天文二十三年(1554年) 一月 近江高島郡朽木谷 朽木城 竹若丸
「おい! 矢と鉄砲の弾をあるだけもってこい!」
「一両具足の兵も用意できるだけ用意せよ!」
「物見を増して大原の状況を事細かく報せるようにせよ!」
正月早々、大広間には怒号が響き渡っていた。
城の周囲では戦支度を行う足軽や足軽大将、侍大将たちの喧騒が響き渡っている。
無理もない。
そう思いながら吾は茶をすする……ゲンノショウコの茶はにがい。
京の大原には三千程の三好の兵が待機している。
大原から朽木までは約六里程離れている。
五郎衛門の話だと、三千の兵は二日で朽木に押し寄せる事ができる。
大原に三好の軍勢が入ったとの一報で朽木は戦支度を始めた。
同時に、はーうえは西山城に避難させ、最悪の場合は飛鳥井家に仲裁をお願いする文を送ってもらった。
これである程度は持ち堪えられた上で朽木谷を守ることができるだろう。
……何でこうなってしまったのだろう。
吾は昨年の末の出来事と決断について振り返る。
●●●●●●●●●●
去年の十二月、朝廷に進物を献上するために五十ほどの兵に守らせて送り出した。
しかし、都に入ったところで突如三好の兵が三百ほど現れて襲われたらしい。
幸いにも互いに死んだ者はおらず、何名かが殴られて終わったらしい。
それを聞いてホッとした。もし威力のある鉄砲などを持たせて撃ってしまったら取り返しのつかないことになっていただろう。
話を聞き終わった吾は家臣たちの憤慨を抑えてはーうえを大広間に呼び出して皆の前で文を代筆してもらう。
内容は荷を返還する内容ではない。
荷をくれてやる内容だ。
大まかな内容は以下の通り。
・此度、貴家の兵が乱心して朝廷への進物を強奪した。
・朝廷や公方様から抗議の声が届いても気にしないように。
筑前守殿には一切の非はない。
非は京に乱妨取り(らんぼうどり)がいると考えが及ばなかった朽木竹若丸にある。
・強奪した進物の中には新作の桃の澄酒や椎茸があるので、正月には是非とも使ってくれ。
・師走(十二月)の二十日に、再度朝廷に進物を送るので兵が暴れだして進物を盗むことはないように
・今後は盗賊のようなことをせずに朽木谷にきて買うように。例え公方様がいても真摯に取引に応じる。
以上。
上記の内容をはーうえが書いてもらった。
吾の内容は特におかしいところはないはずなのだが、皆の顔は呆れと戸惑いが浮かんでいた。
特におかしなことは書いておらぬ。
相手に非はなく、むしろ許してやったうえに、盗んだものをくれてやる太っ腹な内容にしたのに……
その文を飛鳥井家に送って、九条家を経由して三好家に届く。
一週間後には返書が届いて、此度の件についての謝罪と朝廷への再度の進物の件を了承した、旨が書かれていた。
そして、今度は京の都に入ってから三好の兵が百ほど護衛について、朽木の兵と共に進物を禁裏に送り届けた。
これで一件落着と思っていたら松の内も終わった頃、朝廷から三好が強奪の件を俺に直接会って謝罪したがっていると言ってきた。
無論断った。こちらにとって強奪は満足に三好筑前守が命じたとは思っておらぬし、奪った荷をくれてやると朽木は文を送ったのだ。
「謝罪する必要はない。むしろ感謝せよ」と返した。
それでも、進物を強奪したことは事実のため、再度謝罪したい旨を三好が朝廷を通して言ってきた。
今度は飛鳥井の御爺がわざわざ朽木にきて「帝も、この件について変なしこりは残したくない」と言ってきておると言ってきた。
くどいと思ったが、はーうえや御爺が「これ以上は朝廷や三好の面目を潰しかねぬ」として受けることとなった。
そして、謝罪の使者は三千の兵を率いてくるらしい。
まったく、礼儀知らずにも程があるだろう……
●●●●●●●●●●
「殿、殿!」
平九郎に呼び掛けかれて我に返る。
「……ん? なんじゃ、平九郎」
皆が不安がらせないように悠然としていなければならぬ。
「三好の使者が城の門の前につきました」
「そうか、御客人のを待たせるのも悪い。御望み通り二人きりで会ってやろう」
謝罪の使者が来る前日に甲冑をつけた"謝罪の使者の使者"が来て、謝罪の使者が望んでいることを書いた文を押し付けてきた。
内容は「二人きりで会いたい」ということだった。
一方的で礼儀知らずな内容に家臣たちは憤慨していたが、吾は受けることにした。
"使者の使者"は朽木が武備を整えているところを見ているのだ。
後は野となれ山となれ。そう思いながら、客間に向かう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
天文二十三年(1554年) 一月 近江高島郡朽木谷 朽木城 竹若丸
「朽木竹若丸と申します。本日は良くおいでなされました」
「いや、挨拶が遅れ申した。三好孫四郎長逸にござる。昨年は当家の者が大変御迷惑をおかけした。改めてお詫び致す」
目の前には御爺ほど豊かではないが、ある程度の髭が乗ったじじいが笑っている。
吾が軽く頭を下げて名乗るとニコニコしていた孫四郎が慌てて挨拶を返してきた。
三好孫四郎
重蔵によると三好の重鎮で三好筑前守が十の頃から仕えているらしい。
「迷惑など、むしろ三好殿が奪った荷の酒が不味くなったりしていないか案じておりました。御正月は楽しめましたか?」
「…………ええ、あれほど澄み切った水が酒であると知って、我が主は驚いておりましたよ」
強奪したことよりも強奪された側が慈しみ、奪われた荷の中に不備があったのか案じられていることに孫四郎殿の肩頬がヒクついておられる。
何となく、分かった。
三好殿は朽木の進物を強奪されても平然と「あげる」と言われたことに屈辱を感じているのだろう。
それだったら、初めから騒動を起こさないでほしかったな……
まぁ、いいや。御帰りの際は澄酒をお土産に渡して御機嫌を取っておこう。
「奪われたものとはいえ、良い正月を過ごされて、吾はホッとしております。
ああ、既に書状で謝罪を頂いた上に、再度送った進物については安全に送り届けるために護衛の兵を送ってくれたことで当家は済んだ事と考えております。
三好様にもそのように思っていただければ幸いにございます」
「その言葉を頂き肩の荷が降り申した。忝い」
孫四郎殿がまた俺を見た。そしてニコッと笑いかけてきた。
吾もまたニコッと笑い返す。
「それにしてもお若い、失礼ながら竹若丸殿は御幾つかな?」
話題が変わった。
これからは雑談ということかな……
「今年、六歳になりまする」
「……主筑前守が三好家を継いだのが十歳の時でござった。それよりも四歳もお若い、さぞかし御苦労なされた事でござろう」
嘆息するような口調だ。
確か、三好は吾らと同じような国衆であった。
それが、阿波、讃岐、摂津、和泉、淡路、そして山城、六ヵ国の太守となった。
並の努力ではないのだろう。
当主の筑前守だけでなく、目の前にいる御仁もさぞ苦労されたのだろう。
「ええですが、はーうえ……は、ははうえが泣いておられました。そんなことも考えられないほど頑張ろうと思いましたので苦労などとは思っておりませぬよ」
「フフ、左様か」
はーうえと舌知らずな言葉を使ったことが壺に入ったのだろうか、微笑みながら吾を見ている。
そして、茶を一口飲む。
吾も飲んで一服する。
「以前から竹若丸殿にはお会いしたいと思っておった。感嘆すると同時に怖い事を考えなさる」
「? と申されますと」
「播磨の事でござる」
孫四郎殿が微笑んでいる。しかし眼は先ほどとは違う。笑っておらぬ。
その目は将軍家御家中の方々のような舐めるような目でも、越後の長尾様のような目でもない。
地獄を潜り抜けてきた修羅の目が、吾を見ている。
嘘は許さぬという確固たる意志を感じる。
「…………何を仰りたいのです」
心の臓がバクバクと波打って苦しい。
だが、"播磨のこと"だけでは分からぬ。
確実な答えを返すために心技体の全てを使って怖いという考えをねじ伏せて問いかける。
「尼子、山名、赤松などの山陰の諸将を播磨に集めて三好の眼を引き付けた後に西から六角、南から畠山、北は朝倉と若狭武田に背後を突かせる。竹若丸殿の策と聞いた。違うかな?」
…………何で知っているの?