天文二十三年(1554年) 二月上旬 山城国葛野郡 西院城 三好長慶
「叔父上!三千の兵を率いながら、三百程度の敵に負けるとは、何をやっておるのだ!!?」
「申し訳ございませぬ!」
儂の怒鳴り声に恐縮して叔父上が頭を下げる。
生き残った兵たちも気力が抜け落ちたような顔になっており、泣いているものもある。いったい何があったのか?
叔父上が負けたと知らされた儂は大急ぎで戦支度をして七千の軍勢を率いて京に入った。
そして、逃げ帰ってきた叔父上の軍勢と合流して体制を整えるべく、阿波や和泉、淡路の弟たちも集めている。
一月もすれば三万の軍勢に膨れ上がるであろう。
「すぐに軍勢を整えて今度は三万の兵で朽木を攻める!我らを負かしたことを後悔させてやるわ!」
「「「おお!!!」」」
「申し上げます!」
皆に喝を入れた直後、ボロボロになった早馬が駆け込んできた。
「丹波において我が軍が波多野と赤井の軍勢に敗れました!」
「な!?」
今しがたのやる気に水を刺すような報せに全員が驚く。
丹波での戦は我らが有利に進んでいたはずじゃ。それがなぜ負けたのだ?
「申しあげます!」
また、早馬が駆け込んできた。
「伏見、山科で一揆が起こりました!」
「な!?」
今度は一揆が起こっただと?
何故だ!何故朽木を攻めようとした途端に一揆が起こるのだ!?
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同じころ、
天文二十三年(1554年) 二月上旬 近江高島郡朽木谷 朽木谷城 朽木竹若丸
「殿が言った通りになりましたな」
鎧を脱がず、再度の戦に備えている陣幕で五郎右衛門や新次郎が吾に話しかけてくる。
「・・・まぁ、上手くいってよかった。としか思えぬな」
吾はホッとして白湯をすする。
「一体何の話をしておるのじゃ?」
何も知らないおじいが首をかしげておる。
「実は・・・・」
時は少し遡り、
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天文二十二年(1553年) 七月上旬 近江高島郡朽木谷 西山城 朽木竹若丸
「公方様を匿う以上、戦支度をしなければならぬ」
五郎右衛門、新次郎、平九郎、大叔父上、そして黒野重蔵が円座で我の話を聞いている。
ちなみに、重蔵を皆の前に初めて対面させた。
いきなり家臣が増えたことに驚いており、重蔵を胡散臭そうな目で見ている。
そんな中で吾が放った一言に皆の意表を突いた。
「殿、公方様を匿うことは周辺の国人の威圧になるからでございます」
「三好にか?」
その一言に五郎右衛門は意表をつかれたような顔になる。
そう、吾が恐れているのは三好が攻めてくることである。
「では、戦支度とは何をすれば?」
「・・・・京の米を買い漁る」
吾の一言に重蔵以外は首を傾げる。
重蔵は吾が前から命じていたことで、その策の有効性を肌で感じておる。
「まず初めに京の米を買い漁る。叔父上は京で米が高くなっていると言った。恐らく戦と飢饉の二重苦で農家はやっていけぬそうじゃ、おそらく武士でも困窮するほどなのだろう・・・」
「なんと・・・」
「信じられん・・・・」
そう言うと、皆が信じられないのか重蔵に目が集まる。
重蔵はコックリと頷く。
「これは小浜の商人も含めてある程度三好側が気づいてもとにかく行う。その米を戦をしていて兵糧を欲している丹波により高値で売る。京で米が不足すれば民の不満が高まる。三好にとって最悪の足枷になるであろう。」
「では、肝心の戦の方は?」
五郎右衛門が問いかける。
武辺者の奴にとっては細かいところは苦手らしい。
「敵を倒すことよりも一撃で多くの兵に傷を合わせることを優先する。そして、殺さない。敵にとって味方の屍を踏み越えることは歴戦の猛者なら躊躇しない。だが、傷ついて悶え苦しむ味方は士気を削ぐと考えてある。」
「成程・・・・、」
皆が妙な表情になっておる。
分からなくもない。
こんな残酷なことを考えてしまう儂を不気味に思えてしまっているのであろう。
ゴホン、と咳払いをして話を続ける。
「朽木は勝つことを目標とする。そして、朽木と三好を対等な和睦を結ぶことで吾らは強くなる。良いな」
「・・・ハ!」
皆が平伏する。
これで後は勝つことを考えおればよいな・・・・
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天文二十三年(1554年) 二月上旬 山城国葛野郡 西院城 三好長慶
怒りを落ち着かせて弾正忠が報せを纏めて今の状況を儂に引見させる。
「捕らえた小浜の商人たちが明かしました。間違いなく、朽木が銭を与えて小浜の商人たちが京で米を買い占めて丹波に送っていたようでございます。それによって我ら三好の領内において米不足が深刻になり、更に殿が一万以上の軍勢を動かしたことで京の商人が米の買い占めを助長、そのため米の価格が暴騰してしまったようです。」
「つまり、儂が大軍を動かすと見越していたと?」
儂の一言に家臣たちが静まり返る。
朽木の小僧が、そこまで考えてあったのなら、末恐ろしいものを感じる。
叔父上も苦い顔になっておる。
「・・・・分かりませぬ。ですが、このまま放って朽木に攻め入るとしたら百姓や商人、朝廷にも混乱が及び、最悪畿内を手放さなくてはならぬ恐れもあります」
「ク、・・・」
京における三好の優位が崩れる。
それは足利や細川に実権を戻すということに他ならぬ。
まるで、小僧の掌の上で踊っているように感じる。
「殿、九条様がお越しでございます」
悩んでおると小姓が来訪を呼び掛けてきた。
はて、何用だろう?
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天文二十三年(1554年) 二月上旬 山城国葛野郡 相国寺 松永 久秀
「して、一体何の御用で?」
殿の弟 十河存保様の義父にあたる九条稙通様が上座に座っている。
「帝は此度の戦を殊の外憂いておられる。飛鳥井と共に和睦を成せ、と強く御命じになられた」
「・・・・・」
勅使、その言葉の重さを感じる。
朝廷は此度のわれらの行いを重く見ておられる。
「まぁ、そう固くなられるな。幸い、飛鳥井を通して朽木の和睦について案が出ておる。拝見されよ」
そうして一つの文が出された。
儂が取次いで殿に渡す。
疲れ切った殿は文を無造作に開けて読み始める。
「・・・・・・どういうことか?」
「こういうことでおじゃる」
殿は呆然となっている。文に何と書かれていたのだろうか・・・・・
「正直言って三好は負けた。それも今までにないほどの負けでござる」
「だが、朽木も痛手を負ったという」
「?叔父上の話では朽木は無傷に近かったと聞いておりますが・・・」
話が噛み合っておらぬ。
殿は何を驚いておられ、九条様は何故か笑っておられる。
「麿も和睦の条件を見た時、其方と同じ顔になったわ。これほど奇妙な和睦もないからのぅ」
「ならばなぜ朽木の小僧、否、竹若丸殿はこの一行だけなのだ?」
「・・・・??」
仰られた意味が分からなかった。
儂以外の者たちも驚いておる。
「殿、文を拝見しても?」
「( ゚д゚)ウム、」
見せてもらった文を見る。
条件はただ一つ「三年間互いに侵さず、侵されず」と書かれておる。
だが、九条様は"ホホホホホ"と笑われておられる。
「此度、三好に勝ったが、朽木は兵二百を失ったらしい。"勝ったとはいえ三好孫四郎殿の武勇もあっぱれであった"と竹若丸殿の祖父の大納言殿の文には書いてあったという」
「!???は、はぁ・・・・」
孫四郎様が腑に落ちない表情で九条様の賛辞を受けて恐縮されている。
「互いに大きな被害を受けておる。なら、和睦をして三年ほど休もう。そのあとで殺しあうなり、より長い目で見た和睦を結びなおすか考えればよいとな」
「!!!??」
儂や殿を含めて皆が驚いている。
三年の間に体勢を立て直して三好を強くする。
「・・・三年の休戦でよろしいのですな?」
年を押すように殿が九条様に問いかける。
「飛鳥井を通して朽木も納得しておる。『今は乱世なれば確実な和議になるならよい』といっておる。」
ハー、と殿は目じりを抑えながら溜息を吐く。
「・・・・受け入れよう・・・」
その一言で上座の九条様だけでなく、皆も安堵したような和やかな表情になる。
初めから終わりまで朽木の掌の中で我等は躍らせれていたのか・・・・・
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天文二十三年(1554年) 二月上旬 山城国葛野郡 西院城 三好長慶
叔父上、松永がのこる。
「おかしい。朽木はまともに動いておらぬし、兵の多くを失ったとは思えぬ。何か策を仕掛けているのでは」
「我ら三好を油断させるための策であったと?」
儂が問いかけると叔父上はうーんと首を傾げる。
「確かにそれも有るでしょう。弱っていると侮らせて勝つ。これが鉄則で有る。」
「恐らくは米騒動が起こらなかった場合の事前の策なのでしょう」
松永の言葉には一理ある。だが、それでも叔父上は首を捻っておられる。
「それに、この和睦はあくまで朽木と三好の間で結ばれた和睦じゃ。公方様との和睦ではない」
そこが一番の問題でもある。
観音寺城に避難された公方様は朽木が勝ったと聞いて六角に強く京へ帰還するための軍勢を催促しておるらしい。
六角も弱小の朽木が十倍の敵に勝利したことは驚いたのであろう。
これでは近江守護としての面目が立たぬとして戦支度をしているのは事実じゃ。
まぁ、六角には策を仕掛けておるから問題なかろう。
「叔父上、考え過ぎじゃ」
「そうかもしれませぬな。」
眉間の皺を緩めて酒を飲もうとした時、部屋の外から小姓が現れた。
「申し上げます」
「うむ、」
ここ最近、朽木に驚かされ、振り回されてばかりであった。
これ以上は危急の報が来ることはないであろう。
「朽木に高島の国人衆が攻め入り、戦と相成り申した。しかし、朽木が返り討ちにしたうえで高島郡の全てを奪い取りました。」
「「「・・・・・・」」」
叔父上の心配が的中したらしい。
<解説>
①三好が軍勢を京都に集結させたときに一揆が勃発した理由
・朽木は足利義輝公が朽木に避難する直前から八門の調査で京都における物価上昇を感知。
・これを暴動に繋げられないか竹若丸は考えて八門に京の米を買い占めさせて丹波でさらに高値で販売する作戦を決行。また、小浜の商人にも呼び掛けてこの作戦を支援する。
・一年ほどではあるが、再度の凶作が起こっているので効果を発揮して一揆が発生する。
②朽木家と三好家の和睦
「三年間の不可侵」
乱世である以上、いつ和睦が破棄されるのかわからない。なら、三年間だけでも互いに侵しあわずに確実に国力を高める期間にしたい。という竹若丸の思惑。