天文二十二年(1553年) 九月 近江高島郡朽木谷 朽木城 竹若丸
「少しはマシな字になりましたね」
「はい!」
はーうえが、吾が書いた字を褒めてくれる。
はーうえの手本には及ばないがマシな形にはなっているであろう。以前は右肩上がりだったが、"これから少しずつ直していけばよい”と言われて手習いを続けて、早二年。
漸くまともな字を書けるようになった。
「では、はーうえ、失礼します」
「はい、気を付けて戻るのですよ」
部屋に戻って鉄砲などの模型を持ち出して木をはめ込みながら考え事を始める。
まず初めに、朽木一式の更なる改造は必要だ。特に狙って打つことにおいては種子島よりもはるかに劣る。調練のときも間違えて百姓に当たってしまいそうだったのだ。
「これでは戦うことができぬ」と家臣たちは言ったが、種子島よりも早く、たくさん打てることから、鍛冶師には「朽木にのみ売る」ように命じて、普通の種子島より値が張るが、たくさん作らせた。
後は狙いが安定するように工夫しなければ・・・
次に索道(さくどう)についてだ。
商人や武士、百姓共に好評だ。
特に商人たちは険しい山の上り下りが楽になったと喜んでいる。
だが、米や木を燃やして蒸気の力で持ち上げるのは上手くいっていない。火の力が足りないのだ。
より強い火を起こそうとすると煙が酷くて医者に「子供に悪影響で、肺の病になります!」と言われて辞めざるを得なかった。
これ以降、小規模な索道を複数造って繋ぎ合わせることで大型化を目指していくしかない・・・・
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ここ最近は義藤公の御機嫌はよろしくない。
六角や朝倉が動かないこともあるが、叔父上たちが吾が話したことを伝えたらしい。
そこから話は早く、御前に呼び出されて策を献じるように命じられた。
↓その策とは以下の内容だ。
①「三好を播磨に侵攻を企図しているようだ」と商人から聞いたため、公方様の御命令で一致団結させて対抗させる。
②同時に備前の浦上、そして八州守護の尼子晴久、山名の一族など山陰の諸侯たちを団結させて三好の侵攻を阻止する。
③それによって、三好は播磨により多くの兵力を出さざるを得ない状態に追い込む。
④時期を見計らってから一向一揆、六角、紀伊畠山が攻め入れさせる。
咄嗟ではあったが献上したところ、意外と受けが良かったらしい。
事実、三好は播磨へ攻め入る計画があったらしく、三好を気にしていた山陰の者たちも公方様の御命令を受けて意外と早く動いた。
それによって、いくさがはじまるまえに三好が播磨に攻め入るのを阻むことができたらしい。
義藤公や幕臣の方々は「三好の勢威を拡大を阻止できた」と狂喜乱舞された。
だが、三好が播磨に攻め入るのを阻止できたとは言え、十日ほどでその熱は冷めた。
なぜなら、六角や紀伊畠山が準備不足で動けなかったのだ。
まぁ、一月ほどで建てた策なのだから、仕方なかったのだろう・・・・
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公方様は不満がたまると、酒を飲んで酔っ払って暴れられる。
吾や御爺、幕臣の方々が御停めしようとしても「余に諫言は不要ぞ!」と仰って物を投げて暴れられる。
徳利が投げられて酒が降ってくる事もあれば、運悪く、盃や徳利自体が吾の頭に当たって血を出すこともある。
その後のことはよく分からぬが、目を覚ますと頭に布を巻いた状態で目を覚ました。
あれから、公方様は正気を取り戻して吾を抱きしめて「済まぬ!済まぬ!」と泣き叫んでいたらしい。
吾が「大丈夫ですから落ち着いてください」というと、翌日にはケロリと忘れている。
数日が経過すると「その頭の傷はどうしたのだ?」と言い出すのだ。
幕臣の方たちも平然と言っているんだからたちが悪い。
流石の御爺や叔父上たちも怒りかけたが、吾が制止した。
どう言ってもどうにもならないのがよく分かったのだから・・・・
正直言って、吾は公方様にも困っているが、御家中の家臣の方々も不気味に見えてしまう。
何か、良いことがあると嫌な笑みになるのだ。
それがとてもゾッと感じてしまうのだ。
何とかならないかな・・・・
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だが、良いようで悪いこともある。
それは義藤公にはいい事で、吾と朽木家にとっては涙すべきことが起こった。
越後から長尾弾正少弼殿が公方様に御挨拶に参られたことだ。
吾も公方様と共にお会いしたが、痩せて静かな方だと思った。
だが、話してみると静かに燃える業火のような御方だと思った。
射貫くような眼で吾を睨みつけてくる。
まるで、「公方様に良からぬ思いを持っているのか?」と問いかけるような眼だった。
だから、吾も「そんなことはしない」と静かな、そして確かな眼で見つめ返す。
吾が見つめ返した理由を理解されたのか、それ以降は口元が緩まれて和やかにお話しすることができた。
それはいい、だがその夜のことが問題だった。
公方様は大量のお酒を所望されて朽木の酒蔵から酒が消えていった。
競場で商人たちが競って莫大な銭を落としていく竹酒や桃酒が一夜で消えていった。
あの穏やかな又兵衛が平九郎や長尾様と同じような眼になって吾を見つめていたのはある意味恐ろしい記憶となった。
翌日、市場には商人たちの怒号と、家臣たちの悲鳴が轟くほどの騒動となった。
急遽、競場での取引を中止して十日後に再度作り直した酒を売りに出すことができたが、あの苦労を思うと勘弁してほしい。
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そんなことを考えていると部屋の外が騒がしくなっていることに気づいた。
ドタドタ
誰かが部屋の前で止まる。
音からして大人だな。
「殿、新次郎でございます」
「入れ」
部屋に新次郎が入ってくる。
先程まで息子の方を思い出していたから少し笑みがぎこちなくなってしまう。
今なら、新次郎の仏頂面も仏の顔だと思えてしまうのは不思議なものだ。
「一大事でございます。京へ送りました荷が強奪されました」
「山賊か、それとも野盗の類いかな?・・・落ち着いたと思ったらまたか」
ここ最近は減ったが、吾が当主になった時には多かった。だが、予備兵を使って荷の護衛を任せたり、定期的な見回り、八門の諜報で撃破して落ち着かせているのだ。
そう思っていると新次郎が首を横に振った。
「いえ、三好です」
「・・・・はあ? 」