淡海乃海 ~麒麟が駆ける時~   作:無難

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仁義

天文二十三年(1554年) 一月  近江高島郡朽木谷  朽木城  竹若丸

 

 

「尼子、山名、赤松などの山陰の諸将を播磨に集めて三好の眼を引き付けた後に西から六角、南から畠山、北は朝倉と若狭武田に背後を突かせる。竹若丸殿の策と聞いた。違うかな?」

「・・・・・」

 

何故、岩神館で吾が献じた策を知っている?

公方様の近臣に三好に通じるものがいるのか?

あの舐めつけるような眼をしている者たちの中から探すのか?

 

否、今はそれどころではない。

公方様の御近辺に三好に通じる者たちがいるのは間違いない。

仮に考えた上で話を進めなければ・・・

 

「儂は播磨攻めの先鋒を任されておった。しかし、思った以上の速さで播磨の国衆が団結したことで攻め入る隙が見つからずに引き揚げざるを得なかった。あの時に六角や畠山が攻め入って行ったら三好は負けておったろう・・・」

 

吾が硬直して黙っていることで孫四郎殿が話を進めてくる。

なるほど、吾の余計な一言が元で三好は播磨を獲れず、不利益が生じたということ。

三好が朽木を意識するのには十分なことであったということか・・・

 

「・・・なるほど、進物の強奪は、その腹いせであったということですかな?」

「・・・竹若丸殿の策であると認められるのかな?」

 

問いかけに問いかけで返される。

まぁ、先程まで黙っていたのだ。ここは譲ってやろう。

 

「まぁ、若輩が咄嗟に献じた策でしたので、特に考えがあったわけではありませぬよ。

 なるほど、京に乱取りがいること以上に別の心配をするべきでしたな。

 例えば、岩神館とか」

 

暗に「公方様の御身内に内通する者がいるのか」という意味を含めて問いかけてみた。

儂が裏に込めた意図を察したのか、孫四郎殿の目が更に細くなり、獰猛な獅子のように微笑む。

 

「さぁ、何のことやら・・・」

「・・・まぁ、捜したところで逆の人間を探すよりも難しそうなので止めておきましょう」

「!?・・・・フフ、賢い判断ですな・・・」

 

此方も同じように、暗に「内通する者がいる」と言ったようなものだと思った。

だが、見破られるとは思っていないのだろう。

あの舐めるような目を持ち、傲慢な方々から見つけるのは不可能だ。

内通している方よりも、逆に内通していない方を捜す方が難しいだろう。

その証拠に孫四郎殿は吾の言葉に苦笑してしまっている。

 

「さて、竹若丸殿。そろそろ足利家への義理立てを止めては如何かな?」

 

唐突に話が変わったかと思えば、とんでもないことを言ってきやがった。

公方様を裏切って三好に味方しろというのか?

 

「三好についてはいかがかな」

 

あっさりと言いやがったぞ、この髭面。

 

「其方のことは調べさせてもらった。澄酒を作り、年貢を四公六民、兵役についている世帯には三公七民にして領内が豊かにしている、とな。実際に会ってみて優れた考えを持っていることが分かった。だが、朽木谷だけでよいのか?」

「・・・・何が言いたい?」

 

吾がムッとしたことに孫四郎殿は真っ直ぐに吾を見据えて話を続ける。

 

「三好家なら其方に相応しい待遇を与える事が出来る」

「……例えば?」

 

孫四郎殿は吾が興味を持っていると感じて笑みを浮かべながら話を続ける。

 

「今、三好は丹波にて吾らに与しない国衆たちを討伐している。その次は若狭に攻め入る算段だ。若狭、特に小浜は朽木とも接して商いにおいても重要な土地でもある。獲った後の若狭は朽木に与えてもよい」

「・・・なるほど、若狭は満足に家臣を統率できないバカ殿が治めているので攻め入るのは容易であると」

「唐突にとんでもないことを言ったな・・・」

 

唐突に毒舌を発揮してしまった吾を孫四郎殿は微妙な笑みになるが、実際その通りだ。若狭の武田伊豆守は重臣たちと対立したせいで弟を擁立する動きがあるらしい。孫四郎殿の言う通り攻め獲るのは簡単だろう。

だが、問題はそこではない。若狭を獲ることは即ち公方様と袂を分かつということだ。そんなことをしたら近隣の国衆が一斉に攻め入ってくるだろう。六角も見放して三好に一生従う運命になるだろう。

 

絶対に断らなければならぬ。

 

だが、その前に・・・

 

「・・・・・一つ孫四郎殿に聞いておきたいことがあります」

「何なりと」

 

吾の問いかけに孫四郎殿は鷹揚に頷く。

 

「今のお話を細川右京大夫殿が同じように言ってきたら、孫四郎殿は筑前守殿を裏切って右京大夫殿に心から喜び、信頼し、忠義を尽くすことができますか?」

 

一瞬で空気が変わった。今までにない、底冷えするほどの冷たさを感じる。

孫四郎殿が吾のことを調べたといったように、吾もまた三好筑前守長慶のことを注目し、過去を調べてきたのだ。

 

「・・・おい、そこから先を言うなら戦になるぞ」

 

孫四郎殿がドスの利いた声で問いかけてくる。

しかし吾は動じることなく茶を一服して言葉を放つ。

 

「・・・なあ、公方様を追い出したら、筑前守殿はどう思う」

「・・・むろん喜ばれるだろう」

 

吾の問いかけに怒りに水を掛けられたのか孫四郎殿は動揺しながら答える。

 

「だが、信用はしないだろう。貴殿は先ほど言った右京大夫殿と同じことを言ったのだ。お前の主はその程度も学ばずに生きてきたのか?」

「・・・」

 

孫四郎殿は憤怒の表情で何も言えなくなっている。

 

「家臣が主君を見限るならともかく、裏切って殺す。又は主君が家臣を切り捨てる。どちらも、絶対に行ってはいけない禁忌だ。公方様が朽木にやったら吾は容赦なく報復するだろう」

 

そう、朽木は高島や六角に服従しているのではない。

この乱世で一人で立ち上がれるようになるために、六角に負けたくないために御爺は公方様を匿った。

 

「吾ら朽木は六角ではなく、公方様に服属した。それが、乱世を生き抜くのに最善であると信じて。無論、問題もあった。六角に反発したことで高島と戦になってちーうえは死んだ。足利ではなく、六角に服属していれば死ぬこともなかっただろう・・・」

「では、なぜ、公方様を匿う?其方は今、公方様がいるせいで父親が死んだと言ったようなものだ。それなのに、なぜ追放せぬのだ!?」

 

孫四郎殿が問いかけてくる。それは乱世を生き抜く漢の悲痛な問いかけであった。

成程、その通りだ。大きい六角に従わず、弱い公方様がいるせいで、ちーうえが死んだのかもしれぬ。

 

だが、

 

「ちーうえが死ぬ以前に御爺が六角から離れると決めて独り立ちすると決めた以上は筋を通さねばならぬ。だから、吾らは公方様を裏切らぬ」

「・・・・」

 

孫四郎殿は何も言えなくなっている。

最早、陰惨な話ではない。

これは忠義や仁義の話なのだから・・・

 

「もし、父親の死について学んでないなら教えてやる。仁義を欠いちゃあ、この乱世で生き残ることはできねぇんだと!!

 

吾が言ったことに孫四郎殿は袴の裾を強く握りしめて睨みつけている。

 

「・・・・もう一度問う。戦をしたいのか?」

「既にそちらは三千の兵が二日で攻め入る用意をしているのに何を言っているのだ?」

 

既に三好は幕府だけでなく、朝廷の面目も潰している。

朽木が公方様を追い出して三好に臣従するか、しないなら攻め入るしかないのだ。

 

「公方様を朽木が受け入れた時点で互いに後戻りできない道なのだ。そうでなければ武士を辞めろ」

 

最早、互いの瞳には真っ直ぐに互いの覚悟を問いかけるものにかわっていた。

そういって、茶を飲もうとするが、既に空になっていた。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

天文二十三年(1554年) 一月  近江高島郡朽木谷  朽木城  客間に続く廊下 朽木 民部少輔 稙綱

 

「御隠居様、大丈夫でしょうか?」

「う~む」

 

五郎衛門が儂に問いかけてくるが、どうすることもできぬ。

竹若丸と三好孫四郎殿が客間で密談を始めて半刻ほどが過ぎて、未だに終わるような空気ではない。

時が進むにつれて不安になってしまう。

近づこうとしても三好孫四郎殿の近臣が睨みつけて近づけぬ。

 

バン

 

襖が凄まじい勢いで開かれたと思うと顔を真っ赤にして、明らかに激怒していると思われる孫四郎殿が立っていた。

近くに侍っていた護衛の武士を見つけると猛然と近づいて"早馬を出せ!"と命じられている。

 

「大原の兵を朽木に攻め入れさせよ!」

 

一番聞きたくないことを命じられている。

 

その後ろから竹若丸殿がヒョッコリと首を出してくる。

そして、待っていた五郎衛門と新次郎を見つけて声をかける。

 

「五郎衛門、新次郎。謝罪の使者、否、敵将の御帰りだ。門前まで見送れ。それが終わったら戦支度を行うように」

 

孫四郎殿が烈火のごとく怒っているのに対して竹若丸がケロリとしている。

そして、孫四郎殿の言葉を肯定するように戦の準備を命じている。

 

「竹若丸殿」

 

早馬を出すように命じられた孫四郎殿が、五郎衛門たちに見送りについての差配をした竹若丸に向き直っている。

その瞳は激怒して真っ黒になっている。あまりの殺気に儂はたじろいでしまう。

 

「最後の、最後の忠告だ。三好について、公方様を追い出せ。さすれば若狭をくれてやる。さもなくば、朽木を滅ぼすぞ!」

 

なるほど、会談の内容は公方様を追い出して朽木を三好の味方に引き入れることであったか・・・・

だが、怒気を含めた恫喝に近しい一言に竹若丸は動じることなく、

 

「孫四郎殿、朽木を舐めるな。我が祖父が!父が!公方様を岩神館に匿われたときから、朽木は滅びる覚悟はできている!」

 

周囲がザワザワと騒然となる。

睨み合う二人で諦めたのは孫四郎殿の方であった。

フーと孫四郎殿は息を吐いて竹若丸を憐れみを込めた目で見る。それに対して竹若丸は見つめ返す。

 

「・・・・生意気な小僧よ」

「・・・戦場でお会いしよう」

 

かくして、会談は決裂した。

孫四郎殿は全力で朽木谷から離れていった。

家臣たちは竹若丸が啖呵を切った覚悟に感服して気合を入れて戦の備えを始めている。

 

だが、儂は素直に言えないことがある。

それは公方様を受け入れる時に朽木が滅びる覚悟をしていなかった事じゃ。

儂は六角に従うのが嫌の一心で公方様を受け入れることで六角から離れたいと考えていただけなのじゃ・・・・

 

 

まさか、これほどの大事になってしまうとは・・・・

 

 

 

 

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