鳥物語読みたいですね
027
地下一階。コンクリート造りの広い地下通路。
かつて軍用車両を往来させるために作られたであろうその大通路を、僕らは激走していた。
前方には漆黒のランボルギーニ。
ロックダウンはエンジン音さえも殺したような不気味な高音を響かせて爆走している。
その機体後部には、八九寺真宵が閉じ込められたカプセルが不気味に固定されていた。
『おっと、お届け物だ。受け取れオートボッツ!』
前方を走るランボルギーニのリアバンパーが機械音を立てて展開し、そこから二発の小型追尾ミサイルが発射された。
「避けろ!」
『任せとけ、暦!』
ビーはV8エンジンを狂暴に咆哮させると、急ハンドルを切って通路のコンクリート壁にカマロの車体を激しく擦りつけながら、ミリ単位の制動で一発目のミサイルを躱した。直後、背後で凄まじい爆発音が轟き、熱風が車内を揺らす。
「ビー、二発目がまだ追ってきてるわよ!」
後部座席のひたぎが、拾ったトカレフを構えながら冷徹に叫ぶ。
すかさず、僕たちの真横を並走していたアーシーの赤いドゥカティが、弾かれたように前方に飛び出した。
「これでも喰らいなさい!」
バイク形態のままフロントカウルから放たれたパルスレーザーが、精密な誘導で二発目のミサイルを空中ではたき落とす。
だが、地獄は前方だけではなかった。
バックミラーを確認した羽川が、息を呑んで鋭い声を上げる。
「阿良々木君、後ろ! 追っ手が来てる!」
背後からは、地鳴りのような金属音と、獲物を追い詰める肉食獣の悍ましい駆動音が迫ってくる。
「にゃはははっ! どこに行くのかにゃ、阿良々木暦ぃ! その心臓を大人しくメガトロン様とサウンドウェーブ様に返しにゃさーーい!」
闇の奥から響いてくるのは、あろうことか、僕の後ろに座っているはずの羽川そのものの声。
ただし、そこには彼女が通常持ち合わせないはずの、狂気じみた愉悦と、どこか猫じみた歪なイントネーションがたっぷりと混ざり合っている。
他でもない、半年前から続く僕のトラウマの原因――プリテンダーだ(臥煙さんによると名前はアリスと言うらしい)。
未だに羽川翼の擬態を継続しているらしい。
「私の声を勝手に使わないで欲しいな……ッ!」
メガネの奥の瞳を鋭く尖らせた本物の羽川が後部座席で怒りを露わにする。
僕がサイドミラーを見ると、触手やら尻尾やら何やらを振り回しながらアリスが精神的な揺さぶりをかけるかのように通路の天井を四肢で這いながら、凄まじい速度で追ってきていた。
さらに、その下を、銀色の機械と生々しい有機組織が歪に融合したサイバー狼――スチールジョーが、鋭い爪でコンクリートを削りながら獰猛なガルルルという唸り声を上げて駆ける。
引き結ばれた鉄の顎からは、火花と共に半透明のよだれが撒き散らされていた。
「クソッ、しつこい犬に猫だぜ! 保健所に通報してやりたてぇけど、あいにく電波は圏外だ!」
アーシーに乗るエピソードが巨大な十字架を背負い直しながら悪態をつく。
「エピソード、前を見ろ! 追跡者は後ろからだけではないぞ!」
ドラマツルギーが低く警戒の声を上げたと同時に、前方の暗闇からローターの風切り音が異常な高周波となって響き渡った。
ロックダウンとすれ違うようにして、通路の天井すれすれの低空を突っ込んできたのは、ステルス偵察攻撃ヘリRAH-66コマンチ――ディセプティコンの蜘蛛型暗殺兵、エアラクニッドのビークルモードだ。
「キャハハハハッ! 見ぃつけたッシャ!」
突っ込んでくるコマンチヘリが、激しい駆動音と共にパーツを瞬時に組み替え、何本もの蜘蛛の脚を蠢かせる戦闘形態へと変形する。その複眼が、大剣を構えるドラマツルギーや、銀髪をなびかせるエピソードを捉えた。
「あらイッケメーン! 目の保養に最高ねぇ! でも、ロックダウンの命令だから、その綺麗な顔ごとミンチにしてあげるッシャ!」
前方からはエアラクニッドのガトリング砲が狙いを定め、後方からはアリスとスチールジョーの爪が迫る。完全に挟み撃ちの形だった。
その瞬間、フロントガラス越しに周囲の構造を一瞬で計算した羽川が、シートの背もたれを掴んで叫ぶ。
「ビー、右へ! 30メートル先の保守用通路に飛び込んで!」
『了解、シートベルトを締めてな!!』
ビーは全開の加速から、右前輪のブレーキだけをロックさせるという信じられないような超絶ドリフトを敢行した。カマロの車体が真横を向き、ゴムの焼ける猛烈な白煙と悲鳴のようなスキール音が地下通路に充満する。
カマロとアーシーのドゥカティは、エアラクニッドが放った糸の網のわずか数センチ下を滑り抜けるようにして、右側に開いていた狭い保守用通路へと強引に滑り込んだ。
その直後だった。
ドガァァァァァァァァンッッ!!!!
僕たちがいた空間で、凄まじい金属の衝突音が炸裂した。
あまりの猛スピードで突っ込んできたため、急に曲がれなかったアリスとスチールジョー、そして前方から全速力で突進してきたエアラクニッドが、ブレーキが間に合わずに正面衝突を起こしたのだ。
「痛ったぁぁぁーーー!?にゃあ!にゃにするのよ、この蜘蛛女!」
「シャッ!? あんた達こそ、私の獲物の邪魔をするなッシャ!」
「グルルァ!」
機械の身体と有機的なパーツが複雑に絡み合い、三体は通路の壁へと激しく叩きつけられ、火花とオイルを撒き散らしながら派手にクラッシュする。
しかし、僕たちがホッとしたのも束の間、頭上の通気口から、鋭い金属の翼が風を切り裂いて現れた。
ギィィィィィン!
追いついてきたのは、情報参謀の忠実なる部下、猛禽型ディセプティコンのレーザービークだった。彼は冷酷な赤い光学センサーで、激突して不様にもつれ合っているアリスたちを見下ろすと、電子合成された鋭い声で一喝した。
「何やってる! 早く起きろ! ターゲットは右の通路だ!俺はサウンドウェーブ様と応援を呼んでくるから、貴様らはとっとと追え!」
「チッ、ピーチクパーチクうるさい鳥ッシャ!」
エアラクニッドが蜘蛛の脚で立ち上がり、即座にスチールジョーを伴って別の分岐ルートへと走り出す。アリスもまた、頭部の猫耳センサーを怒りで震わせながら、僕たちの逃げた通路へと再び牙を剥いた。
ビーの車内では、僕の心臓は、忍の心臓と同調するかのようにドクドクと重苦しく拍動を続けていた。
「ビー、ロックダウンの今の居場所は分かるか?」
フロントガラス越しに前方を見据え、焦燥感を滲ませながら僕は叫んだ。
八九寺を連れ去ったあの漆黒のランボルギーニの影は、先ほどの急な進路変更によって完全に視界から消え去っていた。
『いや、駄目だ。信号が完全に遮断されてしまってる……! 奴のステルスシステムは一級品だ、暦』
カーオーディオから響くビーの音声には、いつになく焦りの色が混じっていた。
「少なくとも、ロックダウンは地上に向かっているはずよ」
後部座席でトカレフを冷徹に構えたまま、ひたぎが窓の外の闇を凝視して言い放つ。
「あの賞金稼ぎの目的が『コレクションの回収』と『ビジネスの完了』である以上、ショックウェーブが目覚めて敵味方が入り乱れるこの危険な地下要塞に、長居する理由は一切ないもの。奴が次に取る行動は一つ――脱出よ」
「ひたぎちゃんの言う通りだと思う」
ひたぎの隣で、羽川が座席のシートを掴んで身を乗り出した。その瞳は、恐怖を完全に理性の力で押さえ込んでいる。
「この通路を抜けた先に、広い円形の空間があるの。ビー、手に入れた要塞の地図をモニターに映して!」
『了解、映すぞ!』
ブレインズがハッキングした要塞の内部構造データが、カマロのフロントと後部座席の液晶モニターへと瞬時に展開された。青白いホログラムが、幾重にも絡み合う地下の防空迷路を立体的に描き出す。
真横を並走するアーシーのドゥカティも、車体をカマロの右側へと極限まで寄せ、エンジンを細かく吹かせながらその液晶画面をエピソードに見せる。
「ここのポイントよ」
アーシーの鋭い電子音声が、エピソードのインカムへと飛び込んだ。
「そこのゲートの先に、地上に繋がる大型の貨物エレベーターが配置されているはずよ。ロックダウンが車両形態のまま地上へ脱出するなら、必ずそこを通る!」
羽川が画面の赤く点滅する巨大な円形ドックを指し示す。
「じゃあ、急いで向かおう!」
僕は抱きしめた心臓に力を込め、叫んだ。
「ディセプティコンの追っ手が回り込んでくる前に、あのエレベーターの手前でロックダウンを待ち伏せして、八九寺を取り戻すんだ!」
『合点承知!』
ビーの返答と同時に、カマロのアクセルペダルが床まで踏み込まれた。
爆発的な加速が僕たちの身体をシートへと叩きつける。
赤黒い火花を散らす暗黒の通路の先、僕たちは八九寺を救い出すため、絶望の円形空間へと向かって文字通り命懸けの突撃を開始した。
028
僕らが地下で熾烈なカーチェイスをしている頃。
地上では、吹き荒れる吹雪さえも一瞬で蒸発させるほどの熱線と火花が、永久凍土の荒野を地獄へと変えつつあった。
「よっしゃああああい!! オートボット共、まとめて肉片に変えてくれるわァァァ!!」
AC-130から変形するディセプティコンの突撃爆撃兵スカイクエイクが、地鳴りのような咆哮を上げながら前線へと踏み出す。彼が両手で構えた超大型ガトリングキャノンが、鼓膜を狂わせる駆動音と共に超高速回転を始めた。
ズババババババババババババババババババババババババッッ!!!!
容赦なく掃射される凄まじい質量のエナジー弾幕。凍りついた大地がバリバリと引き裂かれ、粉砕されたコンクリートと黒煙が視界を完全に遮る。
さらに、ディセプティコンの前線へ、新たな影が合流する。
地響きを立てて現れたのは、旧ソ連時代からこの地に放置されていた、錆びついた灰緑色の巨大なミサイル車両MAZ-543であった。その車体がミリミリと歪な金属音を立てて再構成されていく。
現れたその姿は、あまりにも異形だった。
重心の低い四足歩行の特異な体躯を持ち、上体から伸びる腕が異常に長い。
ゴリラのようにナックルウォークで歩行するディセプティコンの長距離重砲兵――デフコンだ。
「ギギギ……、侵入者、排除……!」
古くからこの地に潜伏していた彼は、その長い腕で大地を力任せに掴んで前進し、腹部にマウントされた2門の超大型長距離弾道ミサイルランチャーの照準を、一進一退の攻防を続けるオートボットの陣地へと定めた。
「前線を突破されたぞ! 防衛線を維持しろ!」
最前線で敵の進軍を食い止めていた軍医ラチェットが、火花を散らすパルスライフルを叩きながら絶叫する。
「クロミアとの通信が途絶えた!内部で何かが起きている!」
エリータ・ワンが、胸を締め付けられるような予感に光学センサーを鋭く光らせ、周囲の味方に声を張り上げた。
「何だと!?クソッ、相手が多すぎる!このままでは囲まれるぞ!」
赤いボディを泥に染めたディーノが、両腕のアームブレードを激しく擦り合わせ、迫り来るシャドウレイダーズを切り裂きながら吐き捨てる。周囲を囲む敵の数は、瞬時を追うごとに増殖しているかのようだった。
「怯むな――ッ!漢なら、背中を見せずに正面から撃ち抜けッ!」
その絶望の声を掻き消すように、アイアンハイドが立ち上がった。彼は構えたヘビーアイアン1.0のエネルギー出力を限界まで引き上げ、突進してくるコンバッティコンの兵士たちに向けて大砲撃を敢行する。
ズドォォォォォォンッッ!!!
凄まじい反動に耐え、泥を跳ね上げて踏み止まるアイアンハイド。
しかし不気味に赤く光るデフコンの光学センサーは、既に彼の英雄的な姿をロックオンしていた。
デフコンの長距離砲から放たれた、数千度の高熱を孕んだ重粒子弾が、一瞬早くアイアンハイドの胸部装甲を捉える。
ドゴォォォォォォォォォンッッ!!!!
「ぐふっ……ぅあッ!?」
凄まじい衝撃波。百戦錬磨の彼の巨躯が、まるで紙切れのように何メートルも吹き飛ばされ、シベリアの雪原へと激しく叩きつけられた。装甲が焼け焦げ、火花が散る。
「アイアンハイド!!」
上空からその光景を見たウインドブレードが、主翼を翻して急降下しようとした、その時だった。
「あら、余所見をしていていいのかしら? あんたの相手はこの私よ!」
冷徹で美しい電子音声と共に、紫にターコイズの戦闘機形態のスリップストリームがソニックブームを巻き起こしながら凄まじい速度でウインドブレードへと突っ込んできた。
ガシィィィィィィィンッッ!!!
空中で激しく衝突する二条の光。
スリップストリームは目にも留まらぬスピードでロボットモードへと変形、その勢いのままウインドブレードの華奢な機体へと激しく組み付いた。
「離しなさいよ……っ!」
「そのお願いは聞けないわね。墜ちろ、オートボットの小鳥ちゃん!」
二機は互いの胸部装甲を激しく殴り合い、揉み合いながら、制御を失ったかのように激しく反転を繰り返して極寒の上空へと上昇していく。空中で赤いエナジーブレードと紫のレーザーが幾度も火花を散らし、軌道上に光の粒子を撒き散らす。
「チッ、手間取らせやがって! シーカーズ、スリップストリームを援護しろ!」
遥か上空で戦況を睨んでいた航空参謀スタースクリームが、自らの部隊に向けて、通信回線で狂ったような怒号を飛ばした。
「敵の制空権を完全に叩き潰せ! とにかく、目の前の動く奴を全員撃ち落とせッ!!」
スタースクリームの命令に応じ、スカイワープやスラストをはじめとするディセプティコン航空部隊の戦闘機群が、一斉にミサイルのロックオンを開始する。
地上での決定的な防衛線の決壊、そして上空の制空権の完全な喪失。
ショックウェーブという最凶の頭脳を目覚めさせたディセプティコンは、今やその圧倒的な物量と暴力で、シベリアの永久凍土をオートボットたちの広大な墓場へと変えようとしていた。
029
保守用通路の狭い闇を、ビーのV8エンジンが狂ったように唸りを上げて突き進む。
コンクリートの蛇行する壁をすれすれで躱しながら、僕たちは遂に、羽川の言っていた巨大な空間へと飛び出した。
「な、何なんだ、ここは……!」
フロントガラス越しに広がった光景に、僕は思わず息を呑んだ。
そこは、地下深くに作られた直径百メートルはあろうかという、文字通り広大な円形ドックだった。
壁の全周は、先ほど潜入した通路と同じくエメラルドグリーンの冷たい水で満たされた巨大な貯水槽になっており、厚い強化ガラスの向こうで水流が不気味に渦巻いている。
そして何より僕たちを当惑させたのは、その円形の壁面に等間隔に配置された、5つの巨大な鉄製ゲートだった。
どのゲートも全く同じ無骨な灰色で、識別用の番号すら塗り潰されている。
そのどれが、地上へと繋がる貨物エレベーターのゲートなのか、視覚的には完全に判別不可能だった。
「どれだ……!? どれが地上に繋がるエレベーターなんだ!?」
「チッ、要塞のメイン制御盤がショックウェーブの目覚めで完全に再起動しちまったんだ! データが書き換えられて、ゲートのIDが全部ダミーに偽装されてるぜ!」
ブレインズの声に、焦燥が混じる。
「五分の一の確率かよ。……これはウケない」
エピソードが十字架を構えながら悪態をつく。
どれか一つでも間違えれば、ロックダウンを取り逃がすどころか、ディセプティコンの防衛兵器が詰まった大部屋に飛び込むことになる。
その時だった。
ズバァァァァァァァァァンッッ!!!!
突如として、正面のゲートの分厚い鉄扉を内側から貫通し、目を開けていられないほどの眩い高エネルギー熱線が放たれた。
「うわああああっ!?」
熱線は僕たちの乗るカマロのわずか数十センチ手前、コンクリートの床面を文字通りドロドロのマグマのように融解させながら激しく穿った。
凄まじい衝撃波と水蒸気が爆発し、ビーは咄嗟に車体を横滑りさせて直撃を回避する。
「チッ、外したか。やはり照準パルスに僅かな狂いが生じているな」
冷酷な電子合成音声が、白煙の向こうから響く。
煙が晴れると同時に、円形の壁に配置された5つのゲートが、まるで地獄の門を開けるかのように一斉に、同時にゴゴゴゴゴと不気味な音を立てて開き始めた。
ロボットモードに変形し、身構えるビーとアーシー。
5つのゲートの奥から、それぞれ無数の赤い光学センサーが、暗闇の中で一斉に妖しく明滅する。
「――ここまでだ、人間」
重々しい金属音と共に、開かれる正面ゲート。
そこから姿を現したのは、あの静寂の恐怖、情報参謀サウンドウェーブだった。
その右腕の上には、先ほど逃げ去ったはずの猛禽型ディセプティコンのレーザービークが、ライフルから煙を立ち昇らせて、静かに着艦する。
さらにその左右のゲートからは、チェリーレッドのボディを誇示するようにノックアウト、そして無数のメスをガチャつかせるフラットラインと巨躯のブレークダウン。
「予定調和ですね、サウンドウェーブ。……さて。それでは、その『心臓』を返してもらいましょうか。阿良々木暦君?」
ノックアウトが自身の爪を弄びながら、滑らかな声音で要求する。
「これは忍の物だ! お前達なんかに渡す訳にはいかない!」
僕は一歩も退かずに叫んだ。
「――威勢がいいのは結構だッシャ!」
「にゃはは! 逃げ切れると思ったのかにゃあ!」
後ろのゲートからはエアラクニッド、そしてアリスとスチールジョーがなだれ込んでくる。
暗がりからは、ピンク色の蝙蝠型ラットバットと、イエローの猛禽型バズソーが不気味にホバリングを開始した。
そのラットバットの姿を見た瞬間、僕の脳裏にエジプト決戦後に聞いた話が過る。
確か別行動をしていた神原が見たと言っていた奴だ。
その時は影縫さんに鼻面をキクガシラコウモリ並みに派手に潰されて撤退したらしいが……今は完全に修復されている。
それにしても、である。
正面にサウンドウェーブ、レーザービーク、バズソー、ラットバット。
背後にアリス、スチールジョー、エアラクニッド。
闇医者トリオはさておくとして、猛禽、蝙蝠、猫、狼、蜘蛛――。
「何なんだよ、この動物率の高さは! ムツゴロウさんを呼ばせてくれ!!」
絶体絶命の状況だというのに、僕の叫びが虚しくホールに響く。
ガシャァァァァンッッ!!!
突如、ホールの四隅にある頑強な鉄扉が凄まじい勢いで閉まり、ロックされた。完全に閉じ込められたのだ。
ディセプティコンの猛獣たちが、じりじりと距離を詰めてくる。
「貴様らに提案だ。心臓を渡し、投降せよ」
「お前達にもう逃げ場は無い」
――ドゴォォォォォォォォォンッッ!!!!
膠着状態を破ったのは、天井を突き破って落下してきた、赤と紫の二条の光の塊だった。
空中で組み合ったまま殴り合っていたウインドブレードとスリップストリームが、限界を超えて要塞の天井を破壊し、この円形ホールへと墜落してきたのだ。
床に叩きつけられた2人は、すぐ立ち上がると同時に上空へと戻る。
だが、その凄まじい激突の余波――質量と衝撃波が、ホールを囲む巨大水槽の強化ガラスへと容赦なく炸裂した。
パリィィィィィィィィンッッ!!!
「また水かよ……!!」
一斉に割れたガラスから、何百トンもの冷水が濁流となってホール内へと一気に流れ込んでくる。足元があっという間に膝下まで水に浸かり、激しい水流がこの場にいる全員の姿勢を崩した。
『暦、今だ!』
バンブルビーが水飛沫を上げながら腕のブラスターをサウンドウェーブへ向けて発射する。
「冷たいのは御免だッシャ! こんな所に居られるか、私は帰る!」
浸水を嫌ったエアラクニッドが、即座に蜘蛛脚を動かして天井の亀裂へと逃れようとする。
「エアラクニッド、待て! 任務を遂行しろ!」
サウンドウェーブの制止の声。しかし、そこに赤い一陣の風が激突した。
「クロミアの仇ィィィッッ!!」
ジョルトと姉を目の前で失ったアーシーが、怒りの回路を限界まで駆動させ、アームキャノンを乱射しながらサウンドウェーブへと肉薄する。ホール内は一瞬にして敵味方が入り乱れる大乱戦へと突入した。
「ああもう! マイ・ビューティフォーな塗装がまた台無しです! 私たちも退きますよ! ノックアウト、トランスフォーム!」
巻き舌気味に叫んだノックアウトが、激しい駆動音と共にチェリーレッドのアストンマーティンDBSへと変形し、水飛沫を上げて走り去る。
続くフラットラインは、その役割に相応しい、酷く悪趣味な黒の1959年製キャデラック・ミラー・ミーティア霊柩車へと変形。
ブレークダウンも青のMRAP装甲車へと姿を変え、濁流を押し分けて撤退していった。
「にゃはは、大混乱だにゃあ!」
アリスがこの機に乗じて僕へと飛びかかろうとした、その時。
「――うるさい
低く、ドスの利いた、しかし酷く艶っぽい声が鼓膜を震わせた。
「……はぁ」
水流の中で立ち尽くす羽川の口から、冷たい吐息が漏れる。
その瞬間、彼女の髪が、まるで凍りつくように一瞬で白銀へと染まり、メガネの奥の瞳が、爛々と輝く凶暴な黄金色へと変貌した。
――『障り猫』、ブラック羽川。
「……挨拶してる場合じゃにゃさそうだにゃ」
ブラック羽川は、濁流をものともしない圧倒的な脚力で跳躍すると、羽川の姿を模したアリスへと真っ正面から飛びかかった。
「にゃにっ、力が――!?」
「エニャジードレインも使えにゃい紛い物の奴が、この『障り猫』を騙るにゃあァァッ!!」
「黙るにゃッ! 偽物はそっちの人間だにゃ!」
猫と猫、怪異と異星の擬態生命体が、水飛沫の中で激しく爪を剥き出しにして組み合う。
これこそ本物のキャットファイトだ。
その傍らでは、エピソードが巨大な十字架を振り回してバズソーを叩き落とし、ドラマツルギーが大剣の一閃でスチールジョーの鉄の顎を受け止めていた。
そしてホールの中心。
アーシーの援護を受けながら、バンブルビーがサウンドウェーブと対峙していた。
サウンドウェーブが手首を変形させたプラズマキャノンから水色のエネルギー弾を連射する。
水面が爆発し、熱い水蒸気が立ち込める。
ビーはあえてその爆煙の中を、自身の装甲が削れるのも厭わずに直進した。
凄まじい踏み込み。
サウンドウェーブの懐に潜り込んだバンブルビーは、相手がキャノンを突きつけるよりも一瞬早く、サウンドウェーブの肩にマウントされていたミサイルランチャーへと両手をかけた。
ベキベキベキィッッ!!!
驚異的な怪力でランチャーを力任せに捥ぎ取ると、バンブルビーはそれを至近距離から、サウンドウェーブの足元へと突き立てた。
『これでも喰らいな!!』
バンブルビーの怒りの電子音が響くと同時に、もぎ取られたランチャーが至近距離で暴発した。
ズガァァァァァァァンッッ!!!!
「ヌグゥァァァッッ!!!」
凄まじい衝撃波が水面を割り、サウンドウェーブの口から、めったに聞くことのない生の苦悶の声が漏れる。
情報参謀の左脚が、膝から下ごと完璧に木っ端微塵に吹き飛んだ。
濃い紫色のオイルが激しい放電と共にエメラルドグリーンの水面へと大量に撒き散らされる。
彼の巨体がバランスを崩し、盛大に水しぶきを上げてホールへと倒れ込んだ。
「……ここだけは死んでも通さん……!」
這いずるサウンドウェーブは正面に陣取ったまま、プラズマキャノンを撃って2人を引き剥がす。
だが、その爆風の余波が、ブラック羽川と組み合っていたアリスを僕の方向へと吹き飛ばした。
「にゃべし!」
「うわっ!?」
僕は倒れ込む。
アリスの身体が濁流を滑り、僕を巻き込みながら、あろうことか膝の上へと転がり込んできたのだ。
ひんやりとした、銀色の機械組織が露出した感触。アリスは僕の胸にしがみつきながら、乱れた羽川の顔(の擬態)を近づけ、ひそひそと耳元で囁いた。
「また会ったにゃあ、人間」
「お、お久しぶりです……」
その瞬間、彼女の身体から伝わる感触によって、僕の身体から強制的に力が消えていく。
『銀』。吸血鬼の弱点。
そうだ、こいつは、このプリテンダーは――。
アリスは僕の首筋に冷たい指先を這わせ、狂気的な笑みを深めた。
「また俺に会えて嬉しいかにゃ?……そんにゃにお望みにゃら、この前みたいに、骨の髄まで愛し合おうじゃにゃいか――」
バァァァンッッ!!!
会話の途中で、アリスの脳天を容赦ない銃弾が貫いた。
「ゔに゙ゃぁ!?!?」
アリスが悲鳴を上げて僕の膝から転がり落ちる。
銃撃は止まらない。
1発、2発、3発、4発、5発………8発。
全弾発射。
見れば、僕のすぐ隣でトカレフを両手でしっかりと構えたひたぎが、冷酷そのものの瞳で銃口から煙を吹き出させていた。
「せっかく、前に車で轢き潰して頭を強制的に冷やしてあげたのに、まだ私の彼氏に近づく気なのかしら?不愉快極まりないわね、この泥棒猫は」
「その言い方は俺にも刺さるから止めてほしいにゃ?」
と言いつつも、すかさずブラック羽川は怯んだアリスの首根っこをガシィッと鷲掴みにした。
そして、ジタバタと手足を激しく暴れさせるプリテンダーを、引きずるようにして再び大乱戦の渦中へと連行していく。
「ご主人を愚弄し、阿良々木君に手を出した報いだにゃ。……死ね」
「やめ、離、ちょ、痛い!引っ張るにゃ、髪引っ張るにゃあああ!」
それは客観的に見れば、巨大ロボットと怪異が入り乱れる地獄の戦場のはずだった。けれど、僕の目の前で繰り広げられているのは――。
「……まるで、すっごく質の悪い双子の姉妹喧嘩みたいだな」
僕が呆然と呟くと、隣でトカレフの残弾(当然ゼロである)を確認していたひたぎが、冷ややかに、しかしどこか呆れたようにため息をついた。
「あの猫も懲りないわね。鉄屑の方も、羽川さんの方も。暦、今のうちにここを抜けるわよ。……さすがに手首が痺れたわね」
ズサァァァァァァァンッッ!!!!
「にゃははは! 痛いじゃにゃいか、この野郎!」
「にゃがッ――!」
アリスの尾による強烈な一撃を受け、ブラック羽川の細い身体が濁流を滑るようにして吹き飛ばされた。
しかし、彼女もただでは倒れない。
床のコンクリートを鋭い爪で削り、激しい水飛沫を上げながらも、即座に獣のような低姿勢で身構えた。その黄金の瞳は、乱戦の混沌を冷静に見極めている。
「ここらが引き際かにゃ!阿良々木君、その目の前のゲートをサウンドウェーブが重点的に守ってる。合理的に考えれば五つとも同じなのに、わざわざ一つに戦力を集中させる理由なんて一つだけにゃ。つまりエレベーターに繋がってるゲートはそれにゃ!」
ブラック羽川は、激しく迫り来るアリスをその身でブロックしながら、僕に向かって鋭く叫んだ。水流の中で、彼女の白銀の髪が美しく、そして苛烈に舞う。
「ありがとう、羽川!……お前は何でも知ってるな」
極限状態の中、僕の口から漏れたのは、今まで何度も彼女に告げた、あの信頼の言葉だった。
対する彼女の返答もまた、僕の魂に深く刻まれた、あの絶対的なものだった。
「にゃんでもは知らにゃいわよ。知ってることだけ。……早く行ってにゃ!」
彼女が獰猛な笑みを浮かべ、再びアリスへと躍り出るのと同時に、僕たちの殿を務める二人のヴァンパイア・ハンターが吠えた。
「エピソード!ここはハンターとしての腕の見せ所じゃあないか!」
大剣でスチールジョーの容赦ない突撃を受け止め、火花で周囲の冷水を蒸発させながらドラマツルギーが叫ぶ。
「分かってるよ、ドラマツルギーの旦那!」
エピソードが不敵に笑い、巨大な十字架をブワリと風を切って振り回した。急降下してくるバズソーの羽を掠め、ホバリングするラットバットの超音波攻撃をその跳躍力で紙一重で回避する。
ドラマツルギーは牙を剥くサイバー狼スチールジョーと。
エピソードは空を舞う凶鳥バズソー、怪蝙蝠ラットバットと。
そしてブラック羽川は、狂気を孕んだ偽物の猫アリスと――それぞれが火花と水飛沫を散らしながら、真っ正面から激突した。
『暦、乗るんだ!!』
その混沌の渦中、僕たちのすぐ横でバンブルビーの巨体が目にも留まらぬ速さで再構成されていく。金属パーツが瞬時に折りたたまれ、現れたのは、水面にその鮮烈なイエローを反射させるシボレー・カマロだった。
「ひたぎ、行くぞ!」
僕は助手席のドアを開けてひたぎを滑り込ませ、急いで運転席へと飛び込む。
キィィィィィィィィンッッ!!!
バンブルビーのV8エンジンが、浸水したホール内に爆音を轟かせる。カマロは四輪で水を派手に撥ね退けながら、ブラック羽川が指し示したゲートの奥へと猛スピードで急発進した。背後からは、激しい金属の激突音と、怪異たちの咆哮が遠ざかっていく。
「……カセッティコン、撤収だ……!」
左脚の膝から下を完璧に失い、紫のオイルを流しながら壁に手をついて辛うじて立っていた情報参謀サウンドウェーブの光学センサーが、冷酷に点滅する。
ギゴガゴゴ……!
彼の巨体が、重々しい金属音を立てて形を変えていく。満身創痍でありながらも再構成されたその姿は、頑強な銀色のシボレー・シルバラード・ピックアップトラックだった。
「退却だ!バズソー、ラットバット、アリス、退くぞ!」
サウンドウェーブの号令を受け、レーザービークが仲間たちに撤退を促す。
「逃がすかにゃ!」
ブラック羽川が飛びつこうとするも、バズソーの切断翼に阻まれてしまった。
暴発の衝撃によって半分欠け、黒煙を上げるシルバラードの荷台。
そこへ、同じくダメージを負ったレーザービークたちが翼やら手足やらをバタつかせながら飛び乗り、鋭い視線を僕たちの逃げた方向へと固定する。
スチールジョーも続こうとするが、その隙をドラマツルギーは見逃さなかった。
「戦士に背中を見せるとは迂闊だったな!」
一閃。
サイバー狼の胴体が真っ二つにされ、半透明の液体が飛び散った。
ブロロロロロロロッッ!!!
だが、味方の死に目もくれず、シルバラードは凄まじい駆動音を立てて急加速し、濁流に塗れたホールを後にする。
「逃したかにゃッ――!」
悔しそうに吐き捨てながらも、通常状態に戻っていく羽川。
だが、ドラマツルギーは真っすぐ前を見ていた。
「過ぎたことを悔やんでいても仕方が無い!少年たちと合流するぞ!」
彼は2人を抱え、僕らに追いつかんと跳躍する。
その後ろでは、後部左輪を失って満身創痍の身体でなお、情報参謀とその右腕がメガトロンの命を果たすべく、執念深く闇の奥へと去っていった。
『……こちら、サウンドウェーブ…ターゲットが逃走した…!』
030
一方、地上では、鉛色の寒空を引き裂くソニックブームがシベリアの永久凍土に終わりのない重低音を響かせていた。
上空数千メートル。
そこは、先程天井を突き破り、再び天空へ戻っていった2人――オートボットの赤き航空剣士ウインドブレードと、ディセプティコンの冷徹なる女傑スリップストリームによる、文字通り命を削り合う超音波のドッグファイト――否、女同士の苛烈極まるキャットファイトの舞台と化していた。
「あなたこそいい加減に落ちなさいよ、この錆びついたお局様ッ!!」
「お局……!? 言うに事欠いてこの私を何て呼びやがった、この生意気なオートボットがァァッ!!」
「じゃあ新人!」
「違うッ!」
「やっぱりアラサーじゃない!」
「死ねやゴルァァァァ!」
ガシィィィィィィィンッッ!!!
ロボットモードのまま空中でもつれ合う二機。
ウインドブレードのシャープな顔面をスリップストリームの鋭利な爪が引き裂き、そのお返しとばかりにウインドブレードの膝蹴りがスリップストリームの腹部装甲をメリメリと歪ませる。
互いに一歩も退かぬ空中戦。
火花と互いのプライドが火花となって散る中、スタースクリームが、自らの通信回線に怒号を怒鳴り散らした。
「ええい、何をモタモタしている! スカイワープ、サンダークラッカー! あの赤い羽虫を今すぐ狙い撃ちにして、鉄くずに変えてしまえッ!!」
そのヒステリックな命令に、黒と紫のF-22――スカイワープがニヤリと凶暴な笑みを浮かべ、即座に主翼の下にマウントされた多連装ミサイルランチャーのロックオンシステムを起動させた。
「了解!全員こいつを喰らいなァァ!!」
シュバババババババババッッ!!!!
「スカイワープ、待て! スリップストリームがまだ組み合って――」
サンダークラッカーの警告の声は、爆風の咆哮にかき消された。
放たれた無数の誘導ミサイルが、白煙の尾を曳きながら猛烈なスピードで二機へと迫る。それはウインドブレードだけでなく、味方であるはずのスリップストリームをも巻き込みかねない、シーカーズ特有の火力に物を言わせた、あまりにも雑で容赦のない飽和攻撃だった。
ウインドブレードの青い光学センサーが、視界の端から迫る無数の熱源を捉えた。
瞬間、彼女の電子頭脳は極限の計算を弾き出す。
逃げ切る時間はない。ならば――。
「――ごめんなさい、盾になってもらうわ!」
「なッ――!? あんた、何を――」
驚愕に染まるスリップストリームの光学センサー。
ウインドブレードは気合の掛け声と共に、自身の細い両腕にすべての出力を集中。
自身の身体をホールドしていたスリップストリームの肩の装甲を力任せに掴むと、その巨躯を強引に反転させ、迫り来るミサイルの弾道へと文字通り『盾』として突き出した。
次の瞬間、スリップストリームの背面に、スカイワープが放った全弾のミサイルが文字通りクリーンヒットする。
ドバババババババババガァァァンッッ!!!!
「キャアァァァァァァッッッ!!!!」
すさまじい爆風と爆発の熱線がスリップストリームの背面装甲を容赦なく引き裂く。
ウインドブレードは爆風をやり過ごすと、黒煙を上げて飛行不能になった体を容赦なく蹴り飛ばした。
スリップストリームはその美しい主翼を激しく炎上させ、制御を失ったキリモミ状態で、地上の永久凍土へと真っ逆さまに墜落していく。
その無惨な光景をモニターしたスタースクリームが、通信回線が壊れんばかりの声で叫び声を上げた。
「おいスカイワープ、何やってるんだこの大馬鹿者が!! 味方を撃ち落としてどうする!!」
「はあ!? 俺は『目の前の動く奴を全員撃ち落とせ』って言われたから、目の前の奴を撃っただけだ!」
「言ってる場合か、二人とも! ほら見ろ、あいつら突っ込んでいくぞ!」
呆れたように叫んだサンダークラッカーの視線の先。
地上付近で戦況を伺っていた灰色MiG-35のスラストが、落ちてくるスリップストリームを見るなり、血相を変えて激しいジェット噴射の音と共に急上昇を開始していた。
「新シーカーズ、彼女を援護しろ! というか、受け止めろ!」
スラストの号令に応じ、ラムジェットとダージの二機がソニックブームを巻き起こしながら、黒煙を吹いて墜落するスリップストリームの軌道上へと滑り込む。
「うおっとっと! 重い重い、支えきれねえぞ!」
「ああっ、ダメだ! スピードが殺しきれないッ!」
ドシャァァァァァァァンッッ!!!!
減速が間に合わなかったダージとラムジェット、そして二人を後ろから押し込む形になったスラストの三機は、スリップストリームの体を受け止めたまま、シベリアの荒野にそびえ立つ巨大な岩山へと真っ正面から激突した。
大量の雪煙と破片が舞い散る中、四機は無様に折り重なるようにして雪原へと転がり落ちる。
「……痛くねぇぜ。……ふん、俺のボディも全く汚れちゃいない――」
ラムジェットが虚言を撒きながら頭を振り、その上で、辛うじて機能停止を免れたスリップストリームが、全身からパチパチとショートの火花を散らす。
彼女は自身の下敷きになっているMiG-35トリオを見下ろすと、冷徹かつ心底不機嫌な声を絞り出した。
「……もうちょっと優しく受け止めなさいよ、このイカトンボども。次やったら、あの時みたいにまた喉の駆動回路を噛み千切ってやるわよ……?」
「ひいっ!! ご、ごめんなさい!!」
どうも彼女に逆らって致命的な損傷を負わされた過去があるらしいダージが、その恐怖のセリフにガタガタと震え上がった。
「おい止めろ!お前ら、敵の戦線は崩壊しかけている! 地上のデフコン達と合流して、一気にケリをつけるぞ!」
スラストが指揮する中、新シーカーズの面々は再び武器を構え、混沌を極めるシベリアの戦場へとその赤い視線を向ける。
031
地上、ディセプティコンの大軍に囲まれたオートボットの防衛線は、限界を超えて文字通り悲鳴を上げていた。
吹き荒れるブリザードの中、エリータ・ワンが迫り来るシャドウレイダーズの集団へ向けてブラスターを乱射しながら、オーディオレシーバーに飛び込んできた微弱な通信を拾い上げる。
「アーシーたちから連絡が入った! 今、人間を乗せてこっちに向かってきているそうよ!」
その吉報に、デフコンの重粒子弾を受けて満身創痍のアイアンハイドが、装甲から青い火花を散らしながら、重々しい金属音と共に強引に立ち上がった。
「そうは言っても、この状況で抑え込むのは無理だぞ!ゲートの前にあんな化け物が居座ってやがる!」
アイアンハイドが忌々しそうに、顎で前方の敵陣を指し示す。
そこには、四足歩行の特異な体躯をさらに低く構え、ゴリラのように長い腕で大地を叩きながら、文字通り「城門」のように構えるデフコンが立ち塞がっていた。
その後方には傭兵集団にコンストラクティコン、怪獣じみた咆哮を上げる突撃爆撃兵スカイクエイクが、防衛線を完璧に固定している。
「おいホイルジャック、こんな時に何をしてる! 遊んでいる暇はないんだぞ!」
ディーノが両腕のアームブレードで迫り来る敵兵を切り裂き、緑のオイルを撒き散らしながら、戦場の後方で不自然にしゃがみ込んでいる技術科学者に向かって怒号を飛ばした。
当のホイルジャックは、爆発の衝撃で周囲の雪が蒸発していく激戦の最中だというのに、耳のセンサーをピコピコと点滅させながら、怪しげなガラクタの山に電子溶接の火花を散らせている。
「待て待て、焦るんじゃない。こいつのエネルギー回路をここに繋いで、と……よし、完成だ!」
「何だそれは?」
ラチェットがパルスライフルを撃ち終え、怪訝そうな、そして嫌な予感に満ちた光学センサーの視線を向けた。
ホイルジャックが自慢げに叩いたのは、直径数メートルはあろうかという巨大な2つの円形パーツが、異様な数の鋭利な円鋸で構成された「車輪」だった。
その2つの車輪を繋ぐ中心のシャフトには、ディセプティコンの不発弾から引っこ抜いたらしき即席のロケットブースターがこれでもかと括り付けられている。
「只今即席で組み上げた『全自動自走丸ノコくん』だ! データによると地球にも似たようなロケット推進兵器があった筈だが……うん、実に合理的で素晴らしいデザインだろ?」
「おい、それは地球の歴史じゃ大失敗したって言われてる奴じゃ――」
ラチェットのツッコミが終わるより早く、ホイルジャックは容赦なく起動スイッチを押し込んだ。
ギィィィィィィィィンッッ!!!!
鼓膜を、いやオーディオレシーバーを狂わせるような超高音の駆動音と共に、数千枚の丸ノコが超高速回転を始める。
ボガァァァァァァッッッ!!!
シャフトに括り付けられたロケットブースターが点火。凄まじい白煙と炎を噴き出しながら、巨大な丸ノコの塊――通称『丸ノコくん』は、直線軌道を完全に無視し、文字通り狂ったように蛇行しながらディセプティコンの陣地へと爆走を開始した。
「ちなみに、正式名称はMk-1 Circular Autonomous Rocket Sawと言って――」
「長いわ!」
一方、優勢を確信して進軍していたディセプティコンの前線。
衛生兵フックは、傷ついた兵士の修復作業をしながら、雪原の向こうから凄まじい火花と白煙を上げて突っ込んでくる異形の物体に気がついた。
「……何だありゃ」
「フン、随分と不格好な兵器じゃないか。オートボットめ、いよいよ骨董品しか残っていないと見える――」
突撃爆撃兵スカイクエイクが、冷笑を浮かべながら超大型ガトリングキャノンをその「骨董品」へと向けようとした、その瞬間だった。
ギャリギャリギャリギャリギャリィィィッッッ!!!!
直進するかと思われた『丸ノコくん』は、永久凍土の傾斜で不規則に跳ね上がると、スカイクエイクの足元へ猛烈な回転を維持したまま、真っ正面から激突した。
超振動する巨大な丸ノコの刃が、スカイクエイクの強固な脚部装甲を、まるでバターでも切り裂くかのようにバリバリと火花を散らしながら削り込んでいく。
内部の油圧回路が瞬時に寸断され、紫色のエネルゴンが噴き出した。
「な、何だこの切削力はァァッ! 離れろ、フック、ペイロード!」
スカイクエイクが絶叫するが、すでに遅い。ホイルジャックが仕込んだ本当の『中身』は、単なる丸ノコではなかった。
中心部に限界まで充填されていた、不安定な高出力エネルゴンコアの臨界電圧が、衝撃によって一気に限界を突破する。
ドゴォォォォォォォォォォォンッッ!!!!
永久凍土の荒野を、真昼の太陽のような白熱の閃光が包み込んだ。
『丸ノコくん』が内蔵していたすべてのエネルギーが一気に大爆発を起こしたのだ。凄まじい衝撃波と、千切れ飛んだ丸ノコの破片が、手裏剣のような凶悪な質量となって周囲へと四方八方に撒き散らされる。
「グワァァァァッッ!?」
爆心の真上にいたスカイクエイクの巨躯が、内部爆発に巻き込まれてその装甲を激しく引き裂かれ、黒煙を上げながら雪原へと倒れ込んだ。
さらに、すぐ隣で防衛線を固めていた緑色のフックと、黄色のペイロードのコンストラクティコン二機も、その圧倒的な爆風と鉄屑の雨を正面から浴びる形となった。
「俺のクレーンアームがァッ!」
フックの背負っていたクレーンのブームが爆風でひしゃげ、ペイロードもまた、その重装甲をズタズタに引き裂かれて雪原にひっくり返る。
ディセプティコンの強固なスクラムが一瞬にして文字通り木っ端微塵に粉砕された。
「よし、今だ! 道が開いたぞ!」
沸き立つオートボット達。
だがその時、秘密研究所のハッチから、レーダーを完全に欺瞞するステルス機能を備えた、一機の無機質な武装ヘリコプター――RAH-66 コマンチが、凄まじいローター音を立てて飛び立ってきた。
空中へと躍り出たヘリが、空中を激しくパーツ再構成し、あの暗殺兵エアラクニッドへと変形する。
「まったく、あんな所で働いてたら風邪引くッシャ。こっちには遊べる玩具はあるッシャ〜?」
「無いわよ!仕事しなさいよ、仕事を!」
スリップストリームの叫びを他所にエアラクニッドは、背中のアームを妖しくうごめかせながら戦場を見下ろした。
だが、その彼女の登場を、空中にて狙撃を続けていたコンバッティコンのブラストオフが見逃さなかった。
「……!? お前、ヘリコプターに変形できるのか!? ちょうどいい、パーツが足りん、ちょっと手を貸せ!」
「え? 何を――」
ガシィィィィィィィンッッ!!!
ブラストオフの巨大な金属の手が、エアラクニッドの首根っこ――というよりは、彼女の蜘蛛足アームを、有無を言わさぬ怪力でガシリと鷲掴みにした。
「な、何をするの、この無礼者! レディに何するッシャ! 離しなさい!」
エアラクニッドが金切り声を上げてバタついたが、時すでに遅し。
「でかしたブラストオフ!……コンバッティコン部隊、フォーメーション・ブルーティカス!ボルテックスが欠けた穴はこの女で埋める!」
「正気かよお前らぁぁぁッ!!」
エアラクニッドの絶叫がシベリアの空に虚しく響く中、オンスロートの号令の元、スィンドル、ヘイルストーム、そしてブラストオフらコンバッティコンのメンバーたちが、一斉に駆動音を響かせてビークルモードへと変形。
激しい火花と暗黒のエネルギーを撒き散らしながら、一つの巨大な人型へと急速に『スクランブル合体』を開始したのだ。
それは、エジプト決戦において、オートボットの老兵ジェットファイアによって文字通り粉砕されたはずの、恐怖の合体兵士だった。
だが、本来の左腕を構成すべきヘリコプター兵のボルテックスは、あの戦いで完全に破壊され、現在、左腕の構成要員がいなかった。
だからこそ、彼らは今、目の前に現れた「ヘリに変形できるディセプティコン」――エアラクニッドを、強制的に代わりのパーツとして組み込んだのだ。
ガシャガシャガシャアアアアアンッッ!!!
「いやぁぁぁぁぁ! 何よこれェェェェッ!」
エアラクニッドの悲鳴を置き去りにしたまま、彼女の身体は複雑に引き裂かれ、巨人の強固な『左腕』へと強制変形させられる。
腕のパーツの隙間から漏れる、蜘蛛だけにくぐもった苦悶の声。
しかし、それを掻き消すように、巨大陸戦合体兵は轟音を立てて、巨大な足で大地を踏み締める。
ズゥゥゥゥゥゥゥゥンッッ!!!
「……ブルーティカス、復活……!」
地獄の底から響くような、重々しい複数の合成音声が重なり合う。
シベリアの雪原に、全長20メートルを超える圧倒的な質量を持つ鋼鉄の魔神が、地響きと共に再びその姿を現した。
ブルーティカスは、強制的に左腕にされたエアラクニッドの能力をそのまま引き出すと、その手首から先を強靭なサイバー・ネットを利用した、巨大な棘付き鉄球――ワイヤーメイスを展開した。
「オオオオォォォォッ!!!」
ブルーティカスがその巨腕を凄まじい風切り音と共に振り回すと、周囲の空間が歪むほどの衝撃波が発生する。
合体兵士の圧倒的な破壊力が、再びオートボットたちの前に立ち塞がった。
「あの野郎、亡霊みたいに蘇りやがって――!」
「おい、オプティマスはまだか!」
奥歯を噛み締めながらアイアンハイドが泥とエネルゴンに塗れたヘビーアイアンを構え直し、アームブレードで飛来するワイヤーメイスの風圧を辛うじて受け流しながら、ディーノが通信回線に怒号を放つ。
その時だ。
鉛色の地平線の彼方から、激しい吹雪を割って、猛スピードでピータービルト379トレーラートラックがクラクションと共に雪原を突っ切って来た。
鮮烈な赤と青のフレームが、白銀の戦場に一閃の希望を刻む。
「今行くぞ、待っていろ!」
咆哮を上げるエンジン。
オプティマス・プライムはディセプティコンの強固な包囲網を正面から突破すると、凄まじい慣性を維持したままロボットモードへと瞬時に変形していく。
「そこを退け!」
変形と同時に、彼は右手に持った巨大な複合キャノン砲『メガストライカー』の銃口を、先程の爆風から立ち上がろうとしていた衛生兵フックの小さな頭へと突き付け、容赦なく引き金を引いた。
ズドォォォォォォンッッ!!!
零距離から放たれた高出力エネルゴン弾がフックの頭部を消し飛ばし、続けざまにオプティマスは左手からエナジーソードを展開。
返す刀で、隣にいたペイロードの胸部装甲を真っ正面から深く刺し貫いた。
グシャァァァァンッッ!!!
刃を引き抜くと同時に、青いオイルを噴き出させて崩れ落ちる輸送兵の巨体を蹴り飛ばす。
『クソッ、2人殺られた!スカイクエイク、後退しろ!』
「……覚えてろよ、プライム!」
ドレッドウイングの通信に、AC-130に変形して轟音と共に上空へ避難するスカイクエイク。
瞬く間にディセプティコンの精鋭2体を撃破した総司令官の圧倒的な戦闘力に、前線のオートボットたちから歓声が上がった。
しかし、オートボットの司令官が戦線を押し戻したその瞬間、要塞の奥深く――秘密研究所の強固な防壁ゲートが、内側から凄まじい力で斬り裂かれ、爆炎と共に崩壊した。
バリバリバリィィィッッ!!!
硝煙の向こうから姿を現したのは、ディセプティコンの絶対的支配者、破壊大帝メガトロン。
その左手には、かつてエジプト決戦にてオプティマスによって粉砕されたはずの『デスロックピンサー』の欠片をドロドロに融解させ、新たに鋳造し直した、禍々しい銀の大剣『デスロックブレード』が握られていた。
「ここを通すわけにはいかぬ! ディセプティコン軍団、我に続けェ!」
宿敵の姿を光学センサーに捉えたメガトロンが狂気的な咆哮を上げながら、オプティマスへ猛烈な突撃を敢行した。
さらに、その大帝の突撃に呼応するように、鉛色の空を割ってディセプティコンが誇る超大型の重戦力たちが一斉に舞い降りてきた。
「トリプルチェンジの恐怖を味わうがいいメーン!」
冷徹・熱血・狂気の三つの人格を切り替えながら急降下してくるブリッツウイング。
「スペースシャトルの質量で圧し潰してくれるわ!」
アストロトレインが、巨大な影となって上空を覆う。
「全てはメガトロン様のためにィィィッ!」
盲目的な忠誠を誓う巨漢ラグナッツが、その獰猛な光学センサーを赤く爛々と輝かせて迫る。
破壊大帝、空陸参謀、輸送参謀、重爆撃兵。さらには後ろから巨大合体陸戦兵。
いずれも軍団の最高戦力クラス。5対1という、あまりにも圧倒的不利、かつ絶望的な戦いがオプティマス・プライムの行く手を阻んだ。
ドバババババババババガァァァンッッ!!!!
ブリッツウイングの二連主砲から放たれた冷凍弾がオプティマスの足元をバリバリと凍りつかせ、アストロトレインの大型イオンライフルが放つ紫色のパルス光線が、彼の胸部装甲を激しく穿って火花を散らす。
さらに上空から垂直落下してきたラグナッツが、彼のビークルモードであるB-29の尾部を変形させた巨大ハンマー『アトミックメイス』を大地へと叩きつけた。
ズガァァァァァァァンッッ!!!!
シベリアの大地が地震のように激しく陥没し、凄まじい衝撃波がオプティマスの強固な装甲を容赦なく襲う。
「ラチェット、エリータ!研究所へ向かえ!」
総司令官が自らを完璧な囮としてディセプティコンの全火力を引き受ける中、オートボットの精鋭は、涙を飲むようにして、開かれた地下ゲートの奥へと突入した。
032
崩壊した研究所のゲートを背に、デスロックブレードを地表に突き立てた破壊大帝が、錆びついた駆動音を響かせながらじりじりとオプティマス・プライムとの距離を詰めていく。
その真紅の光学センサーには、勝利を確信した絶対者の冷酷な愉悦が宿っていた。
「貴様らはここで終わりだ、プライム。足掻き、無様に泥を舐めるがいい。先程内部へ駆け込んだオートボットどもも、奥で待ち受けるショックウェーブの冷徹なる論理の前に、一人残らず血祭りに上げられることだろう。人間ども共々、な」
その言葉は、絶望の宣告に他ならなかった。
だが、その背後に渦巻く圧倒的な質量と熱量を前にしても、オートボットの総司令官の青き光学センサーは一瞬たりとも揺るがない。
オプティマスはバトルマスクの奥から、低く、しかし戦場全体の爆音を圧するほどの強固な意志を孕んだ声を響かせた。
「ならば、その前に私がお前達を倒す! 命ある者が紡ぐ未来を踏み躙らせはしない!」
「ふん、綺麗事では戦いには勝てぬぞ。……かかれ!!」
メガトロンの咆哮。
その右腕のフュージョンカノンが、狂気的な紫のエネルギーを爆発させた。零距離に近い間合いから放たれた極大の熱線が、空気を一瞬で蒸発させながらオプティマスへと襲いかかる。
ズドォォォォォォォォォンッッ!!!!
オプティマスは即座に左手のエナジーソードでその超高熱の衝撃を真っ正面から受け止めた。激しい火花が飛び散り、足元の永久凍土がその余波だけで数十メートルにわたって円形に陥没する。
だが、ディセプティコンの波状攻撃は、破壊大帝の一撃だけでは終わらない。
「プライムめ、メガトロン様の覇道の邪魔をするなッツ!!」
右側から地鳴りのような足音を立てて肉薄してきたのは、盲信の巨漢ラグナッツ。
彼はその特異な巨躯を極限まで前傾させると、腹部に4つ並んだ機銃を掃射させると同時に、オプティマスの元に殴りかかった。
「ぬぁっ……!」
容赦ない質量攻撃にオプティマスは膝を突きかける。
だが、火花とエネルゴンの飛沫で視界が真っ白に染まる中、オプティマスの電子頭脳は頭上から迫る真の脅威をいち早く察知した。
見上げると、鉛色の雲を引き裂いて、あまりにも異常な質量が垂直落下してくる。
アストロトレインが巨大なスペースシャトル形態で、オプティマスの頭上へと突っ込んできたのだ。
「ぬおおおおおッ!」
驚異的な反射神経で、オプティマスは即座に左側へとローリング回避を敢行する。
ドゴォォォォォォォォンッッ!!!!
直後、アストロトレインの巨体がオプティマスのいた地面へと激突し、シベリアの永久凍土がクレーター状に陥没した。凄まじい衝撃波が巻き起こる中、今度は奥側からレオパルト2戦車形態のブリッツウイングが急接近する。
「アハハハハハハ!地獄の業火で燃えちまえ!」
狂気の人格が叫ぶと同時に、主砲から猛烈な火炎放射が放たれ、周囲の雪を一瞬で蒸発させながらオプティマスを包み込もうとする。
さらに、背後からは強制合体によって狂暴化した巨人ブルーティカスが、エアラクニッドを組み込んだ左腕のワイヤーメイスを激しく回転させながらじりじりと距離を詰めていた。
轟音と共に振り下ろされたメイスがオプティマスを掠め、肩の装甲を削る。
まさに四面楚歌。しかし、オプティマスをこれ以上の絶望に追い込ませないために、残された希望の戦士たちが立ち上がる。
「オプティマスだけに荷を背負わせると思うなよ、ディセプティコンのクズどもが!」
オプティマス達が戦っている右横で満身創痍のアイアンハイドが、ヘビーアイアンのエネルギーを限界までチャージし、行く手を阻む四足歩行の重砲兵デフコンの足元へ容赦ない砲撃を叩き込んだ。
ズドォォォォォンッッ!!!
「空を好き勝手に飛ばせるほど、オートボットの翼は優しくないわ!」
ウインドブレードが主翼から鮮烈な赤いエナジーブレードを展開。迫り来るスタースクリーム率いるシーカーズの猛攻を紙一重の空中機動でいなし、超音速の軌道を描いて荒野を舞う。
「フン、すばしっこい羽虫が!ヴェイ!バキューン!」
ドレッドウイングがその巨体に似合わぬ速度でウインドブレードの進路を塞ぎ、巨大なプラズマキャノンを放つ。
「おっと、レディの邪魔をするなよ!」
すかさずディーノが両腕のアームブレードを火花が出るほど激しく擦り合わせ、ドレッドウイングの脚部の隙間へと滑り込み、油圧回路を深く斬り裂いた。
「ホイルジャック!『丸ノコくん』の次は無いのか! ああいうイカれた奴をもう一発お見舞いしてやれ!」
ディーノが高速移動でシーカーズの機銃掃射を回避しながら叫ぶ。
「無茶を言うな! あれは現地調達のガラクタで作った一発限りの奇跡だ!」
ホイルジャックはその頭脳をフル稼働させ、迫り来る敵の弾幕を自作のマグネティック・シールドで弾き返しながら、必死に通信機を叩いていた。
「だが、時間稼ぎならこの私が買って出よう! 技術科学者の底力、今ここで見せてやる!」
地上が爆炎と硝煙、そして凍りついたオイルの霧で視界がゼロになる中、オートボットの戦士たちは総司令官の命を信じ、そして地下へと希望を繋ぐため、圧倒的なディセプティコンの軍勢をその肉体で受け止め続ける。
地下。
「ビー、後ろから羽川さんたちが来てるわよ」
サイドミラーを覗きながら、ひたぎが告げた。
僕も後ろを見ると、ひたぎの言う通り、羽川たちがカマロを追いかけて来ていた。
………羽川とエピソードはドラマツルギーの両脇に抱えられて。
「確かに最適解なのかもしれないけど、どんな姿勢だよ!」
思わずツッコんでしまった。
「そんな事よりも、早く3人と合流しましょう。ビー!」
『了解!アーシー、エピソードをまた乗せてやってくれ!』
「分かったわ!」
ひたぎの号令に、ビーとアーシーが速度を少し落とす。
「ふぅ。抱えられてるだけでも、良い運動になるものだね」
「さっき派手に動いてたじゃん」
再び、後部座席に乗り込む羽川とドラマツルギー。
エピソードも十字架を背負って、アーシーのシートに収まっていた。
「全員無事ね? それじゃあビー、一気に加速して!」
ひたぎの声に応じ、バンブルビーがV8エンジンを轟かせて一本道の直線通路を爆走する。
だが、水浸しのコンクリート通路を抜けた僕たちの視界に、再び不穏なライトの光が躍り出た。
前方の暗闇からヘッドライトを不気味に輝かせ、三体のビークルが並走して突っ込んでくる。
チェリーレッドのアストンマーティンDBS。
漆黒の1959年製キャデラック・ミラー・ミーティア霊柩車。
そして、その中央を陣取る巨大な青いMRAP重装甲車。
先ほど円形ドックから逃げ出したはずの、ディセプティコンの闇医者トリオだ。
「しつこい奴らね! 退散したんじゃなかったの!?」
アーシーがドゥカティの車体を傾け、警戒の声を上げる。
「さっきは水で塗装が台無しになりそうでしたが、ここは濡れずに済むドライなストレート……! ブレークダウン、やってしまいなさい!」
アストンマーティンのフロントグリルから、ノックアウトのよく通る声が響く。
「おっしゃあ、任せとけ! ミサイル発射ァ!」
MRAP装甲車のルーフ部分がガシャリと音を立てて開き、武骨な多連装ミサイルランチャーが露出。咆哮と共に爆炎を撒き散らした。
「うるさいな全くお前は、鼓膜に来るんだよ鼓膜に――」
隣を走る黒いキャデラックから、フラットラインの怠惰で心底迷惑そうな声が漏れ出る。
シュバババババババババッッ!!!!
狭い地下通路を塞ぎ切るようにして、大量の小型ミサイルが白煙の尾を引き、爆風を巻き起こしながら僕たちのカマロへと牙を剥く。
直線通路、回避スペースは皆無。壁に激突するリスクを冒しても、全弾をかわし切ることは不可能だ。
「避けられない――」
僕の冷や汗が頬を伝い、死を覚悟したその瞬間。
「――なら返してやろう!」
幼くも威厳に満ちた声が、僕の足元の『影』から響いた。
ドクンと僕の胸の中で忍の心臓が躍動すると同時に、黒い影から滑り出るように躍り出たのは、金髪の幼女――忍野忍。
彼女は驚異的な身体能力で走行中のカマロから飛び出すと、鮮やかに黄色いボンネットの上へと着地した。
その小さな手に握られているのは、あらゆる怪異を無力化する怪異殺しの刀――妖刀・心渡。
カキィィィィィィィィンッッ!!!
神々しいまでの銀色の刀光が、狭い通路の暗闇を一瞬で切り裂いた。
忍はボンネットの上でコマのように軽やかに旋回しながら、『心渡』の刃を目にも留まらぬ速さで振るう。
迫り来るミサイルの群れ。
その弾頭が刀身に触れた瞬間、爆発することなく完璧な軌道修正を強要され、真っ逆さまに発射元へと跳ね返されていく。
忍もすっかりミサイルの扱いに慣れたものである。
「な、何ぃぃぃッ!?」
ブレークダウンの狼狽した悲鳴。
さらに、バンブルビーが攻勢に出る。
『こいつでどうだ!』
バンブルビーが走行状態のまま、車体パーツをダイナミックに組み替えていく。
ルーフとフェンダーが展開し、そこから1門のアストロプラズマキャノンと複数のサブマシンガン、ミサイルポッドが突出する。
ドバババババババババガァァァンッッ!!!!
跳ね返されたミサイルと、バンブルビーが放った高出力プラズマ弾が、前方を走る三体に直撃。
「ぬわぉぉぉぉ!?」
「急ブレーキ! 急ブレーキだ!!」
凄まじい大爆発と衝撃波が通路を包み込み、三体はたまらず走行を維持できなくなり、激しい駆動音を立てて強引にロボットモードへと変形・退避した。
だが、体制を崩した彼らの隙を、バンブルビーとアーシーは見逃さない。
「退きやがれッ!!」
カマロとドゥカティは、変形途中でもたつく3体のディセプティコンの隙間を、鮮やかに突き抜けていく。
「あー痛てて――!」
「ふざけんじゃねえ、金髪ロリ吸血鬼!……ニンニク食ってくりゃ良かった――」
背後から、足元をすくわれて無様に転がったブレークダウンの悲鳴と、煙を吹いたフラットラインの不貞腐れた悪態が遠ざかっていく。
「そんな体たらくで儂の心臓を狙うなんぞ、100年、いや600年早いわ。かかっ」
「忍、大丈夫か?」
僕が運転席の窓から顔を出して心配そうに声をかけると、彼女は刀をすっと自身の体内に戻しながら、満足そうに小さく鼻を鳴らした。
「うむ、何とか動けるようにはなったが……まだ少し影で休ませてもらうとするかの」
言い終わるや否や、彼女の小さな身体は黒い影の水面へと溶け込むように消え、僕の足元へと戻っていった。
忍の存在感が再び影の奥底で穏やかに拍動し始めるのを感じて、僕は胸を撫で下ろす。
「阿良々木君、前方を見て!」
後部座席でビーのナビゲーションモニターを指す羽川の声。
「この通路を抜けた先が、地上に繋がる大型貨物エレベーターの制御エリアだよ。そろそろ1階に繋がるエレベーターに着くはず。皆、ロックダウンとの決戦に備えておいて!」
モニターに映し出された赤く明滅する目的地。
八九寺真宵を取り戻すための、そしてこのシベリア地獄から脱出するための最終決戦の地が、暗闇の向こうから刻一刻と迫っていた。
次回豫告
「はっはー。忍野扇ですよ」
「羽川翼です」
「久しぶりに阿良々木先輩達と触れ合えた感想は如何でしたか、きょにゅ川先輩?」
「そりゃあ、まあ、嬉しかったけど……きょにゅ川先輩って何?」
「羽川先輩と言うのは癪、巨乳先輩というのも飽きましたので、間を取ってきょにゅ川先輩です。良い名前でしょう?」
「全くもって良くないと思うよ。……ところで今の扇ちゃんって男の子みたいな時があるけど、性別ってどっちなの?」
「はて。阿良々木先輩のそばにいる時は女の子、神原先輩のそばにいる時は男の子のようですが、私にもよく分かりません」
「認識による性転換ってところかな」
「クマノミとか西アフリカ産のカエルみたいですね。『生命は道を見つける』とはよく言ったものです」
「君は怪異でしょ」
「貴女も片足突っ込んでいるでしょうに」
「そういうところは変わらないんだね」
「「次回、こよみウェーブ其ノ陸」」
「ところで前作から散々引っ張った偽先輩に対する精神的リベンジマッチの方はどうでしたか?」
「……悪くはなかった」
「それは僥倖」