耳をつんざく汽笛の音と共に、夜闇を灼く真っ白なライトの光が、まるで巨大な単眼のように、地上の僕たちを不気味に照射する。
「……あれ、こっちに来てないか?」
僕の不吉な予感は、最悪の形で的中した。
D51は地上の僕たちを見据えると、レールなき虚空を急降下しながら、その金属の巨体を爆発的に膨張させ、パーツを狂ったように折り畳み始めた。
ガシャガシャガシャガシャアアアンッ!!!
蒸気機関車としての形状は一瞬で崩壊し、黒煙の向こうから現れたのは、灰色とダークパープルのカラーリングを持つ、巨大なスペースシャトル。
――トリプルチェンジャー。
「ッ!あいつは!」
僕はその姿を知っている。
北白蛇神社で八九寺を攫った、あの超巨大なディセプティコン――輸送参謀のアストロトレインだ。
奴はNESTの目を盗み、単機で僕たちの先手を打つために北海道へと急襲を仕掛けてきたのだ。
「虫けらどもよ、地面のシミとなるがいい……!」
トリプルチェンジャーとしての狂気的な質量を持ったスペースシャトルが、猛烈な推進炎を吹き上げながら、僕たち三人が乗るバンブルビーを轢き殺さんとばかりに、真正面から突っ込んできた。
『掴まれ!』
ビーがタイヤに悲鳴を上げさせながら、急ハンドルを切る。
ズドォォォォォォォォォンッッ!!!
一瞬遅れて、アストロトレインの超巨体が地面へと激突した。
凄まじい衝撃波と土砂の奔流。その余波に巻き込まれ、カマロの車体が木の葉のようにフワリと宙を舞う。
「きゃああっ!」
「ひたぎ!」
上下の感覚がぐちゃぐちゃになる中、ビーは空中で見事に姿勢を制御し、激しい火花を散らしながら四輪で何とか着底した。
バックミラーを見ると、衝突地点の道路には、まるで隕石でも落ちたかのような巨大なクレーターが穿たれ、アスファルトが赤黒く融解している。一歩間違えれば、僕たちは一瞬で肉片にすら残らず消滅していた。
「チッ、仕損じたか!」
アストロトレインは地響きを立てて再び垂直に大気圏内へと舞い上がると、その巨大な後部ハッチをガラリと開放した。
その闇の奥から、鋭利な金属音を立てて、3機の戦闘機が次々と夜空へと降下してくる。
スラスト、ダージ、ラムジェット。
独特な変形機構を持つ、新シーカーズの面々だ。
「待て! 勝手に突っ込むな、ラムジェット! おい、逃げるなダージ!」
灰色の機体を震わせるスラストが突撃しようとするラムジェットの翼を掴み、その横で弱気なダージが恐怖にセンサーを明滅させる。
「そう言っても撃ち落とされたらどうするんだ、スラストよぉ!」
「俺は突撃なんてしようとしてねぇ!この嘘だけは本当だ!」
幸いにも、彼ら3人の統率は取れていないようだった。
「ふう…イカトンボも大変ね。さっさとその錆びたファンを回して、連中を追い詰めなさいよ」
と、冷笑を振り撒きながら紫色のSu-47前進翼戦闘機から変形したスリップストリームが、その横を鮮やかに旋回していく。
背中のバーナーを焦がしながら急降下してくる彼女は3人とは違って正確に、僕らを狙撃してきた。
だが、地獄はそれだけでは終わらない。
「オートボットめ、ここで息の根を止めてやる!」
背後から、不気味な駆動音と共に空間が歪む。
紫色の放電と共に突如として姿を現した漆黒の航空兵スカイワープと、その隣で青い主翼をガチガチと鳴らすサンダークラッカーが、ビーのテールランプを完全にロックオンしていた。
さらに、上空の雲が真っ二つに引き裂かれる。
「メガトロン様のためにィィィィッ!! 塵に、塵になれッツ!!」
巨大なB-29爆撃機に変形したラグナッツが、狂信的な咆哮と共に、その巨大な腹部から無数の重爆弾をばら撒き始めた。
その左右を固めるのは、紺色と深い緑色のAC-130ガンシップ――爆撃参謀ドレッドウイングとスカイクエイクの凶悪な兄弟だ。
「ボンバーズ、爆撃開始!!」
ドレッドウイングの号令と共に、無数のミサイルと重爆撃の雨が、夜の臨海道路へと一斉に降り注ぐ。
「おうよ兄坊! よっしゃああい! 吹き飛べ、虫ケラどもがァ!」
スカイクエイクがガトリング砲を狂ったように乱射し、ラグナッツが『メガトロン様万歳ィィィッ!』と叫びながら熱線を撒き散らす。
夜の国道が、北の大地が、一瞬にして光と破壊の絨毯爆撃で埋め尽くされていく。
「オートボット!暦達を守れ!」
後方のピータービルトが瞬時に変形し、オプティマス・プライムがブレードを展開してスリップストリームのミサイルを切り裂いた。
ラチェット、ホイルジャック、ディーノ、ウインドブレードらも一斉にビークルモードを解除し、武器を構えてディセプティコンの混成部隊を迎え撃つ。
「ここは俺達に任せろ!おい、専門家ども!暦らを守ってやれ!」
アイアンハイドがドアを開け、エピソードとドラマツルギーを解き放つ。
2人は各自の武器、つまり巨大な十字架とフランベルジェを構え、こちらに合流した。
「これが話に聞いてたディセプティコンか。噂よりもえげつねぇな」
「それよりも逃げるぞ!ここからすぐ近くに港がある。そこへ駆け込めば、隠密ルートの船に合流できるはずだ!」
ドラマツルギーの案内で僕らは爆撃の炎を掻い潜りながら、走り出す。
『暦! 先に行け! ここは俺たちが食い止める!』
バンブルビーが背後でプラズマキャノンを連射し、突っ込んでくるラムジェットの顔面を殴り飛ばすのが見えた。
「すまない、ビー! 皆、生きててくれ……!」
ディセプティコンとの戦闘をオプティマスたちに任せ、僕たちはドラマツルギーの大きな背中を追い、爆煙が渦巻く波止場へと必死に足を突き動かした。
019
爆発の余波で夜空が赤く染まる臨海道路を駆け抜け、僕たちは港湾地帯の最奥へと飛び込んだ。
そこは、不気味なほどに静まり返った波止場だった。
鉛色の海に浮かぶ街灯の光はまばらで、人っ子一人いない。闇に閉ざされた空間には、巨大な貿易コンテナが幾重にも積み上がり、まるで巨大な迷路の墓標のように僕たちの行く手を遮っていた。
コンテナの隙間に身を隠し、僕たちは激しく上下する呼吸を整える。
「ハァ、ハァ……。……ここまで来たら、ひとまず撒けたか……?」
僕は膝に手をつき、肺を焦がすような冷たい空気を吸い込みながら呟いた。
遠くの空からは、今もなお轟々という爆発音と、金属が激しくぶつかり合う悍ましい駆動音が響いてきている。オプティマスたちが戦ってくれている遠くの夜空が、不規則に赤く明滅していた。
「油断しないで、暦。あの鉄屑どものしつこさは、ミッションシティとエジプトの砂漠で嫌というほど学習したはずよ」
コンテナの影に佇んでいた羽川が、ふと、視線を上空のクレーンへと向けた。その眼鏡の奥の瞳が、驚愕に凍りつく。
「阿良々木君、ひたぎちゃん、伏せて!!」
羽川の悲鳴のような叫びと同時に、鼓膜を震わせる金属の断裂音が響いた。
ヒュオォォォォォッッ!!!
それと同時に、僕はひたぎの身体を無理やり地面へと押し倒した。
一瞬遅れて、夜闇を切り裂くような鋭い金属音が響く。クレーンから吊り下げられていたはずの、数トンはあろうかという巨大なワイヤーフックが、まるで命を得た蛇のように凄まじい速度でしなり、先程までひたぎの頭があった空間を猛烈な勢いとかすめ去ったのだ。
コンテナの壁面に激突したフックが、バチバチと激しい火花を散らす。
「チッ、仕損じたか。やはり人間のサイズはチョロチョロと小賢しいな」
背後から、油の切れた機械が擦れ合うような、不快な駆動音が響いた。
港湾用の重機として闇に紛れていた、毒々しいライトグリーンに紫のラインが走るコベルコCK2500-IIクレーン車。
それが、油圧シリンダーを狂ったように伸縮させながら、まるでダチョウ、あるいは飢えた二足歩行の恐竜を思わせる異形の兵士へとその巨躯を変形させていったのだ。
ディセプティコンの衛生兵、フックだ。
さらに、その隣に並んでいたキャタピラー773Bダンプトラックもまた、エンジン音を狂暴に轟かせて変形を開始する。
それは、僕たちがエジプトの砂漠で遭遇したあの重機型兵士『ロングハウル』に酷く酷似したディセプティコンだった。
しかし色が違う。
ロングハウルは緑色だったが、このディセプティコンは全身の装甲は黄色で頭部は鈍い銀色だ。
同型にして、より武骨で凶悪な体躯を持つ輸送兵、ペイロード。
奴は両腕の装甲をスライドさせると、赤黒く灼熱する2本のエナジーブレードを空気の焼ける音を立てて展開した。
その光学センサーが、僕たちを冷酷にロックオンする。
「伏兵だ! エピソード!」
ドラマツルギーが瞬時に叫び、両腕をフランベルジェへと歪に変貌させる。
「任せろ! 後遺症が残らない程度に殺してやるよ!」
エピソードもまた、その細い身体からは想像もつかないほどの怪力で、自身の身長ほどもある銀製の巨大な十字架をぶん回し、飛び出すように前に出た。
「オラァッ!!」
エピソードが跳躍し、十字架の先端をフックの顔面へと叩きつける。金属の激突音が響く中、ドラマツルギーは地響きを立てて突進し、ペイロードのエナジーブレードを自身のフランベルジェで真正面から受け止めた。
ガガガガガガガシィィィンッッ!!!
火花が夜闇を赤く照らし、凄まじい衝撃波が波止場を駆け抜ける。
「貴様も双剣使いか、面白い! だが、我が吸血鬼の剛腕を受け止めきれるかな!」
ドラマツルギーが不敵に笑い、3メートルを超えるその巨体から、さらに凄まじい怪力を籠めて剣を押し返す。
しかし、対するペイロードは、不快そうに駆動音を鳴らしながら吐き捨てた。
「黙れ、この筋肉モリモリマッチョマンの変態が! 偉そうに人間風情が金属生命体に力比べを挑むんじゃねえ!」
ペイロードの背面の排気口から黒煙が噴き出し、エナジーブレードの出力が跳ね上がる。その圧倒的な質量の前に、さしものドラマツルギーの足元のアスファルトがメリメリとひび割れていった。
「阿良々木君、ここは二人に任せて、私たちは早く船へ!」
羽川が僕の腕を強く引き、コンテナの影に隠された桟橋を指差した。そこには、臥煙さんが非公式にチャーターしたという、一隻の無骨な高速密輸船が、エンジンを低く唸らせながら待機していた。
「クソッ、ちょこまかと……! 逃がすか!」
フックがエピソードの十字架を背中のクレーンアームで払い除け、僕たちに向かって巨大なグラップリングクローを振り下ろす。
「させるかよ、この野郎!」
エピソードがニヤリと下劣に笑った瞬間、十字架をフックの脚部へと投げた。
そこには港湾用のガソリンタンクが。
「何!?」
ドガァァァァァァァンッッ!!!
フックの足元が、凄まじい音を立てて爆発した。
紅蓮の炎がフックとペイロードの巨躯を浮かび上がらせ、激しい爆煙の中でバランスを崩し、ドスドスと無様に後退していく。
「今だ、行け! 阿良々木暦!」
ドラマツルギーの怒号が響く。
「ひたぎ、羽川、走れ!」
僕は二人の手を引いて桟橋へと全力で走った。爆発の炎に背中を焼かれながら、僕たちは揺れる密輸船の甲板へと飛び移る。
すぐさまエピソードとドラマツルギーも、煙の中から執念深く伸ばされたフックのワイヤーを紙一重でかわし、巨大な体躯を揺らして甲板へと滑り込んできた。
さすがは怪異ハンター、あの程度の爆発の余波など、彼らにとっては日常茶飯事なのだろう。
「早く乗れ! 出航する!」
船の甲板から、防寒着を着たスキンヘッドの男――臥煙ネットワークの末端の人間が、僕たちに向けて激しく手を振っていた。
僕たちは、傾くタラップを飛び越えるようにして、次々と船の甲板へと駆け上がった。
「面舵一杯! フルスクリューだ!」
ゴォォォォォォォッッ……!
重厚なディーゼルエンジンが咆哮を上げ、船体は激しい引き波を立てながら、日本の領海を離れ、漆黒のオホーツク海へとその機首を向けた。
甲板に倒れ込み、激しく肩で息をする僕たちの視線の先。
遠ざかっていく北海道の港では、今なおオプティマスたちの放つ青いプラズマの光と、ディセプティコンの赤い対空砲火が、激しく夜空を切り裂き続けていた。
020
漆黒のオホーツク海は、生物を拒絶するかのように冷たく、重かった。
船体がフルスクリューで加速し、遠ざかる日本の街明かりが完全に闇に消えた頃、洋上の空気に奇妙な『歪み』が生じ始めた。
ディーゼルエンジンの重低音に混ざって、キィキィと耳障りな、金属が擦れ合うような高周波の駆動音が海中から響いてくるのだ。
「……ねえ、暦。何だか波の様子がおかしくないかしら?」
ひたぎが湿った手すりを掴み、怪訝そうに海面を見つめた。
鉛色の海面の下、不気味に巨大なシルエットが船の航跡を追うようにして凄まじい速度で接近してきていた。
「怪異か……? いや、この気配は、まさか!」
僕が叫ぶのと同時に、船底からドガァァァァァァンッ!と激しい衝撃が突き抜けた。
「うわあああっ!?」
次の瞬間、僕たちの常識を完全に破壊する光景が目の前で弾けた。
海面を爆発的に割り、水飛沫と共に飛び出してきたのは、ネイビーの巨体に鮮やかなオレンジのラインが走る、超巨大な油圧ショベル――テレックスRH400だった。
総重量数十トン近くはあるはずのその鋼鉄の怪物が、重力を無視して空中でパーツを狂ったように激変させていく。
コンストラクティコンのフロストドレッジだ。
巨大なホイールが上半身と下半身に配置され、ショベルのアームが分割されて、そのまま狂暴な一対の巨腕へと姿を変える。
「敵襲だ! 面舵、面舵ィィィッ!」
スキンヘッドの船長が絶叫するが、すでに遅かった。
「ウオォォォォォォッ! 逃がすか、虫ケラどもがァァッ!!」
フロストドレッジは空中から、その圧倒的な質量の巨躯と巨大な腕を、僕たちの乗る密輸船へと真っ直ぐに振り下ろす。
バキバキバキバキ、ドガシャァァァァンッッ!!!
容赦のない一撃。
鉄製の船体は、まるで生卵でも潰すかのように、一瞬で真っ二つに押し潰された。
激しい爆発の炎と、冷徹な海水が同時に僕たちを襲う。
「ひたぎ! 羽川!!」
叫ぶ間もなく、僕は上下の感覚を失い、凍てつくオホーツク海へと放り出された。
「冷た――っ!?」
水中に落ちた瞬間、全身の筋肉が恐怖で硬直した。
怪異の世界において、吸血鬼は流れる水――『流水』に弱い。
だが、それ以前にこの氷点下に近い極寒の夜の海は、文字通り一瞬で心臓を止めかねない程に過酷な環境だった。
普通に死ぬ。溺れ死ぬ。
息ができない。身体が、凍りついて動かない。
泡の向こうで、真っ二つになった船の残骸がゆっくりと沈んでいくのが見えた。
ひたぎは? 羽川は? ドラマツルギーたちはどうなった!?
視界が急速に暗転していく。
まさか、こんな所で――。
その時。
『――い~と~まきまき……い~と~まきまき……』
僕の真下、光の届かない海の深淵から、巨大な『影』が音もなく浮上してきた。
それは潜水艦だった。
だが、ただの潜水艦ではない。
それは、見事なイトマキエイ――マンタの形状をした、美しい青と白のスタイリッシュなサイバー潜水艦だった。
潜水艦の機首から放たれた強力な魚雷が激しい水中爆発を起こす。
「グアァァァッ!?」
不意を突かれたフロストドレッジの巨躯が、水中の衝撃波で大きく揺らいだ。
『……え~いっ!』
エイ型潜水艦は、滑らかな曲線を描いて僕たちの真下へと潜り込むと、口に当たる部分に位置するハッチをダイナミックに開放した。
強力な吸引水流が僕たちを包み込み、海中に投げ出されていた僕、ひたぎ、羽川、そして溺れかけていたドラマツルギーとエピソードの身体を、次々と艦内へと吸い上げていく。
バタンッ! と激しい音を立ててハッチが閉まり、一瞬にして艦内の排水が完了した。
「ゲホッ、ゴホッ! ハァ、ハァ、ハァ……!」
僕は鉄の床に倒れ込み、激しく海水を吐き出した。 「暦……! 生きてる……?」
隣で同じようにずぶ濡れになったひたぎが、僕の服を掴んで真っ青な顔で震えている。
羽川も、メガネを拭きながら激しく息を切らせていた。
ドラマツルギーに至っては巨体を丸めて本気で死にかけている。
『――全員無事か。我が艦内へようこそ、人間たち。吾輩の名はデプスチャージ、オートボットの海上司令官だ』
艦内に、低く洗練された、どこか一匹狼の気質を感じさせるデプスチャージの声が響き渡った。
『このまま潜航し、ソナーを外して隠密ルートへ復帰する。目的地は変わらない――シベリアだ。しっかり掴まっていろ!』
次回豫告
「羽川翼です」
「デプスチャージだ。え~い」
「先ほどは助けてくださり、ありがとうございました。ところで、つかぬことをお聞きしますが、どうしてデプスチャージさんは語尾に『え~い』をつけるのですか?」
「……子供が吾輩にそんな改まった言葉遣いをする必要はないぞ。まあ、そうだな、吾輩はこの通り『イトマキエイ』だからな。自然とついてくるのだ。え~い」
「なるほど。だから『いとまきのうた』も歌っていたんですね」
「その通りだ。吾輩、あの歌が気に入ってな」
「そうなんですか。では、続きを聞かせていただいても?」
「任せろ。……い〜と〜まきまき、い〜と〜まきまき、……え~い!」
「……ん?デプスチャージさん、もう一度お願いします」
「どうした。……い〜と〜まきまき、い〜と〜まきまき、……え~い!」
「……あれ、もしかして続きを覚えていらっしゃらない――」
「え~い!」
「だめだこりゃ」
「「次回、こよみウェーブ其ノ肆」」
「皆も海を汚さないでくれよ!え~い!」